"SaaS PR集中講座2023"へようこそ!
この集中講座では、PRや広報に関する概論にはじまり、具体的なスキルアップを通じて、みなさんのビジネスの成長を後押しする情報をお届けします。
本講座をガイドしてくれるのは、ALL STAR SAAS FUNDの広報メンターであり、広報のエキスパートである日比谷尚武さんです。Sansan株式会社の広報部門とマーケティング部門の立ち上げを手掛けた経験を活かし、現在は自身が創業したkipplesの代表として、スタートアップから自治体まで、幅広く広報とコミュニケーションを支援しています。
2021年にはじまった「SaaS PR集中講座」は、多くのPR担当者から「これが知りたかった!」という声をいただきました。その成果を基にした2023年版では、より深く広範な内容を提供し、PRの疑問や課題に応えていきます。
日比谷さんには「SaaS企業の広報が持つべき知識」をテーマに、全5回のパートに分けて講演いただきました。「概論編」「広報戦略編」「広報マネジメント編」「広報実務編(前編・後編)」で、一つひとつのテーマを深掘りします。
第2回となる「広報戦略編」では、自社の戦略に合わせた広報・PR戦略とはどのようなプロセスを踏めば良いのか。いつからどんなことをはじめていけば良いのか。そういった観点から広報・PR活動をはじめたばかりの企業や、広報業務に初めてチャレンジしている方が戦略立案を行なう際のステップを解説していきます。
【第2回講義のポイント】
●実はタスクに分解して積み上げられる、広報戦略
●広報戦略のベースは、事前調査とベンチマークの存在
●発信にもミッション、ビジョンをしっかりと絡めること
●広報における、武器作りとは
(※この記事は、2023年4月5日(水)に開催した、「SaaS PR集中講座2023」第2回『戦略的に広報を考え、実行できるように』より抜粋・再構成しています)
第1回の講義内容はコチラ
広報戦略は、タスクに“分解”して積み上げられるもの
「広報戦略」という言葉は、どこか難解に聞こえるかもしれませんね。でも、分解するとそれほど難しくはないんです。今回の講座を通じて、大量のタスクを一つひとつ分けて考えることで、「これくらいなら自分でもできそうだな」「こうやればいいんだな」という具体的な理解を持って、達成できるものに変えていきましょう。
今日お話しするのは、広報組織が成熟していくステップの中でも、最初にあたるものです。戦略を練り、チームや担当者をアサインして体制を作り、「基本の武器」となるツールをこしらえること。ここが今回の内容の核心です。
「広報戦略を立てるときに最低限行なうべきこと」の一覧を表にまとめたのでご覧ください。
第一に、広報を行なう目的を確認します。「なぜ、私たちは広報を行なうのか」ですね。次に、事前調査として、外部環境や社内に溜まっている情報を調べます。そして、それらの情報を基に「誰に何を伝えるのか」という戦略を決めます。
ここまではリサーチワーク中心ですが、その後に説明資料の制作といった必要なツールや「武器」を準備して、それを基にメディアや外部に情報を発信していきます。また、単に作業を行なうだけでなく、PDCAサイクルを回すための評価や管理の仕組みを作りましょう。こういったステップを踏めば、広報として走り出せるようにはなります。
この一連のプロセスは、私がサポートするクライアントと一緒に進めるときには、概ね2〜3ヶ月ほどかけてじっくりと整えることが多いです。ただ、クライアントが広報に精通していたり、ある程度の情報が揃っていたりする場合には、1〜2ヶ月で完成することもあります。逆に情報が全くない場合や、会社の事業方針すら定まっていない場合には、時間をかけて戦略を練り直すこともあります。ですので、あくまで基本的なフレームワークであり、自身の状況に合わせてアレンジしていただくことをお勧めします。
ここで私が伝えたいのは、広報戦略立案や部門立ち上げのプロセスは一つひとつのタスクやアウトプットに分解でき、それらをスケジュールに従って進めることで、広報活動は「積み上がっていく」ということです。
「目的の確認」から、広報の役割を明確にする
ここからは、それぞれのステップを具体的に見ていきましょう。
まずは「広報戦略のプロセス」で最初に来る「目的の確認」です。広報活動を何のために行なうのか、その理由に立ち返りましょう。第1回の講義とも重複しますが、事業戦略の中で広報をどのように位置づけるのか、広報に何を期待しているのか、広報として果たすべきことは何か、といった定義を決めることです。
例えば、「会社として今期は売上10億円を上げたい」という目標があったとき、営業、マーケ、採用にそれぞれ役割分担がなされるなかで、広報はそれらのバックアップや支援をするという体制を決める。あるいは、創業初期のスタートアップならミッション・ビジョン・バリューを設計し、さらにその浸透を目的としてビジョンを体現するブログを立ち上げ、月に1回更新できるように運営する。
そういった小さな一歩からはじめることも含めて、「広報機能に何を求めるか」をきちんと定めておくことが大切です。
広報担当が採用されたり、外部アドバイザーを迎えたりするようなことがあれば、会社の創業経緯、経営方針や事業計画の確認、短期・中期の戦略、組織の役割といった、事業を取り巻く大前提を共有することが必要です。
また、企業にはさまざまなステークホルダーが存在します。その中で、特に注力すべき相手の選定と、彼らとのコミュニケーション設計を明確に整理しておきましょう。
「事前調査」と「ベンチマークの設定」が、広報戦略を決めるベースになる
最初のステップである「目的の確認」ができたら、次に行なうべきは「事前調査」です。外部環境や内部環境の整理、情報収集をはじめます。例えば、自社がこれまでどのような情報を発信してきたのかを理解することが大切です。社長がブログを書いている、SNSを活用している、noteなどのチャネルを使っている。過去にメディアで取り上げられたことがあるならば、どのメディアが、どのように報じたか。どの媒体の記者とコネクションがあるのか。そういった情報を整理していきます。
次に大切なのは、自分たちが戦っていくフィールド、「自社の立ち位置」を理解することです。どのような情報が流れているか、ターゲットがどのような情報を求めているか、そして世の中へどのような発信をしていくかを把握しなければなりません。そのために、私はベンチマークを設定します。これは競合相手である必要はなく、同じターゲットに対して、すでに情報発信やコミュニケーションを図っている人や企業たちを探す作業です。わかりやすく言えばお手本として、参考にできる相手を探すわけですね。
具体例を挙げると、私がSansanで名刺管理サービスの広報を立ち上げた際、まだ世の中でSaaSやクラウドという言葉が浸透していませんでした。そこで、セールスフォースやオラクルなど、既にサービスを提供している企業がどのように情報発信をしているかを見て、彼らがどのメディアに出ているか、どんな記者が取り上げるのか、どのような切り口なら記事になるのかを分析していました。
さらに、メディアへのヒアリングも重要な手段です。仮に、AIの業務利用についての情報をビジネスパーソン向けに売り込みたいとするならば、近しい領域を担当している記者へAI利用のトレンドや企業の受け止め方について聞き込みをします。このような取り組みは、既にメディアとのパイプがある場合に可能なことですが、メディア業界の人は読者であるエンドユーザーの方々の感覚を敏感に観察していますから、良い情報源になってくれます。
そして、主要な広報チャンスの洗い出しも重要な作業です。例えば、業界の大型イベントが開催されるなら、それに合わせて製品の発表をしたり、メディアが特集を組む流れに乗じた動きをしたり、というところです。あなたが活動している業界やフィールドで、どのような記念日や注目されるイベントがあるかを確認しておきましょう。
情報発信のタイミングやスケジュールを作るためには、これらの事前調査に基づく情報が必要となります。そこから、自社がどのように情報を発信していくか、その土俵が一体どうなっているのかを調査するわけですね。
世の中からの受け止められ方を把握して、仮説を立てる
私が以前に関わったある企業の事例を挙げてみます。この企業は、かなり大規模で製品もしっかり売れていましたが、広報部門が存在せず、自社情報の発信の仕方をどうすれば良いかわからず困っていました。
そこで調べたところ、彼らは過去39ヶ月で35件のメディアへの露出があったことがわかりました。成果としては「そこそこ」といったところです。詳しく見てみると、掲載されていたのはほとんど専門誌や業界誌で、発信のタイミングにもムラがあるなど、戦略的な情報発信が行なわれていないことが明らかとなりました。これではメディアや読者からも「散発的に目にするな」程度の印象しか与えられていないでしょう。
あるいは、メディアの露出量だけで判断できないケースもあります。SNS上での発信量が多かったり、あるいはその会社が属する業界そのものが話題化していて、メディア露出が多くなくてもターゲットにきちんと認知されているケースもあります。今であればチャットAIのサービスは関心が高く、口コミやネットでの評判で注目が高まっていますよね。このように、メディア露出だけでなく、SNSや業界の口コミなどについても調査することで、世の中からどのように受け止められているかを把握することができます。
そして、調査した情報の流れや世の中の受け止め方を基に、仮説を立てることが大事です。例えば、「チャットAIについては海外の事例は多いけど、日本ではトレンド情報ばかりでサービスの情報はないね」とか、「記者も信憑性や実用性について疑問を持っているみたいだ」とか、「業界紙は先行して取り上げているし、IT専門家もインフルエンサーとして活躍している」とかいった見立てをするんですね。
要するに、自分たちが活動したい領域で情報がどのように扱われ、露出や発信がどのように行なわれているかを調べることで、自分たちがどうアプローチすべきかという仮説を立てられるわけです。
先ほど「お手本を探す」といった話もしましたが、競合相手だけでなく、同じターゲットにコミュニケーションを行なっている近しいフィールドの企業にも注目しましょう。なぜ、これを強調するかと言えば、事業戦略を立て、マーケティングを行なうためには、外部環境や自身が戦っているフィールドを理解することが不可欠だからです。自分たちが伝えたいことだけを伝えるだけでは十分ではありません。そのメッセージがどのように受け取られ、どのように影響を与えるかを理解する必要があります。
広報担当者がこれらのプロセスをゼロからはじめるのが難しいと感じた場合でも、経営陣やマーケティング部門が、既にこれらの調査を行なっている場合があります。既存のリサーチ結果や社内情報を利用し、広報にとって必要な部分を補足することもできるかもしれません。社内から情報を集めたところに、メディアの見立てや露出の仕方といった、広報ならではの視点を補完すれば間に合うケースもあります。
誰に、何を、どのように?「ステークホルダーマップ」で把握する
「ステークホルダーマップ」の作成も有効です。特に、ロビイングを行なう際には鉄則といえる施策です。例えば、自動運転車やドローンのように規制やルールが関与するテーマを考えてみましょう。監督官庁がどこで、どの省庁が何を言っているのか、どの政党がいかなる反応しているのか、どの議員や議連が関心を持って取り組んでいるのか。
そういったことを理解することで、単に自分たちが伝えたいことを発信するだけでなく、「誰に、何を、どの順序で、どのように伝えるべきか」が明確になることもあります。闇雲に伝えるだけでは、一部の人から応援が得られても、一部からは反発を招いて「火に油を注ぐ」といった場合もありえますからね。
さらに、自分たちが取り組んでいるテーマだけでなく、一般の人々が現在どのようなトピックに注目しているのかを理解することも、広報には必要です。テレビや雑誌、インターネットなどで何が話題になっているのかを分析し、週ごとにチャートを作成するなどして見るべきです。
今年の3月〜4月であれば、WBCのように特定のスポーツが話題になっているときには、他のスポーツに関連する話題を出すと埋もれてしまう可能性があります。2023年5月以降であれば、G7サミットや「骨太の成長戦略」に関する発表など、トピックになりやすい事柄に話題を絡められるタイミングを見つけるのも一手です。自分たちが割り込める隙を見つけていくんです。
自分たちの方針が決まっていても、それを取り巻く情報環境を理解するための調査が欠かせないのです。同じフィールドで数年過ごしていれば、業界記者が何を追求しているのか、半年後にどのような情報が出てきそうかなどを推察することも可能でしょう。ただ、初めての業界やスタートアップが新しい市場を作ろうとする場合などは、これらの外部情報を集めていかないと手がかりがないのです。そのため、初めての分野では特に調査を厚めに重ねることがおすすめです。
その発信は「ミッションやビジョンに沿っているか」
さて、ここからは広報戦略を決めるための段階に移りましょう。方針を確定し、その正しさを最終的に確認するステージです。シンプルなプロセスではあるのですが、場合によっては時間がかかることもあります。
まず考えるべきは「誰に向けて情報を発信するのか」です。ターゲットが「見込み客」なのであれば、その見込み客は地方在住者なのか、都市部の人々なのか、大企業なのか、中小企業なのかで、まったく違いますよね。採用のために情報発信がしたいなら、大学新卒生、エンジニア、BizDevなどで適切なアプローチは異なります。
「誰」に向けるかが決まれば、次には「何を、どのように伝えるのか」決めます。そして、それを「いかなるチャネルで届けるか」を考えます。ただ、慣れていないとなかなか難しいんですよね。
第1回でもお話ししたことの振り返りにはなりますが、自分たちが伝えたいことだけを伝えるのではなく、そのメッセージが外部環境に受け入れられ、ターゲットの人々に適切に届くか、パートナーや各部門と矛盾がないか、そしてミッションやビジョンに沿っているか、を常に確認する必要があります。
特に「ミッションやビジョンに沿っているか」は忘れがちです。広告の世界では、「コンバージョンが上がるならば何でも良い」という考え方がしばしば見られます。「契約のおまけとして(サービスとは全然関係ない)プレゼントを無料で提供するキャンペーンをやってしまおう」みたいな話ですね。
そのようなアプローチが自社のブランディング方針、ミッション、ビジョンから外れてしまってはいけません。伝えるべきメッセージを考える際には、それが自社の価値観やトーン、マナーに適合しているかという視点も必ず持たなくてはなりません。
一例としてSansanでは、自分たちは「名刺のデータ化サービス」ではなく、「名刺交換の履歴を企業の資産に変え、働き方を革新するサービス」というメッセージを伝えていました。どんな発信も最終的にはこのメッセージに帰結すべく方針を定めることで、発信する内容はおのずと定まりやすくなりますし、チェックもしやすくなります。
そして、メッセージをメディアを通じて伝える場合、そのメディアが入りやすい「入り口」を設けることも有効です。たとえば、私たちが徳島県の古民家にサテライトオフィスを持っていること、技術的に新しいチャレンジをしていることなどは、すべて「働き方を変える会社だ」というイメージを持ってもらうための入り口となります。
それらの「入り口」が興味を持ってもらいやすいか、そして最終的に伝えたことが読者に意味のあるものだと感じてもらえるかどうか。メディアに適しているか。それらを都度確認しながら、伝えたいメッセージを確定させていくのです。
メディア分析の王道にして鉄則は「よく読むこと」
メディア選定について補足します。私たちが「誰に、何を伝えたいのか」を決定した後で、次に考えるべきは「それを、どこで伝えるか」です。
そのためには、どの媒体を通じて情報を発信すればターゲットにメッセージが届くのかを調査する必要があります。これは、メディアの特性を理解することからはじまります。媒体や記者の特性、トレンドを踏まえて、どのようなメッセージが、どのメディアで受け入れられやすいのかを見つけ出していきます。
メディアを理解するための一つの方法として、私が推奨しているのが、メディア分析です。手っ取り早く言えば、「よく読むこと」です。当たり前のように思えますが、実際にはできていない人が多いのです。
「日経に載りたい」と言いながら自分自身が日経を読んでいない。「テレビに出ればバズる」と思い込んでいるが、自宅にテレビを置いていない。こういうのは最近よく聞くケースです。相手のことを理解しない限り、何が好まれるのか、どのようにメディアに取り上げてもらえるのかはわかりません。
かつてはメディアの過去記事やバックナンバーを確認するには国会図書館などに通わねばならなかったのですが、現在では、アプリを通じて新聞や雑誌の記事を読んだり、特定の記者が過去に何を書いてきたかを調べることも容易になりました。
私の方法を紹介すると、BtoBサービスの支援をするのが多いこともあって、動画配信サービスの『テレ東BIZ(テレビ東京ビジネスオンデマンド)』やYouTubeを定期的に視聴したり、日経電子版で特定のテーマの記事が出ているかをチェックします。また、日経に載る毎週水曜日のスタートアップ面を紙面ビューアでウォッチします。さらにGoogleアラートを使用して、特定のキーワード周辺で何が話題になっているかをウォッチします。あとは、少なくとも月に一度は書店へ足を運んで、話題書や雑誌の平積みの表紙を見ています。
これらの方法は、手がける事業や注目すべきメディアによって変わります。ここでは、さまざまな調査方法があることを知っておいてもらえれば構いません。日経電子版はキーワードを設定しておくと、紙面の該当箇所が色で囲まれるだけでなく、アラートも届きますので、ぜひやってみるといいかなと思います。
メディアの露出状況や傾向は、過去記事の分析を丹念に行なうことで、ある程度は理解することができます。私の知り合いで国会図書館に行って、定期的に業界誌のバックナンバーを見ている人もいて感心しました。そうそう、先ほど試しにChatGPTに「スタートアップが日経で取り上げる傾向についてパターン化して教えてください」と尋ねたら、割と的を射た答えが返ってきて驚きました(笑)。
傾向そのものの紹介は控えますが、ChatGPTが最後に答えたアドバイスはこうでした。
「これらの類型は、日経のスタートアップに関する多様性を示しています。記事の内容は、取り組みやすさによって大きく変わるので、これらの類型を参考にしながら、結局はさまざまな記事を読むことで、幅広い知識や情報を得ることができます」。要は「ちゃんと読んでね」とフォローまでしてくれているわけです。ちなみに、ベテラン広報になるほど、ChatGPTを使わずともメディアごとの切り口の類型や特性がさっと頭に浮かんでくるわけです。でも、もしかしたら近い将来、過去の露出分析などはどんどん自動化できる世界になってくるかもしれないですね。
メディアの情報の流れ方は、より複雑になってきている
メディアと言えば、従来のテレビ、新聞、雑誌、インターネットメディアだけでなく、最近ではオウンドメディアやインフルエンサーも重要なチャネル、つまりはターゲットに対してメッセージを伝える方法として広がっています。多様な方法があれど、結局は「ターゲットに対して、どの方法が最も効果的にメッセージを伝えられるか」を追求することには変わりません。
この数年で変わってきたこととしては、SNSや企業サイト、ブログを通じて、私たちは自分たちが伝えたいことを直接ユーザーに伝えることが可能になってきました。従来のマスメディアに頼らなくても直接発信できる時代が来ていると言えます。実際、自分たちが伝えたいメッセージの一次報道を自分たちで行なうというスタンスをとり、大手メディアに頼らない方法を試している企業もあります。必ずしも外部メディアに依存しなくても良い時代が来ていると言っても良いでしょう。
また、メディアは、単体で動いているわけではありません。例えば、マスメディアで取り上げられた内容がネットのまとめサイトに掲載され、それがキュレーションメディアを経てSNSに広がっていく。SNSでバズった内容がまとめサイトに掲載され、それがマスメディアの朝の情報番組で「ネットで話題になっている」として取り上げられ、それが再びYahoo!トピックスに出てくる。こんなふうに情報の流れは複雑になっています。
業界紙や専門誌といった、特定の業界の人々が定期購読しているようなメディアも存在します。業界特化型のためマスメディアより取り上げられやすい傾向にありますが、専門誌で取り扱われている内容を見て、マスメディアが取材をすることもあります。専門メディアでの露出を増やし、その経験で広報活動の経験値を高めたり、マスメディアへの露出の足がかりにするといった方法も一般的です。
知名度がそれほど高くないウェブメディアであっても、なぜかYahoo!ニュースに頻繁に取り上げられ、その結果としてトピックスに載ってバズることもあります。今では「どこに情報を落とすと、それがどこに流れていくか」を完全に分析することは難しいかもしれません。大まかな傾向を掴んでおかなければ、チャンスを逃したり、派生した先で炎上リスクにさらされたりと、機会損失やリスクにもつながります。変化するメディアの構造や情報の流れ方に気を配らなくてはならないのです。
ビジョンからバックキャストして広報活動を展開する
最近では、ビジョンを広報活動に具体的に落とし込むという考え方が一般的になってきています。
「3年後に自動運転と言えば弊社」と知られている状態になりたい、というゴールがあるとします。そこから逆算して、2年以内に自動運転について調査したときに、我が社が有力な選択肢の一つと見なされるような状態を作り上げたい、と考える。そのためには、1年以内には業界内で我が社の名前や社長が認識されている状況を作り出す。
このように3年後や5年後といった中長期の視点でビジョンを描き、そのビジョンからバックキャストして中間目標を設定し、そこから広報活動やアウトプットに落とし込むことが求められているわけです。
例えば立ち上げの段階でいきなりマスメディアの露出を狙わず、定期的にプレスリリースを発信して、業界の人々が一度は我が社のことを聞いたことがある状態を目指したり、業界メディアに対しては確実に情報提供することで、我が社をリサーチ対象として認識してもらい、何か情報があったときには取材を取り付けられる状態にする、などが考えられます。
このような戦略の設計と実施には、ある程度のノウハウが必要です。ただ、基本的には経営のビジョンや中長期的な目標を設定した上で、そのビジョンからバックキャストして広報のアウトプットに落とし込み、それを基に具体的な年間スケジュールを作り上げるというプロセスを踏むことになります。
簡略的に話しましたが、このプロセスは非常に頭を使う部分です。初めての人は何かしらの予定を決めるだけでも苦労するかもしれません。この部分については、第3回講義の「マネジメント編」でも詳細に説明する予定です。
広報が工夫を凝らす「武器作り」の必要性
最後に、広報戦略の一部である「武器作り」について話しましょう。
「誰に、何を伝えるか」が決まったら、その目的に応じて必要な「武器」作りや素材集めをはじめます。既存の株主や投資家向けの企業資料を流用することもありますし、営業やマーケの制作した資料や素材が使えることもあります。あるいは、新たにコンテンツを作成する必要が出てくるかもしれません。
そんな中で、広報の基本的な「武器」の一つとして、「ファクトブック」が挙げられます。メディアに会社の基本情報を伝えるための資料ですが、特に最初は情報の整理や理解のためにも作ることを勧めています。形式は何でも構いませんが、その資料に会社の基本的な情報がきっちり詰め込まれており、メディアが見ることを意識して、ファクトを正しく伝えることが重要です。一般的に営業資料に記載する会社概要やサービスの内容だけでなく、業界動向や創業経緯、事業計画といった、メディア関係者が関心を寄せるような観点を踏まえておくことが欠かせません。
また、最近は入社を検討している人々を対象とした「エントランスブック」が作られることも増えてきました。エントランスブックに記載するような社内のカルチャーや制度について、メディアが興味を持ちそうな観点でアレンジしてファクトブックに記載しても良いですね。
さらに、一度関係ができたメディアに、定期的に情報提供するために、ニュースレターを作ることもあります。自社の活動や新しい情報を定期的に発信するためのものです。
また、自分たちの考え方や提供する価値を、いかにうまく伝えるかを考えるかにおいて、ストーリー設計というアプローチ方法がありますが、PRコンサルの本田哲也さんが最近書いた『ナラティブカンパニー: 企業を変革する「物語」の力』という本が参考になります。この本で提唱された「ナラティブ」という概念に基づくと、ストーリー設計にとって大切な3つのポイントが見えてきます。
こういった抽象度の高いメッセージを、ストーリー仕立てで伝えるわけです。特にスタートアップの場合は、サービスの内容や価値が世の中に理解されていない状態で発信していくケースも多いので、機能面ではないアプローチで伝えるべきことを言語化しておくのも有効ではないかと思っています。
他にも、調査レポートを作成して、業界の動向や市場の状況を示すことで、自社の専門性を表すこともできます。調査結果を公表することで、メディアからの取材を受ける機会も狙えます。コロナ禍で「リモートワークのクラウドシステムが整っておらずに困っている社員の比率」や「ペーパーレスの実現度合い」などの調査結果がたくさん出ていたと思うのですが、それもこの一種と言えます。
結果的にメディア露出につながり、お問い合わせが増える可能性もあります。新しい市場では自分たちが調査を行ない、カオスマップを作るなどして、業界内の立ち位置を見える化したり、専門性があることをアピールしたりする方法もあります。特定ジャンルの業界団体やシンクタンクを作り、自社のメンバーをそこに送り込むという戦略もよく取られます。政府の有識者会議に呼ばれたり、メディアの取材を受けたりするような存在となれる方を、自社から育てるという手法も有効ですね。
自社で業界団体を設立することも近年増えています。自動運転、電動キックボード、ヘルスケアテックの団体を作るとか、スタートアップエコシステムの協会を作るなど、昨今は一般化した手法になっているな、と感じます。また、業界のカンファレンスを開催するなど、業界全体の動きを盛り上げる一方で、そこに自社を中心に据えるという作戦もあります。
自社の情報や価値を伝えていくための「武器」は、このようにさまざまあります。「武器」作りは、広報が工夫とアイデアを発揮する腕の見せ所と言っていいでしょう。