「投資先の中でも、バリューを設定していて、うまく生かされている部分もあれば、浸透してないこともある。戦略にひもづいてないケースさえある。さまざまな状態を目の当たりにして、その設定の仕方をあらためて考えてみたくなったんです」
前田ヒロが抱いた「バリューへの疑問」から、今回のウェビナーは開催されました。組織人事コンサルティングファームのクレイア・コンサルティングにて、企業の人事制度設計やプレミアムブランドの人事戦略などを手掛けてきた金田宏之さんが、そのポイントを解説。
スタートアップにも組織や人事コンサルティングを務め、ミッション実現を支援する金田さん。これから策定を始める、そして今から考え直すための、バリューへの向き合い方とは?
バリューは2つのレイヤーで定義される
金田宏之(以下、金田):まずは「バリューとはそもそも何か」を自分の言葉で定義をしていただくと良いかな、と思っています。……どうでしょう、決まりましたか?
僕はバリューを「価値基準」と定義しました。何に価値があって、何に価値がないのか、その境目になる基準のことですね。そして、この定義は「抽象的な価値観」と「具体的な行動指針」で構成されると考えています。
では、僕が挙げた「抽象的な価値観」と「具体的な行動指針」について、さらに定義をしていきます。「価値観」とは認識、思考、判断、行動の基準といえます。「行動指針」は価値観を具体化したうえでの行動の基準です。つまり、どちらも基準に属するわけです。
さて、今後のトピックにも通じますが、バリューとは文化(カルチャー)に内包されます。カルチャーを見ずにバリューだけを議論すると、路頭に迷いがちです。気をつけましょう。
次に、「カルチャーとは何か」を見ていきます。これは、アメリカの心理学者であるE.H.シャインが『企業文化』という著書で、わかりやすく表してくれていますので、先人の知恵をお借りしますね。「文化は、目に見える行動、儀式、風土といった文物、および、標榜されている価値観に現れるが、その本質は、共有された暗黙の仮定である」と言っています。
つまり、文化には3つのレイヤーがあるわけです。1つ目が「文物」で、会社の服装、オフィスの様子、勤務時間といった人工物であり、目に見えるかたちとして表層的な部分に現れるものです。2つ目が「標榜されている価値観」であり、「文物」の根拠になる戦略、目標、哲学です。ここにはバリュー、価値観、行動指針も含まれてきます。
大事なのは3つ目の「共有された暗黙の仮定」です。シャインも「文化としてのコア」だと言っていますが、無意識に当たり前とされている信念、認識、思考、感情が含まれます。僕もクライアントとの仕事で、彼らが自分たちのカルチャーだとは定義していないけれど、各社で「共有された暗黙の仮定」だと感じるものは、やはりあります。
たとえば、経営層の呼び方ひとつからも見えてきます。「チーム」というフラットな言い方で捉えているのか、あるいは経営層、リーダー、ボードと呼んだりもしますよね。エグゼクティブと呼ぶ企業は、やはり上下意識も強く表れていることが多いと感じます。
他にも、次に挙げるワーディングは「共有された暗黙の仮定」といえるでしょう。
もう少し、カルチャーの補足をします。ベン・ホロウィッツの著書『WHO YOU ARE』には企業文化に対しての優れた指摘があり、バリューを作る際の参考になるはずです。
僕が特に大事だと思ったのは「企業文化は、言葉ではなく行動に基づく」という指摘です。彼は「文化は行動だ」と言い切り、文化とは「長年の行動が積み重なるうちに事前にできあがる決まりごとなのだ」と記しています。いくら言語化されていても、行動に反映されていなければ文化ではなく、バリューにも昇華しないわけですね。
戦略からのつなぎこみが、バリュー設計の好手
では、「バリューをいかに策定するか」に話を移しましょう。
これから決める会社もあれば、すでに運用している会社もありますが、両者ともに策定までのプロセスについて考えていただく機会を持つのがいいと思います。みなさん、基本的にはビジョン、ミッション、バリューというフレームワークから考えることが多いはずです。
この軸で考えていくと、事業や世界観をもとにビジョンとミッションまではつなぎこみやすいと思うのですが、バリューが飛躍してしまうことがあるんですね。自分たちの価値基準や仕事の仕方、事業への想いをベースに定めていくのも悪くはないのですが、社員から「なぜこのバリューなんですか?」と聞かれたときにも、きちんと説明できることが必要です。
基本的には、バリューを体現すれば、ビジョンやミッションに貢献していく、事業がしっかりと成功していくことが前提にはなります。ですから、ミッションからバリューをつなぎこむよりは、その間に戦略をきっちり挟んで考えていけるといいでしょう。自分たちの勝ち筋を考え、そこからバリューへ引っ張っていくイメージです。戦略がクリアになっている会社ほど、勝ち筋のための価値観と行動基準がはっきりしていますから、実はバリューを作るのもそれほど大変ではないんですよね。
もう一つ、戦略から派生できるものが組織設計です。たとえば、SaaSビジネスの企業なら「THE MODEL」に基づいた流れを組織に組み込めますよね。ただ、前工程と後工程で認識をすり合わせにくいので、それをコミュニケーションで解決していくためにも、バリューが活きてきます。言い換えると、あるべき組織形態のために必要な価値基準は何か。ですから、SaaS系企業のバリューは、一定で似通う部分が出てくるのは無理もありません。
『WHO YOU ARE』には、「ビジネス環境が変化し、戦略も変わっていく中で、企業文化も環境に合わせて変わり続けなければならない」と書かれています。要するに、バリューは企業文化の一部であるため、環境や戦略に応じて変わっていくうえに、それらの企業によっても異なるということが言われています。「Appleの文化は、Amazonでは通用しない」という例は、とてもわかりやすいと思いますね。
本題のバリュー策定では、僕の定義である「抽象的な価値観」と「具体的な行動指針」という2つのレイヤーで、価値観から行動指針に落とし込んで考えることを勧めたいです。大まかに言うと、価値観は社外向け、行動指針は社内向けに役立ちます。特に価値観は採用にも効いてくるポイントです。
併せて、僕が作った価値観のための「すぐに使えるバリューチェックリスト」も紹介します。上から2つは行動につなげるため、3つ目以降は浸透や定着を念頭に置いています。
特に、バリューが定着しない会社は3つ目以降で引っかかることが多いように感じます。また、経営層が口にすると立派に聞こえても、社員からすれば「大それたことで恥ずかしい」という意見もよく聞きますから注意が必要です。「勘違いされない?」では、例えば「楽しい」という言葉が入っていた場合に、受け取る人によって捉え方が異なりすぎ、思ったように機能しないといったことがままあります。
ここから評価制度の基準に落とし込み、行動指針としていきます。次のような例です。
大事なのは、実際に使える項目であることです。そして、より丁寧に考える会社では「だめな行動指針」を打ち出しているところもあります。
「本人の責によらない属性により、個人の能力を判断する」であれば、将来的にグローバルなビジネスの展開を見越して、人材採用にも関わるために基準を明確化しているわけです。現実的に使えるバリュー、使える行動指針を目指していきたいところですね。
また、バリューの浸透についても、よく質問されます。僕が見てきたなかでは、浸透している会社の共通点は「言行一致」。バリューを決めた経営層や創業メンバーが、それを体現しているか否かですね。環境や戦略で難しいことがあっても言行不一致ならば、社員は自分も行動するのが馬鹿馬鹿しくなり、恥ずかしくなってもきちゃうんですよね。
『WHO YOU ARE』でも、この点は触れられています。「リーダーの行動によって、つまりリーダーが手本になることで文化はつくられるからだ」と。言い換えると、リーダーが言行一致できないバリューであるようなら、今すぐ変えたほうがいいわけです。
カミナシとSmartHRの事例で見る、策定のタイミング
前田ヒロ(以下、前田):金田さん、ありがとうございます。僕からはケーススタディとして、2社のバリュー策定についての資料を紹介します。
1社目は現場管理アプリをつくるカミナシです。メンバーが12人となり、最も高い優先度が採用になったときに、バリューを作り始めました。作成にかけた時間は2日間。1日目は、会社とお互いについて知ることに時間をかけ、オフサイトミーティングでは社長がビジョンとミッション、それを果たすための戦略とカルチャーの重要性を強調して語りました。
面白かったのは、社員に事前にストレングスファインダーを受けてもらい、発表しあったことです。それぞれの長所と短所をエピソードを交えて自己開示したことが、アイスブレイクだったり、自社の強味と弱みの認識だったりに役立っていた印象でした。
全員の認識合わせをした上で、12人を4チームに分け、各チームで出したバリューをリーダーがまとめ、さらにリーダーが集まって検討をするという流れでした。最後はコピーライターを交えて言語化。実は彼らはバリューは2回目の策定で、初回は理想が高すぎて実行ができなかったそうです。まさに金田さんの指摘にあった過ちですね(笑)。
事例の2社目はSmartHRです。彼らのバリューは、みんなが真似したくなるようなすばらしいものだと思われていますが、最初に作った理由は4人目のメンバーを口説くためでした。プロセスとしては半日の合宿で、会社の成り立ち、ステークホルダー、顧客、株主などについて、それぞれの価値観をスプレッドシートに記入し、点数付け。そこから、一つひとつを議論して絞っていったんですね。
SmartHRのバリューは変遷があり、6カ月に1回は振り返ってアップデートをしてきました。今は振り返りも不定期になりましたが、課題を感じたときには都度検討です。
金田:バリュー策定のタイミングはよく聞かれます。僕の見解では、やはり採用のタイミングですかね。採用基準として自社とのマッチングを図るのにも使えますし、バリューの共感がジョインの決め手になることもあります。
また、バリューを策定する際にメンバーを巻き込むべきか、というのもよく尋ねられます。理由に挙がるのは「納得感が出るから」ですが、これに僕はクエスチョンがあって。なぜなら、将来的には社員が右肩上がりに増えることを見越すと、既存メンバーを巻き込まなくてもバリューに納得している状態を作らないといけないからです。納得感よりも、巻き込むことで良いアイデアが出てくるならば、巻き込んでもいいのかなと。
最後に、バリューを策定する際に費やす時間についても聞かれますが、事業への理解が深く、戦略が明確になってるか否かで変わってくると考えています。それらが確かならワークショップを1日すれば作れるでしょうし、戦略がない状態ではコアな考え方にならず、1ヶ月や半年をかけても策定できないケースもあるのだと思います。
「バリューが汚れる」という言葉に、覚悟が表れる
前田:ここからは視聴者からもフリーディスカッションで質問を受け付けられればと。
──当社は社員が70名おり、バリューを見直したいフェーズです。その際の進め方と、認識のすり合わせとして社内アンケートなどを活用すべきかを迷っています。
金田:進め方に関しては、現在のバリューを今後もいかに使っていけるのかに拠ると思いますね。アンケートは誤解を生みやすいので、浸透していないようであれば、現場のメンバーたちに人事担当やリーダーが正直ベースでヒアリングするほうがいいでしょう。
感覚的な話にはなるのですが、おそらく人事責任者がバリューに納得できていない場合は、多くのメンバーも同じように感じていることが多いようです。
──社員数名でシードフェーズの会社の代表です。私は「社会課題の解決」といった意志や哲学を強く持っており、言語化できているタイプだと自負しているのですが、こういった起業家が作るバリューで起きがちな問題点があれば、お聞きしたいです。
前田:戦略推進に重要なバリューだと納得されているか。それが争点になりそうですね。
金田:僕もヒロさんが言うように、戦略や会社の勝ち筋に対して説明できる状態であることが大事だと考えます。以前に「このバリューこそが僕の考えだ」と強調していたケースも見たことがありますが、他のメンバーからは好ましく思われていなかったようで、その会社では結局全てを作り直していました。
僕は「バリューが汚れる」という言い方をたまにします。日常からバリューを用いるなかで、それに合わない行動などに出会った際に、「バリューが汚れてしまう」というフィードバックをする。姑息に思えるかもしれませんが、そういった言葉で経営者と社員が同じレベルでバリューの位置づけを理解できる状態をつくるのも得策です。
──スタートアップですと資金的な観点から、コピーライターを起用するのが難しいこともありますが必須でしょうか。
金田:各社各様ですが、8割方の会社は自分たちで作っているのではないでしょうか。ワードを作るときに大事なのは、かっこいい言葉よりも、「自然体」への意識です。みんなが自然と口にできる言葉であること。先ほど紹介したチェックリストも使っていただき、浸透を図った後に、投資できるタイミングでブラッシュアップをすればいいと思いますよ。
──バリューが体現できていない社員には、どういうコミュニケーションを取っていくのが良いでしょうか。結論、外れてもらうことも考えるべきですか?
金田:バリューが複数あった場合、現実的には職種によって実現のしやすさが変わるんですよね。「チャレンジングにやろう」という項目は、バックオフィス等でコツコツと業務を積み上げていく職種では発揮しにくい。それを一律で評価するとギャップを生むきっかけになってしまうんですよね。
なので、職種もしくは仕事、期待するミッションに対してのバリューを位置づけて、フィードバックと改善をしていくのが大切です。ただ、人数が少ないフェーズだと異動も難しいでしょうから、本人と膝を突き合わせるのも、時には必要になってくるでしょう。
前田:いま、金田さんが言ったような「期待の認識合わせ」は重要ですね。。急に「期待が合っていない」と伝えてしまうと、お互いに負の感情を生み出しかねない。何に期待していて、その認識が合っているのかという状態を構築していかなくてはなりません。
──世の中では、メルカリやグッドパッチなどの事例も共有されてきていますが、バリューを作る上での落とし穴があればお聞きしたいです。
金田:これだけ情報過多の状態なので、先行企業の例を見て、真似をしようと始める会社も多くなるのは無理もないと思います。ただ、「本当にバリューを大事にしている会社」と、大事らしいから決めようとする会社」には大きな違いがあります。先ほども話した「バリューを汚してはいけない」という言葉に対しての反応は、案外に会社ごとに分かれます。
僕はバリューを作るテクニカルな手法は伝えられますが、それを心の底から大事だと思って毎日やれるつもりがあるのかは、各社によって違うんです。その覚悟の持ち方、言行一致へのコミットメントは、落とし穴になりうると思いますね。
前田:バリューを作ったあとのフォローも重要ですよね。会社のありとあらゆる場面で、バリューが活用されたり守られたりしているのが、何より大切。評価の仕方、コミュニケーションの仕方、判断基準……社員一人ひとりの行動がバリューに沿っているのか、みんなで力を合わせて守っていくみたいな取り組みが大事ですね。
金田さん、今日はすごく参考になりました。ありがとうございました!