パートナーエコシステムを構築し、高成長と盤石なるMoat(競合他社の侵略から自社を守ってくれるような製品やサービス)を実現している日本生まれのスタートアップがセーフィーです。クラウド録画映像サービスを主軸に、映像プラットフォームの構築をするソフトウェア企業でありながら、自らハードウェアを扱っています。
特徴的なのは、すでに売上全体の6割を占めるようになったパートナーサクセス(セールス)の体制作り。ハードウェアを組み合わせたSaaSを展開する上で必要となる組織の体制、そして戦略の考え方はいかなるものなのでしょうか。
セーフィーの創業は2014年10月。2020年には「Forbes JAPAN 日本の起業家ランキング2021」で第1位を受賞し、2021年9月には東京証券取引所グロース市場へ上場するなど、華やかな来歴もありながら、創業からはいくつものハードシングスを体験し、苦しんだ日々もあったといいます。
2022年11月17日開催の「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2022」に、セーフィー株式会社の代表取締役社長CEOである佐渡島隆平さんが登壇。ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナーである前田ヒロが、その成長を実現させた要素を直接インタビューしました。
(※この記事は講演内容をテキスト化し、抜粋・再構成したものです)
ARR1億円まで約3年半…抜け出したきっかけは?
前田:まずは、セーフィーという会社について紹介いただけますか。
佐渡島:2014年に創業し、「映像から未来をつくる」というビジョンのもとで、クラウド録画映像サービスを営んでいます。ソニー、キヤノン、セコム、NTTグループといった大手企業の皆さんにも株主に加わっていただきながら、防犯カメラや監視カメラをクラウド化する事業を進めてきました。
また、LTEを搭載したクラウド型防犯カメラの「Safie GO(セーフィー ゴー)」や、建設現場向けの「Safie Pocket(セーフィー ポケット)」といったプロダクト、さまざまな飲食店やチェーン店に設置するカメラをクラウド化するサービスもあります。それらから集まった映像のデータをもとに、新たなアプリケーションを生み出していく事業を展開しています。
前田:ありがとうございます。セーフィーは目覚ましい勢いがありますよね。直近の決算資料を見ると、ARRは60億円を超えています。しかし、実際のところは立ち上がりがスムーズではなかったそうですね。ARR1億円に達するまでのことを振り返ってもらえますか。
佐渡島:今でこそ課金型のカメラが17万台を超え、大手企業にもOEMとして提供することで一気に伸びてきています。IR資料もそういった「伸びた後」しか話しにくいものですから、セーフィーは成功ストーリーを持つ会社として映っている方もいるかもしれません。
しかし、僕らはハードウェアを扱うスタートアップだけに、初期は相当に苦しく、ARR1億円に達するまで約3年半、かかりました。もともと、セーフィーはソニーグループからスピンアウトしてできた会社です。BtoC向けのホームユースのカメラとして、「Makuake」のクラウドファンディングからはじめました。
お客さまが自身で設置したカメラに、月額料金をお支払いいただく習慣はありませんでした。屋外に設置するとWi-Fiが届かなかったり、電源が確保できなかったりと、ニーズとのギャップにも苦しめられました。そこで、次第に建設現場向けのカメラなどに進化していくことになります。
ここが特に苦しかったところですね。BtoC向けからスタートしたときは、設置工事はせず、在庫を持たない仕組みで進めてきましたが、お客さまに話を聞けば聞くほど、「ワンストップで工事から頼みたい」「屋外用の防水ボックスに入れてほしい」「通信環境が無くても使えるようにLTEを備えてほしい」といったニーズが出てくる。それに愚直に応えまくる日々でした。
結局のところ、「自分たちにとってのお客さまが誰か」という定義も、最初の3年半は全くできていなかったといえます。BtoC向けカメラから、不動産や賃貸アパート向けのカメラに転換するも全然うまくいかず、さらに建設現場向けカメラへと移った。不具合の連絡などが寄せられるたびに駆けずり回って、ようやく「マーケットが何を求めているか」を理解できてきたんです。
ヒロさんが以前おっしゃっていた「ARR1億円に至るまでが泥沼だ」という言葉は、まさに当てはまります。自分たちも本当に何を作っているかわからず、何を提供したらヒットするのか、ひたすら模索し続けたんですね。
お客さまのペインを捉えた「リアルな使われ方」の気づき
前田:建設業界を攻めることになったきっかけは何でしたか?
佐渡島:もともとは、ハードウェアは他企業に参入していただき、僕らはソフトウェアだけを提供する会社という定義でスタートしたんです。「新しい映像プラットフォームを作ろう」というビジョンですね。
ただ、最初に出した機種がネットワークにつながりにくいという不具合が出てしまって、やはりカスタマーサポートから機能開発まで全て自分たちで担わないと、資金も全く回らないような状況になってしまいました。お客さまからのお問い合わせも、自分でずっと答えていたんです。
ある時、「起動してすぐはきれいに見えるのに、どんどん画質が悪くなり、遅延が起きる」というお問い合わせがありました。そこで許可をいただいて、お客さまのIDとパスワードを共有してもらい、原因を探るためにアクセスしてみました。そこが建設現場で「こんな使われ方をしているのか」と実感したんです。
僕らが作っていたBtoC向けの「CC-1」というカメラは、防水型のホームユースを想定していましたが、建設現場の方からすると「画角が広く、映像がきれいで、細部までよく見える。鉄筋のピッチを点検したり、安全管理が厳密にできたりする」と、従来の防犯カメラよりも解像度が高く、施工管理に役立つことを熱く聞かされたのです。
建設現場の人たちは、自作のプラスチックのボックスに入れたり、自前で契約したLTEやSIMも同梱したりしていました。そこでSIMの契約を見せていただくと一般家庭用で、セーフィーは一日当たりで5GBも映像データを送るようなサービスですから、数日使うと通信制限がかかってしまう。それで映像に遅延や解像度の悪化が起きているというのが、お客さまにとっての不満の源泉だったんです。
前田:なるほど、そこにペインがあると気づかされたわけですね。
佐渡島:僕も前職でSo-netという通信会社にいましたから、ネットワークの上り回線には空きがあることは知っていました。世の中にはNetflixやYouTubeが広がっている中で、回線システムに投資がされていくけれども、下りに比べて上りは空いている状態が続いていたんです。そこで「数千台の契約が見込める」と考え、セーフィー用に「上り回線専用SIM」をSo-netさん経由で発行していただいたのですが、それもなかなかうまくいかず……。
前田:そのタイミングでは、建設現場以外は視野に入っていなかった?
佐渡島:いえいえ、最初の機種は3000台ほど出荷し、住宅や小売店から一定の需要はあったのですが、「跳ねる」ほどではなく。その後に、キヤノングループになったアクシス・コミュニケーションズという大手ネットワークカメラ事業の企業と事業提携するなどして、カメラのラインナップを増やしながら、何とかBtoBで食いつないでいった感じです。
前田:当初狙っていた小売向けのソリューションと、その後に見つけた建設現場向けのソリューションは、分けて提供されていったのでしょうか。
佐渡島:そうですね。月額1000円から3000円ほどで防犯カメラをクラウド化していく「Safie PRO(セーフィー プロ)」と、LTEやSIMなどを全てパッケージにしてレンタルする「Safie GO」とビジネスをそれぞれ分けました。レンタルのほうは月額数万円いただけるビジネスですからARRとしては大きいですね。異なるターゲットに、異なるビジネスを展開しています。
業界の負を解消するよりも、リアルな顧客の課題を解決する
前田:ターゲットが広がると、おそらく各業界からいろんな要望が出てくると思います。それらのニーズをどのように整理していましたか。汎用性が高い機能しか受け入れないのか、突き詰めてから開発を進めるのか……そのあたりの判断基準はありますか?
佐渡島:そこは本当に難しくて。中途半端にやってしまったら、当然その中でのPMF(Product Market Fit)は達成しないわけなんですよね。
僕らは「誰の、どんな目的で、どれぐらいの規模感、もしくは値段感で使っていただくか」というお客さまを明確に決めて、「その人たちの言うことはおそらく業界の課題なのだ」と捉えられるくらいに解像度を細かく見れるようにしていました。
たとえば、建設業界という見立てをするのではなく、仮に挙げれば「セーフィー」という建設会社の佐渡島さん、といったような解像度で見られる顧客を自分たちの中にしっかりと持って、「この人たちの未来のために、自分たちが課題を解決しなければいけない」ということを念頭に置きます。
前田:業界の負を解消する、というよりも、目の前のリアルな顧客の課題を解決する、という解像度が大切になる。
佐渡島:正しく言うと、その人たちが感じている課題を、業界にもう一度当て直したらどうなるのかを考える、ですかね。スタートアップは、PMFするまでスケールしないことを徹底してやろう、といったように言われるケースもあると思うんです。「バケツの穴を防ぎきるまで、ちゃんとプロダクトをよくしていこう」と。それをセーフィーでは、同時多発的に開発していったという形です。
前田:建設業界でしか使えなさそうな機能であっても、ペルソナと業界からのニーズが高いのであれば開発を進めますか?
佐渡島:そうですね。「映像から未来をつくる」という僕らのビジョンに照らすと、2030年ぐらいの未来から逆算して、さまざまな映像機械で家から街までを全部データ化すれば、面白い未来ができるはず、社会の在り方が変えられるはず。その観点で見れば、LTE搭載のカメラも必要ですし、家庭用や小売店用も当然要ります。インプットのデバイスは無限にあったほうがいいでしょう。
セーフィーはソフトウェアによるアーキテクチャの設計が大もとにあります。ハードウェアの中に入るためのファームウェアをメーカーへ提供し、インプットデバイスを多様に持って、セーフィーのクラウドシステム上でシステムを組めるようにしていく。そして、映像プラットフォームをスケールさせる。その考えは社内に強くあって、インプットのデバイスの在り方は顧客に応じて多様でないと、ビジョンを叶えるプロジェクトとしては不完全だろうと。そんなふうに社内ではよく議論していました。
前田:「どの業界を、どの順番で展開するか」という基準や考え方はありますか?
佐渡島:あります。ただ、後から振り返ってみると、業界による相関関係はなく、マンションや不動産管理だけでなく、介護や病院など全てチャレンジしていたのですが、結果的に伸びていたのは「タブレットやスマートデバイスを日常で使うリテラシーが高い業種」でした。
建設現場ならiPadを使って図面の管理をしますし、小売店では注文デバイスにスマートフォンを使うといったように、デジタルリテラシーが高くなっていった業界がスケールする種を持っていたと感じますね。
ファーストプロダクトはMVPだけに割り切る
前田:やり直せるとしたなら、ARRの伸びは今よりも短縮できると思いますか?どういったことを変えますか。
佐渡島:短くできるでしょう。まずは、ハードウェアにおけるファーストプロダクトは当てにいかないこと。要は、ソフトウェアと同様に明確なMVP(Minimum Viable Product)を定め、その達成を一度は見ることが大切です。
お客さまからハードウェアとソフトウェアがつながったアイデアは、急に出てきません。まずはプロダクトアウトで最初の機種を出して欲しがるのか、買ってくださるのかを知っていく。そして、現場に入り込んで一緒になって動くことで、解決すべきペインがわかり、解決すべきハードウェアのスペックも見えてきます。
たとえば、現場向けの「Safie Pocket」というウェアラブル端末が最大8時間駆動するのは、現場では8時間作業されるからです。それに、お手洗いを利用するときなどに、音声や映像を簡単にオフにできたほうがいい。こういった細かな要望が出てきますから、それらを全て叶えたうえで、次のプロダクトを作って出していく。だから、最初にあまり気合いを入れすぎてもだめなんでしょうね。
最初の1000台、あるいは500台はMVPだけだと割り切ってしまって、捨てる前提でローンチしてニーズを探っていく。次の端末を出すタイミングで、販売代理店となるパートナーといった「売り手」とセットで仕組みを作ります。顧客に届くまでのプロセスにいらっしゃる方の全てが売り手という意識で、サプライチェーンを共に築いていただけるような仲間ですね。売り手の儲けにも注力しないと広まっていきません。ファーストカスタマーが欲しがるものを再現性を踏まえて、売り手が儲かるように取り組んでいただく。
このPDCAをとにかく早く回していくと、ハードウェアのアジャイル開発は大企業だとなかなかできませんから、競合だと思っていたような人たちも「一緒に顧客開拓しましょう」とパートナーシップを結んで強固になっていくんです。この回転スピードはもっと上げていけるはずです。
トップピンとテールは自社で、マーケットはパートナーと
前田:ソフトウェアやプラットフォームといったデータの部分を強みにして、あまりハードウェアの部分を強みにしないほうがいい、というふうにも聞こえます。実際、そういったお考えなのでしょうか?
佐渡島:われわれのプラットフォームがハードウェアメーカーをより生かせるのであれば、われわれはソフトウェアに注力したらいいと思うんです。ただ、「LTE搭載のカメラを作りましょう」と言っても誰も乗ってこないんですよね。
最近、エッジAIを搭載したカメラの「Safie One(セーフィー ワン)」をローンチしました。カメラ本体にQualcomm Technologies, Inc.のSoCs(System-on-Chip)を搭載しながら、本体価格4万円ほどで出そうとするハードウェアメーカーはきっといないでしょう。そういう意味では、ファーストローンチしていくプロダクトは、自分たちの思いを汲んでくれるメーカーさんと一緒に作らないと、自分たちのやりたい世界には近づいていけないのです。
ハードウェア制作が付加価値にならないのでは決してありません。自分たちだけでやろうとしすぎないことがポイントになってきます。
前田:ハードウェアが絡むSaaS企業を作るときに、体制面で意識すべき点はありますか。内製化したほうがいいもの、外部へ依頼すべきもの、といった切り分けをどうしますか?
佐渡島:社内では「トップピン」と呼んでいますが、お客さまの中でもトップに位置づけられる方と、Eコマースで買っていただくようなテールの方に関しては、自分たちが担わないといけないですね。その部分で、なかなかパートナーが動いてくれることはないと考えています。トップピンとテールを自分たちが押さえて、その間の部分はまさに「マーケットそのもの」ですが、パートナーの皆さまにしっかりと入っていただく。
スケールしやすくなるという意味でも、営業の立ち位置としても戦略的に顧客を開拓しながら市場開発できるような人材は大切です。あるいは、プラットフォームを作るという点でも自分たちが担うべき領域です。僕らでいえば「無停止でサービスを続けていく映像プラットフォーム」を作るわけですね。自分たちのコアコンピタンスをある程度決めて、その事業を開発するために、ファームウェア開発をしてメーカーに使ってもらえるようにしていった。
ハードウェアベンチャーであればあるほど、逆にビジョンドリブンにやらないといけません。積み上げだけでは成果が出しにくく、また成果も見えにくい。だからこそ、メーカーやトップベンダーを巻き込んでいくような経営チームを作り上げなければなりません。
自分たちだけで顧客開拓もハードウェア開発もやろうとすると、結局、時間切れになってしまうかなと。そういった観点での構想力が合うような経営チームで、なおかつハードウェアやプラットフォーム、あるいは顧客解像度について専門性を有して、パスし合えるような経営チームの在り方が求められるのだと考えています。
前田:開発面で内製化したほうがいい専門性はありますね。たとえば、ファームウェアの設計開発者は社内にいたほうがいいでしょう。その他にも、特にハードウェアが絡んだソフトウェア企業を作るときに、肝心になる社内人材はいますか?
佐渡島:クラウドシステムはスタートアップだけではなく、最近では大手企業でも作りやすくなっていますよね。これを「無停止で続ける」というのが実際の意味でのコアコンピタンスだと思います。また、お客さまが多いからネットワーク効果が生まれるわけですが、そのきっかけ作りとしてファームウェアの配布も欠かせなくなってくる。
特にハードウェア系のスタートアップで大事なのは、ハードウェアのスペックを使い切れるようなソフトウェア開発者でしょうか。
前田:なるほど。ハードウェアへ理解があり、スペックを使い切れる、有効活用できるソフトウェア設計者、そしてファームウェア設計者が必要だと。
佐渡島:そうですね。クラウドサービスだと作りながら直せばいいというイメージもあるかと思うのですが、ハードウェアは欠点のあるものをリリースしたり、継続利用できなくなったりしたら、価値を何も発揮できません。ハードウェア用語で言うところの「文鎮」になってしまう(笑)。そこは考え方が全く逆なんですね。
ミッシングピースの補完が、パートナー関係の鍵
前田:セーフィーのユニークさは、パートナーセールスにもあると捉えています。まさに成長のエンジンになっていますね。代理店販売や応援パートナー経由の販売が6割に達しているのは比率としても高いところ。どういった体制で実現できているのかを伺いたいです。
佐渡島:ハードウェアとソフトウェアが絡んでいくIoTの世界は、スタートアップのほうがトップランナーで、早期に取り組んでいるケースは多いものです。そして各社さんが持つ本質的なミッシングピースが、お互いにあるとも思うんですね。
たとえば、先ほども挙げましたが、キヤノンがアクシスコミュニケーションズをM&Aしたのは、ネットワークカメラの世界に注力していく経営トップの考えはあれど、クラウドのシステムやソフトウェアがミッシングピースになったからでしょう。もちろん、セーフィーが連携できるのも、そのピースを埋められるからですね。
NTTグループは、アプリケーションやネットワーク工事網は全国津々浦々まで伸びていても、リカーリングビジネスを考えるとミッシングピースが現れてくるので、セーフィーと取り組める価値が出てくる。
あるいは、当社はキヤノンさんのカメラを大量に仕入れ、NTTグループやオリックスといった企業へ販売しています。ハードウェアメーカーのキヤノンからするとセーフィーは、自社商品を多く販売してくれるパートナーですし、ソフトウェアメーカーのセーフィーからするとキヤノンは、自分たちのファームウェアをより広めるパートナーにもなれる。こういった互恵関係が構築できれば、すごく強いパートナーになっていきます。
スタートアップの強みでいえば「自社株」も売り物であり、プロダクトですよね。だから、僕はVCには協力を仰がず、事業会社とビジネスを進めてきたのは、家から街まで全てデータ化するための未来から逆算すると、「お客さまはどこへ依頼するのか」を考えたからです。それをオセロゲームの四隅に見立てると、ハードウェアメーカーや通信網を持つ企業、あるいは防犯カメラを活用する警備会社などになるはず。オセロの四隅に当たる会社にセーフィーの株を買っていただき、われわれも一緒にプロダクトを売っていける関係を作れたら、スタートアップはスケールしやすいのではないかと。
防犯カメラはマーケットとして、デベロッパーなどにプリインストールされているケースが多いのです。そこをスタートアップが回していこうと思ったら、必ずファイナンスの問題にぶつかる。たとえば、そこをオリックスにリーシングしていただければ、オリックスはデベロッパーでもあって全てのゼネコンとのつながりもあるので、一緒に営業すると利益が分け合える。
われわれからすると、相手が持っているカメラも一つの武器になるし、リースやレンタルといったビジネスも武器になるし、通信も武器になる。ただ、武器になるようなパートナーにとっては、われわれが提供できる売り物の粗利が低かったり、そもそも売りにくかったりするところがあるので、そこへ自社株をプロダクトとして渡す。一階建ての収益ではなく、二階建て、三階建ての収益を一緒に獲りながら、業界を共に作っていくやり方を取ったんです。
前田:本当にすばらしいネットワークとパートナーの関係性ですね。名だたる企業が並んでいますが、OEMとの連携の仕方では、具体的にどこからどこまでをお任せして、どこからどこまでをセーフィー社が担っているんですか?セールスやCS周りをどちらが担うかで、お客さまの体験も変わってくると思うのですが。
佐渡島:Safieというサービスで展開していく以上は、パートナーは取次になっていただき、私どもがカスタマーサポートからカスタマーサクセスまで担っています。NTTグループ、キヤノン、セコム、関西電力といった企業は自社サービスとして販売していますから、その場合はサポートの方法を含めて、私どもでレクチャーさせていただいて役割を分けます。サポートを一次請けしていただき、二次請けとして私どものカスタマーサポートやサクセスチームが入らせていただいて、できるだけお客さまのレスポンスに応えられるようなサービスレベルを皆さんと一緒に作っているところです。
前田:サポートの一次請けをしているパートナーを、サポートする専門部隊がセーフィー社にいるという感じですか?
佐渡島:そうですね。ただ、キヤノンさんなら基本的に自社のカメラを売ってらっしゃるので、そこのハードウェア知識がないと私たちもサポートしきれないところがあります。各社で持つノウハウが混じりあうところは、私どもがしっかりと検証したり、実際に売ってみたりしながら、できる限り社内にもナレッジをためていくようにしています。
前田:セーフィーのようなパートナー戦略が合う企業に特徴はあると考えますか?
佐渡島:大手企業にとっては、スタートアップのプロダクトを担ぎたいわけではないでしょう。あくまでミッシングピースを埋めることによって、業績を補完できたり、さらに上に伸ばしていけたりするところに、パートナーとなる意味がある。大手企業はパイプラインもプロダクトも持っていますから、主役はやっぱり大手企業になります。
ハードウェアが絡む以上は、われわれのブランド名でないほうがお客さまに喜ばれているケースには向いているでしょう。ただ、解決したいスピード感が、大手企業とセーフィーで異なる場合がありますから、そのあたりは議論や調整をしつつ取り組んでいます。
前田:スタートアップがパートナーを選ぶ際に、気をつけたほうがいいポイントはあるでしょうか?
佐渡島:僕としては、社員も株主もパートナーもお客さまも「仲間作り」という観点が最も大事です。利益を取り合っていく資本主義的な仲間ではなく、成功も失敗も共に笑い合っていけるような関係性ですよね。大手企業の中にも、新しいことを手掛けるのが大好きだったり、何かしらチャレンジがしたかったりする方がいるものです。
そういった若手社員や事業部長たちと、自分たちとのコミュニケーションにおけるプロトコルやノリが合うのかを確かめていく。楽しいと思える仲間と一緒に新しい開拓をしていけることが、長続きする秘訣ではないかと思います。
ケイパビリティを見直し、再出発できるようなチーム作りをする
前田:未来についてもディスカッションさせてください。実際にARR100億円手前のフェーズになってきていますが、ARR100億円を突破するために整えないといけないこと、できるようにならないといけないことは、どういった点にあると考えますか?
佐渡島:そうですね。ARR100億円以上に成長していくためには、われわれ自身が各業界ならではの課題やプロダクトに徹底して向き合っていかないと、一つひとつの領域が伸びていかないでしょう。お客さまが仲間ならば、その仲間と同じ目線に立てるだけの解像度を持って、現場の課題を解決できるプロダクトを生み出し、継続的に利用していただけるところまでは、最低限持っていかないといけない。各業界への高い解像度を持って、マネージングできる人材を領域ごとに加わっていただくことも一つの手だと思います。
各業界ごとにプロダクトが分かれていきながら、一つの映像プラットフォームにまとめあげていくので、横串で見られるエンジニアも欠かせません。プロダクトではなくプロジェクトベースでチームが分かれていくとなると、人間力が高いマネジメントも求められます。社員数も300人から400人のフェーズに入ってきて、必要な人材も変わってきましたね。
自社のケイパビリティを見直して、もう一回、再出発できるようなチーム作りを、それこそ何度も何度もやっていかないといけない。フェーズが変わっていくごとに、勉強しないといけないこと、学ばないといけないこともどんどん変わっていきます。常にアップデートしなくてはなりません。
エコシステムを広げることがMoatを高くする
前田:ハードウェアが絡んだSaaS企業が参入障壁を作りたいと思ったときに、どういうふうにすべきか。そのあたりのお考えも教えていただけますか。
佐渡島:お客さま目線に立つことは絶対に求められます。経営者の目線からすれば、資金量でいってもワンプロダクトでスケールしたいじゃないですか。でも、ハードウェアが絡むBtoB企業は、運送会社でも決済端末を扱う会社でも何でも、単一機種でスケールしている会社はほとんどないものです。ビジネスプロフェッショナルの方が「本当にこれが使える、継続的に買い続けたい」となると品質や目線も高くなってきますから、やはりお客さまの課題や業界の不に向き合う姿勢が問われていく。プロダクトを自分たちが世に送り出して、皆さんの役に立ちたいと思うことが何より大事です。
資金調達やプロダクト作りは、正直に言って、全部後づけでもいいくらいです。SaaSスタートアップが広く出てきた時点で、チャレンジできるフィールドも出てきているはずなんですよね。トラクションなどを言いたくなるのはすごく理解できるのですが、そもそもトラクションを作る前提が大変なわけです。そこをVCや企業の方々、ステークホルダーの皆さんと作っていく面白さを感じながら進めて、それができた暁が「参入障壁」になる。
「Moatは何か」と問われると、多様なハードウェアがお客さまの課題を解決していることそのものと言っていいでしょう。最近はセーフィーとしてもスタートアップにどんどん投資していく動きもあって、ドローン特化型ファンドのLPにも名を連ねています。ドローン、衛星、街中のカメラなど、あらゆるものを「セーフィーにとっての眼」と捉えて、それが広まるようなパートナーシップを組み、プロダクトが進化していけば、Moatはさらに高くなる。
ハードウェアのスタートアップを作るのは大変ですが、しっかりと作り切ってしまうと、そこにエコシステムが生まれてくる。それをわれわれも再投資しながら広げていき、さらにMoatを高くしていく。セーフィーが今後取り組むポイントではあると思います。
前田:面白いですね。多様な眼として対応していき、どこからでも製品のプラットフォームにつなげることがセーフィーのMoatになるのですね。今日はとても学びになるお話を聞かせていただき、ありがとうございました。最後に、読者の皆さんに伝えたいメッセージがあれば、ぜひいただけますか。
佐渡島:最近はBtoB SaaS、IoT、ディープテックといった領域でも大きな課題が山積していると思うんですよね。世の中としては「IT産業は巨大ビジネスになっていても、産業ごとに見るとIT化できていない」という問題が、言わばDXの背景にあるのでしょう。そこにチャレンジする限りは、業界に大企業があればあるほどチャンスもたくさんある。産業の新陳代謝がまだできてない日本は、僕にはチャンスの山に見えますね。
白地図に新しい地図を自分たちが描いているような感覚が、たまにあるんです。大企業に勤めている人も含めて、どんどんチャレンジしたらいいと思いますし、あらゆるチャレンジャーが増えていくことで、いろんなステークホルダーが出てきてもいます。それらを支援するような仕組みや、われわれのようにプラットフォーム的につながっていく仕組みができてきたりもしています。それを見ても、チャンスしかないと感じます。
BtoB SaaS、IoT、ディープテックといった世界は、マーケットが白地図のように広がっています。僕らからしたら仲間を募りたいですし、一緒に切り開いていくことで、まだまだ世界に出ていけるチャンスもある。ぜひ、みんなで作っていけたら楽しいです。
前田:心強いメッセージです。技術も進化していますし、ハードウェアによってリアルの世界にも展開できる。AIで自動化が進み、ますますチャンスも増えてきている感覚は僕もあります。
佐渡島:みんなが敵対するような関係ではなく、一つの産業として、みんなで盛り上げて、APIでつながっていく。そして、お客さまの課題や社会的な不をもっと解決できるようになると、大きな産業構造になるはずですから。