SaaSスタートアップの評価額に大きく影響するもの、それがMRRやARRの成長率です。「トップラインが常に成長しているか」「今後も成長できるか」という問いに対し、SaaSスタートアップは売上拡大戦略を高度化させ、それらの問いに応えなくてはなりません。
そのなかで、日本においてはトラクションを生み出すチャネルのうち、いわゆる「代理店を経由した販売」など、パートナー企業とタッグを組み、販路を広げていくことが重要な手段のひとつとなっています。国内大手SaaS企業の売上構成情報を見ても、その重要度は年々高まっているように感じられます。
しかし、国内SaaSスタートアップからは、「パートナーセールス立ち上げのノウハウがない」という声が上がります。従来の直販を主体としてきた戦略から、より適したパートナーを求めること、そしてパートナー戦略の解像度を高めることは、SaaSスタートアップ成長に貢献する手段のひとつといえるでしょう。
そこで、ALL STAR SAAS FUNDでは、パートナービジネスをレバレッジするための戦略や体制についてノウハウを取りまとめることが重要と考え、全3回の連載で、この分野について深堀りしていくことにしました。
連載初回は「アライアンスをハックする」をミッションに、ベンダーと販売パートナーをつなぐクラウドサービスを提供している、パートナーサクセス株式会社の執行役員COOである秋國史裕さんを招き、その概論を伺いました。
続く第2回は「SaaS商材別のパートナーセールス戦略」をテーマに、自社が取り扱う商材の特性に合わせて、いかにパートナーと関係を構築していくべきかを掘り下げます。オールインワン型BtoBマーケティングツール『ferret One』などを展開するベーシックの林侑平さん、クラウド人事労務ソフトで知られるSmartHRより向高立一郎さん、保育・教育施設向けICTサービスを開発するコドモンの足立賢信さんにお集まりいただき、それぞれの戦略をお聞きしました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDパートナーの佐伯裕人です。
なぜ、パートナーセールス組織を立ち上げたのか?
佐伯:はじめましての方も多いので、みなさまの自己紹介からはじめていきましょう。
ベーシック林:ベーシックの林と申します。我々が扱うのはBtoB事業社の営業部やマーケティング部の人たちを対象としたマーケティングツールです。我が家にも子どもが2人いますから、教育領域のDXや本日ご一緒するコドモンさんにはたくさん期待しています(笑)。
SmartHR向高:私はSmartHRに3年前に入社しまして、いわゆるアライアンスを専門とする部隊である事業開発グループの一人目として参画しました。現在は大きく分けて再販売チームと、アライアンスチームがあり、私はチーム全体を支援する立場を務めています。パートナー戦略に関しては、私たちも試行錯誤している状況ですから、今日は楽しみでした。
コドモン足立:コドモンの足立です。コドモンでは普及推進部という名前で、平たく言うとセールスやマーケ領域を担当している部署になりまして、そちらを統括しております。前職では飲食店向けメディアの営業や、飲食店向けのSaaSを扱う会社に在籍したこともあり、パートナー側の経験もあります。コドモンは保育園向けのSaaSで業界特化型ですから、我流で色々と進めてきたことで、失敗談もあります。みなさんとは、また違ったケーススタディをお話しできるかと思っています。
佐伯:ありがとうございます。今日のテーマは大きく2つです。ひとつは、パートナーセールス組織の立ち上げや運営について。もうひとつは、パートナー開拓の戦略についてです。
さっそくひとつ目からお聞きすると、各社どういった背景があって、パートナーセールス組織を立ち上げていったのか、当時はどういったメンバーが入られて活動をはじめたのかをお聞かせください。
ベーシック林:ベーシックは2021年の4月から準備を進めて、6月にパートナーサクセスチームとして始動しました。もともとダイレクトセールス、ほぼインバウンドでの取り組みでしたが、それ以外の拡販方法を模索するために、2020年の11月から「マーケ&セールスのR&D」として取り組みはじめたんです。
主要ターゲットであるマーケターだけではなく、経営者向けのセミナーを開催したり、アウトバウンド戦略を進めてみたりするなかで、一部のコンサル企業さまから案件をご紹介いただくようになってきました。その後、効率性や確実性を検証した結果、パートナーサクセスに特化したチームを組成しました。スタートは僕を入れて3名で、他の2人はセールスで結果を出していたメンバーと、以前にセールスの責任者を務めていたメンバーです。
SmartHR向高:SmartHRとしてはパートナーセールスを「新しい販売の販路」の位置づけだと考えています。2021年の5月頃に大手代理店と提携することをきっかけに、パートナーセールスの組織を立ち上げたのがスタートです。
それまでSmartHRは直接販売(直販)に取り組んできましたが、2つの大きな課題がありました。まずは、インバウンドで獲得できるリード数自体の確保が厳しくなってきたこと。それから、首都圏以外の地域での販売が行き届いていなかったことです。そこで、全国的に支店を持たれている代理店や、地場のお客さまと関係性を持っている企業と手を組んで、拡販を行なっていく必要性があると判断しました。
立ち上げメンバーは私を含めて5人です。新規で採用したのはパートナーセールスの経験者と代理店営業の経験者で、あとはダイレクトセールスのチームからの異動者と、私と同じ部署でアライアンスの経験者、という布陣でした。
コドモン足立:コドモンは前提として、パートナーセールスというチームは今もない状態です。
私が入社した当時は、直販と同等か、それよりやや少ない社数を獲得している代理店が2社あって、そこに対しては私が直接担当していました。私が注力している2社をはじめ、事業を専属でやってくださるチームを持っている代理店に関しては担当を立てています。それ以外は「取次」として、パートナーマーケティングに近い建て付けで、リードの獲得などに努めてもらう形です。
大手法人が得意な代理店であれば、コドモン内でも大手法人の営業担当者をつけ、自治体が得意な代理店であれば、自治体営業の担当者をつけます。そのようにして、代理店が売っても担当者が売っても成果は同じとして、客先同行などの判断も個々に任せるようにしていますね。
直販以外で、パートナーセールスを事業戦略の柱に育てる
佐伯:みなさん組織を作っていくうえで、3名から5名という構成で、セールス責任者や優秀なセールスの方をアサインされていますね。なかなかダイナミックな意思決定だと思いますが、そこにCEOの方々などのコミットメントはどこまで入っていたのでしょう?
ベーシック林:「やるからには徹底的にやろう」が大前提で、中途半端にしないという強い意思決定はありましたね。会社全体の戦略、もしくは事業のトップ戦略として、パートナーセールスに取り組むのだと。背景にはCACの考え方がありまして、展示会の出展やホワイトペーパーの配布などに直販中心で進めるよりも、パートナーからご紹介いただくほうがCACがより収まるという見込みで、経営陣からもオーダーされていました。
SmartHR向高:私たちは、パートナービジネスへの理解が少なかったため、まずは「パートナービジネスがどういうものなのか」を改めて経営陣に説明したうえで、可能性を模索していきました。トライアルとして、まずは代理店1社からスタート。今は徐々に組織が大きくなってきて、ようやく直販以外にも事業戦略の柱として作っていく必要性を感じて、再販にも注力しているところですね。
コドモン足立:コドモンは直販中心でまだ獲得ができており、パートナー経由のほうが価値合意が難しかったり、商品知識の教育コストがかかったりするので、SmartHRさんのような危機感までは達していません。今後、直接のリードが足りなくなってくれば、もっとパートナーに頼らざるを得ない状況はやってくるとは思います。
ただ、どうしてもパートナー側の保有顧客数のポテンシャルに左右されるところもあると感じています。たとえば、コドモンは保育業界向けのバーティカルSaaSですが、パートナーが僕らの商材をフックに「これから保育業界に参入したい」と言っても、正直、なかなかうまくいきません。むしろ、既に保育業界にお客さまを抱えており、一声かければ商談がセッティングできるというような方たちと組めることが大事だと考えています。
ただ、保育業界でそういったパートナーは少ないというのが正直なところです。だから基本的には取次をしてもらうパートナーを中心に、集めています。これは前職であった失敗談がもとになっていて、当時は30社ほどのパートナーがいても実際にきちんと契約を獲得するまでできている会社は少なく、数件の顧客に対してだけ毎月のフィーが発生するようなパートナーばかり増えてしまっていたんです。パートナーからすれば契約時には、見込み客数を大きく見積もって説明してくれますから、こちらがそれを期待して契約をしてみても、蓋を開けてみたら販売実績がさっぱり……ということが多々あって。
前職のその失敗を踏まえて、コドモンではいきなりパートナーと再販契約をするのをやめて、まず取次として組んでいただき、一定の成果を超えたら、遡ってすべて再販契約にする、という建て付けに変えました。
Win-Winの関係を築くことが基本
佐伯:足立さんのお話を踏まえると、お付き合いをしてうまくいくパートナー選定の見極めが大事だと考えさせられます。その点、どのように見ていらっしゃいますか?
ベーシック林:僕が1年続けてきたなかでは、「斡旋事業をひとつの事業として取り組まれている会社かどうか」は大きなポイントだと思っています。斡旋事業だけで売上を立てていくのはなかなか難しいとは感じますが、いかにそういった会社と出会えるのかが肝心ですね。
SmartHR向高:SmartHRも再販と併せて実施していることとして、取次紹介パートナー制度を実施しています。例えばそのひとつに、金融機関のパートナーがいらっしゃいます。金融機関は自社事業だけで収益を得ていくのが厳しいという課題があり、手数料などの異なる収益源を求めていたこと、そして顧客へDXをフックにした提案材料のひとつとしてSmartHRのサービスが合致していたことが魅力的だったようです。そこで、実際に紹介や仲介があり、実績につながっています。やはり「Win-Winの関係」が大切ですね。
コドモン足立:立ち上がり序盤にコールドコールから積極的に担ってくれているパートナーを得られると双方メリットありますよね。コールドコールによって一気に業界内にサービスの認知度を上げてもらえる一方で、パートナー側は初期段階のおいしい土壌を開拓できる。そういった先行者利益をとれたパートナーは、一定の母数が形成されたところで、チーム構成を開拓側のセールスからサポート側に寄せること、安定的に継続的な利益を求められるようにシフトしていくことも多いですね。
つまり、黎明期に白地でコールドコールで取れるだけ取り、その後にインバウンドや直販に流れる状況が見えてきたら、組織をシュリンクしてサポートチーム化する。こういう展開は双方にとって「Win-Win」だと思っています。あとは、初期に攻略が難しい大手法人と関係構築ができているパートナーに仲間になってもらえると、組織の立ち上がりは早くなるのではないでしょうか。
パートナーセールスのKPIはどう設定しているか?
佐伯:改めて組織立ち上げから現状のところに話を戻すと、現在の運営体制と代理店の社数はどのようになっていますか?
ベーシック林:現状は、自分と最初から一緒にやっていたメンバー1名、アシスタント1名の3名体制で、パートナー数は1年で100社を超えてきたところです。そのなかでも「新規パートナー」「既存パートナー」「注力パートナー」で管理を分け、継続的かつ頻度高く紹介いただけるごく一部のパートナーは「注力パートナー」として、こまめにコミュニケーションを取るようにしています。
新規パートナーの数を増やすよりは、注力パートナーになれそうな代理店の新規開拓を目指して、ABM的に取り組んでいる状態です。既存パートナーについては僕が担当しており、定期的にメルマガを送ったり、展示会や交流会でお会いする機会があったり、という関係性になっています。
SmartHR向高:全体で言うと20人ほどがメンバーとして在籍しており、再販のチームは私を含めて10人で、あとはアライアンスチームです。それぞれでパートナーの開拓や販売戦略も違う方向性で動いているのが現状です。
パートナー自体は全体としては150社ほどで、既存かつアクティブなパートナーに対しては定期的な打ち合わせやコミュニケーションを密に取って、よりSmartHRを紹介いただくタイミングを増やそうと活動しています。ただ、それだけでリードが足りない場合には、相性の良い新規パートナーを求めていく。先ほどお話しした金融機関もそのひとつですね。
コドモン足立:既存パートナーに関しては、5人ほどが自分の担当代理店を持っていますが、やはりそれぞれで温度差があります。紹介数が多い代理店は定例を組むなどコミュニケーションを取りますが、それ以外は「困ったときの問い合わせ窓口」として動いてもらっています。
新規パートナーに関しては、年に何度か郵送などでDMを送って、コドモンのパートナーになっていただけるように呼びかけています。そこから問い合わせを受けてパートナー契約までいけば担当を割り振るという形ですね。
佐伯:稼働されている代理店が最大限のパフォーマンスを発揮できるように、OKRやKPIを設定しているのでしょうか?紹介社数や満足度など、どういった目標管理で工夫されていますか。
ベーシック林:KPIはゴールに近いところから言うと、SQL数、商談同席数、案件紹介数を置いています。僕らの扱うマーケティングツールはパートナー経由で販売すること自体が難易度の高いものだと思っていて。僕らとしてはCMSがメインの機能にはなるんですけれども、CMSを導入して製作会社へ依頼しなくても自分たちでサイトが編集できるようになった、というメリットだけでなく、やはり継続的にサイトを編集していく取り組みをしないと、SaaSである意味がないと考えています。
たとえば、「導入事例のページを増やしていきましょう」とか、「ダウンロードできる資料を充実させましょう」とかいったマーケティングのナレッジを使ってCMSを活用していただかないと、結局はチャーンしてしまう。だからこそ、マーケティングノウハウをちゃんと持ったパートナーでないと、ちゃんと売れないのです。マーケティングツールを売る他のベンダーと話をしても、同様の課題を持っていらっしゃいますね。
ですから、基本的にはパートナーにはお客さまをご紹介いただき、僕らが商談にも同席をして、活用やナレッジ含めて説明をしていかないといけない。その意味では、SQL数、商談同席数、案件紹介数というKPIのなかでも、商談同席数が一番の肝だと思っています。案件をご紹介いただいても、そのあとのアポにつながらないケースが結構多くて、商談同席のアポを取るところまでが最も重要だと捉えています。パートナーからご紹介いただいた案件で商談同席できて、ちゃんとSQLにつながった場合においては、最終的なクロージングはフィールドセールスにパスをしているので、そこからは直販でもパートナー経由でも、CSなどのケアは一緒ですね。
SmartHR向高:弊社もチームで追っているものがそれぞれ違います。再販のチームには2つあり、商談獲得数で、商談への同席や、パートナーがお客さまとSmartHRに関する商談の数字を追っています。もうひとつは売上に至るまでに必要な商談を生み出すために、パートナーセールスが代理店の各拠点の方々と「どのぐらいの接点を持っているのか」というタッチポイントも指標として置いています。
パートナービジネスの特徴的なところかと思いますが、単純にタッチポイント数が多くても商談獲得数にはつながらないところもあって。いわゆる定性的な面になるんですが、パートナーとの関係構築が重要なので、親密度のようなものをレベル分けして、各パートナーセールスがその指標を持っています。
アライアンスチームのほうは、商談数と成約数ですね。いわゆる取次という形になるので、パートナーからお客さまを紹介いただいたら、そこからSmartHRのダイレクトセールスのほうにトスアップしていきますから、商談からの成約数をひとつのゴールとして追いかけています。
他には、勉強会の実施実績やSmartHRが設けた資格制度の受講者数、SmartHRに対する理解度の把握などを含めて、僕らにどれぐらい意識を向けていただいているのかを測る指標として、そういった数字を追っているところもあります。
コドモン足立:コドモンはパートナーも営業チャネルのひとつという立ち位置なので、基本的には営業は普及施設数を追っていますから、それがどれくらいパートナー経由であったのかを数字で見ています。これは失敗談ですが、パートナーからの取次数をKPIとして追うと空アポや軽いアポが増えてその対応にリソース取られてしまいがちなんです。
パートナーから取次されるアポが軽いかどうかわからない問題の解決策としては、個別の商談前にオンライン説明会を挟んでもらい、そこで個別商談を希望されたお客さまのみ商談するという形で解決しています。取次のパートナーにとっても商談のアポ設定ではなく、オンライン説明会の勧誘をお願いする形に変えました。また、パートナーごとに特有のURLを振り分けることでどのパートナーからの紹介での参加かわかるようにし「説明会後に最終的に契約に至ったらフィーが入ります」という座組みにしました。
パートナーからすると、商談のアポ設定よりも、説明会への参加の勧誘のほうがやりやすいですし、説明会後に「個別商談を望みますか?」というアンケートを取ることで、我々も無駄な商談をしなくて済みます。
直販と代理店の「バッティング問題」への対処
佐伯:みなさんの組織がもっとうまくパフォーマンスを発揮するために、ダイレクトセールスやCSなど、社内でよく連携を取る別のチームなどはありますか?
ベーシック林:足立さんのお話を聞いていてうらやましいな、と思っているのですが(笑)、僕らはまだまだ「パートナーになりたい」というお問い合わせの数も少ない状況です。なので、新規のパートナーさんと出会う機会は大事にしていきたいですし、より多く取っていきたい状況でもあるので、インサイドセールスやCSとの連携は重視しています。
インサイドセールスは、確率は少ないながらインバウンドリードのなかにクライアントへの提案を目的としたお問い合わせをいただく方も一定いらっしゃるので、漏れずにトスアップをしてもらえるように日々お願いをしています。
あとは、公式サイトからお役立ち資料をダウンロードされる方のフォーム項目のなかで「クライアント提案」という項目を設けて、該当のリード情報の通知が飛ぶように連携してもらい、我々のチームで対応できるようにしています。
CSは既存のお客さまのなかにもパートナーとして活動していただけるような方もいるので、話が及べばすぐにトスアップしてもらっています。社内にもパートナーセールスが事業戦略上でも大事であることを、事業部長からの発信も含めてお願いするようにしていますね。
SmartHR向高:弊社の言う「取次」は、お客さま情報だけをいただいて、そのあとそのままインサイドセールスへトスアップして、インサイドセールスからコールをかけて、商談ができるかどうかを判断しています。稀にあるケースは、人事労務サービスではなく勤怠管理サービスを探されていて、ニーズの違いが発生することがあります。。本当に我々のサービスのニーズがあるのかを確認いただいたうえで、事業会社とインサイドセールスが密に連携することで、取次の質や商談化率を上げていくようにしています。
取次の場合には、パートナーから紹介いただいたものがダイレクトセールスの案件として動いていくので、そこはある程度、連動した受注件数だったり、それにひもづく商談獲得数だったりを設定しています。再販の場合は、リードの獲得から受注まで全部パートナーセールスで実施していくので、ダイレクトセールスと連携するよりは、パートナーセールス側で商談数の獲得状況から予算設定をしていますね。
代理店のメリットとしてはSmartHR以外の商材も複数扱えることにあります。つまり、同じ窓口で購入できるところが、お客さま側に提供できるメリットでもある。契約をひとまとめにするため、パートナーから購入したいというご要望をいただくケースもあります。その時はダイレクトセールスのチームと話して、進めるようにしています。
コドモン足立:僕も直販と代理店の「バッティング問題」にはずっと悩んでいて。そこが揉めるのはお互いにとって不毛ですし、避けたいことですから、まず直販の担当者には担当代理店の成果についても「どちらにとってもあなたの成果です」とするようにしているんですね。
とはいえ、代理店同士でぶつかることもありますし、直販で決まりかけたところに代理店が訪れることもある。そこで、今のところは「半年以内は、先に商談しているところに権利がある」というルールを設けています。あとは、既存のお客さまの姉妹施設に関しては、他のパートナーが商談できないようにも決めています。
SmartHR向高:弊社で言うと、それぞれの組織にいわゆるオペレーション部隊がいます。たとえば、「IS Ops」というインサイドセールスの仕組みを考える人たちがいます。そういった方々と、パートナーセールスも含め、運用の全体を調整をさせていただくケースがありますね。私が入ることもあれば、マネージャー、チーフ陣の方のこともあります。各担当を挟んで進めていくようには気をつけています。
組織の立ち上げ、今だからこその反省点は?
佐伯:向高さんに伺いたいのが、SmartHRさんがオペレーション部隊を設けていることが興味深いと思っています。なぜそのような体制を取っているのか、経緯や背景を教えていただけますか?
SmartHR向高:ひとつは「落ちているボールを拾うのは誰か」という課題に対応するためです。もうひとつは、現場の人間が課された数字に集中して取り組むことで、成果を出しやすくするためですね。オペレーションの部分まで担当者が入っていくと、通常の営業活動に支障をきたしてしまいます。そこは切り分けて、仕組みを作る担当と、現場で活動する担当を分けていくほうが効率がいいのではないか、と考えたわけですね。
佐伯:ありがとうございます。面白いです。足立さんにもぜひお伺いしたいのは、こういったオペレーションメンバーみたいな人がいたら、「バッティング問題」も緩和されるのかどうかでいくと、ご印象としてはいかがですか。
コドモン足立:オペレーションでどうにかできるというイメージは、僕はやはり無いですかね。ルールをどれだけご納得いただいて実施し、そこも含めてオペレーションなのかもしれないですけれど……都度の判断で揺れてしまうと、営業の方々はやはり賢いので、突破の仕方を覚えてしまうと繰り返してしまうと思うんです。やはりルールを決めて順守するべきかな、と。
佐伯:パートナーセールスとダイレクトセールスで、どこまでリソースを思い切って割くべきかという意思決定にもかかわる問題だと感じましたね。向高さんは、組織設計に関して、ここまでの振り返りをしての反省点などあるでしょうか?
SmartHR向高:私は3年間このグループに携わってきたんですけども、個人的に大きな失敗だったと思っているのは、パートナーの開拓を広げすぎたことです。導入支援を行なうパートナーや、他社サービスとの連携開発していただく技術的パートナーなど、幅広くいらっしゃるのですが、割と満遍なく提携してきてしまったかな、と。
パートナービジネスの柱をどのようにするのかという戦略を、正直作りきれていなかったのが、個人的に一番の反省点。選択と集中も、かなり必要だと感じています。再販パートナーで売上をある程度作ってから、次のパートナーさんを開拓していくといったような順序立てが大事だったと思っています。
コドモン足立:ただ、今日はお二人のお話を聞いていて感じるのは、きっとパートナーセールスが万事うまくいってますと言い切れている会社は、今って無いのではないか、とも思うんです。
一同:(笑)
コドモン足立:逆に言うと、うまくはいっていなくても、避けられたリスクはあるはずです。たとえば、実際に稼働していない代理店を生まないために契約にステップを踏むようにする。でも、PMFしたばかりで商品の知名度も人気も無いときに、ステップを踏むような強気な交渉を代理店とできるかといえば、やはり難しい。販売をお願いする立場にならざるを得ないとも思うんです。
今、もし自分がその立場になったならば、パートナーには「売れたときには良いお返しができます」という条件を設定しつつも、むしろ「売れなかったときはこのようにします」という撤退条件も盛り込んでおくこと。売る気満々の人たちはそれを飲んでくれる可能性が高いでしょうし、販売数が減ったときは条件を切り替えることも伝えやすい。先読みして、その条件設定をするのは、立ち上げ段階の方々にはおすすめしておきたいところですかね。
佐伯:ありがとうございます。やはり、「どこまでいったら成功か」というのはSaaSビジネスにおいては難しい判断軸で、ゴールをひとつ乗り越えたら、また次のゴールが設定されて、どんどんアップデートされていくのだろうと。それこそ「SaaSは永遠のベータ版」といわれますけれども、パートナービジネスも永遠のベータ版のような感じでアップデートされていくものなのでしょう。
SmartHR向高:これは個人的な考えですが、「パートナーセールスの成功の定義」で言うと、代理店と組むことは、やはりレバレッジを利かせて販売網を広げていくことと、自分たちの代わりにサービスを売っていただけることが、理想の姿だと思っています。
パートナーさんが自分たちで商談を作って、かつその受注のクロージングまでをできるパートナーが作れたら、ひとつの成功モデルでしょう。クラウドサービスで、そこまで組めている会社はそうそうないですが、今後も求められるところとして、目標にしていきたいです。
コドモン足立:立ち上げ期によく使う手は、成果に対するインセンティブを設定する仕掛けです。パートナーのカバンにたくさんある商材のなかで、最初に自社サービスを出してもらえるところに勝負が懸かっていますし、なおかつ、実際に利用したお客さまからの評判も良い、という経験をしてもらえるチャンスともいえます。有力な代理店がいれば、インセンティブもひとつの手段かなと。
SmartHR向高:そうですね、私から少し質問したいのは「パートナービジネスをいつまで続けていくのか」です。たとえば、売上が直販と再販で半々になるのが30年後でもいい話なのか(笑)、それとも5年以内に達成するのが「パートナービジネスの成功だ」といえるのか。それによってロードマップの引き方も変わってくるでしょうから。
ベーシック林:そういう意味だと、5年は一区切りなのかなと。この連載の第1回記事で、パートナーサクセスの秋國さんも言ってらっしゃいましたが、成果が出るまでは3年以上はかかると。ただ、10年から30年というスパンになると、会社としては「ノー」だと思います。
コドモン足立:そもそも「パートナーと一緒に取り組まない」という選択はないかなと考えています。ただ、パートナー側にも販売意欲のサイクルがあって、自社都合がある中で、サイクルが進み売りにくくなったとしてもいつまでも積極的に我々のサービスの獲得を維持し続けてくれることはなかなかないでしょうから、その扱いをどうするかの判断は常にし続けるはず。あとは、新しいマーケットへいくときには、新しいマーケットに顧客を保有するパートナーを探していくことでしょう。
ベーシック林:ちなみに、この流れで聞いてみたかったのですが、実際のパートナーセールスの現場と、経営陣との理解のギャップっていうのは、みなさんあるものですか?
コドモン足立:あるんじゃないですかね。経営者脳で言うと、直販部隊をどんどん増やさなくても、保有リスクの少ないパートナーがどんどん売上を高めて安定してくれることを理想としがちですが、先ほどお伝えした通り、いつまでも積極的に販売してくれるパートナーを見つけること自体が難易度は高いですから。
SmartHR向高:あるいは、他の部署からは「代理店と提携すればもう売れるでしょ」と捉えてしまうケースもあるので、草の根活動であることを理解してもらうことからですね。
コドモン足立:そうですよね。直販だって教育コストがかかって一人前にするのに、本業でない人たちをどうやって巻き込み、育てるのかは、より至難の業だと思います。
パートナーセールスに向いている人の共通点
佐伯:足立さんのお話にも挙がりましたが、インセンティブの設計で気をつけたほうがいいことはあるでしょうか?
ベーシック林:弊社では当初決めたものから変えていないです。パートナーさんごとにフィーを変えることも基本的にはしていないですね。金額の設定はCACの設計に合わせて置いていますので、スタートの段階から一律です。
SmartHR向高:弊社はインセンティブを、SmartHRの年間利用料のうちの数%かをパートナーさんに還元する仕組みになっています。そして、初年度のみ高い手数料をお支払いするパターンと、更新ごとにお支払いするっていうパターンを設けていたのですが、更新のほうのパターンに関しては期限を決めていなかったんです。更新が続けばパートナーさんに支払い続ける形になっていて、それだとお客さまが使い続ける限りは永久に手数料が発生してしまう。実際にパートナーは導入時の紹介だけなので、それを払い続けるのはこちらとしても負担が大きい。更新型にしても期限設定をしたほうがよかったと今は思います。
途中から変えたところとしては、ランク制度を設けました。最初は同じ手数料を提携したパートナーに一律でお支払いしていましたが、紹介件数が多い会社はそれに報いる形にしたいので、一定の水準まで到達すると手数料が増額されるようにランクを分けました。より僕らが注力したいパートナー、つまりランクが高いパートナーと取り組むこともしやすい。
コドモン足立:パートナーからすれば、継続的なランニングフィーが良いとなりがちですが、なるべく取次によるショットフィーを多めに出して、短期的に売上が立つようにして、取次のほうがいいよねと着地させるようにしているのがひとつですね。安易にランニングフィーの契約にしてしまって、フォローも契約も手が回らず質が低いパートナーが増えてしまうことは、サービスの評判という意味でも避けたほうがいいことですからね。
佐伯:ありがとうございます。足立さんから、何か質問してみたいことなど、ありますか?
コドモン足立:僕からは、どういう人がパートナーセールス向きなのかを聞いてみたいですね。どういったキャリアやスキル、特性がある人が向いていると思いますか?
ベーシック林:1年やってみての感想も含めてですが、とにかくコミュニケーション量と行動量を持てる人が必要だと思っています。とにかくお客さまと話すのが好き、というタイプ。やはり関係構築が難しいだろうなぁ、と思うので。
コドモン足立:なるほど、ウェットな営業のような要素もあったほうがいいと。
SmartHR向高:アライアンスチームには、もともと営業でない人も結構います。それでも自分の予算を達成される方はいて、特徴を見ると「突破力のある方」と「関係構築に労を惜しまないタイプ」は成功しやすいですね。ある地域を開拓してくださいと伝えれば、すぐに自分で考えて候補となるパートナーさんに問い合わせたり。そういった方をチームに置くのが大事なのかなと思います。
ベーシック林:「いかに仲良くなれるか」というものもKPIとして見てもいいのかもしれないですね。