クラウド人事労務ソフト「SmartHR」の開発を手がける株式会社SmartHR。拡大するHRクラウド市場でシェア率2年連続No.1(※)という成長をけん引しているのがCOOの倉橋隆文さんの存在です。ビジネス面のマネジメントを一手に引き受ける倉橋さんに、ストレッチ目標を達成するための計画の立て方やCEOとの役割分担、いつも見ているダッシュボードの内容、良いCOOでいるために心がけているメンタリティについて語っていただきました。
いきなりCOOではなく、「候補」として入社させる
COOのようなエグゼクティブレベルの人間が組織に入る時、打ち解けるのに時間がかかるケースは少なくないはずです。ただ、私の場合はスムーズに馴染むことができました。
理由はいくつか考えられます。まずは、COO「候補」として入ったこと。2017年に入社した時、名刺には何も肩書きが書かれていなくて、他の人には「COO候補」と紹介されていました。
知らない人間がいきなり意思決定権を持つのではなく、社員のみんなは私を信頼できる人間か見極め、私は自分を証明する時間をとることができたんです。フェアにお互いを評価しあうプロセスがあったことはよかったと思います。
事前にCEOの宮田昇始がこのやり方を社員全員に説明してくれていたので、認識の齟齬がなかったこともやりやすかったですね。社員のみんなが優しかったことも、早く打ち解けられた理由の一つです。
あと、私って履歴書に威圧感があるんですよ。東大、マッキンゼー、ハーバード、楽天という経歴なので。でも、実はこの威圧感はお得だと捉えています。
経歴だけ見て、みんなは「ヤバいやつがくるぞ」と身構えていたそうですが、私は意外と普通の人間。少なくとも自分ではそう信じています(笑)。嫌な奴が来ると思ったところに普通の人が来るので、それだけで良い人に見えるのではないかと。ギャップがプラスに働いて、受け入れられやすくなっているのではないでしょうか。
入社後、最初の10日間はいろんな人とひたすら話をして、現在の状況や課題を聞きました。他にも社内のドキュメントをくまなく読むなど、とにかく知識をインプットするようにしましたね。並行してマーケティングと経営企画の分野では私自身も手を動かし、周囲に自分の仕事を証明していきました。
候補として入ってからCOOに就任するまでは6ヶ月ほど。この短期間で認めていただけたのは、仕事を評価していただき、SmartHRの今後について描いたビジョンに納得感を持っていただけたからなのかなと想像しています。
また、2018年4月にSmartHRの料金プランをガラッと変えたのですが、これは私が主導して計画したものです。従業員の大まかな規模ではなく1人単位での課金制に変更し、必要最低限の料金で使えるようにしました。プランニングから既存のお客様へのメール文面の考案、その返信なども自分で行いました。この計画が成功し、“変化を仕掛けられる人材”だと証明できたことも、COO就任につながったのではないかと思っています。
CEOと得意領域を分担できる環境が決め手に
もともとSmartHRを選んだ理由は大きく二つあります。一つが、事業の成功可能性。8社ほどからお話をいただき、いくつかに絞り込んだあとでデューデリジェンスをする中で、SmartHRは特に伸びる可能性があると感じました。
もう一つが宮田との相性です。宮田はオファーの時に「僕はもともとビジネス側の人間ではないので、倉橋さんが入ってくれたらビジネスは任せます」と言ってくれました。私自身マイクロマネジメントはあまり得意ではないので、任せてくれそうな環境は良さそうだなと。
現在、宮田とは2週に一度は1on1を行い、組織や資金調達の話をしています。コミュニケーションは密にとっていますし2人で決めることもありますが、担当領域は分かれていますね。私はビジネスで数字を伸ばすことに責任を持っているので、日々のオペレーションやビジネスの仕掛け、予算は全部任せてもらっています。宮田が自分の意見を主張することはあまりありません。
逆に、私が苦手な分野が宮田の得意分野なため、宮田に任せています。組織文化の維持やPR、グループ会社への投資など、私は口を出さないようにしています。
チームの力を最大化するのは「達成可能性70%」の計画
私が計画を立てる時には、「達成可能性70%」を目安にしています。
目標の達成可能性を70%くらいに設定するのがベストと言われているんです。10人の営業がいたら、7人達成して3割未達に終わるぐらいが、チームが最大限の力を発揮できるラインというイメージですね。
MBA留学中に学んだ考え方なのですが、組織のポテンシャルと成長性を最大限に引き出すには、目標の達成可能性を70%くらいに設定するのがベストと言われているんです。10人の営業がいたら、7人達成して3割未達に終わるぐらいが、チームが最大限の力を発揮できるラインというイメージですね。
ゆるい目標では全力で頑張らないし、達成可能性が低すぎても踏ん張らなくなってしまう。ちょうどいいバランスが70%なんです。ストレッチでありながら予実を外さない計画を立てるためにも、このラインを常に意識しています。
70%のラインを決める時には、チームの過去データを洗い出して、半年単位での成果や傾向を確認しながら業務を割り振っていきます。さらに受注金額目標を十分に達成するだけの商談供給があるか、マーケティングからのリード供給が可能かどうかなど、同時にクロスチェックしながら設計していきます。
これを何度も繰り返して、マーケティングもインサイドセールスもクロージングセールスも、ちょうど70%ぐらいの可能性で達成できそうなラインを目指していますね。
計画の段階では、もちろん人が増えることも考慮します。ただ、採用計画は70%ではなく思い通りいく前提で考えていますね。新入社員がパフォーマンスを発揮するようになるまでは、クロージングセールスであれば3ヶ月、インサイドセールスなら平均で1ヶ月。部署やポジションによっても違うので、適宜見極めています。
計画ができたら、今度はこの目標を各マネージャーとすり合わせます。「無理です」と言われたら「どう無理なのか」をまず聞いて、納得できたらその分を下げて他で帳尻を合わせます。SmartHRのようなThe Model型組織は依存関係が強いので、一つのチームを変えたら他も調整してバランスをとることが重要です。1〜2ヶ月ほどじっくり時間をかけて、何度も何度も調整を繰り返していますね。
これまでは私が計画を作ってマネージャーにコメントをもらっていましたが、今期は各マネージャーに計画を作ってもらい、私がコメントするという真逆の方法を試しました。はじめての試みで改善すべき点もありましたが、全体としては良くなったと思います。今も試行錯誤中ですが、今後はよりボトムアップとトップダウンを擦り合わせたプロセスに変わっていく気がしています。
ダッシュボードで数字を把握することが、細やかなコミュニケーションに生きる
他人事のように言いますが、SmartHRは本当にすごい会社だと思います。みんな数字へのこだわりや、達成欲がすごく強い。にもかかわらず、未達だからといって人を詰める文化が一切ないんです。そのぶん冷血に、時には給料が下がるほどの評価をつけることはありますが、それでもこれだけ自律的に達成へ向けてコミットする人ばかり集まっているのは奇跡的です。
この達成能力に再現性があるかは分からないのですが、採用時に「人のせいにしないか」はすごく注意して見ています。The Modelは依存関係が強く、上流工程の頑張りがないと自分がいくら努力しても達成できなくなるというポジションが非常に多い。他責にしやすい環境なので、いくらでも言い訳ができてしまうんですよ。そういう人が入ると達成もできなくなるし、陰口が起きたり、組織の雰囲気が悪くなったりする可能性も高いです。SmartHRは上流が厳しければそこまで踏み込んで自分も一緒に何かをやるような人が多く、それが達成力に繋がっていると思います。
素晴らしい人材に恵まれているので、達成はほとんどメンバーの力だと思っています。その中で私が意識しているのは、喜びを素直に表現することです。
私自身、達成した時はすごくうれしいので、「やったー、おめでとう!」と感情をそのまま表現します。個人で達成した人のところへ行って、一人一人に直接おめでとうと言うこともよくありますね。
あと、予算を達成できないかもしれない場合には、現在の状況や見込み、何が起きているのかをしっかりヒアリングします。そのうえでアドバイスできることはしますし、必要に応じて他のチームの調整など部分的に手伝います。状況はしっかり把握するけれど特別なことはせず、その人の考えを尊重して応援するようにしていますね。
他には数字への意識付けのために、全社集会で各チームの達成状況を説明するようにしています。それから、ダッシュボードは常に見ています。マーケティングやインサイドセールス、クロージングセールスの全体の予実の状況、カスタマーサクセスに関してはチャーンの予実、クロージングセールスのパイプラインや個人レベルの今の実績、インサイドセールスの個人レベルのコール数や商談金額など、数字が大好きなので、とにかく何でも(笑)。
状況を把握しておくことで、達成した人にはすぐ「おめでとうございます」と一言伝えたり、オフィスで会った時に「最近調子良いですね」と声をかけたりできます。コミュニケーションにも生きていますね。
毎月25人と1on1を実施。マネジメントにかける思い
メンバーとは定期的に1on1を行っています。2週に1回ダイレクトレポートで直接評価をする人が10人、オプトイン形式で月に1回のチーフポジションが15人。こう話すと、「合計25人と毎月1on1を行うなんて大変そう」とも言われますが、組織って最後は人なので、大事にしています。
チーフポジションは私の直接のマネジメント対象ではありませんが、少しでも失敗の芽をつぶせたらとはじめました。SmartHRは急成長しているので、初めてマネジメント職に就く人も多いです。それは本人にとっても日本の人材市場にとっても中長期的にみればいいことですが、短期的には組織に負荷がかかってしまいます。
しかも、初めてのマネジメントはだいたいうまくいかないもので、私自身も大失敗をしています。彼らの不安を和らげたいですし、マネジメントトレーニングのような位置付けでもあるかもしれません。
あと、今は私の現場感がどんどんなくなっているので、少しでも現場のチームの状況を知り、意思決定の精度を上げるための情報収集の場としても活用しています。
あらゆる数字にこだわる「楽天流」の経営管理
マネジメントの話題になると、私自身つい熱くなります。チーフとの1on1でも一番よく盛り上がりますね。私がこれまでマネジメントを受けてきた人の中にも尊敬できる人がたくさんいて、やり方をいろいろ参考にさせてもらっています。
中でも印象に残っているのは楽天の三木谷浩史社長です。これはマネジメントというよりリーダーシップの話ですが、リスクの取り方のうまさ、大きな組織の動かし方がすごい。時には可能性を信じてリスキーな勝負に出る姿勢も、三木谷社長から学んだものですね。
SmartHRはKPI管理がかっちりしていて、あらゆる数値とパーセンテージを出しているのですが、数字にすごくこだわるのも楽天で学んだ考えです。目標値をつけて、その数字と必ず差がでるようにするというやり方は、楽天流の経営管理といえるかもしれません。
COOを受け入れる時は、きれいごと抜きで人物像の見定めを
企業がCOOを受け入れる際には、どういう役割を任せたくて、そのためにどんな人を採用したいか、きれいごとを抜きにして見定める必要があると思います。
私がCOO候補を面接するとしたら、広めのビジネス知識、メンタリティ、マネジメントスタイルを見ます。まずCOOはいろんな領域を見るので、どの分野の知識もある程度は必要。マーケティング、セールス、カスタマーサクセス、プロジェクトマネジメントの知識に加え、プロダクトやファイナンスの担当とも密に連携をとるために、基本的な概念は理解しておく必要があるでしょう。
次にメンタリティが組織に合っているか。SmartHRの場合だと宮田が私にかなり任せてくれるのでうまくいきましたが、もし彼が権限移譲が得意じゃなかったら、衝突ばかりしていたでしょう。CEOとどんな関係を築きたいかによって、人材像を詳細に設定しておくべきだと思います。個人が活躍するのか、チーム力を大事にするのかといった組織文化との相性や、成長意欲があるかどうかも重要です。
マネジメントに関しては、「こういうケースではどうしますか」といったように具体的な対処を面接で聞きます。マネジメントにどんな哲学を持っているかも重視しますね。
新卒1年目からずっと大切にしている「逃げない」ための考え方
良いCOOになるために必要なメンタリティは、私自身もまだ確固たる答えは出ていません。ただ一つ、コンサルの新卒1年目の時に教えられた「CEOのように考えろ」というのは今でも大事にしています。
これはつまり、自分が最終責任者だったらどうするか、マインドセットとして常に考え続けるということ。迷う場面、意思決定が難しい場面で誰かに聞くのは簡単ですし、心も楽になります。でも、そこで自分の成長は止まってしまう。
もちろん組織構造上はCEOがトップですが、逃げずに最後まで責任を持つつもりで意思決定をするように心がければ、おのずと考え方や行動が変わっていくと思います。
この考え方の源泉にあるのは、もしかしたら恐怖心なのかもしれません。いつ自分の成長が会社の成長に追いつけなくなるか分からないと常に感じています。何度も言いますがSmartHRは本当にすごくて、事業もメンバーもどんどん成長していく。だから私もいろんな経営者の方と話をさせていただいたり、自問自答を繰り返したり、日々の業務で「逃げない」ことを心がけながら、成長し続けたいです。
※ デロイト トーマツ ミック経済研究所「HRクラウド市場の実態と展望2019年度版」
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