スタートアップが進化を求め、そのスピードを高めたいとき、大きなドライバーとなるのが「特定領域のスペシャリスト」たちです。他社で経験を積んだ人材の採用だけでなく、自社の生え抜きを育成することも、経営者に常に問われる選択です。
誰もが優秀な人材の確保を急ぐ一方で、それを活かす経営者も、あるいは採用される側も、双方にフィット感があるマッチングが成されなければ、最大の効果は発揮できません。そこで、実際に現場で奮闘するスペシャリストたちから、そのポジションにおける必要な資質やスキルを教わるべく、インタビューをしていくことにしました。
第1回は、印刷・物流・広告など複数のB2Bプラットフォームを展開するラクスルのCOO・福島広造さんに、これまでの経験から「COOの仕事」の本質を伺います。聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDの楠田司です。
35歳で、スタートアップへ転身の決断
改めて、まずは福島さんのキャリアから伺えますか。
福島:前職の戦略コンサルではテクノロジーによる企業変革(トランスフォーメーション)にずっと携わってきました。外部のコンサルとして得られたものは、顧客企業にとって数十年に一度の大きな変革を、何度も経験できたことです。
「35歳」を迎えた時に、キャリアをゼロクリアしても、オーナーシップとコミットメントを持ち、自らが主体的に変革を起こす立場になりたいとおもい、企業変革を超えて、産業そのものを変革するビジョンを持つラクスルに入社を決めました。
スタートアップを選んだのは、前職時代にドイツで働いたのもきっかけです。ドイツ語が話せず、ドイツの業界知識も分からず、価値をまったく出せないハードシングスを経験しました。そこで、自分の価値とは相対的で、働く環境によって大きく変わることから、「自分がどの環境で価値を出せる人になるか」がキャリアの重要な選択になるのだと感じました。
そして、選んだ環境が、大きな変革に挑戦するスタートアップ。そこで価値を出せる人を目指そうと決意しました。特に、会社体としても次の時代の価値観を示せて、GAFAMのようにスケールしていけるスタートアップを探して、ラクスルのCFOである永見世央さんとの縁でジョインしました。
楠田:そして、ラクスルには執行役員として入社された。COOとしてではありませんね。
福島:はい、最初は経営企画部兼SCM部の執行役員で入社しました。2015年のラクスルは大型調達を終えて、TVCMで急成長しているフェーズ。全社の関心事がグロースだったので、私自身は日陰の収益性に目を向けて粗利率を改善したり、さらなる成長を実現する拡張性のあるサプライチェーンを構築したりしていました。
その後に、ラクスルでは「ノバセル」の前身になる広告事業をスタートさせ、「ハコベル」をCEOの松本恭攝が始めました。そうなると、主力の印刷事業を見る人がいなくなり(笑)。そこで私が「ラクスル」を担い、それを経てCOOになりました。
COOとは事業を「次のフェーズ」へ持っていく役割
楠田:COOとは、どのような仕事をなすべき人材だと思いますか。
福島:「なってみて思う」という後付けにはなりますが、全体を掌握して、事業体を次のフェーズへ持っていく役割ともいえます。
一般的な事業責任者はいまの前提条件(フェーズ)での売上・利益の最大化を目指します。COOは当然それらも視野には入れますが、「次のフェーズ」では現在と前提条件が違うなかで、どのような価値を提供するかを考え抜き、「非連続」をどう起こすのかを描いていく。それがCOOの使命のひとつだと感じます。
楠田:一口に「次のフェーズ」といえど、多くの可能性と道のりがあり、持っていき方は様々ですね。
福島:はい。道のりは様々ですが、問題があちこちに散在するなかで、「次のフェーズ」への課題設定をやりきり、描いた道のりをきちんと執行することにコミットする役割です。
いまのフェーズの「連続」がマインドシェアを占めると、フェーズが固定化して成長モメンタムを失います。
スタートアップのアーリーフェーズは、みんな「非連続」な成長を目指していますが、一定の規模になったら「連続」をきちんと磨きながら、「非連続」を目指すフェーズになります。その時に、いまのフェーズの「連続」がマインドシェアを占めると、フェーズが固定化して成長モメンタムを失います。
楠田:なるほど。だからこそ、COOが「次のフェーズへのコミット」するのが重要だと。
福島:スタートアップは社会に変化を提供し続けるのが存在意義のひとつ。一方で、「非連続」が少ない大企業には不要な役割だと思うんですよね。まだ見えてない「次のフェーズ」を常に描き、リスクを負って試行錯誤して、フェーズが変わったら、またその次を考える。それの繰り返しにコミットするイメージです。
楠田:COOは「次のフェーズ」も、あるいは遠くのフェーズも見られないといけないのですね。「連続」と「非連続」を同時に意識すべきは、どういったタイミングでしょうか。
福島:売上で「既存ストック」の比率が高まると、やはり「連続」が重要になってくるんですよね。いまの事業を磨いたほうがインパクトも大きくなる。ただ、そのタイミングで、「非連続」を緩めるとフェーズが変わっていかない。
「既存ストック」と「新規グロース」に分けた時、「既存のストック」の割合が50%以上に高まり、足元の業績を守りたい空気感が会社の中で強くなってくると、現状維持バイアスが掛かってきます。その時は、「連続」と「非連続」を意識する必要があると思います。
描いた未来の「答え合わせ」にCOOの価値が宿る
楠田:COOの仕事をしていて、どんな時に、やりがいを一番感じられますか?
福島:「自分が描いた未来の答え合わせ」ができた時は楽しいですね。正解の時は、体系的に理解できた満足感があります。間違いの場合も、「次はもっとうまくやれる」と再現性を得る感覚が持てる時に、やりがいを感じます。
楠田:その「答え合わせ」は、どれぐらいの期間で判断しますか。
福島:私は、自分の在籍期間よりも長い期間の未来は、描けないと思っています。
半年在籍すると、「次の半年」をなんとなく描けるようになった気もするんです。だから、3年居れば「3年後」を描けるようになる。中期計画という響きに酔って「数年後」を描いても、抽象的な解像度で描いた未来は答え合わせもできません。いま自分がはっきりと描ける時間軸は、自己認識しておきたいですね。
ご質問に答えると、自分に謙虚に、未来の解像度をはっきりと描ける時間軸で設定すればいいと思います。いまよりも一歩先をちゃんと描けて、徐々にその時間軸が伸びていけば、それでいい。もし、漠然とした未来しか描けないのなら、手前をはっきり描いた方が答え合わせで得るものが大きいと思います。
楠田:「答え合わせ力」を鍛えるために工夫された点はありますか?
福島:未来の解像度の多面化ですかね。
次のフェーズの課題が何で、どう解決するか、その時に、組織はどういう形で、どういうリーダーシップが率いて、社員は何人必要で、事業の売上と利益がいくらで、キープロダクトは……と、未来の事業をいまの事業と同じ解像度で多面的にイメージして、現状とのギャップをはっきりさせる。そうすると、答え合わせで正解と不正解が明確にわかります。
最後はやりきる執行への執着を持つこと。描いた未来は向こうから近づいてきてはくれません。
そして、最後はやりきる執行への執着を持つこと。描いた未来は向こうから近づいてきてはくれません。執行をやりきれないと、答え合わせもできない。執行まで徹底した後の答え合わせを3回以上やると、血肉となっていきます。COOに限らず、ラクスルでは未来を描くBizDevは、全員がそういう動きをしていますね。
COOに前職は関係ない。非連続へのオーナーシップが全て
楠田:COOを据えようと考える経営者のためにお聞きしたいのですが、どのような質問やワークショップを実施すれば「COOの適性」を見極められると思いますか?
福島:基本的にはBizDevという事業開発キャリアの選考と同じワークで良いのではないでしょうか。BizDevの上位互換がCOO的な役割だと思っており、そのプロセスはあまり変わらないです。
選考では、過去にオーナーシップを持って変えたことがあれば、その過程を聞きます。「人生で一番情熱を注いで、自分で非連続を起こしたことは何ですか?」といったことを聞くのも多いです。
その変革における立ち位置や果たした役割を聞く。あとは執行にどれだけ情熱を持って、取り組めたかを聞きますね。そのハードシングスの乗り越えかたに適性を見極めるポイントがある気がします。
次にワークサンプルとして、「この事業を非連続に変えてください」というテーマを考えていただきます。その時には、「初めの10日間、あるいは100日間で何をしますか」という実行イメージを示してもらうことが多いですね。
そこで、自分で考える癖があるのか、道のりへのオーナーシップがあるのかを確認します。方向性が正しいか、正しくないかはあまり関係が無く、スタンスの強さ、徹底して実行できるか、執着心があるか……を見ているイメージです。
楠田:なるほど。コンサルやセールスといった「前職」は、あまり関係がなさそうですね。
福島:関係ないですね。例えば、セールスで営業モデルを変えた、マーケで手法を狩猟型から農耕型に変えた、そういった非連続の経験があれば前職はなんでもいいですよね。
楠田:面白いです。今、IPOしている上場企業のCOOは、7割近くがコンサル出身者といわれますが、そういう経験に基づくからこそなんでしょう。
福島:コンサルは、本来はチェンジエージェントが生業ですからね。一方で、大企業には非連続の機会が少ない。経営企画とはまったく違う役割なので、大企業出身のCOOが少ないんでしょうね。
これからはスタートアップのエコシステムも分厚くなり、BizDev経験者が増えてきたので、彼らがスタートアップ出身の次世代COOとしてどんどん活躍していくと思います
学びは「再現性」に注目する
楠田:ぜひ、SaaSスタートアップに絞ったお考えも聞かせてください。SaaSのCOOを務める中での魅力や面白みはありますか?
福島:すごく面白いと思います。いや、めちゃくちゃ面白いと思います(笑)。
なぜかといえば、前田ヒロさんがブログで発信されてるように、SaaSは全体観やフェーズという概念がきちんと整理されているし、自己認識できるんですよね。
しかも、ビジネスモデルとしての再現性も高い。前田ヒロさんのように先行して「知を集約された方」のバリューがスパイラルで高まる構造です。SaaSモデルで「次のフェーズ」に持っていく経験を、3回繰り返すと、圧倒的にその領域での成功確度を上げられる気がします。
ラクスルで10年かけて印刷・広告・物流という3つのマーケットプレイスモデルを立ち上げ、ようやく再現性と体系化ができて、成功確度が高まってきました。SaaSモデルはそれをもっと高速回転できそうで、面白いです。
楠田:COOは累積経験と執行力が重要になってくるなかで、SaaSは特に顕著だと。
福島:そうですね、ARR3億円から100億円まで成し遂げた世界を見た人って、圧倒的に次の再現性もあると思うんですよね。ただ、SaaSビジネスに携わるCOOは、面白すぎてあまり、外に出てこない。外に出ても、またゼロスタートでARR3億円から手掛けるのは、まだレアケースなんじゃないかと感じています。
マーケットプレイスでの経験を踏まえると、SaaSのCOOもフェーズ分化されていくと良いと考えています。ARR1億円まで持っていくPMF、1億から3億円まで持っていくプロダクトが得意な人、3億円から10億円のスケール、10億から100億円のポートフォリオ化といったように。
そういうふうになると、日本のSaaSがより早く伸びるし、より厚くなる中で、シリコンバレーのように「COOのバトンタッチ」もあるかもしれない。そして、バトンタッチしていく中で、フェーズをちゃんと変えていく役割としてのCOOが、SaaSの成長の原動力になればいいかなとは思いますね。
もう一つのSaaSにとっての重要なのは、執行に執着してやりきる役割としてのCOOだと思います。SaaSの再現性が高いのは他社も同様なので、いかに競合よりも早く、執行を徹底して、高速に「次のフェーズ」に持っていけるかが、競争優位の源泉になるはずです。
未来を描く力より、牽引力や執行力といったエグゼキューション力に、極めて大きなSaaSカンパニー同士の差別化があり、COO同士の差別化にもつながります。
未来を描く力より、牽引力や執行力といったエグゼキューション力に、極めて大きなSaaSカンパニー同士の差別化があり、COO同士の差別化にもつながります。変革の執行力が高く、累積経験を誰よりも早く積んだCOOに、さらに大きな機会が集まる構造になると思います。
楠田:それ、すごく面白いですよね。人材の流動と成長が比例していくというか。
福島:確率論でいうなら、四苦八苦してでもARR10億円から100億円へ持っていけた人は、どれだけ優秀な「初めての人」よりも、うまくフェーズマネジメントできるはず。それくらい再現性が高いモデルだと思います。
VCも、SaaSに特化した前田ヒロさんの「選球眼」というのか、この領域における見極め能力は、どれだけ賢いVCでも簡単に勝てないはずなんですよ。それくらい、累積経験で圧倒的に変わってくるんじゃないでしょうか。
楠田:ヒロがこれを聞いたら、きっと喜びます(笑)。
福島:いえいえ(笑)。私も、前田ヒロさんのブログは繰り返し読んでますよ。
インプットを増やす時も「この話には再現性・予言性があるのか」に着目しています。どれだけキラキラした成功ストーリーでも、再現性がないものには、個人的には耳を傾けないようにしてます。
予言性とは、言い換えれば「フェーズを認識する解像度が極めて高いこと」です。
ジェフ・ベゾスのすごさは、その「予言性」にあります。予言性とは、言い換えれば「フェーズを認識する解像度が極めて高いこと」です。彼の記事をずっと読んでいると、数年前に言ったことが本当に実現している。おそらく、自分で描いたフェーズをはっきり認識しているからなんですよね。
楠田:なるほど。今おっしゃったような具体的な文献や本は、ありますか?
福島:ベゾスが株主宛に毎年公表する「株主への手紙」は必ず出たら全文印刷して読みます。驚くほどの予言性で事業をつくっていきますから。あとは、プロフェッショナル経営者で、前提条件の違う環境でも、ご活躍される方の記事は必ず読みます。穐田誉輝さんや瀬戸欣哉さんのような方は、会社を変えても、圧倒的なプロフェッショナル経営者としての再現性を持たれており、尊敬しています。
プロフェッショナル経営者やCOOは、前提条件や環境に応じて引き出しを持ち、バリューを出し続けることが大事な要素。自分自身もそれを実現する先人の歩みから学んでいます。
お飾りCOOを置かずに、確かな変革を
楠田:最後に、これからCOOを採用したい経営者、あるいはCOOを目指したい方に、それぞれアドバイスがあれば、ぜひいただきたいです。
福島:COO採用は、事業成長の“How”の一つだと思っています。まず採用ありきはアンチパターンですね。
会社がどのような非連続を目指すのか、そこに足りないピースは何か、それを埋められる人が誰なのか。そういった順番で、ちゃんと考えた方がいいです。そうでないとCOOを採用してもうまくいかないんです。
アンチパターンは2つ。一つはアーリーフェーズで、現経営チームで「次のフェーズ」をマネージできるパターン。そこにCOOが入っても、役割が重複するんですよね。会社としての「次のフェーズ」へのリーダーシップを2人が取れば、「船頭多くして……」で、むしろ悪影響を及ぼす可能性があります。
もう一つは、本質的に会社がフェーズを変えようとしていないパターン。グロースはすれど、フェーズや価値観を変えるつもりがないにもかかわらず、華やかな前職タイトルのある人を言わば「お飾りCOO」として採用してしまうケースがよくあります。
COO採用は、連続がマインドシェアを占めてしまい、現経営チームでは未来を描く余力が持てないけれど、会社として「次のフェーズ」へのチャレンジを本気で目指すときに考えるといいでしょう。まずは社内に目を向け、そういう役割を担っている人を引き上げることを第一として、その次に外部採用にトライすることをお勧めします。
COOを目指したい方には、いま目の前にある事業・役割で、一歩先のいまない未来の解像度を持ち、その執行をやりきる経験を積むことで、まずは1週目を走りきって欲しいですね。