未上場の段階から海外の投資家を巻き込み、ファイナンスを実行するSaaSスタートアップが年々増えています。その戦略を取る上では、国内外の市場で「対話」ができる知識と経験、スキルを持つCFOの存在が不可欠です。
それゆえに、CFO候補として、特に外資系の金融ファームやコンサルティングファーム出身者には熱い視線が注がれています。「SaaS企業のCFO」というキャリアは、現在手にしている環境を手放してでも、魅力や可能性に満ちたものであるのか。今回は、それを二人の現役CFOに問うてみました。
一人目は、ラクスル株式会社 取締役CFOの永見世央さん。2018年の東証マザーズ上場、2019年には東証一部への上場を経験しています。二人目は、株式会社ヤプリの取締役CFOの角田耕一さん。ヤプリは2020年に東証マザーズに上場されました。
お二人は、外資系金融機関でM&Aや投資業務に従事した後に、スタートアップのCFOに就き、国内外の機関投資家から出資を受け、IPOを成功させた点が共通しています。現在のキャリアを選んだ理由やCFO候補に求められるマインドなど、“スタートアップCFO”になりたい人、あるいは採用したい人にとっての学びを、数多くいただくことができました。
CFOとは「投資やファイナンスの強みを持った経営者」
──まずは、お二人がCFOになる前のご経歴から振り返っていただけますか。
永見:2004年に慶應義塾大学総合政策学部を卒業して、みずほ証券でM&Aのアドバイザリーを2年間。2006年から2013年まで外資系プライベートエクイティファンドのカーライル・グループ(以下、カーライル)へ。途中の2年間はアメリカのビジネススクールに留学していました。
カーライルでは投資先の経営に深く関わり、取締役として籍を置くことがあって、仕事のテーマにも「投資と経営の融合」を挙げてきました。ただ、より経営や事業に時間を使い切りたいと考えて、DeNAへ転職。
ラクスルとの出会いは、ビズリーチ経由でスカウトが6回も来て、さすがに見てみるかと思いスカウトメールを開封したのがきっかけです。2〜3ヶ月ほどは経営会議に参加したり、代表の松本と会食したりするくらいから始めて、結果的にはDeNAを退職し、2014年に参画しました。初めは契約社員で入社し、半年後の株主総会で取締役 or 契約終了という条件でした。
自分としてはパフォーマンスを発揮する自信がありましたし、その条件については問題なかったですね。それ以来、7年数ヶ月が経ったところです。
角田:僕はアメリカの大学(カリフォルニア大学バークレー校)を卒業して、最初は欧州系の投資銀行へ入りました。3年ほどM&Aなどに携わりましたが、自分が向いているとは思えずドロップアウト。
そこから、教育系のマナボというスタートアップでCFOになりました。CFOとはいえ、4人のスタートアップに第一号社員として入ったので、自分の雇用契約書は自分で書きましたね(笑)。業務としても、自分でクエリを書いてSQLを叩いたり、帳票を出力するシステムをエンジニアと一緒に構築したり、いわゆるCFO業務とはかけ離れた仕事もしていました。
その会社は紆余曲折を経てを売却となり、2017年からはヤプリへ。2020年に上場させていただき、今はその“洗礼”をいろいろと受けている感じです(笑)。
──「CFOになりたい」と思ったきっかけは、あるのでしょうか。
永見:たまたま肩書が付いているだけ、というのが近いです。僕にとっては、あくまで「投資やファイナンスのバックグラウンドを持った経営者」の立ち位置。
カーライルのニューヨークオフィスで働いていた頃、IBMでCEOだったルー・ガースナーがすぐ隣の個室にいて話す機会があったんです。アメリカでは経営者が投資家になったり、その逆になったりする動きも当然のように見られます。日本ではまだ少ないようですが、この動きを自分のキャリアにとってのテーマにしたいと思いました。
だから肩書よりも、投資やファイナンスでレバレッジして会社を大きくしていく、ビジョンを実現していく立ち位置なんです。角田さんも近しいはずですが、CFOでファイナンスだけに携わっている人なんて、それほどいないんじゃないでしょうか。もっとも、資金調達上は肩書が便利だった側面はありますけれど。
角田:僕はたまたまですね。小さい会社に入って、そこにCFOがいなかったという。まぁ、スタートアップの初期メンバーはほとんどCXOみたいなものなので(笑)。だから、CFOになりたい人は、とにかく小さい会社に入るのも手だと思います。
アンラーニング、強い好奇心、プラモデル
──お二人のようなCFOを迎え入れるためには、経営者は何を共有し、どのように巻き込んでいくべきだと考えますか。
永見:ワクワクするような大きなビジョンと、そのための絵が描けていること。そして、それらに際して、キャピタルレバレッジを利かせるドライバーがあること。細かな条件よりも、この2点が何よりも大事です。
あとは、創業者がダイリューションしても成長を望むかという方針が見えていることでしょうか。ラクスルの「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンにはすごく共鳴しましたし、ジョインした時点で松本は30数%くらいの持分比率であったものの、希薄化してもビジョンの実現のために成長資金を調達するスタンスで、すぐフィットできました。
CFOとしてはデットファイナンスも織り交ぜつつ、大きな絵を描いて、実現していくという意志は持ち続けたいところです。
角田:逆に、ヤプリはダイリューションを抑えてきたんですけど……(笑)。
永見:いや、そのほうが賢いですよ。うちは「ガンガンいこうぜ」タイプなので(笑)。
角田:僕自身のことを振り返ると、前職の教育系スタートアップにいるときに、Tech In Asiaというカンファレンスのピッチイベントで、ヤプリ代表の庵原(保文)と一緒に出場したのがきっかけです。マナボは20名ぐらいの会社だったんですが、イベントは僕が一人で参加していました。たまたまヤプリのブースが隣で、ピッチ中にブースが空いてしまう時間を、ヤプリのメンバーが手伝ってくれたりしたんです。
そこから仲良くなったのをきっかけに、それとなく誘いはもらっていて。ただ、次は規模感のより小さな、それこそ共同創業くらいのフェーズを望んでいたから、のらりくらりとかわしていました。その後、2017年の資金調達タイミングで手伝うようになり、なし崩し的に入社していったと。
だから、最初は肩書などはないままで、お手伝いとして経営会議にいきなり出ていました。役員や株主の前で資本政策の話をし始め、「彼は誰だ?」みたいに怪しがる中で徐々にお手伝いの幅を広げ、数ヶ月後に正式に参画していった流れでした。
──そういった参画の流れを経験したお二人が、もしCFOを採用する側になったとしたら、どこを見ますか。たとえば、面接ではどういった質問をしますか?
永見:面接だけではなく、経営会議やディスカッションを何度かしますね。それで、ビジョンに共感しているのか、バリューを発揮できる人なのかは総合判断でわかるじゃないですか。これは僕の参画時のプロセスとも通じますが、ラクスルは全体の採用プロセスでも同じようにワークサンプルという独自の実務選考があり、採用していますね。
「アンラーニングできること」と「好奇心が強いこと」
あとは、「アンラーニングできること」と「好奇心が強いこと」。昔の成功体験に縛られずに、面接でも「直近半年の成功体験を教えてください」みたいな質問をしていますね。あるエグゼクティブサーチの会社のリサーチで、パフォーマンスが高いCEOに共通する因子は好奇心だったそうです。後天的に発達できるものかはわかりませんが、重視しています。
角田:最近は、プラモデルを説明書も読まずに組む系の人がいいかな、と思ったりしています(笑)。とりあえずやってみちゃう人なんですよね。好奇心があるから、とにかく手を動かしてみる、とにかくPDCAを回してみる。全く説明書を読まないのもだめなんですけど、そういう感じの人がいいかなって。
「経営者 or アドバイザリー」で迷ったら
──では、CFO候補者の視点で、企業を選ぶ基準があるなら、どうアドバイスをしますか?
角田:経営陣や株主が求めているクオリティ、あるいはロールとして、それが「経営者としてのCFO」か「アドバイザーとしてのCFO」かを見極めるのは大事だと思います。
採用の理由が「ファイナンシングイベントが近いから」だとすれば、それこそアドバイザリー契約でも役割としては構わないかもしれない。経営陣が本当に経営メンバーとしてのCFOを欲しているのか否かは、そもそもの線引きとして大切ですし、採用のミスマッチではそこのズレが原因だったりすることは多い気がします。
永見:アドバイザーに関して言えば、「点」としての資金調達の最適化なら、証券会社も担えるところがあると思います。ただ、経営は「線」で続きますから、先々の展開を想定しつつ資金調達やIPOの相談、アドバイスもできるような存在は付加価値が高くなるでしょうね。これまでVCが果たしていたような役割を、社外取締役として担ってもらうようなケースがもっと増えてきてもいい。
角田:「経営メンバー」として加わる場合、特に初期のスタートアップならば、スキルセットよりマインドセットを重視すべき。
肩書こそCFOでも「とりあえず管理本部を管掌してほしい」なんてざらだし、ヒト・モノ・カネのハードシングスもたくさんある。それらの困難を創業メンバー社長から剥がしつつ、その上でファイナンスができる役割を担えないと、存在意義があまりないんですよね。
永見:角田さんが言うように、資金調達や上場準備といった狭義のファイナンスに職務を絞ると、CFOの醍醐味としても面白くないでしょうし、そういうのを担えるスペシャリストなら他にもいます。証券会社の出身者などを迎えればいいわけで。
やはり、経営陣として何ができるのか、もしくはどういった職責を担うのか。企業価値の向上をゴールに見た時、絶えず重要な課題が降りかかるものですが、誰もテイクしないなら自分から引き受けていく。そういった気概を持つ人がフィットしやすい気がします。
MBAの勉強が下地に。スタートアップCFOの必須マインドセット
──とはいえ、お二人は来歴からすると、直接的な「経営経験」を持っていたわけではありませんね。それは入社後に吸収していったのですか?
永見:僕はカーライル時代に投資先のボードメンバーとして、取締役会にも参加していたので、その経験が活きましたね。
あとは、自分に「必要な知識や思考の引き出し」を作ってくれた意味でも、MBAの勉強は何だかんだ言っても基礎になっています。たしかに知識は陳腐化していくけれど、古典的に活きるものがあったり、学ぶべき領域が見定めやすくなったりはする。経営経験はなくとも、経営者として一歩踏みだすときには、とても心を支えてくれます。
僕のように2年と学ばずとも、2週間や1カ月のミニコースでもオススメしますね。
角田:タイミングが合えば行ってみたいな……僕はそういった下地を持っていたわけではないので、基本はやりながらですね。ただ、性格として、“Skin in the Game”というか、自分でリスクを取って、バットを振っていきたい性格だし、会社のためになることなら何でもやるスタンスですね。上場企業でCFOやっている人間としては圧倒的にスタートアッパーだと思います。
だから、採用イベントで各社のCTOやVPoEが出るなか、ヤプリだけ僕(CFO)が出てきて周りがざわつく、みたいなのもけっこう楽しみながらやってきました(笑)。
永見:それをエンジョイできる人と、できない人っていますからね。
かつてはラクスルも、私の参画した7年前は退職率の高い時期で、人材エージェントを29社集めて、「頼むから人を採用したいんだ」と頭を下げ、最初の3カ月はずっと採用活動だけしていました。あとは、社内のおやつボックスに置くのを「たけのこの里」と「きのこの山」からA/Bテストしたり(笑)。もう、最初はずっとそんなことばかりでしたよ。
それも経て、やることがどんどん変わっていった。IPO準備や資金調達、組織開発、複数事業を束ねるポートフォリオマネジメント、M&A、ESG……と、フェーズによって変わりました。それを面倒臭がらずに「楽しい!」と思える人なら、CFOに限らずスタートアップの経営はすごく楽しい機会だと思いますね。
だから、スタートアップに移ることを検討している、もしくは将来検討するような方には、これまでの具体スキルやネットワークが活きることは否定しないけれど、それ以外の要素は「全く活きない」と思ったほうがいいくらい、新しいチャレンジができる環境だとは伝えたいです。
一定の地頭とコミュニケーション能力さえあれば、スタートアップに挑む覚悟と、新しいものに対する好奇心のほうが重要な気がします。たぶん、起業家も同じでしょうけれど。
──大手企業や外資系企業からスタートアップへ転じるときに、踏まえるべきポイントは?
永見:「環境は設定されるものではなく、自分で設定するものだ」。このスタンスが強く持てない限り、たとえ他のスタートアップに転じても活躍できない気がします。
角田:おっしゃるとおりで、外資や外銀、コンサルは均質性が高い。表現を選ばずに言えば、ある程度は正解が決まっていることに対するクオリティの高さを競うゲームともいえる。でも、スタートアップにはいろんなフェーズがあって、本当にぐだぐだな組織もたくさん。
開発するときに本番環境を直接いじったせいでサーバーが落ちてクライアントに怒られ、謝意を込めて手紙を綴ったら字が汚くて怒られる、みたいな。想像を絶するぐだぐだがあり得る(笑)。
まぁ、今のは極端な例ですが、エンジニアやデザイナーといった色々な人が関わっていて、「振れ幅」が圧倒的に違うんですよ。コンサルだと「1言えば10わかる」ようにテンポ良く会話がが進むかもしれないけれど、それも均質性が高いコミュニティや組織だからこそ。それがないことを残念だと思う場合は、単純にスタートアップは合っていないかもしれない。
永見:本日のテーマであるCFOについても、就任後もずっと成長していかなければいけないと思います。怒涛の日々を過ごすうちに上場が近づいてきて、機関投資家との対話やエクイティストーリーといったことに途端に取り組んでいくことになります。英語もネイティブと言わずとも、一定はしゃべれなければいけない。
すると今度は戦略的な思考を持って、自分たちをいかに資本市場でポジショニングできるかが大事になってくる。そういった局面では、ファイナンスのスキルも活きてくると思います。
経済合理性だけでは満たせない。それでもキャリアで選ぶ理由
──報酬の議論もよく挙がります。特に元外資系となると年収が高く、スタートアップでは張りづらい額ということも。この点については、どのように考えますか。
永見:たしかに当時、何も保証されてはいませんでした。あるとしたら、自信やチャレンジの気持ちだけです。その時、妻からは「50歳になってから初めてチャレンジするのはやめなさい。今やりたいなら、今やりなさい」と言われて、決心しました。
カーライルからラクスルに転じたときは、年収は4分の1くらいになりました。住民税は前年度の年収に対して掛かるから、しばらくは全社員の中で手取り給料が一番下でしたよ。松本から「確認したら永見さんだけ給与が間違っていませんか」と問われたこともあったくらい。それを知って、さすがに少し補填してくれました(笑)。
入社に際して、生活スタイルも当然に改めました。家賃を抑えるために引っ越しましたし、外食するお店も変えました。給料が減ったら、それに合わせた生活にするのが普通だろう、くらいな感じです。とはいえ、あまり根性論を押し付けるつもりはないです。今は給料をしっかり払うスタートアップもあるはずですから。
周りから見れば、清水の舞台を飛び降りたように思われるかもしれないけれど、僕としては比較的、自然な意思決定でした。他人と比較してリスク・リターンのプロファイルが狂ってるだけかもしれませんけど。
角田:基本的に、経済合理性でいけば、スタートアップはおいしくないと思っています。ストックオプションをもらって云々はあるかもしれないけれど、プロファームで輝いている人に比べれば、そちらのほうがよほど良いと思えますし。
永見:上場会社の経営に携わっているよりも、カーライルのアソシエイトの方が年収高いですからね(笑)。
角田:おかげさまでヤプリも上場しましたが、それまで新卒3年目の給料を超えたことはなかったです。経済合理性なら割の悪いゲームですよ。ただ、楽しさやお金以外の価値を含めれば、スタートアップは個人的にすごくおすすめする選択肢。
永見:経済合理性だけでは語れないというのは、僕も本当にそう思います。あと、過小評価してはいけないのは、人とのつながりや、そこから得られる学び。スタートアップの世界はソーシャルアセットが大きいんです。
たとえば、カーライルでもマッキンゼーでもGSでも、経営者に自分の悩みを30分間だけ聞いてもらおうとしても、簡単にアポを取れないじゃないですか。でもスタートアップコミュニティの人は、本当の競合でない限りは「仲間だ」と思ってる人が多くて、僕もラクスルに入ってから、ずっと色々な人からアドバイスをもらいました。
その人たちからの学びや人的ネットワークは、自分にとってはアセットだと思っています。僕もちゃんと恩返しをしたくて、上場後は未上場のスタートアップの方々からリクエストがあれば、アドバイスを提供するようにしています。それは投資銀行や戦略コンサル、証券会社でも、絶対に味わえないソーシャルアセットではないでしょうか。
──他にも、スタートアップならではのソーシャルアセットがあれば教えてください。
永見:たくさんありますよ! 上場後なら投資家とのネットワークもそうです。グローバルの投資家であっても、だいたい話せます。単純にこちらから説明するだけではなく逆質問をしまくって、すごく学んでいます。
角田:そうですね。特に未上場から関わってくると、上場のタイミングで、いよいよ本番というか(笑)。今は、海外投資家を回るとか、事前にインフォーマルのミーティングでコネクション作るとか、グローバルの投資家をエンゲージしてディールメイクするとか、そういった「CFOど真ん中の仕事で、かつ楽しい」局面が増えてきていますし。
永見:あと、先ほどの話とも重複しますが、ファイナンスのバックグラウンドがある人でも、スタートアップはそれ以外の業務もやらざるを得ないから、学びになりますよね。
今後来る流れとして、おそらくCFOのバックグラウンドを持つ人がCEOになったり、ファウンダーとして起業したりするケースがあると思う。そういう流れを起こす人たちは、ファイナンス以外のことも当然に勉強しているはず。そう思うとキャリアも広がっていきます。
……それに、外資系投資銀行や戦略コンサルなら、戻るときはいつでも戻れるんで。いや、全然戻れますよ! いつも「人が足りない」って言ってますから。
海外投資家を巻き込むケースが増えている
──最近では、ファイナンスでも海外の機関投資家を巻き込むニーズが顕在化してきています。その環境下で、CFOとして求められるスキルや経験は何でしょうか。
永見:まず英語については、技術的には通訳がいれば一定は補えますが、やはり会話の密度が半分ほどになってしまいます。相手も数千、数万ある銘柄のうちの一つに時間を割いてくれているわけですから、良いと思えなければ見送られてしまいます。
ネイティブな英語でジョークを言える必要があるかはさておき、自社の魅力を誠実に伝え、理解してもらえること。ストラテジックなコミュニケーションは、経営者と投資家といえど「人間対人間」の付き合いですから、とても大事だと思います。プレゼンで会社の魅力を伝えるアングル等、企業価値を上げていくために必要なコミュニケーションというのはあり得るわけです。
投資をしてみなければ、投資家の気持ちは本当にはわからない。僕は周りのCFOやラクスルの社員にも、「積極的に投資してみたほうがいいよ」と、いつも言っているんです。投資することでマクロ環境をちゃんと理解する、その会社の業績を見に行くといったように、客観的かつ俯瞰してものごとを把握する力をつけないと、上場会社の経営に従事するのは難しいんじゃないでしょうか。
角田:英語はできるとすごく楽です。投資家の取材も基本は人と人のコミュニケーションですからね。「日本のSaaSが注目されている」と言えど、たかだかアジアの島国にある400〜500億円の企業ですから、放っておいても買われるような銘柄ではありません。
だからこそ、自らエンゲージして握りにいくように頑張らないといけない。投資家も人間で、経済合理的に動く部分はあれど、結局は「好み」や「印象」が影響してくるのは海外の機関投資家であっても変わりません。
個のエンゲージメントが大事だからこそ、パッションを持って、自分の会社を信じて伝えることで信頼関係を作る。それを成す上でも英語は重要でしょう。あと、実務的にはミーティングが急遽決まるようなことも多いので、通訳を毎回手配していくのも難しいはずです。海外の投資家を相手にするのなら、英語が使える人も採用するのに越したことはないです。
アメリカなどはリスクマネーが豊富なため投資家の競争も熾烈で、人気銘柄にはブックの何倍も金が集まり、満足にアロケーションがもらえないことも多々あると聞きます。それが日本なら、みている海外の機関投資家も少ないし、チケットサイズなどの条件が合えば発行体も優先して入れますからね。彼らにとっては、GDPが大きく市場も成熟したラストフロンティアといった感じで、ものすごい勢いで流れ込んできている印象です。
日本は“winner takes all”みたいな考えが強いですけれど、A社が先に資金調達していてうまくいっていたら、後追いのB社も「A社くらいになれますよ」というアナロジーもありだと思っていて。A社に入れなかった投資家もいるはずなので、逆手にとって魅力的に伝えられればいい。「A社がマーケットを作っているので、そのあとを楽して進みますよ」とか(笑)。
世界はみんなそうじゃないですか。電動スクーターも、ライドシェアも。ずっとわちゃわちゃしているけれど、あれだけ資金を集めていて。サービスの明確な優位性はなくても、それぞれで成長しているわけですから。
永見:実際、アメリカは金融緩和でお金が余っていて、マザーマーケットでは投資しきれなくなっているんですね。日本はデジタイゼーションが遅いからこそ、SaaSを提供しているようなテックプレイヤーは自然と興味が持たれやすいのでしょう。
投資家はアナロジーを好みますから、「アメリカで成長しているあのサービスの日本版と言えば、この会社が素晴らしいよ」と伝えれば理解されることもあると思います。でも、そういったテクニカルなファイナンスの知識よりも、結果的には「伝える力」に尽きますよ。
投資家の巻き込みやIRは、基本的に「営業」だと捉えています。待っていて投資してもらえると思うより、実現するまで続けられる忍耐力や継続性が大事。僕もプレIPOで150社くらいには会っていましたね。そういうふうに汗をかけないといけません。
良いCFOの条件とは何か
──今日は様々な観点からCFOについてお聞かせいただき、ありがとうございました。最後に、未来のCFOたちへ、ぜひメッセージをください!
永見:あまり難しく考えずに飛び込むのがいいです。
年収のダウンやキャリアを変える不安など、優秀な人ほどリスクは浮かぶと思います。でも、一つ一つは、それほど大したリスクではないはず。復帰したければ前職にも戻れますし、仮に合わないスタートアップだったとしても、今なら求められる先は他にもあります。リスクを思い悩むより、むしろ人的ネットワークのようなソーシャルアセットや経験といった見返りが大きいくらいではないでしょうか。
年齢も不問ではありますが、早めにチャレンジしたほうが何回も失敗できます。僕は33歳でキャリアを変えましたが、もっと早期にトライしていればよかった、と思っています。何かあったら、いつでも相談してください。
最後に、良いCFOの条件として、「Strategic CFOの定義」を文章でまとめていて、その一部を共有します。
Strategic CFOの定義
期待値:
・将来的な株式価値から逆算して顧客価値、事業価値創造にインパクトを与えられる人材
・顧客価値や事業価値を株式価値にtranslateできる人材
役割:
Must
・企業・事業戦略への深い理解を前提とした財務戦略の策定と実行(戦略と財務のlinkage)
・資金調達と財務管理
・資本市場内におけるプレゼンス及びstakeholderとのrelationship management(投資家、証券会社、銀行etc)
・コーポレート機能・組織のbuild upとマネジメント
・予算統制と事業管理
・CEOの良きdiscussion partner
・他の経営メンバーとは完全に独立した思考で正論を言うことができる論理性とスタンスの強さと人間力
・取締役会の運営(事務運営ではなく、正しいアジェンダの設定を通した企業価値の向上)
・リスクマネジメント
・高い倫理観
Nice to have(その人の得意分野による)
・会社全体の組織人事施策の設計と実行(インセンティブ設計を含む)
・Business/Corporate development(顧客開拓、alliance、M&A)
Strategic CFOはいかなる期待値を持つ人材なのか、役割として何をしなければならないのか。これらを絶えず省みながら、自問自答しています。「良いCFOの条件とは何か」を考えるときの補助線にしていただけると幸いです。
角田:僕はCFOってすごく楽しいなぁ、と思っていて。経営ど真ん中で、ヒト・モノ・カネに直接的に関与して、大変だけれどやりがいがある。会社経営のとても大事なところだし、CFOの価値や重要性はどんどん高くなっていくはず。いや、高くなるべきだと信じています。
CFOキャリアについては、「経済的には割に合わない」とか、ちょっと消極的な発言もしましたが、優秀な人たちにはぜひチャレンジしてもらって、ますます盛り上げてほしいなと思っています。あと、ヤプリも経営企画など含めて採用中なので、ぜひよろしくお願いします!