成功しているSaaS企業といえど、はじまりはいつも、たった数人のチームです。
あの企業は、どんな人たちが創業したのでしょう?メンバーの人数、構成、年齢、職歴や学歴……B2B SaaSのような企業だと、起業やマネジメントの経験が豊富な人をイメージする方も多いと思います。
しかし、本当にそうでしょうか?この記事では実際のところを明かすべく、BVP Cloud Indexに使われている米SaaS上場企業58社、創業者145人を中心に分析しました。
解説は、ALL STAR SAAS FUNDのPartnerである湊雅之が担当。これまでにも日本のB2B/SaaSスタートアップへのVC投資や成長支援を担当してきた経験を持ちます。
成功しているSaaS企業の創業者の実態と、そこから見えてきた「SaaSの創業チームのタイプ」とは?
データで見る「米SaaS上場企業58社」の創業チーム
まずは、全体感をつかむためにデータ(判明分のみ)を俯瞰してみます。
創業チームの構成は、中央値で3人でした。2人での創業が最も多く(全体の36%)、次いで3人(同26%)。意外にソロ起業も多くいます。つまり、創業時のチーム構成は3人以下が80%なので、おそらくは日本と大して変わらないでしょう。スタートアップの最大の武器は意思決定のスピードなので、納得の結果ではあります。
つづいて起業時の年齢は、平均35.2歳。割と高めに見えますが、アメリカでよく言われる「成功する起業家の平均年齢は45歳」からすると、意外と若いとも言えます。20代〜30代前半での起業は全体の50%を占め、日本との差異はそれほどない印象です。社会人経験が浅い人でもBtoB SaaSで成功しているのです。
その他の発見は以下の通りです。
・連続起業家の割合:29%
日本と比べると多く感じますが、裏を返すと70%以上の米SaaS上場企業は起業未経験。現状の米上場SaaS企業の大多数は、日本と同じくファーストタイム・アントレプレナーが一般的です。
・経営(CxO)経験者の割合:34%
SaaS企業は採用が重要なので、人脈とマネジメントスキルのあるC-class経験者は有利です。その点で、C-class経験者が一定いることは頷ける結果と言えます。ただし、それでも3分の1程度なので、起業後に経営レイヤーのマネジメント経験を踏んでいくことは、日米変わらず一般的のようです。
・B2Bソフトウェア経験者の割合:75%
さすが「ソフトウェア大国アメリカ」といえる結果ですが、米SaaS企業の創業メンバーは、OracleやSiebel Systemsのようなオンプレミス企業、SalesforceやMicrosoftのようなSaaS企業の出身者がよく目に留まります。
B2Bソフトウェアでは、顧客の課題感や市場観を理解している方が有利なので、納得のいく結果です。日本でも、リクルートやワークスアプリケーションズ、SaaS企業の出身者が、これに当たると思います。
・高学歴の割合:17%
SaaSは課題解決型スタートアップなので、高学歴が多そうなイメージを持つ方も多いかもしれません。たしかに、PayPalの初代CEOのピーター・ティールはスタンフォード大学卒業ですし、HubSpotの創業者2人は共にMITを出ています。
しかし実際には、世界トップ20大学(Times Higher Education 2022)出身者の割合でみると、たった17%。世界トップ30大学でも27%と、全体の4分の1程度です。本質的には学歴は関係ないと思っていいでしょう。学歴よりもビジネスでの経験や、起業家マインドの有無が圧倒的に重要です。
米国で上場しているSaaS企業、創業チームの6タイプ
ここまでは数字で全体感を捉えてきましたが、ここからは創業ヒストリーに注目してみます。SaaSスタートアップはどのような経緯や経験を経てきたのかを追ってみると、創業チームは概ね「6つのタイプ」に分かれるようです。
1. 経営オールスター型
米SaaS上場企業で最も多いのは、B2Bソフトウェア企業の経営メンバーが、M&Aなどを契機に会社から独立したり、スタートアップのC-class経験者同士が集まって起業したりするタイプです。M&Aや起業が盛んなアメリカらしいと言えます。
代表例がWorkday。ERPソフトウェア企業のPeopleSoftがOracleに買収された後、同社CEOと上級副社長だった、Dave DuffieldとAneel Bhusriが共同創業しました。モトローラに買収されたRing Zero Systemsの元経営陣が創ったRingCentralや、Oracleに買収されたSiebel Systemsの元経営陣が創ったC3.ai、S1 Corporation元経営陣が中心に創業したnCinoも類例です。
日本でも、かつては東証一部上場企業の創業メンバーだったカラクリの小田志門さん、伊藤忠商事に買収されたGardia創業者兼代表を務められたLectoの小山裕さん、Gunosyを創業・上場したLayerXの福島良典さんも同様です。今後、日本でもM&Aが活発になると、このタイプは増えてくると予想されます。
手掛けるSaaSの特徴としては、ERPやサイバーセキュリティ、エンタープライズ向けや金融機関向けのような、複雑性・専門性の高さが挙げられます。そのため、創業チームは前職の企業でも同じ顧客セグメントやプロダクト領域を経験しているケースが多く見受けられます。
このタイプの起業のメリットは、起業や経営の経験が豊富なため、組織をスケールさせやすく、社会的信用も高いので、創業初期でも資金調達が有利な点です。一方でデメリットを出すならば、異なる経験を持つ経営者や起業家が寄り集まっているためなのか、米国ケースではステージに進むにつれ創業メンバーが離散している割合が、他のタイプよりも多いようです。
もちろん全ての企業に当てはまるわけではありません。たとえば、Zscalerは前職のAirDefenseと同じCEOとCTOがタッグを組んで経営を続けているケースもあります。このタイプでの起業においては、経験豊富なC-class経験者や連続起業家を一つにまとめるためにも、ミッション・ビジョン・バリューによる目線合わせや、背中を預けられる関係性づくりが、他のどのタイプよりも重要であるといえそうです。
2. 同じ会社の同僚型
「経営オールスター型」のカジュアル版ですが、会社の同僚を中心に創業したタイプです。代表例は、Facebook(現Meta)創業初期のメンバー2人が作ったAsana、Oracleのアーキテクト2人を中心に創業されたSnowflake、Salesforce.com出身者が創業したOktaやVeeva、Salesforce.comとWebexのエンジニアが創業したZuoraが挙げられます。
日本でも、ワークスアプリケーションズ出身者が創業したGoals、PwCの同僚同士が創業したアセンド、楽天出身者が創業したロジレス、リクルート出身者が創業したエンペイなども当たります。
このタイプは創業チームの出自によって、手掛けるSaaSは内容も年齢層も多種多様です。AsanaのようにPLG型のコラボレーションツールもあれば、VeevaのようなバーティカルSaaSもあります。
メリットとしては、すでに一緒に働いた経験があり、お互いの価値観や能力、専門性を知っているので、起業時からワークしやすい点が挙げられます。加えて、ファーストタイム・アントレプレナーも多いためか、起業で苦楽を共にし、上場後も創業メンバーが経営レイヤーとして活躍している割合が相対的に高いです。
また、このタイプは、Salesforce.comやSnowflakeを筆頭に、全タイプで2番目に時価総額が高くなっています。デメリットは、今挙げたメリットの裏返しといえます。ファーストタイム・アントレプレナーゆえに経営経験が少なく、その手腕で苦労することもあるようです。ただ、もともとの出自や経験を買われ、創業初期から一定の資金調達力もあり、全体としてはバランスが取れているともいえます。
3. 友達・大学つながり型
古い友人や学校の同級生と起業するタイプも多いです。特に、20代前半〜30代前半のように、若くしてSaaSスタートアップを起業するケースの大半がこのタイプ。
同郷の友人で起業した例は、デンマーク出身の3人が起業したZendesk、ドイツ出身の2人が起業したShopifyやBoxなどが挙げられます。大学の友人の例で言うと、豪・ニューサウスウェールズ大学出身者が起業したAtlassian、ハーバード大学MBAの同級生が起業したCloudflare、MITの卒業生が起業したHubSpotやDropboxがあります。
日本では、関西大学の同級生を中心に創業したSUPER STUDIO、東大の同級生3人で起業したコミューン、横浜国立大学で生まれた学生スタートアップのJapanFuseがこのタイプです。
手掛けるビジネスとしては、若い起業家が多いため、コンシューマライクなUI/UXのSMB向けSaaSやProduct-led Growth型SaaS、ECやエンジニア向けなど、若い顧客層が多い「新興産業向け」が多いです。
このタイプのメリットは、仕事以前に人間として成長する過程である学生時代を知っているため、強いつながりや同じ価値観を持つため、起業後のハードシングスを乗り越えるには大きな武器になります。また、新しいトレンドを一早くキャッチし、既成概念に囚われない自由な発想力があること、比較的カルチャーやビジョンが強いSaaS企業が多いことも魅力です。
そのためか、実は全6タイプの中で、時価総額が高いSaaS企業が最も多い結果になりました。一方で、社会的な実績や経験が他のグループより無いため、起業後のハードシングスの多さ、資金調達の難易度が高い傾向にあります。早めに社内外で社会経験の豊富な人材をサポーターに加えると、弱点を補強できると思います。
4. カリスマ一匹オオカミ型
主にソフトウェア業界でCxO/VPクラスを務めた人が、ソロ起業するタイプも多いです。元Intuit CEOが起業したBill.com、Omniture創業者兼CEOが起業したDOMOが代表例です。
驚くべきは、実はCEO経験者より、CTOやVPoEのような開発責任者経験のある人材の方が、ソロ起業するケースが多いことです。WebexのVPoEだったEric Yuanが起業したZoom、SunGard Treasury SystemsのCTOであったTherese TuckerのBlackline、その他にもServiceNowやNew RelicもCTO経験者のソロ起業です。珍しい例として、Momentive(旧 SurveyMonkey)のように学生のソロ起業もあります。
日本でも、Akamai Technologies日本法人を立ち上げに参画し、営業本部長だった森啓太郎CEO率いるFast Accounting、リンクアンドモチベーションでモチベーションクラウド事業の責任者だった麻野耕司CEOが創業したナレッジワークなどが存在します。
「カリスマ一匹オオカミ型」は、「経営オールスター型」と似ていますが、ERPやビデオ会議のように、すでに攻める領域に歴史が比較的あり、競争が激しいSaaSが多いです。従って、業界に精通しており、長年にわたる顧客のペインや既存のソフトウェアベンダーの弱みをよく理解している、経営経験者が起業しているケースです。
また、長い経験で培われた説得力のある強いビジョンを持ち、そのカリスマ性から採用力の高い起業家も多い印象です。このタイプの最大のメリットは、ソロ起業ならではの、意思決定スピードの速さ。また、「経営オールスター型」同様に、社会的な実績や信頼もあるため、資金調達もしやすい傾向です。
デメリットとしては、手掛けるビジネスの競争が激しいため、起業時にビジネスサイドからエンジニアリングまで幅広い視野での見識が必要であり、そもそも起業のハードルが高いこと。また、早期に創業者の不得意分野を補填でき、組織がつくれるマネジメント経験者を採用できるかがカギとなります。
また、ソロ起業で意思決定が早い反面、創業者に権力が集中しやすくなる点はスケール時には注意が必要です。透明性を維持し、フェアなカルチャー作りや権限移譲も、他のどのタイプよりも丁寧に進める必要が出てくると思います。
5.先端技術ドリブン型
大学や大企業などで開発された先端技術を、教授や研究者がSaaS型で商用化した「先端技術ドリブン型」もあります。代表例がAdobeです。パロアルト研究所の研究者だったチャールズ・ゲシキとジョン・ワーノックが、当時研究していたページ記述言語「Postscript」を商用化しようと、1982年に創業しました。
これまでのタイプに比べると、現在の上場SaaS企業では圧倒的に社数は少ないです。しかし、近年はDatabricksなど、オープンソースやAI/MLを活用したSaaSユニコーンも見かけるようになってきました。
日本ではレアケースですが、近い事例では東京大学・松尾研究室で博士号取得後に起業された上野山勝也さん率いるPKSHA Technologyなどがあります。
「先端技術ドリブン型」の最大のメリットは、プロダクトの“Moat”や独自の技術開発力の高さが挙げられます。これはテクノロジー企業として大きな強みです。
デメリットは、技術の先進性にとらわれ過ぎて、顧客志向ではなく、プロダクトアウト志向に陥りやすいこと。あるいは、あまりにも先進的過ぎて、市場投入のタイミングが早くなりすぎるリスクがあることです。また、研究者主体のチームになるとビジネス経験が少ないため、営業やマーケティングサイドの立ち上げに苦労するケースも見受けられます。
これらを未然に防ぐ意味では、顧客やB2Bソフトウェアのビジネスに精通した、ビジネスサイド経験者とうまくチームアップすることが重要になってきます。
6. 家族・パートナー型
現在の米SaaS上場企業では非常に少ないものの、未上場のデカコーンSaaSスタートアップでちらほら見られるのが「家族・パートナー型」です。
Qualtricsは、大学でマーケティングリサーチの研究者だったスコット・スミスと2人の息子が共同創業したケースですし、Stripeはアイルランド人のパトリックとジョンの兄弟での共同創業です。その他に、ケビン・ハーツとジュリア・ハーツの夫妻が創業したEventbrite、メラニー・パーキンスとクリフ・オブレヒトのカップルが創業したCanvaなど、男女で創業するケースもあります。
日本でも元Uzabase CTOだった竹内秀行CEOと竹内伸次ビジネス統括の兄弟で経営しているイエソドや、ALL STAR SAAS FUNDの投資先であるSmartBankも堀井翔太CEO・堀井雄太CTOの兄弟起業の例です。
このタイプも、「友達・大学つながり型」と同じく、比較的若い年代層が起業するケースが多いため、Product-led Growth型や新興市場向けのSaaSが多い印象です。メリットも同様で、家族やパートナーならではの強いつながりや人生全体の共有から、苦楽を共にする起業において大きな強みです。
デメリットとしては、家族やパートナーという深い関係が壁になり、企業価値を最大化するための「創業チームの人材配置」を、冷静に経営判断できないリスクがあります。そのため、創業時に「何を評価するのか?」といったバリューをはじめ、「何にパッションを感じるか?」「担うべき役割を果たせなくなった時に、降格してでも続けたいと思えるか?」などをしっかり話し合っておくべきでしょう。
SaaSスタートアップの創業チームに大切な「3つのこと」
これまで、アメリカのSaaS上場企業の創業チームについて見てきました。最後に、今回の分析を通して、SaaSスタートアップが成功する上で、創業チームづくりに大切だと思うことを3つお伝えします。
1.B2Bソフトウェア業界での経験があること
今回見た通り、オンプレかSaaSかは関係なく、B2Bソフトウェア業界を何かしら経験している創業チームが大多数です。当然と言えば当然ですが、顧客や市場、プロダクト、その売り方を理解しているか否かは、「野球をするのにルールを知っているか」くらいに基本的なことです。
起業後のキャッチアップも可能ですが、その分、基礎学習のための時間や金銭のコストを多く払う必要が出てきます。そのため、SaaSで起業を考えている方は、B2Bソフトウェアの業界で働く経験を早めにしておくとよいでしょう。学生の方ならインターンなどを通して、経験やネットワークを築くのも得策です。
2.顧客や市場を深く理解している・できること
どのタイプでも言えることですが、創業チームが今までの経験で顧客のペインや市場の特性を深く理解していると、成功に近づくケースが多いようです。
B2Bソフトウェア業界出身者の場合、過去の職歴に順ずる顧客属性やプロダクト分野で起業し、成功するケースが一般的です。B2Bソフトウェアの経験の少ない学生起業であっても、若い人の方がより身近なECやFintech、大学で研究していた技術を元に起業して成功を収めている例が多いです。
年齢や起業経験は、本質的には関係はありません。ただ、その人がこれまでの経験を踏まえた市場を選ぶ方が、熱意を持続できますし、スタートアップの大きな強みにもなります。
3.創業チーム同士がお互いを深く理解・信頼があること
今回見たタイプの多くは、仕事仲間であろうと、昔からの友人だろうと、家族だろうと、お互いの価値観、能力をよく知り、起業という長い旅で苦楽を共にできる関係性があると言えるでしょう。
SaaS企業が大きく成長する上では、強いビジョンやカルチャー、それらに基づく人材採用力が必要不可欠。ですので、<yellow-highlight-half-bold>将来はSaaSで起業を考えられている方は、自分が本当に信頼し、背中を預けられる仲間やパートナーを公私問わず、作っていくことが大切<yellow-highlight-half-bold>だと思います。