SaaS起業家の“圧倒的な成長”を支援するべく、ALL STAR SAAS FUNDでは全5回からなる短期集中型の連続セッション&オフィスアワーを開催しました。その名も「ALL STAR SAAS BOOT CAMP」です!
ARR 0〜1億円のシード企業、あるいは起業準備中のSaaS起業家にとって、ARR10億円を達成するまでに築く基盤こそがT2D3達成のコアになります。数多くのSaaS起業家へ支援を続けているVCとしての経験、そして学びを、また新たな起業家たちへ伝えていきたいと、私たちはそう考えています。
そこで、課題を乗り越えてきたSaaS企業の現役経営陣とSaaSスタートアップの各成長フェーズを支援してきたALL STAR SAAS FUNDのメンバーが、実体験をもとに各テーマについて解説します。
初回の『SaaS PMF実現に向けた近道』、第2回の『ARR1〜10億円を2年で達成する方法』に続き、第3回は『SaaSスタートアップが押さえるべき採用戦略』がテーマ。
スピーカーは、ALL STAR SAAS FUNDの楠田司と神前達哉が担当。2人は、数々のSaaS企業に採用戦略で寄り添い、成長曲線のどういったタイミングで、いかなる人材が入社後に活躍してきたのか、肌身で感じてきました。
ARRや資金調達の各フェーズごとに必要な採用戦略、職種別に必要な業界経験やマインドセット、オンボーディングプロセスや給与設計、役職の考え方まで徹底的に解説しました。
(※この記事は、約1.5時間からなるセッションをテキスト化・再構成したものです)
必要なのは1人の天才ではなく、最強のチームである
神前:まず、私から今回の企画に込めた想いをイントロダクションとしてお伝えします。
「ALL STAR SAAS BOOT CAMP」に採用や組織のセッションを設けたのは、SaaSビジネスの特徴として、少数精鋭でスケールする経営が非常に難しいビジネスモデルだと考えていることに端を発します。日本とアメリカで直接比較することは難しいのですが、2021年にアメリカで株式上場したSaaS企業のデータを参考にしてみましょう。
2021年はRocore、Toast、Samsara、HashiCorp、UiPathといった「バーティカルSaaS」のスター企業が上場しており、正社員人数の中央値は940人と、約1,000人に近い規模になっています。Toastに至っては2,000人ほどです。また、IPO時点での1人当たりARRは2,873万円(※1ドル当たり130円で算出)でした。ホリゾンタルSaaSに限らず、バーティカルSaaSでも人数が必要であったことは、これらの事例から見えるポイントでした。
もっとも、Expensifyが140人で上場したというPLG(Product Led Growth)型企業の例もあるのですが、日本のSaaSスタートアップは基本的にSLG(Sales Led Growth)型で成長を果たしている企業が多いのも事実です。この環境下において圧倒的な事業成長のためには、プロダクトを磨くことに加えて、社員数500人から1,000人以上を見据えた採用戦略を立て、いかに良い組織を作っていくのかが、とても重要になると考えています。
圧倒的な事業成長を表すのに、SaaS業界には「T2D3」という指標があります。 ARRを毎年、Triple(3倍)、Triple(3倍)、Double(2倍)、Double(2倍)、Double(2倍)と成長させていくモデルです。各フェーズを頭文字をとって、T1、T2、D1、D2、D3と呼びます。これを実現させるためには「T1とT2の間」が肝要だと、私自身は強く感じています。
たとえば、ARR1億円の企業がT1でARR3億円を目指すとき、1年間で2億円のARRを積んでいくためには、MRRベースで月間140万円を積んでいくことになります。仮に単価15万円ならば10社の獲得ですから、しっかりPMFができればセールスで成長していくイメージがわきます。ただ、T2になるとARR3億円から9億円と、積む金額が6億円になるため、MRRベースなら月間450万円と、かなりのジャンプアップが必要になってきます。
セールスが10人以上、インサイドセールスも含めると20人以上になるような組織をいかにマネジメントするのかを考えなくてはなりません。ミドルマネージャーやセールス責任者、エンタープライズ企業にも対応できる人材、さらにはCSの採用や組織立ち上げも見えてきます。このようにT2D3でもステージごとに必要な人員は変わっていくのです。
そして、歴史に残るようなSaaS企業は、1人の天才エンジニアや天才CEO、あるいは天才セールスが作り上げるものではないと考えています。必要なのは、最強のチームです。ALL STAR SAAS FUNDとしてもチームこそが成長を支えるレバレッジポイントだと考えるからこそ、組織診断、コーチング、採用支援といったサポートに注力し、日々磨いています。
今日の参加者のみなさんにアンケートをさせていただくと、フルタイムメンバー12人未満、全体でも30人未満の企業が8割方ということなので、全体としてはシードフェーズからアーリーフェーズ向けの話が中心になってはいきますが、ここからの『SaaSスタートアップが押さえるべき採用戦略』に、ぜひお付き合いください!
採用の前に。アーリーフェーズで重視すべき4つの施策
神前:ALL STAR SAAS FUNDの人材アドバイザーをしていただいてる金田宏之さんは、企業のHR施策を分類して「HR10の領域と50のテーマ」という表にまとめています。ただ、それら全てがアーリーフェーズやスタートアップに必要かといえば、そうではありません。むしろ、アーリーフェーズでは切れるカードが少ないものです。施策として取り組みたいことはさまざまあるかとは思いますが、重視すべきは下記4点だと考えます。
1:ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の言語化
2:ハイレイヤーや即戦力人材の採用
3:等級制度の整備
4:1on1などコミュニケーション機会の設定
スタートアップにおいて、10人以下の初期メンバーであっても意思疎通や相互理解ができてないケースは、実は案外多いようです。また、ハイレイヤー人材の採用においても、「ミドルマネージャー」の役割、あるいは「ハイレイヤー」という定義の違いなど認識がまちまちであることもよくあります。
仕事で使う言葉も含めて、認識がずれたまま事業が進行してしまうことで取り返しがつかなくなるケースが、かなり見受けられます。MVVはもちろん、そういった要素を言語化して、認識合わせをしていくことも重要なのです。
アーリーフェーズによくある採用の失敗を一言でまとめると、「フェーズと実態に合わせた採用戦略や採用設計を描くことの難しさ」です。具体的には、経営者の得意領域と重なる人材を採用してしまう、開発に注力すべきなのにビジネスサイドの採用比重を上げてしまう、求める人材像が社内で擦り合っていない、といったことです。これらの失敗も、意思疎通や認識合わせの不足からくるといえます。
プレシリーズA、シリーズA、PMF前といったフェーズごとに取るべき採用戦略や事業の進め方は大きく変わると感じていますから、ここからは(楠田)司さんとディスカッションしながら、それぞれの得意領域も交えて進めていきましょう。
シード期スタートアップがエンジニアを採用するには?
神前:まず、シード期では、とにかくエンジニア採用が重要です。ただ、いきなり正社員での採用は難易度が高いという印象があります。そこで副業や業務委託でまず自社に関わってもらい、いずれ正社員になってもらうというケースも多いですよね。ここでお伺いしたいのですが、前述の方法以外に、シード期スタートアップが取り得るエンジニア採用の選択肢やカードには、どういったものがありますか?
楠田:ここで切れるカードは、実質的にはほぼリファラル採用しかないと思っていただくほうが良いでしょう。みなさんが陥りがちな失敗としては、転職エージェントにいきなり頼ってしまったり、スカウトサービスをいきなり使ってしまったりすることです。
リファラル採用しかない理由として、2点あげられます。ひとつは知名度不足。採用候補という観点では知られてない企業様になるため、エージェントからしても未知数ゆえに注力しにくく、紹介サービスを使ってスカウトを送っても返信が望めないのです。もうひとつは、オファー面での不足。エージェントを活用する企業と比較すると、年収面などを同条件で提示できないケースがほとんどでしょう。
神前:仮に副業や業務委託という形態でエンジニアがチームに入ってくれたとして、正式にジョインしていただくために必要になってくることについてもお話しできれば、と。
まず、OKRの設定ですね。仕組み化する必要まではありませんが、案外にシード期は間延びするものです。「トラクションにも劇的な変化は起こらなかった。この3ヶ月、僕らは何のための開発してたんだっけ?」という状況も珍しい光景ではありません。
だからこそ、目標をしっかり設定し、それを振り返るサイクルや意識づけをしていくことが欠かせません。目に見えるトラクションや成果が出づらいフェーズですから、創業メンバーでもOKRを確認したほうがいいでしょう。
楠田:あと、1on1も早期にスタートしたいですね。というのも、エンジニアに限らず、例えば業務委託などからフルコミットへの移行を決断される方は、アーリーになればなるほど、1on1での感触が決め手になることがあるからです。ですから、ただタスクを任せるだけでなく、1on1などの機会をつくって、経営者として、チームとして本気でサービス、会社を良くしたいというスタンスを示さなければならないと思います。
神前:1on1の文化があることは、結果的に正社員としてチームに引き入れる際のアトラクトにもすごく効くわけですね。
プレシリーズAは「1人目CS」を採用すべきタイミング
神前:次にプレシリーズAは、私も支援や投資をさせていただくことが増えていくフェーズ
ですが、ぜひ採用の重要性を考えたい人材が「1人目CS(カスタマーサクセス)」です。
楠田:確かに重要ですし、採用になかなか苦戦する会社が多いポジションですね。
神前:プレシリーズAで考えなければいけないポイントは、いかに経営層のマインドシェアを業務から引き剥がして、フォーカスすべきところに向かえるか、です。何もないシード期なら給与振り込みから何から、経営者が担うものですが、このタイミングでコーポレートやカスタマーサクセスを任せられる人材がいることは、投資家としても重要視する指標です。
基本的にSaaSはリカーリングであり、チャーンをいかに防ぐかが肝心です。プロダクトのベータ版や正式版をリリースしたタイミングは、どうしてもお客さまにマッチしなかったり、業務に組み込みづらかったりという障壁が立ちがちです。ただ、そこで対応を経営者が
担い続けると、他の開発や業務が滞ってしまう。
また、セールスは経営者や起業家が担える部分が大きいのですが、売ってからの関係性を引き継いで価値を出していくためにもCSは大切です。お客さまに対応し、プロダクトを業務に定着させ、価値を出していく。あるいは、プロダクト改善の有用なフィードバックを得ていく。それらを要件定義できる1人目CSの採用が、その後の事業を占うポイントになるのではと感じています。
楠田:1人目CSに外せないスキルは何でしょう?
神前:2つあって、ひとつはプロジェクトのマネジメント力、もうひとつはヒアリングスキルです。なぜなら、CSに求められるのは、お客さまと業務をプロジェクト化して、しっかりと歩んでいくことだと考えるからです。
SaaSは時間をかけて使いこなすことによって業務の生産性が上がり、費用対効果が高まっていくものです。長期スパンで構えて、「顧客の1年後や2年後の状態」と「プロダクトの開発ロードマップ」を踏まえながら、関係性を構築していかなくてはなりません。
そのため、前職の経験としては、SIerのプリセールスや保守運用をされていた方、ルートセールスで売ったあとのサポートまで担当していたような方が、1人目CSとしてフィットすることが多いのではないでしょうか。
ヒアリングスキルは、CSの重要性はチャーンレートを引き下げるだけでなく、プロダクトに対して有益なフィードバックをもらえることにつながります。これこそCSのOKRだと僕は考えています。お客さまの課題をプロダクトチームにそのまま伝えるのではなく、いかにそれらを要件定義しながら、CSのサポートで改善できる観点からも取捨選択し、プロダクトの価値を高めるための内容をまとめていく力が求められます。
楠田:確かに、元SIerやルートセールスで、ALL STAR SAAS FUNDの支援先でご活躍されている方も増えてきていますね。
神前:日本でCS組織を立ち上げたことのある人は、人材市場ではまだ少ないです。その中でも、外資系企業やメガベンチャーで担ってきた方は競争が激しい。だからこそ、スタートアップとしては1人目CSのポテンシャルがある方を、ちゃんと採用できるかどうかが重要になってきます。
楠田:また、同じくプレシリーズAで採用すべきポジションとしてはジェネラリストの採用もおすすめです。イメージで言うと、事業の課題に応じて推進でき、「COO」や「BizDev」を務められる方です。プレシリーズAで採用できると事業の成長が加速した例が非常に多く、経営者からも「ジェネラリストを早期に採用していてよかった」というフィードバックをよく聞きます。
ジェネラリストを採用するときの注意点は3点あります。ひとつ目が横断する複数スキルを持ち合わせている人材になりますので、経営陣と補完関係になるかどうかを意識すること。二つ目が、役職にこだわらない、事業に向き合えるような方を積極的に採用すること。PdMとして入っても最終的にCOOになるなど、事業のフェーズによって役回りが変わってくることが多いポジションだからです。三つ目は経営層との相性が良いこと。役員陣とやり取りしながら事業を推進する立場になるので重要です。
その点からも、まずは副業から開始していただき、お互いの相性を確認したうえで、最終的に入社するというステップがいいでしょう。そして、次第に重要なポジションを渡していく流れを取っていくのです。
ALL STAR SAAS FUNDの支援先実例としては、カミナシのCOOになられた河内佑介さんのご活躍があげられます。ALL STAR SAAS BLOGでもインタビュー記事を載せていますので、併せてご参照ください。
「セールス責任者」と「人事責任者」に入ってもらうべきは、シリーズAのタイミング
神前:続いてシリーズAからシリーズBです。PMF後だと、投資家をはじめとする周囲の期待に応え、アトラクトしていくうえでも、いかにセールスで結果を出していくか、成長率をどう保っていくかといった数値面も見られるポイントだと思っています。
投資家は、プレシリーズAであれば市場やチームも重要視しますが、シリーズAはSaaSプロダクトとして今後の成長スピードが出せるかどうかも気にします。そのため、プレシリーズAは経営者が採用にコミットしていくことが大事でしたが、シリーズAのタイミングで「セールス責任者」と「人事責任者」を迎え入れていきたいところです。
シリーズAラウンドになって、ARR1億円から3億円くらいの規模となると、セールスを拡大するにあたって、ひと月当たり5人ほどの採用ペースになってきます。人事を任せられる人を得て、採用オペレーションを整備していくことも大切です。
もちろん、PRやマーケティングの責任者も採用していきたいですが、あえて言うならば「セールス責任者」と「人事責任者」ではないかと思うんです。
楠田:どちらも重要なポジションですね。セールス責任者の人材像について、詳しくイメージを聞いてみたいです。
神前:ARR1億円から3億円でも、おそらくセールス組織は5人から10人弱ぐらいのフェーズになってきていますから、それくらいのサイズ感のマネジメントがしっかりできている人は前提でしょう。次に、結果を出していくことが求められるので、実行能力もポイントです。
ビジネスマネジメントはできても、ピープルマネジメントが難しい人では、なかなかワークしていかないケースが多いように見受けられます。やはり両方の経験がある人がベスト。シリーズAで月当たり5人を採用していき、各部署にもある程度の人数が加わるとなると、重要なのはイネーブルメントやオンボーディングです。ピープルマネジメントの経験を元に、成長を支援し、サポートできる人を責任者として置くことが、ひとつのカギになります。
シリーズB、マーケティング責任者とCFOがいれば、会社は加速する
神前:シリーズBラウンドは、ARR10億円に達している企業も出てきます。ここで採用したいのは「マーケティング責任者」でしょう。リードを創出するだけでなく、これまでにPMFした層とは異なるセグメントにもプロダクトを広げていくためにも、マーケティングやプロモーションの戦略を考えられる人が重要です。
あとは「CFO」がいることでドライブする面もあります。ALL STAR SAAS FUNDの支援先事例でいくと、司さんが支援してCFOを採用したSUPER STUDIOは、当時の資金調達環境はそれほどポジティブではない状況でしたが、しっかりと大型のラウンド成功が実現できていました。このフェーズで資本が取れていないと経営者のリソースが引っ張られて、本業の事業を伸ばしにくくなってしまう事態にも陥りがちです。
シリーズBラウンドでベストなのは、グローバル投資家もしっかりコミュニケーションできるCFO人材といえます。ファイナンスを預けられる人の採用は成長曲線においてもインパクトを与えると思います。
楠田:特にCxOクラスになると、採用決定までの期間が平均で半年、長くて1年から2年かかってきますから、シリーズAの後半あたりから意識的に採用を進める必要がありますね。
神前:そうですね。あとは、採用競合になり得る会社も出はじめる頃です。自社のポジショニングを明確にして、入社希望者に対してどういうキャリア形成ができるのか、どういった強みを届けれられるのかを整理することも大切です。競合に対してのネガティブな発言は望ましくありませんから、内々ではありますが、「A社と比べて自社は何を魅力にアトラクトできるのか」を職種別に整理していくのです。
エンジニア採用ひとつとっても、「年収を上げたい」「社会貢献性のあるプロダクトをつくりたい」「テックスキルを高めたい」「新しい技術に触れたい」「技術的リーダーの元で働きたい」など、入社に関しての想いはまちまちです。その中で自社はどういった体験を届けるのか、どういった強みがあるのか。競合優位性を意識し、ブレイクダウンして考えなくてはなりません。
楠田:認識としては僕も同じです。そこを踏まえて採用戦略を進めないと、結局は採用が遅れてしまい、1年や2年たっても結果的に採用できてないケースが結構多いです。
神前:このあたりが曖昧になっているがゆえに採用が進んでいない状態は、シリーズAやシリーズBラウンドでも見られます。一方で、定義し直したことで採用に磨きがかかった会社もたくさんあります。あらためて言語化することが重要ですね。
また、組織や人事制度をつくっていくことを考えると、圧倒的にキモになるのが等級制度。等級制度がないまま採用を進めていくと、面接担当者ごとに期待するポイントがずれたり、どういった人材を取るべきかの認識が合わなかったりして、採用のPDCAサイクルも回りにくいのです。人事制度には報酬制度と評価制度がひもづいてきますから、ここで等級制度をしっかり作っていくことは、レバレッジが利く施策だと思っています。
等級が決定する要素は、発揮する能力、アウトプット、リーダーシップ、バリューといったことを踏まえながら言語化していく作業です。今日は詳しく述べませんが、ALL STAR SAAS BLOGにも等級制度に関する発信をしていますから、ぜひチェックしてみてください。
採用活動をはじめるうえで、押さえておくべき5つのポイント最低限準備するもの
神前:ここまで事業戦略の全体像をお話ししてきましたので、各論にも触れていきましょう。どのように採用を進めていくのか、というHowの部分ですね。ここは実際に採用支援をしている司さんから、具体的な採用活動の進め方について聞かせてください。
楠田:採用をはじめるにあたって、5つのパートに分けて、「ここだけ押さえておけば採用活動が加速する!」というポイントを整理しました。
まずひとつ目、事前準備です。
「最低限準備するものは何かありますか」というご質問をいただきますが、僕たちがよく回答しているのは「エントランスブック」です。求職者の方が御社の面接や面談を受けに来てくださったとき、事前にお送りする資料になります。会社の情報やカルチャー、就業規則といった、「調べればわかるけれどなかなかたどり着けない情報」を事前にまとめておき、知ってもらうことが目的になります。最近、作成する会社も増えており、SmartHR、メルペイ、プレイドなども用意していますね。
カジュアル面談の前段階にエントランスブックを渡しておくと、選考中にしてくださる質問の内容の質が上がるだけでなく、企業への興味関心が強くなる方が多いのです。実際の効果としても、採用につながる有効な手段なのでおすすめしています。
以前に採用ブランディング・人事採用支援を行なうポテンシャライトさんと一緒にエントランスブックの作成方法について、ALL STAR SAAS BLOGの記事でまとめています。ぜひ参考にしながら作成してみてください。
二つ目が、母集団形成です。
どのように母集団を増やすか。事例ベースでお話しすると、ALL STAR SAAS FUNDの支援先でログラスというシリーズAの会社が、母集団形成と採用がうまく進んでいます。採用の全体像を見ると、特にエンジニア採用で成果が出ており、60%以上がリファラル採用、17%がTwitterのDMなどのダイレクトリクルーティングで、ここまでエージェント経由の採用はゼロです。
彼らが母集団をいかに作ったかでいうと、まずはリファラルを徹底してリストアップします。「メモリーパレス」という海外VCが推奨しているフレームワークを使って、自分の過去のつながりや、一緒に働いた中で優秀な方だった方をリスト化していくのです。優秀な人材をリストアップし、自社のカルチャーや求めるレベルスキルによって人材をランク分けして、優先度を付けて追いかけていく作業を徹底しています。
メモリーパレスを遂行し、エンジニア採用に注力したログラスの採用活動についても、ALL STAR SAAS BLOGでインタビュー記事として事例を載せていますので、参考になるはずです。
こういったかたちで、シリーズAまではリファラルによる母集団形成をして、ダイレクトリクルーティングで乗り越えるのが一般的です。とはいえ、それでも母集団形成ができない場合は、採用媒体を活用して、日々のスカウトを習慣化させるのが重要です。ログラスでは朝7時から8時までは「スカウトする時間」と決めて、毎日60分間、スカウトメールを打ち続けてきたとおっしゃっていました。他の企業様に聞いても似たような回答で、継続して毎日やり続けることが一番の肝になってくるようです。
神前:まさに「銀の弾丸」はなく、やり続けるしかないと。
楠田:メモリーパレスでリファラル人材をあげる作業までは取り組まれているのですが、重要なのは「一度はお声がけした後」です。すぐに転職に至らなかったり、興味を持たれなかったりした方たちに、定期的にお声がけできている企業は採用活動がうまくいっている傾向にあります。
そういった人材と継続的に接点が取れるような勉強会や、経費を補助する「ランチ会」といった取り組みがキーになっている印象です。
神前:中長期的に声かけする必要性は、ALL STAR SAAS FUNDの支援先企業でもあるカラクリの中山智文CTOも、ALL STAR SAAF BLOGのインタビューでおっしゃっていました。結局、2年後や3年後も人材は足りていないから、それを目掛けて定期的に声かけを続けるのだといいます。
やはり2ヶ月や3ヶ月で成果は出ず、1年経つうちに2人ほど採用し、その2人からまたメモリーパレスでリストが増えて、さらにお声がけしていく。言わば、複利で伸びていくような母集団形成があり得るのだと思います。
楠田:あとは、経営陣がリファラル採用に注力するのが、メモリーパレスを含めた施策で社員をうまく巻き込めるパターンですね。経営陣が率先すると、それが会社の文化になります。それをきっかけにメンバーも当たり前のようにリファラル活動の推進に関わってくれるようになりますから。
カジュアル面談は人材採用で最も大切
楠田:三つ目が、カジュアル面談。
僕は人材採用で最も大事だと位置付けています。カジュアル面談でどれだけ意欲を高められるかで、選考に進んだり、内定承諾ができるかが決まってきます。
前提として、カジュアル面談と選考は区別して考えなくてはなりません。カジュアル面談は求職者さんに興味を持ってもらうために行なうものであり、選考は求職者のスキルやカルチャーマッチとかを見極めるものです。
ここでひとつ勧めたいのが、カジュアル面談の構成を一度皆さんの中で見直していただくこと。一般的なカジュアル面談の流れは、会社説明、質疑応答、求職者への質問、職務内容の説明となります。僕たちが推奨しているカジュアル面談の流れは、まず求職者にキャリアや転職軸、大切に思っている価値観などを先にお話しいただくこと。
理由は2点あって、ひとつは求職者さんもカジュアル面談ではあれど、どの方も緊張されていますから、先にお話をさせてあげたほうが面談に集中できるから。もう一点が、転職軸や大切な価値観を先に聞き出すことによって、そのあとの会社説明や質疑応答のときに、候補者を惹き付けるチャンスが増えるからです。
カジュアル面談は「あくまでもお互いを知る場です。その上で、会社の魅力を少しでも知ってもらえたら嬉しい」とちゃんと伝えること。それが面談のファーストステップとしても重要になってきます。
神前:僕らのある支援先から社員も参加する食事会に呼んでいただいたとき、カスタマーサクセスのメンバーが魅力的かつ自信をみなぎらせて自社の魅力を語ってる場面を目にしました。その会には採用候補者の方もいらっしゃっていて、とてもポジティブな印象を与えたようです。
カジュアル面談は経営者だけが実践するものではなく、メンバーもしっかりやっていく。そうすると接点数が増えると思うんです。ここを誠意を持ってできるかどうかが、母集団形成にもつながりますし、実際の選考ステップにも関係してくるのだと思わされましたね。
楠田:あと、カジュアル面談で必ず聞いてほしいこととしては、転職理由を聞くのではなくて、「転職をしようと思ったエピソード」を聞くようにしてほしいのです。
どういう質問の仕方をするかというと、「1年後でも1年前でも半年前でも、今この瞬間、転職を考えた理由は何なんですか?」と聞いてあげてほしい。理由としては、仕事をする中で転職を考えたり、仕事に悩んだりすることは誰でもあるものだからです。ただ、転職をしよう、カジュアル面談にいってみようと思うには、大きなエネルギーが必要になるはずです。
そのエネルギーの源泉が何なのかを深く知りにいっていただけると、その人が大切にしている価値観や、転職で大切にしている軸が見えてきます。
神前:カジュアル面談で「絶対にやってはいけないこと」はありますか?
楠田:フラットな関係性であることを忘れてはいけません。「面接」や「選考官」という立場を意識すると、どうしても選考する側が上で、選考される側が下といった感覚を持ちがちですが、カジュアル面談はスキルなどを見極める場ではありません。あくまでお互いを知る場として、相手のことをちゃんと信じ、興味を持って語り合う機会ですから。
また、“見極め”の要素が入ってしまうと、求職者側も身構えてしまったり、自分をやや大きく見せてしまったりと、素の状態がわかりにくくなってしまいます。結果的に、お互いにとってのメリットがなくなってしまいかねません。
カジュアル面談は、言わばコーチングに近いセッションの入り方だと思っています。「適切な場作り」を言いかえるならば「心理的安全性を担保すること」です。言葉で表現するのはもちろん、雰囲気や話し方も含めて、セッティングしてあげるのが大事ですね。
転職軸とキャリアビジョンは必ず聞こう
楠田:四つ目は、選考です。
ここが皆さん、精度を上げるために迷われるところです。
面接で聞くべき要素は2つあります。ひとつは転職軸で、カジュアル面談や1次選考だけでなく、最終選考でもう一回聞いてほしいところです。というのも、候補者は選考中に他の企業とも関わる機会があり、インプットが増えることで、転職軸やキャリアに対する価値観が変化している可能性があるからです。
もうひとつはキャリアビジョンです。具体的でなくても構いませんが、自社のビジョンなどとの方向性が合っているかを確認すべきでしょう。
神前:ここでキャリアビジョンを聞いておくことによって、その次のアトラクトにもつながるということですね。
楠田:そのとおりです。
神前:以前にあるCEOの方に聞いたのですが、「これまでの選考を受けて、当社に感じた良いポイントは何ですか。また、課題は何ですか」と尋ねるそうなのですが、これは良い質問だと思いました。
面接の時点でそれらに興味がわかない人は、これから一緒に仕事しても興味がわかないだろうという考えだそうです。あとは、選考を経て情報を集めた中で、候補者がどういう答えや見解をつむぎ出そうとしているのか、その筋が良いものかどうかを見定めているとも言っていました。
選考で意識するべきは、点の要素ではなく、線で考えることといえます。そして、アトラクトにつなげるために必要な要素と、自社に合わないであろうクリティカルな要素を、ちゃんと見極めていくことが大事になってきます。
楠田:一般的な選考の流れで言うと、1次、2次、最終と3回の面接で見極めようと努力されるのですが、僕の考えとしては「見極めはそれほど焦らないほうがいい」と、いつもお伝えします。
面接だけでなく、ケーススタディやリファレンスチェックを挟んだり、内定を出す前に副業で関わってもらったりしながら、お互いの相性を確認するのも良いでしょう。ケーススタディでは「現状で発生している課題」を扱うと内容にリアリティが出ますが、求職者の負担が大きいと選考を辞退されてしまう可能性もありますから良い塩梅が必要です。
また、ケーススタディは臨んでいる時点でのパフォーマンスに左右されるところもあるため、それだけで候補者の評価を判断するのは、あまり僕はポジティブには捉えていません。
神前:ケーススタディは明確なアウトプットを評価する場ではありませんからね。会社や業務の解像度が高くないと、良いパフォーマンスやアウトプットは出せないはずです。見るべきは思考のプロセス、話し方、提案の仕方、コミュニケーションの取り方、仕事の進め方、その人の癖といったポイントになるかと思います。
職種別に取りうる例としては、マーケティングならNDAを結んだうえで現状のデータを開示し、マーケティング戦略を立ててもらう。CSならキックオフのロープレをしてみて、どのように準備するのか、からチェックするといったことで成り立ちます。あとは、経営陣クラスであれば、一度は経営会議に入っていただいて所感をヒアリングしつつ、経営に関する生の情報を渡していくのも有効です。
楠田:リファレンスチェックで忘れがちなのは、必ずご本人の了承のもとで進めることと、目的のすり合わせをしておくことです。「お互いの相性が合っているのかどうかの確認と、入社後も中長期的に長く働いてもらえるかについて、ズレがないかを確認するための作業である」とお伝えするのがポイントです。
また、マネージャー以上のクラスの方であれば、上司だけでなく部下の方からもフィードバックを回収するようになると、いろんな視点から見られて、客観的に人となりを把握しやすくなるのでおすすめです。リファレンスチェックも、以前にALL STAR SAAS BLOGの記事でまとめているので、実施する場合にはぜひ参考にしてください。
副業で関わってもらう際は、任せたい課題を事前に整理しておき、開始する前に期限と目的をちゃんと伝えることが大切になってきます。「まずは3ヶ月副業で関わり、お互いの相性が良ければ内定を提示しますから、ぜひ一緒に働きましょう」という前提をちゃんと伝えれば、候補者も意欲的に副業に臨んでいただけるはずです。また、既存社員と同様にコミュニケーションを取っていただくのもポイントですね。
内定承諾率を上げるためには言語化&解像度アップを
楠田:五つ目は、クロージングです。
「内定承諾率を上げたい」という質問もよくいただきますね。そこで逆に、内定者の方からよく受ける相談が、この問いに対する答えになるかと思います。
大きくは3つあります。「内定をもらったが、何を評価されたのかわからない」「どういった活躍を期待されているのか見えない」「自分のキャリアにどのようにプラスになるのかが不安」というのが内定者から聞く本音で多いものです。
僕の感覚値では、8割から9割の会社で、こういったコミュニケーションのズレが生まれているケースがあります。だからこそ、転職軸やキャリアビジョンを踏まえて入社すべき理由を紐付けられると、内定承諾率も高まるはずです。これらの不安要素をなくすために、オファーレターやメールでも構いませんが、言語化して伝えることが欠かせないのです。
ALL STAR SAAS FUNDの支援先事例では、Micoworksが3ヶ月で27名の採用を実現していらっしゃっていますが、言語化した内容を記載したオファーレターを作ることで、内定承諾率が10%もアップしたといいます。
https://note.com/micoworks/n/nd78347eabf5c
神前:オファーレターはとても大事だと思います。やはり「この会社で働いたイメージがちゃんと湧く」ということが何よりも一番のアトラクトになるものです。自社の課題も包み隠さず共有し、選考過程を通じて、任せたい役割や期待することもすり合わせていく。最後のクロージングこそ魂を込めたいところです。
また、NDAを結んだうえで、社内のSlackやNotionを一時的に共有して、自社の内実を開示していくのも、アトラクトにつながりますね。
楠田:候補者からすれば、働くイメージが高まり、どういう働きが期待されているのかがわかる。そのあたりの解像度が上がると、承諾率もアップするはずです!