"SaaS PR集中講座2023"へようこそ!
この集中講座では、PRや広報に関する概論にはじまり、具体的なスキルアップを通じて、みなさんのビジネスの成長を後押しする情報をお届けします。
本講座をガイドしてくれるのは、ALL STAR SAAS FUNDの広報メンターであり、広報のエキスパートである日比谷尚武さんです。Sansan株式会社の広報部門とマーケティング部門の立ち上げを手掛けた経験を活かし、現在は自身が創業したkipplesの代表として、スタートアップから自治体まで、幅広く広報とコミュニケーションを支援しています。
2021年にはじまった「SaaS PR集中講座」は、多くのPR担当者から「これが知りたかった!」という声をいただきました。その成果を基にした2023年版では、より深く広範な内容を提供し、PRの疑問や課題に応えていきます。
日比谷さんには「SaaS企業の広報が持つべき知識」をテーマに、全5回のパートに分けて講演いただきました。「概論編」「広報戦略編」「広報マネジメント編」「広報実務編(前編・後編)」で、一つひとつのテーマを深掘りします。
第1回となる「概論編」では、広報・PRの基本的な目的を再確認し、本質的なゴール設定の重要性を学びます。広報・PRとは、単にメディアに掲載されることやプレスリリースを配信することだけではありません。その真の目的とは何か、基礎からしっかりと学んでいきましょう。
(※この記事は、2023年3月29日(水)に開催した、「SaaS PR集中講座2023」第1回『広報・PRの「いまさら聞けない必須知識」』より抜粋・再構成しています)
「日経新聞に掲載されたい?では、今日の一面には何が掲載されていましたか?」
いつも、こういったPRや広報のセミナーで、僕が必ず聞く質問があります。
多くのBtoB、特にSaaSスタートアップ企業の広報担当者から相談を受ける中で、「広報活動の目標は何ですか?」と尋ねると、しばしば「日本経済新聞(日経)に掲載されたい」という答えが返ってきます。日経に取り上げられると、潜在的な顧客やビジネスパートナーが見る可能性がありますし、次回の資金調達にも役立つでしょう。それは理解できます。
そこで、僕が挟むのが次の問いです。「それでは、今日の日経の一面には何が掲載されていましたか?」と。なぜかといえば、どのようなトピックがメディアに取り上げられ、どのような視点で報道されているのかを把握しておかないと、自社がどのようにメディアに出ていくべきかを考えにくいからです。
毎週水曜日に、日経にはスタートアップ専門の紙面が設けられています。このスタートアップ特集は週に一度しかないので、例えば資金調達や事業提携などの何か新しい発表をする際に、この水曜日にタイミングを合わせるという戦略もありえます。是非はあれども、手法としては定番と言っていいでしょう。
スタートアップ特集の紙面は非常に限られていますが、電子版では同じ記事がよりロングフォームになることもあれば、SNSで広がることもあります。ですから、特にアーリーステージの企業は、日経のスタートアップ特集への掲載が一つの目標になるのでしょう。
日経に掲載されたいと願うのであれば、どのような視点で日経がニュースを取り扱い、現在どのような話題が求められ、どのようなトピックを取り上げようとしているのかを理解することが不可欠です。当たり前のように思えますが、自社がメディアに取り上げてもらいたいのであれば、まずは相手を知りましょう。
ちなみに、僕は仕事柄、報道分析をよく行なっています。テレビ、雑誌、新聞、SNSで「何が話題になっているか」を定点観測しているんです。その特性は媒体によって異なります。2022年は年始から新型コロナウイルスの感染拡大のニュースが続き、一方で2月からはロシアによるウクライナ侵攻のニュースが増えました。その後、ゴールデンウィークには一時的にコロナの話題が後退し、最近ではWBCや野球の話題が頻繁に取り上げられていました。
こうした話題の変動に注意深く耳を傾けていなければ、「何が注目されているのか」が分かりません。そして、その中で自社がどのように注目を浴びる余地があるのかを見つけ出す必要があります。ここで重要なのは、「自分たちが伝えたいこと」だけを考えるのではなく、外部環境をきちんと理解することです。
詳細は後続のセミナーで触れますが、この視点は絶対に忘れてはいけません。
広報は魔法の杖ではない
それでは、本編をはじめていきましょう。今日、特にお伝えしたいポイントは4つあります。
1.広報の仕事は意外と多岐にわたっていること
2.経営戦略に基づいた広報戦略の策定の大切さ
3.事業や経営戦略と広報をどのように連携させるのか
4.人々を動かすためのコミュニケーション設計の手法
まず、なぜ今回このSaaS PR講座を開催するのか、その目的について少し触れさせてください。皆さんもおそらく感じていると思いますが、「広報がスタートアップにおいて重要だ」という話はこの数年よく聞かれるものです。たくさんの経営者が「広報は大事だ」と語るようになり、成功した事例も多く目にします。
一方で、広報を担当する人がまだ少ない、または経験や担当領域が偏っていて、広報を全面的に行なうための知識が十分に普及していないとも感じています。ですので、僕の思いとしては、知識をできるだけオープンソースとして共有し、皆さんに届けたいのです。
経営者の方には「広報とは何か」を大まかでも理解していただきたいですし、適切なタイミングで広報担当の人材を雇ったり、広報の役割をきちんと果たせる体制を整えていただきたいと思っています。
また、広報担当の方々には、経営者や他部門の理解が得られない、自分の思いがうまく伝わらないといった、よくあるコミュニケーションのロスをなくし、より業務に集中できる環境を作ることを願っています。その結果として、皆さんのビジネスが成長し、社会全体のイノベーションがより速まればと願っています。
さて、広報に関して、僕が問題意識を持っていることがあります。「広報は誤解されている」ということです。
例えば、「広報のプロがメディアの方に連絡すれば、記事なんてすぐに書いてくれるんでしょ」とか、「広報の仕事は記者と仲良くなってメディアに露出することでしょ」とか。いやいや、それだけが仕事ではありません。また「メディア露出すれば売上が伸びるんでしょ」という声も聞きます。期待は嬉しいのですが、必ずしもそうではないです。
つまり、広報は魔法の杖ではないってことですね。
PRとは「Promotion」ではなく「Public Relations」を指す
言葉の定義にも多くの誤解があります。僕たちが「広報」や「PR」と言うとき、しばしば別の意味と混同される、または誤解されることがあります。結果的に、広報の仕事が正しく理解されない。あるいは、「広報担当者」が動画やnoteを通じてノウハウを発信される機会も増えていますが、内容に偏りがあるようにも思えます。
まず、PRという言葉は、一部の人々にとっては、広告やマーケティングと混同されることがよくあります。一時期、「ステルスマーケティング」の問題が注目を集めました。お金を払って制作した「ペイドコンテンツ」なのに、あたかもメディアでは一般記事、金銭が発生していない記事のように装うことで、消費者を誤解させるような記事が掲載されていました。
その結果、広告は必ず「PR」や「AD」といった、明確にそれが広告であることを示す表記をするように業界団体が勧告しました。しかし、ここでの「PR」は、本来的には広報(Public Relations)ではなく、プロモーション(Promotion=販促活動)を指しているのです。確かにプロモーションの頭文字は「PR」ですが、広報とは異なる概念です。それにもかかわらず、広告記事に「PR」と表記されるようになったことから、「広報の仕事は、販売促進の活動だ」と誤解する方もいます。
また、採用の現場では「自己PR」という言葉もよく見られます。特に人材業界では、個人が自身のスキルや経験をアピールすることを「自己PR」と表現しますよね。ここでも「PR」は広報(Public Relations)ではなく、アピールを意味しています。でも、言葉としてなぜかPRが使われている。そのせいで「人前に出てアピールすること=広報」と言われることもあるのですが、偏った使われ方だと考えてください。
いまだにこのような誤解をしたまま、広報のことを考えてしまう経営者がいて、ずれたご相談を受けることもありますので説明しました。
広報の目標は「世の中と良い関係をつくること」
僕たちが日々使う「PR」や「広報」という用語は「パブリック・リレーションズ」から由来しています。「パブリック」が社会や世の中、「リレーションズ」が関係を示します。つまり、広報の目指すところは「世の中と良い関係をつくろう」ということです。
ただ、“世の中”という概念はとても広いものですね。企業が関わる対象としては、自社の製品やサービスを利用する消費者、株主、株主の意思決定に影響を与える証券会社やアナリスト、さらには自社の事業に制度を設ける監督官庁、地域との連携を重視する自治体など、様々なグループやセグメントがあります。これらの関係者をまとめて「ステークホルダー」と呼びます。
広報の役割は、ステークホルダーへの情報伝達です。対象に応じた適切な伝え方で、期待する行動を促すことが求められます。例えば、消費者に対しては広告や展示会を通じて製品への興味を引き出し、商品のファンになってもらったり、購入してもらったりすることです。店頭販売で、効果的なPOPやパッケージデザインを施すのも、働きかけの一つですよね。
はたまた、自社の社員へは、ビジョンや働き方について理解してもらうための情報提供も必要です。社員やその家族にも会社のカルチャーを理解し応援してもらうなど、社員が自社を支持し、楽しく働くことを促すのも広報的なコミュニケーションの役割と言えます。
広報に求められるのは単なる商品の販売や宣伝活動だけでありません。自社にはどのようなステークホルダーが存在し、どのような関係性を維持したいのか。それについて、まずは目を配ることが大切です。
広報が実施すべき活動とは、ステークホルダーと良好な関係を築き、その関係を維持し、目的を達成することである、と僕は定義しています。そのためには、誰と良好な関係を築き、維持すべきかを常に考え続けることが求められます。
また、関係を一度築いたからといって終わりではなく、社内外の環境やメディアの在り方が常に変わっていく中で、その関係をどう維持していくかを模索することが重要なのです。ここが非常に頭を悩ませながらやらなきゃいけないところで、広報の奥深さでもあると思っています。
フェーズごとに変わる「広報の仕事とは何か」
具体的に「広報の仕事は何か」と問われると、「プレスリリースの配信」「メディア露出の獲得」「取材対応」「採用広報」などが一般的に思い浮かぶ方が多いと思いますが、これらは全て正しいです。しかしこれだけではありません。広報が果たすべき機能は、事業のフェーズや抱えている課題によって変わるのです。
広報は「発信すること」を目標にするのではなく、何をすれば事業の成功に繋がるかを考えるべきです。広報の役割や目標を考えるのは、マーケティング部門や営業部門と同様に、組織全体の目標から逆算して役割分担していきます。OKR(Objectives and Key Results)という手法がありますが、企業が最終的に達成したい目標や目的を定義し、それを一定の期間で各部門や所属メンバーに割り振って担当してもらう方法です。
たとえば、年間売上目標が10億円だとすると、営業部門には100件の受注が必要で、マーケティング部門には200件のリード獲得が求められるとします。さらに、これらのタスクを達成するために、人事部門が15人の営業スタッフを採用する必要があるかもしれません。このような状況で広報がどのように機能すべきかというと、単独で動くのではなく、各部門をサポートする形で活動することが自然だと考えられます。
営業が100件の受注を得るために、引き合いをもっと増やしたり、決裁者の判断スピードを上げたりすべく、広報が大企業の事例を記事にしてメディアに載せ、商談が円滑に進むように働きかける。マーケティング部門がイベントや展示会の集客に苦労しているなら、広報は業界誌にレポートを書いてもらい、2回目以降の集客を促進する手助けをする。このように各部門の持っている課題や目標に沿って広報が支援するのが、事業の成果に繋がる役割分担でしょう。
初期フェーズの企業においては、最初に会社のミッション、ビジョン、バリューを策定することが重要となってきます。これらの要素を明確にした上で、エンジェル投資家や初期のメンバー、初期ユーザーを獲得するためのメッセージを形にし、見える化することも求められます。この段階では、主に経営者や創業メンバーがこれらの広報的な活動を担うことが一般的です。初期段階から広報の機能そのものが社内に存在し、経営者がその役割を果たしているわけです。
次に、事業が成長しPMFが達成され、製品の販売拡充を図る段階になると、広報は営業やマーケティング部門のバックアップとしての役割を担います。例えば、サービスについての取材を増やしたり、イベントや展示会の出展を支援したりするなど、事業促進の後ろ盾となる活動を行ないます。
また、採用の支援も重要です。人事担当者がいる場合は彼らが主導するか、広報と共同で行なうか、あるいは広報だけで人事的機能を担うこともあります。具体的な活動としては、採用候補者の母集団形成や、応募者に会社の魅力を伝えるためのコミュニケーション戦略の策定があります。エントランスブックの作成、ブログやSNSを通じて会社の活動を見える化すること、エンジニアが集まるようなカンファレンスの設計、社内エンジニアがイベントに登壇できるような機会の獲得なども、その手段の一つですね。
企業の規模がさらに拡大すると、社内コミュニケーションの強化やエンゲージメント向上のための取り組み、SNSでの危機管理、ガイドラインの作成なども広報の役割となります。また、社外との接点を作るために有識者を招いて勉強会を開催したり、社員を外部のコミュニティに参加させる際の窓口となるなど、広範な活動が求められます。
さらに、企業が上場を果たす前後、あるいはすでに上場した場合、市場とのコミュニケーションも大切な要素となります。IR部門や上場準備室が主に担いますが、広報が補佐的な役割を果たすこともあります。特に個人投資家の影響力が大きい企業では、社長の露出を増やすための活動や、サービスの理解を深めるための露出を増やすことが求められます。
フェーズにかかわらず、業界や社会全体、あるいは政府関係者に対するコミュニケーションを求められることもあります。業界全体でのガイドライン作成、制度や法律の変更を求める働きかけ、自治体との協働などが考えられます。特に最近では、スタートアップがインフラに近いビジネスを手がけるケースが増えており、これらの活動が重要となってきています。
いろいろ話しましたが、今日のところは「広報が及ぶ範囲はとにかく幅広いんだな」と、まずは思っていただければ十分です。
マーケティング「ファネル」に広報を組み込んで考える
今日の講義はマーケティング部門の方々も、参加者に多いと聞いています。マーケティング担当者であれば、おそらく皆さん「ファネル」という考え方はご存知でしょう。「カスタマージャーニー」とも呼ばれていますね。
お客様は製品を購入するまでに、製品を初めて知る、認識する、興味を持つ、導入を検討するといったステップで進みます。この一連の流れをファネルと呼び、いかに設計するのかが大切だというわけです。また、各ステップにいるお客様を潜在客、見込み客、商談フェーズ、見込み案件フェーズ、受注フェーズといくつかのフェーズに分けて管理する。こうすることで、具体的にどの段階で何件の見込み客が存在し、何件の商談が進行中で、見込み案件が何件あるのか、そこから何件受注に繋がったのか……ということを定量的に把握できます。
これは一見、マーケティングの話に聞こえるかもしれません。しかし、広報やPRのコミュニケーションもまた、この流れの中にどのように組み込むかという問いに直結しています。ファネルの分け方は必ずしも4つや5つにする必要はなく、会社の体制やお客様のタイプによって自由に分けても構いません。重要なのは、分けた後の役割分担をどうするか、です。
一般的なケースとして、最初にサービスの認知を広めるのは広報やマーケティングの役割です。興味を持ってもらったり、商談に持ち込むのはマーケティングやインサイドセールス。顧客を検討フェーズから受注まで持ち込むのが営業。受注後の対応はカスタマーサービスが担当します。ただ、初期のフェーズでは社員数が少ないため、これらの役割を一人または二人で分け合うこともあります。
広報の役割は、必ずしもサービス認知の部分だけに限られません。例えば、マーケティング部門が見込み客を集めるための展示会を開催する場合、その告知活動を広報が担当することもあります。また、営業が商談を行なう際に、広報が資料作成を協力することもあります。著名な企業の活用事例・導入事例をメディアに露出し、その内容を営業が速やかに商談で提供できるようにすることで、決裁のスピードが上がると言われています。
実際の打ち手は様々であり、トレンドやターゲットによって変わるため、必ずしも正解と言えるものはありません。展示会に出るのが良い場合もあれば、日経に載ることが効果的な場合もあるし、手書きのお手紙が効く場合もあります。どの会社、どの業種でも必ず効果があるような「鉄板」の方法があるわけではないのが悩ましいところです。
マーケティングの観点から言うと、KPIについても、数字を定量化して分析できた方が良いでしょう。ただ、広報の施策は数字で捉えるのが難しいのです。必ずしも目標としないまでも、ある程度の影響を数字として見ておくのは必要ですし、数値目標があった方が活動もしやすいとは思います。
ALL STAR SAAS BLOGでも成功事例として載っていましたが、カミナシさんが専門誌でまず露出を増やしてから大手メディアで取り上げられたり、Holmesさん(現在のContractSさん)も広報が広範囲をカバーしてマーケティング部門と共に効果的なネタ作りを行なっていたりするようです。SmartHRさんのように規模が大きな会社は自社カンファレンスを開催して、見込み客にも採用にも投資家市場にも効くといった戦略を展開しています。
これらの打ち手は様々で、自分たちのフェーズや規模に合わせて検討してみてください。
自社の「伝えたいこと」は、メディアが「伝えたいこと」ではない
僕はALL STAR SAAS FUNDの広報メンターを務めていることもあって、投資先企業から「資金調達のタイミングでメディア露出をしたい」という声をよく聞きます。資金調達に成功したというニュースは確かに会社にとって大きな話題であり、それを広く伝えたいと考えるのは自然なことですが、その時に陥りがちな失敗があります。自社からの情報発信、特にメディアを通じた情報発信する際には、押さえておきたいポイントがあります。
情報発信は、複数存在するステークホルダーをそれぞれ理解した上でなされるべきです。自社としては、自分たちが伝えたいことや、伝えるべきことがあります。それをそのままメディアに取り上げてもらいたいと考えるのは当然です。しかしながら、メディアには自社の方針やノルマがあり、あるいは制約も存在します。
制約はメディアや記者によって様々ですが、例えば一つの記事で1社だけを取り上げることはできず、複数の企業をまとめて取り上げることが必要となることがあります。あるいは、記者個々の視点や編集部の意向なども絡んできます。「日本発の海外向けベンチャーを応援したい」とか、「若手起業家を特に取り上げたい」とかいった方針もそうですね。こうして多様な要素が記事の作成に影響を与えます。
メディアはそのような制約や方針に基づいて、読者にとって有益な情報を選び出します。その過程で、「今、この情報を伝える必要があるのだろうか」という観点で取捨選択します。読者側もまた、トレンドや自身の興味、ニーズに基づいて情報を選んでいます。メディアは読者のニーズやトレンドに合わせて記事を選ぶため、その選択は読者の興味や志向に影響を受けます。今(2023年3月時点)なら、AIやLLMなど、時期や状況によって読者の関心は変わるため、その点も考慮する必要があります。
要するにメディアは、読者がどのような情報を求め、読みたいと思っているのかを考慮しつつ、どの情報をどのようにアレンジして伝えるかを考えているわけです。ですから、自社から提供する情報がそのまま記事として掲載されることは少ない、と思っておいた方がいいでしょう。読者のニーズとメディアの制約を考慮した上で、自社の情報を適切にアレンジして伝えることが重要なんです。
コミュニケーション設計、5つのポイント
では、自社の「伝えたいこと」を、どのように届けるべきか。私がコミュニケーション設計の際に考える、5つのポイントをまとめてみました。
1.誰に伝えたいのか
2.その相手にどうして欲しいのか
3.その人は何をどう考えているのか
4.何を伝えるか
5.どこで伝えるか
例えば、エンジニアを採用したいとします。一口にエンジニアといっても幅広いですから、具体的な技術領域をはっきりさせて「誰」を設定し、その相手に何を理解し、感じて欲しいのか、その人が何を考えているのかを深く理解することが重要です。その上で、何を伝えるか、どのようにその情報を伝えるかを考えます。そして、まとめた情報を具体的なメディアやプラットフォームを意識して、どこで伝えるかを決定します。
少し具体的にしてみましょう。
「1:誰に伝えたいのか」で、欲しいエンジニアは「バックエンドの基幹システム」を触れる人に決めました。
「2:その相手にどうして欲しいのか」としては、自社が身を置くヘルステックの業界で、実は高度な大量データ処理が求められており、世界的にもそれらを支えるインフラ技術が進んでいるという話をして、興味を持ってもらう。
「3:その人は何をどう考えているのか」では、今、エンジニアの中には「ソフトウェアサービスの開発だけでは限界を感じている」とか、「もっとチャレンジをしたい、より社会貢献できるような仕事をしたい」とか思っているというニーズがあることを知る。
「4:何を伝えるか」で、そういうキャリアや環境に悩みのあるエンジニアに対して、「自社に名の知れたCTOがいるなら、その人の下で働くことが実力やキャリアにもプラスになる」や、「大企業や研究機関とも連携しているので成果を出しやすい環境である」と伝えたら響くかもしれませんよね。
「5:どこで伝えるか」については、情報感度の高いエンジニアの方々だとすると、著名な経済新聞に載ったところで伝わりにくいでしょう。むしろ、エンジニアが集まるような勉強会への登壇や、クローズドなSlackやDiscordで展開するコミュニティの方がいいかもしれません。
こうして5つの要素と順番で考えていくのが大事です。ただ、しばしば企業は「何を伝えるか」と「どこで伝えるか」にフォーカスしすぎる傾向にあります。大切なのは、「誰に」「どうして欲しいのか」「その人は何を考えているのか」を理解することで、その後の「何を伝えるか」「どこで伝えるか」が自ずと明確になるのです。
例えば、ライバル企業がタクシー広告を頻繁に打っていたり、社長がテレビ露出をしていたとして、慌てて同じような露出を狙いに行くべきでしょうか。それらの施策の背景には「誰に、何を伝えたいのか」という戦略があるはずです。単に他社の施策を真似るのではなく、自社が伝えたい相手やメッセージをしっかりと考えてから、施策を設計することが重要です。
いきなりメルカリは目指さない。4つのステップで広報を育てよう
「私たちもメルカリのように多角的にメディア露出をして、カンファレンスを開催し、政府とのコミュニケーションを進め、さらには経営陣の露出を増やしたい」という目標を設定している方から相談を受けることも多いのですが……いきなり、ああいうふうにはならないんですよね。実現に向けて、やはり一定の順序が必要です。大まかには下記4ステップです。
1.インフラ整備
2.基本的な情報発信
3.戦略的な情報発信
4.統合的な情報発信
はじめのステップとしては「インフラ整備」が求められます。自社が何を目指しているのか、誰に対して情報を発信したいのか、そのような根本的な部分を整理することからはじめます。
次に「基本的な情報発信」を行ないます。例えば、月に1本程度のサービス情報をnoteやSNSで発信する、プレスリリースを打つ、最低限付き合っておくべきメディアとの関係構築をします。
3つ目のステップは「戦略的な情報発信」です。新サービスの開始やオフィスの移転、資金調達を発表するといったストレートニュースだけではなく、業界全体の動向や社会的なトレンドを組み込んだ情報発信を行なうことが求められます。いわゆる「攻めの戦略」を展開することが重要になります。
4つ目のステップは、サービス情報、人事情報、投資家向け情報など、全ての情報発信を一元的に行なう「統合的な情報発信」です。この段階に到達するには、前述のステップを順序立てて経験し、広報活動を通じて徐々に育てていくことが欠かせません。焦らずに、一歩ずつ前に進んでいきましょう。大事なのは、ホップ、ステップ、ジャンプの感覚です。この点については、第2回の「広報戦略編」のセッションで説明する予定です。
最後に、日本パブリックリレーションズ協会について触れておきましょう。この協会は企業の広報担当やPRコンサル企業が集う業界団体であり、PRプランナー試験という広報職に関する資格試験を運営しています。この試験は広報業務の全範囲をカバーし、それぞれの知識を体系的にまとめたものです。試験を受けるのはそれなりに大変ですが、少なくとも目次を見てみて、広報の仕事の広さを理解することに役立つのではないかと思います。