企業にとって最も重要なリソースと称される「人」を育成し、スケールさせるための実践的ガイド本『Scaling People:人を育て、チームを最強にするマネジメント戦略(仮)』が刊行されます。著者はClaire Hughes Johnson(クレア・ヒューズ・ジョンソン)。Googleへ10年間の在籍を経て、2014年から2021年までインターネット向け金融インフラ「Stripe」のCOOに就任。従業員数200人未満から7,000人以上へ成長させる支援をしてきました。
Stripeではビジネスオペレーション、営業、マーケティング、カスタマーサポート、リスク管理、不動産、採用、人事などを歴任。その他にもHubSpot、The Atlantic、Aurora Innovation、Amerescoの取締役会メンバーをはじめ、ミルトン・アカデミー理事会会長、ブラウン大学コーポレーションのメンバー、ハーバード・ビジネス・スクールの客員講師も務めています。
2023年3月に出版された『Scaling People』は、ウォール・ストリート・ジャーナルのベストセラーや、英『エコノミスト』による「Best Books of 2023」を受賞。本書の推薦コメントには「世界クラスの組織を運営するための実践的ガイド」(ジェイソン・シトロン/Discordの創設者兼CEO)、「企業が強靱な基盤を築き、成功するために、本書はどんな企業でも使える強力なフレームワーク」(リード・ホフマン/LinkedIn共同創業者)といった言葉が並び、その豊富な経験に基づく洞察、実用性と実践性が称えられています。
基本文書の作成、戦略的・財務的計画、採用とチーム開発、フィードバックと業績評価の仕組みなど、本書が提示する戦術的な情報は、規模や業界を問わず、あらゆる企業に適用できます。
今回は、この翻訳版刊行に先駆け、ALL STAR SAAS BLOGにて『Scaling People』の一部を日本最速で先行公開。
全448ページのボリュームを誇る本書より、最終章となる「第6章 結論 あなた」をお届けします(計3本を同日公開のうち、本記事はパート1です → パート2 / パート3)。
パート1のテーマは「時間とエネルギーのマネジメント」。上級職に就く人々にとっての悩みのタネ、どのように考えるべきなのでしょうか?
(編集=ALL STAR SAAS FUND/長谷川賢人 翻訳=二木夢子)
(※以下、本書より字下げ、改行、太字処理を調整のうえ、転載します)
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本書は、“自己認識力を高める”という事業運営の基本原則からスタートした。終わりを迎えるにあたり、この原則を別の視点から見直してみたい。
第1章から第5章まで会社づくりとマネジメントについて述べてきたが、会社づくりでもマネジメントでも、要となるのは“他者”だ。紹介したシステム、原則、しくみはすべて、会社のミッションを遂行するために周囲の人々をひとつにまとめるためにある。それは当然のことだ。
しかし、どの戦術もあなた自身が強くなければ、最大の効果も最大限の力も発揮することができない。あなたが最高のレベルで働いていなければ、いくらチームメンバーが支えてくれても、チームとして最高レベルの働きはできない。本書全体をうまく活かすには、あなた自身と、あなたのエネルギー、あなたのキャリアのマネジメントをすべきだ。また、時間をかけて、上司や同僚、会社のリーダー、特に創業者との関係を育むことも必要になる。
この数十年間、いくつもの高成長企業でこれらのことをどう成し遂げてきたのか、という質問をよくいただく。そこで、会社づくりとマネジメントという重要な仕事に携わる人々のために、わたしの考えをいくつか残しておきたい。これらの考えが、インスピレーションとエネルギーを生み出しながら日々働くための方法を見つけるのに役立てたらうれしい。
時間とエネルギーのマネジメント
役職が上がるほど、思いがけない現実に日々襲われることになる。
トップクラスの優秀な社員が退職すると脅してくる、大口顧客が競合他社に乗り換えると告げてくる、自分が進行する全社会議が翌日に迫っているのに準備する時間がない、先週キックオフしたばかりの部門横断プロジェクトがすでに軌道から外れている、というようなことが、場合によっては連続で発生する。
多くの人は、そのような状況で前に進み続けられる精神的な強さと回復力を持ち合わせていない。有名投資家のベン・ホロウィッツは著書『HARD THINGS:答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか』(日経BP、2015年)の中で、「簡単なことはなにもなく、すべてが間違っているように感じる」ような状態を“苦闘”と呼んでいる。
すべてをうまく機能させるためには、時間とエネルギーをマネジメントする方法を学ぶ必要がある。まず、自分のエネルギーを高めるものと自分からエネルギーを奪うものを突き止めよう。
最も簡単な方法は、好調な日と不調な日を書き出し、どのような活動が自分のエネルギーをアップさせるか、またはダウンさせるかを記録することだ。カレンダーにそれぞれのチェックマークをつけておくとわかりやすい。そして1カ月後、好調な日と不調な日、好調な週と不調な週に注目し、どのような傾向が浮かび上がってくるか確認する。
このチェックを続けたところ、わたしの場合は、夜に仕事のイベントが2つ以上あって、子どもたちと夕食をともにできなかったり、寝かしつけができなかったりした週は調子が悪いことがわかった。以降、仕事関連の夜のイベントは週に1回までにすると決めている。これはわたしの個人的なガイドラインで、たまに破ることもあるが、頻繁ではない。
あなたのゴールは、どの活動にどの程度の時間をかけると最高のパフォーマンスが得られるかを調べ、最強の自分でいるためにどこに境界線を引く必要があるかを判断することだ。
自分にとって簡単なタスクと難しいタスクを把握する
わたしは四半期ごとの目標を達成するために、日ごとおよび週ごとの優先事項のリストを作成している。そして毎月、過去4週間分のToDoリストを見直す。すると、タスクが何週間も未完了のまま残っていることがある。未完了リストは主に次の2つのカテゴリーに分けられる。
- どうすれば完了できるかわからないタスクや、自分には向いていないタスク。これらは助けを借りるべきタスクで、本来はすぐに誰かに任せるか、手伝ってもらうべきだったもの。
- 自分の普段の仕事のやり方に当てはまらないタスク。一日中じっくり考える必要があるので、会議だらけのいつものスケジュールでは対応できない。タスクを完了するには、スケジュールを変更する必要がある。
エネルギーを高める仕事とモチベーションを下げる仕事のタイプがわかれば、後はさまざまな戦術を駆使して1日を乗り切れる。ここでは、わたしが使っている主な戦術を紹介する。
仕事を任せる
あなたのやるべきことはほぼすべて、チームにとって成長の機会となる。仕事を任せる方法について詳しくは、4章の「仕事を任せる」のセクションを参照してほしい。
自分なりの境界線を引く
どこに境界線を引くべきかを知っているのは自分だけ。その境界線を守ってくれるのは他の誰でもない。たとえば、わたしが定期的な運動の時間を仕事とは切り離して確保するようになったのは、最高のリーダーになるためには運動も仕事のうちだと考えたからだ。
生産性の高い時間帯を把握する
わたしは午前中に最も仕事がはかどるので、午前中は熟考できるようになるべくスケジュールを空けている。
時間のことで相手の期待に応えようとしない
部下からの依頼――文書の確認、ミーティングのフィードバック、仕事へのアドバイスなど――は、たいてい緊急性を帯びている。ところがマネジャーは、“緊急”だがそれほど重要ではない仕事に時間をかけすぎる傾向がある。相手に対し、当日中ではなく週末まで返事ができないと伝えなければならない状況もあるはずだ。
わたしの場合、資料の確認を頼まれたら、翌日より先の期限を指定してもらい、フィードバックが必要な日の終業時間までに確認できるようカレンダー上で時間を確保するようにしている。
ミーティングの多くは、相手があなたに手を止めて、注意を払ってほしいがために発生する。その用事は都合のよいタイミングで処理すれば10分や15分程度で済むのに、そうしないせいで結局ミーティングになる。この悪循環を断ち切ることだ。
気持ちを切り替える
マネジメントでは、気持ちを切り替える精神的な強さを養うことが大切だ。やっかいな1on1ミーティングや、うまくいかなかったミーティングは、いったん脇に置かなければ1日が台無しになる可能性がある。時には部下を好きになれないこともある。それで構わない。とにかく気をつけてほしいのは、難しい物事をすべて1日で済ませようとしないことだ。
必要に応じて、切り替える時間を設け、深呼吸してリセットしてほしい。エネルギーを高めてくれる人や活動を思い浮かべ、それらを戦略的にカレンダーに入れよう。ちょっと外を散歩したり、ウォーキングしながら1on1ミーティングをしたりするだけで、1日が変わるかもしれない。
自分の長所と短所についての考え方を改める
第1章では、イェール大学経営大学院の学部長だったジェフリー・ガーテンが新入生に向けて贈った「あなたの最大の強みが最大の弱みでもあるかもしれない」という教訓を紹介した。誰かに長所を褒められるたびに、裏を返せばそれは短所なのかもしれないと考えてみてほしい。
わたしの場合、単独で動くのが得意だが、そのせいで2つの罠にはまってしまう。ひとつは、やるべき仕事が目につくとそれを自分の仕事に加え、手伝ってくれない同僚に腹を立て、察してほしいと期待してしまうことだ。もうひとつは、自分が最適任者ではないタスクに取り組んでいるときでさえ、めったに同僚に意見を求めようとしないことだ。裏側にある弱点を自覚することで、強みをさらに効果的に発揮できるはずだ。
またわたしは、自分自身のことも含めて、助けが必要だと思うときにはコミュニケーションを取ること、そして誰がどのタスクを引き受けるかについてもっと意識を向けることで、自分の強みをさらに発揮できるようになる。
時には、自分の短所ばかりが目について、げんなりすることもある。そんなときは、少し時間を取って状況を見つめ直してほしい。急成長中の企業では、すべてが目まぐるしく動いているため、立ち止まってじっくり考える暇がない。だから、もっと時間があれば回避できたはずのミスを犯してしまう可能性がある。
一方で、そのような環境では、幸いかなりひどい失敗もすぐに忘れ去られるので、影響は少ない。変化は絶えず起こり、状況全体が短期間で進展しやすい。ミスをした自分をひどく責めているときには、皆がすぐに気持ちを切り替えて前に進んでいることを思い出してほしい。立ち上がって、変化の激しい環境にいることに感謝しよう。その状況を大局的に捉え、考え方を改めて前に進もう。
重要かつ緊急の仕事に集中する
忙しくて頭がパンクしそうなとき、あるいは1週間単位、1日単位の計画を立てたいときには、アイゼンハワー・マトリクスと呼ばれる定番のシンプルなフレームワークを使い、仕事が重要か重要でないか、緊急か緊急でないかを見極めよう。
ToDoリストや、完了すべきものをすべて確認し、重要さと緊急さを分類する。次に、優先順位をつける。重要かつ緊急の仕事と、重要だが緊急ではない仕事の両方を完了させる時間を確保する。後者はなおざりにしがちだが、やらないとツケが回ってくるのでくれぐれも気をつけよう。
助けを求める
必要なときは助けを求めよう。わたしはある時期、Googleで複数のチームを率いながら、買収したばかりのYouTubeのオペレーションの統合も任されていた。最終的には、どんどん複雑になるGoogleの責務に加えて、YouTubeのオペレーション・チームの指揮をとることになった。
当時、娘はまだ1歳。わたし自身も新米の親として試行錯誤している時期だった。その頃、上司との1on1ミーティングで、仕事の優先順位を決めるのを手伝ってほしいと頼んだことを覚えている。あげくの果てに、わたしは泣いた。とても恥ずかしかったが、話し合ってみて初めて、自分がどれほど追い込まれていて、助けを必要としていたかに気づいた(ちなみに、1on1の状況は涙を引き起こしやすいものなので、万一泣いてしまっても恥ずかしがることはない)。
わたしたちはYouTube専任のリーダーを募集する必要があるとすぐに気づき、社内で候補者をブレインストーミングし、最終的にそのうちのひとりが引き受けてくれた。
この話にはおもしろい後日談がある。当時のGoogleには最高スコアを5点とする業績評価システムがあった。この事件の後、同僚のマネジャーたちと雑談をする中で、最高評価というのはあくまで理想で、実際に5点を取った人はいないという話を何度か聞いた。わたしはぎこちなく笑って、上司の前で泣き崩れた四半期に5点を取ったことを打ち明けた。
感情の爆発が評価基準に含まれていなかったことを祈ろう。
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クレア・ヒューズ・ジョンソン著『Scaling People(スケーリング・ピープル) 人を育て、チームを最強にするマネジメント戦略(仮)』(日経BP刊)
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