2021年、凄まじい成長をし続け、超大型の資金調達を発表したSmartHR。その成長角度はまさに「T2D3」。SmartHR COOの倉橋隆文さんは、意識的にこの目標を達成すべく働きかけてきたといいます。
T2D3とは、PMF(Product-Market Fit)の後で、Triple, Triple, Double, Double, DoubleでARRを毎年伸ばしていくこと。これが実現できるスタートアップは、良いSaaSを提供できているという目安とされます。
SmartHRにおけるT2D3を振り返りながら、それぞれのフェーズで起きた課題と、その対処法について、ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナー・前田ヒロが聞きました。
「壊れない、最高成長速度の良い目安」
前田:そもそも、なぜスタートアップはT2D3の達成を目指すべきなのか。倉橋さんはどのように考えますか。
倉橋:まず、SmartHRはARR1億円からチャレンジを始めましたが、アメリカでは約2億円をスタートにするのが一般的ともいわれていますね。ただ、アメリカのGDPは日本の約4倍ですから、国内SaaSであればARR1億円のスタートぐらいがちょうどいいとは思います。
SmartHRがT2D3を目指した一番の理由は、それが「壊れない、最高成長速度の良い目安だから」です。スタートアップはいつも最高成長速度を目指す生き物だと捉えていますが、私は時間軸の概念を忘れてはいけないと考えています。<yellow-highlight-half-bold>本来の成長期間は5年、10年、30年といったタイムスパンであるべきで、目先の半年や1年、ましてや四半期ではありません<yellow-highlight-half-bold>。
LTV型のビジネスであるSaaSは特にそうです。中長期にわたる成長速度を意識するのが大事である一方、短期的な成長についてはどう考えるべきか。SmartHRでは今後半年間の評価や目標を設定しますが、ここでも気をつけるべきは、短期的な最高成長速度が「中長期的には最高速度では必ずしもない」ということです。
たとえば、今後半年間の成長速度「だけ」を最大化しようと思えば、やり方は結構あります。既存顧客のサクセスよりも新規商談だけを重視するとか、プロダクトの磨き込みや社員教育よりもセールスに人員を割くとか。確かに成長速度は最大化されるでしょうけれど、結果としてプロダクト、組織、ユーザーとの信頼関係といった、あらゆるものが壊れます。
いかに大事なものを壊さず、速いスピードで成長できるのか。その見極めで最も優れた目安がT2D3だった
いかに大事なものを壊さず、速いスピードで成長できるのか。その見極めが経営者にとっての役割の一つです。そこで、最も優れた目安がT2D3だったんです。SaaSが先行している海外において、成功企業の初期成長スピードを見ていくと、だいたいがT2D3でした。逆に言うと、それよりはるかに速い成長スピードだった企業が、今日必ずしも成功したとはいえないというケースもあるのだと思います。
もう一つ、単純な理由もあります。「T2D3を達成したらカッコいい」のです。実はこの感覚って結構大事で、社内が盛り上がるんですよね。みんなで歯を食いしばってでも頑張ろうというマイルストーンになるので、突破するたびに全体の士気が上がり、さらに高みを目指そうとモチベーションが上がったりもしますから。
前田:T2D3はストレッチとしても程よいですよね。
倉橋:そう思います。程よい……まぁ、しんどいときは、しんどいんですけど。
前田:……ですよね(笑)。
T1:組織はめちゃくちゃなくらいでちょうどいい
前田:では、SmartHRにおけるT2D3を振り返ってみてもらえますか。
倉橋:はい。T1、T2、D1、D2、D3というフェーズごとに1年間をかけた事業の進化、経営レイヤーのCOOがどんな仕事をしていたのか、振り返ってみての反省点をまとめてきました。

前田:よろしくお願いします。まずはARR1億円から3億円のT1期ですね。
倉橋:私が入社した直後くらいにT1がスタートしました。状況として、PMFはできており、プロダクトの評判もよく、ソリューションもできてきていました。
前田:倉橋さんの中で「PMFの定義」はありますか?
倉橋:難しいですね……ユーザーに説明した際に、100人のうちに15人ぐらいは「今すぐ欲しいです」と答えてくれたらいいように思います。100人のうち50人ぐらいが「いいプロダクトですが、今でなくてもいいかな」というテンションなら、まだ苦しい。
SmartHRもグループ会社をいろいろと作って、また0→1フェーズの事業を育てていたりもしますが、その様子を見ていても、「今すぐ欲しい」というバーニングニーズを捉えられた人が10%〜15%でもいれば、PMFの証拠になるのではないか、という気がしてます。
前田:ありがとうございます。プロダクトは好評な一方、組織構成はどうでしたか?
倉橋:オペレーションは未熟でしたよ。カスタマーサクセスと呼ばれる役割も1人いるだけです。マーケチームが獲得したリードはスプレッドシートで管理していて、それを渡す「セールス」も、今で言うインサイドセールスとクロージングセールスの合体バージョン。でも、Salesforceはなぜか契約済みで、情報があまり入力されておらず、各人がスプレッドシートで顧客状況を管理していて。
契約管理と請求書発行もスプレッドシートでした。ただ、これはT1の時期に、背伸びしてZuoraを導入して解消しました。今後のスケールのために必要で、ボトルネックになりそうなものを片っ端から取り除いていったんです。Zuoraの導入時は、SmartHR本体のシステムとつなげなければいけなかったので、土曜日の夜に8時間ほどのメンテナンスを設けて、私と当時の副社長だった内藤(研介)さんがリーダーとなり、徹夜で変更作業をかけるようなことをやっていました。ザ・スタートアップという時期でした。
これがARR1億のときのSmartHRの状態なんです。ただ、あくまで個人的な考えとしては、ARR1億までは組織にきっちりとした役割分担ができていないほうがいいとも思っています。オペレーションを整えて「型化」して、属人化を排除していくのは、やはり正解が見つかってからのほうが良い。正解が見つかる前にオペレーションを最適化すると変化に対応しにくくなります。
T1:料金体系を変更、アナウンスと顧客対応に注力

前田:ARR1億円から3億円にいくまでの間には、人員や施策といった計画も数々あったかと思います。1億円のとき、3億円のときでは、どれくらい「できること」に差がありましたか?
倉橋:T1のスタート時にPMFしたソリューションは見つかっていたので、それを広げ、スケールできる土台を作ったのがこの時期だったといえます。スケールできる組織作りとしてThe Model型組織を採用し、マーケ、インサイドセールス、クロージングセールス、カスタマーサクセスといった組織編成をしました。それからSalesforceを正しく使い、チームごとのKPI設定をするプロセスも作りました。

プロダクトにおいては料金体系を変えました。当時は「従業員1〜5名」や「6〜15名」と小刻みに設定していたのですが、それはPMF期のときにメインターゲットを50名ほどまでの企業に置いていたからです。
ARR1億円を超え、51名以上の企業にも使っていただけることがわかってくると、現在の設定ではSMB向けのソリューションである印象しか持たれなかったので、SaaSらしく「一名当たり」の料金に変更しました。無料プランの枠も5名から10名までに増やしています。ちなみに、現在は30名まで無料です。
前田:料金体系は見せ方もポイントになりますよね。どういったことに気をつけましたか。
倉橋:昔の料金体系に比べて、値上がりする方が6割、値下がりする方が4割だったんです。たとえば、従業員数6名なら得をするけれど、10名だと損をする。それゆえにアナウンスには本当に気をつけました。
私個人の働きとしては料金体系を考え、その意思決定をまとめる役割でしたが、自分自身で実際に手を動かして変化を実行する時期でしたね。全ユーザーを「値段が上がる人」「変わらない人」といった6つほどのセグメントに分け、それぞれに文面を作って、マーケチームからメール配信してもらったり。そうすると問い合わせや苦情もいただくので、一件ずつ私が対応をしていました。
プライシングは正解がない領域だとはいえ、「適正価格とは何か」をずっと考えていました。これはMBAで学んだことですが、価格が決まる前提として、売る側は「提供できる最低限の価格=原価」を超えていないと事業が成り立ちませんが、買う側としては得られるメリットよりも低い価格でないと購入しません。たとえば、SmartHRを導入することで「一人当たり1000円のプラスの価値」が生まれるなら、1000円以下で買っていただけるけれど、1001円なら絶対に買われないわけです。
SmartHRの代替手段になるようなものはあるのか、今後の自分たちのサービスのレベルアップを見据えるなら……といったことから一生懸命考え出していました。本当に難しかったです。最後は「えいやっ」で決めましたけれど。
前田:競合よりは高くアンカリングするイメージですか。それとも同等なんでしょうか。
倉橋:この時期は競合がそれほどおらず、SmartHRが市場を作ったともいえるので、プライスリーダーになれた自負はありました。しかし、それゆえに価格の決定はさらに難しかったですね。既存の市場であれば価格帯の基準値もある程度は持ちやすく、ポジショニングで決められますから。競合という観点は、そもそもなかったように思います。
T2:社内から「阿吽の呼吸」が消える

前田:では、次にT2を。ARR3億円から9億円は、どういった時期でしたか。
倉橋:社員数が60人〜150人のときですが、社内から「誰が何をやっているか見えにくいよね」と、やたら聞こえるようになりました。50人までは見えているけれど、やはり100人まで組織が拡大すると「阿吽の呼吸」や「ホーム感」はなくなっていきますね。
これは反省なのですが、この社内からの声に真摯に向き合ってしまったことが結構あったんです。「せめてビジネスサイドだけは、誰が何をやっているかわかるように、オフサイトミーティングをしよう」と言って、金曜16時に引き上げて、近くの貸しオフィスを借りて、チームごとに取り組みを発表してもらったりして。
その会自体は満足度が高くて、社員から「一体感が出た」と盛り上がれ、そのあとのお酒も楽しく飲めたのですが……1〜2ヶ月たつと、また人数が大幅に増えて、すぐに元の木阿弥になってしまう。言い換えると、「阿吽の呼吸」という過去の成功体験に若干しがみつこうとしてしまった部分があったかな、と思っていて。
成長を続けていくと、社内に知らない人がいるのは当たり前。誰が何をやってるか手に取るようにわかる状況は「特権」だったのだ、と早めに諦めたほうがよかったですね。だからT2の時期は、事業計画や採用計画を浸透させなければと奮闘していました。事前に計画を作ってみんなで合意したら、あとは信じて背中を預け、自分たちは自分たちのやるべきことをやる。そういう組織に少しずつ成っていった時期でしたね。
前田:倉橋さんのマインドシェアとしては、どういったことを考えていましたか。

倉橋:全体最適と計画作りです。阿吽の呼吸を捨てて計画ベースにすると、全体最適を取るべき仕事が増えます。たとえば、「リード獲得は質か量か」みたいな話もそう。ありがたいことに現場の話し合いで解決してくれることが多かったのですが、最終的なジャッジを求められる局面もありましたからね。「目的のためにこうするのはどうだろう」といったファシリテーションが少しずつ増えていった時期でした。プロダクトとビジネスサイドといった間での調整も多くなりました。
前田:部署間の連携を高めたり、ボトルネックを解消したりするのがメインテーマに。
倉橋:そうですね。組織計画を立てるとなると、各部署での最適化はそれぞれしてくれても、各部署をまたいだ最適化が課題として出てくる。それをまとめつつ、決してトップダウンにならないように、みんなが納得しやすい形として背景の理由まで伝えて実行していくことは、強く意識していました。
一つ印象に残っているのは、プロダクトとビジネスサイドでのいざこざが起きかけているときに、現在のCTOの芹澤(雅人)さんと事前に会って、「今日の経営会議でプロレスをしかけるから乗ってきて」と伝えたんです。お互いに意見を言い合った上で、「でも!僕らが目指しているのは、こういうサクセスの状態ですよね!」と合意して、認識をそろえたり。
変に亀裂が入りそうなときに、能動的に動いてヒビを埋めるような動きは結構ありました。
前田:興味深いです。壊れる前に防げるなら、ちょっとした演技も辞さないと。
倉橋:とはいえ、経営会議中は本当にケンカしてるんです(笑)。でも、いきなり吹っかけるよりは宣戦布告しておいた、みたいな感じです。
D1:未来につながる“成長レイヤー”の仕込みを進める

前田:ここからD1、D2、D3という時期に入ります。まずはARR9億円から18億円ですね。
倉橋:社員数でいうと150人から200人くらいの規模がD1です。ただ、T2を達成できているのであれば、3倍成長から2倍成長に切り替わるD1は余裕があるんです。それまで、ARR1億円から2億円増やす、ARR3億から6億円増やす……とストレッチして、次にプラス9億円にするのは、それまでに比べれば難しくはないはず。

だからD1にこだわらず、D2やD3の事業成長のための投資時期で、成長レイヤーを積み重ねようと意識していました。この成長レイヤーの考え方は、前田ヒロという著名な投資家が、とてもわかりやすくブログを書いていたので拝借しているのですが……(笑)。
前田:どうもありがとうございます(笑)。
倉橋:SaaS企業はプロダクト、顧客セグメント、顧客獲得のレイヤーを積み重ねることによって売り上げを伸ばし続けているという考えです。SMBだけでなくエンタープライズにも売ったり、上位のプランを作ったり、有償オプションをオンラインで締結できるようにしたり……と、成長を加速させるレイヤーを求めていた時期でした。

私の仕事としても、そういった未来につながる戦略作りに関する話が増えていきました。象徴的だったのは、社内でエンタープライズセールスのノウハウがなく、採用と並行しつつ、情報交換に精を出していったこと。SmartHRは資金調達は順調でしたから、他のスタートアップから教えを請われることがあり、そういった人が元エンタープライズ企業出身だったりしたら、「資金調達のことは何でも教えるので、セールスについて教えてほしい」と。
前田:そのときに取り入れた他のノウハウもありますか?
倉橋:開発でも、CTOがワンプロダクトから複数プロダクトに展開した経営者に話を聞きに行ったり、海外事例をたくさん勉強したり。SalesforceやWorkdayの成長についてよく研究していたのもこの頃です。
D1の時期を振り返ると、開拓精神あふれる初期メンバーの心強さに支えられましたね。SmartHRにとって1人目のセールスになった大辻(昌秀)さんで、今は関西支社の支社長で執行役員です。彼は初期に自ら宮田(昇始)さんに連絡して、「雇ってほしい」と言ってきたような人です。
当時、150人規模組織で営業部長だった頃、私と1on1をしていたら「倉橋さん、僕は物足りないんです。このおとなしい組織に」と言ってきた。いやいや、指揮するのも大変なはずなんですよ。でも彼曰く、「もっと日々ひりひりして、どきどきするような環境に身を置きたい」と。そこで提案されたのが単身で関西拠点を開設することでした。
たしかに「地域」という成長レイヤーが増える期待もあったので、すぐにお願いしました。大辻さんは東京に家をもっていたにもかかわらず関西へ乗り込んで、今では40人規模の組織になりました。こうやってフロンティアを広げてくれる人がいると、私一人だけで考えなくて済みますから、とても助かったという思いがあります。
前田:いやぁ、すばらしい!他にも伝えておきたいアドバイスはありますか?
倉橋:人材にも適材適所はやっぱりありますね。初期のカオスで活躍できる人もいれば、プロセスや組織が整っていたほうが活躍できる人もいる。会社全体の事業で見ても、大辻さんのようにフロンティアを切り拓いたり、成功パターンを型化して回転モードを入れたりと分かれる。それらを意識し続けること、そこに適材適所をはめることが、やはり大事です。
経営層としては、必要な事業フェーズに合わせた最適なモードを使い分けるのが大事になってくる時期ではないでしょうか。たとえば、今のSmartHRの営業チームと話すのであれば「Salesforceは抜けもれなく、レコードをちゃんと残してね」と伝えるでしょう。でも、0→1で頑張る社員10人未満のグループ会社なら「Salesforceなんて使わずにスプレッドシートでいいよ!」と言うはずです。そういう使い分けも効いてきますね。
D2:とにかくツラい時期。競合との差別化を図る

前田:さて、D2からはハードモードだったと思います。倉橋さんがずっと「ツラい……ツラい……」と言っていたの覚えています。
倉橋:はい、大変でした(笑)。社員数200人〜350人くらいで、SmartHRは商談で競合とぶつかることが増えた時期です。市場を自ら切り拓いた後で類似商品が出てくると、最初こそ先行していたアドバンテージで勝てるのですが、このあたりから競合の中でも生き抜いてきた企業とぶつかりだす。その上にD2としてARR18億円をプラスしないといけない……。

市場が本当にできてきたので、第一人者ということにあぐらをかかずに、他社としっかりと差別化しないといけない時期です。競合の中には、類似製品を3分の1の価格で提供する企業もいましたから。そこで、<yellow-highlight-half-bold>戦略的にいかに差別化し、私たちにしか出せないバリューを明確にして、全社に浸透させるコミュニケーションや仕組み作りに注力<yellow-highlight-half-bold>しました。
従業員数が300人を超えると、意思決定が経営者だけでなく、日々会社のいろんなところで起きるようになる。意思決定のベクトルがそろっていないと、300人の努力が正しく最大限の効果として発揮されません。「私たちは右斜め17.5度に進化しよう!」と足並みが揃っていれば、その方向へ進化してくれるようなイメージですね。
前田:戦略策定については行動調査などをしていたのですか?
倉橋:大量の調査とヒアリング、動向把握、Salesforceのデータ分析、全ての受注と失注の理由、競合のウェブサイトをくまなく見る……ということに費やしました。でもやはり答えは現場にあります。マーケからカスタマーサクセスまで、競合とぶつかっている社員たちが見えている景色を教わり、インプットをもらった上で、かつて習った戦略論を思い出しながら差別化戦略を考え、経営陣とも議論しながら決めていきましたね。ここで明確に打ち出した指針が今も生きているので、大変でしたが、本当にやっておいてよかったとは思っています。
あとは、オペレーションが固着化しつつあったので、組織を変えようとプッシュをしていた時期でもありました。SmartHRは変化が速い方だとは思いますが、「大丈夫、変わった先にはより良い未来があるから」と励ましながら、後押しをよくしていましたね。
補足:SaaSのオフィス選びは本当に難しい!

倉橋:最後のD3へ行く前にT2D3を通じた後悔……というか共有したいことがありまして。
前田:なんでしょう?もう一度、T2D3をやるなら変えたいようなことなら、ぜひ聞いておきたいです。
倉橋:オフィス選びは本当に悩ましいですね。私が入社する直前は、それまでと比べて倍の広さのオフィスに移転したばかりでした。ヒロさんは当時からSmartHRの株主として取締役会にも出てくださっていたのですが、「SaaSなら常に3倍の広さのオフィスへ移ったほうがいい」とアドバイスを受けていたけれど、資金的な理由で倍の広さを選んだと。
その結果、たった9ヶ月で人があふれて、最後は一つの机を半分に割って使うほどに足らなくなり、引っ越しを余儀なくされたんです。でも、オフィス賃貸の契約は2年や3年といった単位で、それ未満での退去はペナルティがかかる。だから一生懸命、居抜きで入ってくれるスタートアップを探し、どうにか3倍の広さのオフィスを背伸びしながら契約したんです。
入ったときこそ「ずいぶん広いところに来ちゃったな」と感じたものですが、実は結果的に、このオフィスも1年3ヶ月で出ることに……。
前田:採用計画をちゃんと達成しているという証拠かもしれませんが。
倉橋:SmartHRって、採用計画を二つの意味でよくはずすんですよ。3年〜5年といった長期的な採用計画は甘く見積もりすぎて人材が足りなくなり、だからといって短期的には人材が欲しくても急には採用できませんから採用率が下がる。そこでオペレーションの工夫とかで何とか頑張る状態が続くわけですが、それでも1年3ヶ月で引っ越すことになり。

ここも3年契約でしたから、「同じ不動産会社の別のビルを選ぶから、なんとか許してほしい」とお願いして、また3倍の広さのオフィスに移転しました。私からの大事なメッセージとして「SaaSは本当に人数が必要です」とは伝えたいですね。
前田:ARR当たりなどで、ざっくりとでも必要な人数は見積もれますか?
倉橋:事業領域やオペレーションによっても変わりますが、黒字化などをあまり考えてない急成長期なら一人当たりARR1000万程度が相場になるかな、という気がします。ただ、たとえばエンタープライズのみを対象にしている場合なら、もっと少ない人数でも回せるでしょう。逆にSMBが多く、裾野の広いお客様に対応したいなら、人数は必要です。
ちなみに、D3に行く前に……頼み込んで引っ越したオフィスですが、ここも1年8ヶ月でいっぱいになって、同じビル内で3倍の広さのところへ移転しました。でも、引っ越したのが2021年1月なんですよ……この時期、思い出してください。コロナ禍なんです。やたらと家賃がかかってるオフィスに誰もいないんですよ、ずっと。
こればかりはオフィスへ行くたびに泣きそうになっていましたね。あぁ、この家賃があれば他のことができたのに、と。だから、オフィス選びの難しさは、私たちの体験談からお伝えしたかったんです。
D3:チャレンジ中!事業領域を拡大させた

前田:オフィスのことは悔しいながら、いよいよ最後のD3ですね。

倉橋:D3はまさにチャレンジ中なので、まだ振り返りとはいえないのですが、現在進行系で進めていることを。SmartHRは人事労務中心だったところから、第2の事業領域としてタレントマネジメントと言われる領域に本格的に展開しています。

SmartHRは「守りの人事」として、法的に義務づけられている人事業務の効率化を図ってきたのですが、結果的に従業員の入退社情報を知り、給与明細を配布する関係で、人材マネジメントに必要なデータが貯まりやすく、それらをクロス集計することで「攻めの人事」に役立つんです。
私の仕事でいうと、今はSmartHRのオペレーションをどんどん渡せるようになってきたので、グループ会社の経営をサポートしたり、M&Aについて検討したりしています。もし、独自の技術やノウハウを持っていらっしゃって、SmartHRの顧客基盤やデータに魅力を感じ、一緒になったらより良い世界が作れると思う方がいたら、ぜひご連絡をください。
前田:まさに、絶賛いろいろとお話を伺いたい状態ですもんね。
T2D3を通して常にやっていたことは、この先のための組織やオペレーションの進化を意識していた
倉橋:どんどん仲間を増やしたいです。最後にまとめると、T2D3を通して常にやっていたことは、この先のための組織やオペレーションの進化を意識していたな、と。そして、経営者の仕事は具体からより抽象的で幅広く、未来志向になっていきます。
あと、オフィス移転って本当に難しいですね……というお話でございました。
前田:それは間違いない(笑)。さまざまに勇気づけられるエピソードをいただきました。今日はお忙しい中、ありがとうございます。