SaaS起業家の“圧倒的な成長”を支援するべく、ALL STAR SAAS FUNDでは全5回からなる短期集中型の連続セッション&オフィスアワーを開催しました。その名も「ALL STAR SAAS BOOT CAMP」です!
ARR 0〜1億円のシード企業、あるいは起業準備中のSaaS起業家にとって、ARR10億円を達成するまでに築く基盤こそがT2D3達成のコアになります。数多くのSaaS起業家へ支援を続けているVCとしての経験、そして学びを、また新たな起業家たちへ伝えていきたいと、私たちはそう考えています。
そこで、課題を乗り越えてきたSaaS企業の現役経営陣とSaaSスタートアップの各成長フェーズを支援してきたALL STAR SAAS FUNDのメンバーが、実体験をもとに各テーマについて解説します。
初回は『SaaS PMF実現に向けた近道』、第2回は『ARR1〜10億円を2年で達成する方法』、第3回は『SaaSスタートアップが押さえるべき採用戦略』、そして第4回は『ユニコーン級SaaSになるためのベンチャーファイナンスの極意』がテーマです。
金融知識の乏しいSaaS経営者であっても、最低限押さえておくべき「SaaS企業の企業価値評価に関する知識」と「アーリーフェーズの資金調達に向けた準備」を取り上げると共に、「アーリーフェーズのVC調達の成功パターンや落とし穴」について、数々のSaaS企業への投資を実施してきた、ALL STAR SAAS FUNDのメンバーが実務を通じた経験を伝えます。
登壇は、マネージングパートナーの前田ヒロをはじめ、湊雅之、神前達哉、佐伯裕人が担当。
VC実務の裏側から具体例を交えつつ、解説しました。
(※この記事は、約1.5時間からなるセッションをテキスト化・再構成したものです)
なぜSaaS起業家は「T2D3」や「ARR100億円」を求められるのか?
湊:まずは、SaaS起業家が「T2D3」や「ARR100億円」を目指すべきと、投資家からもよく話をされる点から踏まえてみましょう
T2D3の概念は、2015年にBattery VenturesのジェネラルパートナーであるNeeraj Agrawalが、当時のSaaS上場企業だったServiceNowやSalesforceを事例に、いかなる成長角度でARR100億円を達成し、ユニコーン以上の時価総額をつけたのかを分析した結果から導き出したものです。言い換えると、T2D3とは「ユニコーン以上の時価総額で上場を果たすための“健全なスピードでの成長指標”」です。
SaaSの企業価値を上げるうえでポイントになるのは、売上規模と成長率です。では、アメリカとは環境が異なる日本のマーケットでもT2D3が成り立つのか否か。疑問を持たれる方もいらっしゃると思いますが、結論から言うと、成り立ちます。
実際に、日本のSaaS上場企業の売上高マルチプルを、売上高100億円超、50億円から100億円、50億円未満という売上規模別に分け、さらに売上成長率が25%以上という高水準な実績を出す企業において、マルチプルがいかに変わるのかを表してみると、「売上高が上がると、マルチプルも上がる」という関係性が見えてきます。
売上高100億円超の場合は、50億円未満に対して2倍以上のマルチプルがついています。だからこそ同じ売上高でも、時価総額が全然違うのです。また、成長率が25%以上になると、売上高100億円超の場合、1.5倍のマルチプルがプレミアムとしてついてきます。そういう意味では、日本でも売上規模と成長率の両方が大切である、と現状から言えるでしょう。
そもそも企業価値とは何か?
湊:さて、セッションの本題に入る前に、まずは私から「そもそも企業価値とは何か」といった話から、その観点から見たときに「SaaSモデルが最強な理由」を、ポジショントークにはならないように気をつけつつ解説していきます。さらに「日本マーケットでなぜユニコーン上場をすべきなのか」という点にも触れてみます。
では、そもそも企業価値とは何でしょうか?ファイナンスを勉強された方なら「DCF法(ディスカウントキャッシュフロー方式)」という言葉を聞かれたことがあるかと思います。
企業価値(エンタープライズバリュー)は大きく3つの式で表せます。「フリーキャッシュフロー」「成長率」「WACC(加重平均資本コスト)」です。WACCは、ざっくり言うと外部から資金を集めたときの金利みたいなものだと思ってください。
DCFでいう企業価値は、企業活動を継続するなかで毎年生まれるフリーキャッシュフローをもとに、将来にわたって生み出せるフリーキャッシュフローを現在価値からディスカウントした総和で示します。
特にグロース株の場合は、マーケットがまだ成熟していないので、常に成長したほうが将来のフリーキャッシュフローが最大化されるという意味でも、企業価値のほとんどは「継続価値」がベースになっています。
フリーキャッシュフローを重視するのは私たちだけでなく、「VC界のドン」ともいえるSequoia Capitalも同じです。「偉大なビジネスとは何か」を語るときに、フリーキャッシュフローの最大化を掲げていました。Sequoia Capitalはそこに4つのドライバーがあると話しています。
1つ目が売上総利益、いわゆる粗利。2つ目が営業利益。3つ目がワーキング・キャピタル(運転資本)。4つ目が設備投資。これらの観点から照らすと「SaaSモデルが最強な理由」も見えてきます。
まず、一般的な製造業と比べて、売り上げのトップラインが違うということがいえます。一般的な製造業は売り切り型で予測性が毎年変わりますが、SaaSモデルはサブスクリプション型で予測性が高いのです。
そのうえで、先ほど挙げた4つのドライバーでも比べてみましょう。粗利率は、製造業の自動車産業を例に取ると、だいたい20%から30%ほど。SaaSは非常に高い粗利率を誇り、一般的には75%から85%ほどと言われます。当たり前ですが、粗利以上に利益率を上げることはできませんから、粗利が高いということは、それだけ利益を出すバッファがあることを示しています。
次に営業利益率では、一般的な産業はS&M(セールス・アンド・マーケティングコスト)を一定で投資し続けなければいけません。SaaSは初期こそ新規顧客を獲得するためにS&Mをかける面はありますが、サブスクリプション型であるがゆえに、成長していくほどに既存顧客の割合が増えていき、中長期的にはS&Mが低減していくのも優れたポイントです。
運転資本はどうでしょうか。一般的な製造業は、在庫や廃棄などのリスクが常にあり、効率を上げていくのは困難です。SaaSモデルは前受金で先にお金がもらえるうえに、提供するものがソフトウェアですから在庫リスクもなく、非常に高効率なのが特徴です。
そして、設備投資は、一般的な製造業は工作機械などの導入などアセットヘビーなところがあります。SaaSは、一昔前はサーバー構築などを含めて投資が必要ではありましたが、現在はAWS(Amazon Web Services)やGCP(Google Cloud Platform)といったクラウドサーバーを活用できるようになって、アセットライトな運営が可能です。
ただ、SaaSモデルで注意しなければいけないのが、中長期でフリーキャッシュフローを最大化するための前提として、常にチャーンレート(解約率)を低く保ち、中長期的にプロダクトを成長させて基盤を築くことの重要さです。
日本のSaaS企業がユニコーン上場を目指すべき理由
さらに、企業価値のドライバーは成長率ですが、スタートアップは全体として「赤字を掘って急成長することで企業価値を最大化するビジネス」ですから、そもそも中小企業とは違う存在です。もちろん、どちらが良いというわけではありません。ただ、あくまでもVCが投資するのはスタートアップというモデルです。
実はSaaSが出てきた当初、高いフリーキャッシュフローが出て、高成長が望めるという起業家からの話に対して、投資家は疑いの目を向けていました。この疑いに対して、アメリカのSaaS企業たち、たとえばCrowdStrike、Snowflake、Datadogなどが売上高1,000億以上という規模であっても60%から80%という高い成長率と、高いフリーキャッシュフローを両立できることを証明しました。加えて、フリーキャッシュフローマージンの比率も、30%から20%という高水準を叩き出しています。
SaaSビジネスは、初期に高成長をして、それが将来のフリーキャッシュフローの最大化につながるというのが鉄則です。初期に高成長をしないと、そのバッファができていかないのも、今までアメリカのSaaS企業が約束し、証明してきたことでもあります。当然、投資家の期待値もそこに表れてきます。
では、日本のSaaS企業がなぜユニコーン上場をしなければいけないのかというと、その方が、特に起業家の方々がやりたいことが達成できるのではないか、と我々は思っているからです。SaaSの特性を理解している、特に海外の機関投資家たちは、ロングタームで株を持ち、安定的な株主になります。さらに、上場後に彼らを仲間にできるという特典もつきます。そうすると、上場後に短期に利益を創出することよりも、クラウドはまだまだ伸びているマーケットですから、成長投資を続けることで長期的にフリーキャッシュフローや企業価値の最大化にフォーカスできるのです。
結果として、経営者の方々が望む企業価値の最大化、あとは社会的なインパクトの最大化に集中できるので、それだけユニコーン上場には意味があるのです。
海外の機関投資家を、いかに惹きつけるか
加えて、この背景を説明するために、日本の市場環境についても触れておきましょう。
東証グロース市場(旧マザーズ市場と旧JASDAQグロース)の時価総額順で企業を見たとき、時価総額1,000億円以上になってくると、外国人の株式持ち分比率が大きくなります。つまり、海外投資家が増えるわけです。一方で、時価総額300億円から500億円の場合は、海外投資家も一定はいるものの、国内投資家や機関投資家が多めになっています。
実は、最も株価に影響を及ぼすのは、海外の機関投資家なのです。理由は、まず出資額としては、国内の個人投資家の方々は、出資する額は数万円から数千万円といったレンジです。また、個人投資家は日本の市場特性をよく理解されていますから、利益を出したほうが株価が上がりやすいことを知っているので、投資先にも短期の利益創出を期待します。
では、海外の機関投資家は何を投資対象にするかといえば、メインは時価総額数千億以上のことが多いです。投資時期はリターンのバリューを出すために早めに投資するケースもありますが、ユニコーン級で今後も成長が望める銘柄でなければ、まず投資はしません。
また、なぜ彼らが時価総額数千億以上の企業を狙うかといえば、出資する額がそもそも大きいからです。数十億円から数百億円にのぼることもあります。そうなると、時価総額以上に売買することなんてできませんから、その株式が売買されている全体額が大きく、流動性が高くなければ投資できないわけですね。海外の機関投資家はグローバル投資をしているのもあって、SaaSへの理解度も非常に高いです。投資先への期待も、急成長と中長期でのフリーキャッシュフローの創出に照準を合わせています。
それを理解してもらうためにも、SaaS企業は丁寧なIRを心がけ、会社の企業価値をいかに上げていくのかをしっかりと説明していく必要があるでしょう。
一方で、最近はSaaSの評価も変わってきたようです。DCFが基本的な企業価値の評価ベースにありますが、その代理的な指標についても見られています。P/Eマルチ、PER、EBITDAマルチプルなどです。特にSaaSのように初期は赤字でEBITDAや利益が出ないようなビジネスモデルの場合は、どうしても売上マルチプルで見ざるを得ません。あるいは、将来のPERで見るしかない。特にグロース株は、売上マルチプルや売上成長率で見られやすいというケースもあります。
現況のように金利や資本コストを上げ、市中に流通するお金が減らされたときは、どうしても短期的な利益にシフトしやすい。特に現在はウクライナ紛争の問題、世界的なインフレ、金利上昇もあり、不確実性も高まっていくと、どうしても短期思考になりやすいのです。こういったようなモメンタムのなかで、海外の機関投資家たちも揺れ動いているのが実情です。
この揺れ動きが日本でも成り立っているのかを、私は簡単に分析してみました。「Rule of 40」とも呼ばれる「売上成長率と利益率の総和が40%以上になるか」という軸と、「成長率が25%を超えるか否か」という軸をもたせて、国内のSaaSを4グループに分けて評価し、それぞれでマルチプルがどのように変わったのかを見てみました。
ただし、海外と異なり、国内のSaaS企業の評価においてRule of 40で投資家が見ている訳ではありませんが、ここでは成長率と利益率のバランスで評価がどうシフトするかを見るために便宜上、使っています。
1年前と現在を比較すると、成長率については全体としてドライブして「成長重視」だったといえるなかで、今年は全く形相が変わり、成長は遅いけれどRule of 40を達成しているグループのほうがマルチプルは高いという状況が起こってます。そういった意味では、SaaS起業家の方々、経営者の方々においては、市場変化に対して、成長と利益のバランスを柔軟に対応する経営が、SaaSにおいても重要になっていくといえるでしょう。
では、ここまでの話をまとめましょう。SaaSは先ほど申し上げたとおり、高成長と高いフリーキャッシュフローマージンを両立できる、強いビジネスモデルです。その実現のためには、特にアーリーステージからの高成長がないと、将来のフリーキャッシュフローも最大化されません。ユニコーン上場をすることは、短期の利益追求ではなく、成長投資をして長期的なフリーキャッシュフローや企業価値の最大化に集中しやすくなる利点があります。そのためにもT2D3やARR100億円の到達が求められます。市況も変化するなかで、初期に成長しているほうが、成長と利益のバランスが取れる柔軟性のある経営がやりやすくなります。
VCは起業家のどこを見ているのか
湊:では、ここまでの前提を踏まえたところで、ここからはセッションに移って、VCの内側を暴露していきましょう(笑)。テーマは「アーリーステージのVC調達を成功させるコツ」です。
VCは投資をする際に、チーム、マーケット、プロダクト、実績と計画という4点を見ています。私もこれまで4社ほどのVCで投資に携わってきましたが、個別性はあれど、この点は概ね共通しています。
評価するポイントとしては、創業者やCEOと、チーム全体に分かれます。なかでもCEOについては、我らが前田ヒロ先生がすばらしいブログを書いていますから(笑)、ぜひ皆さんにもご一読いただきたいです。
ざっくり言うと5つの評価軸があります。
①将来のビジョンとその達成のための「クリアな考え」
②失敗を重ねて学べる「学習マシーン」であること
③高い目標を掲げて戦い、失敗を恐れないような「勇気」
④長いマラソン的な経営を続けるための「パッション」
⑤立ち直るスピードの速さにも関わる「レジリエンス」
レジリエンスについては、もちろん私たちのようなVCもサポートしますが、本人の回復スピードも欠かせません。
チーム全体としては、経営チーム全体が強み弱みを補完できていること、エンジニア採用の可能性などを見ています。また、これまでの実績から、特に「ファウンダー・マーケット・フィット」を考えます。つまり、なぜこのマーケットにこの起業家の組み合わせがベストなのか、あるいはこのチームがベストなのかを見ているのですね。最後に、組織カルチャーも重視します。SaaSはチームプレーですから、組織の一体感や価値観の共有も大事です。
では、どのように評価するかといえば、基本的にはコミュニケーションです。初回ピッチからのやり取りにはじまり、お客さまや従業員を含むステークホルダー、場合によっては元上司や元同僚にお話を伺うケースもあれば、株主からリファレンスを取ることもあります。
この点、まずはALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナーであるヒロさんから、投資検討時に行なう「創業者の評価」について、印象に残りやすいポイントなどを聞いてみたいですね。
前田:ベンチャーキャピタリストって、たくさんのピッチを聞けるすごく恵まれた立場なんですよね。場合によっては1日に何件も聞くわけですから、印象に残るのはエネルギッシュでパッションあふれる経営者や起業家です。最近だと、ログラスの布川友也さんやPortXの石田寛成さんは、『鬼滅の刃』で言うと「炎の呼吸」をしているような状態で(笑)。
とにかく自分にも相手にも伝播するようなパッションにあふれていて。課題について深い理解があり、「自分以外ではこの問題を解決できないんだ!」という雰囲気を漂わせることは、案外、重要なことでもあります。エネルギーを表現することに加えて、いかに一次情報を持っているかどうかも大切です。
ログラスもPortXも、自分たちでお客さまとたくさん対話して、かなり深い一次情報を取得していました。誰よりもお客さまを理解した状態で、ソリューションやマーケット、戦略を考え抜いてる状況が印象に残っていて、「いい会社だな、いい起業家だな」と思わせてくれましたね。あとは、挫折から立ち直るような「反発力」も大事です。
湊:反発力は、どのように評価するんですか?それとも、感覚的なところなのか。
前田:いろんな調べ方がありますが、一つは経営者の経歴やライフストーリーを見ていきます。たとえば、ログラスの布川さんは水泳を本気でやってきて、大学生時代にコンペティティブな大会に出たりもしていた。そういう活動からチームプレーや自分を上達させていく大切さを学び、挫折から這い上がっていく経験を積んでいたんですね。
スポーツに限らず、一度は挫折して這い上がったことを証明できるライフストーリーを持っていることは、一つのポイントになると感じています。過去のストーリーを探偵みたいに聞きながら、起業家に反発力や学習力、あるいは成長力があるかを見極めています。
自己認識能力の高さ、巻き込み力、一貫性
湊:次のポイントとして、経営者やチームで評価するときに気をつけているポイントを見ていきましょう。これは投資検討以外でも関わりの多い、(神前)達哉さんからぜひ聞かせてください。
神前:まず評価と言いつつも、それほど偉そうなことが言えるほど、私たちもまだまだ完成しているわけではないので、その点は差し引いてお考えいただければと(笑)。
自分が経営者やチームを評価する際に意識しているところは2点です。一つ目は「自己認識能力の高さ」です。自分の課題や置かれた状況、マーケット内でのポジショニングなどを、いかにメタ的に捉えられているのかは、ヒアリングでも気をつけて質問をするようにしています。もう一点は「コミットメントの強さ」で、これはヒロさんのお話と通じるところがありそうですね。
それから、何より重要なのは「巻き込み力」だと思っています。SaaSはエンジニアや株主など、とにかく人を巻き込んでいかないと高い成長率は実現できません。巻き込み力を高めるために必要なこと、それは発言や行動に「一貫性」が伴うことだと考えています。
たとえば、バリューで掲げた約束を守る。「お客さまファースト」を謳っていても提出物が遅かったり、面談に遅れてきたり……私たちは全然遅れられるのは構わないのですけれども(笑)、発言や言動をどれくらいシビアに考え、実践できているかが重要なんですよね。そういった細部に至る点も気をつけながら相性を見ています。
チームの評価でいくと、私はカスタマーサクセス、プロダクト、セールスは必ず一緒にヒアリングさせていただくことが多いです。それぞれのメンバーのなかで「会社やプロダクトの強みと特徴」に共通認識を持てているのかを注視します。特にアーリーフェーズで、各部署の認識に齟齬がある状況だと、コミュニケーション不足であったり、自分たちの強みをお客さまに伝えられていなかったりということが想像できます。
細部の振る舞いが定性的な評価につながる
湊:すばらしいですね、一貫性。うそをつけない部分が多いので、確かに表れてくる部分だろうと聞いていて思いました。(佐伯)裕人さん、いかがでしょう?
佐伯:私は個人的に、お会いする起業家の方々は「これから偉業を成し遂げる創造主になる」、と思って接しています。そのためには達哉さんの言う巻き込み力が大事だと思いますし、それを体現するチェックポイントとしては、一回のピッチやプレゼンテーションに懸ける能力の高さを注視しています。自分の言葉で、魅力的な内容で、相手をアトラクトできるか。
我々、VCに対してピッチをしていただく内容、その発言やプレゼンテーションの仕方が結局は、「会社としての採用力」、「お客さまへプロダクトの魅力を伝える力」、「困ったことが社内で起こる精神的にしんどい状況も言葉で説得できる力」といった強みに変わっていくと思うんです。
個人的には、定性的な部分ではありますが、言葉遣いなどの細部も気にします。やんちゃな言葉遣いだと、受け手によっては嫌な気持ちになる人もいるかもしれませんし、対外的にプレゼンテーションする際にネガティブな印象を与えてしまう可能性もあります。
チームの評価としては、起業家の方とチームが、ビジョンをどれだけ共有できているのかを確認しています。シードなどのアーリーフェーズを選んでジョインする方々は、ビジョンや大義に惹かれて入社していることも多いはずなので、認識のずれは起きにくいでしょう。ただ、どれほど超一流の方でも、モチベーションに左右される場面は結構あるかなと思っていて。スタートアップは多忙を極めますし、精神的にもつらい時期が続くことを考えると、起業家や経営者と同じく使命感を高く持って活動できていることが大切です。
従業員の方々から出てくる言葉や振る舞い、声のトーンに、どれだけそれが表れているのか。こちらも定性的ですけど、見ているポイントですかね。
湊:ふたりとも非言語的な要素を評価されているのが面白いポイントだと思います。ヒロさん、追加でありますか?
前田:「カルチャーへのこだわり」ですかね。技術がコモディティ化されていくなかで、オペレーションがいかにすばらしいのか、社内の文化が本当にSaaSプロダクトの戦略をうまく遂行できるようなものになっているのか、といった観点から見ていますね。
ゼロイチのタイミングではカルチャーはそれほど言語化できてはいないでしょう。けれど、ある方向性の価値観を持った人たちが集まっているのか、ある共通意識を持ってチームや経営と向き合っているのか、といったことがヒアリングしていくなかでなんとなく見えていく。そこに、ポテンシャルとして良いカルチャーを作れるか、良い組織基盤を作れるか、それらが大きな会社を支えられるようなものになれるかに、つながっていくんです。
湊:個人だけではなく、初期段階から組織カルチャーも見ていると。なるほど。
マーケットを見る必殺の質問、「SOMとSAMの違いは何ですか」
湊:次にマーケットへ話を移していきましょう。まずは私が評価しているポイントとしては、やはりお客さまの深いペインを刺しているのか、「must-haveなのかnice-to-haveなのか」といった話もあります。
あとは既存業務の改善なのか、ビジョナリー型で新しい価値を発生させるようなものなのか、ARR100億円といった大きなゴールを目指しているのか、それらを具体的にどう考えているのか、お客さまのセグメントをどうやって獲得するか。そして、ARPAの向上として、どうやって単価を上げていくのか。プロダクトそのものの単価を上げる、新規プロダクトを追加するといったケースもあるでしょう。
それから、PMFを超えたあとに成長率を高く維持できるのか。狙いはSMBなのかエンタープライズなのか、「time to sell, time to use, time to value」で見ると、セールスサイクルをいかに速くできるのか。これらはピッチの資料やお客さまインタビューから見えてくる部分が多いんじゃないかなと思います。あとはもちろん、マーケットのデスクトップリサーチや海外の事例も、同じ産業の構造だと比較的似ているケースがあるので、ベンチマークするケースが多いはずです。
マーケットの成功パターンと落とし穴について、それらの兆候をどうつかむか。これは裕人さんに聞いてみようと思いますが、どうでしょう?
佐伯:マーケットについては、これから入り込んでいく迷路の全体像を、起業家が頭のなかにクリアに描けていることが理想だと思います。マーケットのなかにはお客さまとなる会社、そのなかでプロダクトを使ってくださるユーザー、プロダクトを検討してくださる購買担当の方といった「見えているもの」がまずあります。
反対に「見えていないもの」もある。たとえば、エンタープライズ企業内における政治、組織の力学といった要因です。それらへの解像度が高ければ高いほど、これから描いていく戦略や、プロダクトの在り方に対する確かさにつながってくる。いかに網羅的に具体性を高めていきながら、ターゲットとする市場がどういうものなのかを理解できているかがポイントです。市場の解像度の高さから、その市場に懸けている思いも併せてチェックできますからね。
湊:具体性と解像度はキーワードなのかな、と改めて思いました。達哉さん、どうでしょうか?
神前:裕人さんがおっしゃったことに補足して、私が必ず質問することとしては、「SOMとSAMの違いは何ですか」です。解像度の高さが表れる一番クリティカルな質問だと思っています。SOMとSAMでいくと、現状の事業で獲得できるお客さまと、将来的なポテンシャルからアクセスできるお客さまには線引きができると思っています。
SOMの部分にあるマーケットに対してフィットさせることって、いわゆる「PMF(プロダクト・マーケット・フィット)」だと思うのですが、PMFは一回で終わるものではなくて、繰り返していくものです。つまり、PMFとはSOMの領域を広げていくことだと思っています。だからこそ、解像度や具体性を伴った説明ができる必要があるんですね。
私たちもピッチを受けさせていただく前に、デスクトップリサーチや知人に聞くレベルではありますが、どういうマーケットなのかを調べたうえで、「SOMとSAMの違いは何ですか」と聞いています。
湊:その話につながることとして、特に今はSaaSの場合だと、局地戦ではじまるケースも多いですよね。よく起業家の方が気にされるところで、「最初のマーケットのTAMが小さくてもいいのか」が挙がります。これってヒロさんはどういう考えを持たれています?
前田:一番見ている部分としては拡張性です。どのスタートアップも厳密に言うと、まずニッチな市場を狙いにいくんです。どれほどホリゾンタルなプロダクトだとしても、最初はすごくニッチを攻めていく。なので、どういうニッチの積み上げをしていくのか、積み上げた先にまだまだ拡張できるのかといったことを見ています。
実例で言うと、最近、大型調達したhacomonoは、フィットネス業界にすごく強いSaaS企業というイメージがついているかと思いますが、フィットネス以外にも習い事系のスクールやゴルフ教室などの市場にも、既にお客さまが出てきている。そこから拡張していけるポテンシャルがありますよね。
最初の印象としては小さい市場に見えるかもしれないけれど、実はその周辺の、横にも縦にも広げることができて、大きな会社を作っていくことは可能だと考えています。またその場合、プロダクト開発力は注視します。周辺の市場に参入するとき、どうしても新しいプロダクトや機能を作らないといけませんから、開発能力も判断軸になるんですね。
「お客さまヒアリング」がVCに与える影響は絶大
湊:ヒロさんの話も受けて、次のテーマであるプロダクトにも触れていきましょう。どちらかというとポジショニングの話がメインになってくるのかとは思います。競合や代替手段への優位性、競合との単価比較、SaaSで大切な「お客さまのファン化」や「カスタマーサクセスの実現」といったことを通して、プロダクトを評価するケースが多いでしょう。
あとは私たちもデモを体験するので、ユーザビリティの高さやデータ活用状況も評価軸になることがあります。ただ、BtoBツールならデータが大量に取れるケースは少ないので、やはり定性的な評価が多めなのかとは思います。
プロダクトの良し悪しをどうやってVCが判断しているのか、という生々しい話を伺いたいなと思うんですが……ここは誰よりプロダクトを見ているヒロさんからコメントをもらいたいな、と。
前田:情報源としてはお客さまヒアリングが一番ですかね。「すごく使いやすい」「すごく満足している」「このプロダクトが大好き」「毎日見ていて楽しい」といった表現が出てくるのを期待しつつ、探しています。それらの言葉に出会えると、本当に良いプロダクトを作っているのだな、という印象が残るので(笑)。
お客さまと話していなくても、たとえば起業家がデモをしているときに、どれぐらいお客さまの視点で設計でき、語れるかどうかは重要です。「このボタンの配置は、お客さまがこういう感情を持って、こういう状態だから決めている」とか、「お客さまの業務でここが悩みがちだから、情報をここに出すようにしている」とか。いかにお客さまを理解して、お客さま視点で設計されているのかを、プロダクトデモを通して表現できているのかも確認しますね。
湊:プロダクト出身者のベンチャーキャピタリストはそれほど多くはないですから、お客さまヒアリングが最も影響を与えているのは、おそらく他のVCも共通するところでしょうね。
ただ、特に私たちが投資しているようなシードやアーリーフェーズは、初期にそれほどプロダクトが成熟しているケースはレアです。そこで、プロダクトが今後良くなっていく兆しがあるのかを見極めるポイントを、達哉さんからお願いできますか。
神前:私のなかではカスタマーサクセスが非常に思い入れがある領域です。カスタマーサクセスのなかでも、プロダクトで解決できている領域と、カスタマーサクセスのサービスで解決できている領域が分かれると考えています。どれくらいカスタマーサクセスの経験値がプロダクトチームに反映されているのかは、かなり確認するポイントです。
カスタマーサクセスが求める機能がアプライされないと現場がひっ迫して、原価が圧迫されるんですよね。そのため、改善スピードがどれくらい速められるのか。回収期間や開発チケットの処理に対するスピードと生産性は、特にプレシリーズAラウンドあたりでは確認したいところです。
私はバーティカルSaaSの会社もたくさん支援させていただいてるなかで感じたのは、お客さまが従来のやり方を、どれほどアンラーンできるかが重要だと思っています。SaaSプロダクトの使い方を覚えていただくというオンボーディングよりは、今までのやり方を忘れてもらい、新しく学習してもらえるか。つまり、重い腰を上げて「今までのやり方を捨てよう」と動いてもらえるほどのイノベーションなのか。それはお客さまにも確認させていただきたいところですし、カスタマーサクセスかプロダクトのチームでどういうこだわりを持ってるのかを見てもいますね。
湊:ありがとうございます。そういう意味だと、プロダクト単体だけではなく、カスタマーサクセスとセットで見るのが大切かと。早期からお客さまのフィードバックも含めてわかりやすいところなので、一貫性も見えてくるかなと思います。
神前:そうですね。プロダクトだけで解決できる課題ではないと思っていて。だからこそ、カスタマーサクセスの経験をプロダクトに反映できていける速さが重要です。
湊:裕人さん、いかがですか。プロダクトの成長性みたいなところも見ますか?
佐伯:個人的には現状のプロダクトやソリューションの状況が、どれだけバーニングニーズにフィットしているのかを見ています。そして、現状のプロダクトがうまく機能していないなら、それをどう改善していくのかというロードマップやシナリオが、クリアに描けていることが改善可能性に寄与していきますね。
いわゆるプロダクトマネジメントの観点になってくるかもしれないですけれども、どういうプランでプロダクトの機能をリッチにしていくか。組織のなかでCEOの方々を含めて、プロダクトマネジメントができる体制ができているか。改善していくための検証に付き合ってくれるファンのようなお客さまがいるのか。改善していくために必要な開発リソースの算段が立っているのか。
それらの観点から、どういう優先度を持って、どう改善していくかを見極めておかないといけません。中長期的な改善シナリオはディスカッションを通して擦り合わせています。
事業計画とは、ストーリーである
湊:さて、最後のポイントである「実績と計画」をVCがどこまで見て、評価しているのか。最初のほうで述べた売上高や売上成長率、粗利率、チャーンレート、契約更新率はわかりやすい部分です。あとは資本効率性として、いくらお金を調達して、どれだけ実績を作れているのか。
そして、IPO時点までの年間の売上計画ですね。SaaSは良くも悪くもマーケットの評価がわかりやすいので、どれぐらいの規模感になりそうかの予想がつきやすい。あくまでも私たちは経営者の応援団なので、ピッチ指導や資本政策表などを通じて促していきますね。
達哉さんは「実績と計画」、どう考えられていますか?
神前:計画の妥当性よりは「どういう思いを持ってこの計画を作ったのか」という背景やロジックが大事かなと思っています。穴になる部分はもちろん確認はするんですけれども、計画の数字に特別惹かれることはないですね。
一方で、実績はうそがつけない部分かなと思っていて。もちろん最低限のファイナンス分析はさせていただくんですけれども(笑)、極端に落ちている月がないか、レベニューのチャーンがどれぐらい発生しているかといった点は注視しています。チャーンの理由が整理されているかどうかも大切です。
湊:共感するのが、チャーンレートって特にアーリーフェーズだと、PMFしているかどうかに直結しやすいですから、見ますよね。裕人さんはどうでしょう?
佐伯:「すばらしい企業様から導入いただいてロゴを獲得しました」という実績は魅力的ですし、簡単なことではないと思いつつも、やはり導入いただいたお客さまが定性的に満足できているという声がちゃんとあるかが大事かなと。結局、SaaSは導入後に、いかに満足して、リレーションが発生するかが肝心。定性的な情報も加えて、実績としての素晴らしさを評価しますね。
湊:実績の背景まで探るのがポイントですね。では、前田ヒロ流の実績と計画の見方、ありますか?
前田:会社を評価するとき、マルチプルを高く設定するとか、良い評価をつけていくという意味では、実績はどうしても重要なポイントです。ある意味、過去半年の成長曲線とパターンを、半年先や12ヶ月先といった期間で伸ばしていったときに、良い成長曲線を描けるのであれば、比較的高い評価をつけやすい。でも、どう計算しても未知数な部分が多すぎるとなると、評価にも自信がつかなくなるというか(笑)。
企業のステージにもよるのですが、私が印象に残っている事業計画は、ストーリー性が高いんですよね。「プロダクトの数をこのタイミングでこれぐらい増やしていくから、PMの数はこれだけ増えて、それに併せてエンジニアも増えて……」とか。「営業戦略がこういうふうに積み上がっていくから、セールスチームではインサイドセールス一人当たり10人ぐらいしかマネジメントできないから、10人いたらマネジャーをつけて、また別の部隊をつけて、どんどんカバレッジを変えて……」とか。
シードステージで考えるのは難しいと思いますが、シリーズAからBになってきたときに、こういったストーリーや戦略、その背景が考え抜けていることが事業計画を通して感じ取れると印象に残りやすいのです。だから、ここは時間をかけてもいいかなと思っています。自分たちの考えをクリアにするためにも、できる限り正確な計画を組んでみることにチャレンジしてみてもいいのではないでしょうか。私たちとしてもその正確性を評価したいのではなく、ストーリーを見たいのですね。
湊:事業計画とはストーリーである。とてもわかりやすかったです。
アーリーステージの資金調達を成功させる7つのTips
湊:2022年8月現在、不況までは陥っていないものの、株式市場が全体として下がっています。そのうえで実績や計画作りで気をつけなければいけないことは?
前田:戦略的にもSaaS企業はグロースを狙いにいくことが重要だと思うんですよね。なので、ダウンマーケットでもできる限りグロースを狙っていったほうが、そのあとの選択肢が増えていく。営業マーケにかけられるコストが増えたりとか、新たなプロダクトを出すことができたり、競合優位性が生まれたりと、できる限り成長をストレッチさせて、グロースを狙いにいくのが鉄則。
一方、マーケットのセンチメント(市場心理)は見ておきたいですね。マーケットでは何にみんなが投資をしていて、何が評価されているのか。そして、現状でも追加の資金調達が可能なのかは、定期的に確認すべきでしょう。これは既存株主がいらっしゃるのであれば、ぶっちゃけベースで「もし明日お金がなくなりそうだったら、追加で投資していただけますか」と聞いちゃってもいい(笑)。
もし既存株主がいらっしゃらないのであれば、私たちでも構いませんけれど、率直に伝えられます。そういったチェックをVCと相談していくといいでしょう。
湊:ありがとうございます。最後に、今日見てきた4つの評価が良い場合でもVCが投資できないケースがあることを、お伝えしたいと思います。
VCは概ねステージごとに区切ってファイナンスをするケースが多いので、まずは「ステージが合わない」というのは理由の一つです。次に「投資条件が合わない」というケースもあります。ファンドサイズから出せる出資額が違ったり、株式を取得する比率が合わなかったり。あとは「既存投資先との競合可能性」で投資をお断りせざるを得ないケースも多いです。
……と、これだけだと「どうすれば調達できるのか」という声が挙がりそうですから、最後に「アーリーステージの資金調達成功のTips」を7つお伝えします。
1:ランウェイが6ヶ月以上あるときからはじめる。最後のほうになると、あっぷあっぷでそれどころでない、という状態に陥りがちです。
2:ピッチ資料をレビューしてもらう。特に初めての方は、VCや起業家の先輩、仲間の方との壁打ちが効いてきます。発言内容だけでなく、表情や受け答えといった定性的なところも見られていますから、要注意です。
3:VCのアプローチはできるだけバイネーム&リファラルで。特にVCファイナンスはインベスター・ファウンダー・フィットが出てくるところですから、周りの起業家やVCに聞いてみるのも大切です。
4:VCピッチでは、VC側にも質問する。特に初回ピッチでは、VCとしても起業家を理解していないと適切な提案ができません。お互いを知るためにも対話をしましょう。
5:ベストのチームであることを立体的に伝える。ピッチのスライドはチームの部分が軽くなりがちです。でも、事業において、チームが最も重要なケースが多いのです。学歴や経歴だけでなく、背景にあるストーリーも語りましょう。
6:お客さまとの根回しも進めておく。VCがデューデリジェンスの際にお客さまヒアリングを重視することは今日お伝えしてきました。導入事例に協力してもらえる企業や、お客さまインタビューに答えてもらえるパートナーと関係を結んでいくのも、エンゲージメントを上げるためにも大切です。
7:クロージングは着金するまでは絶対に気を抜かない。
以上、お伝えした私たちの本音トークが、ユニコーン級SaaSが一つでも生まれる一助になれば嬉しく思います。今日はありがとうございました。