能動的に顧客へ働きかけ、顧客価値を最大化させるカスタマーサクセス。SaaSビジネスに欠かせない存在でありながら、そのナレッジはまだ体系化されていません。
今回は、ALL STAR SAAS FUNDのアドバイザーでもあるSansan株式会社カスタマーサクセス部シニアカスタマーマーケティングマネージャーの山田ひさのりさんに、カスタマーサクセスを組織化する際に陥りがちな課題やその解決策をうかがいました。
カスタマーサポートとの違いといった基礎から実践的な内容まで、深く学べる内容です。聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDの神前達哉が務めます。
カスタマーサクセスは「ボランチ」だ
神前:まずは、山田さんのご経歴を教えてください。
山田:1999年に新卒でコンシューマーゲーム会社にプログラマーとして入社し、のちに携帯電話のコンテンツ会社に転職。当時は「着うた」が大流行しており、この時期に開発のプロジェクトマネージャーを経験しました。その後、Sansanに転職し、約7年在籍しています。
Sansanでは名刺をデータ化するサービスのプロダクトマネージャーなどを経験したあと、3年前からカスタマーサクセスに配属となりました。
神前:ありがとうございます。SaaSビジネスにおいて、カスタマーサクセスはどんなポジションだと考えていますか?
カスタマーサクセスの役割は、プロダクトのストック収益やバリューを最大化させること
山田:私の以前の上司は「サッカーのボランチだ」と表現していました。ボランチは守備的なミッドフィルダーで、状況を的確に判断し、得点を狙うフォワードがより点をとれるように動いていく役割も担います。
カスタマーサクセスの役割は、プロダクトのストック収益やバリューを最大化させること。まさにボランチのようで、花形のフォワードではないけれど、主役を最大限に引き立たせる役割だと思っています。
神前:カスタマーサポートが近い職種ともいわれますが、両者の違いをどう捉えていますか?
山田:カスタマーサクセスはこちらから先に仕掛けていって問題が発生する前に芽を摘む「攻め」、カスタマーサポートはお客様のお問い合わせに迅速にお答えする「守り」というイメージで捉えていますね。
また、カスタマーサクセスはプロダクトが最高のパフォーマンスを発揮するためのオペレーションづくりや、導入定着のための働きかけのようなオペレーショナルなものを扱います。一方のカスタマーサポートは機能や動作などファンクショナルなものを扱うという違いもあります。
ただ、現在は両者が統合されることが多いのがトレンド。より良い体験を提供するため、最終的には攻めと守りが一つになるのが一番だと考えています。
お客様の困りごとを、あらゆるフェーズで解像度高く把握する
神前:カスタマーサポートを組織化していく際に困るのが担当決めです。どの企業に、誰を割り当てるのか。ハイタッチなお客様をどうサポートしていくかなど、いかに考えればよいでしょうか。
山田:非常に奥深い話で、組織の数だけ答えがあります。ただ、基本的にスタートアップのアーリーフェーズではお客様もそう多くはないので、「オールハイタッチ」が良いでしょう。
そうして経験を積んでお客様の困りごとを解像度高く把握しておかないと、のちのプロダクト戦略に活かせないですし、メンバーが増えた時にもきちんと伝達できません。オールハイタッチで1〜2年鍛え抜いたカスタマーサクセスを中心に組織ができていくのが理想ですね。
オンボーディング、アダプション、リニューアルなど、フェーズごとに専任担当者を決めている企業もあると思いますが、最初から綺麗に切り分けるのにはデメリットもあります。
カスタマーサクセスでは、「1年後のリニューアルを見据えてこんな風にオンボーディングしておこう」のように、各フェーズを相互に想像しながら進められるのが健全で、そのほうが事業も強くなる。最初から分けてしまうと、担当外のフェーズで何が起こるか想像力が働かなくなりますし、物事を一気通貫して整理できる人がいなくて困る場面もあります。全部のフェーズを経験した人が組織内に1〜2人いて、その人を中心に広げていくやり方が手堅いですね。
神前:ベテランの人材を中心にオールハイタッチを目指し、限界がきたら分業化していくのが理想と。分業化の目安はありますか?
山田:複数のカスタマーサクセスマネージャー(CSM)が同じ仕事をしていると感じた時です。たとえば、「似たような資料をずっと作っているな」と思ったら、そろそろ分業化の時期。
これはカスタマーサクセスのオペレーション全体を設計する役職を設けるべきタイミングともいえます。一般的にはシステムやフロー設計を担当する人を指しますが、初期段階ではカスタマーマーケティングの仕事であるコンテンツ制作やウェビナーの運営も受け持つことになるでしょう。
どちらにせよ、CSMの仕事をきちんと巻き取り、ロジックを立てて進めていく役割です。一般的にはCSMが5人以上になったら据えるべきと言われていますね。
チャーンを減らすためにCSMがすべき2つのこと
神前:スタートアップのカスタマーサクセス担当者から、「業績評価は何を軸にすれば良いかわからない」と悩みを聞くことがあります。山田さんはどんな基準を引いていますか?
カスタマーサクセスが持つべきKPIは基本的にはMRR
山田:カスタマーサクセスが持つべきKPIはフェーズによって変わりますが、基本的にはMRR。1人あたりのMRRは2000〜6000万が適正という話もありますが、プロダクトや企業の規模によって大きく変わります。自社の適正はどのくらいか、確認とチューニングを重ねて見極める必要があるでしょう。
神前:その上で、エクスパンションを狙える企業は拡張のための目標を設定すべきでしょうか。
山田:扱っている商材によります。ワンプロダクトのSaaSやスタートアップでは、エクスパンションしようにも売る物がなく、目標を設定しても限界があるケースも。一方、成熟した企業でプロダクトが複数あり、クロスセルできるラインナップが揃っている場合は設定すべきです。
サンフランシスコのGainsight社が「CSマチュリティレベル」という概念を提唱しています。「REACTIVE」「INSIGHTS & ACTIONS」「OUTCOMES」「TRANSFORMATION」という4段階で企業の成熟度を示したものなのですが、最上位の「TRANSFORMATION」だとエクスパンションの占める割合が25~30%とすごく大きい。
アーリーステージのスタートアップからすれば信じられない割合ですが、事業が成熟していてファミリーの商品が多い企業であれば、決して達成できない数値ではありません。このように企業の成熟度によって大きく変わるので、まずは自社がどのステージにいるのか認識することが重要です。
神前:初期はチャーンを減らす活動に専念し、事業の成熟度合いが高まる中でエクスパンションも織り交ぜていくのがベターと言えそうですね。基本的な質問ですが、チャーンを減らすためにCSMがすべきことは?
山田:シンプルに2つのことで、オンボーディングとリニューアルマネジメントです。しっかりやるとけっこう大変ですが、劇的にチャーンを減らせます。
最初にすべきがオンボーディング。育てることはきちんとした土台作りにつながり、ここで失敗していればサクセスはまずありえません。オンボーディングが終わった時に全員がそのプロダクトの存在と価値、そして基本的なオペレーションを理解している状況を作ることが、チャーンを防ぐもっとも大きな活動になります。
次がリニューアルマネジメント。スタートアップでは年間の自動更新を採用しているところが多いですが、それでも更新期限を迎えるお客様をきちんとケアすることが大切です。
たとえば、更新期限の前に連絡をして「実は全然使えていなくて解約を検討している」と言われたなら、そこから具体的な困りごとにアプローチできるかもしれない。こうした情報を事前にキャッチできるだけで、チャーンを減らせる確率が上がります。
リニューアルのコンタクトはリカバリーできる期間を確保した上で連絡しましょう。1ヶ月でリカバリーできるなら1ヶ月前、半年かかるなら半年前に連絡するのが基本です。商材によってはお客様の方針や次年度予算を作成するタイミングに合わせるとより良いですね。
カスタマーサクセスや営業の直感を、集合知にする
神前:カスタマーサクセスを考える上では、ヘルススコアも重要な概念です。
山田:ヘルススコアはディープですが、逆に言うとすごく面白いんですよね。
まず、ヘルススコアが事業戦略や組織分けのソースデータとして使われるようになったらKPI化していると言えるでしょう。Sansanではヘルススコアを4段階に分類し、スコアの低いほう2つと高いほう2つでそれぞれ受け持つ組織を分けているんですよ。低いほうではお客様への接触量を増やして活用度を改善し、ランクアップを目指します。高いほうでは、単純にエクスパンションを狙います。
ファクトを積み上げ、Sansanのようにヘルススコアベースで話を進められると活用の幅が大きく広がりますね。ただ、ここまでの信頼性を持たせるのは、アーリーフェーズでは特に難しい。全員が納得できるデータにするには、3年から5年はかかるでしょう。
神前:その中で、アーリーフェーズのカスタマーサクセス責任者はどう指標を設定していけば良いのでしょう?
山田:いつも「カスタマーサクセスや営業の直感に従うこと」とアドバイスしていますね。彼らの直感的な判断を集合知として集めてみることをおすすめします。
たとえば、「顔アイコンを設定していないお客様は要注意」という話があった場合、一度はファクトと突き合わせてみる。そうすると「たしかに継続しているお客様は顔アイコンを設定済みの人が多いな」とわかるかもしれません。営業やカスタマーサクセスが最初に言い始めた時は単なる勘かもしれないけど、調べてみると信憑性があるケースも多いんですよ。
神前:なるほど。僕がヘルススコアを考える時は、それがコントロール可能かどうかで分類していました。コントロール不可能なものをヘルススコアに組み込んでも、担当者がやる気を失ってしまうからです。担当者が頑張れば結果を出せることを主要な指標にする考え方はどう思いますか?
山田:基本的な発想は正しいと思います。ただ、「現時点ではコントロール不可能に見えるけど、なんとか可能にできないかな」と考えることも大切です。
顔アイコンの話で言えば、オンボーディングプロセスに組み込む、プロダクトで顔アイコンを設定しないと先に進めないようにするといった解決策が考えられるでしょう。コントロールできるか否かだけで考えてしまうと、発想が縮こまるリスクがありますね。
カスタマーサクセスに向いている人材とは?
神前:ありがとうございます。続いて、カスタマーサクセスに向いている人材の特徴や、役立つ経験があれば教えてください。
カスタマーサクセスに求められるのは、「ツールとともに社内の組織文化を変えること」
山田:SIer出身の人は向いています。カスタマーサクセスに求められるのは、最終的にはツールを入れるというより「ツールとともに社内の組織文化を変えること」、つまりお客様のチェンジマネージメント。それはお客様の内部に入り込み、フィットした提案をするSIerに通じるものがあると感じます。
自分が商品を売ったあとのことが気になる営業の方も向いているのではないでしょうか。経験はなくても、「売りっぱなしでいいのかな」と考える人は素養があると思いますよ。
神前:カスタマーサクセス担当者の育成で工夫していることはありますか?
山田:Sansanではジョブタイトルを管理して、高いMRRを持っている人から順にカスタマーサクセスマネージャー、カスタマーサクセスアソシエイト、トレーニー、と3段階に分類しています。これによってカスタマーサクセス内でのキャリアが明確になり、ランクアップするためにはどうしたらいいのか担当者が考えるようになりました。仕事を振り分ける際の組織内での納得感も高まったと感じます。
しっかり設計する必要はありますが、この仕組みは今でもSansanでワークしているので、取り入れる価値はあるのではないでしょうか。
お客様の成功イメージを常に考える職種
神前:カスタマーサクセス担当者のその後のキャリアについても教えてください。
山田:営業、プロダクト、マーケティング、変わったところで情報システムなどたくさんありますね。営業であれば導入後のことがわかるので、お客様に寄り添ったリアリティのある提案ができますし、マーケティングは考え方を一部変える必要はあるものの、ノウハウをそのまま活かせます。
最近はカスタマーサクセス出身者がプロダクトマネージャーになる例を聞くことが増えましたが、とても良いキャリアだと思います。カスタマーサクセス出身者は機能を作ってお客様に発信していく上でも、どんな資料が必要か、セミナーを開くべきかといった判断の精度が高いのではないでしょうか。
神前:カスタマーサクセスはお客様の成功イメージを常に考える職種なので、その能力を他でも活かせるということですね。
山田:そうですね。先日、Sansanでこんなことがありました。自分のプロフィールから自動的にオンライン名刺を作成する機能をリリースしたのですが、このサービスを考える際、会社のロゴを入れるかどうかという議論があったんです。
その時、カスタマーサクセス出身の人が「ロゴを入れると企業のブランディング部門からNGが出る可能性があるので、入れるかどうかは選択制にしてほしい」と提案してくれました。現場のリアリティに寄り添ってどんな問題が起こりうるかをすぐに考えられるのは、カスタマーサクセス出身ならではだと思いましたね。
神前:最後に、カスタマーサクセスの未来について山田さんが考えていることを教えてください。
山田:プラクティスをしっかり後世に残していくことに使命感を持っています。カスタマーサクセスはまだ世の中に登場して間もない職種なので、経験レベルでもアカデミックなレベルでも、ナレッジがまとまっていないんですよ。
本屋に行っても営業やマーケティングの本はたくさんありますが、カスタマーサクセスの本は数冊しかありませんから。そうした思いで、2020年7月に『カスタマーサクセス実行戦略』という本を書いたんです。
単純なtipsにとどまらず、アカデミックに体系化して後世に伝えていきたい。そして、それを日本の事業と経済の発展につなげたいと考えています。
Podcastはこちら:
著者:山田ひさのり
『カスタマーサクセス実行戦略』の著者。ゲームプログラマーとしてキャリアをスタートし、Web開発のPG/SEを経て事業開発にキャリアチェンジ。その後、Sansan株式会社にてCS部門の責任者を歴任。現在はsasket LLCを設立し、2年間で約20社へのCSアドバイザリーを経験。