企業にとって最も重要なリソースと称される「人」を育成し、スケールさせるための実践的ガイド本『Scaling People:人を育て、チームを最強にするマネジメント戦略(仮)』が刊行されます。著者はClaire Hughes Johnson(クレア・ヒューズ・ジョンソン)。Googleへ10年間の在籍を経て、2014年から2021年までインターネット向け金融インフラ「Stripe」のCOOに就任。従業員数200人未満から7,000人以上へ成長させる支援をしてきました。
この度、2024年11月20日に開催の「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2024」にもClaireさんの登壇が決定!ALL STAR SAAS FUNDのManaging Partnerである前田ヒロと『「最高を超える」最強の組織の築き方』をディスカッションします。
それを記念し、翻訳版刊行に先駆け、ALL STAR SAAS BLOGにて『Scaling People』の一部を日本最速で先行公開。全448ページのボリュームを誇る本書より、最終章となる「第6章 結論 あなた」をお届けします(計3本を同日公開のうち、本記事はパート3です → パート1 / パート2)。
パート3のテーマは「キャリアパスの描き方」。マネジャーは人を育てることだけでなく、自らのキャリアパスについても、ふと立ち止まって考える瞬間が必要。どのように考えるべきなのでしょうか。
編集=ALL STAR SAAS FUND/長谷川賢人 翻訳=二木夢子
(※以下、本書より字下げ、改行、太字処理を調整のうえ、転載します)
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自分のキャリアについて考える
時として、優れたリーダーは、ビジネスでの成功や直属の部下のキャリアパスを切り拓くことに時間を費やすあまり、自分自身のキャリアをおろそかにすることがある。あなたの頭の中、心の中、直感を、あなた以上に理解している人はいない。あなたにとって一番重要な仕事は、自分自身のキャリアコーチになることだ。
わたしはいつも、上司やその他の外的な影響によってキャリアのチャンスやアイデアが舞いこんでくるのをただ待っている人がいることに驚かされる。誰かがアイデアやアドバイスをくれるのはありがたいが、自分にとって何が最善かを知る専門家は自分自身だ。わたしの場合、定期的に一歩下がって、自分が学びたいことを学べているか、望むような影響力を発揮できているかを評価するようにしている。
キャリアのおもしろいところは、後から考えるとつじつまが合うことが多くても、その時点では一貫性を感じることがほとんどないという点だ。わたしも例外ではなかった。でも、今振り返ると、現在の自分に至るまでに下した大きな決断と経験の間にまっすぐ一本の線を引くことができる。
Stripeへの入社のように当時から画期的な決断だと感じたものもあれば、Googleの消費者向け部門から法人向け部門への異動のように、小さなことだと感じていたが、最終的にかなり重要な決断となったものもある。
わたしは、自分のキャリアパスについて幼いときに神の啓示を受けたような人をうらやましく思う。早くから医者や教授、デザイナーなどになりたいと考えていて、目標に向かって進路を定めている人たちだ。それ以外の人(あえて言うなら大多数)は、「蛇と梯子ゲーム」(蛇のマスに止まると下の階層に戻され、梯子のマスに止まると上の階層に進める、すごろくのような伝統的なボードゲーム)でしくじったときのように、一段上がって三段下がるか、あるいは横道にそれながら、キャリアパスを進んでいく。
では、どうやってキャリアコースを描けばよいだろうか? 驚かれはしないだろうが、わたしの主なアドバイスは、自己認識力を高めることだ。自身のエネルギーを管理するのと同じように、どの潜在的な仕事や能力が自分の性に合っていて、どの仕事や能力が自分のモチベーションを奪うのかを把握することが重要だ。
あなたが求めているのは、先天的か後天的かを問わず、自身の適性と、やる気や情熱を組み合わせたものである。たとえば、わたしは政治や非営利団体(そしてスタートアップ!)の仕事で重要とされる資金調達を得意としているが、特にそれが楽しいわけではない。
学界、非営利団体、文化機関の上級職によくある、資金調達が任務の半分以上を占めるようなポジションを、わたしは求めていない。文明は流行、インフラ、自然など変化のスピードの異なる階層が補い合って成り立っている、という考え方をペースレイヤリングというが、自己認識力を高めることは、自分なりのペースレイヤリングになる。
日々のエネルギーだけでなく、より大局的で長期的なエネルギー曲線もあわせて把握する必要があるのだ。キャリアのかなり早い段階から、個人的な記録を残しておくことをお勧めする。記録には、これまでに挑戦してきたさまざまな役割を書き記し、次の質問に対する答えを見つけてほしい。
- その役割は得意だったか? なぜそう思うか? 得意でなかったとしたら、それはなぜか?
- その役割は楽しかったか? 理由は?
- やりたい、またはやりたくない仕事のタイプについて、何がわかったか?
- 明らかに能力不足だったのはどのようなところか?
- どのようなスキルを身につける必要があったか? それは簡単だったか、難しかったか?
- その仕事に興味が持てたか? そのまま続けてもっと知りたいと思ったか?
おわかりだろう。この記録は、身につけた内容や得られた教訓を要約した短い文章や箇条書きで構わない。ポジションごとに箇条書きでいくつか残しておくだけでも、6カ月、12カ月、18カ月ごとに見返して内容を確認することが、どれほど効果的か考えてみてほしい。リーダーになりたいのであれば、この記録は自分を補う要素の特定に役立ち、自分の好みや能力を補強する人材を採用できるようになる。
わたしがこれまで見てきた中で、人々がはまる最大の落とし穴は、他人が思う成功を追いかけるか、自分の強みを優先しないまたは充実感が得られない職務に就くかのいずれかで行き詰まることだ。余談だが、わたしは本稿を書きながら、自分のたどった道を選んでこられたこと自体が途方もない経済的特権だと自覚している。
あなたもみずからの有利な状況を自覚し、謙虚になってほしい。そして、とびきり恵まれているなら、このような選択肢を持たない人々を助けるために自分の時間を使うことも検討してほしい。
行き詰まりを避けるため、わたしは5年と、6カ月、12カ月、18カ月のアプローチを用いている。まず、次の5年間を思い描く。「この肩書きを手に入れたい」ということは考えず、5年後に自分がしていたいことを具体的に思い描くようにしている。
たとえば、最も捉えにくい部類のキャリアパスであるCOO(最高執行責任者)になりたいとしよう。この演習では、基本的に「わたしは、今後5年間でCOOまたは複数の部門を統括するゼネラルマネジャーになれる方向に向かっているか?」と自問する。そうでない場合は、その原因を理解し、正しい方向に進むために何かを変えなければならないかを検討する必要がある。おおむね正しい方向を進んでいると感じたら、時間の間隔を短くして、次のように自問しよう。
6カ月ごと:今の職務は今後6カ月から12カ月で習得したいことを学ぶのに適していると思うか? 誰からどのように習得するかは明確か? そうでない場合、自分が到達すべき場所に向かって進路を変更する。
12カ月ごと:学習を強化し、5年間の道のりを歩み続けるために、自分の職務に変更を加える、または変更を求めるべきか? もしそうなら、指導や援助をしてくれるマネジャーやリーダーに、どう伝えるか? 新しいプロジェクトや新たに加わった責務を通じて、さらなる適性を発揮するにはどうすればよいか?
次の12カ月間にしておきたいことのひとつは、会社の動向や自身の大きな目標に応じて、今の職務の潜在的な方向性や、就く可能性のある別の職務を2つ3つ考えておくことだ。
たとえば、このままいくとマネジャーを管理することになるかもしれないし、隣接するチームを指示系統に加えることになるかもしれない。新たな道に切り替えることで、新たな業務分野に取り組み、新たな部門のスキルを習得する可能性がある。いずれの場合も、組織の成長と、自身の成長に関するマネジャーからのフィードバックに基づいて、自分が思い描いているおおよその期間内に成長しなければならない。
もう一度言うが、自身の大きな目標と実際に発揮した影響力が一致するかどうかを確認する自己認識力を持つことだ。影響力が大きければ大きいほど、大きな目標を抱くことがふさわしい。
18カ月ごと:自分の5年後の目標は正しいか? ここであなた自身の記録を参照しよう。この12~18カ月で、自分のスキル、エネルギー、原動力について何を学んだか? Googleにいた頃、女性リーダーに関するブログ記事のインタビューを受け、わたしはなんとなく、最終的に中堅企業のCMO(最高マーケティング責任者)になることを思い描いていると答えた。
当時としてはそこまで突飛なキャリアパスではなかったが、今振り返ると笑ってしまう。大外れもいいところだ。やがて、自身のモチベーションと実際に発揮した能力から、次の5年でわたしが導かれるべき場所はここではないと気づいた。そこで、広告、営業、マーケティングから離れ、プロダクトマネジメントなどの新しい部門を率いるためのスキルを身につけることにした。
何より大事なのは、他人のキャリアの目標や進路にとらわれないことだ。その時々に広く受け入れられている常識がどうであれ、自分で考えてそれに従う。そのためには、自分の考えを秘めておくことにますます慣れる必要がある。頭、心、直感を揃えて、他の誰にもできない、または誰もやろうとしない方法でキャリアを導いてほしい。
会社をつくるのも人を管理するのも、とてつもなく大変だが、とてつもなくやりがいがある。自分のエネルギーや能力を理解しながら、強みと安定感を維持するために自身と仕事に課すべき制約やガイドラインを理解しよう。不安定だと感じたら、現状を把握して新たな戦術を考えてほしい。仕事を人に任せ、考え方の枠組みを変え、助けを求めよう。
個人的な強みを蓄積し、気持ちを切り替える能力を身につけたら、直属の上司から頼られるマネジャーになろう。目標とされるような同僚になろう。
ベースがしっかりしていて、キャリアを成り行き任せにせず自分で決めていれば、これらすべてを実現できる。力が弱まったり、コントロールできなくなったりしたと感じたら、自分のリソースを整理して、原点である“自分自身”に立ち返ろう。
本書の冒頭でわたしは、皆さんが困難に直面するたび、あるいは新たな機会を得てチームを築き、導くことになるたびに、何度もこの本を手に取ってほしいと述べた。
選手が苦しんでいるとき、コーチはたいてい「基本に立ち返れ」と言う。わたしにとってこの本が基本である。中には非常に戦術的な内容もあり、どれも実践が求められる。一方で、自信、自己認識力、言えないことを言う技術、さらには自分流のオペレーティング・システムの構築のアイデアを提示したつもりだ。
そしてそれ以上に、少しでもいいので、あなたにとって何らかの収穫があったとしたら幸いだ。そうであれば、あなたの現在そして今後の取り組みを、あなただけでなく、ともに築き上げるすべての人々にとってさらなる成功へと導くことだろう。
5章の最後に述べたように、わたしはGoogleからStripeに転職したとき、部下や仕事仲間からもらったお礼状のたくさん入った封筒を捨てるに捨てられなかった。そのことが証明しているように、何もないところから新しいものを生み出そうと協力し合うことで生まれた会社やチームとの関係に、言葉では言い尽くせぬほど感謝している。
これらの経験のおかげで今のわたしがある。本書はわたしにとって、他の方法では決して得られない、多くの創業者やマネジャーと同じようなつながりを築くための手段である。皆さん、そして皆さんが築き上げるすべてのものに幸あれ。
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クレア・ヒューズ・ジョンソン著『Scaling People(スケーリング・ピープル) 人を育て、チームを最強にするマネジメント戦略(仮)』(日経BP刊)
Claireさんの著書『Scaling People』は、組織拡大に伴う組織設計や人材育成の方法、さらには社内コミュニケーションの取り方など、組織課題を解決するための具体的なアプローチを詳しく解説しています。Claireさんご自身の豊富な経験に基づく実践的なノウハウが凝縮されたこの本は、まさに「マネジメントの教科書」です。僕も、起業家の皆さんにアドバイスをする際や、自分自身が課題に直面した際には、いつもこの本を参考にしています。
初めて『Scaling People』を読んだとき、「いつかClaireさんを僕たちのカンファレンスにお招きしたい!」と強く思ったことを今でも鮮明に覚えています。そして、ついにこの度のカンファレンスでClaireさんをお迎えできることを大変光栄に思います。
さらに、『Scaling People』の日本語版出版という喜ばしいニュースを聞き、この本がより多くの方々に届くことを楽しみにしています。きっと皆さまにとって、手元に置いておきたい一冊となることでしょう。
ALL STAR SAAS FUND マネージングパートナー 前田ヒロ
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