SaaSビジネスにおいて、顧客との長期的な関係性を築き、プロダクトの価値を最大化させる役割を担うポジション。それが、“CS”こと、カスタマーサクセスです。
日本におけるカスタマーサクセスの第一人者であるSansanの山田ひさのりさんをゲストに招き、ALL STAR SAAS FUNDは去る7月7日にウェビナーを主催。ビジネスの変化から紐解くカスタマーサクセスの必要性、そのキャリアの魅力や可能性を掘り下げました。
山田ひさのりさんはSansan株式会社で「カスタマーサクセス部カスタマーサクセスストラテジスト」として活躍。現在はSansanのカスタマーサクセス部での戦略立案・実行のサポートを行う傍ら、IT企業へのCSアドバイザリーにも従事しています。
なぜ、今後はCSがより必要なポジションになるのか、世の中がCSを求めるニーズ、CSとして携わることがどういったキャリアを築くのか……それらの項目について、山田さんが見聞きした経験からの現在地点を解説していただきました。
「SaaS業界に転職したいけれど、CSへの理解をもっと深めたい!」
「CSとして転職した後のキャリア、成長のポイントを知りたい!」
そのように考えている方にとっては、特に学びの多い機会となるはずです。今回はウェビナーの内容から抜粋・再構成し、記事としてお届けします。
カスタマーサクセスが求められる「ビジネスモデルの変化」
まずは、CSがこれからのビジネスに必要で、さらに活躍するチャンスが広がっていることを掴むために、背景となる「ビジネスモデルの変化」からお話します。
世の中に近代的な産業が生まれてから結構な年月が経ちましたが、その間で、ビジネスモデルは上図のような遍歴をたどってきました。ちなみにこの図は、2020年に開催されたカスタマーサクセスイベント『Success4』のセッションで、いわゆる「青本」と呼ばれている『カスタマーサクセス』の共著者である、ダン・スタインマン氏の登壇資料からの抜粋です。
まずはロジスティックモデル(物流モデル)に始まります。世の中に物が普及していなかったときは、物流に乗せさえすれば欲しい人が買ってくれた時代があったのですね。今でも開発途上国にはそういったケースもあるはずです。
次にトランザクションモデル(セールスモデル)。物が充当してくると、今度はセールスが介入して、「あなたはこれを買うべきです」と説明する必要が出てきました。そして、サブリクションモデル(CSモデル)へ移りました。継続的にお客さんに使っていただいて、継続的に料金をいただく。このモデルが現在地点です。
そして、次に来るのはコンサンプションモデル(消費モデル)といわれます。継続的ではなく「使った分だけ」の料金形態になると。たとえば、NetflixやAmazonプライムなど「加入したけれど使えていない」サービスって、みなさんも意外にあるんじゃないかと思います。
そこで「初期費用は不要で見た分だけでいいですよ」となれば、意外にリーズナブルだと感じる方もいるはずですよね。
コンサンプションモデルはSDGsが後押しするという見方もあります。物を捨てることに非常にコストがかかる時代が到来することを前提とすると、所有よりも利用へと移っていくだろうという見通しが立ちますから、ビジネスもそのように変化していく。このモデルにおいてもカスタマーサクセスは大切な役割を担います。
つまり、今後訪れるであろうとされるビジネスモデルの変化にも、カスタマーサクセスは耐えうるキャリアである可能性が高い、ということです。
SaaSにおけるカスタマーサクセスの必然性とは
さて、SaaSビジネスの多くは、現在の主流となっているサブスクリプションモデルを採用しています。このビジネスを進める上で着目すべき数字の一つが「年間の解約率」です。
上図は年間解約率の推移グラフで、縦軸は売上、横軸は年数を表しています。解約率が年間で25〜35%くらいに入ると、30年で見たときにも成長がほぼ見られない傾向があります。解約率が15〜20%になると、最初の10年ほどは成長しても、以降はほぼゼロ成長です。
「30年」という年数は人によって長短の感じ方も異なりますが、カスタマーサクセスという言葉を作り、SaaSビジネスの雄とも言えるSalesforceさんが創業されて20年経っていますから、この年数自体は現実の感覚ともずれていないのかな、と私は思います。
SaaSにとって効率が良いのは、年間解約率を10%以下を達成し、成長基盤を整え、その後にマーケティング費用を投下して成長を加速させる戦略
そして解約率3%、5%、10%のグラフを見てみると、初めて連続的に成長できています。このグラフから読み解けるのは、SaaSにとって効率が良いのは、年間解約率を10%以下を達成し、成長基盤を整え、その後にマーケティング費用を投下して成長を加速させるという戦略です。
この一番初めの条件になる「年間解約率10%以下の達成」に、お客さまがサービスを継続してくれるように働きかけるカスタマーサクセスの存在意義が出てきます。
何が違う「カスタマーサポート/カスタマーサクセス」
まずは似ているようで違う「カスタマーサポート」と「カスタマーサクセス」を、ざっくりと分けて説明してみます。
カスタマーサポートは問題が発生してから対応する、言わば「守りの姿勢」ですね。こういう姿勢を「リアクティブ」ともいったりします。お客さんが何かしら困りごとを伝えてくれたら、それに対して反応し、迅速に正しく解決する。これはこれで必要な仕事です。
対してカスタマーサクセスは、問題を発生させない「攻めの姿勢」です。お客さんはそもそも使い方がわからないから聞いてくるわけですが、そもそもわからない状況を発生させないことが使命です。サービス提供側もお客様にとっても健全な状態ですから、それを実現させようとするのがカスタマーサクセスの発想です。
もう一点、「イシュー」でも両者の違いを見ることができます。
カスタマーサポートはプロダクトを利用するためのマニュアル、ヘルプ、FAQなどを提供したり、プロダクトの不具合と思われる挙動の確認、調査、解決をしたりといったことを主な業務とします。つまり、問題への回答がほぼ一意に決まる対応なのです。誰が、どのようなことを聞いてきても、同じような答えを迅速に返せることが良いわけですね。
対して、カスタマーサクセスはプロダクトを顧客の社内に浸透させるための計画・立案であったり、プロダクトが効果を発揮する運用オペレーションの提案だったり、効果を計測するためのKPIの検討や相談相手を務めたりします。ということは、回答が顧客によって異なるものなのですね。これを私は「オペレーショナル」と呼んでいます。
ハイパフォーマーなカスタマーサクセスの共通点は「お母さん感」
この違いに関連して、ハイパフォーマーなカスタマーサクセスの共通点を、私としては「お母さん感」と呼んでいます。決して優しいだけでなく、相手の将来のためになるなら嫌なことや心配も伝えるものです。
よくあるケースで、オンボーディングの進捗が悪いお客さんを、キャリアの浅い人が担当する場合に、その理由を「先方が忙しいから」と言うことがあります。でも、お客さんが言っていたからと引き下がってたら、だめなわけです。「このチャンスを逃して、いつやるんですか!」と言えないといけない。
導入したままで放ったらかしみたいなお客さんもたまにいます。それならば、「なぜ買ったんですか?こんなにいっぱい検討もして、せっかく導入したのに使えていないなんて。御社の業務を変えたかったんじゃないんですか!一緒にやりましょうよ!」と切り込んでいく。
引き下がるだけでなく、そこに対して「そもそも論」でググッと入っていけるような人でないと流されてしまう。これも、ハイパフォーマーになるためのポイントの一つです。
カスタマーサクセスは「顧客解像度」を高めるのが重要
カスタマーサポートとの違いを認識してもらったうえで、ここからは「顧客解像度を高めることの重要性」について話していこうと思います。
「顧客解像度を高める」とは、平たく言えば「お客さんをよく知りましょう」ということですね。これはどんな商売においても非常に大事であり、今後はもっと加速するともいわれています。では、なぜ加速していくんでしょう?
Salesforceさんの「Customer 360」というコンセプチュアルな画像を例に引くとわかりやすいです。下記をご覧ください。
Salesforceさんはお客さんを中心において、マーケティング、セールス、コミュニティ、その他のサービスを位置づけて行こうとされています。どうしてこのような位置付けになるかというと、パワーバランスが「Vender優位」から「Buyer優位」に変わりつつあるのです。
これは皆さんも肌で感じ取ってらっしゃると思うのですね。インターネットやSNSの普及によって、お客さんが持っている情報量が今、すごく多くなっています。そういったBuyer優位の状況においては、お客さんが心地よいと思えるサービスをデザインするのが、そもそも大事ですよね。顧客の課題や困りごとを点ではなく、線で捉えるということです。
そして、顧客を知るためにテクノロジーを活用することも、難しいけれど非常に大事です。お客さんとは購入する前も購入した後もいろんなコミュニケーションを取ります。それらのデータを集約して、お客さんごとに「以前にこういうことをしたから、次はこのようにするといいのではないか」と予想して提案していく。データ活用はますます必要になってきます。
そのように顧客解像度を上げていくと、お客さんのニーズも徐々に変わっていくんですね。なので、自社が提供しているサービスに対してお客さんが何を求めているのかを、Venderはキャッチしなきゃいけないのです。
コンサンプションモデルで勝ち抜いていくためには、顧客解像度を上げて、消費者が無意識に求めるサービスに昇華させていくことが大事です。
カスタマーサクセスが自ら顧客解像度を高めないといけないのは、お客さんは自分から「こういうのものが欲しい」とは、ズバリ言ってくれないからです。だから、お客さんをしっかり見ることによって、求めるものの傾向をつかんでいく必要があるのです
顧客解像度を上げ、サービスやプロダクトに生かす。そのトリガーになれるのは、現状の役割分担としてはカスタマーサクセスが最も向いていると、僕は考えています。もちろんプロダクトやマーケティング、セールスの方たちも携わっていますけれども、直接的にお客さんと対峙しているカスタマーサクセスだからこそ、顧客解像度を上げやすいのですね。
顧客解像度を高めるオーソドックスな方法は、お客さんと話す時間を多く取ること。それだけでも単純にわかってきますし、セールスの方にも通じる取り組みですね。また、多様なお客さんと接するのも効果的です。それぞれで問題意識やサービスの使われ方が全く違いますから、業種や従業員規模、新興から老舗までを問わず、バラエティに富んだお客さんをフォローしていくと、カスタマーサクセスとしての安定感が出てきます。
また、カスタマーサクセスはオンボーディングから始まって、お客さんが自らリニューアルを果たすまでという一定のサイクルを迎えますが、そのサイクルを頭からお尻まで経験したことのある人がいる組織は強くなります。そもそもがリニューアルを見越したオンボーディングから始めるので、全体の連なりがしっかり見えている人がいないと、部分最適型になってしまいます。それらの人材を中核に何人か置いておくことが重要です。
「良い組織」の見抜き方で参考になるのは、やはり継続率・解約率です。解約率が高い場合はサービスそのものに問題があることもあれば、組織的なものに起因する可能性もあります。また、カスタマーサクセスが「頑張りすぎていないか」というのも見たいところです。お客さんを継続させようと、高すぎるホスピタリティを発揮するのも考えものです。
「ここまでやればご継続いただける」という感覚をつかんでいくことで持続可能性が高くなります。やりすぎかどうかを見るには、オンボーディングの成功率と解約率の相関関係を見る。もしくはエクスパンションとの相関関係を見るのが王道です。
自分たちの適正な感覚をつかむスタート地点に立つには、おそらく2年ほどかかってくるのが普通ですが、あまり焦ってはいけないとは、いつも私も言います。
未来のビジネスでは「売る」という行為がなくなっている?
ここからはカスタマーサクセスのキャリアについても見ていきましょう。
下記はGainsight社が調べたもので、データは2018年と少々古いのですが、カスタマーサクセスの求人需要に関するグラフです。
業種によっては1286%もの成長率を誇っています。それだけ世の中のサービス化が進んで、ビジネスが変化してる表れだと思います。
売る能力よりも「使い続けてもらう能力」のほうが価値が高まるようになってきている。
それと共に、ビジネスキャリアの価値も変化しています。サブスクリプションモデルからコンサンプションモデルに進む兆しが今後見えている時代においては、売る能力よりも「使い続けてもらう能力」のほうが価値が高まるようになってきています。そもそも、コンサンプションモデルで「使ったぶんだけのお支払い」となると、「売る」という行為自体がなくなってしまうところがあります。
例えば、現状はSaaSでも1年間契約を売って、毎月ご請求させていただく形ですが、「使った分だけ」となると、手前に発生していた「契約を売って」というステップが発生しません。お客さんには「サインアップだけお願いします」と言えばいいので、セールスの意味合いも変わってくるかもしれません。
そのとき、カスタマーサクセスが担う「サービスの価値を届ける」という価値は、今後さらに高まっていくんじゃないかと思っています。
従業員サクセスが実現されるフェアな仕事
最後に、カスタマーサクセスは「従業員サクセスでもある」という話をしましょう。
従業員側の価値観も今、変わりつつありますよね。たとえば、金銭だけでモチベーションを保とうする企業では社員が定着しにくくなってきた。代わりに台頭してきたのは、顧客、従業員あるいは企業、そして社会の3つが真にフェアなことです。
カスタマーサクセスは、お客様を成功に導いて対価をいただくのですから、とてもフェアな仕事の一つといえるでしょう。単純に売り切って、導入後のことは知らぬ存ぜぬでは、ビジネスが成り立ちません。
カスタマーサクセスに力を入れている企業は、基本的には従業員サクセスについても成り立っているという見方もできるのかな、と私は思っています。21世紀型のビジネスがサブスクリプションモデルやコンサンプションモデルになっていくとすれば、それらはカスタマーへのサービスで成り立っているといっても過言ではないでしょう。フェアな世の中を成り立たせるためにはカスタマーサクセス的な思想は、今後も強く求められていくはずです。
もし、私が転職活動を今するとしたら、プロダクトやサービスの面白さはさておき、やはりKPIマネジメントをちゃんとしてるところを志望しますね。解約率とオンボーディング成功率の相関関係や、一人当たりのカスタマーサクセスの保有MRR数値を、ちゃんと月次でウオッチしている。はたまた1社あたりにかけているCSMの時間を見ている。
正解がわかっていなくても、そういったところに注意を払っている企業は、しっかりとカスタマーサクセスを科学しようとしている印象を受けます。要はホスピタリティや感覚だけでカスタマーサクセスに取り組んでいないのがわかるので、伸び代を感じます。これらはセールスやマーケだと当たり前の世界なのですが、カスタマーサクセスだと甘いところもあります。それではARRの10億円突破、100億円突破は難しいのです。
今回はやや駆け足でしたが、カスタマーサクセスの重要性と需要の高さ、今後のキャリアについても見ていきました。引き続き、カスタマーサクセスに関しては情報を発信していきますから、ぜひ併せてご覧ください。またお会いしましょう!
著者:山田ひさのり
『カスタマーサクセス実行戦略』の著者。ゲームプログラマーとしてキャリアをスタートし、Web開発のPG/SEを経て事業開発にキャリアチェンジ。その後、Sansan株式会社にてCS部門の責任者を歴任。現在はsasket LLCを設立し、2年間で約20社へのCSアドバイザリーを経験。