企業にとって最も重要なリソースと称される「人」を育成し、スケールさせるための実践的ガイド本『Scaling People:人を育て、チームを最強にするマネジメント戦略(仮)』が刊行されます。著者はClaire Hughes Johnson(クレア・ヒューズ・ジョンソン)。Googleへ10年間の在籍を経て、2014年から2021年までインターネット向け金融インフラ「Stripe」のCOOに就任。従業員数200人未満から7,000人以上へ成長させる支援をしてきました。
今回は、翻訳版刊行に先駆け、ALL STAR SAAS BLOGにて『Scaling People』の一部を日本最速で先行公開。全448ページのボリュームを誇る本書より、最終章となる「第6章 結論 あなた」をお届けします(計3本を同日公開のうち、本記事はパート2です → パート1 / パート3)。
パート2のテーマは「人間関係の育み方」。直属の上司、他のマネジャー、創業者……マネジャーが付き合わざるを得ない彼らとは、どのように関係を結べばいいのでしょうか?
編集=ALL STAR SAAS FUND/長谷川賢人 翻訳=二木夢子
(※以下、本書より字下げ、改行、太字処理を調整のうえ、転載します)
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人間関係を育む
「これは短距離走ではなくマラソンだ」「速く行きたければ、ひとりで行け。遠くへ行きたければ、みんなで行け」という表現がしばしば繰り返されるのは、それが真実だからだ。自分のペースで走る必要があるし、一緒に走る仲間も必要だ。
Googleとその後のStripeを強化する上で最も辛かった時期を思い出すと、何度も繰り返されたミーティングとビジネスディナー、時として深夜まで及んだ仕事、そんな激務の中でストレスが笑いに変わったいくつもの場面が頭に浮かぶ。そうした経験から得た友情はわたしの宝物だ。
あなたにも、この先ずっと、どんなときでも手を差し伸べたいと思える人たちとの出会いがあるだろう。彼らもまた必ずあなたを助けてくれると、わたしが保証しよう。このような友情は、上司、同僚、チーム、さらには上司の上司まで、あらゆるところから生まれる。時間をかけて関係を築き、助けを求め、負担を分かち合ってほしい。
もう一度言うが、助けを求めてほしい。マネジメントとは、単に相互補完的なチームをつくることではなく、周囲全体を見渡し、自分とは異なる強みを持つ人を探し出す、相互に自己認識力を高めることでもある。自己を認識するだけでなく、弱みを見せて他人の助けを求める余裕がなければ、一緒に遠くまで行くことはできない。
直属の上司とうまくやる
影響力には双方向性がある。上司はあなたから、あなたは上司から影響を受けるべきだ。
上司はチームの障害を取り除き、増員や予算増強のために動き、あなたが仕事をうまくこなすために必要な背景情報を提供し、あなたと協力して優先事項を特定し、うまくいけばあなたの成長を助けてくれる。チームと会社にとって最良の結果を得るために、上司とよい協力関係を構築できれば、さらに優れたマネジャーになれるだろう。
最近は“マネージング・アップ(上司をマネジメントする)”という言葉もある。社内政治的なニュアンスで使う人も多いが、ここで言いたいのはそういう意味ではない。上司がベストを尽くせるよう手助けすること、そしてチームを襲う困難や業績不振を伝えるのが遅れて上司を驚かせないようにすることだ。
幸い、本書を読んでいるあなた自身がマネジャーである可能性は高く、部下を最適な仕事相手にするためのアイデアはすでに持っていることだろう。マネジャーとしてあなたが部下を評価している点を思い浮かべてみてほしい。あなたの上司もたぶんそれほど違いはないはずだ。
お互いを個人として理解しよう。上司がフィードバックを必要としているなら、建設的に提供し、ふたりがより効果的に協力できる方法を提案しよう。ともに成功することは、双方の利益になる。
他のマネジャーと連携する
上司のマネジメントの話をしたが、横のマネジメントも同じくらい重要だ。
同僚は、あなたとあなたのチームの成功にとって欠かせない存在である。また、組織のより大きなエコシステムの中で、自身とチームがどの位置にいるかを把握することは、あなたの役割の一部である。部分の総和よりも全体として大きな成果を生み出せなければ、人と人がうまく連携しているとはいえない。
ではどのようにして実現するのか? 公式・非公式のつながりを築くことだ。
現実(または仮想)で誰かと偶然出会うことも役には立つが、積極的に人間関係を見極めて育み、相手の成功を手助けしながら自分の成功に利用することも必要だ。チームのミッションやゴールに関する情報を主なパートナーや利害関係者と共有し、協働すべき相手を探し出そう。
特に、障害となりそうな相手、または障害を防いでくれそうな相手との協力関係は欠かせない。また、他のリーダーは、困難な状況に対処するための相談相手として(他のマネジャーとの真剣な1on1ミーティングに勝るものはない)、また、何が重要か、どうすれば組織で成功できるかについての情報源としても、優れたリソースであることを忘れてはならない。目の前の仕事に集中しすぎると、こうした人間関係がおろそかになりやすい。
そこで、次の2つのアクションを提案する。
- チームのパートナーと利害関係者をリストアップし、彼らと1on1ミーティングをするか、要となる人やチームのミーティングを傍聴する。自分のチームのゴールを共有し、どのように協力するのがベストかを話し合う。
- 社内に、あるいは他社でもいいので、尊敬できるリーダーを見つける。彼らをお茶やランチに誘って互いを知り、マネジメントのやり方や、それぞれのチームや会社の仕事について意見交換する。こうしたつながりの中に、新しいアイデアを試したり、困難な状況でアドバイスを求めたりする際に頼れる人がいるかもしれない。
このような人間関係は、チームや会社の共同プロジェクトに、一緒に取り組むことでも育まれるだろう。直属の上司と連携し、自分が現在注力している分野以外の組織とつながりを築いたり、関わりを持ったりすることも、有益な時間となる。
話を戻して、わたしの口癖でもある当たり前のことを言いたい。よき同僚になろう。約束を守り、じっくり耳を傾け、相手の力になろう。役に立ちそうな情報を共有しよう。同僚のマネジャーやそのチームとの間で問題が発生したときには、必ず自分から連絡し、問題がエスカレートする前に協力して解決しよう。
創業者と連携する
創業者がその職に就いているのは、ビジョンがあり、それをビジネスに変えたからだ。シニアマネジャーがその職に就いているのは、マネジメントを自分の仕事にしたからだ(必ずしも優秀なマネジャーとは限らないが、多少なりともマネジメントに携わってきた可能性が高い)。
創業者は、少なくとも最初はマネジャーになるための訓練を受けていない。また、初めて創業する人は、その時点で自分の会社よりも大きな規模の会社で働いたことがない可能性がある。
つまり、あなたにマネジメント経験があるなら、今いる会社よりも大きな会社に勤めていたというだけで、近い将来起こりそうな出来事について貴重な見解を示せる。
一方で、創業者からは、オペレーションのやり方に疑問を呈されることになりがちだ。マネジメントにおいて不変の要素だとあなたが思い込んでいたやり方が、根本的に覆されるかもしれない。創業者は根本的な原理を土台にし、あなたは実務経験を土台にしている。だからこそ、互いに多くを学べる。
創業者との関係には、必然的に摩擦も伴う。あなたがリーダーであれば、何らかの経験があって、会社の拡大に合わせて業務の改革を手助けできるという理由で迎え入れられた可能性が高い。課題となるのは、組織と創業者がどの程度の変化に対応できるか、またそれらの変化を見極めるためにどのように連携できるかを考えることだ。そのために役立つと思った原則をいくつか紹介しよう。
果物が熟しているかチェックする
クラウド企業であるBoxのシニアリーダーが、入社当初の実体験を聞かせてくれたことがある。彼には物事をどう変えていくかについてアイデアが豊富にあったが、多くの抵抗に遭った。これは、会社の準備が整っていないというだけのことだった。彼はどうやって発想を転換したのか教えてくれた。
「自分のアイデアを、まだ熟していない果物だと考えた。まずは果物を袋に入れてカウンターに置き、熟すのを待つ。時々、袋から“果物のアイデア”を取り出し、熟しているかをテストする。たいてい、テストは簡単で問題が発生して解決策が必要になったか、創業者がすぐに賛同したかのどちらかだ。時には、創業者も同じ結論を出し、みずから提起することもあった。袋から果物を取り出して絞ってみても、組織の準備が整っていないと感じたら、袋に戻してさらにもう1日追熟させた」。
覚悟してほしい。多くのアイデアはいつまでも袋の中にとどまったままだ。それでもたいていの場合、会社が拒否するようなことを押し通すより、アイデアを受け入れる準備が整うまで待つほうがましである。
高級車【エスカレード】ではなく大衆車【カムリ】をつくる
創業者がまだ機が熟していないと考えていようと、変化を起こしたくなることはある(それも煎じ詰めればあなたの仕事の一部だ)。このような場合、多くの人が間違いを犯してしまう。
本来ならトヨタ・カムリ、あるいは自転車にしておくべきところを、キャデラック・エスカレードをつくろうとするのだ。自分にできる最も軽い変化は何かと自問し、そこから成長させていこう。
Stripeでの1年目、わたしは創業者のパトリック・コリソンに、LMSとCMSが必要だと伝えた。「LMSとCMSって何なの?」といぶかしげに首をかしげられ、説得力のある答えを返すのに苦労した。
LMSは学習管理システムで、CMSはコンテンツ管理システムだと説明することもできたが、パトリックが知りたいのはそこではなかった。彼が知りたかったのは、なぜそのようなものが必要なのか、なぜ今そのプラットフォームに多額の投資をする必要があるのか、ということだった。
わたしの最初の過ちは、本当に必要な機能を説明しないで略語を使った点だ。LMSは、すべてのトレーニング・コンテンツを格納するための一元的で更新しやすい場所、そしてCMSは、社内外の重要なコンテンツの更新を保存し公開するための一元的で更新しやすいシステムのことである。
2番目の過ちは、カムリではなくエスカレードを提案したことだ。まったく新しいツールを提案するのではなく、すでに使い慣れているツールを使ってあらゆるコンテンツを収集・整理してみて、機能が間に合っているところと不十分なところを洗い出すことから提案すべきだった。
結局わたしたちは、当時Stripeで使っていたHackpadというドキュメント・エディタを活用することにした。そして数年後、より堅牢なツールの必要性が明確になったため、別のツール(その後、さらに別のツール)に移行した。
原則として、変更は試験的に提案しよう。何を変更するか、どうやって成功を評価するか、その変更の恒久化をいつ決定するかを明確にしよう。
何が大切かを理解する
部下の価値観を理解すべきなのと同じように、創業者の価値観も理解するよう努めるべきだ。まだ創業者が企業のバリューを文字にしていなければ、書き出してもらうとさらによい(第2章で述べたような創業資料を作成するきっかけにもなる)。
特に、どのようなトレードオフを受け入れるかを明確にしてもらおう。たとえば、創業者は、きわめて完成度の高い製品を出荷することに価値を見出しているかもしれない。そのレベルの品質を守るために、何を犠牲にできるのか尋ねてみよう。
発売日を延期してもよいか? そのせいで大口の潜在顧客を失っても構わないか? 職場を離れたオフサイトミーティングは、価値観の認識をすり合わせるための非常に優れた場だが、1on1ミーティングで創業者に尋ねても構わない。
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クレア・ヒューズ・ジョンソン著『Scaling People(スケーリング・ピープル) 人を育て、チームを最強にするマネジメント戦略(仮)』(日経BP刊)
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