SaaS企業が急成長期を経て、市場が飽和状態に近づくと、成長率の鈍化が避けられません。そんな時、次の成長の糸口となるのが「セカンド・アクト」です。新たな市場やプロダクトを開拓し、事業の再加速を図ることが求められます。
しかし、セカンド・アクトを成功させるのは容易ではありません。市場の見極め、プロダクト開発、組織づくりなど、多岐にわたる課題を乗り越える必要があります。
その道のりを歩んできたのが、カスタマーサクセスのプラットフォームSaaS「Gainsight」を開発・販売しているGainsight社です。B2B SaaSのカスタマーサクセス活動を効率化するためのソフトウェアを主軸に、多くの大手IT企業を顧客に持ち、成長を続けています。
Gainsightは、カスタマーサクセスソフトウェアの提供でSaaS業界に君臨してきましたが、やがて成長の鈍化を迎えました。そこで、隣接市場への進出や新プロダクトの開発に乗り出し、見事に再成長を果たしたのです。
本インタビューでは、Gainsightの創業者兼CEOであるNick Mehtaさんに、セカンド・アクトの取り組みをはじめ、Gainsight流の組織づくりやカルチャー醸成、リーダー論や経営論に至るまで、多岐にわたる質問を投げかけました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのManaging Partnerである前田ヒロです。
SaaS創業者が、テイラー・スウィフトから学べる3つのこと
前田:早速ですが、ちょっと変化球な質問からさせてください。
以前にSNSで、Nickさんが準備なしに答えられる話題の一つに「テイラー・スウィフトから学ぶSaaS」を挙げていました。それが真実か、試してみたいと思います(笑)。
SaaS創業者が、テイラー・スウィフトから学べることとは?
Nick:SaaSで最も大事なのは「コミュニティと繋がること」でしょう。今日、私が着ているパーカーを見ても分かるように(笑)、テイラー・スウィフトのファンたちは、テイラー・スウィフトに「繋がり」を感じているんです。99.99999%の確率で彼女と一生会えないと分かっていてもね。この点は、SaaSとも共通しているところがあります。
SaaS起業家や創業者がコミュニティを構築するとき、彼らとの「繋がり」が生まれてメンバーはその一員である、という意識を持ちます。でも、メンバーの中には実際に会うことさえない人もいるでしょう。
テイラー・スウィフトだけではなく、同様のことはどのファンベースでもあると思います。自然と連帯感が生まれるんです。オンラインでしか見られなかったり、離れた場所にいたり、あるいは東京ドーム公演でテイラー・スウィフトが米粒くらいにしか見えなかったりしてもね。これらが、第一にSaaS創業者がテイラー・スウィフトから学べることです。
二つ目は、パッションを原動力とした逞しさです。テイラー・スウィフトは、やることなすことに全身全霊を注いでいることが伝わってきます。創業者も同じでしょう。人生のすべてを捧げていますよね。それは素晴らしいことだと思いますよ。
そして、三つ目にテイラー・スウィフトから学べることは、「Shake It Off(気にしない)」という精神です。これは、テイラー・スウィフトの有名な曲のタイトルでもありますが、SaaS業界、そしてビジネス全体で言えることですよね。
一日の中で、ある商談では顧客を失ってしまい、次の商談では新しい顧客を獲得し、さらにその次の会議では従業員から退職を告げられ、さらに次の会議では候補者の面接をして、しかも投資家から「投資は見送る」なんて言われて……。
でも、とても前向きに投資をしてくれる人にも出会うんです。どんなことがあっても毎回すぐに立ち直って、今、自分の目の前にある一つ一つの会議に集中しなければいけません。
今話したのは、すぐに思いついた「3つの学び」ですが、他にも本を書けるほどたくさんありますよ。
顧客にパッションを示すにはどうすればいいか?
前田:「3つの学び」を深掘りしてみたいのですが、すべてにパッションを持って一生懸命になるという話をしていただきましたね。ただ、パッションは、どうすればお客さまに示せるのでしょう?特にビジネスがスケールし、顧客が多くなったとき、どうすれば良いと思いますか。
Nick:そうですね。自分のチームもスケールしたいとして、それにはいくつかの方法があると思います。
一つ目は、伝えたいパッションが「なぜ、お客さまに大事なのか」を明確にすること。SaaSは何かを構築して完成すれば終わり、というわけではありませんよね。あなたはイノベーションの一翼を形作っているのです。そして、お客さまはイノベーティブで常に最先端を走る企業に投資したいと思っています。これこそがパッションから生まれる理由です。
私が異常なほどパッションを持っているのはテイラー・スウィフトだけではなく、カスタマーサクセスに対しても同様です。ベンダーを探すときには、パートナーとしてカスタマーサクセスを革新しようとするパッションのある会社と一緒にやりたいものです。なぜ、パッションが大事になるかというと、それが「顧客から選ばれる理由」になるからです。
では、具体的にどのようにパッションを示すのか。いくつか伝えたいことがあります。
第一に、自分の個性を出していくこと。例えば、今日はテイラー・スウィフトの話からスタートしましたよね。すっかり私がテイラーの大ファンであることはご存知いただけたことでしょう。ですから、LinkedInへ投稿をするときにも、私はまず彼女の言葉を引用するんです。そして、誰かに代筆してもらうのではなく、私自身が書くのも、本当に熱意があることの証です。
二つ目は、様々なメディアで表現すること。LinkedInの投稿も、メールや動画の作成も、個性を出せますよね。これらは企業としてのLinkedInへの投稿や動画投稿だけではなくて、セールスパーソンが個人として「個性を出す」方法もたくさんあるものです。
Zoomミーティングの「はじめ方」もその一つですね。Zoomでミーティングをするとき、アイスブレイクをしようとしますよね。お客さまとのミーティングでも「一番楽しかったコンサートってなんですか」とか、「子供の頃の将来の夢は?」とかね。そういった質問からでも、エナジーとパッションを引き出せるんですよ。
三つ目に、既存のチームを最大限にスケールさせるためには、私がお伝えしてきたようなことをチームメンバーが同様に行なえる許可を出すこと。一人ひとりの個性を尊重しながらね。
以前こんなことがあったんです。GainsightのチームメンバーのNathan Bartlettが働きはじめて2〜3年くらいが経った頃のことです。私とNateは、クライアントの幹部2人を相手にエグゼクティブビジネスレビューをしていたんです。
そこでNateは、「まずアイスブレイクからはじめましょう。一番楽しかったコンサートは何ですか?」と聞きました。そこから、それぞれにとっての思い出を語りはじめました。もちろん私はテイラー・スウィフトのThe Eras Tourの話です。
それからNateは、話題に上がったコンサートの曲でSpotifyにプレイリストを作って共有しました。その後に私は、SlackでNateに「Great Job(よくやった)!」と行動を褒めたんです。自社のメンバーそれぞれを尊重し、許可するだけではなく、それを支持すること。こうしてパッションが生まれるんです。
前田:Nateさんの会議での振る舞いは印象に残るでしょうし、みんなきっと忘れないですね。そういえば、NickさんのZoomユーザー名も(本名をもじった)Nick Mehtaphysical Mehtaでした。あらゆる場面で個性を表現しようとしているのが分かります。
Nick:常に何か面白い要素を入れて楽しめないかトライしているんですよ。熱狂的な人に、人々は魅了されるものですから。例えば、「カスタマーサクセスは知らないけれどNickがそんなに情熱を持っているのなら、私も知っておくべきかもしれないな」と思ってもらえるんですよ。同じことです。
成長が減速した時に打つべき手は?Gainsightに学ぶ「セカンド・アクト」の実例
前田:ここからは、SaaS創業者の巷でも話題の「セカンド・アクト」について詳しく聞かせてください。
特に生成AIの発展と、多くの企業が参入している状況もあって注目されています。みんなの頭の中にある「次はどうするか」という問いを、Nickさんのご経験からぜひ学びたいです。
Nickさんはある講演で「GainsightはARR約5千万ドルで成長が減速した」とお話しされていました。その当時、Nickさんには何が見えていたのか、どのように再加速させたのかを教えてください。
Nick:もちろんです。私が何をしたのか、何をすべきだったのか、という点もお話ししますね。要するに、「もっと早くやっておくべきだった」という話になるのですが……(笑)。
まず、SaaSで成長が減速するのは、基本的に2つの理由によると考えています。一つ目の理由は、巨大な市場だけれど、競争が激しくマーケットシェアを獲得し続けることが難しい場合。そのようなカテゴリーの例としてはマーケティング・テクノロジーが挙げられます。
もう一つの理由は、巨大な市場ではなく、ニッチなカテゴリーで優位な地位を築けても、最終的には市場が枯渇してしまう場合です。私たちの場合は後者でした。
Gainsightの「ファースト・アクト」は、SaaS企業のカスタマーサクセスチームにソフトウェアを売ることでした。SaaSは大きな市場ですが世界に数多くある「業界」の一つに過ぎませんよね。そして、私たちの成長が減速した当時の「CSM」は、まだ新しい概念だったんです。Gainsightを購入していないお客さまの中でリーチできる人々がいなくなったことで成長が減速しました。私たちは「業界」ではダントツでしたが市場のサイズが十分ではなかったのです。
そして、成長の減速は次の2点から頻繁に起こります。まずは、巨大な市場にいて競争が激しく集客に苦戦する場合。もしくは、小さな市場でリーディングカンパニーになったとしても、市場が枯渇してしまう場合です。
ただ、どちらにしても「セカンド・アクト」の概念は大事だと思います。なぜなら、一つ目の例のような「大きな市場における差別化」を図るときや、Gainsightのように新しいプロダクトで他の市場へ参入して事業拡張を考えるときに、ヒントになるからです。
これらは重要なことで、しかも早期にやることが大事なんです。私たちの場合は遅すぎました。最終的にはリカバーできましたが、もっと早期に手を打つべきでしたね。
一般的には、市場での活動が限界に達したと感じたり、競争が激しすぎたりすると、手数を増やしたり、新しい取り組みをしたり、コアなビジネスを再建したりすることもあるでしょう。これらもすべて「セカンド・アクト」になりえます。
もしくは、隣接する領域に参入する必要が出てくることもあるでしょう。例えば、異なる客層をターゲットにしたり、異なる機能を持つプロダクトをローンチしたり......。
私たちは「カスタマーサクセスのソフトウェア以外でCCOが欲しいと思うものは何だろう?」と考えました。辿り着いたのが、カスタマートレーニングとカスタマーコミュニティのソフトウェアでした。これらはまさに「隣接する領域」になります。
あとは、ある担当者が購入しなかったとしても、同じ企業の別の人が買うかもしれませんよね。私たちはプロダクト分析の新カテゴリーに挑戦し、販売先は同じ企業であっても、CCOからCPOへターゲットを変えて販売したんです。こうして、まったく違う業界へ参入することもできますね。
重要なのは、ビジネスの成長が減速したら早い段階でそれを認識することです。アイデアのパイプラインを溜めたり、社内インキュベーション、M&Aの可能性を常に考えて、すぐに実行できるようにすれば、ビジネスが実際に減速したときにも再加速できます。
CEOの役割は「ポットホール」を探すこと
前田:Gainsightの場合、セカンド・アクトやセカンドプロダクトを推進したのはNickさんですか?
Nick:そうですね。CEOとしても、そうするべきだと思いましたから。
私たちがセカンド・アクトに取り組んだのは今から4〜5年ほど前のことです。プロダクト分析の領域に参入するきっかけとなったある会社を買収した当時、GainsightのCOOはAllison Pickensが務めていました。彼女はもうGainsightにはいませんが、投資家として活躍中で、今でも良い友達です。
ある日、彼女が「新プロダクトを拡大しましょう。そのためには買収が必要です」と提案してきました。なので、先ほどの「推進したのは誰か」という質問への答えは、彼女が一部をリードしつつ、私もCEOとしてパッションを持って取り組んだ、となります。
CEOは、将来起こりうる問題を常に考えておかないといけないと思います。私が過去に犯した過ちの一つは、現在進行形の問題を解決し得るチームを持たなかったことです。チームがなければ、私がその足元の問題を解決しなくてはいけなくなって、将来のことになんて目を向けられませんよね。
HubSpotの元CEO兼創業者のBrian Halliganの名言で、私が気に入っているものがあります。「CEOはChief Pothole Spotterになるべきだ」と。 Pothole(ポットホール)とは、道路に生じた穴のことです。ポットホールのある道を運転したら、デコボコ穴にぶつかって、車に傷がついてしまいます。だから、運転するときは常に遠くまで目を光らせる必要があります。運転は誰かに担当してもらって、CEOはポットホールを探すのです。
この例で言うポットホールの一つが「ビジネスの減速」だと思います。私もポットホールに気付きました。もっと早く気付くことができればより良かったのですがね。
前田:創業者たちにアドバイスをするとしたら、どのくらいの売上規模になったらセカンド・アクトを考えるべきでしょうか?例えば、ARR1,000万ドル、または300万ドルなど、適したタイミングがあれば教えて下さい。
Nick:面白いことに、最初に展開している市場の大きさによって変わってくるんです。例えば、Snowflakeが攻めているデータウェアハウスの市場規模は巨大です。彼らもセカンド・アクトを考える必要があるとは思いますが、直ちに取り組む必要もありません。セカンド・アクトなしに何千億ドルもの利益を上げたビジネスもありますから。他にも、MicrosoftのWindowsやAmazonのEコマースなどですね。
でも、この話題に興味があるのは、MicrosoftやAmazonのような企業ではなく、Gainsightみたいな企業の起業家だと思います。そうだとすると、多くのSaaS企業は、小さな市場であればARR2,000万ドル、大きな市場でもARR1億ドルで成長が減速する傾向があります。
では、「成長が減速する兆候」とは何か?考えるための一つの方法はARRですが、これは少し誤解を招く指標なんです。なぜなら、企業のARRが成長していてもニューロゴ(新規顧客)の数が増えていないことがあるからです。新規顧客を獲得できなければ、数年のうちに成長も横ばいになってしまいます。
さらに上流の話をすると、リードの数が従来の成長に比べて横ばいになっていれば、セカンド・アクトを行なうべきだというサインです。起業家へのアドバイスは、早期の段階で、「ポットホールがある、危ない」という警告となる指標を見逃さないこと。ポットホールを回避しながら車を運転する方法を、手遅れになる前に見つけなければいけません。
前田:素晴らしいアドバイスをありがとうございます。企業に助言するときにも、このアドバイスを使わせていただきますね。ポイントは新規顧客の数、ですね。
Nick:そうです、とても大事な指標です。
セカンド・アクトは「小さなものの集まり」でも良い
前田:もう一つ、関連する質問をしたいと思います。
以前にSaaStrのJason Lemkinが「セカンド・アクトは、ファースト・アクトと同じ規模か、それ以上でないといけない」と話していました。仮にこの説を正しいとすると、どうすればセカンド・アクトが十分なサイズだと分かりますか?
Nick:良い質問ですね、私もその考え方に賛成です。そうしなければ計算上、ビジネスは成長できませんからね。もし、ファースト・アクトが大きくてもセカンド・アクトがその何分の1になってしまうと、さらなる成長が見込めません。なので、いつも通りにJasonの言っていることは正しいと思います。
ただ、セカンド・アクトは「小さなものの集まり」でも良いと考えています。私たちのケースで言うと、主要プロダクトであるGainsightのカスタマーサクセス・プロダクトは、平均販売価格も非常に高く、高評価を得ています。顧客にとっての基幹業務システムとなっているんです。一方で、他のプロダクトはもう少し安価になっています。すべて足し合わせると高額になりますが、一つひとつで見ると、あまり大きくありません。小さなものをいくつか構築して、総計したものがファースト・アクトに並ぶようにする方法もあります。
前田:なるほど。興味深いお話です。セカンド・アクトは単一プロダクトだけでなく、一連のプロダクトでも良い、ということですね。
Nick:そう。ただ、調和することが必要です。私たちの場合、カスタマーサクセスプロダクトは主にクライアント自身が使っていますが、他のプロダクトは「クライアントのお客さま」が使っているケースがあります。要するに、私たちのクライアントが彼らのお客さまをエデュケーションしたいときに、Gainsightが提供するエデュケーションプロダクトを使っているんですね。
これで「あなたのお客さまは何を使いますか?」という会話をクライアントとできるようになりました。彼らはエデュケーションを受け、コミュニティで活動し、プロダクトも使っているので、「完全なユーザー体験を構築するためには何をすれば良いか」を聞くことができるようになるのです。
獲得可能な市場をデータベース化し、企業をリスト化せよ
前田:別のセッションで、Nickさんが「獲得可能な市場をデータベース化し、記録しておくべきだ」とお話しされていましたよね。この話を深掘っていきたいと思います。データベースはどのようなもので何を記録した方が良いのでしょうか。
それから、このデータベースに関連してもう一つお聞きしたいのが、マーケットシェアをどの程度獲得したら、市場飽和や成長の減速を注意すべきタイミングですか?
Nick:とても実践的でいい質問です。データベースに関してですが、企業が投資家と話すとき「私たちのTAMは100億ドルです」と非常に大きな数字を出しますよね。投資家に投資を仰ぐ以上、数字を出すこと自体は問題ではないのですが、自分自身は、現実的な数字を意識して実際に購入する人の市場を考えるべきだと思います。
「SAM(Service Addressable Market)」と呼ぶ人もいますが、要するに、「今すぐに買う人たち」という市場と、「時間が経てば買う人たち」という市場があります。私が実践しているのは、買ってくれそうな企業のリスト化です。まずは「今後3年間で買ってくれそうな企業」、そして「今年中に買ってくれそうな企業」をリスト化します。
具体的には、得点方式で作っていくことができます。Gainsightのケースで言うと、CSMは何人いるのかを考えてその数を私たちの既存顧客のCSMの人数と比較します。既存顧客にCSMが5〜10人いるとしたら、次に、CSMが10人以上いる企業を探しはじめます。これがおそらく、私たちのターゲットのより理想的なプロフィールになりますからね。
そして、そのうちの2割を獲得するとしましょう。そうすると、顧客が不足しているかどうかが、どのように分かるか、という話に戻るわけです。まずは、このように獲得可能な市場についてデータベースを作ります。
ちなみに、私たちの場合は、欲しいCSMの数は公表されているデータベースにはありません。では、どうするかというと、Gainsightでは、まずテック企業のリストを作り、LinkedInでそれぞれの企業のCSMの数を調べてそのリストに書き加えていきます。それをデータベースに入れて、ターゲット市場に得点を付けていっているんです。
それ以外にもあらゆるフィルターを付加します。例えば、クラウドプロダクトがあるのか、上場企業かどうか、PEのポートフォリオかどうかなどです。これらを得点化して、購買意欲を持っていただける可能性があるかどうかでランク付けをします。
それから、昨年(の実績)を見てモデルに何を組み込むべきかを考えます。これは、データ・サイエンスの領域に似ています。去年購入いただいた実績を見ながら、今年も購入されるための方法を考えます。これらが主な過程です。
私はそこからさらに掘り下げ、人も見ます。私たちのケースでは、世界中のCSM、VP of Customer Success、CCOのリストが必要です。このリストは、LinkedInなどから作って一人ずつトラックし、マーケティングを行ないます。アーリーフェーズの起業家であれば、この取り組みへの投資を強くお勧めしたいですね。
二つ目の質問「いつ市場が飽和したか分かるのか」については、先ほどの得点方式によって、高得点だった顧客は購入意欲が高いということになりますよね。
ですからまずは、毎年追加されていく新規の高得点顧客の数を見ます。その結果、例えば1,000人高得点顧客がいてそのうちの100人と契約できたとしましょう。ではその翌年に、新しく増えた企業を中心にデータベースを更新して100人の新規高得点顧客が出てきたとします。その年も、100人もしくは150人と契約できたとしましょう。
でもそのまた翌年は、50人しか新規高得点顧客がいなかったとします。ここでマーケット占有率が横ばいになってきたことが分かります。新規の高得点顧客のような質が高いリード数をデータベースに毎年追加し、推移をモニターします。
前田:実践的で洗練された方法ですね。
Nick:まだアーリーフェーズにいる起業家の場合、データやアカウントの数がまだ少ないのでこのアプローチも取りやすいと思いますよ。一方、企業規模が数億ドルの売上規模にまで成長した企業となると多くの手間がかかるでしょう。
不可能ではないですし、私たちもやりましたが、一から取り組もうとすると、多くの時間を費やします。ただ、これをしておくと、誰がターゲットで誰が自分のプロダクトを使っているか、業績が伸びる可能性などを報告しやすくなるので、すべてが楽になるというメリットもあります。
前田:非常に具体的な質問になりますが、データベースを構築するために何を使っていますか。インハウスで構築しているのですか。
Nick:そうだったらいいのですが、違うんです。素晴らしいレベニューオペレーションチームが、Salesforceにフィールドを追加して、Tableauなどのツールを使用して顧客データを解析しています。運用は完全カスタマイズです。この分野のソフトウェア企業があればいいのにといつも思います。実際はあるのかもしれませんね。今のところは自社運用です。
可能性のある隣接領域を、いかに選び、拡大を図るべきか?
前田:Gainsightについて、もう一つ教えてください。Gainsightはテック企業やB2B企業を想定ターゲットにしていたところ、今はヘルスケア企業も含まれていますね。拡張できる可能性のある隣接領域の中から、なぜヘルスケア領域を選んだのか興味があります。その決断の背後にあったプロセスを教えてください。
Nick:多くの企業が経験したこと、またはこれから経験することかもしれませんが、特定の市場に集中すると自然とさまざまな繋がりが出てきます。以前、Slackで働いていた人と話したときに聞いたのですが、ハイテク企業がSlackを導入するとメディア企業が続き、その他の業界も後に続いたのだそうです。
私たちの場合、数は少なかったもののヘルスケア企業がGainsightを採用しはじめたんです。この市場でもっと顧客を見つけられると思い、シェアが拡大可能か、確認するために実験しました。
先ほども話題に上がったTAMの話に戻りますが、TAMには当初の想定業種だけでなく周辺領域やそのほかの業種も含まれます。これらの周辺領域を新しい市場として開拓するには、どうすればいいのかを考えます。私たちの場合は、そこにヘルスケアが入ってきたのです。
前田:興味深いです。ヘルスケア市場からの引力が強かったのですね。
Nick:舞台裏で何が起きていたかというと、当初のターゲットであるハイテク業界のユーザーでチャンピオンだった人が、ヘルスケア業界に転職したんです。
そこでチャンピオンが「Gainsightがいいですよ」と勧めてくれたわけです。彼らはそれまでGainsightのことなど聞いたこともなかったでしょうが、採用してくださり、成功に至りました。今も継続して使ってもらえるように工夫しています。
前田:もう一つ、私たちの投資先企業でもよくある課題なのですが、隣接市場に拡大した際、その市場のごく一部の顧客からは需要があっても、他の顧客からは需要がない機能をリクエストされることがあります。この場合、機能の開発リクエストやロードマップをどのように決めるのが良いと思いますか。
Nick:その質問に回答するには、2つの要素があるでしょう。一つは、隣接市場を市場サイズによって優先順位をつけること。もう一つは、既存機能との近接性です。
隣接市場が、金融サービスのような非常に巨大な市場だったとします。この場合、プロダクトのためにとても多くの時間を費やす必要があります。でも、市場が大きいので問題ないでしょう。一方で、隣接市場が小さいメディアサービスのような場合は、プロダクトにあまり時間を費やす必要はありません。
ここで気を付けなければいけないのは、プロダクト開発に手間がかかり、なおかつ小規模の隣接市場には、手を出さないことです。
前田:バランスが大事ということですね。
Nick:その通りです。
「率直さ」と「透明性」のためにフィードバックを受け止め、行動する
前田:次に、リーダーシップについて質問させてください。昨年のSaaStrでのNickさんの講演のスライドがとても印象に残っています。5つのバリューと、Nickさんがメンバーに期待することが説明されていました。それらをどのようにチームへ浸透させ、全員に遵守する責任を持ってもらうのでしょうか。特に、マネージャーやリーダーが複数のレイヤーにいる場合はどう考えますか?
Nick:このパズルには、いくつかのピースがありますね。最もよくある質問は「会社全体にどうやってバリューを浸透させるか」です。それには、いくつかの方法が考えられます。
一つは、リーダーとして模範を示すこと。例えば、私は毎週日曜の夜、全社メールを送ることを何年も続けているんです。1年で50週間、11年間継続してきましたから、累計すると500通を超えますね。メールの冒頭で毎回発表するのが「Value of the week(今週のバリュー体現者)」です。バリューから一つを選んで、最も体現した人を褒めるんです。
直近で選んだのは「Golden Rule(黄金律)」で、「自分がしてもらいたいと思うことを、人にもせよ」というバリューですね。その中で、「健康や家族の問題などで困難に直面しているメンバーがいたら、お互いが支え合い、助け合うことが、私たちのカルチャーの一部にあることを誇りに思う」と伝えました。
リーダーとして、率直でオープンに、自分自身をさらけ出す選択をし、どのような経験をしてきたかを打ち明けるのは非常に役立ちます。同時に、自分自身の向上や成長にも繋がるんですよ。
一つ例を挙げると...…CEOとして、チームメイトから建設的なフィードバックを得られる状況は、非常に恵まれていると思います。ここで大切なのは、幹部からではなく、メンバーから受けられることですね。
7〜8年ほど前、まだ最初のオフィスにいた頃、私は従業員からのフィードバックをもらうために「従業員アンケート」を送りました。当時Gainsightには、Juliaという人がいて、彼女がそのアンケートに答えてくれたんです。そこには「Nickは机にゴミを置いたままにするので片付けて欲しい」と書いてありました。
私は、彼女のコメントがとても嬉しかったんです。それで何をしたかというと、彼女のメッセージを会社全体に共有しました。確かに、私はゴミを机に残したままにしていましたしね。小さなことかもしれませんが……このエピソードには2つの大事なことがあります。
一つ目は、私がちゃんとゴミを捨てるよう改善する必要がありました。二つ目は、従業員全員に、私がフィードバックを積極的に受け入れることを示すことです。リーダーが模範として示せることは多くあるわけです。
そして次の質問は「どのようにしてチームに責任を持たせるか」ですよね。このパズルにもいくつかのピースがありますが、「率直であること」がその一つです。私自身もまだまだ成長過程ですが、率直に伝える勇気を出さなければいけません。
幹部の一人が、メールの返信が遅かったことがありました。これは「メールにはなるべく早く返信する」という私たちのバリューに反しているので、率直に「最近返信が遅いですよ」とSlackで言及したんです。「24時間以内に返信しよう」と言っていたのに遵守していなかったからです。彼女はすぐにフィードバックを受け止めて改善してくれました。これは率直であることの一例です。
幹部のチームとして率直さがより重要になるのは、人を採用するときです。内定を出すとき、私たちはまず採用候補者に「期待すること」を書いた紙を渡します。私たちは、内定を承諾してもらえるようにアトラクトすることはありません。
その代わりに、私たちの現状をしっかり、率直に伝えます。「これがGainsightの良い点と悪い点です。熱意を持ってくれるのなら、ぜひ一緒に働きましょう。そうでなければやめておきましょう」と伝えるんです。
最近、幹部の採用面接をする機会があったのですが、私も数人の候補者と話をしました。そのときも私は、Gainsightを売り込むことは決してしません。困難も含めてすべてをさらけ出した上で「あなたなら解決できると思えたから内定を出した」と伝えます。
そこで興味を持ってもらえなければ、私が持っている期待、そして私の評判などを伝えます。「私のデューデリジェンスをした方が良い」と伝えるんです。また、私のことをヒアリングできるリファレンス先も伝えます。誰かを採用するときは、採用の段階で期待値をしっかりと設定することが大事です。
前田:率直さ、そして透明性を確保するためにフィードバックを受け止め、それに基づいて行動する。CEOが模範としてそのような行動をすれば、他の従業員もそれに倣う、ということですね。
360度評価によって、仕事における時間の使い方が進化した
前田:Nickさんは、定期的に自身の360度評価を実施しているそうですね。360度評価で、現在のリーダーシップのスタイルを形作るのに、どんなフィードバックが役立ちましたか。
Nick:360度評価は、在任中の11年で、もう7〜8回やってきたと思います。最初の方は、そんなかっちりしたものではなく取締役へのアンケートを実施する程度でした。今は、外部の専門家に360度評価を依頼しています。
その外部の専門家が、私たちのマネジメントチームの各メンバーに電話をして、「Nickの良い点は何ですか?改善点はありますか?」というような簡単な質問をします。
360度評価で得た最大の成果は、仕事における時間の使い方が進化したことです。アーリーフェーズのGainsightでは起業家としてやることが山ほどあって、顧客獲得、営業、オンボーディング、プロダクト対応など、すべてを自分でやろうとしてしまっていました。
その結果、私のスケジュールは小さな会議がバラバラと入ってしまい、かなり忙しかったんです。そんな私に対するフィードバックは、「守備範囲が広すぎるので、狭く深くを心掛けて、戦略にも時間をかけた方が良い」というものでした。
それで私は早速、社外の会議を中心に業務を絞りこみはじめました。顧客と会う時間は引き続き取るようにしていますが、他の時間を調整することで「狭く深く」掘り下げる時間を持てるようにしました。戦略を考えることに半日を費やすようにしたんです。
私はチームで働くことが好きで一人で机上の戦略を考えるのはあまり向いていません。なので、何人かのメンバーを集めてホワイトボードの前で半日、あるいは終日戦略会議に時間を費やすようになったんです。受け取ったフィードバックは、自分の行動の改善に直結していて、本当に感謝しています。
一方で、360度評価のフィードバックにすべて従う必要がないことも忘れてはいけません。受け取ったフィードバックは、本当にたくさんです。肯定的なものも、建設的なものもありました。でもそのすべてに従うことはありません。「私らしくない」ことだと思ったら、従いません。一つ例を挙げましょう。
15年ほど前、まだ私が前の会社を経営していた頃の話です。その時の360度評価の結果はおおむね肯定的なフィードバックでした。でも投資家の一人が、「Nickがもっと "グラビタス" をもって行動するところを見たい」とフィードバックをくれたんです。ちなみに「グラビタス」というのは威厳や真面目さという意味です。
私もグラビタスの意味を知らなかったので調べたのですが、「これは私らしくない」と思ったんです。本来の姿であるテイラー・スウィフトのように元気いっぱいの性格を変えてしまったら、それは私ではなくなってしまう。フィードバックを求めて、すべてに耳を傾けますが、その過程で自分を見失わないように何に従うかはきちんと選ぶ必要があると思います。
前田:とても大事な点ですね。360度評価をしたりフィードバックをみんなからもらうと、「誰も失望させたくない」という気持ちが強くなってすべてに従おうとしてしまいがちですよね。自分を見失わないよう、参考にするフィードバックをきちんと選ぶのは、大事な教訓です。
Nick:本当にそう思います。
初心者の新鮮な視点が、専門家より優れた結果を出せることがある
前田:Nickさんが以前おっしゃっていた言葉で、「以前は、今後4年間で必要になる役職の採用をするべきだと思っていたが、実際は、Gainsightを過去4年間信じてくれていた人を選んだ方がいい」という言葉がありました。
企業が大きくなるにつれて誰を選ぶかを決めるのが難しくなっていくと思います。リーダーとしてどのように人を選考をしているのか、どのように候補者たちと連絡を取り合っているのか。メカニズムやフレームワークがあれば教えてください。
Nick:フォーマルなフレームワークは難しいのですが、上手くいった例をいくつかご紹介しましょう。
最初の例は、GainsightのChief of Staffとしてジョインし、現在はCPO(Chief People Officer)として活躍しているRobinについて。彼女は部下を持たないプレイヤーとして参画しました。Gainsightの前は、Boxで社内広報や採用担当として働いていました。彼女は、私が今までに働いてきた人たちの中でも最高の人材の一人だと思います。
前CPOのCarolもとても素晴らしい人材でしたが、辞任することになり、その役職が空きました。Robinは、CPOとしての経験はありませんでしたが、私は彼女のEQが非常に高いことに気づいたんです。人のことを理解するのが上手く、さらにIQも高い。ビジネスなど様々なことをよく理解していました。思考が整理されていて、数多くの業務をこなせるリーダーの才覚もあると感じていました。そこで私は、Robinに賭けてみることにしました。
この決断をするには、幹部や取締役などを説得しなければいけません。このケースでは、Robinをみんなが評価していたので、全員が私の決断に賛同してくれました。ここで大切なのは、新しい業務に関する経験がない場合でも、スキルや才能などの強力な組合せによって成功することはあり得るのです。
Gainsightのバリューに「初心」という言葉があります。これは日本でも馴染みのある言葉ですよね。初心者の新鮮な視点によって、専門家よりも優れた結果を出せることがあると信じているんです。必ずしも、過去にその役職の実績がなくても才能やスキルを持つ人を新しい役職に抜擢した例です。そして、非常に上手くいった例ですね。企業の中で昇格を重ねてきた人でなくても選ばれることがあるのです。
実のところ、有望な候補者はたくさんいたので、私たちは非常に恵まれていました。でもこのケースでは、私はRobinこそこの役職に必要な才能やスキルがあると感じたからこそ、彼女を選びました。その役職の経験があるかどうかではなく、才能やスキルに目を配ることが大切です。そうしなければ、新しい人を迎えることなどできません。
良い異動を促すためには「2段階下」の従業員とも話すこと
前田:Robinさんのような人材が獲得できれば言う事なしですが、そればかりでは難しいケースもありそうです。
Nick:ええ。そこで二つ目の例として、チームメンバーに「横の異動」を促してみてください。先ほどの例では「昇格」でしたが、他にもCSMがプロダクトマネージャーになったり、プロダクトマネージャーが営業担当になったり、営業担当がCSMになったりした例はいくつもあります。このような横方向での入れ替えを促すことで、企業の中で昇格していくこと以外にポジション変更も大事だと示しました。
そして最後の例として、あなたがCEOやリーダーなら、直属の部下だけでなく「2段階下」の従業員とも話すことです。直属の部下は大事です。でも、次世代のリーダーはあなたにレポートをしていないかもしれないんです。
GainsightにMeghaというメンバーがいます。現在彼女は戦略チームの責任者ですが、まだビジネスオペレーションに携わっていたとき、彼女との連携が密になったタイミングがありました。当時は直属の部下ではなかったのですが、素晴らしい人材だと感じたんです。一緒に働く中でもっと大きな仕事を任せるために、私の直属の部下となるようにお願いしました。
直属の部下だけなく、もう一つ下の階級の人とも話すこと、横方向の役職の入れ替えを促すこと、そして経験だけではなく才能やスキルにも目を向けることがとても大切です。
前田:二つ目のアドバイスの「横の異動」を促すことについて、これを実行することで、何を達成しようとしているのでしょうか。
Nick:一つは、非連続の思考、つまりは「柔軟な思考」をより持てるようになることです。
CSMだった人がプロダクトマネージャーになったとしましょう。キャリアをプロダクトで構築してきた人に比べるとものの見方や考え方が大きく異なります。顧客理解が深いので、ペインポイントもよく理解できるようになるはずです。プロダクトマネジメントの知識がないのでトレーニングは必要になると思いますが、そこに新たな知見をもたらすことができます。
もう一つ、私が学んだことは、リーダーは各分野の経験がない人に対してもオープンでないといけないということです。必ずしもそういうリーダーばかりでなくてはいけない、とは言いません。経験がある人しか雇わないリーダーもいますからね。でも、人材の流動性のある企業を作りたいのであれば、特定の職務の経験がない人材を育成することに前向きなリーダーが必要だと思います。
Nick流「バーンアウトへの備え方」
前田:もう一つ、本日お話ししたいのは「バーンアウト」についてです。以前、疲れ果てていると良いリーダーではなくなってしまう、とお話しされていました。Nickさんは、バーンアウトしそうになったことがあるのでしょうか。
Nick:私は仕事とプライベートは共存するものだと考えています。去年、私はプライベートで色々と大変だったので落ち込むこともあったのですが、仕事をしているときは、いつも元気いっぱいでした。大好きな仕事とチームがある私はラッキーでした。
あとは、私自身のエネルギーの管理の方法も影響していると思います。直属の部下やチームメンバーがバーンアウトすることはあるでしょう。そんなときに、毎回休暇をとってもらうのはちょっと一般的すぎるアプローチだと思います。
重要なのは、自分が元気になるものを見つけることなんです。もちろん休暇も一つの方法だとは思いますが、休みを取れば人は必ず元気になるわけではありません。私に効果があるのは毎日の運動です。1週間のうち、最低6日ほどは運動しています。さらには歩くこと、そして決まった時間に寝ることです。これらは私が元気になれる方法ですが、人によって充電方法はそれぞれ違うでしょう。
私が元気になれるもう一つの方法は、子どもたちと遊ぶことです。私は「今」を意識して生きることが好きです。子どもといるときも同じですね。週末にはスマホのメールの通知を消すので仕事関連のメールは来ませんし、平日でもスマホの通知は切っています。スマホにはメールも通知も届きません。
私への緊急の連絡が必要なときは、テキストメッセージにしてもらっています。パソコンはいつも近くにあるので返信できるようにはしてありますからね。私は、子どもといる時間は特に意識してその瞬間を生きるようにしています。
私は周りの人にもそうするように促します。日曜日の夜に数時間、働かなければいけなくなることだってありますが、金曜日の夜から日曜日の夕方までは仕事を一切しないので、特に気になりません。あなたらしい充電方法を見つけることが大事です。休暇は必ずしも、誰しもに適する解決方法ではないのですから。
「自分のケアは自分でする」と標準化されている
前田:直属の部下がバーンアウトしたりバーンアウトしそうになったら、どんな対処をしているのでしょうか。
Nick:まず、シニアポジションを務めるほど…私たちがリーダーシップチームに課す原則は自分自身でバランスを保つことを求めます。自分のことは自分で把握するのです。彼らの管理を私がすることはできませんからね。
私にできるのは、好きなときに休み、好きなときに業務から離れて好きなことをして良いという全権限を彼らに与えることです。どこからでも在宅勤務ができますしね。「これはやっていけない」とか、「あれをやってはだめ」とか、そんなことは絶対に言いません。そのくらいは自分で判断できるくらい賢明でいてもらわなくてはいけませんから。
一方で、役職が下の方でまだ経験の浅い人はサポートが必要になるでしょう。この場合は、何をすれば良いかなどヒントを出したりしますね。リーダーとして模範を示すことが一番役立つと思います。
メンバーには、私が金曜の夜から日曜の夜までメールを見ないことを伝えていますし、ウィークリーメールでは週末に家族や子どもたちとしたことを伝えています。つい先週の日曜日は、たくさん運動をしたのでウィークリーメールにはそんな週末の過ごし方について書きました。私は、今日お伝えしてきたような話を会社でもするので、みんなはこれが普通だと思っているはずです。
もっと踏み込んだ例でいうと、先ほど、私は昨年にプライベートで色々と大変なことがあったと話しましたよね。その影響で、仕事のために出張することを半年ほど控える決断をしました。実際に、半年で5日ほどしか出張しなかったんです。その時も、出張を控えることをこんなふうに伝えました。
「出張の時間を削って、在宅勤務をします。皆さんも必要なときは在宅勤務を許可するのでいつでも言ってください」と。メンバーはとても親切に、サポートしてくれました。あるメンバーは「Nickが率先して在宅勤務することで私もしやすくなりました」と言いました。本当にそう言われたのです。
つい先週も、「Gainsightの素晴らしさの一つは自分のケアは自分ですると、標準化されていることだ。とても安心できる」と言われたんです。
そういえば、つい先日話題に上がったのですが、某企業に、暴君的な上司がいて、あるメンバーが「親友がオーストラリアで結婚式を挙げるので行きたい」と上司に伝えると、「仕事があるから旅行を中止しろ」と告げられたらしいのです。「親友の結婚式で、花嫁の付添人なんです。中止できません」と返したら、その上司は「結婚式は何時から?式の後にはZoom会議に参加するように」と言ったとか……。
これでは全く逆のパターンですよね。こんなことをしていたらチームはすぐにバーンアウトしてしまうでしょう。ちなみに、このメンバーは親友の結婚式の直後に退職したそうです。
前田:実際に乗り越えた経験のあるリーダーの模範に従うこと。そして、幹部ポジションに就くメンバーは、自分で自分を管理するという大きな期待を持つということですね。
Nick:そう。これはシニアマネジメントだけではなくてリーダーが直面する課題の一つです。チームに権限を与え、業務で最善を尽くし、自分自身を管理して欲しいのですが、甘やかしすぎるのも好ましくありません。ビジネスにおいては多くのことは「その人次第」なのです。
仕事をしたいのか、したくないのか。運動したいのか、したくないのか。快眠をとりたいのか……すべてその人次第です。重要なのはバランスを注意深く取ることですね。どうも、社会全体が「誰かにやってもらう」という方向に傾きすぎていると思います。
それよりも、一人ひとりが自分で対処することを許して、リーダーが模範となって自分で対処する能力を与え、その後は各人に任せるという方法が良いと思います。すべての人のためにすべてをやってあげることはできませんからね。持続的にするただ一つの道は、一人ひとりが自分でやることだけなんですよ。
前田:とても参考になるアドバイスです。メンタリングを受けているような気分になりました。
Gainsightの礎となった「まずは人間らしくあること」
Nickさんは、人間性を第一に掲げてビジネスで成功できることを証明するという素晴らしいパーパスを設定されましたね。それから、Nickさんのアドバイスなどの内容が人間性や、良き存在であることと深く関連しているということに気付いたのですが、それらは何に由来するものなのでしょうか?
あなたの生い立ちと関係があるのか、それとも人生で何か転換点があったのか、ルーツを教えていただけないでしょうか?
Nick:正直に言うと、私にも分かりません。素晴らしい両親に恵まれましたが、さすがにディナーを囲んで「企業における人間性とは」なんて話すことはありませんでしたしね(笑)。
ただ、考えられるのは、私は仕事以外の趣味が色々あるんです。音楽はもちろんのこと、科学、量子力学、哲学、SFにも興味があります。つまり、私は「寝ても覚めても世界で一番大事なのはSaaSの営業」だと思っている人間ではないんです。もちろん、自分の仕事は大好きですし、カスタマーサクセスももちろん大切ですが。
私たちは、初期のフェーズからバリューに基づいて行動する企業であり、企業経営のあり方が非常に「人間らしい」ということに気付きました。私たちにとって大事なのは、何をしているのかよりも、どのようにしているのか、だったのです。私たちが抱いていた大きな夢は、人間性を保ちながら仕事に取り組み、チームメンバーそれぞれを人間として扱うことでした。多くの企業ではそれが許されていません。
これを言いはじめたのは、実は私ではなく、先ほど話に出た元COOのAllison Pickensでした。彼女がオフサイトで発した「まずは人間らしくあることが第一ですね」という言葉で今の私たちは形作られていったと思います。
Gainsightで、他の企業から転職してきたあるメンバーがいました。その人がいた会社のカルチャーはとても厳しくて、そこで働く従業員もとてもタフであるという評判だったので、その人材を雇うときには、ためらいがあったんです。
でも、リファレンスチェックを十分にした上でその人に賭けてみることにしました。結果として、その人は仕事ができるだけでなく素晴らしい人間だったのです。この経験が私に教えてくれたのは人間は、誰しも善良さと人間性を持っているが、最悪な面が表れるか、最良な面が表れるか、それはカルチャー次第だということです。
私が情熱をかけてきた信念は、リーダーであることの最大の機会は何を売るかや、何をするかではなく、従業員が自分らしくあることができて取り繕う必要はなく、そして、最善を尽くせる環境を作ることだ、というものです。
最大の課題は、自分らしくいられない環境にいると最善を尽くせないことです。最高の気分ではいられないので最善も尽くせないのです。従業員が自分らしくあり、最善を尽くせるようにする、それは、リーダーであることの特権ですね。
あなたの事業タイプは短距離走か、長距離走か
前田:話題を変えて、2020年12月にVista Equity PartnersがGainsightを買収したことについてお聞きしたいと思います。
少なくとも株主にとっては素晴らしい結果だったと思います。でも、他にも多くの可能性があって、選択肢の中には順調に成長し株式上場する、あるいはVistaと提携するといった道もあったのではないかと思います。この決断に至ったNickさんの思考プロセスを教えていただけますか。
Nick:VCの支援を受け、上場するのに適した企業もあれば、そうでない企業もいると思います。ここで大事なのは、あなたの事業タイプが短距離走か長距離走か、という点です。
短距離走は、成長がとても速く様々なことが一気に起こる事業で、長距離走はじっくり時間をかけて構築する事業です。私たちは後者でした。Snowflakeは前者でしたよね。彼らが上場するのは道理に適っていました。素晴らしい成功ストーリーです。
私たちの場合は、時間をかけて構築するタイプだったんです。先ほどお話ししたように、成長も一度減速しましたし、SaaSとカスタマーサクセスへの移行も加わったので、やることがたくさんありました。だから、その道のりを支援してくれるパートナーが必要でした。
私はよく「ウサギとカメ」の有名な寓話を例えとして用います。ウサギはとても速くて、カメはゆっくり進んでいく。でも、カメは持久力があるので止まらずにずっと進むことができます。私たちはGainsightのことをカメだと思ってきました。耐久性と持続性があり、短距離走では絶対に勝てないけれど、長距離走では勝てるかもしれないとね。
カメのような企業であれば、PEなどは良い選択肢になると思います。この選択をしたからといって上場ができなくなるわけでは決してありません。ただ、ステップとして四半期ごとのプレッシャーに毎回さらされずに進もうとするなら、ですが。
もし、私たちが上場を選んでいたらきっと上手くいっていなかったと思います。2021年は多くの企業が一気に上場しましたね。私たちも上場しようと思えば、きっとできましたが、顧客や従業員にとっては良い選択肢ではありませんでした。カメのようなビジネスがウサギのように行動しようとすると、みんなに負担をかけることになるからです。
普段やらないことをチームに課すわけなのでみんなも大変ですし、顧客にとっても必要以上に早く購入することを強要しかねない。長い目で見れば、投資家にも不利になります。
ウサギのような企業ならば、速く進み、上場しても良いと思います。カメのような安定した事業は、準備が整うまで待つべき。無理をしてはいけません。
パッションを持てる「何か」が、あなたをリーダーにする
前田:素晴らしいアドバイスですね。最後に、2つ質問です。まずは、10年後は何をしていると思いますか?そして、視聴者へのメッセージそしてアドバイスをお願いします。
Nick:10年後?いやぁ、見当もつきませんよ。私がまだ人間で、ロボットに取って代わられていないことを願うのみです。でも、AIと提携するのはいいかもしれませんね。
……と、冗談は置いておいて。
人類にとって、今ほどエキサイティングかつ恐ろしい、予測できない時期はないでしょう。10年後に何が起きるのかを理解するなんて、もう不可能だと思います。世界が大きく変化することだけは分かっていますし、私たちが経済・社会・人類のいずれも上手く対処できることを願っています。これまでもそうして乗り越えてきたことなので、私たちにはできると確信はしていますが……ただ、今とは大きく変わることは間違いない。ワクワクします。
先ほど簡単に触れた通り、私はSF小説が大好きなのですが、今はまさにSF小説の中に生きているかのようですよね。「私たちの世界がターミネーター2のようなバッド・エンディングではなく良い終わり方をすることを願っている」と、友達によく冗談で話すんですよ。
そして、最後にアドバイスですね。今日のすべてをまとめる形で終わらせようと思います。ここまで話を聞いてくれたあなたは、きっと何かを学んでくれていると思うのですが……皮肉ではなく、学びすぎないこともお勧めします。
この中であなたが使えるテーマがあればそれでいいのですが、リーダーとしての道のりは、一人ひとり違います。絶対にやってはいけないのは、Frank Slootmanのような偉人やNick Mehtaの行ないをそのまま真似することです。Frankや私の言ったことに「共感」するのはもちろんいいのですが、私にとって上手くいったことが皆さんにも使えるとは限りません。
ほら、あなたは私ほどのテイラー・スウィフトのファンではないですよね?このアプローチが使えないならあなたに合ったアプローチを探す必要があります。そして、あなたのアプローチを具体化していくのです。
自分のチームと人間として付き合い、オープンであるためには、パッションを持てる「何か」を見つけてください。それはきっと、私が持っているパッションとは異なるものだと思います。
DIYが好きで家で何かを作るのが好きな人もいれば、アーティスト活動だと思う人もいるでしょう。そのパッションが大切なんです。他人を真似するのではなく、本当の自分であってください。あなたではない誰かになろうとすると確実に失敗します。
前田:素晴らしいインサイトをたくさんいただき、多くのことを学びました。いつか続編をやりたいです。
Nick:ぜひ話しましょう。今日は素晴らしい質問と事前準備もきちんとしてくれてありがとう。楽しかったです。