経営チームが直面する「避けられない決断」とは何でしょうか。
Stripeで従業員数200人未満から7,000人規模までの組織をスケールさせた経験を持つ元COO、Claire Hughes Johnson氏。同社の急成長期を支えるClaire氏は、2023年に著書『Scaling People』(翻訳版は2025年3月刊行)を出版し、ウォール・ストリート・ジャーナルのベストセラーとなり、多くの経営者から支持を集めています。
ARR10億円に到達していないフェーズと、ARR100億円のフェーズでは、経営チームに求められるスキルセットが大きく異なる中、その変化に気づき、適切に対応できない経営陣が数多く存在します。では、いかにして最高のパフォーマンスを発揮する組織を築き上げるのか。
本セッションでは、リーダーが身につけるべきスキルと、変革すべきマインドセットについて、ALL STAR SAAS FUNDのManaging Partner 前田ヒロがClaire氏に迫りました。
急成長のために「良いマネジメントスタイル」を確立すべき
前田:Claireさんは、社員が約100人から7,000人になるまでStripeの驚異的な成長をCOOとして支えてきたんですよね。まずはClaireさんのキャリアについて教えてもらえますか?リーダーシップのスタイルに影響を受けたのは、どのような経験があったのでしょうか。
Claire:はじめはやりたいことがわからなくて、米国の政府機関で働いたり、政治キャンペーンを実施したり、雑誌のライターもしましたね。法科大学院に合格もしたのですが、進学はしませんでした。結局はビジネススクールで学び、コンサルティング企業に就職しました。そこでテクノロジーと戦略の分野を担当したことで、テクノロジーが私の関心事になりました。
その後、次の職も決めずにコンサルタントを辞めて、カリフォルニアへ引っ越したのですが、ある日友人の紹介でGoogleの社員と出会い、2004年には私もGoogleへ入社することになりました。当時のGoogleはまだ上場前で社員数は1,500人から1,800人ほど。入社後6ヶ月後、Googleは上場しました。
Googleには約11年間在籍しましたが、異なる仕事を8つ経験しました。管理職としてのキャリアを積み、オペレーションやセールスを担い、最後はGMのようなポジションに就きました。Googleとしては珍しい立場だったと思います。新しいプロダクト開発ではエンジニアリング、営業やオペレーションチームを率いたこともあります。退職する直前は自動運転車事業のCOOみたいな役割でしたね。
前田:Googleで得た教訓でStripeで活かしたものはありますか?
Claire:たくさんありますよ。私は社員数1,800人から60,000人に達するほど急速に成長するGoogleにいました。成長過程を目にして、各段階で会社が下した選択を見たことで「私ならこうはしたくない」と思ったこともいくつかありました。
「知性とは同じ過ちを繰り返さないこと」という表現がありますが、Googleでの過ちは二度としないように……まぁ、Stripeでは新たな過ちがあったかもしれませんが(笑)。
Googleが初期の頃は、まだ人材マネジメントやマネージャーの採用・育成をそれほど重要視していませんでした。私はそれは良くないと思っていて。Googleも後に改善されていくわけですが、Stripeでは人材マネジメントをはじめから重要視するようにしました。
特に急成長を目指すなら「良いマネジメントスタイル」は必ず確立すべきです。この考え方は私の著書『Scaling People』にも反映されています。
創業者が次のステージへ進むための変化とは?
前田:野心的な創業者がいる両社でありながら、Stripeの創業者であるPatrick CollisonとJohn Collisonも経営者として変化が必要な場面があったはずです。彼らが次のステージに進むためにはどういった変化が必要でしたか?
Claire:最初に言えるのは、どんな人でも、プレッシャーの高いリーダーの立場だと多くの変化を経験しますよね。私もリーダーとしての現在の考え方や意思決定の方法、チームの支え方といった点で大きな変化を経験しました。
創業者が特にその難しさを感じやすいのは、類似の経験をしたことがないか、より小規模の経験しかないからでしょう。PatrickとJohnも高校生で起業し、売却した経験はあれど、それほど大きな会社ではありませんでしたから。
創業者は、PMFの達成や優れたプロダクト開発に全力を注ぎ、トラクションを獲得した途端に「会社を築く人」になってマネージャーやリーダーにならざるを得なくなる。でも、これらのスキルセットはまったく異なるものなんですよ。
PatrickとJohnはプロダクトビルダーで、かつ野心的でビジョナリーな存在ですから、彼らにとってプロダクトへの継続したフォーカスはとても重要でした。でも、経営チームの構築、そしてそれをうまく機能させるスキルを学ぶため、時間とエネルギーを費やさなくてはなりませんでした。二人とも人材を見極める非常に優れた目を持っているのですが、人材採用を任せる方法や優れた採用を実現するプロセスについては学ぶ必要がありました。このあたりに関しては、私は彼らと多くの時間を費やしましたね。
あとは、必要な情報を把握しつつ、コントロールをどの程度手放すべきか。そのバランスを学ぶことは彼らが「頑張るべきこと」でした。日々、彼らはどのような情報があると安心できるのか、その適切な範囲を見極める必要もありました。Stripeでは数多くのダッシュボードやリアルタイムメトリクスで数字の確認は常時できます。しかし、チームを信頼して任せることが必要で、それは自分が一から作り上げた場合は特に難しいことでしょう。
前田:彼らが自分の責任の一部をチームへ委任するためにどういったフィードバックをしましたか?
Claire:小さなことのように思えるかもしれないのですが、Johnはお客さまとの会話や社内会議、読書、新プロダクトの体験などを通じて、プロダクトに関するアイデアを見つけ出す素晴らしい力を持っています。
ただ、彼はよく「こんなアイデアがあるんだけど」と話しはじめるのですが、そのアイデアの一部は社員から得たものだったりすることがありました。そこで私はJohnに「社員から得たアイデアを全社ミーティングで共有するときには、アイデアを提供してくれた人やそのアイデアの基になった仕事についても言及して感謝を伝えると良い」と伝えました。
このアドバイスはJohnだけでなく、Patrickにも話したことがあります。これは文化の違いも影響しています。アメリカ、日本、ヨーロッパではチームメンバーへの「称賛の仕方」が異なるんですよね。
Stripeはアメリカに拠点を持つ会社で、アメリカには些細なことも「Good Job!」と称賛する文化があります。ですから「社員の行動に認知できる機会を作ること」「ポジティブなフィードバックを共有すること」の重要性を伝えたかったのです。
Johnには「創業者の言葉や行動が持つ影響力を理解することが大切だ」とも伝えましたね。たとえ会社がまだ小さなフェーズだったとしても、社員は創業者の言葉や行動を本当に細かく観察しています。さらに彼らがどこに時間を使い、誰と過ごしているのかといった行動も注視している。だからこそ、私は二人に「社員へ信用を与え、感謝を伝え、アイデアの出所を明らかにしよう」とアドバイスしました。
良いアイデアに対して感謝の気持ちを示せば、社員からさらに多くの良いアイデアが生まれます。彼らには、自分たちが望む姿を自らがモデルとなって体現するよう促しました。実際には「教える」というよりも「この方法なら今のやり方よりうまくいくはず」といった形でサポートして、後押しすることが中心でしたけどね。
それから、彼らは非常に謙虚な人たちですが、時には創業者として「自分の望むこと」や「自分のビジョン」を明確に伝える必要もあります。二人はこういう行動を苦手としていたので、Patrickには「I(私)」を使う重要性を伝えたこともありました。「We(私たち)」ではなく「I(私)」を使うのです。
大勢の前で話す際に自分の言葉を強く響かせることが大切なんです。会社を成長させる上で重要なスキルですね。
知的で成功している人々は、常に学び続けている
前田:創業者やCEO向けのアドバイスとして伺いたいのですが、組織の成長に合わせて自身も成長するためには何をすべきでしょうか?
Claire:知的で成功している人々は常に学び続けています。好奇心を持ち、質問し、フィードバックを求める。それらが非常に重要です。私自身も幸運にも多くのフィードバックを受け、求めることを心がけてきました。
Patrickたちも「会社のより良い運営」への提案に真剣に耳を傾けてくれました。周りの人の経験やアイデアに心を開き、それらを取り入れる姿勢を持つことが必要です。二人はどちらも読書が好きですし、イベントに参加したり、人と交流したりして、フィードバックや新しいアイデアを得ることを習慣にしています。
Stripeはユーザー中心主義を掲げているので、最初に対話する相手はほぼお客さまです。「プロダクトは機能していますか?」と問い、厳しいフィードバックを大切にしています。そして、「自分がすべてを知っているわけではない」と真摯に受け止め、自覚することが大切です。また、投資家や初期の従業員など信頼できる人々に囲まれながら、彼らが率直な意見を言いやすい環境作りも重要でしょう。
お客さまからのフィードバックを積極的に取り入れることに加えて、自分たちもプロダクトを使い続けて、「今も優れたものであるか」を確認することも欠かせません。たとえばPatrickは、少なくとも年に1回以上は「Engineer-Cation(エンジニア化)」と呼ぶ活動をしています。1週間ほどStripeのエンジニアとして働くんです。
そして、その経験をまとめて報告します。このプロセスを通じて、自身だけでなく会社全体にも新たな気づきをもたらしています。「コーディング環境の改善が必要だ」といった具体的な課題に気づくこともできます。
StripeはAPI企業ということもあって、エンジニアリングの生産性を非常に重視しています。Patrick自身が規範となって作業に真剣に取り組む姿勢を見せたり、日々の業務で実際に何が起きているのかを深く理解する機会にもなっています。これらも重要なことですね。
最も成功する創業者は、自分の役割に応じたバランスを取ることができる
前田:Claireさんの経験から、急成長する組織で高いパフォーマンスを発揮できる経営者になるために必要な素養や、創業者に求められる重要な心構えとは何だと思いますか?
Claire:人生で最も難しいことの一つが「自分自身をどのように理解するか」です。私の著書『Scaling People』で最初に挙げている行動原則は「自己認識を深めることで相互理解を構築する」ということです。
そのために、まず大切なのは、リーダーとして成長していく中で「自分は何を提供できるのか」を理解することです。自分の強みを知ることは非常に重要で、多くの場合にとって自分の最もユニークな強みは呼吸のように自然すぎて気づきにくいものです。
だから、他人と思考や行動が異なると気づかぬまま周囲に影響を与えていることがあります。強みを知ることは、自分の課題や成長の余地を知ることと同じくらい大事なのです。あとは「盲点」や「課題」はその名が示すように、欠けているものが何なのか自分でなかなか気づくことができません。
特に創業者にとって難しいのは、自分が常に周囲から注目されている中で、これらのことを学び続けなければならない点です。学ぶ過程でミスをすることもあるはずですが、それによって自信を失わないのも大切ですね。誰にでもミスは起こるものですから。
一方で、「自分がすべてを知っているわけではない」と認めながらも、従業員の信頼を失わないようにする必要もあります。それを実現するためにはどうしたら良いかというと、さまざまなリーダーシップの方法を試してみることが大切だと思います。
最も成功する創業者は、自分の役割に応じてバランスを取ることができる人でしょう。私はこれを「リーダーとしてスタックを上下させる」と呼んでいます。「経営者」と聞くと多くの人が「全体像を把握してメトリクスや進捗を確認し、大きなビジョンを語る」といったイメージを持つかもしれません。でも実際のところは、最も効果的な経営者は全体像を把握しながら5年後のビジョンを描きます。それを8,000人の従業員に対しても「これが重要だ」「こう時間を使うべきだ」と効果的に伝える能力を持っている。
ただ、私は、本当に優れたリーダーとは「スタック」を下げ、詳細を深く理解する能力も
備えていると思うんです。たとえば、1日だけエンジニアとして働いても細部まで関与する力を示すことができます。Jeff Bezosも「効果的なリーダーはしばしば正しい」と言っていますが、それは、なぜでしょうか?
彼らがビジネスを非常によく理解し、細部に精通しているからです。つまり、効果的なリーダーシップは全体像と詳細の両方を、適切なタイミングで、スタックを行き来できる能力にかかっているということなんです。特にこれまで細部に携わっていた創業者は、スタックの下のパートから抜け出せないケースも多いのです。
ある会議ではCEOとして在るべきなのに、一人のエンジニアのように振る舞ってしまうとか。プロダクトレビューの会議でもうすぐリリースされるプロダクトを見ながら、突然周りで人が見ているのにもおかまいなしに、その場でプロダクトの再設計をはじめてしまう、とかね。結果として「もっと早くフィードバックをもらうべきだった...」という教訓が、実はStripeではよく起きるのですが……これは問題でもあるんです。
なぜなら、6~7ヶ月分のチームがやってきた仕事を台無しにしてしまう可能性がありますから。ここで重要になるスキルの一つが「自分が今、どの役割を果たしているのかを認識すること」です。自分は今、プロダクトエンジニアなのか、プロダクトマネージャーなのか、それともCEOなのか……それらを理解して役割にふさわしい行動を取らなくてはならないんです。
役割を変える必要がある場合、それを今するべきか、後で誰かと個別に話すべきかを判断します。これらを意識するためには、自分の状況をしっかり把握する能力が求められます。身体は現場で仕事をしながらも、同時にその状況を見下ろすようにして、自分自身を客観的に見る感覚を持つのです。
この視点があれば自分が置かれている状況を常に正しく把握できるようになります。
前田:なるほど。効果的な経営者には鳥のような広い視野と、詳細を深掘りする力が求められるわけですね。そして、スタックを上下する能力を、適切なタイミングと速度で発揮することが重要だと。
Claire:はい。そして、どの役割を果たすべきかを常に意識し、その役割を超える場合は、それに見合う十分な理由がなくてはいけません。動揺を引き起こしてはいけないのです。リーダーには一貫性と安定感を提供する責任があります。
常に一貫したメッセージを伝え続けることが重要です。たとえば、Mark ZuckerbergがFacebookで「モバイルが会社を脅かす」と気づいたとき、全社的に改革を進めましたよね 。そんな瞬間です。通常、基本的には一貫したメッセージを伝え続けることが重要です。詳細に踏み込むタイミングを見極めることこそ、「リーダーシップの美学」と言えるでしょう。
「言えないと思っていること」を言う重要性
前田:Claireさんの著書で触れられていて、僕が素晴らしいと思った概念の一つに「言えないと思っていることを言う」というものがあります。
Claire:私の著書『Scaling People』で最初に挙げている行動原則は「自己認識を深めて相互理解を構築する」ことですが、「言えないと思っていることを言う」は、二つ目の行動原則になります。このカンファレンスに参加している人たちはみんな「インパクトのあることをしたい」「新しいものを作りたい」「より良い会社を作りたい」「変化を起こしたい」と考えている人たちだと思います。
でも、たとえば、マネージャーと部下の1on1やプロダクトレビューミーティングなどで「何かがおかしい」と感じていても、その場で言わないことってよくありますよね。頭の中では「ここはうまくいっていない」とか「これでは良い仕事と言えない」とか、または必ずしも賛成できないと思っていても、不快な思いをしたくないから口に出すことを控えてしまう。でも、それはあなた自身の影響力を損ないます。何の変化も生まないことになるんです。
では、どうやって「言えないと思っていること」を言えるようになるのでしょうか。対立を招いたり、会話を不安定にしたりせずに言葉にして伝える方法があります。人は脅威を感じたり、否定的な意見や批判的な言葉を聞いたりすると構えてしまうものです。
建設的に伝えるにはどうすれば良いでしょうか?自著でも「どうすれば実践できるか」という具体例をいくつか紹介したのですが、「言えないと思っていることを言う」ために重要なのは場の空気を読むことに尽きます。
私の場合の例を共有すると、Stripeで、あるプロダクトの四半期ビジネスレビュー(QBR)会議を行なったときのことです。私はプロダクト関連の業務の担当ではなかったので、主に聞き役に徹していました。その会議では、メモを見ながらチームの進捗報告が共有され、彼らの目標について議論が進んでいました。私は話を聞きながら、プレゼンをしている人たちのボディランゲージに注意を払っていました。すると、発言している人たちが明らかにその場にいない別のチームに何かしらの問題を抱えている様子を感じ取ったんです。
私自身その業務に詳しいわけではなかったので具体的な問題まではわかりませんでしたが、「そのチームが同じような仕事をしているのだろうか?」「依存関係があって進行を妨げられているのか?」など想像はしたものの、はっきりとはわかりませんでした。そこで「この問題をどうやって提起するのが良いのだろう?」と考えたんです。「そもそもこの場で私が言うべきなのか?」を思い、仮に言うとしても「誰かを非難しているわけではない」と聞こえるためにどうすべきか悩みました。
方法として「質問の形で話を切り出すこと」を思いつきました。まず、自分の立場を明確にすることが重要だと考えたんです。それで私はこのように話しはじめました。「私はこの業務には詳しくないので見当違いなことを言ってしまうかもしれませんが……皆さんが話している内容から、ここにいない別のチームとの間に何か課題があるように感じました。それについて教えてもらえませんか?」と。
さらに具体的にも尋ねました。「その別のチームが同じプロジェクトを進めていて、それが原因で不満があるのでしょうか?それとも、そのチームに依存している状況で進捗が遅れているのですか?この会議にも、そのチームを招くべきでしょうか?」。
この質問に対して会議の場が一瞬静まり、みんなが私を見ました。そして彼らは「実際に問題があります」と話してくれたんです。「確かに別のチームを呼ばないとマズそうだ、お互いの目的が食い違ってしまっている」といった話になりました。
会議後に「これで状況は好転したのかな?」と考えました。私の意図は、明らかに問題がありそうな状況に前向きな行動を促すきっかけを作ることでした。「ポジティブな変化を起こす力になりたい」と思っていたのです。そのためには時にはリスクを取ってでも言うべきことを言う必要があります。
会議の後で部屋の端に座っていたエンジニアが近寄ってきて、「いやぁ新鮮でしたね」と言ってくれました。「問題を指摘してくれて本当に良かった」と感謝もしてくれて。リーダーとして重要なのは、誰も言わないこと、議論されないメトリクス、誰かが責任を負うべきなのに不明確な事柄、それらを見抜き建設的に指摘する役割を担うことです。
上手に「直接的なフィードバック」を実践するためのポイント
前田:多くの創業者やCEOにアドバイスをされている中で、共通して彼らが避けがちなことや言うべきなのに言えていないことはありますか?
Claire:「直接的なフィードバック」に対する習熟度には、ある程度の「幅」があることが前提です。直接的なフィードバックに慣れている人もいれば、そうではない人もいます。
ちなみに私は直接的に言うタイプではありません。一部の人は対立を避けたい、好かれたいと思うあまり、あまりフィードバックをしない傾向があったりもします。
多くの創業者が特に困難を感じるのは、「採用した幹部が期待に応えていない場合」です。「創業者からは『採用』か『解雇』か」という会話がよく出てくるものです。
採用でいえば「どうすれば適切な人を見つけられるのか?」「その人が適任か、いかに確認すれば良いのか?」「役職に就いた人をマネジメントしたことがない」といった会話が多く出てきます。
一方で解雇は、「メンバーが機能しきれていないはずだが、確信は持てない状況」であることがほとんどです。「それで、相手には何か伝えたのでしょうか?」と私が尋ねても、「いいえ、自信が持てなくて何も言えなかった」という答えが返ってきます。
特に、たとえば「最高財務責任者」など、創業者がその役職を管理した経験がない場合に、「役職者が本当に十分な仕事をしていないのか、自信が持てない」わけですね。そのようなとき私は「まずは直感を信じるべきです」と言います。もし、その人の仕事に疑問を感じはじめているなら、「何かがうまくいっていない可能性は十分あります」。その直感を信じることが第一歩です。
次に、「どうやってその人と話をはじめるか」を考えます。多くの創業者は確信が持てないからといって、たくさんのデータを集めようとします。その結果、何もフィードバックを与えないまま問題を長引かせてしまいます。
そして、大量のデータを集めた後で、突然相手に、「君はダメだ、もうCFOを続けるべきではない」と告げるような状況を生む。相手にとっては青天の霹靂ですよ。創業者からすれば、そこまでに考えを巡らせてきたかもしれませんが、その過程を全く相手に伝えないままだったため、結果として状況をさらに悪化させてしまいます。長く時間をかけた上に、何のフィードバックも与えないまま、いきなり結論を伝えることになってしまうのです。
前田:こういったケースにおいて最適なアドバイスはなんでしょうか?疑問や課題に思っているポイントを事前にしっかり伝えること、ですか?
Claire:その通りです。必ずしも明確な結論はいりません。「私はXやYの事象を気にしています」くらいでも構いません。「帳簿を締める処理に時間がかかりすぎていないかな?」「投資家からの質問がたくさん来るけれど、効果的な返答でないように見える」といった具合に。「物事がうまく進んでいないように感じている」という心配事を伝えるのです。
その上で相手に反応する機会を与えてください。何か問題が起きている可能性があるとしても、まずは自分の気づきを共有することが重要です。私はこういった共有について、「難しい話をしなければならない可能性に向き合うための扉を開く」と表現しています。
「私は気づいていますよ」と相手に知らせるのです。その上で相手の反応を待ちます。こんなふうに伝えることもあります。「私は、今の状況はうまくいっていないと考えます。だから、今後もっと注意深く見ていきます」とね。
相手に警鐘を鳴らすことができ、もし最終的にその人が適任でないと判断した場合も、素早く行動に移しやすくなります。人材に関する問題は早く対処する必要があります。日本では難しい場合もありますが、それでも必要なことだと思います。
優秀な人材は「プッシャー」と「プラー」に分けられる
前田:Claireさんの著書でも非常に興味深いと感じたのが、「優秀な人材は『プッシャー(pusher)』と『プラー(puller)』に分けられる」という考え方です。それぞれの特徴と違いについて説明していただけますか?
Claire:自著では多くのフレームワークを紹介していますが、これらは私がこれまでのキャリアで学んだものです。そして、「プッシャーとプラー」は、私が考案しました。30年近いマネジメントの経験から見出したフレームワークですが、あくまで私は組織論の研究者や学者ではないので、個人的な経験に基づく考え方であることをご承知おきください。そして、トップクラスの才能を持つ人たちについて話す前提でいます。
プッシャーは比較的わかりやすいですね。彼らは「自分が!自分が!」というタイプで、「自分に任せてほしい」「もっと難しい課題を与えてくれ」「勝ちたい、成功したい」と考えています。仕事への意欲が非常に高く、「常に勝ちたい!」と思っている感じです。従業員としては非常にありがたい存在ですよね。
プッシャーは積極的で、業績を上げるために全力を尽くします。また、昇給、報酬、肩書きを含めて、自分の成果を正当に評価してほしいと強く求めます。彼らは常に前へ押し進める存在で、自分自身だけでなくチーム全体を推進します。非常に効率的に仕事を成し遂げることができるため、有能であることは間違いありませんが、一緒に働くのは簡単ではありません。しばしばチームメンバーに負担をかけることもあるのが彼らの欠点の一つです。
それでも彼らは才能があり、責任感も強く、意欲的です。ただ、常に『もっと』を求めるため、時に周囲を疲れさせてしまうこともあるのです。常に多くを求めてプッシュするわけですから。それでも、特にスタートアップで難しい課題が出てきたとき、真っ先に名前が挙がるのはこうした人たちです。壁を突き破るような勢いで仕事を進める人という意味でも貴重な人材と言えます。たとえば、「厳しい条件のパートナーシップで契約をまとめてほしい」といった難しい仕事を任せるのに最適な人材です。
プラーは少しわかりにくい存在でしょう。彼らは非常に信頼できる人たちで、「それは私が何とかします」といった形で多くの仕事を引き受け、任されることになります。「他の仕事と同時進行で、この複雑なプロジェクトも次の6ヶ月、担当してみせます」といったようにね。彼らもまた優秀な人材です。
プッシャーが「壁を突き破る人」だとすれば、プラーは「会社の多くを背負う人」です。彼らは見ていると、「どうして3つの仕事を並行できるの?」と思うような存在です。それでも彼ら自身は、そのことについて何も言いません。「プロダクトマーケティングの責任者なのに、ウェブサイトの運営も担当して、さらに他にも…」という具合で、驚かされることが多いでしょう。
さらに素晴らしいのは、もっと仕事をお願いできるかと尋ねると、彼らは「大丈夫です、任せてください」と快く引き受けてくれる点です。しかし、これは彼らの問題点でもあります。「ノー」と言う方法を知らないのです。
彼らは優先順位をつける方法を知りませんが、非常に有能なので複数の仕事を同時にこなせます。しかし、ある日突然、限界を迎えてしまいます。まるで星が超新星爆発を起こすようなもので、NOと押し返すことができず、最後はその状況に耐えられなくなり、3つの仕事をこなすどころか、突然「もう無理だ」となるわけです。
プラーには、業務の境界線を明確にし、仕事を委任する方法や優先順位をつけるスキルも一緒に考える必要があります。
前田:プッシャーやプラーのような人材を管理する際に、どのようなフレームワークやポイントを意識すべきでしょうか?
Claire:プッシャーについて言えば、彼らは自分の中で基準を作り上げていくんです。「成功とは何か」「どのようなことが彼らのやりがいにつながるのか」とね。それゆえ常に、「成功とはより多くのお金や株式、昇進を得ることだ」などと考えています。
ですから、「来週もあなたと一緒に働きたいと思うチームメイトがいることを目標にしましょう」と伝えます。つまり、彼らの成功のフレームワークを再設定してもらうわけです。彼らは目標達成や結果にとらわれすぎて、幅広いスキルを身につけられない傾向があるからです。
最終的には、周囲を疲れさせる存在となり、誰も一緒に働きたくないと思われかねません。彼らには伝えなくてはなりません。「確かにあなたは非常に才能溢れた人材です。私もその点は認めます。あなたこそ、この契約をまとめられる人です。でも、もし3年後も熱追尾ミサイルのように目標だけを追いかけ、すべてを犠牲にして成果を出すだけの人材でい続けてしまった場合、あなたのキャリアにとって良くない結果になりますよ」とね。
また彼らには長期的な視点を持つことや、自分があまり価値を感じていないスキルの開発について考えてもらう必要もあります。プッシャーは、チームメイトがプッシャーではないゆえに、しばしば評価しないことがあるのです。プッシャーには「あなたも学ぶべきスキルがチームメイトにはある」と伝えなくてはなりません。
彼らの考え方を見直させるのです。時には「アイスホッケーのヒップチェック」みたいに、他のプレイヤーに本当に激しくぶつかるような感じで、かなり強い衝撃を与えるような言い方をしなくてはいけないこともあります。
プッシャーは非常に自信に満ちていて、自分の世界観やキャリアが間違っているとは思っていませんからね。でも、「そのままの考えでは失敗するかもしれません」と、しっかり伝えなくてはいけないわけです。
一方、プラーの場合は、委任や優先順位づけを考えさせる必要があります。彼らに有効なのは「持っている仕事をすべてリストアップしてください。それらをどのようにこなしていますか?」と伝えて現状を整理させてみましょう。
ただし、プラーに過度なプレッシャーをかけると、突然に限界を迎えてしまうことがある点に注意しましょう。「優先順位をつけたり仕事を任せる方法が見つからないのであれば、誰かを採用したいと申し出てくださいね」とか「来期でも良いのでは?」、「このタスクを整理して自分の手から離すべきことを考えるためのマップを一緒に作りましょうか?」と問いかける形でサポートします。
私のいた組織に昇進を強く望む優秀なプラーがいました。私は彼女にその気持ちを認めさせて、次のように伝えました。「ここで問題なのは、あなたのチームが成功しているのはあなたがすべてを背負ってきたからです。あなたが一人で多くの仕事をこなしてきたことでチームが成果を上げてきました。だから、あなたは今後、誰かを採用してその人に仕事を任せて、あなたの助けがなくてもその人がプロダクトを優れたものにすることができなければ、私はあなたを昇進させることはできません」とね。
彼女にとってショックだったようです。これまでの成功の多くは、彼女がすべての負担を引き受けてきた結果でしたから。でも、他の人たちが彼女に依存せずに独立して仕事を進められるようになることが必要だと理解してもらう必要がありました。
プッシャーにもプラーにも、「成功」をどう見るかを変えさせる必要があります。最も重要なのは、彼らと対話し、「私はあなたを見ています」「あなたの行動に気づいています」「もっと良い方向に変えるために考えましょう」と伝えることです。
もう一つ、伝えたいのは、ハイパフォーマーたちを失うことを恐れて厳しいフィードバックをしないのは間違っています。大前提として、トップ人材は挑戦を求めています。「ベストでありたい」と思っているのです。ですから、彼らに挑戦を与えなければ、あなたのもとを離れて、挑戦を与えてくれる他の場所を探しに行ってしまいます。
「トップ人材には手を出さないほうがいい」という間違いを犯さないでください。それは効果的ではありません。彼らに「あなたはトップだ」と伝え、さらに「もっと良くなれる」と伝えるべきです。
前田:さまざまなプッシャーやプラーを見てこられたと思いますが、もしプッシャーがプッシャーのまま、プラーがプラーのままで変わることができない場合、組織を去ってもらうこともあるでしょうか?それとも、他の方法はありますか?
Claire:そうですね。時には組織を去ってもらわなければならない場合もあります。たとえば、私がPatrickと初めて会ったとき、彼が初期に採用したある従業員に対して抱えていた課題について話し合いました。「いわゆる10倍の生産性を持つ」非常に優秀なエンジニアでしたが、職場においては非常に問題のある存在でした。
私たちはPatrickがこれまでその人に行なったすべての対応や伝えたことを話して、結論として「退職を願い出ることを伝えるべきかもしれない」と行き着きました。難しい決断です。その人の生産性は高かったのですから。
しかし、そうした状況も起こり得ます。ただし、その前にできることもありますよ。たとえば、新しい役割を試してもらったり、配置を変更したりしてみたり。管理職の場合は、その職を外してみるなど。環境を大きく変えることで刺激を与えることができます。
トップ人材ならば、他の場合よりも努力はしたいですよね。でも恐れないでください。John Collison がよく使う「爆発の半径」という表現があります。その人物がもたらす「爆発の半径」がネガティブな影響を与える範囲が非常に大きい場合、それがたとえトップ人材であっても、会社にとっては良い存在ではないかもしれません。
エグゼクティブチームが結束を深めるためのプロセス
前田:エグゼクティブチームが結束を深めるための適切な手順やプロセスとは何だと思いますか?原則や価値観で全員が合意すべきことには、どのようなものがあるでしょうか。
Claire:エグゼクティブチームについて言えば、特にこれまで組織を運営したことがない創業者や大企業でもよく見られるのですが、キャリアの中でエグゼクティブの地位に就くようなレベルに達していれば、「自分の仕事がわかっている」と期待して採用するんですよね。
才能のある人々を集めれば、チームとして機能すると考えがちですが、それは違います。才能のある人々を、現実やバーチャルを問わず一つの場に集めたとしても、それだけではチームにはなりません。個々の能力の合計を超えた結果を出すようなコラボレーションになるわけではありません。
特にリーダーシップチームにおいて求められるのは、私たちの知恵や能力を組み合わせることで、それぞれの人が単独で働く以上の成果を生み出すことです。あくまでも私の意見ですが、そのためには適切な条件を整える必要があります。そうした条件は自然に生まれるものではなく、意図的に作り上げる必要があります。
メンバーはお互いのことを理解し合い、それぞれの仕事のスタイルも知らなくてはなりません。ここで「自己認識」が重要になります。利用できるアセスメントツールもたくさんありますが、エグゼクティブ同士でフィードバックを練習することが大切になるでしょう。
仕事に関しては「どうすればオープンなミーティング環境を作れるのか」「言えないと思っていることを言える場をどう作るか」といったことを考えます。CMOでなかったとしても、「CMOのプレゼンテーションをより良くするために批判的な意見を出したい」そう意見を言えるような環境を作るべきです。
CEOやリーダーは、メンバーが「自分の役割だけでなく他の人たちを成功させることが自分の仕事だ」と感じられるような条件を整えることが重要です。多くのエグゼクティブは、自分の担当領域で成功したいと考えますが、それだけではいけません。
特にスタートアップでは、他のメンバーも全員が良い仕事ができているかどうかに関心を持たなくてはいけません。「このプロジェクトについてフィードバックをください」と言われたら、きちんと意見を出すべきです。なぜなら、あなたの「知恵」を求めているわけですから。
Stripeでは週次定例だけでなく、いくつかの方法で時間をかけて取り組んでいました。スニペットドキュメントを作成して、各メンバーが自分の優先事項や先週何があったか、チーム全体が知るべきと思われることを記録して共有していました。
「このドキュメントを月曜日のミーティング前に読んでおいて」と伝えて、その内容に基づいてアジェンダを作成し、グループで話し合うべき事項を議論していました。また木曜日にはスタンドアップミーティングを開催し、アジャイル形式で「全員が知っておくべきこと」「助けが必要なこと」を確認し合う、より自由でクリエイティブな場として活用していました。
さらにオフサイトミーティングも頻繁に行なって、日々の業務から離れて長期的な戦略を考えたり、チームの結束を深めたりしました。これは単なるソーシャルな時間というよりも、一緒に問題に取り組み、お互いの思考パターンや能力を理解するための時間でした。コミュニケーションや効果的な連携を高めるためにかなりの投資をしていました。
目指していたのは……Stripeは私が入社してから現在までに8,000人を超える規模に急成長しましたが、私がCOOから別の役割に移行するまでの間、経営陣は比較的安定していました。同じメンバーで構成されていたのです。私も今でも関与していますが、2014年に私が参画してから2020年や2021年頃に新しいリーダーを迎え入れるまでは、6〜7年の間は小規模なグループで会社を運営していました。
この安定性と強いチームワークが、Stripeにとって大きなメリットになったと思います。
AI時代の企業経営やスケールアップの普遍的な原則
前田:最後の質問ですが、数々の優れた企業のボードメンバーとして活動し、優れた企業での経験を持つClaireさんに、AIの進化などで変化が急速に進む中で、20年後も変わらないであろう企業経営やスケールアップに必要な原則を一つか二つ挙げるとすると何だと思いますか?
Claire:このテーマについてはずっと考えてきました。『Scaling People』を書いたのも「人」に関するものでありながら、最終的には「ビジネス成果」についての本だからです。「会社の構造や組織づくりを適切に行い、人に焦点を当てることで、より高いROIや成果を得られる」というのが私の哲学です。
ただし、その成果は少人数で成し遂げられるべきだとも思っています。AIを活用することで、これまで人手が必要だった領域を効率化する方法を見つけていきましょう。もちろんまだすべてが実現しているわけではありませんが、その兆しは見えはじめていますよね。「GitHub Copilot」や「Cursor」、エンジニアリングの生産性向上ツール……あるいはカスタマーサポートなどです。
確かに、カスタマーサポートの分野では、コスト削減で革新的な数値の改善が見られます。良いニュースではありながら……悪いニュースもあります。良いニュースは、特定の機能においては従来より人員が少なく済むことです。
一方で、悪いニュース、またはチャンスとも言えますが、既存の人材が以前より重要になるという点です。テクノロジーを活用して一人の能力を増幅させる場合、その人の長所と短所が共に増幅されることになるわけですから、適切な強みを持ち、弱点が少ない人材である必要があります。
なぜなら、最終的にその少数の人材に依存することになるからです。マネジメントとリーダーシップの実践が、さらに重要になる可能性があるでしょう。なぜなら、これまでよりも多くの人に仕事を分散させることができなくなるためです。
また、リーダーがより多くのマネジメントを行う必要が出てくるでしょう。多くの人員が必要なくなり、管理層の階層も減るからです。これは良いことかもしれません。中間管理職として働くのは難しく、あまり権限が与えられないことも多いですしね。
ただ、これらがうまく行えなかった場合、企業が問題を抱える可能性があります。これは……「HP」のHewlettかPackardのどちらかの明言があるのですが、「ある時点を過ぎると、企業は飢餓よりも消化不良によって倒れる」。つまり、資源が不足しているときには「飢餓状態」に陥るのですが、これからはテクノロジーを活用することで多くの資源不足を解消できるようになるでしょう。
現在はテクノロジーが高額ですが、それを克服できると仮定します。そうなると急速に変化する環境で、効率的に組織を整えられなければ、「消化不良」に陥る可能性が出てきます。
したがって、一貫して重要であり続けるのは、会社の構造を優れたものにすることです。会社の優先事項は何か。何を達成する必要があるのか。それをどのように測定するのか。どのようなタイプの人材が必要か。その人材を採用して、維持し、彼らに最高の仕事をさせる方法を熟知しているか……これらの要素は、今後さらに重要性を増すでしょう。
(※この記事は「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2024」のセッションから抜粋・再構成しています)