SaaStr Annualとは
世界最大級のSaaSに関するカンファレンスで、今年で9回目の開催となります。San Mateoのイベント会場にて開催され、12,500人のSaaS起業家、経営者、VCが参加したとされています。
会場の雰囲気としては海外カンファレンスのよくある形式で、無料のドリンクや食べ物が配られたり、DJブースやZiplineなど、ある種お祭りのようなテイストもあります。一方でセッションも非常に内容のこだわりが見られ、SaaS特化ゆえの、より実践的で良質なプレゼンテーションやパネルディスカッションが同時並行的に実施をされます。
今回は、オフライン参加ならではの価値をどう出すかが、特に工夫されていると感じられました。例えば参加者同士が直接話せるブレインデートや感想を共有できる会場専用のチャットツールなど、ネットワーキング要素が去年と比較してかなり増えている印象です。
2023年のSaaSはどんな年だったか?
ここからはSaaStrに参加してのSaaS業界を取り巻くトレンドについて述べます。
2023年はSaaS・テックカンパニーにとって厳しい時期が続きました。特に上半期は、SVBの破綻などシリコンバレーのエコシステムを脅かしかねない事件も発生。マクロの経済状況は未だ不透明であり、インフレ・利上げの不確実性の高い状態が続いております。実際にSaaS企業の多くは資金調達に苦しみ、成長率の鈍化に加え、「利益」を重視する市場のトレンド変化により、レイオフやSaaS自体の利用見直しが起こりました。結果としてSaaS企業に限らないテック企業のIPOも停滞し、業績面もファイナンス面でも2023年の上期は厳しい局面が多かったと言えます。
一方で、そんなセンチメントの中でもポジティブなサインも数多く見られました。テック企業による大型買収はその一例です。例えばAdobeによるFigma買収や、DatabricksによるMosaicMLのM&A。そしてKlaviyoは利益を出しつつ素晴らしい成長を体現し、$90B(約1兆3,400億円 ※2023年10月3日時点)の評価額によるIPOを果たしました。
世界的な金融緩和による20/21年の資金調達環境はイレギュラーであり、回帰することはないと思われます。しかし、SaaSはFCFを創出し、Fintechやマーケットプレイスなど様々な事業展開に拡張ポテンシャルがある力強いビジネスモデルであり、効率よく成長し続けることができればフェアに評価をされる魅力的な産業であることを再確認できた年だということもできるでしょう。
SaaStrの4つの学び
今回のイベントを経て感じた教訓を、個人的に下記の4つに整理してみました。
教訓1:SaaSの市況や業績は少しポジティブに
これは主にDavid SacksやBessemerのセッションでも取り上げられてましたが、2023年の上期はSaaS企業はコスト削減やレイオフにより、特に顧客にIT企業が多いSaaSは苦戦を強いられる企業が多かったようです。
しかし、一旦それらが落ち着き、Q3からQ4にかけて全体のパイプラインが積み上がってきているようで、この数週間で大きくセンチメントがポジティブに変化していることを感じます。
このような市況の変化でグロースステージにいるSaaS企業において重要なのは、「いかにポートフォリオを分散できるか?」だと思います。
例えばMonday.comは、メインでプロジェクト管理ツールを提供している会社ですが、IT企業のみに依存するのではなく、銀行や製造業、意外にも教会などでも活用されるなど、non-tech企業にまで顧客ポートフォリオを広げ、このダウントレンドでも成長率が下がりませんでした。
また、ドメインという観点でもこの市況では北米やEUが苦戦していた一方で、アジアは好調だと複数のSaaS起業家や営業担当が話していました。顧客やドメインを分散させるというのは、持続的な成長において非常に重要なポイントです。
教訓2:20年、21年のバブルには戻らない。“効率のよい成長”の追求へ
2020年、21年はSaaS企業にとってバブルの年であり、COVID-19の世界的な流行や異次元の金融緩和に伴い、IT企業に急速にお金が集まり業績を躍進させた企業も多かったという背景があります(例:ZOOMなど)。しかし、2022年の第二Qあたりを境に、一気に風向きが変わりました。
アーリーフェーズの投資においても、今はシリーズAを突破する割合が20%程度にとどまっており、レイターでも資金調達に苦労するシーンが多く見られるようになりました。
ここで注意が必要なのは、20/21の状態に戻ることは考えにくいということです。未上場のSaaS企業で最も重要なのは成長率ですが、投資規律を持ち資本効率を意識していくことが必要になってきます。
元々、粗利率が非常に高く営業利益も出しやすいのがSaaSビジネスの優位性でもあります。しかしCAC Paybackでは問題を矮小化してしまう恐れがあります。Burn Multipleで全体的なトレンドを起業家は把握できるようにしておく必要があります。
また、フェーズによって最適なBurn Multipleは異なりますが、スコアが改善されてきているトレンドを示せるかが重要です。レイターステージ以降では1、もしくはそれ以下になる必要があり、上場SaaS企業の利益率も非常に改善してきているので、IPOを考えても高い利益率のポテンシャルを示せることが大切です。
教訓3:AI機能はコモディティへ。データベースが競争優位性に
David Sacks曰く、投資先の約80%はAIもしくは「AI×SaaS」になっているそうです。彼のプレゼンテーションやChristoph Janzのプレゼンテーションを整理したものが下記の図になります。
AIスタートアップは大きく3つに分類することができ、SaaS企業としてAI機能を実装すること自体はコモディティ化していくと思われます。AI機能を実装することにより、価値が増幅し、ビジネスインパクトをもたらすかどうかをしっかり検討することは非常に大切です。
さらに競争優位性をもたらすものは、モデル自体を改善していくループが確立できているかどうか。つまりGeneralなAIよりも、優れたデータ基盤を有しているか。さらに独自の顧客データにアクセスできているかどうかにあります。
教訓4:マルチプロダクトは早く取り組め
あらゆるセッションにおいて、Monday、Amplitude、Samsara、Freshworks、Latticeと意図的に複数プロダクトを初期から仕込み、大きく成長した企業の登壇やプレゼンテーションの内容が多数を占めていました。
マルチプロダクトにより、顧客単価を増幅させていくことは、B2Bビジネスの定石です。一方で、SaaSが一般化する中で後発であるスタートアップが発揮すべき競争優位性の1つに「データベースを起点としたシームレスな体験」があります。
先行する偉大な企業と対峙するために、アーリーステージでもマルチプロダクトに備えておく(実装や販売していなくとも)必要性が高まっていることをより実感します。
印象に残ったセッション
ここで私がアーカイブでも見るべきと感じるセッションをいくつかピックアップさせていただきます。
①Samsara's CPO on "5 Lessons from Scaling 6 Products to $100m ARR"
私が今回のSaaStrで、一番印象に残ったセッションです。Merakiを創業しCiscoに売却。そしてSamsaraを創業し、IPOを達成し、今や2兆円を超える時価総額(10/3時点)に至り成長を続けている会社のCPOです。
5つの教訓の中でもCAC Paybackを撤退するかスケールするかの基準で判断しているという点や、プロダクト起点でのマーケティング戦略など明確でわかりやすいインサイトが数多くあります。
Samsara's CPO on "5 Lessons from Scaling 6 Products to $100m ARR" | SaaStr Annual
②What the Future of SaaS Holds for 2024 (David Sacksとのセッション)
シリコンバレーを取り巻く市況やトレンドを押さえることができる内容です。特にAIについての整理や、Gross margin、Burn Multipleなどの効率性に関する指標についても補足されており、全体感を掴む上で非常におすすめの内容です。
What the Future of SaaS Holds for 2024 with David Sacks, Founder & General Partner, Craft Ventures
③“Monday’s Secrets to Growth in Uncertain Times” with co-CEO Eran Zinman
なんと、2017年に行なわれたSaaStrに参加者として出席していたCEOが登壇。参加した当時のARRは$7Mでしたが、6年間で$700Mと100倍の成長を遂げ、スピーカーとして登壇しているのも非常に感慨深いものでした。
この異次元の成長の背景には、プロジェクトマネジメントツールだけでなくCRMなど様々なアプリケーションを拡張してきたことがあげられます。マルチプロダクト化を見据えて、初期にミドルウェアの開発に集中的にリソースを投下したこと。さらにTAMを広げるべく、顧客のポートフォリオを広げ、レガシー企業でも活用できるようなUIUXを強化し、結果的にテック企業への依存度が下がっていたことなどが学びでした。
“Monday’s Secrets to Growth in Uncertain Times” with co-CEO Eran Zinman
来年のSaaStrの前に、ALL STAR SAAS CONFERENCE 2023へ!
SaaStrはオンラインで録画も配信されているんですが、やはり現地ならではの熱狂を感じられるのはオフラインでの参加の強みです。例えば、質疑応答の内容や現地の起業家との会話から感じられる課題や雰囲気などは数多く存在することを痛感しました。
来年のSaaStrが待ちきれない!という方は、ぜひ日本最大級のSaaSイベント、ALL STAR SAAS CONFERENCEにお越しください。Rippling、Synk、Pendoなどの海外有力SaaS企業に加え、マネーフォワード、SmartHRなどARR100億円を超える一流の国内SaaS企業から豪華なゲストにご登壇いただきます。
開催は11/9(木)。座席数に限りがあるので、奮ってご参加ください!