スタートアップの広報・PRからよく聞く悩みの一つといえば、「他部署や社長が仕事をわかってくれない」。そんな声とは裏腹に、経営者からは「考えていることが広報・PRに伝わらない」「どうマネージメントしたら良いんだろう」という悩みも耳にします。
広報やPRと言っても業務内容は多岐にわたり、その仕事がきちんと理解されていないことも。そこで今回は、PRの大切さを広く発信しているkipples代表の日比谷尚武さん(@naotake_hibiya)に、「広報・PRの仕事とは?」をわかりやすく解説していただきました。広報・PR担当の採用を検討している企業や、採用したばかりのスタートアップ経営者必見の内容になっています。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDでDirector of Brand & Marketingを務める小林千尋(@kobajenne)です。
大前提!「広報」=「PR」ではない
小林:今回は「非広報・PRメンバーに伝えたい!スタートアップの広報とは?」をテーマに、kipplesの日比谷尚武さんを迎えディスカッションしていきます。まず日比谷さん、自己紹介をお願いできますか?
日比谷:kipplesの日比谷と申します。ALL STAR SAAS FUNDではメンターとして広報・PR関連のアドバイスをはじめ、私を含めた数名のチームでスタートアップを中心に広報やマーケティングのコンサルティングを行っています。
学生時代からインターネットやスタートアップが大好きで、自分でもベンチャーの経営や出資に携わりました。PRの面白さを知ったのはここ10年ほどですが、勉強するうちに「実はPRってよく知られていないな」と感じる機会が増えてきたんです。それ以来、スタートアップの関係者にPRを活用してもらうための活動をするようになりました。
小林:ありがとうございます。では、まず基本的な点として、広報とPRの違いから教えてください。
日比谷:PRとは「Public Relations」の頭文字を取ったもの。これに対応する日本語が「広報」といわれますが、実際には少しズレていますよね。
Publicは社会や世の中、Relationは関係性を作る・維持するという意味です。それがなぜか、訳すと「広く報じる=広報」になってしまった。発信する、拡散するという意味に重心が置かれてしまっています。
<yellow-highlight-half-bold>本当に大切なのは関係作りで、発信はその一部<yellow-highlight-half-bold>のはず。だけどメディアに出ることや、自社をアピールすることだけを指してPRと言う場合もあり、使われ方が混乱していると感じます。
小林:たしかにそうですね。Public Relationsは訳すと「社会とのつながり」となりますが、これだけだと大きなテーマで、なかなかイメージを掴みづらいです。どう整理すれば良いでしょうか。
日比谷:「つながり」と一言でいうとわかりにくいかもしれませんが、「つながって関係性を持った先に、どんな態度変容を期待するか」が大事になります。「商品を買ってもらう」「ファンになってもらう」「口コミしてもらう」というのも一例です。ブランド・アウェアネス(※ブランド認知度)や、直接的な購買行動、企業に良いイメージを抱いてもらうことなど、幅広く捉えてみてください。
効果的な発信のために、社内外を広く知る
小林:次に、具体的な広報・PRの仕事について教えてください。特にスタートアップに限ると、内容は異なるでしょうか?
日比谷:初期のスタートアップで避けて通れない仕事は3つ。会社を立ち上げた際のミッション・ビジョンの言語化、マーケティングや営業チームと協力しながらの事業広報、人事と一緒に行う採用広報です。
効果的な発信のために、広報・PRは社内外の両方を知る必要があります。内部なら製品やメンバーのこと。外部なら業界トレンドや競合、メディアの興味や顧客ターゲットのニーズなどですね。世間にアピールするために、広くアンテナを張る必要があります。
小林:外部の動きを知るには、どんなアクションを取ればいいでしょうか?
日比谷:僕が昔からよくやっているのは、仮想ライバルとなるベンチマークを決め、そのPR施策や代表者の発信をウォッチすることです。
僕が名刺管理サービス「Sansan」の広報チームを立ち上げた時、まだ世の中にはクラウドサービスが浸透していませんでした。顧客管理の領域で先行するオラクルやセールスフォースの発信や、メディアの取り上げ方を観察して、どうすればこの波に乗れるか考えていましたね。
たとえば、メディア研究としてどんな記事が載っているか、自分の業界に近い分野の担当記者は誰か、どんな評価や批判があるかをウォッチしました。これらは今だと比較的簡単で、Googleアラートや日経電子版でキーワードを設定すれば、関連するニュースの通知が来るようになります。通知を追えば、新会社の登場や関連する業界動向などをだいたい拾えますよ。
小林:記者の方と仲良くなることも、課題によく上がります。何かコツはありますか?
日比谷:かつては記者との交流会がよく開催されていましたが、最近はコロナ禍もあって少なくなってしまいました。今はそのぶん、接点を持った時にきちんと相手を理解しようとしたり、直接の要件以外の話もしてヒアリング&インプットを行うことが大切です。
やりがちなのは、記者の方にいきなりアピールしすぎてしまうこと。恋愛にたとえるとわかりやすいですが、「ちょっと興味があるけど相手と、そこまで面識がない時」に、ぐいぐい自分の話ばかりしたら引かれるじゃないですか。相手をちゃんと調べて、好みの情報を提供したり、どんな流れで関係を深めるのが自然かを考えたりして交流する必要があります。
小林:社外に加え、社内をキャッチアップするのも大切ですよね。
日比谷:スタートアップは経営方針もチームメンバーや体制も変動が激しいです。成長する中で分業が進めば、社内の情報もキャッチしにくくなっていくでしょう。新しい機能やアイデア、事業上の施策が次々に生まれる中で、きちんと把握してうまく外に発信するため、常にアンテナを張って考えていくことが求められますね。
ヒントは自分の業界の「外」にある
小林:広報・PRの方から「もうネタがない」と相談を受けた時、どうアドバイスしていますか?
日比谷:ALL STAR SAAS FUNDが投資し、私がメンターとして関わるのもBtoBのSaaS企業がほとんどですが、BtoBの企業だと、業界外の方は製品のことをよく知りません。業界人同士でやりとりしていると、「自分たちの事業なんか世の中は興味を持ってくれないんじゃないか、目新しくないんじゃないか」と思いがちですが、決してそんなことはないんですよね。何をどう話せばウケるのか、考え続けることが大切です。
世の中のトレンドや競合を見ていくと、トレンドと組み合わせて自社を紹介したり、意外な切り口から取材につながっているケースを発見できます。意外なところに思わぬアイデアがあることも。自分の業界だけではなく、世の中の発信全体に目を向けるとヒントが転がっているかもしれません。
サービスの内容ではなく、経営者のストーリーや社内の制度など、事業と関係ない部分でメディアに取り上げてもらう方法もあります。柔軟で新しい価値観の制度や働き方をきっかけにメディアに出て、次に事業を知ってもらうというステップもありえるでしょう。
小林:メディアへのアピールを詳しく聞きたいのですが、何かおすすめの方法はありますか?
日比谷:応用技ですが、メディアでは旬な業界から複数社をセットにして取り上げる事例が多くあります。逆算すれば、自社と近しい会社に声を掛けて一緒に情報提供するやり方もあるでしょう。
他には、トレンドを観測し、そこに「ちょい捻り」する方法も。たとえばテレワークの話題が流行っているなら、「自社では当たり前だけれど、世の中全体から見たら珍しい点」はないか探してみる。そうすれば「うちはもっとユニークなことしてますよ」と売り込めますよね。この時に役に立つのが、先述した「トレンドは何か。それがどう扱われているか」に目を向けることです。
メディアが抱く不安を先回りして考える
小林:企画書を書いてメディアに送ることもありますか?
日比谷:あります。ただ企画書は丁寧に作ると時間がかかるし、空振りも多い。要点を押さえた2〜3行の内容を、関係性のできた相手へ届けるくらいが効果的でしょう。
小林:コネクションが作られた状態で提案をするのが大切なんですね。いきなり問い合わせフォームに送るのは唐突すぎますか?
日比谷:そうですね。メディアとしても初めて連絡が来た人からツボを押さえた企画が届くとは期待していないでしょうし。売り込みはたくさん来ますから、そもそもメールを開かないかもしれない。たまたま見てくれたらラッキー、くらいに思っておきましょう。
大手のメディアほど、その会社を取り上げることの責任が大きくなります。会社としての信頼性をしっかり確認するので、スタートアップにはシビアかもしれません。メディアには、客観的な視点やエビデンスが必要不可欠。PRは自社サービスへの愛着が強いと前のめりになりがちですが、メディア側の不安を先回りして考えて、信頼されるための情報提供や振る舞いを意識するといいでしょう。
「あたらしいビジネス」を浸透させるためには?
小林:日比谷さんがSansanで広報・PRをされていた時は、名刺をオンラインで交換するという発想自体が世の中にありませんでした。何か印象に残っていることはありますか。
日比谷:当時はオンラインで名刺交換どころか、紙の名刺をデータベース化する発想自体がない時代。営業はお客さんのことはすべて頭に叩き込むものだ、デジタルでは記憶に残らないからダメだといつも言われていました。ネット上に個人情報を載せて、社内で共有するのはリスクが高いとも言われ、人の慣習や思い込みの強さを痛感しました。
社会の意識が変わらない中で、新しい技術を信頼してもらうのは本当に苦労しました。そこで当時やったのが、「名刺管理」ではなく「顧客管理」「CRM」と呼び方を変えたことです。
小林:言葉の工夫ですね。
日比谷:言葉というより概念をずらす工夫、ですかね。従来の「名刺管理」ではもともとの行動に引きずられてしまいますから、呼び方を変えて、概念をずらそうと。当時はセールスフォースがすごく成長していたので、「和製セールスフォースです」みたいに、既存のイメージに相乗りさせてもらうこともありましたね。
今ほどオウンドメディアがなかったので、メディアの方にいかに知ってもらうかが主戦場でした。今であれば、オウンドメディアでの発信は基本。そこから興味を持ってもらうきっかけになりますし、知ってもらうための工夫はするべきと考えています。
「メディアに出る」までの長いプロセス
小林:続いて、ちょっと視点を変えて、スタートアップ経営側からPRへの視線を考えてみたいです。日比谷さんは色んな広報・PRの方から、「とにかく露出回数を増やしてほしい」「メディア露出の獲得件数をKPIにしたい」と経営陣に言われて困っている、とよく相談を受けるそうですね。
日比谷:多いですね。僕が広報・PRを担当する際も、経営陣から「資金調達をしたので、そろそろ発信を強化したい」と相談されることがよくあります。「何のために発信を増やしたいんですか?」と聞くと、なかなか的を射た答えが返ってこない。単に「そろそろ発信を増やすべきでは?」と社長仲間から言われたからだったり、「採用も製品の拡販もブランディングも採用もしたくて……」と焦点が定まってなかったりすることもあります。
要するに、具体的には決まっていないけど、そろそろ発信を増やさないといけないんじゃないか、と相談をしていただくケースが多いんですね。
大切なのは優先順位をつけることです。どう伸び悩んでいるのか、少しでも注力したいポイントはどこなのか、まず決めてもらう。その上で、広報・PRがその課題に、いかにテコ入れできるか考えるのが効果的でしょう。注力すべき点を決める作業は、お互いの歩み寄りが大切です。経営層でないとわからないこともありますし、広報・PRも内部を知る必要がありますから。
依頼が漠然としているのは、広報・PRの仕事がきちんと理解されていないからだと考えています。たとえば、営業を強化する時、なるべく自社の商材と近い製品の販売経験がある人を採用したいですよね。ところがPRの場合、なんとなく経験があればOK(BtoCでもBtoBでも気にしない。経験した企業規模も考慮しないなど)となりがち。そのくらいの粒度でしか皆さん広報・PRの仕事を捉えていないんじゃないか、という危機感を僕は持っています。
小林:先ほど出た「メディア掲載件数の獲得件数がKPIになってしまう」というのも、この問題に起因しますね。
日比谷:そうですね。わかりやすいように、広報・PRのプロセスを営業のプロセスにたとえて解説してみましょう。
営業やマーケティングのプロセスは、THE MODELのファネルを使って整理すると、まずターゲットを決めて、リストを作り、連絡しますよね。アポが取れたらご挨拶をして、製品をチラ見せし、本格的に興味を持っていただけたら、ようやく商談。それから決済者の説得、セキュリティや機能の説明など、さまざまなプロセスを経てやっと購入にいたります。そこからアップセルやクロスセルがはじまり、お客様の課題を解決したら、見込み客のご紹介など次のサイクルに進んでいく。
広報・PRもほぼ同じ構造です。「メディア露出」を例に取ると、まず情報を伝えたいターゲットを決め、届けるためのメディアを選定して調べます。誰に連絡するかを決めたら、どうにか連絡先を仕入れ、情報提供の案内をし、興味を持ってもらえたら、ようやく具体的な話ができる。これが営業でいう商談の段階です。それからより詳細なやりとりやデータの提供を経て、やっと取材に出たり、メディアへの露出となるわけですね。
このように、広報・PRの業務プロセスはメディア露出というアクションだけを見てもかなり長く、細かく分割された作業をつないでいくことが必要。マーケティングや営業ではこれをリサーチ担当、リード獲得担当、インサイドセールスなどと分業していますが、PRはすべてひとりで、しかも複数のメディアに並行して行っています。
なかなか大変な作業だと思うのですが、ブラックボックス化して他の人に見えておらず、その結果として「なんだか最近は取材が少なくない?」とか、「あのメディア出たいからアポ取ってよ」と、軽く言われてしまうんです。
この構造がわかっていれば、アポ取りや取材対応、一度露出した先のリピート取材の実現など、PRの大変さがわずかでも理解いただけると思います。
PRの専任者を採用するタイミングは?
小林:専任のPRが会社に入った時、組織にどんな環境をつくるのが重要ですか?
日比谷:社内外を効率的に知るための環境づくりが大切ですね。社外については、数字で示せる現状や見通し、経営者が外部の状況をどう捉えているのかなどをきちんと共有しましょう。社内については、部門責任者との1on1を定期的に設ける、経営会議や全社会議にPRも参加してもらう、あるいはサマリーを共有するなど、知るための体制を整えましょう。
最近はリモートワークが増えており、「社内のことはSlackを見ればわかる」と考える人もいるかもしれません。ただ、それだけでは表面的な情報しか手に入らず、その裏の意図や各メンバーの思いまでは把握できません。PRが社内のことを知れるよう、誰かが積極的に仕切ったり、社内のキーマンとつなげてあげたりしても良いと考えています。
小林:評価制度についてはどう考えていますか?
日比谷:難しいところで、皆さんとても苦労している印象です。難しさの理由は二つあって、まずPRの役割が定まっていないと、評価基準を決められないこと。もう一つは、具体的な役割を決めたとしても、作業と成果の相関関係がはっきりしない場合が多いことです。
露出件数が少ない初期フェーズでは、問い合わせの件数やメディア掲載数といった定量だけでは測りにくいので、たとえば「●件のメディアに会社のことを知ってもらう段階まで持ち込めばOK」のようプロセス目標を設定するなど、工夫して制度を整える必要がありますね。
小林:スタートアップがPRパーソンを採用すべきタイミングについて教えてください。
日比谷:難しいテーマですが、資金調達は一つのタイミングですね。最近は、スタートアップによる資金調達の機会や金額も増え、珍しいニュースではなくなっていますから、調達だけでは話題性は低いわけです。ただ、調達だけでは注目されないにしても、ここできちんと調達に至った経緯や業界におけるポジショニング、今後の展望など、調達に込められた意義を語れば、一気に注目を集めるチャンスがあります。
そのため、調達前からPRパーソンが入ってメディアからの認知を獲得するなどの仕込みができていれば、調達発表時の効果を最大化できますよね。その先も対外発信を積極的にしたいのであれば、資金調達の前にメディアと関係を作っておけると良いでしょう。
小林:外部委託にするか、内部の社員として採用するかはどう判断しますか?
日比谷:まずは外部のほうが効率的ですよね。初期は仕事も少ないですし、スポットで業務委託の方がコスパに優れます。
PRの仕事が社内の動きをタイムリーに追いかけ、それを世の中にどうアジャストして出していくかという作業が大半になってきたら、内部に専任を設けるべきです。副業や業務委託では、キャッチアップに限界がありますから。
切り替えのタイミングは業種や会社のスピード感によっても変わるので一概には言えません。ただ、スポット発信のタイミングを外部委託でしのぎつつも、どこかで必ず内製するつもりで構えておきましょう。
社会とのコミュニケーションが腕の見せどころ
小林:最初は副業でお願いしていても、会社のファンになっていただいて、最終的に専任になるストーリーもありそうですね。一方、専任のPRの方にもそれぞれ得意領域があると思います。外部のPR会社と協力して、不得意な領域をカバーしながら色んな施策を打っていくやり方もありそうです。
日比谷:そうですね。営業やマーケティングでは、一気に製品を売りたいタイミングで一時的にパートナーを使ったり、CMや広告という外部の力を使ったりしますよね。それと同じで、PRもリソースが足りない時は外注するのは当たり前だと考えています。
PRの業務をマネジメント層が知らないことも多いので、担当者としてもどんな仕事を、どの程度の予算でお願いできるのか、情報収集はしておくと良いでしょう。そうすれば、一人で抱えてパンクせずに済みますよね。
小林:最後に、これからPRに力を入れていきたい起業家やスタートアップの皆さんにメッセージをお願いします。
日比谷:新しい価値観やサービスで世の中を便利にしようと日々チャレンジしているのがスタートアップです。活動を正しく知ってもらい、応援してもらうためには、PRの仕事が欠かせません。
では、社会とどうコミュニケーションを取れば良いのか。それを考えるのがPRの醍醐味であり、腕の見せどころ。PRがうまく機能すれば、事業の後押しになります。上手に生かしてもらいたいし、困ったことがあれば僕もチームとして協力したいと思っています。