スタートアップにおける悩み事の多くは、組織や人にまつわることと言っても過言ではありません。組織の課題をうまく乗り越えていくために重要なのが「ミドルマネジメント」の存在です。彼らをいかに機能させていけるかによって、事業成長の角度は大きく変わります。
そこで、ALL STAR SAAS FUNDは、スタートアップにおけるマネジメントの第一人者である株式会社EVeMと共に「ベンチャーマネジメント集中講座」を全4回で開催しました。
講師は、EVeMの創業者である長村禎庸さん。大学卒業後、リクルート、DeNA、ハウテレビジョンを経て、ベンチャーマネージャー育成トレーニングを行なうEVeMを設立されました。DeNAでは広告事業部長、株式会社AMoAd取締役、株式会社ぺロリ社長室長兼人事部長などを担当。ハウテレビジョンでは取締役COOとして同社を東証マザーズ上場に導いた経験を持ちます。
いずれの企業でもマネジメントによって組織拡大や事業成長に貢献。その知見をもとに、マネジメントナレッジの展開や、マネジメントプログラムの提供を通じて、ベンチャー企業を中心に組織能力の向上を支援しています。2021年には著書『急成長を導くマネージャーの型〜地位・権力が通用しない時代の“イーブン”なマネジメント〜』も出版されました。
第1回目のテーマは『マネジメントの地図から考える、マネージャーの役割と戦略』第2回は『強いチーム体制について学ぶ』、第3回は『戦略と組織を動かす「推進システム」を作る』でした。最後となる第4回のテーマは「ピープルマネジメントでメンバーを動かす」です。ここまではマネージャーの基本動作について解説してきました。実際の現場では、メンバーに動いてもらいながら最終的なゴールへと到達します。今回は、人を動かすためにマネージャーが持ち合わせるべき必須の技術を学びましょう。
(この記事では、2023年9月26日に実施した講座の内容を抜粋・再構成しています)
人間は感情の生き物である、という前提
長村:今回のベンチャーマネジメント講座では、上記の「マネジメントの地図」に沿って実践論をお伝えしています。私たちが目指すのは、特定の分野だけに限定されずに、網羅的にマネジメントを学ぶことです。
たとえば、モチベーションの低下が課題とされる場合、直感的にはピープルマネジメントの問題として「1on1を実施しよう」と考えがちかもしれません。しかし、その課題が起きるのはチーム目標があいまいだったり、方針や戦略が不透明だったり、チームが正しい構造になっていないせいかもしれない。モチベーション低下の要因は多岐にわたるわけです。
だからこそ、「地図」に沿って全てを学ばなければ原因が解明できないと、私たちは考えています。第4回から読まれる方は、これまでの内容にも目を通してみてくださいね。
ということで、集中講座の最終回となる第4回では、ピープルマネジメントでメンバーを動かすために知っておくべきことについて話していきます。
ヒューマンリソースという言い方、よく耳にしますよね。この「リソース」という言葉が個人的には少し気にかかるところですが、仮にヒューマンリソースと呼ぶとしましょう。このリソースは、設備やソフトウェアといった他のリソースとは異なります。最大の違いは、感情を持っているという点です。他に感情があるリソースは存在しません。
人間は感情を大いに持つ生き物です。もちろん、論理と感情の両方を備えていますが、感情の方が勝っているかもしれません。私たちの好き嫌い、喜びや悲しみ、怒りや楽しさなど、これらの感情を踏まえて動くのがヒューマンリソースです。論理だけで行動することも可能ですが、実際に「人を動かすか」というと、疑問が残ります。感情を無視して論理だけで動くべきだという考え方もわかりますが、それではうまくいかないことも多いです。
たとえば、あるお客様から、私はこう言われたことがあります。「長村さんの提案の内容はよくわからないけれど、信頼しているし、好きだから買います」と。逆に「提案の内容は理解できるし、効果もありそうですが、長村さんのことが好きではないので買いません」と言われたこともある。
今日はピープルマネジメントについてお話ししますが、全て「人間は感情の生き物である」という前提に立っています。この前提を踏まえて、進めていきたいと思います。
信頼関係を築くための「3点セット」
長村:まずは前提として、メンバーと信頼関係を構築するためには、「信頼関係3点セット」があります。マネージャーとメンバーが早期に信頼構築ができるようになるための型といえます。
1:自己開示する
2:全身全霊、全人格を持って相手の話を聞く
3:教えてもらう
長村:1つ目は「自己開示する」こと。これは非常に重要です。なぜなら、メンバーの「Will(意志)」を引き出すためには、まず自分から開示する必要があるからです。私もマネージャー向けのトレーニングをしていると、「メンバーのWillが聞けない、言ってくれない」なんて悩みをよく聞きます。その原因は、そもそもみなさんの自己開示が不足していることが多いんです。まずは自分から率先して情報を開示し、それに対する反応を見てみましょう。
2つ目は「全身全霊、全人格を持って相手の話を聞く」こと。実践するためには、ペアでの「2分間ワーク」をお勧めします。それぞれ1分間ずつで、聞き手の態度を変えるんです。まずは1分間、自分の世界に集中して、相手の話を聞いてください。スマホを見たり、話半分に相槌を打ったりして、相手の話を聞きます。次の1分間では、完全に相手の世界に集中して話を聞きます。
みなさんは、ぜひ話し手を経験してみてください。相手に聞いてもらえない1分間って、永遠と思えるくらいに長く感じるはずです。ひるがえって、実は相手の話を聞くときに、自分のことばかりを考えていたかもしれない、と思えることもあるでしょう。全身全霊、全人格を持って相手の世界に集中して話を聞き、理解しようとすることの重要性を学べますよ。
3つ目は「教えてもらう」ことです。「誰かに何かを教えている」時間は、相手にも自分にも気持ちのいいものです。自分が教えを乞われる、自分が誰かに教えているという時間は、自己肯定にもつながりますから。特に年上のメンバーに対しては、「あれやってください」と指示する前に、彼らの経験や知識を尊重し、教えを請うことで、あなたに「この人は偉ぶったりしないんだな」という印象を与え、信頼関係が深まります。マネージャーは役割であって、立場の上下ではないことを徹底していることを思わせる効果もあります。
ただし、これら3点セットを、単なるテクニックとして実践するだけでは逆効果です。相手の話を真剣に聞かずに簡単に要約する、教えを請いながらも内容を真摯に受け止めないといった行為は、信頼を築くどころか損なうことになります。
この3点セットは、テクニックでありながら、半分は気合いを入れて感情を込めて臨むのも大事です。真剣な取り組みとして実践してみてください。
マネージャーとメンバーは、感情移入関係を回避すべし
長村:次に進みましょう。メンバーとの関係性について、多くの方が疑問に思うのが、「メンバーと仲良くなるべきか」という点です。これに関しては「感情移入関係の回避」という型を設けていまして、基本的には「避けるべき」というのが私の考えです。マネージャーとして正しいマネジメントを行なうためには、適切な関係性を保つことが大切だからです。
長村:友達関係と仲間関係は異なります。友達関係は、感情に基づく親密な会話が中心で、プライベートな話題や活動が多くなります。しかし、これはマネージャーとして適切ではありません。たとえば、日曜日に一緒にディズニーランドに行ったメンバーに対し、月曜日に厳しいフィードバックをするのは難しいでしょう。感情が入り込むと、指示や評価、アサインなどのマネージャーとしての役割を果たすことが困難になります。
仲間関係では、一線を引きつつも良好な関係を築きます。会話の中心は仕事であり、仕事のための交流に重点を置きます。飲み会やランチに行くことは構いませんが、あくまで仕事仲間としての関係を維持するためです。
さらに、感情移入関係は周囲にどのように映るか、という問題もあります。たとえその瞬間は良い関係に見えても、他のメンバーには不公平に見えるかもしれません。マネージャーとメンバー、あるいはメンバー同士の間に感情移入関係があると、他のメンバーが仕事に集中できなくなる可能性もあるのです。
長村:チーム全体にマイナスの影響を及ぼし、最終的にはチームが崩壊する恐れがあります。したがって、感情移入関係は避けるべきであり、マネージャーとしての適切な距離感を保つことに努めましょう。
メンバーに動いてもらうための「指示の出し方」
長村:次の話題に移りましょう。「メンバーが指示通りに動かない場合、どういった理由が考えられるか」という問題です。多くのマネージャーが直面する課題でしょう。メンバーが指示に従わない原因として一般的には、方針が理解できない、指示が伝わらない、納得感の欠如、スキル不足などが挙げられますね。どれも当てはまるケースかと思います。
そこで、「指示の深度」という型をぜひ理解してみてください。メンバーが指示を実行できるようにするためには、前提として「指示と目的はセットで明確にすること」です。例えば、「資料のこの部分を修正して」という指示だけでは、その目的が理解されず、単なる命令と受け取られがちです。特にベンチャー企業など不確実性が高い環境では、一方的な命令ではなく、現場の気づきや意見を吸い上げ、経営の意思決定に取り入れることが重要です。
長村:そのためにも、「上の言うことは絶対だ」という命令系統ではなく、フラットな組織文化が求められるわけです。メンバーから意見を活発に言ってほしいと思えば、目的説明のある指示が効果的です。「この商品をアピールすべきだから、この部分を修正して」といったように目的説明がある指示をもって、命令ではなく、組織の一員としての役割としての行動を促しましょう。
特に、不確実性が高い目標に向き合うときほど、目的説明がないと、余計に「命令っぽさ」が出ます。テキストでのコミュニケーションはなおさらです。目的を明確にして、仕事の意義を理解しやすくなります。
その上で、今度は「指示の深度」を意識してください。たとえば、「競合が力をつけてきているのでウォッチして意思決定に生かしたい。競合と自社の機能を比較する表を作成してください」と説明する方が理解しやすいですし、命令とは異なる印象を与えます。
また、任せるメンバーによって、指示の具体度を変えるのもポイントです。過度に細かい指示は相手を縛りすぎてしまい、創造性を奪ってしまうことがあります。シニアレベルのスタッフなら目的説明があれば、一般的な指示で大丈夫かもしれません。しかし、ジュニアレベルのスタッフの場合は、もっと具体的な指示が必要です。
長村:競合と自社の機能を比較する表を作成する場合、シニアスタッフには「競合と自社の機能を比較する表を作成してください」と言えば十分ですが、ジュニアスタッフには、価格、商品のスペック、販路など具体的な要件も指示する必要があるでしょう。過去に作った表を参考事例に提供してあげてもいいですね。
つまり、指示は目的とセットにして、任せるメンバーによって指示の深度を変えるのです。
最後に、キャパシティーも考慮しましょう。指示通りに仕事を遂行できない理由の一つとして、相手のキャパシティーが足りない場合もあるからです。
「ティーチング/コーチング/フィードバック」の使い分け
長村:ここからはより突っ込んだピープルマネジメントの話をしていきたいと思います。今回は「3つの技術と使い分け」について解説します。
まず、テクニックの話をはじめる前に、具体的な事例を見てみましょう。事例Aでは、新卒社員が同行営業中に、自社商品の説明が不十分でクライアントに理解されない状況が起きました。事例Bでは、ベテラン社員がミーティングで人の発言を遮って自分の経験談ばかり話すことが周囲のモチベーションを下げていました。事例Cでは、経験豊富な社員が新規事業の方向性に悩んでおり、どうすべきか見当がつかない状況でした。
これらの事例に対する対策を考えてみましょう。事例Aでは、そもそも経験がないので、何かしらインプットをしないと相手から出てくるものはないと思います。そこで、相手に何かを丁寧に教えることでしか解決は図れないはずです。事例Bでは、相手に気づきを与え、自身の行動を客観的に見つめさせる必要があります。事例Cでは、質問をいくつか重ねて相手に方向性を見つける手助けをしてあげましょう。
今は具体的な事例から解決策を見ましたが、これらは事例Aから順に、ティーチング、フィードバック、コーチングという3つの技術に言い換えられます。ちなみに、それぞれを単体で極めても不十分です。使うシーンを間違えれば何の効果もないからです。どのシーンで、どれを使うか。その見極めが大事です。
ティーチングを実践するための6つのテクニック
長村:「ティーチング/コーチング/フィードバック」の使い分けで、さらに掘り下げていきますね。まずはティーチングについてお話ししましょう。
ティーチングとは、メンバーが知らないことや足りない技術を、うまく教えるための方法です。また、相手が特定の知識やスキルを持っておらず、かつ自己学習が難しい場合に使います。ちなみに、ティーチングが必要なのに、ひたすらコーチングをすると、相手は相当苦しいはずです。「今は教えてあげるべきだな」というタイミングを見極めましょう。
次に、ティーチングの6つの方法を紹介します。これらの方法は経験したことがあるかもしれませんが、この6つが言語化されていることが大切かなと思います。
1. 「やってみせる」:マネージャーが実際に行ないたいタスクをデモンストレーションすること。例えば、エクセルの使い方やコーディングの手順を実際に見せることで、相手にスキルや知識を示します。
2. 事例を使う:他人の事例を取り上げ、それをもとに特定の教訓や知識を伝える。例えば、野球の大谷翔平選手の成功事例から「目標設定の重要性」を説明し、具体例を通じて理解を深めるなど。
3. たとえ話を使う:たとえ話を通じて複雑な概念をわかりやすく説明する。身近な事例や比喩を用いて、抽象的なアイデアを具体的に伝えます。納期を守ることの重要性を説くために「宅配ピザも30分で配達できなければ料金を請求できないように、仕事も納期が大事なんですよ」など。
4. ナレッジを伝える:自身が持つ知識や学びを相手に伝える。経験や専門知識を共有し、相手に役立つ情報を提供します。社内勉強会などでこの方法を活用できます。
5. 経験を話す:自身のコミュニケーションの失敗談や学びを語ることで、相手に教訓を提供する。自身の経験から得た洞察を共有し、相手に重要なポイントを伝えます。
6. コンテンツを読ませる:特定の書籍、記事、コンテンツを相手に提供し、それを読むことで知識やスキルを獲得させる。有用と思うコンテンツを紹介し、相手の学習を促します。
これらの方法を使い、ティーチングを豊かにしましょう。まず、1on1の目的を明確にし、「何を教えたいのか」を書き出してみてください。その後、目的に合った方法を選択し、伝える際にはできるだけ多くの方法を組み込んでください。ティーチングの質を高め、相手に深い理解を提供する手助けとなるでしょう。
また、ティーチング技術を向上させるためには、知識のインプットが不可欠です。知識を増やすためには「勉強あるのみ」ですね。勉強量はティーチングのスキルに比例します。マネージャーとして、自分が他の人に教える立場にあるならば、自身の知識を充実させるために精力的に学び続けることが重要です。
勉強に加えて、日々の業務や経験を言語化することも大切です。日々の学びや経験を言葉で表現し、記録することで、自分の知識やスキルが整理され、ナレッジとして蓄積できます。
私も継続していますが、毎日を振り返って、その日の学びを「Good(良かったこと)」と「More(改善の余地があること)」に分けて、記録する習慣はおすすめです。私も10年くらい続けているので、膨大なメモがありますが、いちいち見返すことはありません。
大切なのは、今日の経験を抽象化し、ナレッジが増え、書くことで頭にインプットすることです。だから、メモ帳を開いて、1日たった5分程度で良いので、毎日続けてみてください。膨大な引き出しができ上がり、ティーチングに役立つ情報を持つことができます。
そして、ティーチングの注意点として、尊敬を集めすぎないことが挙げられます。ティーチングがうまくいくと、他の人から尊敬を集めやすくなりますが、過度にエスカレートすると本来の目的を見失う可能性があります。相手を成長させることではなく、単にティーチングすること自体が目的となってしまうことがあるんです。人が離れる原因にもなるので、気をつけてくださいね。
コーチングは「相手の中に答えがある」という前提に基づく
長村:次に、コーチングについてお話ししましょう。コーチングにおいては、マネージャーが良い質問を投げかける技術を考える前に、前提となる心構えがあります。
まず、コーチングの基本は相手に質問を投げかけ、気づきを与え、導くことで成り立っています。そして、相手の中に「答えがあるとき」に使用されます。そのため、コーチングの適切な対象としては、以下の2つのケースを考えてみましょう。
1. 相手がスキル十分のプロジェクト: 相手がスキルや知識を充分に持ち、自己でタスクを達成できる場合、その中に答えがある可能性が高いです。このような場合、相手の自己発見を促すためにコーチングを活用しましょう。
2. 相手しか知らないこと: 例えば、「プロジェクトでの学び」や「将来のキャリア」に関する質問は、相手自身しか答えることができないものです。相手自身が答えを持っている事柄に焦点を当て、コーチングのプロセスを進めましょう。
コーチングのプロセスは、相手の中に答えがあるという前提に基づいています。そして、失敗の原因や改善方法、または達成目標に向けての進み方について、質問を通じてゴールへ導いていくのです。
一つ、大切なことをお伝えしたいのは、マネージャーがメンバーのコーチになるのは、難しいということです。マネージャーは評価者であり、利害関係者でもあります。そのため、メンバーが本音を言いにくい関係性が前提です。例えば、私は自社のメンバーに「何でも好きなことを言って」と伝えても、「いやぁ、長村さんのEVeMって会社、ホントにイマイチだと思うので正直転職を考えちゃってます」とは絶対言わないでしょう(笑)。
これは忖度ではなく、利害関係があるからです。つまり、マネージャーがコーチングのプロスキルを持っていて、技術的には十分足りていても、関係性がある以上はコーチとしては存在できない、ということです。ですが、今回はマネジメントにおけるコーチング技術に焦点を当てて、そのエッセンスを活用する7つの方法について、以下に説明していきます。
1.コーチングモードに入る
長村:まずは立ち位置を変更して、コーチングを実践するためのスタンスを整えることが重要です。通常の「上司部下による1on1ミーティング」とは異なるアプローチで、「今日はメンバーの話をゆっくり聞く」という姿勢を明確にしましょう。立場や雰囲気を変えることで、メンバーはより本音を語りやすくなります。
その上で、コーチングに取り組むマインドが大切です。まずは、相手の成功を支援し、成功を望む気持ちを強く持ってください。そして、相手の気づきを重視しましょう。相手が発言したことに対して批判的にならず、相手の気づきを尊重しましょう。コーチングは相手の中に答えがあるという前提で行なわれます。評価判断をせず、相手の答えを尊重するアプローチです。メンバーへの愛情、相手の気づきを大切にし、評価判断をしないというマインドセットを持ちましょう。これがコーチングマインドです。
2.相手の世界に集中する
長村:相手の話に集中し、他の作業をしていないことを示してください。タイピングは相手に「他の作業をしている」と思わせます。ペンで何かを書いていることがわかるように、ペンやメモをのぞかせてもいいでしょう。相手に自分が真剣に話を聞いていることをわかってもらうためです。もちろん、ポーズではなく、実行することは言うまでもありませんね。
3.安心して話せる雰囲気を作る
また、コーチングの成功には「場をセットすること」も不可欠です。相手の世界に集中することが重要です。例えば、オフラインの場合は、相手と対面する際に正面ではなく、隣に座るのも一つの手です。緊張関係を和らげ、相手と共通解を見出すように、「一緒に横にいる」という関係性を示すのです。場所も、会議室ではなく、カフェスペースのように気楽に使える場所の方が似合うかもしれません。
オンラインでも同様のアプローチが可能です。まず、前提として画面に近づきすぎると威圧感があるので、適度にすこし離れてください。その上で、正面ではなく、やや斜めを向くくらいの位置を取ります。相手の話に相槌を打つとしても、正面から見つめるのではなく、やや「空を見上げるような感じ」で、うなずいてみてください。
4.相手を信頼する
長村:相手を信頼し、自分をゆだねるのも大切です。「どのように質問するのか」を考えすぎるあまり、誘導尋問のようにならないように注意してください。多くの場合、焦りから質問攻めにしがちです。ただ、その背後には相手への信頼不足があると思います。つまり、「この人は自分がうまく質問をしないと、答えを引き出せない」と暗に感じているのです。
そうではなく、まずは相手が問題を解決できると信じて、焦らずに接してください。結果として、相手の中から答えが浮かび上がることがあり、無駄な焦りもなくなります。相手を信頼し、自分が導かなくても問題を解決できるという前提で接することで、より良い答えに近づけるでしょう。
5.問題を解決するのは自分ではなく相手
長村:「問題解決するのは自分じゃなく相手」という前提を大事にしてください。
例えば、メンバーから「業務が忙しくて大変です」と言われた場合、多くの人が「どういった業務があるのか教えてくれる?」と尋ねると思いますが、この質問は相手に新しい気づきをもたらしません。相手にとっては自明のことを尋ねているだけで、これではコーチングではなくヒアリングです。
そもそも、なぜマネージャーが聞くのかといえば、解決策に介入しようとしているからであり、相手の現状を理解する必要があるためですよね。ただ、聞かれたメンバーからすると、「マネージャーがヒアリングをしてくれて、答えや提案をくれるのかな」という期待が生まれ、自分で考えるモードに入ることができません。つまり、ティーチングに近くなってしまうわけです。
だからこそ、「業務が忙しくて大変です」と言われたら、そのままボールを投げ返してください。「どういう状態が理想ですか」「いつまでにどのような状態になりたいですか」といったように、常に相手が問題解決の主体であり、自分自身で解決する問題であることを初手で示すのです。目標設定を促し、設定した目標に向かって自己解決して、答えを見つけるプロセスをサポートすることがコーチングの要です。
6.自分が答えを提示しない
長村:ティーチングとコーチングの境界線は「相手が答えるのか、自分が答えるのか」です。コーチングのためには「自分が答えを提示しない」というスタンスを徹底しましょう。例えば、クイズのような質問があります。「東京都の人口は何人ですか?正解は1,300万人です」といった話し方は、ほぼティーチングになっていますよね。相手に質問を投げかけつつも、自分が答えを提示しているわけですから。
また、カベウチ(壁打ち)というアプローチもティーチング寄りだといえます。「このアイデアはどう思いますか?もっと良いアイデアはありますか?私はそれを聞いてこう思いました」といった話し方はティーチングの一部だといえます。
同じ「聞く」からはじまっていても、コーチングは違います。コーチングは相手の答えを尊重し、相手の答えが正しいと認めるアプローチです。コーチングの技術は、ビジネスの場で相手の答えを完全に受け入れられる場面が限られていることを考慮に入れて使うべきです。
7.質問は、オープン/クローズドを使い分け
長村:最後に、オープンクエスチョンとクローズドクエスチョンについて触れましょう。
オープンクエスチョンは相手から自由度の高い回答を引き出すための質問で、答えを見つけるのをサポートするのに役立ちます。「どういう状態が理想ですか?」や「どのように達成しようと考えていますか?」といった質問が該当します。
一方、クローズドクエスチョンは決断や行動に迫る質問で、最終的な結論や行動を促すのに適しています。「どちらを選びますか?」や「いつまでにそれを行ないますか?」といった質問がクローズドクエスチョンです。
コーチングを行なう際は、最初にオープンクエスチョンで話を広げ、最後にクローズドクエスチョンで結論を導く流れを意識して使ってください。最初からクローズドクエスチョンに走るのではなく、オープンクエスチョンからスタートし、段階的にクローズドクエスチョンに進んでいくことが効果的です。
今回は7つのテクニックを取り上げました。プロのコーチではない限り、マネジメントで技術を応用するならば充分だと思います。
そして講義の最後に、全体をまとめてお話しさせてください。みなさん、4回の集中講座、お疲れさまでした。私たちEVeMでは、この講座でお伝えさせていただいたように、マネジメントに役立つ「60の型と40の心得」を、言語習得のように学べるプログラムを提供しています。今回の講座で紹介したものを皮切りに、ぜひ全てを吸収して、良きマネージャーになっていただければと思っています。
(編集=ALL STAR SAAS FUND 構成=長谷川賢人)