この2年間、株式市場でSaaS企業の株価は大きく変動し、高いマルチプルを維持しているSaaSと、マルチプルが低下するSaaSが混在するようになりました。利益を優先するSaaSもあれば、大型調達を実施するSaaSもあり、マーケットは激しく変化し続けています。
米国の投資領域において第一線で活動を続けるベンチャーキャピタルは、この状況をどう見ているのでしょうか。今回、Box、Rippling、Figmaなど著名なSaaS企業への投資実績をもつ「Kleiner Perkins」のPartner Mamoon Hamidさんに『減速するSaaS、加速するSaaS』をテーマにお話しいただきました。
「SaaSの戦略はどう変わったのか」「評価ポイントの変化は何か」といった話題を踏まえて、彼が見てきた現実、景色、そして予測する「これからのSaaSの姿」を聞きました。
Kleiner Perkins
Partner, Mamoon Hamid
Slack、Box、Yammer、Intercom、Netskope、Figmaなど、近年で最も革新的なソフトウェア企業にいち早く投資した投資家の一人。 Kleiner Perkinsに入社する前は、Social Capitalの共同設立者兼GPを務めた。また、U.S. Venture Partners(USVP)でもパートナーを務め、6年間を過ごした。シリコンバレーでのキャリアは、Xilinxでスタートし、さまざまなエンジニアリングおよびマーケティング業務に6年間携わった。 パデュー大学で電気工学の学士号、スタンフォード大学で修士号、Harvard Business SchoolでMBAを取得。
SaaSは底を打った。ここから反転、上昇するはず
前田:僕らは8年前にも対談しましたよね。時が経つのは早いものです。
Mamoon:8年も前なのですね!東京は私にとって世界で一番好きな街だし、こうして戻ってこられて本当に嬉しい、お招きありがとう。
前田:僕も嬉しいです。Mamoonさんにとって今年は、Loomの買収など、投資家として素晴らしい1年だったのでは?
Mamoon:そうだね。でも、Loomは5年くらい前の投資で今回、Atlassianに買収されたことは本当に喜ばしいことではあるけれど、私たちのビジネスはいつも「今起きている投資」について考え、判断するべきだからね。私をワクワクさせるのは、まさに現場で起きているすべてのことなんだ。
前田:今日はそのワクワクを深掘りしていけるのが楽しみです。最初に......これは僕もよく聞かれる質問なのですが......SaaSは復活しますか?KlaviyoがIPOして、SaaSの上場企業はこぞってガイダンスを引き上げていますよね。Salesforceが採用をスタートすると発表したのも復活の兆しに感じます。
Mamoon:私たちもこのテーマについてよく考えています。この10年、特にこの5年、中でもパンデミックが起きた時は、とにかくみんながソフトウェアを導入しました。マーケティングやセールスに関するツールを導入して、難局を乗り切ろうとしたんですね。
その結果、私たちはソフトウェアを入れすぎてしまった。それで、昨年から今年にかけて起こったことは、ソフトウェアに費やしてきたすべての費用を検証して、必要性を吟味し、整理しはじめたんです。そこにレイオフも重なって、必要なアカウント数も減って、どんどん収益も減った。これらがSaaS企業の成長が減速した大きな理由だと思います。
だから、「SaaSは底を打ったのか」という質問に、私は「はい」と答えますね。(前田)ヒロが言った通り、Salesforceをはじめ、その他の企業も採用をリスタートしていますよね。つまり、ソフトウェアはまた売れるようになる。すでに人々はソフトウェア、特にAIが実現する新しいことに興奮していますよ。今後、多くのSaaS企業がAIを導入するでしょう。
AIについてはあとで話すと思うので、今はこのくらいにして......話を戻すと、SaaSはすでに底を打ち、ここから上昇していくはずです。
この10年間で「成長」は再定義された
前田:8年前に僕らが話したとき、メトリクスに関する話をしましたよね。LTV/CACが3以上であるべきだとか、投資回収期間が24ヶ月であるとか。あれから8年が経って、素晴らしい企業も次々と登場しました。Mamoonさんが投資したRipplingも代表例ですね。異次元の成長を前に、Mamoonさん自身が企業を見る基準も上がりましたか?
Mamoon:ええ、ソフトウェアの市場はどんどん大きくなっていますからね。8年前と今では、SaaSソフトウェアの市場はおそらく3倍か4倍の規模になったでしょう。より多くの企業がSaaSを必要としているんです。デスクトップからクラウドへ、オンプレミスからクラウドへ。このトランジションは、まだまだ続くはずです。
先週、私は「Fortune50」に選ばれている企業、端的に言えばアメリカで大企業とされる会社のCIOたちと一緒にいたのですが、驚くことに彼らは今もなお、「メインフレーム」からどのようにトランジションしようか、という話をしていたんです。
「メインフレーム」というのは、1970年代に購入されたコンピューターのことですよ。つまり、大企業によるSaaSプロダクトの導入は、まだまだこれから進んでいくんです。
では、8年前との最大の違いは何なのか。それは、SaaS企業が成長したことです。当時はSlackのように、ゼロから24ヶ月足らずで売上高1億ドルを達成したような企業はなかったでしょう。でも、今はそのような成長を遂げる企業が増えていますよね。
この10年間で「成長」という言葉の意味が再定義されたと思います。背景にあるのは、市場が大きくなったこと、Figmaのような素晴らしいプロダクトが続々と誕生していることにある。私たちがFigmaに投資したときは、売上高がまだ100万ドル未満でした。それから1億ドルへの道のりは「Slackのように」と言わずとも、非常に近しいものでした。
このようなペースで成長する企業もあるのです。Ripplingや、その他の私たちが関わっている企業を見ても、プロダクトが採用されるペースはとても速くなっています。8年前には見られなかった現象ですよね。
プロダクトの真実を映し出す、「L28」チャートに注目する
前田:ということは、より優れたメトリクスを求めるようになった、ということにもなるのでしょうか。例えば、僕がシリーズAやシリーズBのSaaS企業に投資するとして、もっと高いメトリクスや、もっと短い投資回収期間の達成を期待するべきでしょうか?
Mamoon:今、ゼロから1億円の収益について話したばかりだけれど……実は、私自身は、収益をあまり重視しないんです。
私にとって大事なのは「価値の原子単位(atomic unit of value.)」です。プロダクトの核となるミッションは何なのか?やるべき仕事とは何か?どれだけ優れているのか?
そこで私が重要視するメトリクスの例を挙げると、「日単位と週単位のアクティブ使用率」ですね。そして、この2つの数字を比較します。
SaaSプロダクトの場合、「L28」チャートを見るのが好きですね。これは、一定期間におけるプロダクトの使用回数を表すメトリクスです。「L28」なら28日間の周期を指しますが、「L30」で見る人もいます。対象となるプロダクトは28日間で一度だけしか使われていないのか、または2回使われているのか。そういった結果をもとに描く曲線の形は、そのプロダクトが、どれだけ重要なものなのかを如実に物語ってくれます。
アカウントの月額利用料を支払っていたとしても、そのプロダクトを毎日使うとは限らないですよね。だから私は、プロダクトの「真の使用状況」や「真の有用性」を示すこれらの指標に注目するんです。
お客さまを失うのか、維持するのか。このメトリクスは答えを示してくれます。非常に有用な指標であり、よりバイラルで、顧客獲得コストがより少ないプロダクトを生み出すことにも繋がってくると思います。
LTV/CACに話を戻すと、LTV/CACが良くないということは、成長のためにたくさんのお金を使うことになり、ベンチャーキャピタルから多くの資金を調達しなくてはならないことを示すのでしょう。
Figma、Slack、Ripplingに投資を決めたときの判断材料
前田:「L28」チャートの話が出たところで、具体例として、Figma、Slack、Ripplingに最初の投資をしたとき、どんな要因がMamoonさんを興奮させたのですか?
Mamoon:Figmaは、実は一緒に時間を過ごしていたとき、Figmaの創設者・CEOのDylan Fieldに「L28のチャートを送ってくれるかな?」と頼んだら、彼は「それって何?」と言われました。「L28」は一般的な用語でも、一般的なチャートでもないから、知らない人も多いんです。
そんな時、僕はいつも「ヒストグラムのようなものだよ」と説明しています。仮に100人のユーザーがいたとして、最初の28日間で何人のユーザーが、何日間プロダクトを使ったのか。その結果、Figmaの数字は、多少減少はしたものの17日目、18日目、19日目、20日目に利用者数が急増したんです。
Figmaは仕事用のプロダクトでしょう?それにも関わらず、17日目、18日目、19日目に使用する人が急増した。つまり、事実上、Figmaを毎日使っているということになる。これは私にとって、ある種の衝撃的な瞬間でした。
「うわぁ、1万人のユーザーたちが、ほとんど毎日、仕事でFigmaを使っているんだ」と驚いたんです。これはもう間違いないと思いましたね。人々が仕事をするとき、Figmaがそこにあるのだと分かったんです。
でも、私がSlackに投資した時は違いました。Slackで重要視したのは「1日当たりの利用者数」でした。「L28」も見ることはできたのですが、私は特に日々のアクティブユーザー数に焦点を当てたんです。Slackに投資をした当時のアクティブ・ユーザーは1万人ほどだったんですよ。
Ripplingは、FigmaやSlackとはかなり違います。Ripplingは、そもそも多くの人に使われるプロダクトではありません。人事部で給与計算をしたり、経費を精算したりする人たちのためのプロダクトです。生産性を向上させるためのツールではなく、一種のバックオフィスツールです。私がRipplingで注目したのは……あまり革新的でない分野で、その分野にいる既存企業は40~50年前から存在していて、非常に収益性も高くて素晴らしいビジネスをしているのに、誰も彼らの生活を変えようとしていなかったことです。
Ripplingの共同創設者兼CEOであるParker Conradは、素晴らしいファウンダーです。そして、パートナーになるMatt MacInnisにも出会えた。彼らは二人とも非常に優れた経営者であり、オペレーターです。でも、ParkerこそがRipplingの後ろにいるビジョナリーです。「コンパウンドスタートアップを築く」というビジョンを掲げてね。
ご存知の通り、Ripplingは単一プロダクトだけでなく、5個、10個、15個、20個の異なるプロダクトを作って、それを収益化するというビジョンを持っていました。私が投資をした当時、そんなやり方は見たこともなかった。創業者には「プロダクトは1つに絞って集中するべきだ。そのプロダクトでマネタイズするんだ」と言っていたのです。
でも、Parkerは「僕たちは5つのプロダクトを持っていて、すべてを収益化しようとしている。これらは大きな戦略の一部なんだ。僕らを信じてくれ」と。私たちは信じました。
前田:どうして信じられたんでしょう?
Mamoon:Ripplingが構築していたものが、密接に繋がりあっていたことが大きかった。そして驚くことに、今では20種類以上のプロダクトがあり、それぞれがARR100万ドルを超えている。つまり、私たちが投資したのは「Ripplingの全体戦略」だったわけですね。あるいは、「その戦略を実行できると感じた創業者」にも投資したのでしょう。
「コンパウンドスタートアップ」を志向しているという起業家に会うことも増えました。一つの屋根の下で複数のプロダクトを持つのは、もちろん不可能ではない。でも、とても難しいことだと思います。
これからの優れたSaaSプロダクトは「3つのシステム」を兼ねる
前田:アメリカでは、クラウドの普及率は50%に近づいているか、あるいは超えていますよね。市場が飽和状態になったということかもしれません。市場全体が減速していく可能性もあるかもしれない状況を、どのように見ていますか?
Mamoon:SaaSを加速させる大きな要因はAIでしょう。SaaSは長い間、人やリード顧客などのデータベースを持つ「記録」システムでした。それが「エンゲージメント」システムへと進化し、現在の私たちの話題の中心は「インテリジェンス」システムです。
記録システムであり、エンゲージメントシステムでもあり、インテリジェンスシステムでもある。そういったプロダクトが「優れたSaaSプロダクト」となるでしょう。
ワークフローやプロダクトからインサイトを得られるようになる。AIが深く組み込まれることによって、これらのアプリケーションの市場規模はさらに拡大すると思います。現時点でも、5人の仕事を4人でこなせたり、5人の仕事をより効率的に進められたりするかもしれない。そのためなら、追加費用を支払おうとする人も多いでしょう。
現に、Githubもコパイロット機能を使うため利用料を毎月30ドル上乗せするような事例が出てきていますよね。AIによる追加機能を提供することで、市場のパイのサイズを拡大しているのです。どんな切り口でAIを取り入れるべきなのか。AIがどのようにソフトウェアを強化または促進させるか。それを考えなくてはいけません。その点で言えば、一部の例外を除いて「標準的なSaaS」を構築することは、もはや難しいと思います。
ここで私が伝えたいのは、1997年に会社をはじめた人がいて、もしもインターネットの話をしなかったとしたら、きっと多くの人が疑問を持ったはずです。「なぜ、インターネットの話をしないんだ?Microsoft WindowsやDOS用のソフトウェアを作りたいのか?相互に接続されたコンピュータ向けのものを作らないのか?」とね。
だから、起業家の中で、AIという市場にとって明らかに大きな追い風となるものについて話をしていないとしたら、私は疑問を抱くでしょう。
とはいえ……先日、Ripplingの取締役会に出席したのですが、おそらくAIについて話さない唯一の取締役会かもしれません。記録システムとエンゲージメントシステムを持つ企業の中にAI的なものが登場したとしても、今も未来もプロダクトのコアにならないこともあります。だから、AIを中心に置かなくても、ものすごく成功する企業の例もあるんです。
砂の上に会社を建ててはいけない
前田:それで言うと、起業家がまだ気づいていない「AIの切り口」はありますか? データの持ち方や特定のワークフローの把握など、AIを活用したプロダクトとして成功するための要素は何だと思いますか。言い方を変えると、AI機能をコアに据えるスタートアップで、起業家が考え抜けていなかったり、見落としたりしがちなポイントがあれば教えてください。
Mamoon:例えば、OpenAIの周りには、私たちが “Wrappers” と呼んでいる会社がありました。「より良い文章を書く手助けをします」とか、「マーケティング・コピーの作成をお手伝いします」とかいったようにね。
でも、それらはChatGPTやMicrosoft Word、Coda、Notionの中でもできることですよね。APIで繋ぎ、プロンプトを入力し、より良い文章や記事を作るというだけでは、差別化のレイヤーは薄すぎます。より深いインテグレーションや、モデルのトレーニング、そして調整が必要になる。差別化を図るには、より多くのレイヤーが必要なんです。
今週、OpenAIの大規模なデモデベロッパーデーがありました。ここでリリースされたものによって、多くのスタートアップが完全に時代遅れになったでしょう。
私たちは最近、社内でこんな話をするんです。「これらの企業の多くが、砂の上に建てられている」とね。イメージできるでしょう? 砂がどんどん崩れていったらどうなるのか。だから、「何の上に建てるのか」が重要で、その土台をどれだけコントロールでき、どれだけ強固なものであるかも考えなければならないわけです。そして、土台は独自のコアテクノロジーの上に築かれたものであるべきなんです。
前田:例えば、着眼点として「データ」はどうでしょうか?データはソフトウェア企業が所有するべきだと考えますか。データの扱い方、取り込み方、データの保持方法など、考えなくてはならない要素がいくつもありますよね。
Mamoon:ええ。でも、難しいことこそ自分でやらなければなりません。そういったものがあってこそ、企業が着目すべきところです。
例えば、私たちは企業向けのAIアシスタントプロダクトを展開しているGleanという会社に投資をしています。Gleanはこの5年で、PDF、ドキュメント、Salesforceの記録、Eメール、Jira、Confluenceなど、すべてのファイルから検索できるようにしてくれました。
現在のLLM(大規模言語モデル)では、質問をすれば回答を得られるし、ドキュメントも引用できる。でも、業務文書や内部文書をOpenAIに送って処理することはできませんよね。
そこで彼らは、これらのSaaSプロダクトと統合し、すべてのポリシー、すべてのデータ管理、CEOが本当に気にする「すべてのこと」を実行できるシステムを構築しました。Gleanは会社の頭脳を作り出したんです。
ただ、常に機密性の高い内部データを取り扱うということはデータ・ガバナンスやモニタリング、ポリシーにまつわる大変な作業をすべて行わなければなりません。Gleanは、それらの統合やすべての構造を5年の月日をかけて構築してきたんです。大変なことでした。
ここで伝えたいのは、MOATを作るためには、そんな大変なものを築かなければならないということです。でも、彼らは今、このMOATを築いたからこそ、CIOに自分たちのプロダクトを説明できる。そして、説明を受けたCIOはこう言うんです。「200社、300社の顧客がリアルタイムで利用している実績があるから、私のデータを守り、効果的に会社の頭脳を守ってくれると確信したよ」とね。
これこそが、Gleanの「差別化」です。ドキュメントを検索して要約すること自体は、もうそれほど難しいことではありませんから。
どんな状況でも全力で成長するだけが是ではない
前田:ここからは少し話を変えて、Mamoonさん流の「スタートアップとの付き合い方」を聞きたいです。Mamoonさんが関わるアイコニックな企業の取締役会では、どのような話題が出てくるのでしょうか?
Mamoon:そうですね……「マクロ環境はどうなっている?」というトピックは、よく出てきます。この2年間、誰もがリセッションを考えていましたが、実際には起こっていません。リセッションよりも悪いのは、リセッションにまつわる不確実性です。
それにより、人々の計画は長引き、遅れていく。会社が販売するプロダクトの買い手も予定通りつかず、結果として雇用にも影響が出てくる。前年比100%の成長を実現するために採用した多くの企業が、その成長を実現できず、経費削減を余儀なくされました。直近1年間は、この話題で持ちきりでしたね。
例えば、20人のセールス担当を採用したとして、その年の成長率が50%しかない場合、セールス担当の半分が十分な効果を発揮していないことになります。そこで、セールス担当を減らす。すると、役員たちの間で「来年は50%の成長を目指すのか?もっと成長させるべきか?」と話が及び、「まずは50%を目指して、もしもっと早く成長できそうならば、セールス担当を再度採用しましょう」という結論になる。これが私たちの1年間の会話でした。
ここには、マクロ環境が大きく影響していて、昨年はもっぱらコスト削減や経費管理について話していました。でも今は、経済全体が再加速しはじめるのではないかと考えています。まだ実際には加速していませんが、私の感覚では2024年は加速していく、と思います。
前田:状況に応じて変わる回答になるかもしれないのですが、僕らはよく「成長と収益性のバランス」について問われることがあります。不確実性が高い環境で、私たちは成長に集中すべきなのか、それとも収益性を最適化すべきなのか。どのようにすればその2つが適切なバランスを取れるのか。Mamoonさんなら、どう考えますか?
Mamoon:ちょうど最近、上場企業を経営している友人とその話をしたばかりですよ。
「年30%の成長を10年間続けるのと、年100%の成長を4年間続けるのと、どちらが良いと思う?」と聞きました。これは「1億ドルを燃やすか、4億ドルを燃やすか」という話になるわけですが、彼の答えは「場合による」でした。ちなみに、この友人はBoxのCEOであるAaron Levieです。
私たちは、Boxに一番長く投資をしていたベンチャーキャピタルですが、調達のたびに「これが私たちベンチャーキャピタルから資金調達をする最後のラウンドになる」と言われ続けていたんです。でも議論の末に「もっと資金を集める必要がある」という結論に至りました。
成長を何が何でも達成しようとするのは問題があると思います。なぜなら、それには多くの無駄が伴うからです。もっと速く成長すると期待して、過剰に採用を進めてしまったりね。特にセールスは、そういったことが起きがちです。
だから、どんな状況でも、何がなんでも全力で成長しようとするのは、かなりの問題がある、と私は考えています。そこには「ゴルディロックス(ちょうどいい状態)」があるはずだと思うんです。
粗利益率80%の優れたソフトウェアビジネスで、3~4億ドルの売上規模であれば、収益を追求すべきでしょう。もし、年間100%の成長が続いている、またはそのような成長率を実現できているのなら話は別ですけどね。あるいは、成長率を維持しながら、利益を上げている企業もありますから。
だから、「このような成長を達成するためには、先立ってもっと多くのセールスを採用する必要がある」といった議論になるんですよ。要するに、成長率の高いソフトウェアビジネスは利益を出すべきだということです。
粗利率が80%あって、ある一定の規模になったら、利益を上げることはできるはず。そうなれば、ベンチャーキャピタルからの資金調達はやめて株式公開をすべきです。
前田:「ある一定の規模」というのは、2億から3億ドルくらいと考えれば良いですか?
Mamoon:非常に慎重に考えるべきところなんですが、Ripplingの話をすると、彼らはコンパウンドスタートアップ戦略をとり、複数のプロダクトを持っていますよね。彼らの銀行口座には10億ドルの現金があります。
もし、より多くのプロダクトを作るために、その現金を使うつもりがないのであれば資本を調達すべきではないし、世の中に存在する他のどの会社よりも、早く成長しようとすべきでもなかったでしょう。でもこの戦略は、誰にでもできるものではありません。まさに実力のあるユニコーンタイプ企業に訪れる機会なんです。実際は、ほとんどの企業はそのような戦略を追求すべきではないと思います。
上場するまでの平均的な売上は4倍以上に
前田:歴史的には、多くの企業が2億から3億ドル規模で上場するケースが多かったですよね。でも今のような環境では、SaaS企業にとって、株式公開を目指すための巨大なパイプラインがあるように感じます。SaaS企業は適切なタイミングを見極めようとしています。株式公開のタイミングについて、どうアドバイスしますか?
Mamoon:ご存知のように、Stripeはまだ非公開企業です。Databricksもそう。彼らは、数十億の収益を上げている企業です。あるいは、FigmaやRipplingのような非公開企業もあって......。
数百億ドル以上の収益を持つ非公開企業が、この世の中にはたくさんあります。非上場であるにもかかわらず、これだけの収益がある。もし、今年の市場の状況が違っていれば、きっと彼らは上場していたでしょう。
Stripeはより多くの資本を調達し、価格を再設定したため、株式公開を見送ったのではと見ています。でも、2024年の第2四半期から第3四半期にかけては、多くのIPOが期待できると思います。つまり、ここには膨大なバックログがあって、これらの企業は前世代のIPO企業よりも大きくなるでしょう。
私がベンチャーキャピタルの仕事に就いた頃は、1億ドル以下の企業が上場するのはごく普通のことでした。今や、1億ドルや1億ドル以下のソフトウェアビジネスで上場する企業は、ほとんどありません。ゼロに等しいはずです。さらに、その数はどんどん増え続けています。上場するまでの平均的な売上は、4億ドル近くになるのではないでしょうか。
前田:もうひとつ未来のことに関する質問で、マルチプルはどこまで上がると見ていますか?現在は、確か収益マルチプル6倍くらいでしょうか。
Mamoon:おそらく、約10倍の世界だと思います。超高成長の場合は、20倍くらいになることもあるかもしれません。これらはパンデミック前の数字でもあるので、そのあたりで留まるはずです。
私のソフトウェア領域への投資キャリアの中では、大半が10倍から12倍の範囲にありました。ごく稀に20倍を超えるような特別な会社も出てきます。そのような企業こそ、100億ドル規模の超大型市場を占める、超成長の可能性を秘めている、マルチプルがとんでもなく高い、真のユニコーン企業になるのです。
Kleiner Perkinsの未来はどうなる?
前田:Mamoonさんが仕事をする、Kleiner Perkinsについても聞かせてください。John Doerrは、本当に素晴らしい形でサクセッションを実行したと思います。Kleiner Perkinsの将来や、Mamoonさん自身の後継者については、どう考えていますか?
Mamoon:実は、私もよく考えることなんです。私にはまだ何年も先があると思っていますが、Kleiner Perkinsには約50年の歴史があります。だから私は、次世代のリーダーたちが、リーダーやパートナーシップのリーダーになる前に、何年も社内にいることが重要だと本当に思っています。
そのため、ここ数年の間で、アソシエイトだった人たちがプリンシパルに昇進し、パートナーになった人もいます。そして、外部から2人のパートナーを採用しました。その2人とも、Founder's Fundから来てくれたのですが、そのうちの1人は、5年前に私たちと一緒に働いていた人で、昨年戻ってきてくれたんです。
パートナーたちは、平均してすでに5年間一緒に仕事をしています。なので、もし私が引退するときが来たとしても、リーダーたちにはこのグループに留まってほしいと思っています。私の前任であるTed Schlein、John Doerr、Brook Byersがそうであったように。
実際、彼らは今も、同じビルにオフィスを構えていてね。幸運なことに、この会社を立ち上げた伝説的なベンチャー・キャピタリストたちが、今でも私たちの周りにいるんです。彼らはもうKleiner Perkinsでは積極的に投資をしていませんが、私には毎日のようにメモをくれますよ。
前田:Kleiner Perkinsというブランドを維持するために、John Doerrは何をしたと思いますか?
Mamoon:私は、Johnが最も伝説的な企業のいくつかに投資したことを高く評価しています。Amazon、Google、Sun Microsystems……名前を挙げればきりがありません。最近ではDoordashもありますね。彼は投資家として多くのヒット作を持っていますが、実は私をKleiner Perkinsにスカウトしてくれたパートナーである、同僚のTed Schleinの功績も大きいです。
私がKleiner Perkinsに入社したとき、彼は会社のマネージング・パートナーでした。だから彼は、将来がどうあるべきかを見通して、私をスカウトしたんです。私たちは長い付き合いで信頼関係によって結ばれていた。すべて、信頼関係によって起こったことなのです。Kleiner Perkinsのような伝説的な会社を誰にも任せることができなかったんでしょうね。
投資額はピークから60%減、それでも2024年は「AIが10倍になる」
前田:最後は、SaaSの話だけではなく、シリコンバレーのベンチャーエコシステムについて話してみたいと思います。この1年で、いろいろなことが変わったでしょう。2021年には多くの企業が100億ドルの資金を調達していました。でも、今はダイナミズムが変わったように感じます。現在のベンチャーエコシステムを取り巻く雰囲気はどうですか?
Mamoon:AI企業のブームや、AIをめぐる楽観的なムードがなければ、とても沈んだ空気になっていたでしょう。
数字の感覚をお伝えすると、私たちが今年行なった投資件数は10年ぶりの低水準です。これはAI関連の実績を含めての結果です。アメリカにおける業界全体のデータを見ても、かなり一般的な結果だと感じています。
2021年のピーク時には、グロースフェーズのスタートアップには400億ドルが投資されました。シードからシリーズAまで、アーリーステージにいる約6000のスタートアップにも100億ドルが投資されました。今年、この数字は35億ドルほどになるでしょう。確実に40億ドルは下回ると思います。2021年のピークからすれば60%減です。未だに約4,000社のスタートアップが存在しているのに。
投資額では5年ぶりの低水準で、投資先企業数では10年ぶりの低水準です。ということは、つまり、AI陣営に属してAI企業を育てるのか。それとも、今年は資金を調達しないのか。いずれかということになります。
全体的な数字だけ見ると、それほどエキサイティングではありません。でも同時に、私はそれを恐れてはいないんです。私たちは、過剰な資金調達の波を経験して、同じ空間にあまりにも多くの企業を生み出しました。同じ市場を争うライバルが多すぎた。
1998年、1999年、2000年代にも同じことが起こったんです。歴史は繰り返すもので、今回も多くの資金が失われた。競合他社が10社いるのではなく、3社しかいない、というのは悪いことではないんです。適切な企業に資金を集中させ、本当に優れた3社ならば、消費者にとっても、投資家にとっても、企業にとっても良いことではないでしょうか。
前田:新規やフォロー投資の分配について、投資の仕方に変化はありましたか?
Mamoon:ええ。以前のように簡単に資金調達ができない場合、将来のラウンドのために多くの資金を確保することになります。
例えば、シリーズAで500万ドルを投資するとします。かつては、将来のラウンドに投資するためにさらに300万〜400万ドルを確保していました。でも今は、700万〜800万ドルほどを確保しなくてはならない。過去5年間では「シリーズBをやりたい」という人が現われたとき、「私たちが全部やるから、あなたは何も投資しなくて良いよ。あるいは、プロラタなら行使しても良いよ」という話によくなったものです。
でも今は、外部投資家からシリーズBが行なわれたとしても、あなたはその会社を支えるために、大きな小切手を持って現れなければならない。彼らはあなたを見て、「あなたは僕たちにいくら投資できるか」と尋ねてくるんです。
前田:その他で、2024年に何か起こりそうなことはありますか?
Mamoon:AIが10倍になると思います。今日は2023年11月ですが、1年前には、まだ誰もChatGPTを見たことがありませんでした。Sam AltmanからGPT-4を使ったChatGPTのデモを聞いたのが、ちょうど去年の今頃でした。それはもう興奮しましたよ。
そして今年に入って、誰もがGPT-4を使えるようになりました。今やそれが普通になってきたとさえ感じます。少なくともアメリカでは。そして、ここにいる皆さんも同じであってほしいと願うのですが、1つの企業だけでなく、他の多くの企業がとても速く反復するようになったとき、何が起こるか想像してみてください。
つまり、12ヵ月後にAIで見えてくるものが、ここから10倍になっているという予測です。あのSam Altmanのプレゼンテーションは素晴らしかったですよね。僕も興奮しましたし、今後が楽しみです。
※この記事は「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2023」のセッションから一部を抜粋・再構成しています。