SaaSスタートアップの評価額に大きく影響するもの、それがMRRやARRの成長率です。「トップラインが常に成長しているか」「今後も成長できるか」という問いに対し、SaaSスタートアップは売上拡大戦略を高度化させ、それらの問いに応えなくてはなりません。
そのなかで、日本においてはトラクションを生み出すチャネルのうち、いわゆる「代理店を経由した販売」など、パートナー企業とタッグを組み、販路を広げていくことが重要な手段のひとつとなっています。国内大手SaaS企業の売上構成情報を見ても、その重要度は年々高まっているように感じられます。
しかし、国内SaaSスタートアップからは、「パートナーセールス立ち上げのノウハウがない」という声が上がります。従来は直販を主体としてきた戦略から、より適したパートナーを求めること、そしてパートナー戦略の解像度を高めることは、SaaSスタートアップ成長に貢献する手段のひとつといえるでしょう。
そこで、ALL STAR SAAS FUNDでは、パートナービジネスをレバレッジするための戦略や体制についてノウハウを取り纏めることが重要と考え、全3回の連載で、この分野について深堀りしていくことにしました。
連載初回は「アライアンスをハックする」をミッションに、ベンダーと販売パートナーを繋ぐクラウドサービスを提供している、パートナーサクセス株式会社の執行役員COOである秋國史裕さんを招き、その概論を伺いました。第2回は「SaaS商材別のパートナーセールス戦略」をテーマに、組織を立ち上げて取り組むSaaS企業3社の担当者へ、自社が取り扱う商材の特性に合わせて、いかにパートナーと関係を構築していくべきかを掘り下げました。
そして、連載第3回は「ダイレクトセールスとパートナーセールスのマネジメント」を取り上げます。第2回の記事でも「バッティング問題」が話題に上るなど、頭を悩ますことも多いこの課題。パートナーセールス事業で拡大を続けるサイボウズの営業本部長兼事業戦略室長の栗山圭太さんに、このテーマについてお話を伺いました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDパートナーの佐伯裕人です。
サイボウズがパートナーセールスに乗り出した理由
佐伯:まずは、現在のお仕事や担当業務から、ご共有いただけますか。
栗山:サイボウズで営業本部長と事業戦略室長に就いています、栗山です。営業本部はパートナーセールスやダイレクトセールスとして、営業企画、営業サポート、受注センターを担っています。受発注業務も僕の部隊にありますね。
東京がヘッドクォーターですが、全国主要都市には営業所があり、海外でもアメリカ、オーストラリア、中国、マレーシア、タイに営業拠点があるので、グローバル全体の営業を管轄するのも役割です。
事業戦略室は『kintone』というプロダクトのビジネスオーナーをするための部署です。私が『kintone』におけるグローバルビジネスの責任者を務めていますが、それをサポートしてくれるスタッフが事業戦略室に配属されています。要は「kintone室」とも言えるのですが少しわかりづらいので(笑)、事業戦略室と名付けているんですね。
佐伯:ありがとうございます。サイボウズさんはパートナーセールスですごい実績を上げられていて、他のスタートアップと比較しても取り組まれている年数も長いです。そもそも、パートナーセールス部門はいつ、どういったきっかけで設立されたのでしょう?
栗山:できたのは2002年です。サイボウズは1997年創業で、2000年に東証マザーズへ株式上場していますから、そこまで絶好調で登ってきたわけです。しかし、2001年に売上を一度落としてしまいまして。その理由は単純で、売り方の限界が来たからです。当時は、ソフトウェアをダウンロードすると60日間は無料で使えて、それ以上はライセンスをご購入いただく、というビジネスモデルでした。
現在では当たり前のように思えますが、その頃は業務用ソフトウェアがダウンロード販売かつ60日間無償試用できるのは珍しかった。家電量販店などのパッケージ販売をはじめとする間接販売が日本の商習慣では主流だったところに、直販でBtoB領域へ切り込んでいった形でした。
ところが、保守ライセンスもなく買い切り型ですから、直販だけでは、あっという間に限界がきてしまいました。やはり主流の販売形態であった代理店販売にも乗り出そうというのが設立のきっかけです。現在のSaaSの世界ならTHE MODEL的なやり方で、プラスアルファにパートナービジネスがあるかと思いますが、当時は代理店販売が一般的だったのです。
佐伯:約10年間は、直販ですばらしい成長率を遂げられてきました、ということですね!
栗山:そうですね。1997年創業で、2001年3月の新規出荷本数が700社でした。それを超えたのが2020年の3月です。やはり、クラウド型になってサイボウズも調子が良くなり、20年かかりましたが喜びはありました。
「仲間、と想っていただくために」、各地域に営業所を置くメリット
佐伯:代理店販売を担当されているチームメンバーは何人いらっしゃいますか?
栗山:現状で115人ほどです。パートナー第一営業部から第三営業部まであり、それぞれ15人ほど在籍していて計45人。それから、リージョナル営業部として、パートナーサポートをメインミッションとする各地の営業所メンバーが50人ほど。残りの約20人がパートナーマーケティングセンターとして、アライアンス関連やパートナー企画を担っています。
佐伯:各地域の営業所にいらっしゃるのが、ほぼパートナーサポートであることは結構な驚きでした。他社では、地方ユーザーの開拓がメインであることが多いと聞きますから。
栗山:やはりパートナービジネスを拡大していくと、大阪や九州といった主要都市向けのサポートも必要になってきます。それを出張ベースで担うのか、現地に人を配するのかでいうと、パートナービジネスなら「出張で構わない」とみなさん思うでしょう。そもそも、効率的に販売するためにパートナービジネスに乗り出すわけですから。ただ、本社からの出張と、現地に営業所があるのとでは、迎え入れるほうも「お客さん」なのか、「仲間」なのかというほどの違いがありますね。
僕は各地の営業所長に対しては、リコージャパン、FBJ(富士フイルムビジネスイノベーションジャパン)、大塚商会という三大パートナーのサポートをしっかり行なうことを前提に、残りは直販するか、他のパートナーと組むのかは、自由に任せるようにしています。各エリアごとに目標数字の達成を目指しますが、それら3社をサポートできていない状態で数字を達成しても成果は認められないというふうに話しています。
佐伯:営業所には最初からパートナーサポートの方が配置されてたんですか。それとも、ビジネスモデルや収益モデルが変わっていくにつれて、変化していったのですか?
栗山:営業所を出すこと自体がパートナーサポートのためでした。ただ、営業所の規模が2人くらいの場合は、多くのことはできませんよね。各地域ごとに強いパートナーに注力していくところからはじめて、採用を強化し、各営業所で10人から15人になってくると、できることも増えていきます。
そこで僕は、前述の3社をサポートしつつ、プラスアルファは自由にして良いという方針にしたら、各地域ごとに所長の性格が反映された動きになってきて、面白く見ています。
数値指標は全社員でひとつ、そのほうがモチベーションが上がる
佐伯:営業所の方々にコミットしていただくなかで、目標として売上高を掲げていらっしゃると思います。その売上高のベースは直販の数字なのか、そうではなくパートナー経営で生み出したレベニューなのかでいうと、どちらでしょう?
栗山:直販は関係ありませんね。営業所長の予算は各エリアで割り振られています。たとえば、関西だと近畿2府4県で18%、といったように。自分が関与していない数字も乗ってきます。だから、結構ダブルカウントしていますよ、いろんなところで。
佐伯:なるほど。そうなると予算設計は、かなり難しいのでは?
栗山:いや、そうなんですよ。ただ、予算設計はうまくしておかないと、ダブルカウントを嫌がる組織も結構あると思うんですよね。美しくないというか……本来的には美しさなんてどうでもいいのに、嫌がられるところがあって(笑)。そもそも、ダブルカウントどころかトリプルカウントになっているときもあります。
たとえば、エンタープライズでパートナー企業になると、エリアの数字でカウントして、EPの領域でカウントして、系列会社のチームもカウントして……と。
佐伯:結局はトリプルカウントでも、まずはかたちとして予算設計するべきだというのは、会社の収益計上にきちんと組み込むなど、連携するようにシステムも整えられているとは思います。それぞれに予算を持ったうえで設計されてるからこそ、ダブルカウントないしトリプルカウントが起こるということですよね。
栗山:そうです。
佐伯:興味深いです。しかし、私も前職は広告業界でしたから、ダブルカウントやトリプルカウントにするのは一長一短あると感じています。ひとつは、セールスの方々のボーナスを計算していくうえで、個々の予算設計における貢献分を管理しやすい。一方で、社内システム上で、ダブルカウントやトリプルカウントしていると、会社全体の売上高を管理しにくい。そのように考えますが、いかがでしょう?
栗山:でも、最後に出てくるリアルな数字はひとつじゃないですか。どれだけカウントしたところで、財務会計上の数字はひとつですから、最後はそれを見ています。あと、サイボウズは個人ボーナスがないのです。全社員、開発も含めてボーナス基準は一律にしてあるんですね。ベースが2ヶ月分あったとして、クラウドの伸長率がよかったら「2.2ヶ月になります」といったように、開発も経理も総務も、役職もかかわりなく一律です。そのように決めてから、いろいろなことがとても進めやすくなりました。
佐伯:なるほど。最近はOTE(On-Target Earnings)などを用いて優秀な人材を獲得しようとするスタートアップも見られるように、それぞれの達成率を個別で評価していくスタイルを取るところも出ています。ただ、そうなると個々の貢献分を丁寧にケアしてあげなければいけないという弊害もありますよね。
栗山:それに、やっぱりせこくなるでしょう?
佐伯:なるほど(笑)。
栗山:自分の成果をアピールしないといけないとなると、個々人がそこに時間を割くようになってしまいますしね。事業が成長している限りは給料がしっかりと上がっていくような、安心できる環境を与えてあげれば、不満の種もなくなりますから。
事業成長しているのに現場の給料の昇給率が悪く、経営陣ばかり儲けているようでは士気が下がってしまうでしょうが、そのあたりの給与フィードバックがあれば、シンプルな設計にしてもモチベーション維持はできています。
佐伯:確かに。その制度は、最初からですか?
栗山:いえ、途中で変えました。クラウド事業を推進するうえで、みんなの指標がばらばらなのはややこしいと思って。指標は全社員でひとつのほうが、全社的にもモチベーションが上がるのではないか、と。
だめなら変えてみる前提で、一度やってみましょうとはじめたら、それがもう8年ぐらい続いている感じです。
佐伯:とても良いインサイトだと思います。特に、THE MODELにフィットするやり方だなと思います。
栗山:クラウドないしSaaS事業は、全体の流れにおいて、前工程や後工程を理解している人がどれだけたくさんいるのかが、組織としての強さに直結してくると考えています。でも、自分が現場にいたときのことを思い返しても、前後の工程を意識した動きなんて、あまりできていなかった。それに、実際にできている人も少ないでしょうから。
「合理的な最適解」を選ぶ
佐伯:その仕組みを機能させるには、採用時に候補者の価値観を見るのが大切ではと考えます。個人で成果をたくさん上げて、反映もしてほしいというタイプは、なかなかフィットしないのでは……。
栗山:それが、今のはボーナスの話であって、給与評価はまた別なんですね。サイボウズは新卒で入っても、20代のうちに数百万円の差がつくこともあるような給与制度にしてあるのです。
佐伯:ベースのアップデート頻度が速いのでしょうね。
栗山:逆に言えば、下がるときもしっかり下がる。そこはあまり日本的ではないです。そして、これを評価するのは人事ではないんです。サイボウズは、人事に人事権も給与決定権もなくて、すべて各本部のライン長が担っています。
制度を設計するときには、当たり前のように「ストレスがないようにしたい」という前提があります。言い換えると、合理的なことを普通にしたい。その他の企業が「事情があってできない」と思いがちなことでも、合理的に判断すれば最適であると考えれば、それをもとに制度を作っているのですね。
佐伯:いやぁ、そう思いました。合理性を考えるポイントが、単純に売上高を伸ばしていくところだけではなく、THE MODELは連携することが肝心だという前提で、それぞれのメンバーの方がちゃんとコミュニケーションをとり、フェアに活躍することが大事である、という価値観も踏まえたうえで、バランス良く設計されている。合理性を考える、という着眼点からすれば納得です。
栗山:ええ、そこはちゃんとやっていますね。
クラウドシフトのために、営業組織を大改革
佐伯:ここからはパートナーとの関係にシフトとして、またお話を伺えればと思っています。今、代理店やOEMがいるほかに、全体的に「パートナー」としてはどのような企業と連携し、協業しているのでしょうか?
栗山:「セールスパートナー」と「プロダクトパートナー」に大きく分けています。セールスパートナーは販売とインテグレーションで、セールスとISが含まれています。プロダクトパートナーはfreee、SmartHR、ベーシックなどの連携商材を持っているところです。それからkintone自体をパワーアップさせるプラグインツールを開発しているパートナーも入ります。その意味では、大きく2カテゴリ4種類からなるパートナー群です。
佐伯:事業戦略から合理的に、どういったパートナーと付き合うべきか。参考までにサイボウズさんの連携の経緯を教えていただけますか。
栗山:行き当たりばったり感が満載です(笑)。もともと弊社は、2002年からパートナー制度をはじめたわけですから、当時はオンプレミスの時代です。日本のIT業界は2010年くらいまで、すべてのビジネスの中心はサーバーにあったんです。みんなサーバーを売りたくて仕方がなかった。サーバーが売れれば保守も入ってきますし、周辺のUPSが売れたりもしますから、サイボウズも「サーバーのついでに売ってくれるところ」がパートナーの主軸でした。
富士通ならWindows Platform Solution Center、リコーもヒューレット・パッカードのサーバーを売っていました。要は、ソフトが売れるとサーバーが売れる状態ですね。ただ、サイボウズもクラウドへビジネスシフトしていくと、パートナー網が合わないのです。サーバーを売っているところがクラウドを提案するとなると、やはり事件が起きる(笑)。
「どうやらこれはパートナーの窓口が全然違うぞ」とクラウドサービスを出してから気づいたんですね。
サイボウズは2011年にクラウドをリリースして、加速したのが2014年くらいからでした。僕は2011年の時点でクラウド側のプロダクトマネジャーとして、「サイボウズ Office」をクラウド化し、「kintone」をリリースするところを見てきました。ただ、営業部隊にはオンプレの売上が大半を占めるなか、クラウドサービスへの転換に二の足を踏む弊社の営業やパートナーも多く、一気にクラウドに全振りするハードルがありました。
佐伯:どのように乗り越えたのですか?
栗山:2014年7月に、マネジャーを全部入れ替えました。劇的な変化だったといえます。そのタイミングで、僕も営業部長として送り込まれて、「パートナーも含めてすべてクラウドにシフトする」と。アウェイ感が満載でした(笑)。
佐伯:でも、そこを意思決定しないと変わらないですものね。それにしてもすごい。
「市場で弱いプロダクト」の戦い方
佐伯:総入れ替えという意思決定をされた後は、どのように新しいパートナーと関係を築いていきましたか。パートナーのモチベーションやエンゲージメントを高めるうえでの工夫についても伺いたいです。
栗山:結局は「自社プロダクトがマーケットでどういう位置づけにあるのか」がすべての起点だと思います。以前に、市場でも弱いプロダクトを持つ企業から「パートナービジネスを進めたい」と依頼されて、3ヶ月だけアドバイザリー契約を結んだことがあります。ただ、パートナーも基本的には「売れるもの」を取り扱いたいわけですから、普通のやり方では絶対に難しい。
そこで弱いプロダクトの場合は、パートナーもターゲットを定め、期間を「2年間」などに区切って、独占販売権を渡すことが考えられます。パートナーからしても放っておいても売れる商材ではありませんが、自社にしか扱えないという点では他社との差別化にもなりますし、その分だけ利益も見込めるでしょうから。
ただ、サイボウズ製品はそこまで弱いプロダクトではありませんから、市場でも売れる商品という前提でパートナーを開拓していきました。パートナーを開拓するメンバーたちにも「市場で売れる商品だから、独占販売権や地域での販売権を与えるように、へりくだる必要はない。オールフラットで構わない」と伝えました。
しかし、パッケージからクラウドへシフトするなかで、月額回収モデルを持っているパートナーでないと組めません。そういった商材に慣れている、言わばビジネスモデル側の観点から探していきました。
佐伯:月額回収モデルに慣れているところは、比較的大きなパートナーでないと、資金繰りとしても耐えられないのでは?
栗山:そうなんです。だから、はじめは大手パートナーだけと組むことを考えていました。たとえば、コピー機のリースなどは月額回収モデルですから、相性がいいだろうと。その点で、当時はSIerと組む選択肢は一度捨てました。
とにかく青野社長が口を出さずに見守ってくれたのは、現体制を築く上でも大きかったです。やはり社内的に、営業に関しては青野より僕のほうがわかっている、とみんなも思ってくれているところがある。それを、何から何まで青野に説明しないといけないとなったら、とても煩雑です。パートナー内部の人間関係なども関与して意思決定されますからね。
「実はここの支社長が、前任者と上司部下の関係があり、ここから連携を進めることで未来の図はこう描けて……」なんて話は、なかなか理解されづらいでしょう。
佐伯:確かにそうですね。現場の調整ごとはリアルな状況を踏まえなくてはなりませんし。
栗山:そうなんです。ただ最近では、会食への出席など、青野に手伝ってもらうことも増えてきました。各社の取引額が大きくなってきて、パートナー側でもより上位層と関係を構築する必要が出てきたからです。
パートナーとの関係構築は「期待の確認」から
佐伯:この連載の第1回で、パートナーサクセスの秋國さんともパートナーにプロダクトを販売してもらえるようになるために、PMFをもじって「パートナー・マーケット・フィット」が大切ではないか、という話が出ました。サイボウズさんでは、どういった指標を持たれて、パートナーとの関係構築を進めていますか?
栗山:「パートナーに対する期待を正確に認識しているか」が大事でしょう。直販の限界が見えてきたから案件を持ってきてほしいのか、手が足りないからクロージングしてほしいのか、クロージング後のインプリメントをしてもらいたいのか……パートナーに対する期待をはっきりさせるのがスタートだと思います。その設定を間違わないことです。
パートナーが案件をたくさん持ってきてくれるのに、現場が別の指標をKPIにしていたら、まず合いませんよね。パートナーに「案件さえ持ってきてくれたら、後はうちがクロージングまでします」という取り決めができていれば、パートナーは安心して担当領域に臨めます。そういった期待値と、自分たちが持っているリソースが間違わなければ、パートナーともスムーズに話し合えるのではないでしょうか。
佐伯:その点で、自社内におけるセールスの課題の状況は、どれくらいの透明性をもって、パートナーと共有しつつコミュニケーションしていますか?たとえば、自社のターゲットアカウントリストであるとか、「クロージングがうまくいかない」といった課題であるとか、どれほどの情報量を渡しながらお付き合いされているのでしょう?
栗山:たとえば、こちらが案件をいっぱい持っていて、パートナーにクロージングしてもらいたい場合なら、情報開示を徹底しないといけません。パートナーとしても、それが担える人材に投資しないといけないわけですから、その投資計画を作るためにも詳細をお伝えする必要があると思います。
一方で、パートナーには案件を送り込んでもらい、こちらがクロージングする場合であれば、そこまでの情報開示も必要ない。局所的に動けることですし、製品に価値を感じてもらった人々と進めれば良い話ですからね。
結論としては「パートナーにとって投資計画が必要か否か」で、情報開示の度合いも決まってくるのだといえます。
佐伯:確かに、クロージングを任せる場合だと、自社の直販の方もコミュニケーションに入って、パートナーと戦略を練っていかなければならないでしょうし。
栗山:サイボウズもそうですね。EPのアカウントのメンバーが直々に担うよりも、どの入り口が最も良いかを探すわけじゃないですか。富士通、NEC、日立製作所、リコーとさまざまな選択肢から、ダブルカウントにして探すはずです。それがレポートラインが分かれていると、おそらくそういった考え方にならないんですよ。
ルールを作るのは最終手段
佐伯:SmartHRなどのSaaSスタートアップでは、セールスオペレーションという役職を設けはじめています。セールス間のルール作り、案件ごとの調整ごとをケアする専任者です。サイボウズでは、そういった方を置くプランは考えられていますか?
栗山:いえ、ないです。むしろ「ルールを作りたい」と言われるケースは結構あるのですが、僕はそのほとんどに「ノー」と返します。ルールを作らないといけないほど希薄な人間関係なのか、と思ってしまうんですね。ルールは最終手段であり、まずは話し合うべき。そして、話し合った結果を翌週に聞かせてもらうようにします。だから、再現性がないといえばないのです。
佐伯:再現性高くオペレーションを構築することと、柔軟性を含みながら案件ごとの調整をすることは、どうしてもバランス取りづらいところがあるはずです。ただ、栗山さんのお考えでは、パートナーセールスにおいては後者のように柔軟性を一定持たせて調整するほうが、マネジメントしやすいと。
栗山:全然やりやすいです。確かに、ルールは作れるものです。でも、あまりよろしくないルールしかできあがらない。パートナービジネスとソリューションの現場を熟知している人がポジションに就くとも限りませんし、そういった人が作ったルールに縛られると、後が苦しい。ルールとは一度設けると「縛り」が出るものでもあり、変更のプロセスも応用が利かずに大変です。
佐伯:連載第2回で、ベーシック、SmartHR、コドモンの皆さんとお話をするなかで、パートナービジネスの目指す姿としては「きれいな型を作ることではないか」というアイデアもありました。しかしながら、本当に柔らかいままの状態で、柔軟に調整しながらオペレーションを回していく、まさに「SaaSは永遠のベータ版である」を地で行く方向性が望ましいわけですね。
栗山:僕はそう思っています。製品のステージによっても、直販とパートナーのどちらに注力すべきかは変わります。パートナーに力を入れるとしても、先ほど話したように「期待すること」も異なりますし、それには自社が置かれたステージも関係してきます。
僕が責任を担う限りは、おそらくずっと采配していくのです。でも、やりすぎると暴君のようになってしまうので、気をつけなくてはなりませんね。悪く言えば、「僕がルール」みたいな感じといえるかもしれません。ただ、現状では業績もついてきていますし、僕自身がマイクロマネジメントをしないタイプなんです。営業職の給料も大きく上げてきたのもあって、今のところ文句が出ている状況ではないですが……。
佐伯:いえいえ、このビジネスモデルを進めていくうえでは、裁判長のような立場の人がいたほうが良いとは感じます。
栗山:そうですね。おそらく、より大きな規模となると、一人の裁判長では難しいタイミングが訪れるのでしょう。たとえば、マイクロソフトやセールスフォースといったクラスになると、ルールによる采配を行なっているはず。どこかのタイミングではルール化に踏み切らないといけないのでしょうが、そのときは僕も、必要とされるステージの会社へ移るはずです。
佐伯:それもまた大事なポイントですね。サイボウズさんの規模でも裁判長主導で管理されていることを思うと、アーリーなスタートアップはルール作りに囚われすぎないほうがいいのかもしれません。
栗山:アーリーほど絶対にそうだと思います。僕らは売上200億円くらいですが、まだまだ一人で采配しなければいけないと感じています。
パートナーにも中途採用にも、教育コストを手厚くかける
佐伯:社員のモチベーションを維持する工夫として、たとえば1on1の設定などはどうされていますか?
栗山:僕は部長陣とは1on1を組み、直販のリーダー陣とは1対nで話しますね。主力パートナーの主幹とは月1回でミーティングして、四半期に1回はパートナーの各主幹ともコミュニケーションします。
あと、若手社員は手厚くします。入社1年目や2年目といったまとまりで、月1回から2ヶ月に1回は1対nで話す機会を持ちます。コミュニケーションは多い方ではないでしょうか。
佐伯:パートナーのモチベートにおいて、サイボウズ流の取り組みはありますか?
栗山:結局は「パートナーが何を望んでいるか」を知ることに尽きます。あと、サイボウズは比較的早くSaaSが立ち上がった会社であり、自己資金にも余裕がありますから、特にパートナー教育には力を入れています。
パートナーが「モノ売りからコト売りへ」という転換を考えているのであれば、僕らが「ある課題を持つ企業にどういった提案をすべきか」といったワークショップを開いたり、SE向けにJavaScriptのコーディング研修をしたりと、丁寧に進めています。パートナー側でも「サイボウズは教育をしっかりする会社」という認識が広まっていますし、それに対して僕らから金銭を求めることもありません。
外資系企業は、基本的に資金提供中心であると僕らもよくわかっていますし、その金額も大まかには把握しています。それに対抗できないと思うのであれば、異なるところで価値提供をしていく必要がある。サイボウズにとってはそれが教育であり、資金だけでは得られない感謝の形で結ばれているんですね。とにかく資金で対抗するのは……難しいですよ。
佐伯:ALL STAR SAAS FUNDの投資先でも、競合が外資系サービスというケースはよくあります。マージンないしはリベート率で勝負するパターンもあれば、ディスカウントで勝負することもありますが、結局は金銭的な部分で苦戦することも少なくないです。
栗山:いやぁ、資本で戦ってはいけませんよ。外資系の超大手企業なら、1円で売り続けても10年は潰れないくらいのキャッシュを持っているわけですから。
佐伯:確かに。先ほどのコーディング研修などは、開発メンバーやエンジニアの方を巻き込んで行なうのかと思いますが、教育プログラムは全社的なものとして扱っているのですか?
栗山:そうですね。何年か前にパートナーセールスがぐーっと伸び出したときに、僕が事業戦略室長をやってる関係で、最注力パートナーについては全社で対応することを決めました。相談を受けた部署は最優先で答えてくださいと、全社へアナウンスしました。
佐伯:そういうコミュニケーション、大事ですね。
栗山:結構アナログでしょう。全然、システマチックじゃないんですよ(笑)。それこそ、どこかで誰かが毎日のようにワークショップを開催していますね。
もし、自社のプロダクトがマーケットで弱いのであれば、試しにパートナーへ「九州全域の販売権を3年間の期限付きで渡す」といったようにして、目標売上に到達しなければ引き上げるようにしてもいい。期待する数字を握る代わりに、各県に1人はデモができる人材を教育して設けてください、という交渉もできると思うんですね。
佐伯:それが、各営業所にパートナーセールスのサポーターを置く意味として納得できました。まさに「パートナーのパートナー」として伴走すると。
栗山:そういった取り組みを続けていくと、インプリメントが得意なパートナーが、販売会社から仕事を請けると、社員教育を手伝ってくれたりすることもあります。地場のパートナーとして、リコーやFBJが一緒になって、ワークショップやスクリプト研修を開催してくれたりも。
佐伯:そういったエコシステムが生まれるんですね。
栗山:申し訳ないくらい動いてくれるときは、こちらから費用も払うようにしていますが、それでも全然ペイしています。やはり、とにかくある外資系企業がパートナーへ資金をバラ撒きのように展開しているのを目の当たりにしたとき、リベートなどで戦ってはいけないとはっきり思い知りました。その金額は、中堅クラスの企業の決算が変わるレベルですから。
佐伯:まったくですね。サイボウズさんの自社採用についても聞かせてください。どういったバックグラウンドを持つ方を採るようにしていますか。
栗山:3年前から「いろんなバックグラウンドを持つ人が欲しい」と僕が言い出したんです。IT業界だけでなく、第二新卒なども含めて、製造業から百貨店まで何でもいいと。そうなると配属前研修を充実させる必要があり、今は中途採用も3ヶ月間の研修を設けています。研修が大変なので偶数月しか入社を受け入れないのですが、その制度にしてからIT業界未経験の異業種人材を採用できるようになったんです。
佐伯:僕も日頃はスタートアップを見ることが多く、即戦力にこだわる採用習慣を見ているからバイアスがかかってるかもしれませんが、そのサイボウズさんの研修内容はとても気になります。それこそDX人材になるためのポイントがあるのでは、と感じるくらい(笑)。
栗山:いえいえ(笑)、基本的にはプロダクト研修です。外へ出る段階でプロダクトのことは何でも答えられる状態にはしたい。やはりメーカー営業ですから、自社プロダクトは完璧にしつつ、3ヶ月あれば取り巻くエコシステムのプロダクト研修もできますし、よく売れている主要な連携商品に関しては、そのメーカーの人に研修を提供してもらってもいます。
佐伯:研修を終えられて配属されると、すぐに数字でKPIを持つのですか?
栗山:配属先のリーダーによって違いますね。僕からするとチームごとに数字を渡していますから、やり方は自由に任せています。
経営者の覚悟が、パートナーセールスには欠かせない
佐伯:パートナービジネスの課題として「社内摩擦をいかに防ぐか」が挙げられます。サイボウズさんの場合は柔軟にそれぞれで話し合って調整し、難しければ栗山さんが登場するという形でしょうか?
栗山:まさにそうです。
佐伯:本当に「仕分け人」のような動き方ですね。
栗山:部長たちには「ひとつ上の視点を持って仕事をしてください」と絶えず言い続けています。部長なら本部長の視点、リーダークラスなら部長の視点です。「ひとつ上の視点」が口癖になっているくらいです。部長たちが揉めていることがあれば、「それは本部長の視点で物事を見ているか?」を問います。いい加減に「うるさい」と思われてしまいそうですが、しつこいくらい言わないと文化になりませんから。
佐伯:他のスタートアップの方ともコミュニケーションをされる機会もあるかと思いますが、栗山さんから叱咤激励を込めて、ぜひアドバイスをいただけますか。
栗山:未だにパートナーセールスのトップの地位が低いとは感じます。権限がないからしんどいんだろうと、いつも思うんですよ。直販とパートナーセールスのバッティングの件しかり。そういったストレスを抱えている時点で、おそらく組織設計がおかしいんですよ。それは経営者が悪いですし、「直販とパートナーを競わせたらうまくいく」といった考えをお持ちの方が多いのでは?と感じることがあります。
佐伯:今日、お話を伺っていて、サイボウズさんはパートナーセールスの権限や栗山さんの権限があるからこそ、相応の実績が作られているのだと感じました。実績と組織構造が必然的に連動するようにデザインしていきたいなら、そういうふうに組織を設計すべき、というシンプルな話でもあって。
栗山:あとはパートナーセールスを立ち上げるときに、「直販を落とさないように」とも言われがちですが、僕は直販を落とす覚悟でやるべきだと思う。一時的には直販の売上がへこんでも、間接販売を伸ばそうという意思決定ができるのなんて、社長しかいないですよ。結局はスタートアップなのに、社長が営業に関して「よきに計らえ」とやっているところが多いのではないでしょうか。サイボウズもまだ創業30年に満たない会社で、まだまだそんな段階にはないですから。