NTTドコモという大手企業から転職され、スタートアップ時のメルカリ、そして新天地のLayerXにて、HRを中心に貢献してきた石黒卓弥さん。
35歳で当時60名規模のメルカリに転職し、5年で1800名規模までの組織拡大を牽引。現在はLayerXに参画し、採用から広報活動まで幅広くご活躍中です。キャリアや実績だけを切り取れば、とても華麗なイメージに見えますが、実際はご本人の泥臭いまでの努力と、人との出会いを大切にされている姿勢を感じます。
石黒さんをゲストにお招きし、大手企業からスタートアップ転職で感じたギャップ、組織の成長が加速する重要なスタンス、石黒さんが感じる今後の採用トレンドについてまで、先日はさまざまにインタビューし、Podcastとして配信しました。
全編はPodcastをお聞きいただけますが、今回は内容を再構成して記事でお届けします。
「オイシイ体験」を社会に還元したかった
私は2003年、新卒でNTTドコモに入社しました。iモード全盛期で、FOMAという3Gが流行していた頃です。 10年の在籍期間中は、人事を中心に、新規事業や子会社の立ち上げなど、あらゆる業務を経験させていただきました。
2015年1月、まだ60人ほどの規模だったメルカリに縁あって転職。シリーズCが終わったフェーズで、GMV(Gross Merchandise Value、流通取引総額)が現在の10分の1以下くらい。5年半の在籍で、従業員が30倍の1800人規模まで伴走しました。採用チームの立ち上げ、人材や組織開発、ピープルアナリティクスといった、あらゆるHR業務をしましたね。
「従業員30倍」というのも、もちろん私だけではなくて、チームみんなで大きくしていったのですが、とてもダイナミズムにあふれる時間だったと思っております。そして、2020年の5月に、これも縁あってLayerXへ、広報と人事の担当で転じました。社員数でいえば30人くらいのときで、今は40名強で3つの事業を展開しています。
成長期スタートアップの競争の源である「採用」と、法人向け事業を手掛けるLayerXだけに社会の信用を積み上げる観点での「広報」に注力しています。
LayerXに決めた最大の理由は、代表の福島良典さんが書いた『LayerXが賭ける「次の10年」』というnoteがとても印象的で、自分の中に「入ってくるもの」があったんです。
たとえば、2010年代はスマートフォンとクラウドが伸び、その中のマーケットに適応できた企業が伸びていった。では、「次の10年は何が伸びていくのか」を福島さんは探索し、その波に自分の人生を乗せていき、リスクを取ってチャンスを掴みたいと書いています。
正直に言えば、私にとってのメルカリの5年半は、フェーズや内容、その後の発展も含めての「オイシイ経験」だったと思います。それだけに、私もこの経験を社会に還元する方法はないか、リスクを取って大きなチャレンジができるフィールドはないかを、青臭く考えはじめていたんです。
「toC」や「toB」といった区分け自体がそろそろナンセンスではないか……とは感じつつも、メルカリというtoC向けアプリケーションのプロダクトですばらしい経験をさせていただきましたから、次はtoBの領域で新しく挑戦したかったのです。
大企業からの転職、最初のつまずきは「服がない!」
メルカリに転職したきっかけは、ある経営者のSNSをフォローしていたことです。「この人に会いたい!」と思って、急に私から連絡したことがあります。実はその連絡からつながった縁で、山田進太郎さんや小泉文明さん、富島寛さんにお会いする機会につながりました。
実は、その時はNTTドコモを辞める意思はなく、自分にオファーが出るとも思っていなかったわけですが、内定をいただいたわけです。正直に言うと「あ、これ、どうしよう」と悩んだのですが、考えてみると「自分にはリスクがないな」と気づいたんです。
「何かあったらまた別のところで働こう」、もしくは、「NTTドコモへの出戻りができるくらいの信頼は得られている(かな)」と思っていました。そして、ありふれた言い方ですが、「挑戦しないことのほうがリスクかもしれない」と。
進太郎さんや小泉さんが何より面白かったんですよね。NTTドコモで培った営業スキルをはじめ、コミュニケーションのスキルには自信もありました。もし、メルカリで人事の仕事がうまくいかなかったら、そういった仕事で食べていけるかもしれない、と自分のことを見つめ直したのも大きかったです。
とはいえ、いざメルカリに入社してみると、人間関係や仕事での失敗は数え切れないほどです。たとえば、着る服だってないんです(笑)。
冗談みたいな話ですが、NTTドコモでは革靴、スーツ、革のかばんで過ごしていたわけですから。慌てて濃紺のデニムを買ってきて、「これが色落ちするくらいまでメルカリで頑張ろう!」と決意したのも懐かしく良い思い出です。時代は変わっているかもしれませんが、大手企業から転職する方は、案外、あるあるな思い出かもしれませんね。
こうした笑えるような話もあれば、私の勉強不足のせいで社内に飛び交う言葉が全くわからないことも……HRとしてのポータブルスキルは持っていたつもりですが、「Wantedly」というサービス名すら知らない。NTTドコモでは当時、ソフトウェアエンジニアを直接雇用する会社ではなかったから、プログラミング言語の違いもわからない。もう何もかも初めてのような状況でした。
「NoじゃなきゃGo」がチームのスピードを上げる
メルカリでの印象的な出来事も数え切れませんが、やはり小泉文明さんとご一緒できたのは大きな経験でした。
小泉さんの発する好きな言葉はたくさんあるのですが、中でも「NoじゃなきゃGo」です。内容が微妙なものだと思えばSlackでもコメントをくださるのですが、コメントがなかったり、Slackのスタンプだけが押されているなら、基本的に「Go」の合図。
これだけで、組織にものすごくスピードが出ますし、メンバーは自信を持って施策を遂行できる。実は、LayerXでも似ていて、福島さんもSlackのスタンプを押すのが、めちゃくちゃに速いんです。ポストし終わったぐらいで、もうスタンプが押されているくらい。
基本的にはミッションや会社が目指す方向、行動指針、バリューがあって、それが意思決定の基準にあれば、自律してメンバーは動けます。「NoじゃなきゃGo」のコンセンサスさえ取れていれば、意思決定や業務はスピードを持って進んでいくんですよね。
私も同じように、チームメンバーには「NoじゃなきゃGo」として、基本的にはポジティブなスタンプをずっと押し続けています。そして、ネガティブなときには必要に応じて言葉でリプライをする。やはり新しいことを始めるときほど後押しが欲しいでしょうし、Slackに書いてリアクションがないのも不安になる。そんなときにスタンプ一つあるだけでも違います。
スタンプが押されることで安心感を持って大胆な意思決定をしたり、動物的に勘を働かせて動いてくれるのだったら、チームとしてのスループットも上がります。
「目の前の仕事を楽しむ」のも特技かもしれません
私のキャリアはNTTドコモ、メルカリ、LayerXと続いてきましたから、他人から「スマートなキャリアだ」なんて評されることもあります。でも、私本人がスマートとは程遠いところにいる人間ですし、そんなふうに言われても答えに悩むのが本音です(笑)。目の前にある機会にがむしゃらに取り組んで、たまたま今の私がある。それが正直なところですね。
NTTドコモでは、最初の4年間は茨城県の支店の法人営業部門にいたのですが、実はラッキーなタイミングでした。MNP(モバイル・ナンバー・ポータビリティ)制度が導入されたばかりで、通信業界の競争が激化したタイミング。NTTドコモは既存の大きなシェアを取られる一方にならないように、いかに営業するかが求められたのも、良い経験でした。
その後の人事業務でも、大企業の人事部門の若手はだいたい新卒採用を担当するものですが、私は早々に「管理職の人事評価制度の設計」や「障がい者や嘱託社員の雇用」といった、人事としても幅を広げる必要がある業務が多かったのです。
「嘱託社員」の意味から調べ始めるような毎日も、一つひとつを積み重ねると、自分の会社が立体的に見えてきました。とにかく「目の前の仕事をどう楽しむか」が私のキャリアの積み方でしたし、今でもこれは特技のひとつといえるかもしれませんね。
「早くやろうよ!」の一声で、大企業の慣習は捨てた
私がメルカリに転職したのは「35歳転職限界説」という謎の論調ではリミットとされる、ちょうど35歳のときです。今ではもう誰も言わなくなりましたけれど、あの説も……。
目の前のお仕事を選り好みせず、なるべく速くやり続ける
35歳で初めてスタートアップへ転職するのは、たしかに決して「早い」とはいえません。20代のうちから、あるいは新卒から、そのキャリアを選ぶ人も増えています。「遅咲き」な立場の私が大切にしているのは、目の前のお仕事を選り好みせず、なるべく速くやり続けるということです。当たり前に感じられるかもしませんけれど。
仕事の速さについて言うと、「完成しない状態で見せる癖をつける」のも重要です。NTTドコモでは工夫を凝らし、上司が喜んでくれそうな提案を続けてきました。理解しやすい説明資料をつくり、その工夫を褒められるのも嬉しかった。この姿勢が決して悪いわけではないのですが、特にスタートアップでは大きなアウトラインを擦り合わせないと後に大きくずれることになります。
上司が小泉さんだった時代は、大きく丁寧に提案を持っていくよりも、「この方向でいきますね」とアウトラインを速く提示することを求められました。それに熟考しても、あまり意味がないことにも気づきました。
たとえば、2015年4月に初回が行われたメルカリのミートアップイベントでのこと。1月か2月のミーティングで、小泉さんからイベント実施の発案がされた後、私はミートアップイベントの企画を1カ月半ほどかけて、練りに練っていたわけです。
すると、小泉さんから「早くやろうよ!」って言われて。私は「募集ページはどうする?OGPの画像は?」と悩むわけですが、小泉さんが声をかけたら、すぐにデザイナーがOGPをつくり、「石黒も欲しいものがあれば教えて」と一気に進み、半日どころか2時間でページがまとまって、提示されてしまったわけです。
そのときほど「自分はいったい1カ月半もかけて、何をやっていたんだろう」と思い知りました。答えが出ないものを考え続けるよりも、テンポよくキャッチボールを続けたほうがいいのだと、強く感じましたね。
自分を開示する、1万字の「深い自己紹介」
それから、私自身の弱みや苦手なことをメンバーに伝えておいたほうが業務は早く進む、と過去に体感したのも大きいです。
もし、私もチームメンバーも苦手なことがあった場合は、「誰がやるか」ではなく「いかに補完するか」を先に考えるようにしています。スタートアップは工数や人手が足りない中で、なんとかしなければならないのが基本ですが、得意なことは得意な人に任せたほうが伸びるものです。
「自分の弱み」の開示は、人によって難しいと感じるかもしれませんね。LayerXでは「深い自己紹介」というコンテンツが、一つ参考になるでしょうか。たとえば、小学生の頃から始まって、これまでの歩みを深く掘り下げた文章を、notionにまとめていくのです。
私の「深い自己紹介」は、もう5000字どころか、1万字くらい書いていると思います。幼少期に始まり、両親がどんな職に就いていたか、兄がどんな人だったか、中学校や高校時代をどう過ごしたか……私は小学校6年生のとき、何らかのきっかけでクラスメイトからいわゆる「いじめ」を受けた経験があって、そんなことも書いています。
いじめの経験から、私の場合は、人の表情をものすごく読むようになりました。そういったきっかけこそあれど、今では採用活動や面談のときに、候補者の軽微な変化を見るのに生きていると感じます。自分としてはつらく悲しい過去の経験ですが、それによって仕事で救われているところも一定ある。そういうことも、深い自己紹介を書くことで振り返れます。
他にも「キャリアの意思決定」や「得意なこと/苦手なこと」などを長文で綴っていますが、それを見ると、私の扱い方がなんとなくわかっていただけるのだと思います。LayerXでは全社員が、この紹介文をかなりの文字数で伝えてくれていて、それは会社のとても良い文化だなと感じていますね。
挑戦は、選択肢を減らすためにも必要だ
これからスタートアップで挑戦したい方には、まず「挑戦」という言葉の感覚を変えてみるところからおすすめしたいです。
「挑戦」って聞くと重く感じるかもしれませんが、新しい料理を一つ試してみるとか、カップラーメンの新しい味に手を出してみるとか、もしかしたらそれくらいで構わないのだと思っています。新しいものに挑戦するときって、どきどきするじゃないですか。でも、どきどきがあるから、乗り越えたときにめちゃくちゃ楽しいし、わくわくするんですよね。
カップラーメンの新しい味を買ってみて、イマイチだったら、次は買いませんよね。でも、その「買ってみた」「食べてみた」という、これまでとちょっと違った体験を一回できるかどうかで、その後の人生の選択肢も変わってきます。
挑戦することで選択肢の誤りを感じ、「新しく面白い選択肢」の存在も知ることができる
選択肢は増やせばいいだけのものではありません。減らすための意思決定もできるわけです。それも挑戦することで選択肢の誤りを感じ、「新しく面白い選択肢」の存在も知ることができます。
そこで挑戦せずに、コンビニの棚で興味を惹かれたカップラーメンを「まぁ、いいか」と過ぎてしまうと、人生に増えたかもしれないカラーが一つ減ってしまう。彩りのある人生にしたいなら、自分にもチャンスがあるかもしれないと思うなら、何歳でも、どんな性的指向でも、どんな家族構成でも、前職が何でも、10回転職していても、チャレンジは自由です。
そして、チャレンジのときには、ニコニコ、ワクワクしていてもらいたいと思っています。チャレンジに失敗しても、そこから何か学べばいいんです。とても当たり前のことにも聞こえるかもしれないけれど、一人でも多くの方がそういったマインドを持ってチャレンジされたら、私はもう絶対に応援したいですね。
株式会社LayerX 石黒 卓弥
NTTドコモに新卒入社後、マーケティングのほか、営業・採用育成・人事制度を担当。また事業会社の立ち上げや新規事業開発なども手掛ける。2015年1月、60名のメルカリに入社し人事部門の立上げ、5年で1800名規模までの組織拡大を牽引。採用広報や国内外の採用をメインとし、人材育成・組織開発・アナリティクスなど幅広い人事機能を歴任。2020年5月LayerXに参画。同年12月よりデジタル庁(仮称)設立に関するデジタル改革関連法案検討推進委員。