プロダクトマネージャーという職業が、日本のスタートアップでも認知されてきました。単体のプロダクトの価値向上や複数のプロダクト展開による非連続な成長をリードする中心的存在です。また、「キャッシュ効率」や「利益の創出力」が重視されるマーケットの環境においてカギとなる役割を担っているとも言えるでしょう。
近年では、日本でもプロダクトマネジメントの知見が、書籍やブログなどで流通するようにもなりました。確かにプロダクトマネージャーの仕事は、大まかに見れば共通する部分は多くあります。
しかし、協働するステークホルダー(顧客・社内)や事業特性によって、プロダクトマネージャーがとるべき戦略や目標、実行は大きく異なるものです。その違いを理解しないままに、“プロダクトマネージャー”という言葉でくくられている情報を鵜呑みにすることは、自社にとって最適ではないプロダクト組織を作ってしまうリスクがあります。
そこで、今回の記事では、B2BやB2Cといった顧客の属性を切り口に、SaaSにおけるプロダクトマネージャーの採用、そして組織作りに関する注意点について論じます。
(共著:湊 雅之、宮田 善孝)
データから見る、B2B vs. B2Cのプロダクトマネージャー
まずは、米国Pendo社が2019年に行ったアンケート調査結果より、B2BとB2Cの顧客属性によるプロダクトマネージャーの共通点と違いを見てみます。
重要度の高いプロダクトマネジメント業務(%は全対象者の中から「重視する」と回答したプロダクトマネージャーの割合を示す)
プロダクト開発の推進をリードすることは共通しています。一方で、B2Bではプロダクトビジョン/戦略策定や優先順位付けといった戦略・プロマネ要素が強く、B2Cにおいてはポジショニング/メッセージ作りや市場拡販の実行など、マーケティング要素が強いことがわかります。
B2Bの場合、ターゲットセグメントの追加・拡張や、新機能追加によりプロダクトビジョンの見直しと修正がよく必要になります。従って、B2Bでは、プロダクトビジョン策定が最も重要なスキルです。それに準じて、ロードマップや優先順位付けが影響を受けるので、これがトップ2であることは納得感があります。
一方でB2Cの場合、実際にプロダクトを使ったユーザーが正解を決めるので、とにかく速くプロダクトを開発して、マーケットに問い、正解に近づけるかという勝負になります。だからこそ、プロダクト開発が1位に来て、マーケティング要素のある2位、3位が続くのです。
意思決定する上で重視する情報ソース(%は全対象者の中から「重視する」と回答したプロダクトマネージャーの割合を示す)
ここでもB2BとB2Cで大きな違いがあります。B2Bは顧客からのフィードバックを重視する一方、B2Cでは顧客の声よりも社内の情報を元に意思決定する傾向が見られます。
先程も書いたように、B2Cではプロダクトの正解はユーザーが決めるのですが、事前にユーザーへ正解を聞いても、再現性がある回答にならないケースが多いです。従って、社内の意見をまずは尊重し、プロダクトアウトでアイディアを出して、プロダクトでA/Bテストをした方が、早く正解にたどり着けることを反映していると考えられます。
プロダクトマネジメント業務で使うツール(%は全対象者の中から「重視する」と回答したプロダクトマネージャーの割合を示す)
使うツールでもB2BとB2Cでは違いがあります。B2Bは顧客の声を多方面から集め、ロードマップを作るためのツールを重用する一方で、B2Cでは、プロダクト上での実験や顧客の利用状況を把握するためのツールがより大切であることがわかります。
またB2Cで一定のユーザー数がいる場合は、わざわざユーザーからフィードバックを受けなくても、ログ解析によりユーザー動向を分析できます。従って、3位にユーザー動向分析の基盤となる利用状況を把握するツールがきていると想定されます。
また、プロダクトの効果検証も同様で、A/Bテストをすれば、新機能が優れているかどうかがすぐわかります。B2CではA/Bテストがとにかく重要なのです。
(※参考情報:日本のB2B、B2Cのプロダクトマネージャーの実態については、フライル社がリリースした「Japan Product Management Insights 2022」でもサーベイ結果をもとに解説されています。ぜひご参照ください)
プロダクトマネージャーの実務プロセスでみるB2BとB2Cの差
B2CとB2Bのプロダクトマネージャーの違いについて、なんとなく伝わったでしょうか。
ここからは、違いの背景をより深く掘ってみましょう。結論から言うと、B2BとB2Cの根源的な違いは「業務で使うプロダクトであるかどうか」で生まれます。
なぜ、要因となるのかを、プロダクトの企画から検証、ユーザーにプロダクトを届けるまでの流れを踏まえて、具体的に解説していきます。
プロダクトの企画と検証
1. ターゲットの捉え方の差:ターゲット数
まず、プロダクトの企画段階において、最初の重要なステップである「ターゲット」について、B2BとB2Cの違いを解説します。
B2Bのプロダクトは、会社という組織の業務で使われます。そのため、利用の多くは「会社単位」となりますが、一口に会社と言っても、業界・業種は十人十色です。
そのため、B2Bのプロダクトマネジメントにおいては、一定のターゲットセグメントを選定して展開されることが多くなります。結果、ターゲットの数は少ないものでは数十社、多いものでも数千社の規模になることが普通です。
B2Cの場合、一般の個人がエンドユーザーとして活用するものです。そのため、ターゲットとするユーザー数は必然的にB2Bより増えます。もちろん、B2B同様にターゲットは選定しますが、様々な用途で使ってもらえるように、より抽象度の高いニーズに対応したプロダクトの展開を考えることが多いです。従って、ターゲットの数は数万人から、多いものでは数億人に上ることがあります。
2.企画アプローチの差:鳥の目と虫の目
次に、プロダクト企画におけるアプローチ・視点の違いです。
B2Bの場合、前出のアンケート結果にも出てきた「ユーザーフィードバック」がプロダクト企画のアプローチとして重要です。B2Bでは、ユーザー数が限られる中で、ターゲットの業務というプロセスや文脈を深く理解する「虫の目」を持って、プロダクトでターゲットに価値を生むように機能を作り込んでいきます。そのため、ユーザーに直接アクセスすることや、業界知識が求められることがあります。
B2Cの場合、広くユーザーに受け入れられるようにプロダクトを企画します。具体的には、人と人のつながりを促進し、コミュニティの確立を狙うソーシャルメディアだったり、ユーザー間のコミュニケーションとしてのチャットサービスだったりと、抽象度の高いニーズを簡潔にプロダクトへ反映する必要があります。そのためには、B2Cでは、広いユーザー層を俯瞰する「鳥の目」を持ち、データから抽象度の高いインサイトを得られるかが、プロダクトの企画として重要になります。
3. 企画の重点の差:機能と使いやすさ
続いて、プロダクト企画でソリューションの検討をする上での重点についての違いです。
B2Bでは、ユーザーが抱えるビジネス上の課題を解決して、ユーザーが価値を享受できるかどうかが最も重要な視点です。そのため、企業がプロダクトを選定する上では、使いやすさ(ユーザビリティ)よりも機能が焦点になることが多いです。B2Bのユーザーは、業務を円滑に進められるのであれば、不便なユーザビリティを一定まで我慢して使う傾向があります。
B2Cでは、ニーズ自体の抽象度がそもそも高いので、機能よりもユーザビリティが焦点になります。真のニーズを実現できているかよりも、直観的に使いにくいとすぐに使わなくなるからです。ゆえに、B2Cでは「新しい機能を追加し続けなければいけない」というプレッシャーは、B2Bより低い傾向にあります。
ただ、最近では日本でもB2CのプロダクトマネージャーがB2Bに転向する流れが加速したこともあり、徐々にB2CレベルのユーザビリティがB2Bでも求められるようになってきています。これは特に、SMB向けや個人でも使えるようなProduct-Led Growth(PLG)型のSaaSでは顕著に見られます。
4. 企画・検証プロセスの差:ステークホルダーの多様性
プロダクト企画からプロダクト検証においても、B2BとB2Cで違いがあります。
B2Bでは、プロダクトをリリースしたら、B2Cのように即座にユーザーは使ってくれません。まずは業務上の価値をユーザーに認知してもらい、それが実現できると、利用に関する説明を受け、初めて導入へ至ります。
そのため、マーケティングだけでなく、セールスやCSMなど幅広いビジネス部門と協調することで、ユーザー価値が初めて実現されます。加えて、B2Bの場合、購入の意思決定者とユーザーは必ずしも一致しません。当然ですが、両者はニーズも感じる価値も異なります。そのため、プロダクト価値の訴求ポイントやアプローチ方法を複数考える必要があります。
このような状況があるため、B2Bではプロダクト企画から実行の段階に至るまで、ビジネス部門を通してユーザーフィードバックを受けることが多くなります。また、プロダクトビジョンやロードマップを決める上でも、ビジネス部門と一緒に作るなどして、ビジネス部門とプロダクト部門のアラインが極めて重要になります(この点については以前の記事でもより解説しています)。
B2Cでは、実現するニーズの抽象度が高く、ユーザーが使った結果で正解は決まることが多いです。事前にビジネス部門からユーザーフィードバックを受けても、ニーズ自体が抽象的なため、再現性は高くありません。また、B2Cではプロダクトの流通方法がオンラインで完結しやすく、社内で関わるステークホルダーは少ないです。そのため、プロダクト部門が中心になり、プロダクト企画を詰めて、市場へ展開していくことがメインになります。
プロダクトのデリバリー
5. 顧客接点の深さの差:プライシングと契約
続いて、ユーザーにプロダクトを届ける中で重要な、価格設定(プライシング)と契約の重要性についての違いを解説します。
B2Bでは、大前提としてユーザーが享受した価値に対して、価格を設定し、契約という形を通して対価を得る流れになります。顧客視点で考えると、B2Bでは、プロダクトが「企業の業務」というミッションクリティカルな活動に影響を及ぼす分、顧客あたりの契約金額も大きくなります。そのため、提供者への期待値も高くなりがちで、B2Cには存在しないプロフェッショナルサービスやカスタマーサクセスによる定着・活用支援が期待されているのです。
また提供者視点で見ても、B2Bでは「プライシングと契約」はB2Cより重要になります。そもそもターゲットとする顧客数が少ない上に、前述の通りプロダクトの流通や追加のサービスコストがB2Cよりも圧倒的に高く、事業の生死に関わるためです。そのため、B2Bでは早期からプライシングや契約期間などの契約条項を定めることが、経営視点でも重要になります。
B2Cの場合、ユーザー全体でプロダクトの正解を決めるため、できるだけ早く多くのユーザーに使ってもらい、その是非を問うことが競争力の源泉になります。そのため、フリーミアムモデルでユーザー数を一気に増やすケースが圧倒的に多いです。
またB2Bに比べると、ターゲットとするユーザー数も多く、「最大多数の最大幸福」という大義を重視させるため、一人ひとりのユーザーを失うことへの影響度は小さくなります。
6. プロダクトの変更頻度の差:リリースサイクル
最後に、ユーザーにプロダクトを届ける際のリリースの頻度も違ってきます。
B2Bの場合、企業の業務に使うことからプロダクトの導入においても、合理的に意思決定されることが一般的です。そのため、事前に再現性の高いフィードバックを得ることができ、正解に準じたものを探し当ててから開発に入れます。結果、無駄なリリースを省け、しっかり作り込んだ企画をもとに開発し、ユーザーへプロダクトを届けることができます。
このような背景の中で、B2Bのユーザーは、頻繁なプロダクトの変更を嫌う傾向があります。なぜなら、プロダクトの変更は業務を混乱させるリスクがあるためです。加えて、ユーザーへの追加のトレーニングを要するため、その時間を捻出しなくてはなりません。従って、B2Bのプロダクトマネージャーは主要な機能の実装をまとめるなど、リリースサイクルは相対的にゆっくりとなります。
B2Cの場合、速くリリースし続けてユーザーの正解へ近づくために、仮説段階でも迅速に開発を進め、リリース後にA/Bテストで正誤を判定します。また、B2Cプロダクトのユーザー自体、プロダクトの変更に対して、より寛容な傾向があります。従って、B2Bと異なり、リリースサイクルを速く回せることが競争力の源泉になります。
SaaSにおけるプロダクト組織・採用を考える上での3つ注意点
最後にプロダクトマネージャーを採用し、プロダクト組織を立ち上げたいSaaSスタートアップ経営者向けに、上記を踏まえた採用の注意点を説明して、本稿を締めます。
1. SaaSのプロダクトマネージャー採用は「プロダクトビジョンを作れるか」が見極めポイント
プロダクトマネージャーは日本では新しい職業のため、その実態が理解されず、B2BもB2Cも同一視されがちです。しかしながら、実際はプロダクトマネージャーが関わるステークホルダーやビジネス特性の違いによって、実際に担う役割や業務に大きな違いがあることは、本稿で見てきた通りです。
そのため、プロダクトマネジメント経験者だからといって、自社に求められる業務をすべてこなせる訳ではありません。今回挙げたポイントを例に、採用候補者のプロダクトマネジメント業務の経験は、自社と何が同じで、何が違うのかを理解してから採用プロセスを進めることが重要です。
特にB2Cのプロダクトマネージャー出身者をSaaSスタートアップで採用する際は、<yellow-highlight-half-bold>プロダクトビジョンを作れるか否かが、採用の重要な見極めポイントの一つになります。なぜならば、B2Bプロダクトは、B2C向けよりもプロダクトとしての複雑性が高く、ニッチなマーケットの局地戦から次第にターゲットを広げていくため、プロダクトビジョンを繰り返し修正していく必要がある<yellow-highlight-half-bold>からです。
2.SaaSのタイプによって、適合するプロダクトマネージャーも違うことに注意
「SaaS」と言っても、規模も業種も多種多様です。ここ数年では、B2Bであっても、B2Cプロダクトにかなり近いプロダクトの考え方と成長モデルのProduct-Led Growth(PLG) SaaSも増えてきています。このようなモデルの場合、今回紹介した内容では、B2Cのプロダクトマネージャーがマッチする可能性も高いです。
なぜなら、PLG SaaSの場合、B2Cプロダクトのように、個人(プロシューマー)や小さなチーム単位からボトムアップでプロダクトの採用が進むケースが多いからです。また、経営レイヤーや部門長レベルからトップダウンで採用が決まる一般的なSaaSとは、プロダクトの性質やGTM(Go-to-Market)戦略も大きく異なるためです。
3. プロダクト組織全体の多様性で、価値を出すことも大切
SaaSのように、顧客セグメントやプロダクトが多層化しやすいビジネスモデルの場合、フェーズが進むに従ってプロダクトマネージャーに求められる知識やスキルの幅が広がっていきます。1人の人間が、それら全てをカバーできる可能性は非常に低いと考えるべきです。仮にいたとしても、再現性がないため、プロダクト組織としてはスケールできません。従って、プロダクト組織として共通で持つべき知識やスキルと、チーム全体で補完し合うべき知識やスキルを切り分けて、採用・組織作りを進めるとスケールしやすくなるでしょう。
【参考資料】