SaaS業界の最新動向と将来予測について、SaaS特化型VCであるALL STAR SAAS FUNDのManaging Partnerである前田ヒロと、Senior Partnerの湊雅之が総括&展望を発表します!
2024年のSaaS業界に起きた変化とは何なのか。そして、2025年に向けたトレンドと注目ポイントとは。SaaS業界のイマがわかると共に、2025年から注力すべきテーマやトレンド、さらには「SaaS is Dead」がささやかれた状況をいかに捉えるべきかが見えてきます。
ALL STAR SAAS FUNDが今後注目するSaaS企業も公開。SaaSをこよなく愛する前田と湊 から贈る、業界への期待を込めたラブレターを、どうぞ。
※ 本コンテンツは、YouTube動画も同時公開しています。動画は、本記事の最後に動画リンクがありますので、記事と動画の両方でお楽しみください。
2024年のSaaS業界を象徴する「革命的な変化」
湊:2023年のSaaS業界は「マッチョの成長」がテーマでした。そして、2024年の業界を一言で表すと……「革命的な変化」が多かったと思います。特にゲームチェンジと呼べるような大きな変化が数多く起きました。
象徴的な出来事として、米国SaaS企業のマルチプルのランキングを見てみましょう。2023年と2024年を比較すると、興味深い変化が見られます。以前はSnowflakeがトップを走っていましたが、現在はPalantirが首位で、2位がSamsaraとなっています。
前田:Palantirの37倍というマルチプルは、「いつの時代?」という感じです(笑)。
前田:特徴的なのは、長期間にわたって売上成長率を維持できた企業が高く評価されている点です。5年、10年と高い成長率を維持できた企業が評価されているのと、PalantirやSamsaraのようなAI関連銘柄が注目されているのが共通点です。
湊:実はPalantirとSnowflakeの成長率は同程度なんです。ただし、Snowflakeは上場後に大きく成長した後、徐々に落ち込んでいった一方で、Palantirは規模が大きくなっても一定の成長率を保っている。これがマーケットからの信頼獲得につながっているのではないでしょうか。
マーケット全体の動向と、変わる「SaaS企業の評価指標」
湊:市場全体をマクロな視点で見ると、日米のSaaS企業の売上高マルチプルは、ピーク時と比べると依然として停滞しています。日本は約4分の1、米国は約3分の1の水準です。
ただ、より詳細に見ていくと、四半期ごとに企業評価で重視するポイントが変動していることが分かります。2023年第3四半期から2024年第1四半期までは「Rule of X」、特に成長率の比重が高かった。第2四半期になると突如としてEBITDAマージンの相関が強まり、第3四半期では「Rule of 40」が重視されるようになりました。
興味深いのは、売上規模によってマルチプルの付き方が大きく異なる点です。売上100億円以上の企業と、それ以下の企業では明確な差が見られます。
前田:確かにその差は歴然としていますね。
湊:売上100億円以上の企業の評価では、「Rule of X」が最も高い相関を示し、次いで売上成長率の実績が重視されています。一方、100億円未満の企業では、利益指標との相関が極めて高くなっています。つまり、規模によって求められる指標が大きく異なるというわけです。
AppleのCFOが退任時に「ベンチマークはよくない」と指摘していましたが、まさにその通りで、全体のベンチマークだけを見ていても意味がありません。個別性が高まっており、グループごとに評価軸が変化しているのです。
「SaaS is Dead」論と業界の実態
湊:もう一つの革命的な変化として、「SaaS is Dead」という議論があります。AIの進化に伴いSaaSが死ぬのではないかと。アンドリーセン・ホロウィッツも「Death of a Salesforce」と題して、AIによる変化を論じています。
象徴的な出来事として、欧州のフィンテック大手企業のKlarnaが「SaaSを切ります」と発表(記事はこちら)し、具体的にSalesforceとWorkdayの利用を停止すると宣言しました。その理由として、内製が可能だという判断があったようです。
前田:Klarnaのニュースは確かにインパクトがありましたね。700人分のCSを削減し、営業利益に60億円のインパクトが出る見込みがあるという発表もありました。ただし、Klarnaのように独自のエージェントを作れる企業はまだ限られているので、この動きがどこまで広がるかは現時点では見えていないと思います。
湊:この「SaaS is Dead」という議論の背景には、3つの大きな変化があります。まず、顧客側の変化、次にSaaS企業の変化、そして上場・未上場市場の変化です。
具体的に見ていきましょう。まず顧客側の変化ですが、これは一昨年から指摘されていることです。アメリカの企業では1社あたり90〜100のSaaSを導入しているケースもあります。その中で、バラバラに存在するベンダーの統合やコスト最適化を目指す動きが、特に大企業で顕著になっています。このような背景から、複数のソリューションを統合して提供する「コンパウンドスタートアップ」が注目を集めています。
もう一つの重要な変化は、投資配分の変化です。コロナ禍でクラウドへの投資が進む中、特にエンタープライズを中心に投資配分をAIにシフトする動きが出てきています。先ほどのKlarnaの例のように、コーディングAIを活用してSaaSを内製化する流れも出てきました。
このような環境変化の中で、特に上場SaaS企業において成長のスローダウンが見られます。これは顧客側の変化による影響もありますが、もう一つ重要な要因があります。コロナ禍でSaaS企業が急成長を遂げた後、特にID課金型のビジネスモデルで限界が見えてきているのです。アメリカではSaaSの浸透率が高いですが、当然ながら人口以上にIDを獲得することはできません。この構造的な制約が成長の限界として表れてきています。
このような状況下で、上場・未上場市場では興味深い現象が起きています。NVIDIAやGAFAMといったAIインフラ企業の株価が好業績を背景に上昇しています。ナスダックの株価上昇も、実質的にはこれらのAI関連銘柄が牽引している状況です。
一方で、成長が鈍化したSaaS株は停滞しています。『フィナンシャル・タイムズ』の分析によると、ARR3,000万ドルに到達するまでの期間が、AIスタートアップは20ヶ月であるのに対し、SaaSスタートアップは60ヶ月以上かかっているとのことです。
このような成長速度の違いを背景に、VCの投資もAI銘柄に集中し、非AI企業への投資を控える傾向が強まっています。
前田:やはり、SaaS企業の成長率の鈍化に関して言えば、最も大きな影響を与えているのは「コンソリデーション(統合)」だと考えています。コロナ禍で企業が多くのポイントソリューションを導入し、それらが今、統合される流れにあるからですね。
湊:そのうえで、私たちの見解としては、「SaaS is Dead」の議論は、日本においてはほとんど当てはまらないと考えています。むしろ、逆の現象が起きているのです。
その理由として、以下の5点が挙げられます。
- 日本のSaaS普及率はまだ低く、特にエンタープライズ領域では今後も成長が見込まれる。
- 日本の企業には社内にエンジニアが少ないため、アメリカのように内製化を進めることが難しい状況。
- 日本市場ではSaaS企業の成長は継続しており、一部では加速しているケースも見られる。
- 日本市場では上場マーケットにNVIDIAやGAFAMのような銘柄がないため、それらとの差分を見るみたいな動きが起きていない。
- AIを用いたSaaSでは「T2D3」の基準を超えるようなSaaSは、日本市場においても現段階において出現しつつある。さらに非AI企業のSaaSも伸びる余地があり、VCの投資は集まっている。
前田:その通りですね。むしろ日本では、AI浸透の必要性が高まっていて、ソフトウェアベンダーが日本の効率化における重要なプレイヤーになっていくと考えています。
エンジニア人材の構造的な違いが生む日本市場の特殊性
湊:Copilotのような開発支援ツールは、日本市場にとってはむしろポジティブな影響をもたらすと考えています。限られたリソースでも最大限のアウトプットを出せる可能性が広がるからです。
このような見方の背景には、日本と他国との間にある構造的な違いがあります。2022年の「日米韓中」各国の理工系人材における供給量を比較すると、日本よりも中国は15倍、アメリカは4.4倍、人口が半分以下の韓国でも1.5倍という状況です。
さらに興味深いのが、エンジニアの配置の違いです。アメリカやドイツでは、多くのエンジニアが事業会社側に所属しているのに対し、日本ではその大多数がITプロバイダー側に集中しています。
前田:日本の状況は確かに深刻ですね。だからこそ、AIの浸透が重要になってきます。また、日本のソフトウェアベンダーは、国全体の効率化において重要なプレイヤーになっていくでしょう。
AIが生む「偉大なスタートアップ」の2つの型
湊:AIは偉大なスタートアップを生む大きなチャンスとなっています。アンドリーセン・ホロウィッツも、クラウドからFinTech、そしてAIへと移行することで、顧客単価(ACV)が上昇していく傾向を指摘しています。
では、ここで言う「偉大なスタートアップ」とは何なのか?それは、将来的に莫大な利益やキャッシュフローを生み出すビジネスだとしましょう。その定義を引くと、SaaSの文脈では主に2つのタイプがあります。
前田:特に可能性が広がっているのが、「サービス・アズ・ア・ソフトウェア」化ですね。これまでのSaaSは、ソフトウェアを提供することでサービスが成り立つというモデルでしたが、今後はソフトウェアを活用してサービスを提供するというマインドセットへの転換が必要です。なぜなら、IT予算だけでなく、人件費市場も取り込めるようになるからです。
AIの時代を生き残るSaaSスタートアップの条件
湊:AIによる成長機会は、主に売上とコストの両面で現れてきています。売上面では、特にマルチモーダル化による可能性の広がりが注目されます。これまではテキストベースが中心でしたが、PDFや画像、特に音声などへの対応が進むことで、顧客価値が大きく向上しています。つまりは、SOMが上がっていくわけですね。
また、課金モデルの変革も重要です。ID(ユーザー数)ベースの課金から、コンサンプションベース(消費量)や価値ベースの課金へと移行することで、市場の上限を超えた成長が可能になっています。
コストダウンの面においても、コーディングAIの活用による生産性向上や、特にSDR領域における営業・マーケティング領域でのAI活用によるオンデマンド化で、大きな変化が起きています。
前田:特に営業・マーケティング面での変化は大きいですね。これまでは人材の採用、育成、マネジメントという一連のプロセスが必要でしたが、AIの活用によってより効率的なスケーリングが可能になってきています。
湊:ここまでを踏まえると、AIが進化する中でも生き残るSaaSスタートアップの条件として、主に4つのポイントが挙げられます:
- 価値の高い固有のデータ/ワークフロー/コラボレーションをおさえる
- ポイントソリューション→コンパウンドへ進化する
- 社内でAIをフル活用してオペレーション・コスト構造を差別化する
- ID課ベース課金から消費量・価値ベース課金へシフトできる可能性がある
前田:コラボレーション系のツールは特に重要ですね。FigmaやCanva、Notion、Slackのような製品は、AIが出現しても必要性は変わりません。部門横断で使用され、外部との連携にも使われているツールは簡単には置き換えられません。さらに、ユニークなデータも溜まりますから、引き続き価値がある領域でしょう。
湊:そうですね。また、日本市場特有の文脈として、労働人口の減少という課題があります。そのため、ID課金からコンサンプションベースや価値ベースの課金モデルへの移行は、長期的な成長において極めて重要になってきます。
ALL STAR SAAS FUNDの「2025年に向けた投資テーマ」
湊:では、2025年に向けて、ALL STAR SAAS FUNDでは6つの重要な投資テーマを設定しています。
- 業種・職種のワークフローを自動化する「バーティカルAI・エージェント」
- 既存産業のあり方を変える「AI社内活用・AI実装型サービス」
- 構造・非構造データを組み合わせた「マルチモーダルAI×SaaS」
- 物理世界とデジタル世界の融合「ハードウェア×AI×SaaS」
- 莫大な決済取引市場までカバーする「フィンテック×SaaS」
- AI普及でニーズが急速に高まる「サイバーセキュリティ」
湊:まず僕から、具体的な事例を2つ紹介したいと思います。
一つ目は「AI SDR」というインサイドセールスエージェントの自動化サービスです。このサービスでは、「11x」という企業は「Alice」というエージェントが、顧客のターゲット属性データと販売商品情報を入力すると、自動でリード生成を行ないます。さらに、「イギリス英語やアメリカ英語の違い」といった言語やトーンの設定にも対応し、カスタマイズされたEメールの送信まで行ないます。
特筆すべきは、その課金体系です。獲得リード数当たり1ドル弱という、人件費の代替を意識した価格設定を採用しています。現在は人材エージェント「Bob」の開発も進めているそうです。
二つ目は医療分野の「Abridge」です。医師と患者の会話を構造化されたメモに変換するサービスです。医師の残業原因となっているメモ作成の工数を大幅に削減できます。興味深いのは、最初の4年間は文字起こしツールとして運営し、その過程で数千もの医師と患者の会話データを収集。それを基に独自のLLMを開発したという点です。
前田:社内でのAI活用事例は最近増えていますね。日本でも、GMOインターネットグループの100万時間削減の発表は大きなインパクトがありました。僕らの投資先でもログラスやLayerXなどが、アカウントプランニングやワークフローの効率化でAIを積極的に活用しています。
AI実装型サービスについては、古い産業、特にサービス産業においてAIで効率化し、コスト構造を変革する動きが出てきています。たとえばMetropolisは、大手駐車場サービスを買収して自社ソフトウェアで運営を効率化していますし、トグルホールディングスは不動産業界の各種業務をAIで効率化しています。従業員が多いサービス業、飲食業、製造業は、ますます改善の余地はあるのではないかと考えています。
湊:マルチモーダルとハードウェアの領域も興味深いですよね。
前田:クラウドIP電話&クラウドコールセンターサービスのMiiTel、電話自動応答AIサービスのIVRyといった音声を軸にした効率化は、興味深い動きを見せています。特筆すべきは、これまでSaaSがリーチできなかった層にサービスを提供できるようになった点です。
たとえば、IVRyは、レストラン業界向けに電話対応の置き換えという形でサービスを提供しています。通常の業務フローを大きく変えることなく効率化できる点が、顧客に受け入れられやすい要因となっています。
湊:ハードウェア領域の代表例として、Samsaraを見てみましょう。先ほど取り上げたように、アメリカでマルチプルが2番目に高い企業ですね。物流や製造現場のオペレーションをクラウド化し、IoTから独自のデータを取得、AIで現場のリスク管理や改善を促すサービスを提供しています。
特筆すべきは、同社の卓越した財務状況です。ARR100万ドル以上で売上30%以上の成長率を維持しながら、キャッシュフローもポジティブを達成している企業は、SamsaraとCrowdStrikeのみです。IoTやハードウェアを使用する企業は収益性や成長性で苦戦するというこれまでの常識を覆す存在となっているんです。
また、僕らの投資先である介護福祉施設や病院向けサービスのVoxelaも、カメラとAIを活用して介護施設の見守りや現場オペレーション改善を実現しています。このような領域は今後さらに拡大していくでしょう。
2025年に向けて、“Raising the Bar”を目指すために
湊:そろそろ総括になりますが、今回のカンファレンスでもテーマに掲げた「Raising the Bar(レイジング・ザ・バー)」を実現するために重要なのは、飛び抜けたファンダメンタルをいかに作るかです。ベンチマークの数値を目指すだけでは中央値に収束してしまいます。
いくつかのポイントがありますが、まず重要なのは「三方よしの財務数値」を考えることです。「成長力、成長維持力、利益総出力」が伴ってこそ、事業の強さを投資家にも説明しやすくなります。そして、これを実現するための大きなドライバーは2つあります。「巨大なTAMと、その拡大を継続する力」、そして人材、組織カルチャー、AI活用を兼ね備えた「最強のチームづくり」です。
前田:もう少し具体的に「Raising the Bar」を実現するには、次の5つのポイントが重要だと考えます。
- ARR3億円を超えたら、成長に加えて「効率性を意識したGTM投資」を
ARRが3億円を超えた段階から、生産性向上と利益率改善のトレンドラインを意識する必要があります。現在は異次元に効率の高い企業も存在するため、そことの比較は避けられません。 - デカいマーケットを見据えた「ニッチ市場」を狙え!
コンパウンド戦略やマルチプロダクトが当たり前の時代において、2つ目、3つ目のプロダクト展開を見据えた市場選択が重要です。 - 日本では採用狂気&熱量の高い組織づくりが、最大の組織戦略!
AIの普及により、一人ひとりの長所短所がより増幅される時代となります。そのため、マネジメントの質や個々の能力を活かす組織づくりの重要性が増しています。 - プロダクト×ディストリビューションの二刀流!
特にUX/UIでの差別化が重要視されてきているインテグレーションのうまさが優位性に直結してきています。『Perplexity』『Mapify』『v0』といった人気の AIソフトウェアは、理論上はプロンプトエンジニアリングで同じことができるのですが、優れたUI/UXがあるからこそ広く使われています。 - AIは最強の相棒!徹底活用してプロダクト・組織・財務的優位性を築く!
興味深いことに、個人のテクニカルスキルとAIの活用能力には、強い相関関係があります。AIがあるから個人のスキルレベルが下がってもよいというわけではなく、むしろAIを効果的に活用するために、より高いスキルが必要となってきています。
湊:これらのポイントは、まさに私たちが考える“Raising the Bar”の本質的な要素と言えますね。2024年のSaaSを振り返り、そして2025年のSaaSを考えましたが、もう一度。日本においては、「SaaS is Dead」はほとんど当てはまりません。また2026年も明るい話題をお届けできることを、今から楽しみにしています!
(※この記事は「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2024」のセッションから抜粋・再構成しています)