「既存プレイヤーが細かく分断されていて、本気でAIを入れれば成果は一変するのに、その必要に迫られていない。そういう領域ならどこにでもチャンスがある」
AIネイティブのスタートアップの現在地を、法人向け保険ブローカーサービス「Harper」CEOのDakotah Rice(ダコタ・ライス)さんはそう語ります。
Goldman Sachsでバンカーを、Carlyleでプライベートエクイティを、Coatueで投資運用を経験したダコタさんが次に選んだのは、保険ブローカーの領域。実際に現場へ入り込み、この環境ならば「自分たちでやるしかない」と、手元5万ドル、自宅のキッチンテーブルからHarperを立ち上げたのが2024年8月のことです。
創業からわずか1年半。2026年2月にはEmergence Capital主導でシードとシリーズAの合計約4,700万ドルを調達し、YCのデモデイから数週間でクローズするという異例のスピードで注目を集めました。現在は160社以上の保険会社と連携し、累計5,000社以上の企業に対応。セールス1人あたりの新規売上を、業界平均の6倍にあたる年間120万ドルに引き上げながら急成長しています。
特徴的なのは、CRMも、チケットシステムも、セールスイネーブルメントの仕組みも、すべて自前で作り込んでいること。「社内ツールこそが、私たちのプロダクトのすべてだ」と言い切るダコタさんに、AIネイティブ企業の設計思想やMoatについてALL STAR SAAS FUNDの前田ヒロとRice Capitalの福山太郎が迫りました。
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Indeedで保険会社に応募してみて、業界の問題に気づいた
── 最初にダコタさんの自己紹介と、Harperの事業について教えてください。
Dakotah:Harper創業者のダコタです。ずっと金融畑にいまして、Goldman Sachsでバンカーをやって、Carlyleでプライベートエクイティの担当をして、投資運用会社のCoatueでも働いていました。
AIネイティブの法人向け保険ブローカー「Harper」を立ち上げたのは、2024年8月のことです。
Harperを簡単に言うと「保険のブローカー」です。アメリカでは規制上の理由や建物への入居、あるいは顧客からの要求などによって、保険への加入を必要とする企業が3,600万社あります。でも、加入手続きがかなり複雑なんです。
私たちブローカーは、企業と保険会社をつなぐ役割を担っているんです。顧客と直接やりとりして、何のリスクをカバーすべきかを見極める。そして、多くの保険会社から、最も条件が良くて手頃な補償を提案します。契約期間中のサポートも提供しているんです。
── 2024年、Harperを立ち上げた経緯を教えてください。どうやってこのアイデアにたどり着いたんですか。
Dakotah:Harperの前にも、共同創業者であるTushar(トゥシャール)とウェルステック(Wealth Tech、主に資産管理をテクノロジーで行う領域)の会社をやっていたんです。3年ほどやった結果、その会社は畳んだのですが、それを決めたときに自分たちに問いかけたんです。「次は何をやりたいんだろう?」と。
ちょうどそのころ、セールス領域のAIエージェントが次々と実運用に入っていて、11xやArtisanが話題になっていたタイミングだったんです。規制の厳しい領域でも、Hippocratic AIのような会社が順調に成長しはじめていたところでした。特に人手不足が起きている領域で、AIエージェントが次々と登場していたのです。
そこで一度、挑戦すべき領域について立ち止まって考えたんです。まずは、アメリカの求人プラットフォームの「Indeed」で、どんな会社がセールス求人を出しているのかを調べてみました。そうしたら、保険業界の求人がとにかく多いことに気がつきました。
そこで私たちは、自分たちで実際にその求人に応募してみることにしました。そうすれば本当に人手が足りない場所がはっきりわかるはずだと思ってね。
そうしたら、ほかの業界は反応が鈍いのに、保険会社に応募したときは必ず面接に呼ばれたんです。しかも2日もしないうちに、100件近くの「今日話せますか」という連絡がすぐに返ってきた。そこで気づきました。どうやらここには人材の問題がありそうだぞ、と。
現場にAIを持ち込もうとしたら、みんなすごく嫌がった
── 人材の問題に気づいて、そこにAIを入れていったわけですね。
Dakotah:私は、保険業界の仕事は判断が必要になるからこそ複雑なのであって、プロセス自体はそこまで複雑ではないことを知っていましたから。今なら、この判断の部分をAIが担えるのではないか、と考えたわけです。
その考えが正しいか確かめるべく、保険ブローカーの現場に入って、実際に仕事をすることにしました。知り合いのブローカー数社に入り浸って、当時すでにあったAIツールを持ち込んだんです。ClaudeやClay、ChatGPTを「ほら、これを使えばメールをこんな簡単に返せますよ」と現場の人に見せてみた。
ところが、みんなすごく嫌がりました。根本的に発想が違うんですよね。彼らからしたら、AIを使うことが「仕事を奪われるかもしれない」という不安材料になる。
保険を1本まとめるとき、彼らは自分自身で判断をします。その判断をすることこそが自分の価値であり、特に関係性で回る仕事では、自分が中心でいたいと考えています。それが心地よい。そして、自分の唯一の価値だと考えている。となると、どれだけAIが進化しても、この人たちは使いたがらないはずです。
でも一度、ちゃんと検証しようと思って、簡単なツールをいくつか作って売り込みにいきました。しかし、やはりお金を払う気はない。やりたがっていても、返事はなんだかあいまいで、結局は同じ現場の壁にぶつかるんです。CEOがやりたくても、現場が動くことはないだろうと確信しました。
それなら、自分たちでやるしかない。そう決めました。
手元に5万ドル、キッチンのテーブルで創業
── どういったステップで事業を形にしていきましたか?
Dakotah:腹をくくって、自分たちを保険ブローカーとして登録しました。そのときは手元に5万ドルしかなかったので、ジョージア州でしか活動できず、家のキッチンテーブルからHarperをはじめることにしたんです。
以前に創業した会社での失敗は、需要があるかどうかもわからないまま、機能を山ほど作ってしまい、プロダクトを作り込みすぎたことでした。みんながよくひっかかる罠ですよね。だから今回は、何も作らないところからスタートしようと決めました。
とにかく電話をかけて、あとはプリンターと、紙とペンで、とにかく自分たちがやろうとしていることが合っているかを徹底的に確かめたんです。
そんな日々を過ごしていたら、その年の終わりには顧客が100社になっていました。そしてY Combinator(YC)に応募して、2025年1月からプログラムに参加したんです。
── いま、YCではこのカテゴリをAIネイティブサービスと呼んでいますよね。AIエージェントを他社に提供するのではなく、自分たちがそのエージェントになる。でも数年前は、そこまで一般的なやり方ではありませんでしたよね。
Dakotah:自分たちがサービスそのものになることが、当時はすごく不安でした。でも、私はもともとテック投資の業界にいたこともあって、テック業界の人にこのアイデアを相談すると、みんな「やっちゃえばいい」と言ってきたんです。
(Benchmarkのパートナーである)サラ・タベル氏も「仕事そのものに課金しろ」とよく言っていましたしね。ただ、当時の空気は「BPOになったほうがいい」でした。サービスを請け負って、仕事に対して報酬をもらう形です。
だから一時は「AIは自分たちで使い、成果を他社に売る」というモデルも考えたんです。でも投資家目線で考えたら、これだとバリューチェーンのごく一部しか取れない。しかも大きくスケールさせるのが難しくなると思ったんです。
保険業界を見てみると、保険1件の手数料は約10%。しかも小さい契約となれば、手数料は1,000ドルほどにしかならない。これだと、自分はめちゃくちゃ手間をかけて、モデルのコストも上がって、いろいろやったあげく、手元に残る価値はごくわずかになる。
それからもう一つ、データのフライホイールには「何かあるな」とも思いました。良い事業は、たいていそうですからね。その当時から「CRMは死ぬ」とか「SaaS終焉論」とかがはじまっていましたから。
私は長く投資家をやっていたので、ここには「何かあるな」と思えたんです。それで、現在のやり方が最良だという考えに至ったわけです。
毎日それだけを考えて生きるあなたこそが、本当の専門家
── 投資家から反発や疑問はありましたか。これはただのサービス会社じゃないかとか、ほかのB2Bソフトウェアと比べてスケールしないんじゃないかとか。
Dakotah:会社をやって学んだことの一つは、投資家や周りの声を聞く必要はないということです(笑)。結局は自分で課題を体感するしかない。一日中、その最前線に座っているのは自分なんですから。自分が向き合っている事業については、外の人では教えられないことがある。
だからあえて、いろいろ作らずに、自分でコールドコールをかけるという“痛み”を味わうことにしたわけですしね。「保険は必要ですか」と聞き、誰に必要で、誰に必要ないのか。なぜ必要で、なぜ必要ないのか。それらを自分で学んだんです。
加入手続きの書類も自分で埋めるから、おかしな点にすべて気づくことができる。隣にはトゥシャールがいて、2人でとにかく「見ること」に徹したんです。
これは起業家の皆さんにも強く勧めたいことですが、いきなり何千という大きな規模で捉えるなど、大きく考えすぎないこと。とにかく初期の「瞬間」に惚れ込んでほしい。すべての顧客のすぐ側にいられて、すべての課題にも近い。その業界について誰もあなたに教えられないほどにね。毎日それだけを考えて生きているあなたこそが、本当の専門家なんです。
どのワークフローも、少なくとも50%はAIが担っている
── いまのHarperでいうと、バリューチェーンのどこまでが自動化されていて、どこから人が介在していますか。
Dakotah:私たちの業務はどの部分も、AIが担っているのは50〜60%です。
Harperが扱うのは保険業界のなかでも複雑な領域といえます。普通のコーヒーショップなら「Next」のようなサービスで、ボタン1つで補償を買うことができますが、彼らはうちの主要顧客ではありません。
Harperの顧客は、要人警護やマリーナ、中古車ディーラーなど、はるかに複雑なケースです。なので、申込先はAPIではなく、実際に引受をしている保険会社のブローカーとなります。
ただ、いずれの工程においてもAIの要素が入ってきます。AIの比重がもっと高くなるケースもあります。たとえば、引受担当者から質問が返ってきても、顧客とのやりとりはAIエージェントが引き取るので、私たちが何度も往復せずに済みます。
ただ、いまの取扱量だと、AIの精度が80%だとしても、残りの20%はエッジケースにぶつかったり、人の介在が必要になったりします。人の介在が必要になったら、AIが止まるようフラグを立てる仕組みもあります。
私たちはいま、毎日300の新規顧客と話していますが、既存と新規を合わせると、1日2,000件のやりとりが発生します。この規模だと、数千件の20%が何ヶ月、何年と積み上がって、かなりの数になります。だからプロセスには、まだ人の介在が必要です。
保険領域でビジネスをしている人なら、だんだんわかってくると思いますが、システムが全部を担えるようになるまでは、ある程度の人数が要るんです。
エッジケースを全部洗い出して、ドキュメントにして、AIが読める形に整えなくてはいけないわけですから。そうすることで、システムが学び続けて、改善していけるようになる。
自分で学習していく組織は、まだ完全には実現していません。だから技術側も強化しながら、人のオペレーション側にも自分で手を入れることになる。こういう組織には、新しいレイヤーが1つ増えるんです。でも、どのワークフローも少なくとも50%はAIが担っています。
QAは40人の組織でも要る。新たに設けた2つの役割
── 組織の観点で聞くと、専任のメンバーかチームがすべてを監査して、AIに戻しているんですか。
Dakotah:ええ、必要だと気づいて、そうしました。面白いもので、これは全般的に言えることなんです。AIが書くコードも同様で、PR1本が巨大になることもあって、Greptileのようなツールもありますが、使っているうちにAIスロップが紛れ込んでくる。
多くの会社が「QAが要るのはもっと規模が大きくなってからだ」とつい規模で考えてしまいがちです。「1,000人になったからQAチームが必要だ」とかね。でも私は、40人の組織でも必要だと考えています。扱うデータも、起きていることも大量にありますから、QAは前倒しでやるべきなんです。
ただ、“やり方”が違います。
── どう違うのでしょう?
Dakotah:最初から人が座って全部の通話を聞くわけではありません。必要なのは、通話を自動でQAする仕組みを作ることです。下流で見つけたエッジケースを使って、それを戻し、別のやり方で通話を検証する。ClaudeのSkillsを使ってドキュメントを整えたり、仕組みを直したりもします。人が全部を手でやるのではなくね。
ただ、それでも作らなくちゃいけない役割がありました。私はその役割を「エンフォーサー」と呼んでいます。システムを強化することと、人を強化すること、その両方をかけた言葉です。この部隊があちこち回って、品質の統制を手伝っています。
── そこはドメインの専門知識が要りますよね。エンフォーサーの構成も、業界に合わせた特別な形なんですか。
Dakotah:Harperには、初期から在籍している人たちが集まった特命プロジェクトチームがあって、会社がスケールして新しい領域に入るたび、私と一緒にイチから立ち上げをしてきました。だからこのチームは「組織のコンテクスト」を大量に持っているんです。業界の専門知識、Harper流のやり方、システムへの理解などですね。
CRMもすべて自分たちで作りました。サービス部門のチケットシステムも自前で作っていて、AIが全部やっています。セールスの電話でも、初回ヒアリングでも、担当者を通話中にコーチングする仕組みがあって、これらも自作。どれも、その機能だけで一つの会社になるレベルのものです。
世の中のツールの多くはポイントソリューションですが、私たちはそれを自前で作ってスタックしている。ドメインの専門性も必要ですが、Harperの専門性があるからこそできることだと思います。
── そうなると必要な人材像も変わっていきそうです。
Dakotah:最近、保険会社の引受担当者の採用をはじめました。これはGoldman SachsにいたころですからAI時代より前の話ですが、バンキングのフロアに「ナレッジマネージャー」という役割があったんです。そこに座っている人は歩く百科事典みたいな存在で、自分の知らない領域を全部まとめてくれていました。
ある意味同じで、保険のエキスパートを社内に置くことが目的でした。ただし、彼らには実務はやってもらいません。LegoraやHarveyにいるリーガルエンジニアと同じ発想です。エンジニアに業界のコンテクストを教えたり、ドキュメントを整えるのを手伝ったり。AIで出しているアウトプットが引受担当者にどう伝わるか、保険会社にどう映るのかをチェックする役割を担ってもらっています。
ドメインエキスパートとして、組織の品質を保つための役割で、彼らのことは「オペレーショナル・メモリー・リード」と呼んでいます。
一般的なブローカーは年間20万ドル。Harperのセールスは120万ドル
── 社内のプロセスのほとんどでAIを駆使していますよね。チームがどれだけ効率的になったかを測る指標はありますか。AIがどれだけ担えているのかとか、効率性を示せるものがあれば、ぜひ聞かせてください。
Dakotah:よく持ち出す数字があって、私たちの理解では、一般的なブローカーは年間の新規売上が20万ドルほどです。Harperの平均的なセールスパーソンだと、新規売上は年間120万ドル。高い人だと200万ドルに届きます。
── セールス1人あたり、年間120万から200万ドルということですか。
Dakotah:そうです。面白いもので、みんなソフトウェアの尺度で考えがちなんです。AI企業ならセールス1人で100万ドルのARRを作れる、とかね。でも、サービス業を展開するHarperでも同じことができるのです。ある意味、ソフトウェアの尺度があるからこそ、自分を甘やかさずにいられるのかもしれませんね。
もう一つ大きな学びは、このビジネスが本物なら、どれだけ新しくてもベンチマークに届くはずだということ。「日の下に新しきものなし」ですから。サービス業でもソフトウェア並みの成果が出ているなら、自分たちをSaaS企業と同じ物差しで測れるはずです。そこは自信を持っていますし、私たちが見ている指標の一つです。
1件に1〜2時間から、300件を1〜2時間へ
── セールスがそれだけの売り上げを出せるよう、どう効率化しているのか、例をいくつか教えてください。
Dakotah:見積もりがセールスの手元に自動的に届く仕組みなど、全体が組み立てラインのようになっています。これによって、初回ヒアリングのチームは10人しかいませんが、新規の顧客との通話を300件、毎日こなすことができています。
これができるのは、AIが動いているからで、エッジケースの知識を全部ドキュメント化しているからなんです。「この引受担当者は、この形式の申込書類を好む」「この人は飲食店でもバーなら引き受けるけれど、バーテンダーの研修を四半期ごとにやっていないと受けない」など、細かいニュアンスが山ほどある。
でも私たちは、プログラム的にすべてを記録する仕組みを作り、社内に知識専任の役割も置いた。システムがすべてを理解しているので、振り分けの効率が上がる。やり取りの往復も減りました。
初期のころは1日に5件をこなすのが限界で、しかも1件あたり、申込書類を1つまとめるのに1〜2時間かかっていました。いまは、300件の申込書類を1〜2時間で終わらせられます。何をすべきかは、システムがだいたいわかっていますから。
セールスパーソンにとっては、売る案件が絶えずに積み上がっている、終わらないパイプラインですよね。そこで出てくるのが、優先順位の付け方。普通のセールス組織なら、セールスプレイブックを作ってチームに渡し、頭に入れてもらうでしょう。そしてマネージャーが、セールスイネーブルメントをひたすらやり続ける。
でも、Harperは自前でCRMを作り、システム自体がセールスイネーブルメントをこなしてくれる。何をすべきか教えてくれるし、要点もまとめてくれる。一日の優先順位まで示してくれます。通話のあと、相手から「明日の14時にかけ直して」と言われても、自分で予定を入れる必要はありません。14時にかけ直す予定が自動的にカレンダーに入るんです。
AIが引き受けているのは知能だけではなく、実稼働の部分なんです。本来なら、セールス側のコンテクストがないと判断できなかったことが、AIでできるようになった。だから新入社員が席に座ったとしても、長くても1ヶ月でほかのメンバーの最低ラインくらいまではARRを引き上げられます。
── 準備も意思決定もすべて済んだ状態で、AEに渡されるということですね。だからAEが時間を使うのは、関係づくりと、顧客と話すことだけになる。
Dakotah:そのとおりです。
既存ソフトウェアでは、月5万社は回せなかった
── 気になるのは、各種ツールを内製するか調達するかという判断の部分です。なぜCRMを買うのではなく、自分たちで作ろうと決めたんですか。ほかにも自作を選んだ周辺ツールがあると思いますが、どうやって判断しているのでしょうか。また、逆に買っているものはありますか。
Dakotah:YCに参加していたとき、ある時点で規模が大きくなりすぎて、HubSpotを導入したんです。しっかりトラックできるように、データをまとめる必要があったからです。でも、そのあとAIのポイントツールを作ろうとしても連携ができなかった。やりたいことは全部やれるようにしたい。でも、システム同士が、平たく言えば会話できない。そんな堂々巡りをしてしまったんです。
だから、やりたいことを目指す規模でやろうとするなら、自分たちで作るほかに道はないと気づきました。自分たちは必ずもっと大きくなる、という信念がありましたからね。
ちなみに、実際にCRMを内製してみてわかったのは、需要は問題じゃないということ。この業界にHarperのような会社が5社出てきて、全部が巨大化したとしても、保険が必要な会社はそれでもまだ残る。それくらい需要の母数が大きい。だから、自分たちの力とGTM戦略があれば、こうした顧客を全部見つけ出せると信じたんです。もっとも、会社を立ち上げるときに、需要は確かめましたしね。
規模があると確信できたなら、あとはスケールする仕組みを考えるしかありません。そこで無理だとはっきりしたんです。システムの制約がこれほどにあったら、月に5万社なんてとても回せない。それで自社開発に踏み切りました。
でも節目ごとに、「やはり買うべきじゃないか」と毎回考えましたよ。Zendeskを買うべきか、Asanaを買うべきか……実際、Asanaは初期のカスタマーサポートで使いました。でも、限界がありました。自分たちの仕組み全体に組み込みたかったし、メモリレイヤーの上に乗せて自動で更新させたかった。
でも叶わなかった。全部とはつなげられないんです。だから、本当にスケールする仕組みを作りたいなら、自分たちでやるしかないと。
社内ツールこそが、私たちのプロダクトのすべて
── 社内ツール専任のエンジニアはいますか。
Dakotah:ええ、いますよ。むしろ、社内ツールこそが、私たちのプロダクトのすべてです。自分たちが顧客自身なんですから。Harperのユーザーインタビューは、CRMを作るエンジニアがセールスと話すことです。
普通のエンタープライズは、使う人がよその会社にいるので、フィードバックループがとにかく遅い。「意見をください、どう思いますか」と、顧客にSlackで頼み込むことになる。でも返事が返ってくるのは、壊れたときだけです。だから顧客に何を出すかは、すごく慎重にならないといけない。「パイロットはやるよ」と言ってくれても、本当にARRが立つかどうかの保証はありませんから。
私たちの場合も、出来のひどいバージョンもありました。CRMが止まっている時間が10%を超えたこともあります。でも、うちはチーム全員が巨大な会社になろうと思っている。だから、イーロン・マスク氏の言葉を借りれば、「会社を立ち上げるのは、ガラスを食べながら深淵を見つめるようなものだ」。まだ開発中のプロダクトを自分たちで使い続けるんです。そうでもしないと、大きくなれませんから。
インセンティブがそろっているんです。サービスを丸ごと提供していないと、ここまではそろわないでしょう。フィードバックのサイクルも、プロダクト開発も遅くなります。しかも、情報を隠されたり、本音を言ってもらえなかったりもしますよね。私たちは毎日、それも一日に何度も話をします。フィードバックのための会議を設定するなんて話じゃありません。セールス担当のエンジニアが隣に座って、CRMを触っているところをその場で見て、膝にPCを乗せたままその場で直していく。そういう距離感なんです。
ZocDocの初期の話を思い出します。彼らはいろんな診療所に出向いてZocDocを入れて、予約を取る様子をその場で見て、問題が起きたら直していった。それを毎日、毎日繰り返していた。
この感覚を私たちは絶対に手放したくないんです。これこそ、私たちのビジネスモデルの大きな競争優位だと思っています。
買っているのは、モデルと電話のシステムだけ
── ちなみに、自分たちで作っていない、買っているものはあるんですか。
Dakotah:AIモデルですね(笑)。
── どのモデルですか。
Dakotah:全部です(笑)。あとは音声まわりで、いくつかハーネスを試しました。ただ、どれもあまり使い込めていないということと、おそらく、自分たちで作る比率が増えていくと思います。外に任せるのが難しいので。あとは電話のシステムです。OpenPhoneやGenesysのまわりを作り込んで、スタックの一部にしています。
── Slackは使っていますか。
Dakotah:あぁ、Slackも使っています。ただ、私はとにかく速いフィードバックループの信奉者で、全員に社用携帯を配って、iMessageをよく使っているんです。とにかくサイクルを速くして、同時に多くのことを動かしたいのです。私たちは、常にいつも速く動く。だから即座にやりとりできる状態にしていたい。
Slackも使いますが、実はそれほど頻度が高くありません。長く残しておきたいものがあるときに使うくらいですね。もちろんモデルがSlackに入って、チャンネルから情報を引き出しますから、Slackの中身はすべて私たちのシステムに流れ込みます。メモリシステムやCRMの中のデータの一つという扱いです。
Slackはある種の会話を残しておく場所でしかありません。「ちょっと来てくれ」みたいな、その場で人を動かすようなやり取りは、社用携帯でやっています。
いちばん難しいのは、土台にあるメモリシステム
── これまで作ったなかで、いちばん難しかったものは何ですか。技術的なブレイクスルーとして挑戦していること、またはすでに達成したことなど。
Dakotah:いちばん難しいのは、土台にあるメモリシステムを、極めて正確に保つこと。
顧客からは写真も動画も届きます。OpenPhoneやGenesysがあるので、テキストメッセージも入ってきます。引受担当者や顧客からのメールもあります。エージェントがその上で動くときに情報が欠けていないように、すべてがシステムの中で正しくひも付いていないといけません。
たとえば、「この補償も必要なんです」と言われていたのに、その情報が抜けていたら、大変なことになります。もっとまずいのは「こういう事故がありました」と聞いていたのに、保険会社に伝えていないようなケースです。だから、メモリレイヤーの信頼性は極めて高くなければなりません。
最大のブレイクスルーの一つは、何でもその上に作れるコアの技術インフラを構築したことだと言えるでしょう。規模が大きくなるほど、Harperのエンジニア組織はCursorのような会社に近くなっていくと考えています。
── インフラ寄りの会社の姿に近づいていくはずだと。
Dakotah:そうです。アプリケーションを上に載せるために、土台のインフラをたくさん作らないといけないのでね。
HarperはミドルアメリカのRipplingになれる
── グロスマージンについてはどう考えていますか。「プロダクトやサービスとしてAIに頼るほど、グロスマージンは下がるかもしれない」とよく言われますよね。そこは追っていますか。
Dakotah:はい。私はもともと投資家だったので、今後どんな議論が起きるかは見えている気もします。いまの投資家は、とにかく形にして世に出すことを見ていますよね。でも、最適化をめぐる議論は、いずれ必ず出てくる。Microsoftがコスト高でClaude Codeを切る話も目にするようになりましたから。ああいう議論はいずれ必ず表に出てきます。
だからAIへの支出は、選択と正当化を必ずさせています。トゥシャールと座って、こう聞くんです。「Claudeを使うとき、ここのモデルはなぜSonnetじゃなく、Opusを使っているのか。そうする理由が本当にあるのか?」と。
ハイプサイクルのなかでは、多くのことが素通りしていくんですよね。でも、私が作っているのは上場を目指す企業です。ヘッジファンドにいたので、上場企業がどう分析されるかはわかっています。だから技術の意思決定がちゃんと成り立つか確かめるようにしています。
とはいえ、モデルのコストの先行きにはとても楽観的です。たとえば、DeepSeekですね。そもそも使うべきかという地政学の議論は確かにありますし、それはそれで一つの論点です。でも、あのラボが大手の何分の一かのコストでやれるなら、いずれ政府も、アメリカで同じことが起きるのを望むはずです。新しい仕組みが生まれて、学習コストが下がっていけば、モデルのコストも下がり続けるでしょう。
だから、特定のモデルを前提にした作り方はしません。インフラは相互運用できるようにして、新しいモデルが出るたびに、いろいろなループを試しています。モデルを乗り換える日が来ても、いつでも動けるようにね。いずれにしても最終的には、イノベーションが求めてる以上は、こうしたコストはすべて圧縮されていくはずです。だから、いまの作り方も、その未来を前提にしています。
あとは、自分のビジネスの性質をよく理解することも大事です。マージンは売り上げに対する比率ですし、顧客のLTVも考えないといけませんが、Harperはかなり“スティッキー”なビジネスです。保険ですから、リテンションは90%を超えます。そして、いずれ法人向け保険だけでなく、ほかの種類の保険にも広げられる。給与計算やコンプライアンスにも広げられると考えています。
Harperは、ミドルアメリカのRipplingになれると思っている。保険はその入り口に過ぎないんです。
そして私は、マルチプロダクトの未来を本気で信じています。このビジネスのLTVも信じているし、実際にリテンションが見えています。だからマージンを考えるときも、何年、何十年という単位で考えている。
まずAIの上に乗せますが、あくまでもAIは、それをうまくやる助けでしかない。素晴らしいサービスを届けることができて顧客が定着し、できることも増えていけば、上場企業としても良い利益を残せるはずです。
── すべてに最先端のモデルが必要なわけではないということですね。バリューチェーンを分解すれば、コストを抑えられる部分があるわけで。
Dakotah:昔はみんな、AIに一度にすべてを解かせようとしていましたよね。AIに「50個やっておいて」と言って。そんなのうまくいくわけがない。その結果、ClaudeもCoworkのように複数のステップに分けるものが出てきたわけですし。
私たちのワークフローも同じです。何か1つがすべてをオーケストレーションしているわけじゃない。複雑なワークフローをオーケストレーションするなら、最新のモデルが必要になります。でも、単純なタスクに割っていけば、ほかのモデルでも十分です。
企業に残る唯一のMoatは「ブランド」だ
── もう聞き飽きた質問だと思いますが、どんなMoatを築こうとしていますか。
Dakotah:私は、企業に残る唯一のMoatは「ブランド」だと考えています。
いずれ誰もが簡単にソフトウェアを作れるようになります。モデルはどんどん良くなりますからね。どんな作業でもこなせるモデルを、誰もが持つようになるでしょう。実際にモデルは賢くなっています。基盤モデルの会社が保険や資産運用の人材を採って、データを学習させています。
だから私は、そこにはあまり重きを置いていません。もちろん大事なことですし、私たちのコアでもありますが、それでも私は、ブランドに集中するべきだと思います。
── ダコタさんの言う「ブランド」はいかにして築かれると考えますか?
Dakotah:保険会社に対して、きれいな申込書類を出せているか。損害率が高くない、筋のいいリスクを持ち込めているか。事前の審査やコンプライアンスまで手伝えているか。それらの積み重ねによって、Harperが信頼できるパートナーになれる。確かで、公正で、質が高いという評価になる。それが、保険会社側から見た私たちのブランドです。
顧客に対しては、言ったことをきちんとやっているか。約束した期日どおりに見積もりを出せているか。COIを届けると言ったら、その時間に届いているか。事故が起きて、切羽詰まって相談に来たとき、最後まで伴走できているか。
私たちのブランドは、きちんと応えることの上に成り立つ。AIも技術も、それをうまくやるための助けです。その上で、最後に効くのはブランドだと思います。
そして、ブランドの上に積み上がっていくものもあるでしょう。言ったことをやり続ければ、データのMoatができますしね。これは、顧客の事故データが貯まるという話ではなく、本質はワークフローと記録のほうです。
社内のエンフォーサーチームもMoatです。Harperのプロセスは、すべて記録されています。会議はすべて録画して要約したうえで、AIが読める形に分けて入れていきます。モデルが進化して自己強化型になったとしても、すべてが記録されていますから、Harperはむしろ有利になれるでしょう。リスクのデータと同じくらい、業務のワークフローのデータを貯めているということです。
さらにもう一つ、「関係性こそが大事だ」と確信しているんです。これはGoldman Sachsで叩き込まれた原則の一つです。時代が変わっても、これほど変わらないものはないでしょう。
私は、飛行機に乗って引受担当者に直接会いに行きます。そして、向こうもオフィスに来て、自分たちの仕事を見せてくれる。顔を合わせて、互いを知っていく。卸ブローカーや保険会社の社長とも面識がありますし、彼らのカンファレンスにも行きます。
もし誰かが「Harperのようになりたいんだ」と言っても、その相手はHarperをインシュアテックの会社だとは思わないでしょう。「Harperは、ダコタの会社だ」と思うはずです。「オフィスに来て一緒に飲んだあいつね」と思うでしょう。だからAIを作るなかでも、人間らしさを絶対に失っちゃいけない。むしろ、そこが最大のMoatです。顧客との接点、そして供給側との接点。テクノロジーの進化を超えて長く残るもの。それこそが私たちの本当のMoatです。
── すべてを記録して、そのコンテクストを使ってより良い成果と品質を出す。そして信頼を確かなものにする。それがこのビジネスの道だということですね。
Dakotah:まさにそのとおりです。
Harperのことしか見ていない。パラノイアに突き動かされる
── いま、すべてが競争的ですよね。毎日のように新しいスタートアップが出てきて、みんなが追いかけてくる。勝てているかどうか、どうやって見極めていますか。何を追い、何をいちばん大事にしていますか。
Dakotah:確かビル・ゲイツ氏がこう言っていましたね。「私は、Microsoftだけを見ている」と。私も同じで、Harperのことしか見ていません。考えをまとめてソーシャルメディアに投稿することはありますが、雑音は聞きません。Harperに全集中しています。
横にいる人も、後ろにいる人も見ません。競合の話を持ち込んでくる人がいても、自分の空間を汚さないようにはっきり線を引きます。よそと比べることに気を取られたら、Harperの課題にのめり込めなくなりますから。
私が見ているのは、Harperが以前と同じか、あるいはそれ以上に健全に伸びているかどうか。この先も指数関数的に伸びる道が見えているか。パイプラインには毎日、さばききれないほどの顧客がいるのか。それをさばくための計画をちゃんと描けているか。スケールしていっても、最高の体験を届けられているか。これらが全部できていれば、迷いはありません。
売り上げ10億ドルの会社をつくって、顧客が満足していれば、誰にとっても価値のある会社になります。顧客も、保険会社も、投資家も、社員も、みんなが価値を感じるでしょう。だから、私は絶対に目の前の的から目を離さない。テクノロジーの進歩には遅れないようにするし、モデルの最新の動きも必ず押さえます。気が緩んだり、慢心したりしないように。
そもそもシリーズAの創業者が慢心するなんて、おかしな話ですし、私に限って、それはありませんけどね(笑)。
私には、ずっと続いている感覚があって。頭の奥に常にある種のパラノイアがある。それが、じわじわと自分を蝕んでいく。これは、誰かが資金調達したからではありません。「自分は本当にすべてを把握できているのか」という問いなんです。すべてを把握することに取り憑かれているんです。
でも、毎晩Harperの課題にのめり込んで夜を明かしていたら、本当に毎日そうしていたら、価値が生まれないはずがないんですよ。顧客にも、保険会社にも、社員にも、株主にも。このパラノイアが、私を動かしているのかもしれません。
朝5時から夜9時半まで。カルチャーを失わないことへの執着
── だから毎朝5時から働くんですか。
Dakotah:5時からはじめているのは、ニューヨークにオフィスをまだ開きたくないからです。新たにオフィスを開けばカルチャーが薄まるかもしれないから。カルチャーは、それくらい大事だと思います。働き方も含めて、Harperには独特のものがあるんです。
やはり、カルチャーが薄まることへのパラノイアがあるのだと思います。サンフランシスコで土台が固まったと思えるまではね。残念ながら、合わない人も出てきますし、優秀な人でも、この時間が合わないことはあります。それは仕方がありません。ただ、私にとってそこは譲れない。そこを緩めた瞬間、将来ニューヨークにオフィスを作ったとき、ここと同じ空気じゃなくなった瞬間、問題が起きるとわかっていますから。
自分で言うと格好つけて聞こえますが、どう現れて、どう働くか。どんなペースで、何をやるか。それが私たちそのものになるんです。絶対に失えないことです。失った瞬間に、すべてを失うことになります。多くの会社は、立ち上がってうまく回りはじめて、スケールしていく途中でそれを見失います。だから失わないことに強く執着しているんです。
あと、5時に来るのは、9時から営業をはじめる顧客がいるからです。9時を過ぎたら、顧客は保険どころじゃありませんからね。彼らが保険のことを考えるのは、その前の時間なんです。だから私たちは、5時からはじめています。Harperがまだジョージアにいたときは、7時に起きて顧客と話しはじめていました。
── 何時に仕事を終えてオフィスを出るんですか。
Dakotah:だいたい21時半ですね。でも、ほかのメンバーは18時半ごろ帰ります。18時に締めのミーティングがあるので、そのあと帰る人が多いですね。ただ、会社を引っ張っている人たちは、だいたい5時からいますね。
── 996はもう古いと。
Dakotah:いや、996については言っておきたいことがありますよ。私が21時半まで残るのは、頭を緩める時間が要るからで、そこが「考える時間」なんですよ。
あと、土曜に出社させることはありません。日曜の夕方には話しますが、たいていリモートです。家族との時間は持ってほしいし、私も家族を持ちたいですから。そういうことは大事だと思っています。
もう一つは、じっくり考える時間が要るときです。もちろんセールスなど顧客から電話がくる職種は、5時に顧客から電話がくるので別です。でも、マーケティング戦略を練らないといけない人なら、「今日はしっかり考えたいので、8時か9時にオフィスにいく」と言えますし、「会議はZoomで出るので、今日は家にいます」とも言えます。実際そうしている人もいますしね。5時からというのは、5時にビジネスが動きだすという意味です。自宅の机からのほうがよいなら、それでもよいんです。そのほうが力を出せるならね。
採用でいちばん見ているのは、ペース
── AIネイティブの企業としての採用の基準で、より重要になっているのは何ですか。
Dakotah:どの職種でも、AIまわりの新しい技術スタックを追えているか。自分の職務は当然として、それをすべて記録に残す必要があるので、情報の分け方とは何か、AIが読める形とは何か、そこをわかっていてほしいんです。
特にビズオペ寄りの職種やエンジニアの職種では、その道の専門家すぎる人だと、かえって追いつくのが難しいこともあります。でも、自己強化する会社をどうつくるかは押さえてほしい。答えを全部持っていなくてもいい。でも、議論の中にはいてほしい。「私はClaudeのSkillsをたくさん作っている。だから、みんなも作るべき」というスタンスです。
面接でも「メモを1本作るときのシーケンスを教えて」と聞くことがあります。私だったら、「まずGPT Proからはじめて、ベースになるデータを集めて、そこに問いを投げていって、言葉をもっと洗練させたいとなれば、Opusに入れて仕上げる」……みんな、こういうシーケンスを持っていますよね。AIを使っている人かどうかは、話せばすぐにわかるものですよね。
── それが、面接で見ているところですか。
Dakotah:はい、大事なポイントの一つです。そのほかにも見ているポイントはいくつかありますが、いちばん大事なのは「ペース」です。
私は(ベンチャーキャピタリストである)サラ・グオ氏の記事が好きで、本当にいちばんのファンだと思っています。「テイスト」の記事と「ペース」の記事、どちらも好きです。この気持ちがサラ・グオ氏本人に届いてほしいくらい。
「ペース」の記事は、Harperの指針になっています。遅い人は、速い人を苛立たせる。本当にそのとおりですよね。速く動く賢い人が集まると、魔法が起きます。だからいちばん強く見ているのは、カルチャーが合うかどうかです。「知的好奇心」と「やり抜く力」もカルチャーの柱ですが、何よりもペースです。ほかの要素は、ペースを保つための助けです。
賢い人なら、細かいワークフローに分けて、GPTを10個同時に走らせます。そうすると、スーパーマンになれる。一度に全部やれるんです。ツールを使えばペースが上がる。でも、使っていること自体より大事なのは、なぜ社内の情報の分け方を整えるのか、そして、なぜAIが読める形にするのか。それがペースにどうつながるのかをわかっていることです。
── 正しいペースの定義は、日々変わっているように感じます。何をもって正しいペースと判断していますか。ビジネスの状況に合わせて、ときどき見直したりもしますか。
Dakotah:役割にもよると思うんです。たとえば、エッジケースで何が起きたかを端から端まで見て、根本原因を分析して、強化をかけるような仕事は、それはゆっくり考えるべき仕事ですし。
ただ、ペースというのは、どれだけ切迫感を持って動くかです。切迫感を持ったまま、ゆっくり考えることはできます。1時間かかったとしても、ペースが遅いわけじゃありません。その仕事が、じっくり考えることを求めているだけです。ペースと、順を追って考えることは矛盾しないと思います。
私にとってペースとは、勝ちたいという内側からの欲求と、負けることへのパラノイアです。それが切迫感を生むと思っています。やり方は、順を追うこともあれば、いま即断するしかない、直感で行こう、ということもあるでしょう。そこは変わっていいんです。でも、切迫感だけは変えちゃいけない。これが私の考え方ですね。
力強いシリーズAの基準は、成長カーブの傾き
── シリーズAでは、Emergenceのような評判の高いVCから4,000万ドル超を調達しましたよね。いま、力強いシリーズAの調達を達成するための基準は何だと思いますか。成長率が5倍から10倍とか、NRRが100%とか200%とか。いちばん大事なのは何でしょうか?
Dakotah:成長カーブの傾きだと思います。そして、その傾きが大きなTAMに届くまで続くと、そう信じてもらえるかどうか。私ならそう表現します。
というのも、私たちより低い数字で調達している例も聞くからです。私たちはARR 500万ドルのときに調達しましたが、一方で、ARR 100万ドルでシリーズAを調達する人もいます。でもその人たちは、数ヶ月でとんでもない伸びを見せたのかもしれない。100万ドルがだんだんデファクトスタンダードになりつつあるので、仮に200万ドルとして、3ヶ月で200万ドルまで伸ばせたのかもしれません。
ただ、それが一時的なものではないかと、みんな前より慎重になっています。だから、やっていることに再現性があって、しかも持続する力があると感じられないといけない。投資家としての私の視点では、そこはまだ疑問符がつきますね。多くのケースでは懐疑的に見てしまいます。
でも、TAMが十分に大きくて、チームも申し分なくて、学習カーブの傾きも見せられているなら、投資に動く理由になるでしょう。Emergenceも同様でしたが、それを確かめるには顧客に会いに行くしかない。彼らは、私たちが組んでいる保険会社に話を聞きにいきました。ブローカーにも、私たちの顧客にも聞いています。結局、本当に価値が出ているかは、まわりの人が何と言うかでしかわかりませんから。
あとは、経営チームの学習カーブの傾きに加えて、ファウンダー・マーケット・フィットもかなり効いてくると思います。私たちは以前も規制のある領域に挑戦して、一度、会社を失敗させていますが、そこで多くを学びました。だから向こうも聞いてきますし、自分も聞くべきです。失敗したとき、何を学んだのかと。ここは本当に大事です。そのときの学びが、いまの自分をつくっているので。だから、そこは必ず聞くべきだと思いますね。
経営チームに確信が持てて、学習カーブの傾きと、事業の成長カーブの傾きが見えること。そして、狙える市場が十分に大きいと感じられて、顧客と話すことで持続性も見えること。それらが答えだと思います。
これから力を入れるのは、マーケティングとブランドづくり
── さきほど、指数関数的な成長を目指していると話していましたよね。これからもそれを続けるために、どこに力を入れていきますか。
Dakotah:組織として、AIが読める形をもっと深く作り込むことです。そして、AIエージェントが動く土台のインフラを作り続けること。それと、複利が効いてくる構造と、なぜそれが決定的なのかをわかっている人を採用することです。セールスの人でも、自分の仕事をプロダクトだと捉える。全員に強いプロダクト思考が要ります。どれも欠かせません。
それに、システムをきちんと仕上げることも大事ですが、どこかの時点で、ブランドづくりを本気で考えないといけないですよね。だから、いま力を入れているのは、マーケティングとブランドづくりです。顧客のそばにもっと出ていくこと、それをどう形にするかを考えています。
複利が効いてくるのは、こういうやり方だと思います。でも、結局いちばん大きいのは、学びと育成を通して、経験がテクノロジーにも人にも積み上がっていく組織をつくることでしょう。
眠った市場を見つける判断軸と、「いますぐはじめるべき」理由
── 投資家の目で見たときに、このAIネイティブなサービス企業のやり方が効く領域は、保険ブローカー以外にもありますか?
Dakotah:たくさんありますよ。私の判断軸はこうです。既存プレイヤーが細かく分断されていて、本気でAIを入れれば成果は一変するのに、その必要に迫られていない。そういう領域ならどこでもチャンスです。
保険ブローカーは40万社もあって、とにかく分断されています。本当にバラバラなんです。しかも、あまり儲かっていません。マージンはとても良くなり得るのに、ライフスタイルビジネスとしてそれで満足しているんです。だから、ユニコーンがほとんど出ていません。
この種の買い手に売るソフトウェアでユニコーンが出ているかといえば、保険ブローカー向けだと、ほとんどいません。Vertafore以外に思い浮かびません。大きな成功を遂げているのは1社か2社でしょう。ブローカーにソフトウェアを売って大きく当てた例は、ほぼないんです。それはこの市場が眠っているという証拠です。
そういう眠った市場で、ソフトウェア以上のものがあるなら、こう考えてみてください。「ChatGPTがそのエンジニアチームの仕事を全部できるとしたら、自己強化型のループも回るとしたら、それでもこの会社は特別でいられるだろうか」と。「同じ土台の技術スタックをAnthropicから買えるとして、このチームの何が特別なのか」と。そこが核心だと思います。
そうすると、結局は「ファーストムーバーであること」に尽きる。だから、Harperのような会社をやりたい人がいるなら、いますぐはじめるべきだと思います。なぜなら、私たちが貯めているのは、自分たちのオペレーションのデータだからです。顧客のデータだけじゃないんです。
AcrisureやMarshなどを「古い、レガシーだ」と批判する人が多いですが、でも、彼らは自分たちのオペレーションにMoatを築いたんですよ。AIはどこにでも使えますが、AIが学習するのは、オペレーションそのものです。何ターンものやり取りが必要な事業で、強いオペレーションの土台を築くこと。それこそが最高の打ち手です。
とにかく、いま作りはじめること。そうすればテクノロジーの変化をまるごと活かせる形で持てます。いまはじめなければ、どこかでその効き目は薄れていくと思います。
── 日本市場に進出する予定はありますか。
Dakotah:アメリカで、他社にHarperのソフトウェアを提供する予定はありません。でも、海外なら課題もプロセスも同じなので、あり得ると思います。実際、日本では東京海上などの保険会社との取り組みもはじまっていたりするので、海外で同じような会社を立ち上げている人たちに、Harperのシステムをライセンスする可能性はありますね。
日本を含むアジアの多くの地域でも、大きな機会があると見ています。
日本の起業家へ。「AIは、土台の出来以上には良くならない」
── それでは、最後の質問です。これを見ている日本の起業家は、AIスタートアップを経営し、スケールさせようとしています。その人たちがいま考えるべきテーマは何だと思いますか。もっと早く考えておけばよかったと思っていることでも。
Dakotah:結局のところ、AIがどこまで効くかは、「人とオペレーションの回し方」で決まります。AIネイティブなサービスでは特にね。結局、AIは土台の出来以上には良くならないんです。
初期のころ私が語って回ったのは、AIだけで完結するブローカーです。いずれ実現できると、いまでも思っていますが、Harperの初期のころ、自分で電話に出て業務の流れを覚えていたころは、プロセスから人を全部消すことに急ぎすぎていたと思います。
実際は、人の働き方が変わるだけなんですよね。エンフォーサーという役割や、AIが読める形という考え方。オペレーションの周りに、新しい仕事が生まれています。
だから、何でも自動化することに急ぎすぎて、大事なサインを見落とさないようにしてほしいですね。
── 素晴らしいアドバイスです。考えることが多いですね。ありがとうございました。
Dakotah:こちらこそ、ありがとうございました。
※記事中の在籍企業・肩書き・数値・実績は取材当時のものです

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