スタートアップにおける悩み事の多くは、組織や人にまつわることと言っても過言ではありません。組織の課題をうまく乗り越えていくために重要なのが「ミドルマネジメント」の存在です。彼らをいかに機能させていけるかによって、事業成長の角度は大きく変わります。
そこで、ALL STAR SAAS FUNDは、スタートアップにおけるマネジメントの第一人者である株式会社EVeMと共に「ベンチャーマネジメント集中講座」を全4回で開催しました。
講師は、EVeMの創業者である長村禎庸さん。大学卒業後、リクルート、DeNA、ハウテレビジョンを経て、ベンチャーマネージャー育成トレーニングを行なうEVeMを設立されました。DeNAでは広告事業部長、株式会社AMoAd取締役、株式会社ぺロリ社長室長兼人事部長などを担当。ハウテレビジョンでは取締役COOとして同社を東証マザーズ上場に導いた経験を持ちます。
いずれの企業でもマネジメントによって組織拡大や事業成長に貢献。その知見をもとに、マネジメントナレッジの展開や、マネジメントプログラムの提供を通じて、ベンチャー企業を中心に組織能力の向上を支援しています。2021年には著書『急成長を導くマネージャーの型〜地位・権力が通用しない時代の“イーブン”なマネジメント〜』も出版されました。
第1回目のテーマは『マネジメントの地図から考える、マネージャーの役割と戦略』でしたが、第2回は『強いチーム体制について学ぶ』です。ベンチャーは状況や戦略に応じてチームの体制も柔軟に変えなくてはなりません。そのためには、チームを形作る要素について知ることが肝心です。今回は、チーム体制のパターン分けや、メンバーが輝くアサインメントのポイント、権限設計とルール作りといった項目を学びましょう。
(この記事では、2023年9月14日に実施した講座の内容を抜粋・再構成しています)
ベンチャー企業で求められるのは、勝利に“こだわる”マネジメント
長村:私たちが日々経験するマネジメントの現場では、さまざまな状況と向き合うことが求められます。特に異なるバックグラウンドを持つマネージャーたちとの共働では、違和感を覚えることもしばしばです。
例えば、「発表した方針は基本的には変更しません」と言われたとき、みなさんはどのように感じるでしょうか。一見すると間違いとも言えるし、言えない。このアプローチを推奨している書籍もあります。ただ、私自身はもやもやしたのを覚えています。
また、「メンバーからの意見を聞かずには決断できない」というスタンスを表されたときも、決して間違いとは言えないし、支持する書籍もありますが、個人的には疑問を感じていました。
「心理的安全性を大切にし、良い雰囲気を作り出しています」という言葉も素晴らしいことだとは思います。しかし、それが最終目標であるかのように語られると、私はやはり違和感を覚えます。
このとき私が抱いた感想を一言で表すなら、「ベンチャーらしくない」でした。そもそも掘り下げて考えると、ベンチャー企業は「安定した成長」を目指しているわけではなく、「急成長」を志向するもの。みなさんも、高い目標を掲げているのではないでしょうか。
「急成長志向、環境変化が激しい、事業基盤が弱い」というベンチャー企業において、求められるのは「勝利にこだわるマネジメント」です。一方で、安定成長を求めるような企業や組織においては、むしろ社内のハレーションや連携不足などを起こさない「内乱を抑えるマネジメント」が必要でしょう。このように、マネジメントという一言でも差があるのです。
さて、本日のテーマは「チームビルディング」です。上記は私が描いた「マネジメントの地図」で、EVeMでは通常、この地図に沿ってマネジメントのトレーニングを行なっています。
マネジメントはまるで総合格闘技のようなもので、一つの問題に対して一つのスキルで全てを解決できるわけではありません。それぞれの問題に対して、網羅的なスキルを組み合わせていく必要があります。
前回の講義では、「現状を認識し、チーム目標を設定し、方針を策定・運用する」というテーマでお話ししました。今回はその続きとして、策定した方針を実行できるチームを作り上げていく方法についてお話ししたいと思います。
マネージャーによる、「直接関与」と「間接関与」
長村:チームビルディングにおいて、まずは「直接関与」と「間接関与」という2つの型について説明します。「直接関与」は、誰かを介せずにメンバーと直接関わるやり方です。「間接関与」とは、誰かを介してメンバーと接する関与の仕方を指します。
前提として、スキルレベルに大きな差がある場合は、直接関与せずに、マネージャーとメンバーの間に誰かを挟むようにしましょう。例えば、マネージャーとメンバーの間にシニアなスタッフを介することで、メンバーも安心感を持てますし、能力差が大きい者同士が直接関わることで生じる問題も避けることができます。
これを怠ると、メンバーが自分自身を責めたり、焦燥感や無力感を感じたりすることになりかねません。
長村:例えば、「社長と入社1日目の新卒社員」が、ペアで仕事を直接進めるのは避けるべきです。そうしないと、新卒社員は「パニックゾーン」に陥りやすく、何も考えられなくなってしまいます。
マイクロマネジメントをするかどうか、社員に裁量を渡すべきかを考える前に、まずは「間に誰かを挟むべきか」を考えてみてください。特にベンチャー企業では、このような状況がよくありますし、能力差が大きいアサインをするとメンバーが実力の無さを悲観して、パニックになってしまうことがあります。能力差が大きい場合は、ミーティングへの同席や業務のフォロー役として、相談者となる「サポーター」を付けてあげてください。
とはいえ、社員の成長を促すために、あえてストレッチする環境に置くという考えもあるでしょう。ストレッチゾーンとパニックゾーンを見極めるコツとしては、「自分が期待するアウトプットが、アドバイスのしようもないほどに、想定よりもレベルが低かった」というケースが2回続いたら、パニックゾーンだと判断して構わないと思います。
マイクロマネジメントすべきか。判断するための4象限ロジック
その上で、今日の本題にいきましょう。マイクロマネジメントを行なうか否かの判断においては、メンバーの仕事を「業務に対するスキルが十分か不十分か」「業務の重要度が高いか低いか」の二軸で分類してみてください。これにより、メンバーの仕事は以下4つのカテゴリに分けられます。
1. 共同ワーク:スキルが不十分、重要度は高い。マイクロマネジメントが必要。
2. トライ:スキルが不十分、重要度も低い。チャレンジングな仕事で、失敗も問題ない。
3. 定点確認:スキルが十分、重要度が高い。基本的にはお任せで、定期的な報告が必要。
4. お任せ:スキルが十分、重要度は低い。関与をさらに下げて、週報での報告でOK。
このように分類すると、マネージャーがどのように関与すべきかが明確になります。まずはメンバーの仕事を分類し、それに対してロジカルかつ適切に関与することをお勧めします。
「共同ワーク」するならば、マイクロマネジメントが欠かせない
長村:マイクロマネジメントは悪いイメージを持たれがちですが、本当にそうなのでしょうか。私の経験をもとにお話しします。
DeNA時代、ある会社のM&Aが決まり、PMI(Post Merger Integration、経営統合)の担当を任されました。でも、私には営業と採用の経験しかなく、まさに手探りの状態でした。告げられた日の夕方に『PMI入門』といった参考書を読んでいたほどです(笑)。
もし、その後に「PMIの進捗を月1回、経営会議で報告する」というスタイルだったら、私はパニックに陥っていたでしょう。何もわからない中で「月に1回だけ報告と相談の機会がある」だけです。きっと何も進まず、報告のたびに怒られるという悪循環になります。
しかし、当時の社長はとても良い方で、私にPMIの経験がないことを理解してくださり、「毎日、私の部屋に来なさい。マイクロマネジメントをしてあげます」と言ってくれました。本当に助かりましたし、感謝しています。もし、社長がマイクロマネジメントをせず、私を一人で放っておいたら、私もチームもダウンしてしまったでしょう。
実際、多くの人がこのような状況でダウンしてしまいます。業務の重要度が高く、スキルが不十分な場合は、マイクロマネジメントが必要なゾーンだと考え、共同ワークとして進めていくべきです。
長村:マイクロマネジメントをする際は、理由をメンバーにしっかりと説明してあげることが重要です。「ミーティングを毎日しましょう」と突然伝えるだけでは、メンバーは「自分が信用されていない」と感じてしまいます。「共同ワーク」として捉えてもらうことを確認した上で、「2日に1回、30分の1on1ミーティングをしましょう」とわかってもらえれば、問題なく進められるはずです。
このような状況を管理するためには、メンバーそれぞれが取り組むタスクに対して、簡単な表を使ってアサインメントを書き出し、どのように接するかをロジカルに設計すると良いでしょう。
仕事のアサインメントは「タイプ × Will × Can」で決める
長村:続いて、メンバーのアサインメントについてお話ししますね。具体的には「誰に、何を任せるか」というアサインメントのプロセスについてです。メンバーに任せる仕事を決めるには「タイプ」「Will」「Can」という3つの要素を掛け合わせて考えると良いでしょう。
長村:「タイプ」とは、メンバーごとに異なる評価や志向性をつかむこと。「Will」は、メンバーが成し遂げたいこと。「Can」はメンバーのできること、と言えます。また、アサインメントを考える際の前提条件として「キャパシティ」もあります。メンバーの工数が限界を超えるようなことは避けなければなりません。
「タイプ」は、さまざまな分類が存在しますが、EVeMが提案する型は、その人に最適なアサインメントを見つけやすくするためのものです。具体的には「自己評価重視」と「他者評価重視」、そして「チーム目的志向」と「自分目的志向」という2軸で分類します。
「自己評価重視」は、自分自身のことを客観的に評価しようとする人を指し、「他者評価重視」は他人の意見を参考にして自分の課題や強みを判断する人を指します。「チーム目的志向」はチームの成功を自分のことのように喜べる人で、「自分目的志向」はチームとしての成功よりも個人の成果や目標を重視する人を指します。
これらを組み合わせると、4つのタイプが見えてきます。それぞれ「パートナー」「マイスター」「プロ」「コントリビューター」と呼ぶことにしましょう。
1. パートナー:自己評価重視かつチーム目的志向です。自分で自分を客観的に評価できるので他者評価に依存しませんが、チームの成功を願うことができます。その志向性は、マネージャーの公認候補として信頼を得やすいタイプです。
2. マイスター:自己評価重視かつ自分目的志向で、自分の道をしっかりと歩む人です。「この仕事をするために、私は入社しました」と言い切ることもあります。
3. プロ:他者評価重視かつ自分目的志向で、他者評価によって得られる自分のメリットを重視する人です。自己成長に対してストイックな面を持ちます。
4. コントリビューター:他者評価重視かつチーム目的志向で、周囲からの励ましを受けることで、活き活きと働く人です。チームに貢献したいとは思いつつも、自分で確信が持てませんので、周囲へよく尋ねる傾向があります。
4つのタイプの特性を理解し、そこに「Will」と「Can」を掛け合わせることで、各人に最適なアサインメントを見つけることができます。
一つ、注意があるとすると、このタイプ分けはメンバー自らで行なったり共有したりするのではなく、マネージャーたちが心の中でストックしておくべきものであることです。まずは、自分なりの感覚をもとにタイプを分類した上でコミュニケーションを取る。その後に、他のマネージャーと議論をして、一人ひとりのタイプを確定させていくのが良いでしょう。
メンバーの特性を表にまとめ、クォーターごとに更新する
長村:4つのタイプ分類について、さらに掘り下げて見ていきましょう。
「パートナー」は、チーム運営に関与し、マネージャーをサポートする役割が得意です。そして、マネージャーの公認候補として育成することも可能です。ただし、ここで誤解しないでいただきたいのは、パートナータイプが他のタイプよりも優れているわけではありません。各タイプにはそれぞれの強みがあり、それを理解し活かすことが重要です。
「マイスター」は、自分のやりたい仕事に集中したいと考えています。彼らはチームマネジメントよりも個人での作業を好み、自分の強い興味やこだわりを満たせる業務にアサインすることで、その才能を最大限に発揮することができます。このタイプの方をマネージャー職に抜擢してしまうと、彼らは「やりたくない仕事」を強いられることになり、最悪の場合は退職してしまうリスクがあります。ですので、彼らには1人または少人数で完結できる業務をアサインすることをお勧めします。
「プロ」の方は、自分の評価に直結する仕事を好みます。彼らに対しては、測定可能な目標設定を行なうことで、その達成に向けて力を発揮させることができます。彼らは目標達成意欲が非常に高く、達成することが次のステージに進む原動力となります。
「コントリビューター」の方は、チームに貢献したいと考えていますが、自信を持てないために積極的になりにくい特性があります。彼らには成果が出やすく、他人から賞賛されやすい業務をアサインすることで、自信をつけていくことができます。
長村:メンバー全員分のタイプ、Will、Can、アサイン、カテゴリをまとめて表にするとわかりやすくなるでしょう。
例を挙げますと、あるメンバーが「コントリビューター」タイプで、彼のWillは「事業責任者になりたい」というもの。一方、Canは「企画は苦手だが、アクションは早い」という特性を持っています。このようなケースでのアサインメントならば、「重要度が低めの新商品の営業の立ち上げ」といったものが考えられます。
さらに、今回は説明しきれないのですが、アサインメントに対する「カテゴリ」という考え方も掛け合わせられます。「ポテンシャルアサイン」「最適アサイン」「淡々アサイン」といったアサインのカテゴリが存在します。例えば、ポテンシャルアサインはやりたい意思は強いがやれる能力が乏しいため「成長する必要がある」ということを予め伝えサポートする必要があるアサインですね。
これらを要素をメンバーごとにまとめ、適切なアサインを考える表を作成してみてほしいと思っています。そして、各要素を常に更新し、チューニングしながらチームの成果を最大化する管理が大切です。人の特性や意向は時間と共に変化しますので、それをキャッチアップして最適なアサインを考え直すのも、マネジメントの仕事の一つと言えます。
クォーターごとに表を更新し、他のマネージャーと共有することをお勧めします。他のマネージャーと情報を共有することで、新たな発見や意見交換もできます。「この人はコントリビュータータイプと書いてあるけれど、どうも話しているとプロタイプかもしれない」といったすり合わせもできます。「このメンバーは事業責任者になりたいのか?」や「このアサインが最適か?」といった具体的なフィードバックがもらえるでしょう。
このような共有や意見交換を行なうことで得をするのは、そのメンバー自身です。彼らは直属のマネージャーだけでなく、多くのマネージャーからフィードバックを受けることができるわけです。結果として、彼らの才能やスキルが最大限に生かされることにつながります。
特にベンチャー企業のようにリソースが限られている場面では、メンバーごとの才能を最大化したいところです。そのためには、多くのマネージャーからインプットを受けられる環境を整備することも大切なのです。
Willは、成果を最大化させるアサインメントのために聞くべし
長村:アサインメントでは「Willへの向き合い方」が肝心です。ただ、各メンバーが達成したいWillがあったとしても、チームとしてはそれを叶えるのが目的ではない、という前提は踏まえておかなくてはならないでしょう。
例えば、アサインに対して「この仕事をやりたくない」と言われたとしても、すぐに「ごめん、それなら何がしたいの?」といった返事をするのは、私は避けるべきだと考えます。会社の目的は、各メンバーのWillを実現することではありません。
むしろ、会社が掲げる運営目的や、夢や使命を達成することが本分です。したがって、メンバーの要望に100%応えるのではなく、チームの目標に向かって、一緒に取り組むことが大切です。「やりたくない」と言われたときの対応は、組織人として働いてくれるように「要望すること」が正しいアプローチではないか、と思います。メンバーのWillを叶えたいが、それは願いであって目的ではない。このプロセスに沿って、可能な限り善処した後は、しっかりと要望を出してください。
では、なぜメンバーからの要望を聞くのか。「会社の成果」は一人ひとりの成果から形成されるからです。そして、その成果はスキルだけでなく、「Will=意志=情熱」によっても大きく影響されます。ベンチャーが挑む不確実性の高い領域は、必要なスキルが不明な場面も多いです。そのような場面で、真の成果を出す鍵は情熱だと考えています。情熱やスキルは会社の成果を上げるための重要なアセット。そのため、適切に把握することが必要です。
つまり、Willは「チームとしてのアセット」を把握するためのアプローチとして聞く必要がある。ただ、「何がしたいか」を聞くだけではなく、目的を持って聞くことが大切です。言い換えるなら、「成果を最大化させるアサインメントを実現するために聞く」という考え方です。
その際のコミュニケーションも大切です。フレーズとして、まずは「あなたにお願いしたい業務は、最終的に私が決めます」と明確にして、その上で「でも、あなたが何をやりたいか知ることは、チームの成果向上のために重要だと考えているので、教えてほしい」と伝えることで、メンバーも自らの意見や希望を正直に伝えやすくなるでしょう。
とはいえ、「Will」について、メンバーがなかなか話してくれない、ということもありますよね。本当にWillがないのであれば、それも一つの答えですが……対策もしてみましょう。
まず、みなさん自身は自分のWillを正直に伝えていますか?
Willについて話すのは、人によっては少し抵抗があるかもしれません。ましてや、大きな夢や目標を話すのは難しいものです。だから、もし相手が「具体的なWillはない」と言ったとしたら、まずはあなた自身のWillを恥ずかしげもなく伝えてみてください。
「私はこういうことがしたくて、この会社に入りました。この会社では、こんなことにチャレンジしてみたいと思ってます。その先の将来、私にはこんな夢があって、こんなチャレンジがしたいんです。あなたはどうですか?」
自分のことをきっかけにしてから問いかけると、相手もWillを自己開示しやすくなるでしょうから。あなたのことが信用できるなら、「私も言ってみよう」と答えられるかもしれません。
また、相手の過去の経験について問いかけてみるのも一つの方法です。例えば、「過去に何が楽しかったですか?」と聞くことで、相手は過去の楽しい思い出を振り返るでしょう。喜ばしい体験で頭を満たした後で、「将来、何をしたいですか?」と聞くことで、答えやすくなることもあります。
さらに、時間や空間の制約を取り除いて夢を語ることも大切です。10年後や20年後、あるいは生涯の中でやりたいことを考える。現実的な制約を取り除いて考えることで、新しい発想やアイデアが生まれやすくなります。
また、仕事だけでなく、プライベートな時間の過ごし方や趣味についても聞くことで、さまざまなWillが浮かび上がるかもしれません。「沖縄に住んで小説を書いてみたいですね」とか、いろいろ出てくるものです(笑)。そこからブレイクダウンしていくと、本人が思いもよらなかったWillが形になっていくケースもあるでしょう。
これらのアプローチを通じて、相手の中にあるWillを引き出してあげることができると思います。Willについては、言わないだけの場合もあれば、気づいていない場合もあります。Willを引き出すサポートも、とても有意義だと感じています。
計画的育成には「共同ワーク→トライ」に変換する
長村:次のテーマとして「計画的育成」についてお話しします。
先ほど挙げた「共同ワーク・トライ・定点確認・お任せ」の表を踏まえて、計画的育成において注目したいのが「トライ」というカテゴリの仕事です。これは、業務に対するスキルはまだ十分でないものの、仕事の重要度が低いため、途中でフォローする必要がないという特徴を持っています。対照的に、「共同ワーク」の仕事は途中でのフォローが必要となる可能性が高いため、育成の観点からは「トライ」が適していると言えます。
しかし、実際には「トライ」に分類される仕事は、ベンチャーにおいて「そもそも存在しないのでは?」という質問もよくいただきます。そこで提案したいのが、「共同ワーク」の仕事を「トライ」へ変換していくアプローチです。これが育成の第一歩となるでしょう。
「共同ワークからトライへの変換」には大きく分けて2つのパターンがあります。一つ目は、担当者にオーナーシップを持って仕事を任せ、成長を促したい場合です。例えば、「チームの戦略を考えてください」と将来のマネージャー候補にお願いするとします。本来であれば「共同ワーク」の範疇ですが、「3ヶ月後に提出してください」と着手期を前倒しすると共に期限を設けることで、現在の重要度を下げれば「トライ」に変換できます。担当者はじっくりと仕事に取り組めて、実践を通じた成長も期待できるのです。
もう一つのパターンは、「サポートスタッフ」として仕事を任せる方法です。業績に大きく影響を与える大型アカウントを新人に任せるのは、小さなミスでも痛手になりますが、サポートスタッフとしての関わりであれば、重要度の高い仕事でもリスクを抑えられます。その大型アカウントの商談には毎回同席してもらい、アイデア出しや資料作成にも携わってもらうけれども、あくまでサポートスタッフとしての役回りに徹してもらうのです。
まとめると、計画的な育成の第一歩としては「トライ」の仕事を用意することが重要です。そのためには「共同ワーク」の仕事を「トライ」へ変換することが効果的。そして、変換には、「着手期の前倒し」か「サポートスタッフ」が手法としては有効です。
「重点育成対象」の進捗を共有できれば、「人が育つ会社」に近づける
長村:育成とは計画的に行なうべきものです。例えば、「3ヶ月後に達してほしいレベル」や「半年後までに成長すべきイメージ」といった形で、具体的な時期と目標をセットしてコミットすることが求められます。
ただ、そのように計画的に人を育てたいと考えるのであれば、「共同ワーク」のゾーンでの業務は適していないかもしれません。というのも、そこでは計画通りに進めることが難しい仕事が多いからです。計画的育成には「トライ」が向くのも、そういった理由です。
一方で、「勝手に育ってくれ」というアプローチもあります。これは、計画は立てられないものの、運が良ければ人材が育つかもしれないというスタンスです。それならば「共同ワーク」のゾーンでのアサインもあり得るでしょう。
しかし、私たちがスタートアップとして成長し続けるためには、組織図の計画が不可欠です。現在と1年後では人員体制も異なるでしょうし、実際に形にするためにも採用と育成の両方が必要です。組織図の計画を達成するためには、採用を進める一方で、既存のメンバーを育てなくてはならない。その際、計画的に人材を育てたいのであれば、「トライ」のゾーンでの業務を任せるのが最善だと考えています。
「トライ」のゾーンの仕事は、新規に創出するのが難しいため、「共同ワーク」のゾーンの仕事を工夫して、「トライ」へ落とし込んでいくことになるでしょう。そこで、計画的育成を実施する、あるいは「このメンバーは集中的に育成したい」という「重点育成対象」が設けられるのであれば、育成目標を設定して進捗を見ながら管理し、その達成に向けて具体的な行動計画を進めてください。1人のマネージャーあたり1〜3人ほどが適正数でしょう。
月に一度でも、マネージャー同士で育成計画の進捗を共有し合えれば「人が育つ会社」に近づけるのではないかと思います。
いかに「初期の成果」を導けるか、もマネジメントの役割
今日の最後のテーマとして、リクルーティングと、その後のオンボーディングについてお話しします。
先ほど、将来的な組織図をどう達成していくかについて、育成と採用という2つの大きな柱があるとお伝えしました。確かに、優秀な人材を採用することは非常に重要です。しかし、今日は採用のプロセスそのものではなく、新しく入社したメンバーが活躍できる状態を作るためにも、オンボーディングに焦点を当ててみましょう。
特にベンチャー企業の場合、中途採用の社員が次々と入社してくることが多いですよね。彼らが早くから活躍できるかどうかが、企業全体の成長に大きく関わってくると私は考えています。そこでみなさんに問いたいのですが、「新しく入社したメンバーが活躍できるように、どのような取り組みをしていますか?」。
オンボーディングは、新しい環境に慣れてもらい、早期に成果を出してもらうための重要なプロセスです。そこでまず考えるべきは、「初期の成果」だと思います。なぜなら、最初の成果が出れば、その人は周囲から信頼を得ることができ、必要な支援や権限、リソースを手に入れることができるからです。これによって、その人はさらなる成功へと進んでいくことができる、いわば正のサイクルに入ることができます。
逆に、「初期の成果」が出ないと、信頼や支援、権限といったものが得られず、活躍が難しくなってしまいます。ですから、オンボーディングのプロセスでは、何よりもまず「初期の成果」をどう引き出すかに注力し、その成果が中長期的な成功へとつながるようなサポートをしていくことが重要です。
しかし、どれほど優れたスター選手であっても、未経験の環境で即座に成果を出すことは難しく、やはり時間がかかるものです。スポーツ界を例に挙げると、どんな有名選手でも新しいチームに移籍した際も、初日からすぐに活躍できる人もいますが、新しい環境や国の習慣に慣れるまでに時間が必要なことが一般的です。前任のチームで素晴らしい成果を上げていたとしても、新しいチームでは最初はうまくいかないこともよくあります。
そういうわけで、どんなに才能のある人でも、未経験の環境で成果を出すのには時間がかかると考えるべきです。特に最初の3ヶ月間は、その人の「真の能力」が完全に発揮されることは難しいと思います。逆に言えば、3ヶ月以内には、ある程度の成果を上げてもらいたいという期待もあります。
そのため、最初の成果をデザインし、しっかりとサポートすることが、マネジメントの仕事と言ってもいいでしょう。例えば、面接を通じてその人の得意不得意を把握し、それをもとにどの業務が彼らにとって最適かを考え、短期間で達成可能な具体的成果を設定します。中長期的な目標も大切ですが、まずは短期的な行動の変化からはじめることが重要です。
例えば、「事業戦略を整理し、全社会議で発表してもらう」「サービスKPIを設計し、ダッシュボードを作成する」「外部顧問を複数アサインしてくれる」など、これらの行動自体がすぐに大きな成果につながるわけではありませんが、チームに与える影響は大きいです。新しいメンバーの参加により、チームの動きが変わったり、整理されていなかったことが整理されたりするようになること自体が、立派な成果と言えます。
短期的な行動を通じて「初期の成果」を残し、それをもとに信頼を築き、支援を受け、権限を得ていくことが、中長期的な成功へとつながります。
また、採用プロセスには多くの時間とお金がかかるだけに、新しいメンバーに対しては「お手並み拝見」というスタンスを取りがちですが、そこはグッと堪えてやめましょう。どんなスター選手でも、最初の3ヶ月は積極的にサポートする姿勢が求められます。