本稿は、元PayPal COO、元Yammer 創業者兼CEOで、現Craft Ventures創業者David Sacks氏によるブログより許可を得て翻訳し、見出しを追加したものです。
結論から言おう。収益の中心はチームプラン、個人向けプランはリード・ジェネレーション向きだ。
結論から言おう。収益の中心はチームプラン、個人向けプランはリード・ジェネレーション向きだ。
チームと個人ユーザーとのどちらを主要顧客に据えるかは、SaaS創業者に共通のジレンマである。この決定は、製品デザインだけでなく値付けやパッケージングにも大きな影響がある。
私の経験では、チームプランは収益の中心になるため、創業者がエネルギーとリソースを集中させるべき分野である。個人向けプランはリード・ジェネレーションには役立つが、長期的な収益の可能性はずっと低い。
チーム製品が経済的に優れている3つの理由
1. 取引の規模
チーム製品は複数のユーザーアカウントを販売できるため、初期契約額が大きい。それに比較して、個人向け製品では契約額が小さいため、販売チームにかかる経費を正当化するには不十分な場合が発生する。個人向け製品の認知度が高くない限り、チーム製品向けの流通戦略の方が立てやすいと言える。
2. 維持率
チーム製品の方が個人向けより契約を維持しやすい。ゲームに例えれば、マルチプレイヤーモードの方がシングルプレイヤーよりも楽しめるのと同じだ。同僚が一緒にゲームに関わっていた方が、より多くを楽しめる。つまり、価値の創造性が高まる。
チームが製品でコラボをするようになってしまえば、個人の判断でがその製品を離れようと決めるのは難しい。異なるツールへの移行には「リッピング&リプレース」、総入れ替えするための調整が必要になる。対照的に、個人ユーザーはいつでも製品から離れることができる。
そして、チームでのコラボレーションは、経常的に再活性化のチャンスを提供できることもポイントだ。個人ユーザー向け製品の場合、使用を停止すると解約する可能性も高い。しかし、チーム製品の場合なら、使用をやめていたユーザーも通知ひとつで再開する。
チームがある程度の有効なユーザー閾値を保っている限り、アカウントレベルでの解約は回避できる。
こうした理由から、個人向けプランのアカウントレベルの解約率は、通常は毎月5%程度だが、チームプランでは毎月1〜2%である。つまり、チームプランの方がずっと収益維持率が高いことになる。
3. ユーザー数の拡張
チームプランでは、社内で製品が広がるにつれ、新しいユーザーを追加していくことができ、収益が拡張される。その結果、継続アカウントの拡張が、解約されたアカウントで失った収益を超える状態になる。
この素晴らしい特性は、有名なSlackの表に見事に表現されている。
Slack顧客の年間コホートの収益は毎年増加を続けているが、それは解約がないからではなく、ユーザー数の拡張が解約を超えるためである。
ユーザー数が拡張する恩恵がなければ、個人向けプランは一方的な減少に苦しむことになる。コホートは成長せず、縮小し続ける。この力関係に抵抗するため、個人向け製品をより高額なプランか新製品へとアップセルすることもできるが、それは新しいユーザーを追加するよりずっと困難である。
その結果、個人向けプランは加入者と収益において、年間50%までほどの解約が起こるのも珍しくはない。そのレベルの解約だと、事実上、SaaSベンダーは2年ごとに新しいビジネスを再構築していることになる。これでは非常に価値のあるSaaS会社をつくりあげるのは不可能だ。
では、B2BとB2Cはどちらを重視するか?
チームプランを提供できる能力は、B2B SaaSの大きな利点である。それに比べ、B2C SaaSは、個人向けプランに限定される。
ただ、率直に言って、私はこの「カテゴリーのバリュエーション」には懐疑的だ。投資家は現在、SaaS企業の多数はARR(年間経常収益)ビジネスであることを理由にして資金を投じているが、「縮小しているコホート」と「毎年成長しているコホート」の違いを理解していないように思える。
年間維持率がたった50%までだとすれば、これらのB2C SaaSビジネスは、マーケティングCAC(顧客獲得単価)に対する事実上のアービトラージであり、長期的なビジネスではないことになる。
NetflixとPelotonの2社は、非常なる成功を収めているB2Cビジネスだ。彼らはなぜ、それほど成功しているのだろうか?
Netflixは毎年何十億ドルも費やしてオリジナルのコンテンツを作成し、加入者を維持している。Pelotonはあなたの家の一部屋をフィットネス器具で占領し、物理的に製品とエンゲージするように常に訴えかける。彼らのユーザー維持戦略はユニークなので、ルールを証明する上では例外的だろう。共通点としては、どちらの企業も短期的な加入プラン以上のものを販売していることだ。
個人向けプランでも良いビジネスと呼ぶためには、次に挙げるいずれかの条件が必須だ。「毎月の解約率が2%以下」といった、維持率が異常に高い場合。あるいは、「初期の解約率は高いが、永久的に解約しない“コホート内のコホート”がある」ような、維持率が長期的な漸近線に近づいている場合だ。さらに、解約率が高くともビジネスを続けられるのは、CACが非常に低いか無料の場合だけである。
狙うは「ハイブリッド戦略」
B2BのSaaS企業が個人向けとチームプランの両方を持っている場合、収益の質についてどう考えたらいいのだろうか。
一例として、我々のCraft Venturesは最近、両プランも備えている、ある企業のシリーズA投資を評価した。どちらも計算した場合、全体的なビジネスの収益維持率は、年間およそ85%でさして良いとは思えない。
しかし、個人向けとチームプランを分けて分析してみると、全く違う景色が見えてくる。両極端な数値が平均の陰に隠れているのだ。個人向けプランはおよそ60%の年間収益維持率を示したが、これは非常に低いといえる(しかし、個人向けプランでは珍しいことではない)。
その一方で、チームプランはおよそ200%以上の素晴らしい純収益維持を示した。
最も重要なのは、チーム製品の収益コホートは時間の経過とともに増していくが、個人向け製品の収益コホートは縮小していることだ。ここがキーポイントである。チーム製品は継続的に成長する収益基盤を生み出していたが、個人の加入基盤は着実に悪化していく。
このようなビジネスを、Craft Venturesはどう評価したか。私たちは個人ビジネスのARRにゼロを当てはめ、チームビジネスを非常に高いARR倍率にして評価してみた。結果、シリーズAの投資をリードすることに決めた。
チーム対個人の分析をせず、全体的な表だけを見たその他のVCは、私たちが発見した素晴らしい事実を完全に見逃してしまったのである。
個人向けプランが合理的な場合
チームプランは経済的には素晴らしいが、個人向けプランに注目した方が合理的な場合もある。
まず、マルチプレイヤーに比べてシングルプレイヤーモードの方が構築しやすいかもしれない。SaaS製品の中には、全チームの価値を考える前に、一人のユーザーに対して素晴らしいエクスペリエンスの提供を考えなければならないものもある。確かに、各プレイヤーのエクスペリエンスの質が月並みであれば、チームへ拡張していくことは難しい。
次に、個人向けプランは、リード・ジェネレーションの起動剤として価値がある。そのため、多くのSaaS製品が「最初のユーザーは無料」で提供している。これは巧みな価格戦略だ。
ほとんどの個人向けプランは、それ自体は長期的な価値を生み出さないので、チームビジネスを獲得するためには無料で提供してもいいことになる。ただ、「最初のユーザーは無料」は、チームが個人ユーザーを価格の抜け道にしてしまっては効果がないので、それを防ぐ機能を開発するようにしなければならない。
最後に、サービス提供に関わるかなりのコストがかかるなら、パワーユーザーの料金を個人プランで徴収する必要があるかもしれない。ただし、維持率が非常に高くない限り、単なる金融上の補助金と長期的ビジネスを混同してはいけない。永久に成長を続ける顧客収益コホートを目標にすべきである。
結論:チームプランを目標にすべき
一般に、B2BのSaaS企業は複利収入を生み出す魔法の特徴を持つチームプランに注目すべきだと言える。
チームプランは長期的な基盤の上に構築されるが、個人向けプランは底に穴の空いたバケツ、いわゆる「リーキーバケット」である。これらのケースの場合、まず個人向けプランを構築し、できるだけ早期にシェアとコラボができる利用ケースを見つけるべきである。最終的にはチームプランを目標にすべきだからだ。