前回のALL STAR SAAS BLOGの記事では、SaaSをはじめとしたB2BとB2Cでのプロダクトマネージャー(PdM)の主な「6つの違い」について解説しました。
では、「SaaSであれば、PdMやプロダクトチームの役割は同じなのか?」というと、そうではありません。その違いは、企業のステージやプロダクトのタイプに表れてきます。特に、創業したばかりで数人規模のスタートアップと、組織が成熟してプロダクトも複数ある数百人規模の企業では、その役割は大きく異なるのです。
そこで今回は、「ステージ」に絞ってプロダクトチームの役割の違いと進化について考えてみます。これを紐解くことで、チームの役割や採用をどのように進化させていくべきか、思考を深める一助になれば幸いです。
(共著:湊 雅之、宮田 善孝)
プロダクトチームは3つのタイプに分かれる
本題へ入る前に、テクノロジー企業におけるプロダクトチームには、いくつかのタイプがあるという話からしたいと思います。
米国のプロダクトマネジメント業界の思想的リーダーで、『INSPIRED』や『EMPOWERED』の著者であるマーティ・ケーガン氏は、自身が創設したブログ「Silicon Valley Product Group」の『Product vs. Feature Teams』という記事でプロダクトチームには3つのタイプがあると批判交じりに語っています。
ざっくりまとめると以下の通りです。
1:「エンパワード(Empowered)」タイプ
プロダクトマネジメント、デザイン、エンジニアリングで構成される部門横断(クロスファンクショナル)で機能するチーム。プロブレム(課題)領域を主軸にフォーカスし、課題に対する革新的なソリューションを発見する役割を担っている。チームは機能/プロダクトのアウトプットではなく、成果により評価される。
2:「機能開発(Feature)」タイプ
エンジニアリングを中心に、プロダクトマネジメントやデザインが一部に加わる(両方が加わることもある)ことで、部門横断的に機能するチーム。プロブレム(課題)領域よりもソリューション領域を担う。成果ではなく、機能/プロダクトのアウトプットで評価される。
3:「デリバリー(Delivery)」タイプ
エンジニアリングで構成されており、PdMではなくプロダクトオーナーがいるケースもある。部門横断の役割は担っておらず、優先順位がついた「昨日のバックログ」を管理することが主な役割。機能開発タイプと同様、ソリューション領域を担う。成果ではなく、機能/プロダクトのアウトプットで評価される。
マーティ・ケーガン氏は記事中で「物議を醸す」と前置きしつつも、イノベーションを生むために本来あるべきプロダクトチームの姿はエンパワードタイプだが、現実には機能開発タイプやデリバリータイプに陥っている、と警鐘を鳴らしている。
私たちも、このマーティ・ケーガン氏の指摘に、総論として賛同します。ただし、アーリーステージのSaaSスタートアップにおいては、現実にはややニュアンスが変わってくると考えます。
その点を深めるために、元セールスフォースのシニアアーキテクトで、Kraytix創業者のイヴァン・ハリス氏による、アーリーステージのSaaSにおけるプロダクトチームの進化モデルをベースに解説しましょう。
アーリーフェーズのSaaSにおけるプロダクトチームの進化モデル
イヴァン・ハリス氏は自身の経験から、SaaSスタートアップのプロダクトチームは、プロダクトや組織が成長する過程でタイプが変わり、デリバリー→機能開発→エンパワードと進化していくと説いています。
なぜでしょうか?それはプロダクトチーム、特にプロダクトマネジメントの役割の大部分を、創業者が担っていることが多いからです。さらに言えば、その人選がSaaSスタートアップの成長ステージを効率的に進めるうえでも有効だからです。
まずはこの進化をSaaSスタートアップの創業者自身が理解することが、採用の意思決定やプロダクトチームへの適切な権限移譲にもつながります。
それでは、それぞれの成長ステージについて、プロダクトチームの進化を解説していきます。
MVP立ち上げステージ:「デリバリー」チーム
PMFを目指す最初のステージでは、創業者は一般的に課題領域へ深く入り込んでいきます。顧客が持つ共通の課題を定義し、MVP(事業として最低限の実現性を持つプロダクト)のために必要な機能に、明確な仮説を持つことができます。また、SaaS PdMにとって重要なプロダクトビジョンの根幹となる、会社全体のミッション・ビジョン・バリュー(以下MVV)を作り込むうえでも必要なプロセスです。
MVPの機能の仮説を元に、創業者はエンジニアを主体としたプロダクトチームを組成します。そして、優先順位をつけた機能のバックログを管理するためのプロダクトオーナー役を担います。ゆえに、このプロダクトチームは、部門横断ではなく、ソリューション領域の「デリバリー」に特化することがほとんどです。共同創業者がプロダクトマネジメントやエンジニアリング出身であれば、共同創業者がこの役割を担うこともよくあります。
最初のPMFステージ:「機能開発」チーム
このステージでは、ローンチしたMVPを元にイノベーターやアーリーアダプターと言われる最初の顧客とプロダクトの契約を行ないます。この時、プロダクトロードマップは、MVPから顧客に価値を提供できるプロダクトへ進化させるために、顧客起点の機能要望で占められます。このステージあたりからデザイナーやPdMが採用され、顧客からの要望をもとにエンジニアが開発を進められる体制になっていきます。
また、プロダクトチームは、プロダクトと顧客のフィットを追求するため、一部では部門を横断するような活動をはじめています。ただ、依然としてソリューション領域を主戦場に、機能のアウトプットによって評価されます。
PMFの拡張ステージ:「エンパワードβ」チーム
最初のPMFを超えた次に、キャズムを超えてスケールするため、アーリーマジョリティへPMFを拡張する必要があります。プロダクトチームも既存顧客を超えて、より広い市場に目を向け、プロダクトビジョンと戦略を再定義します。
そのため、プロダクトチームはビジネス部門と深く連携をとり、数人のPdMを中心とした独立した権限を持つような組織になります。それと同時に、ソリューション領域から課題領域に軸足を移すようになります。
「エンパワード”β”」と書いた理由は、まだこのステージでは評価が機能やプロダクトのアウトプットによっているからです。顧客の成功や売上といった業績に直結する成果ではなく、「スピード」が重視されるケースが多いように思います。
本格的なスケールステージ:「エンパワード」チーム
このステージでは、最初のプロダクトが複数の顧客セグメントへのPMFを終えて、より顧客の獲得やリテンション、売上の向上など「業績アップ」に特化した、グロースPdMの色合いが出てきます。また、非連続な成長を目指すために、第2、第3のプロダクトの開発にも着手していきます。
このステージは、プロダクトチーム内外との共通認識を図るための文書作成、プロジェクトマネジメント、KPI管理などが業務の中でも比重が重くなります。プロダクトチームのPdMも5人以上に拡大し、階層構造が出てくる場合も。また「エンパワードβ」と異なり、アウトプットではなく、事業に直結する成果がプロダクトチームの評価軸になります。
アーリーステージのプロダクトチームに関しては、創業者がエンジニアリングや営業など、いかなるバックグラウンドを持つかによって振れ幅が大きいのが実態です。しかし、このモデルは最もよくあり、かつ成長フェーズに合わせてプロダクトチームをいかに進化させるべきかを明らかにできる点でも優れています。
プロダクトチームの進化における3つの注意点
ここで3つほど、進化の過程において注意すべき点を述べます。
1:「機能開発」から「エンパワード」への進化が最も難しい
マーティ・ケーガン氏や、イヴァン・ハリス氏も指摘していますが、現実的にプロダクトチームが「機能開発」に留まって、本質的に組織とプロダクトを顧客価値の最大化につなげる「エンパワード」になれていないことは、非常によくあります。
これは日本の上場SaaS企業であっても例外ではありません。なぜならば、この進化には、プロダクトチームが課題領域を軸足に、部門横断で機能する必要があるため、経営レベルで考え方自体を変える必要があるためです。従って、創業期からこの進化の必要性を創業者や経営陣は理解しておく必要があります。
2:エンパワードができるPdMを雇えるならば、MVPローンチ前後であっても、早めに雇ったほうがよい
1点目につながりますが、プロブレムというソリューションの連携が高速回転しやすく、またその後の「エンパワード」のチームを実現するうえでも非常に有利だからです。繰り返しになりますが、「機能開発」から「エンパワード」へのシフトが最も難しく、多くの組織でつまづくポイントです。
3:「エンパワード」に早く到達できるなら、それに越したことは無い
アーリーステージでは、創業者が「エンパワード」な組織は会社全体でイシュー思考が高まり、顧客価値を高めるイノベーションを創出することが可能だからです。
SaaSにおけるプロダクトマネジメントの評価の進化
SaaSのプロダクトマネジメントの成熟度によって、プロダクトマネジメントの「評価」も変わっていきます。それを知るための興味深い記事をここでは紹介します。
プロダクトマネージャーとしてキャリアをはじめ、米SaaSユニコーン企業となったGainsight創業者兼CEOであるニック・メータ氏の記事によると、SaaSプロダクトマネジメントの成熟には5つのフェーズがあるといいます。
- フェーズ0 機能工場(Status Quo)
- フェーズ1 スピード重視(Agility/Data-Driven)
- フェーズ2 ユーザー体験重視(Experience-Driven)
- フェーズ3 顧客の成功重視(Success-Driven)
- フェーズ4 売上重視(Revenue-Driven)
前述のプロダクトチームの進化モデルと重なりますが、アーリーステージのSaaSの場合、PMF前の「フェーズ0 機能工場」からいち早く抜け出し、「フェーズ1 スピード重視」が中心となります。ここで大事なポイントは、フェーズが上がるにつれて、その前フェーズの要素への意識を無くさず、重心が移るようなイメージを持つことです。
最終的にPdMが売上重視になったとしても、スピード、ユーザー体験、顧客の成功は常にウォッチし続けることが大切です。
アーリーステージとグロースステージ以降の「PdMの7つの差」
これまでのプロダクトチームの進化でも触れたように、アーリーステージとグロースステージ以降では、組織とプロダクトの状態が異なります。結果として、PdMの業務プロセスや重視するポイントにも違いが出てきます。
ここでは、それぞれのステージによる会社の状況およびPdMの違いを以下にまとめます。これらの違いを理解することによって、PdMの採用要件や役割の変化はもちろんのこと、ステージに進むにつれて、プロダクトチームをいかに変化させていくべきかを考える一助になるはずです。
会社の状況の違い
アーリーステージは、PMF前もしくはPMFして間もない状況です。組織やプロダクトの骨格となる会社のMVVを発展的に進化させていくことが多いでしょう。
また、職種は分かれていても社員数が少ないため、組織が細分化されていません。創業者や経営陣との距離も近く、直接的なレポーティングや1on1といった機会も多く、意志の擦り合わせがしやすいチーム環境にあります。加えて多くの場合、PMFとスケールが資金調達の成否を分けるため、単一プロダクトにフォーカスしていることが一般的です。
一方でグロースステージ以降は、MVVが成熟し、組織も細分化されていきます。レポーティングや1on1も部門長やマネージャーへ行う機会が多く、複数のプロダクトを手掛けているケースも出てきます。
こういったステージの違いが、プロダクトマネージャーの働き方にどういった違いを生み出すかを解説します。
【1】PdMが兼業 vs PdMが専業
まず、アーリーステージの場合、PdMがプロダクトマネジメント業務のみに専念するというより、UXリサーチやPMM(プロダクトマーケティングマネージャー)、場合によっては、CSのようなPdM周辺の幅広い役割をこなすこともよくあります。組織が細分化されていないアーリーステージにおいて、実行スピードを高めるためには重要です。
グロースステージ以降では、組織の役割分担も明文化され、他部門もスペシャリストによって構成されてきます。そのため、PdMはプロダクトマネジメント業務に専念できるようになります。
【2】 単一のプロダクトビジョン vs 統合されたプロダクトビジョン
アーリーステージは単一のプロダクトのことが多く、プロダクトビジョンも1つとシンプルな場合が多いです。かたやグロースステージでは、複数プロダクトを複数のPdMでプロダクトビジョンをアラインしながら進める必要が出てくるため、統合されたプロダクトビジョンが必要になってきます。
【3】経営陣からのリクエスト対応 vs 多くの関係者からのリクエスト対応
アーリーステージは、前述の通り経営陣が最初のPdMであるケースも多く、経営陣のリクエストの影響が大きくなりがちです。そのため、PdMは経営陣からのリクエストに素早く対応することが、より重要です。また、経営陣、主に創業者へ直接レポートするケースが多いでしょう。また、組織全体の人数も数十人、他部門も顔が見えるほどしかいないので、巻き込みにかかる労力はそこまで大きくはありません。
一方で、組織が大きくなれば、経営陣と顧客の現場に距離ができるようになり、ステークホルダーである関係者の声も多くなります。従って、PdMは多くの関係者からのリクエストに対応する必要が出てきます。
【4】ほぼ定性データのみ vs 定性と定量データ両方
アーリーステージのSaaSでは、一般に顧客数は数社~数十社程度と少ないケースが多いため、統計的に優位な母集団ではありません。ゆえに、定性データに基づいて意思決定をすることがほとんどです。
しかし、グロースステージの場合には、定性データに加えて、顧客数も多くなるために定量データで計数管理する業務がPdMに多くなります。さらに、4P(Product, Pricing, Place, Promotion)に関わるようなマーケティング要素もPdMの業務として色濃くなります。
【5】あうんの呼吸 vs プロジェクト管理
アーリーステージでは組織規模が小さいため、議論をしながらお互いの目線を合わせることが多いです。リソースも足りないため、プロジェクト管理のための資料作成などは最小限にとどめ、実行に重きを置くことが多いです。
しかし、グロースステージ以降では、部門間のサイロも出てくる中で、部門を横断しつつ歩調を合わせて進める必要が出てきます。そのため、PdMにはプロジェクト管理のスキルが求められます。
【6】社内の検討事項が少ない vs 社内の検討事項が多い
アーリーステージでは組織間の距離が近く、社内の検討事項は少ないです。また、経営陣との距離も近いため、意思決定や実行のスピードも速いことが特徴です。
組織の規模や部門の数が増えれば、当然ながら社内の検討事項が増えます。また経営陣との距離も遠くなるため、意思決定や実行のスピードもアーリーステージより遅くなります。
【7】スピードと学び重視 vs インパクトと質重視
アーリーステージではプロダクトの成熟度が低い一方、組織も小さいため、スピードが重視されます。まだキャッシュが潤沢ではなく、会社が死んでしまうリスクが高いことも、スピードを重視する背景にあります。このステージのPdMは、スプリント(短距離走)のような状態です。不確実性も高く、組織もプロダクトも急速に進化させるための「学び」をいかに得られるかがカギになります。
一方、グロースフェーズ以降では、プロダクトも組織も成熟度が上がるので、PdMには売上などの業績に直結するインパクトの達成がより求められます。また、プロダクトの品質への意識も高まります。アーリーステージのスプリントに比べると、マラソン(長距離走)に近いかもしれません。
今回は、アーリーステージとグロースステージ以降のプロダクトチームやPdMの進化について見ていきました。あくまで考え方の一つではありますが、創業者と経営陣は成長のステージを意識し、適切なプロダクトチーム作りと権限移譲を進めることで、顧客価値を最大化すると同時に、SaaSビジネスの成長を促進できると、私たちは考えます。
参考文献
- Product vs. Feature Teams
- Which Product Team Phase Is Your SaaS Startup In?
- The five phases of SaaS product management
- Early-stage product management is just different!
- How and when to hire your first product manager