はじめてSaaSのプロダクトをリリースする際、避けて通れないのがプライシング。会社の成長スピードを大きく左右するものでありながら具体的な方法論が確立されておらず、誰もが頭を悩ませる問題です。
適切なプライシングを行うためには、どんな視点が必要なのか。Fondの福山太郎さん、Treasure Data太田一樹さんと芳川裕誠さんに、それぞれのプライシングの考えをうかがいました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDの前田ヒロです。
アメリカで起業し、2012年から福利厚生代行サービスを提供するFond。その創業者でありCEOを務める福山太郎さんは、プライシングについて「最初は安く、徐々に高めていくのがいい」と語ります。
適正価格に近づいている手応えを感じる反応や値上げの頻度まで、具体的なテクニックを聞かせてくれました。
最初の価格設定は重要ではない
前田:福山さんがこれから新しいプロダクトを作るなら、プライシングはどう進めますか?
福山:競合他社のプライシングモデルを参考にした上で、安い価格でリプレイスするのか、新しい機能やテクノロジーでスイッチさせるのか、ポジショニングを考えます。
前者なら低価格路線ですし、後者なら競合よりも高めの設定になりますね。今までにない機能を搭載している方が希少性が高く、また単価が高い方がユニットエコノミクスが上がりやすいので、コスト削減ツールでない限りSaaSの9割は後者になるでしょう。
とはいえローンチ初期は実績もなく、顧客も不安が大きい。価格で弾かれないためにも、最初は安さとのコンビネーションで考える必要があります。
例えば、今はまだまだだけど数年後には競合より10倍良いプロダクトを作って2〜3倍の価格で売りたいとします。この場合、最初は競合の値段が1000円なら半額の500円からはじめて、価格も機能もノーブレイナーでスイッチできるようにする。500円が難しいと思うならさらに半額の250円や、競合の10分の1の100円でやってみます。
最初のプロダクトマーケティングでは、顧客が満足してくれるかどうかが一番大切
最初のプロダクトマーケティングでは、顧客が満足してくれるかどうかが一番大切です。無料からスタートしてもいいくらいですが、それだとコミットがないから、とにかく安くはじめる。そうして初期顧客数社の満足度が高まったら、今度は価格を上げて目標に近づけていくのがわかりやすいですね。
前田:最初の価格は重要ではなく、最終的な目標価格とどれくらいの期間で目指すのかをイメージしておくのが大切ということですね。
福山:そうですね。どれくらいの期間をかけるかは柔軟で良いと思いますが、「徐々に高くしていく」という点はぶらさないこと。値上げはとても重要です。値上げの対象にするのは基本的には新規顧客のみで、既存顧客は既存価格のままにします。この実行を恐れると、低価格のサービスのままになってしまいますから。
バリューは「想定企業の従業員あたりのインパクト」を考える
前田:続いて、顧客に提供するバリューはどう測定していますか?
福山:顧客のバリューは、究極的には売上を上げるか、コストを下げるかのどちらかです。まず、どれくらい売上が上がるのか、コストが下がるのかを把握しておく必要がありますね。
セールスやマーケティングのような部署の人たちは、1億円売れるなら1000万円でも2000万円でも惜しみなく出す発想を持っています。一方、HRやITのような部署は今の業務のコストを下げることをゴールに据えることが多い。この場合、ボラティリティの大きなプライシングは払いづらいです。
バリューの測定は、想定している企業の従業員あたりのインパクトを考えるのがわかりやすいでしょう。従業員数や、SaaSのプロダクトがリプレイスしようとしているところに配属されている人数を調べ、売上の上げ幅やコストの下げ幅を掛け算して算出します。
前田:では、バリューが1億円だとしたら、価格は何パーセントを狙うべきでしょうか。
福山:これは競合とのバランスにもよりますね。ただ1億円の場合は1000万円くらいが自然だと思うので、目安は10パーセントほどでしょうか。
「高いから買わない」と誰も言わないのは、攻めきれていない証拠
前田:次に、顧客からどんな反応があった時に適正価格に近づいていると感じますか?
福山:主観的ですが「ちょっと高いけど、すごくいい」と言われるのが一番ですね。顧客が100支払えるのに70の価格であれば、30損しているわけです。逆に100しか払えないのに200の価格だったら、今度は導入してくれる人がいなくなってしまう。
本当は100払えるお客さんに、いかにちゃんと100払ってもらうかが大事です。そして、100払ってもいいと思いながら100払っている時って、「ちょっと高い」と感じている状況なんですよ。それこそが完璧なラインだと考えています。
逆に顧客が誰も「高いから買わない」と言わないのは、攻めきれていない証拠です。100払えるのに、80ずつしか取っていないということかもしれません。だとしたら、20上乗せして全員から100もらえれば、何社かチャーンしても割合的にはペイすると切り替えていく必要があるでしょう。
割合としては、10社中1社チャーンするくらいが適正。10社から100円ずついただくよりも、9社から120円ずついただく方が売り上げが上がって、1社にかけられるコストも高められるイメージです。
前田:なるほど。値上げの頻度はどう考えていますか?
福山:新規顧客のプライシングモデルは色々試していいと思います。新規顧客からすれば半年前のモデルがどういうものなのかはわからないし、関係がないので。目安としては年に1〜4回、20パーセントずつの値上げが適当と考えています。
一方、既存顧客向けはなるべく変えない方がベター。変えすぎるとコンフュージョンが起きてしまいます。私も既存顧客のプライシングを変えたことはありますが、それはよりシンプルにわかりやすくするためのもので、支払額が大きく上がるような変更はしていません。既存顧客は穏便に、新規はアグレッシブにやるのがいいんじゃないでしょうか。
前田:新規顧客への価格の値上げで、気をつけるべきポイントはありますか?
福山:パイプラインにいる見込み顧客と新規顧客で価格が違うのは問題ではなく、一貫性があれば不公平ではないと考えます。ただ、同じプロダクトであまりにも違ったら不公平なので、ちゃんとアジャストする必要がありますよね。その中で見込み顧客のプライシングを変更しなければいけない場合は、透明性高く説明した方が良いでしょう。それはセールスタクティクスとして活用してもいいですね。
フリーミアムにはリスクがある
前田:顧客に価格についてインタビューするのはどう思いますか?
福山:「この価格を高いと感じますか?」と聞くのは危険だと考えています。それで何が得られるのか、なんと答えが返ってきたらOKなのか、思い浮かばないんですよね。
例えば、iPhoneはみんな高いと言いながら買いますよね。Appleがアンケートをとったら大半の人が「高い」と答えると思いますが、じゃあ値段を下げるべきかと言うとそうではない。一部の人は高すぎてAndroidに流れているけど、一人当たりの単価が高くペイしているので、現状で問題ないですよね。
ただ、「高くて買わない」と言っている人に聞くべき問いはあります。それは「いくら下げたらいいですか」ではなく、「どんな機能をつけたら、この価格でも買ってくれますか」という質問。そこで得たフィードバックを反映していくと、適正価格のところでお話しした10社中1社の取りこぼしがとれるようになり、全員から120円がとれるようになっていきます。これは理想的な流れですね。
前田:たしかに、そこはポイントですね。他に何か気をつけるべきことはありますか?
福山:フリーミアムは格好いいのでみんなやりたがりますが、基本的にはやらない方がいいですね。ZoomやDropboxのように、グローバルのスタートアップで使われているセルフサーブモデルでコンバージョンレートがすごく高いか、母数が相当巨大じゃなければ成り立ちません。ユーザーが増えれば増えるほど既存のペイングカスタマーにも利益があるなら考慮する余地はありますが。
お金を払わない顧客が存在することは、何もいないよりいいと思いがちなのですが、本当にそうなのか考えてみるのが大事です。無料で使えるがゆえに有料の価値が希薄化していないか、セルフサーブモデル化して、エンタープライズ顧客を取りこぼしていないかなど、見えていないトレードオフがあるかもしれません。
一方、フリートライアルはセールスプロセスの戦略の一つなので積極的に活用してOKです。ただ、セールスサイクルが長くなる点は気をつけた方がいいですね。
組織内に散在するデータを収集・統合・分析できる「データ基盤」を提供するTreasure Data。CDPのトップ企業として国内で高いシェアを誇りますが、初期のプライシングはなかなかうまくいかなかったそう。
共同創業者の太田一樹さんと芳川裕誠さんが、当時の紆余曲折を振り返りつつ語ってくれました。
ターゲットを決め、彼らが「どう買いたいか」をまず探る
前田:Treasure Dataでは、プライシングをどう進めましたか?
太田:プライシングはGo-To-Marketのサブセットだと考えています。実は、僕たちは最初のプライシングで失敗したんですよ。
当初、Treasure DataはAmazonやGoogleのようなモデルを思い描いていて、Hadoopみたいにデータ基盤をとにかくたくさんの企業へ提供しようと考えていました。それで最初は安く、月20ドル(約2000円)のプランからスタートしたんです。
ところが、はじめてみると使ってもらうのは簡単だけど、導入にかなり手間がかかった。それで300ドル(約3万円)に値上げしたのですが、顧客からすると大した違いではないんですよね。その後、顧客と話していたら同じようなサービスに数千ドル支払っていることがわかったので、今度は思い切って3000ドル(約31万円)に引き上げました。
そうこうしているうちにGoogleやAmazon、Microsoftが同様のサービスを発表して、市場価格がどんどん安くなっていってしまったんですね。そこで今度はCDPの提供を開始し、アプリケーション寄りのエンタープライズにシフト。同時に単価を上げるようにして、現在は一社あたり平均して月300万円ほどになりました。このように、紆余曲折を経ています。
これがTreasure Dataのプライシングの歴史ですが、もしこれから新しいプロダクトを作るとしたら、まずは「どのサイズの企業に売るのか」を念頭に置きます。たとえば、SmartHRのように中小企業を狙うなら、ウェブでサインアップさせるかインサイドセールスになるので、月に数千円から年間100万円の間で何パターンか試します。
前田:ある程度ターゲットを決めて、そのターゲットがどう買いたいかをまず探るということですね。
太田:そうですね。プライシング自体というより、色々試してみる方が重要かなと思っています。実際、僕たちはクオーターごとに変えていましたね。
芳川:プライシングは答えがないですよね。セールスフォースですら毎年変えていますから。見直し続けることをプロセスに組み込むのが重要です。
太田:それからTreasure Dataが失敗だったのは、最初はセルフサーブにしようとしたんだけど、僕も芳川もエンタープライズに売る方が得意だったっていう(笑)。
芳川:そのことに気づくのに数年かかりましたね(笑)。あれはロスでした。
最低受注目標から価格が決まる現実もある
前田:バイイングのプロセスがわかると、プライシングのレンジもおのずと決まってきますよね。
太田:そうですね。インサイドセールスで売るなら年間200〜300万が目安ですし、セルフサーブならもっと安くなります。エンタープライズは営業をつけないといけないから、年間1000万以上でないと厳しい。
顧客視点と、営業を雇うモデルがワークするかの両方が重要。最終的には、そのユニットエコノミクスが成り立てばOKと考えています。
芳川:最低受注目標から価格が決まってくる現実もあると思いますね。そうでないと営業目標に対してワークできず、優れた営業も居着きにくいのです。現実的に達成できない目標設定では、たとえその人が優秀でも定着しづらくなってしまいます。逆に低すぎる目標も、ビジネスモデルが成り立たない可能性が出てきますから。
前田:それぞれのレンジの中での金額はどう決めますか? 競合のプライシングや顧客の予算など、考慮する点は色々ありますが。
太田:顧客が買い慣れていてわかりやすいのはシートベースド課金(※「利用者ベース課金」とも言う。利用ユーザー数に応じて課金する形態)です。何か一つのメトリクスによって軸ができるといいですよね。そして最終的にはいろんな軸があることが重要だと考えています。
セルフサーブならARRで数十万円、インサイドなら100〜200万、エンタープライズなら1000万円からはじめてみるのがいいのではないでしょうか。いきなり3000万円のディールは取れないですから。取れている会社もありますが、それはレアケースなので。
プライシングにベストプラクティスはない
前田:太田さんがプライシングを探るためにヒアリングをする場合、どういうことを聞きますか?
太田:何を聞くかというより、「これを買ってくれますか?」という質問は避けますね。みんな「買う」って口にはしてくれるだろうけど、実際には買ってくれないですから。そうではなくて、向こうに「これがあったら今すぐ買いたい」って言わせないといけないんですよね。
プレゼンをするにしても、終了後に向こうから「これいくらなんですか?」と聞かれた時が一番手応えがあると思います。アーリーなプロダクトは特にそうですね。
前田:では、「いくらですか?」と聞かれたらどう答えますか。
太田:セルフサーブなのか、ミドルなのか、エンタープライズなのか、製品の質によりますね。ただ、比較的高めの金額で反応を見ることが多いです。低く提示した金額を上げるのは難しいけど、高く提示したものを下げることはできるので。
Treasure Dataは低い金額からだんだん上げていったので、適正価格を得るまでに時間がかかりました。SaaSを何もやったことがない1回目のファウンダーなら、高めに設定して下げていくのもいいかもしれません。
前田:他に、最初のプライシングで起業家にアドバイスすることはありますか?
太田:ベストプラクティスはなく、もがいているうちに見つけるしかないと思っています。だから、とにかく変え続けようってことですね。一つのモデルにこだわらず実験した方がいい。そうしてバイヤーがある程度決まってきたら、その人たちがいかに買いやすいかと、自分たちのユニットエコノミクスで成り立つかどうかを基準に考えてみてください。
パターンは色々あるけれど、実際の数字へいかに落とすかは、会社ごとに色々なチャレンジがあります。Treasure Dataではプロファイル数、つまり顧客数をCRMに入れています。
軸を一つ決めて、プロダクトを複数まとめた「アソートメント」を作るといいのではないでしょうか。そして、他のSaaSのプライシングは研究した方がいいですね。
前田:セオリーはあるけど答えがなくて、最終的には実践しかない。プライシングは泥臭いプロセスだなと改めて思いました。