すでにAIは、ソフトウェア開発において無視することのできない存在に発展してきました。では、SaaS企業としてAIをどう考えるべきなのでしょうか。AIはSaaSにとっての「部品」なのか、それとも捉え方の根本から変えるべきなのか?
国内においてAI SaaSの最前線を走るのが、PKSHA Technologyです。2012年の創業以降、独自の地位を築きつつある同社の代表取締役・上野山勝也さんが2022年11月17日開催の「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2022」に登壇。ChatGPTが話題になる前の開催でしたが、まさに議論していた未来が近づいてきている印象があります。
ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナーである前田ヒロと、AI×SaaS企業の成長戦略を考えるための観点、SaaSにとっての近未来に避けては通れないAI×SaaSの要素を、ディスカッションしました。
(※この記事は講演内容をテキスト化し、抜粋・再構成したものです)
加速するAI開発コミュニティは、未来を変えつつある
前田:最近は、アメリカでAIスタートアップの調達ニーズがすごい目立っていますね。OpenAIに2兆円近くの評価がついたという噂、Stability AIの約100億円の調達……上野山さんは、こういった激しい動きをどうご覧になっていますか。
上野山:AI開発コミュニティの文脈で言うと、ここ数年の変化が、加速している感覚は非常に強くあります。特にGPT-3に代表される超巨大モデルが一定のユースケースを超えてきてしまってきた。最近Twitterを賑わせていた、画像系のジェネラティブAIはエンドユーザーにも届くユースケースとして広がり、さらに加速していますよね。
ただ、10年ほど前からディープラーニング界隈が盛り上がりはじめて、ニューラル・ネットワークモデルの規模が大きくなっていくのと同時に、ネットワークの作り方の創意工夫を経て、ユースケースの広がりが加速しているのがここ数年のイメージです。そのネットワークの形を全世界の研究者が創意工夫しながら、「何に使える/使えないか」を試行錯誤し続けている。どちらかといえば連続的変化のはずですが、この数年は体感としても加速していて、実際にGoogleやOpenAIの内部の人たちが新しいものを作る動きが加速しているのが現状ではないでしょうか。
現在、GPT-3やGPT-4で動いている巨大モデルは、人間とは違うプロセスで動いているはずですよね。インターネットに上がってるデータを巨大コンピューターの基盤で計算すると、意外に「人っぽく」しゃべっているように見えたりするだけで。画像系は、ミッドジャーニーに代表されるように、ある種の絵は人間より圧倒的に精巧に作れるようになってきていますから、成長速度という意味では画像が先行しているといえます。
前田:そうですね。僕もいじってみたのですけど、ディスクリプションを書くだけで絵が出てくるのは本当にすごい変化だと感じました。画像に限らず、上野山さんが特に注目しているAIの活用シーンや技術はあるのでしょうか?
上野山:PKSHA TechnologyはNLP(自然言語処理)をベースにしていて、先ほど例に出た「テキストを入力すると画像に変換する」のはCLIPと言われる、通常の言語モデルとは異なる手法を用いた機械学習モデルです。言葉や絵、音のパターンをマッピングする巨大モデルみたいなものが生まれ、それらをアニメーションやエンターテイメントの領域といかに融合させるのかを、いくつかの会社がトライしていますよね。ここからの2年ほどで、状況はまたかなり変わってくるのではないかと見ています。
前田:ユーザー体験としては、GitHubのパイロットみたいな感じで、今後の世界観は「人間とAIが一緒に走りながら何かを完成させていく」方向性なのか、「人間がリプレイスされていく」のかで言うと、どちらに近いでしょうか。
上野山:我々の会社は「共進化」モデルと言っていて、人とソフトウェアが総合してシナジーを生むようなUXデザインを作っていく思想を持っています。ただ、アニメーションの業界を少し覆いはじめている空気にはもう少し破壊的な影響が出るかもしれません。トップのアニメーターやストーリーテラーであれば仕事は減らないでしょうが、一定の量を作る必要がある領域は、状況が大きく変わるかもしれないですね。
人間は許され、ソフトウェアには許されないもの
前田:実際にPKSHA Technologyが提供するサービスは、体感的に圧倒的な効率化を実感できるものです。ただ、極まればお客さまサイドから拒否反応や拒絶反応は出てこないものでしょうか。今後、いろいろなSaaSやAIスタートアップが生まれてくるかと思うのですが。
上野山:自動化・効率化する業務によっては、十二分に拒否反応は出ると思います。たとえば、Stability AIの変化系みたいなサービスも、法的な扱いが未整備だと感じますし、2022年時点の法律ではインターネットに上がっているデータであれば、機械学習のために副次利用することは認められてはいるのですが、ジェネラティブAIを実際に触ってみるとどのようなデータがどのように使われているか結構不明瞭で今後議論が起こる気がします。
ユーザーから見ると、テキストを入力し画像が出力されることに関しては、画像生成しているのか、画像検索をしているのか、わからない体験になっています。イメージを圧縮したものを再構築してジェネレートしてはいるのですが、この行為は今までの法体系で同じ機械学習として扱っていいのか、今後は議論の的になってくるはずです。
実際にOpenAIやGitHubのCopilotのローデータが著作権法に抵触するのではないか、という訴訟がアメリカでも起こっています。法律、テクノロジー、社会が「何を受容するのか」について、高度な総合格闘技みたいな議論が起こりはじめているのでしょう。
前田:確かにそうですよね。画像生成AIで芸能人の名前を入れてみると、本当にその顔が出てくる。それは統計によって作られた顔なのか、画像検索なのか、ユーザー体験としてわからないですよね。
上野山:しかし、それを「ソフトウェアで実行してはならない」となったとき、「それでは何故人間なら構わないのか」という話になってくる。デザイナーや絵描きが脳内で実行しているプロセスは、いろんな絵を見て共通パターンを脳内で圧縮・抽象化して出力しているとも捉えられますし、そのプロセスそのものがジェネラティブAIの中に記述されているわけです。なぜ、人間は構わなくて、ソフトウェアでは不可なのか、というSFチックな議論にもなってきますよね。
前田:確かに。言わば「AI差別」ではないかと。新しい世界観が出てきます。
上野山:現実なのかSFなのかわからない世界に進んでいっている体感は加速してますね。
AIも、SaaS型のビジネスモデルになっていく
前田:今後、AIが発展していって、AIを活用したビジネスも増えていくことでしょう。僕はSaaS信者なのでSaaSについて語りたくなるのですが、基本的にビジネスモデルはSaaSと同様なのか、それとも全てが全てSaaSでは適用できないかでいうと、上野山さんはどう考えますか。
上野山:ここで言うSaaSは月額課金のソフトウェアモデルですかね。
前田:ええ、そうです。クラウドを通して、年間なのか月額なのか、何かしらのリカーリングレベニューが発生する形です。
上野山:AIもそういうモデルに近いと思っています。やや大きな話をしてしまうと、Marc Andreessenの「Software is eating the world」という僕も好きなフレーズがありますが、やはり全産業がソフトウェア化によって再構築され、ソフトオリエンテッドな構造に移り変わっていくマクロトレンドが起きており、表出の一つがSaaSモデルだと捉えています。
だから、ほとんどのサービスはサブスク化されていく流れで、常時接続モデルになっていくものであればSaaSと同様でしょう。より価値に応じたお金を払う形になる。ただ、提供する形態として、今で言う「狭義のSaaS」のようになりもすれば、そこにサービスが付帯した“Software as a Service”を体現するものもあれば、その中にAIが組み込まれていることもある……という解釈だろうと思います。
時代は“AI is eating software”へ
前田:アメリカでOpenAIなどが活発に動いている一方、日本でそれに類する機関をあまり見ないことに危機感を覚えています。このまま日本が置いていかれるリスクはあると考えますか?
上野山:難しい問いですね。OpenAIもはじめこそAIを独占させずオープンにすべきという非営利的思想があったと記憶してますが、すでにしっかり資本主義のフォーマットに乗ってきています。OpenAIは、元々はGoogleが人材獲得で先行しており、優秀な技術者を集める方法が限られる中、AIをオープン化すべきという思想で人員を募りはじめていました。でも、OpenAIのモデルは当然全てはオープンにならないじゃないですか。
一方、Stability AIのようにオープンソースにするモデルに、さらにもう一段のオープン化ということで、優秀なエンジニアが加わっている。しかし、彼らもオープンモデルを維持するのかは怪しいと思っています。その文脈では日本がどうかといえば、確かに置いていかれてはいます。でも、それはAIに限ったことではなく、ソフトウェア産業全体に起こっていることと同様だと感じます。
前田:基本的にAPI連携のように共有されていくAI基盤の上にビジネスを組み上げていくとなると、どういった差別化の仕方があり得えますか?特にAIを取り入れたいSaaS企業が、仮にGPT-3上でサービスを作るとしたら、それはやはりリスクになるのでしょうか。
上野山:非常に難しい観点で、我々も活発に議論しています。まさにファンデーションモデルと呼ばれるものですね。特定の処理を行なう共通基盤みたいなものが未来世界に何階層、何種類存在するのか、あるいは、プランプティング、ファインチューンのレイヤはモデルはどのような価値を持つか、という議論です。とはいえ、アルゴリズムが全て変わるようなことが起こり得る可能性はあるので、PKSHA Technologyとしては過度には依存し過ぎないというのが経営判断になります。
前田:ファンデーションモデルだと、差別化できるのはアプリケーションウェアのUIやUX、他のワークフローとの連携といった付加価値になってきますか。そうなると、従来型のSaaS企業と、AI活用したSaaS企業では、それほど大きな違いはないように感じます。
上野山:それで言うと違いはあります。先ほど「Software is eating the world」の例を出しましたが、PKSHA Technologyでも10年を超えてビジネスをしてくる中で、パラダイムが変わったと考えていて。社内では「AI is eating software」という考え方になっています。
Stability AIの出現が示唆しているのは、ソフトウェアのほとんどがニューラル・ネットワークモデルになっていく、つまりはAIになっていくことでしょう。興味深い議論としては、AIはソフトウェアの部品に過ぎないのか、そもそも新しいソフトウェア・アーキテクチャそのものなのかです。
前田:なるほど。正しい在り方はこれからの論点だと。僕らはこの30年ほど、GUIを通してソフトウェアとインタラクションしてきたわけですが、AIが入ってくると「本当にGUIが良いのか」「テキストベースのインターフェースは成り立つのか」といった観点も模索しないといけなくなってきますね。
上野山:そうですね。インターフェースも変わると思います。バーチャルエージェントみたいな存在が高度に賢くなったときに、人間はキーボードを使うのか。そういった議論はあります。
AIとSaaS、分けて議論すべきではない
前田:PKSHA Technologyが成長していく過程で、体制や戦略面にも変化は表れましたか?
上野山:創業5年目くらいからSaaSの売り上げが立ちはじめ、2年ほど前にPMFが取れたタイミングでは、マーケもデザイナーもPRもおらず、プロダクトだけで伸びているフェーズだったんです。SaaSモデルになるということは、THE MODEL型の変化を組み込むことですから、組織体制は変わってきていますね。
前田:売る側のスキルセットや人材の質も変わりましたか。
上野山:もちろんです。現在は大きく2つの事業を手掛けており、一つが広い意味で言うところのAIリサーチャーのソリューション事業。研究開発を含めたエンタープライズ領域でいろんな事業を進めていますが、主にエンジニアや技術がわかるテックタッチセールスで回す分野です。もう一つのAI SaaS事業になると、マーケを加えてより「SaaS的な動き」になりますから、人材の特性は違いますね。
前田:なるほど、なるほど。PKSHA TechnologyのAI SaaS事業は非常に収益性が高く、確かその事業だけのEBITDAが50%以上あったはずです。それを踏まえて、収益性が高くなるAI事業と、どうしても低くなってしまう事業に違いはあるのでしょうか。狙っている領域なのか、提供価値なのか……。
上野山:おそらくはAIとSaaSを分けて議論すべきではないのだと思います。要は、ソフトウェアの塊みたいなものじゃないですか。基本的に「ソフトウェアの塊を使っていただくというゲーム」である意味では両者は同じです。そのゲームでも、一定のシェアを突破することで収益性が非常に上がっていくものですからね。
研究とスケーラビリティは両立できるのか?
前田:PKSHA Technologyは共同開発モデルとSaaSモデルの両方を展開されているのが特色でもありますが、両方を展開するメリットがあれば、ぜひ聞いてみたいです。
上野山:PKSHA Technology自体が市場と「共進化」して2つのモデルに変化してきているので、創業当初からきれいにデザインされていたわけではありません。一方で、シナジーはやはりあります。アルゴリズムやマシンラーニングをいかに社会で使ってもらうのかをずっと探索し実装してきているのですが、2つのモデルはまさに「両利きの経営」に近しい存在です。共同開発モデルが「探索」で、SaaSモデルが「深化」ですね。2つが相互に補完し、良い影響を与え合いながら大きくしていけることを考えています。
前田:それぞれのモデルに感じる限界や課題みたいなこともありますか?
上野山:シリコンバレー的なスタートアップの枠組みから見ると、よく考えるとこの2つを持っていること自体がおかしな話だと思うんですよ。それが限界というよりは制約も生んではいると感じます。制約には良い面もありますが、「どちらのモデルでガバナンスするのですか」といった話にはなりがちですね。
ただ、我々としては両方やりたい。スケーラビリティはプロダクトで出して、探求は共同開発で進めていく。2つを共存させようとするので難易度は上がります。
前田:ここまで成長していく中で、最もつらかった時期はいつ頃でしたか?
上野山:AI領域の難しさと同時に面白さは「不確実性を如何に扱うかの能力が問われる所」だと思うんです。我々も2012年に創業して、周囲にも同じくらいの創業年の会社はありますが、結果的に成長には明暗が出た。その背景も不確実性の高さが運良くハンドリングできたことが一つのキーです。
PKSHA Technologyはベンチャーキャピタルからの出資を受けなかったのですが、他の多くの企業は資金調達をしていました。ただ、その時点では当時のAI技術が「何に適用できるか」は誰もわかってなかったと思うのです。当時、重要だったのは、「どこに使えるか」という探索能力を最大化すること。そうして組織を伸ばしていったことが現在にもつながっています。
今でもなお、ファンデーションモデルで何が生まれるのか、完全には誰もよくわからない(笑)。不確実性が高く、ヒットする確率が低い環境でいかに走り続けられるのかは、重要な問いだなと思いますね。
前田:AI企業は技術職に強い人が増えがちですが、経営にも特有の悩み事が表れるものでしょうか?
上野山:トップダウンのガバナンスは相対的には効きづらいことでしょうか。ただ、我々はそれを「良し」としています。やはり初期から「研究室っぽさ」はあって、それをいかにスケーラビリティに乗せるか、というのが悩みでしたね。相反するものの共存ですから。
結果として、今は2つの事業に分かれながらシナジーを持つ形で落ち着いてきていて、知的探求とスケーラビリティにおけるインパクトが好循環でめぐる構造になってきた。ただ、それはそれで悩みはあるんです。ある領域でスケーラビリティのきっかけが見つかっても、「それをやっても面白くなくない?」という、議論が一定社内で行なわれていて(笑)。
ただ、ようやく知的探求とスケーラビリティが両輪となって、イノベーションが起こり続けるプロセスも見えてきた。新しいフェーズに入ってきたことを感じます。
若きビル・ゲイツの奇妙なストーリーが教えてくれたこと
前田:最後に、ぜひ上野山さんがパッションを持っているテーマやトピックスがあれば、聞かせてください。
上野山:PKSHA Technologyとして、ニューラル・ネットワークはもう部品ではないと思いはじめています。かつて、IBMがとあるOSを、若きビル・ゲイツに発注したエピソードがありますよね。OSなんてソフトウェアの根幹を外注するなんて、今考えると、ものすごく不思議じゃないですか?
前田:確かに。
上野山:その頃のIBMはノーベル賞の受賞者を複数抱える天才が沢山いたにも関わらず、OSを部品とみなし外注していた。今からすると信じ難いですよね。ただそれは今のパラダイムに我々が生きてるからで当時は違和感がなかったということである可能性が高い。ハードが主力の時代ではOSは部品に見えていた可能性が高いのです。これを教訓とするなら、案外にソフトウェアとアルゴリズムは「どちらが部品なのか」を考えると、実は逆なのかもしれないと思うんです。知能レベルが一定を超えると、他のソフトにとってアルゴリズムは部品になるのかもしれない……。(注:本対談ChatGPTなどが出る前に収録されています)
何十年かかるのか、意外にかからないのか、それがわからない。だから、向き合って深堀りすることは、我々の重要論点の一つとしてここ5年ぐらい据えています。
45年前、OSを外注するなんて、今から見ると考えづらいことむしろ自然だったパラダイムがあった。我々も、そういったパラダイムに捉えられていると考えた方が自然かもしれない。でも、その未来がいつ来るのかまではわからない、という。
前田:だいぶ戦略が変わりますものね。
上野山:変わるはずなのですが、そんなことを言われてもアクションまで変えられないじゃないですか。
前田:そういう意味では、現状の動きを敏感に把握し、理解して、すぐに自分たちの戦略や事業モデルを転換させながら適応していくしかないようにも思えます。
上野山:僕からすると、アメリカのSaaS企業の方々がどうAIと向き合ってるのか、興味がありますね。
前田:ここ数年でいろいろ見えてくるはずです。GPT-3の上でSaaSを作っている会社もあれば、オープンウェアの上にSaaSを組む会社もたくさん出てきています。それが正解か否か、あるいは上野山さんの言うように部品であるか否かも、わかってくるかもしれません。想像より時間はかかる可能性はあれど、試そうとする会社はこの数年で増えるでしょう。
今日はありがとうございました。非常に自分の知的好奇心も刺激される会話でした。最後に、皆さんに何かメッセージはありますか。
上野山:全産業がソフトウェア化すると本当に信じていますし、それを駆動してるのがSaaS的なパラダイムだと思っています。そのSaaSも、よりインテリジェンスになっていく、要は大きな波の中で総合格闘技的なデジタルイノベーションというゲームをみんながプレイしている状態です。また機会があれば議論させていただきたいですし、PKSHA Technologyとしても絶賛採用活動中ですから、ぜひ興味があればご連絡ください。