日本のSaaS企業の代表格として、ユニコーン企業の一角として、存在感を発揮し続けるSmartHR。創業者の宮田昇始さんから、2022年1月に「新CEO」としてバトンを引き継いだのは、CTOだった芹澤雅人さんでした。
CTOの職務から、より経営全体を見る必要が出てきた、この1年間。芹澤さんはどのように仕事と向き合い、またSmartHRという会社を導いてきたのでしょうか。ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナーである前田ヒロが、時系列に沿いながら、2022年の歩みをインタビューしました。
※文中、芹澤さんが2022年に読んで印象に残った本をご紹介いただいていますが、文末でまとめて紹介しています。まずはインタビューをお楽しみください。
CTOからCEOへ。「まるっきり景色が変わった」
前田:SmartHRの代表になって1年が経ちます。芹澤さんに起きた「考え方の変化」みたいところを、いろいろ聞いていきたいと思います。実際、どうですか?CEOになってから変わったこと、変わらなかったことはありますか。
芹澤:前回お話ししたときは、CTOからCEOになりました、というお話だったんですけど……CTOと比べると、やっぱり「まるっきり変わった」と言っても過言ではないかもしれないです(笑)。
前田:どういった点で強く感じますか?
芹澤:CTOとしてメインにしていた仕事は、管掌しているプロダクトの運用や開発、それらを司るチームのマネジメントなんですよね。そこがいかに事業や経営の戦略とアラインして、ボトルネックになることなく、ものを作っていけるかを考えていたんです。
CEOになると、当然ながら、それよりレイヤーが一つ上の話になってくる。経営についてはもちろん、スコープもプロダクトのみならず全社に広がります。「景色が全然違う」というイメージですね。
前田:ストレスレベルも上がりましたか。
芹澤:結構、いろんな人に聞かれるんですよ、プレッシャーやストレスについて(笑)。でも、僕がちょっと鈍感なほうだからだと思うんですが……全然感じないんですよね、正直。
前田:おお、それは頼もしい(笑)。
芹澤:自分のストレス耐性がありすぎる、というだけの話かもしれないので、他の方の参考にはあまりならないかな、とは思いますけれど。
1月:右も左もわからないスタート、まずはインプットから
前田:ここからは、1ヶ月ごとに時系列で深掘りしていきたいと思います。就任して最初の1ヶ月は、どのように過ごしましたか。
芹澤:1月はCEOになりたてで、右も左もわからないところからのスタートでした。前任の宮田(昇始)さんからの引き継ぎは、ほぼない状態からはじまっていて。「やりたいようにやってみてほしい」という環境で、しがらみがなくてありがたい一方で、「何をしていくか」を模索していた時期でしたね。
その頃は、取締役会でも「SmartHRとして中長期のロードマップを考えたほうがいい」という話も出ていましたから、まずはこれが自分の役目だろうとは考えました。
前田:自分の役割を全うするため、考えを深めたりするために、何かしらのインプットはしましたか?
芹澤:CEOになってからの1年間は、読書などインプットの量は意識的に増やしていますね。1月はリーダーシップやマネジメントに関する本を改めて読み返していたように思います。印象に残っているのは「SECIモデル」や『両利きの経営』といった有名どころを押さえながら、経営に関する考え方そのものをインプットしていました。
まずはインプットをするだけしてみて、アウトプットにつながるのは後々、という感じ。今もどこまで実現できているのかは心配ですが、徐々に進めているところかなと。ただ、この時期くらいにインプットしていたことが役立っている実感はあります。
2月:IRメンバーと関わりはじめ、IR資料のすごさを知る
前田:ありがとうございます。では、2ヶ月目はどうでしょう?
芹澤:2ヶ月目はIRのメンバーと一緒に仕事をすることが多かったです。CTO時代は、あまり関わりのない領域でしたが、初めてIRチームと話をしてみて、投資家向けの説明資料の構成などを詰めていました。
改めて、SmartHRのIR資料は実に網羅性が高い、と感動したんです。「どうやって作ってるんですか?」とシンプルに疑問が浮かぶくらい、会社内で起きていることが網羅され、一本のストーリーとして軸になっている。「情報を編み上げる力」の凄さを知りましたね。
前田:CEOとして、IRにどういったインプットをなすべきか、という観点での気付きなどはありましたか。
芹澤:IRチームは経営戦略や構想について純度を高く理解する必要があると思ったので、そのあたりの議論とコミュニケーションを、今後も密に続けていこうと痛感しました。
3月:中長期ロードマップの策定に着手する
前田:では、3月にいきましょう。そろそろ慣れてきた頃ですかね。
芹澤:3月はCEOとしての立ち上げ期が一旦は落ち着いて、中長期ロードマップの策定に本格的に着手しはじめました。2030年時点で“ありたい会社の姿”から逆算して、年度を区切ってクリアしたい項目を、数値目標を交えて決めていったんですが、やはり難しいものですね。
このときに一番救われた本があって、有名ではありますが『ストーリーとしての競争戦略』に感銘を受けました。このタイミングで読むと、「沁みるなぁ」と。事業戦略とロードマップを書いたとしても、そこにストーリーとしての面白さがなかったら、誰にも響きません。そういうところを意識しながら、何とか考えていったのでした。
前田:戦略を考えるときに、ちゃんと「わくわくするか」とか、「伝え方で面白みがあるか」とかいったように意識されたのですね。
芹澤:IRのメンバーと関わった経験も生きています。ロードマップは社内だけでなく、社外にも出していくものじゃないですか。誰が聞いても、「確かにこれはいけそうだ、ワクワクする」とか、「面白い未来が実現しそう」とか思えるストーリーを作る重要性を肌身に感じて。ストーリーとしての面白さをずっと考えていました。
前田:その他にもインプットしたものはありますか?
芹澤:社内のマネジャーやVPたちと1on1をはじめて、聞かせてもらった意見もすごく参考になりました。現場に近い人が取り組んでいること、課題に思っていること、今後のやりたいことといった「生の声」を聞くことで、ロードマップに反映させたい要素を考えるのにつながりました。
4月:「良い組織とは何か」に行き当たる
前田:では、4月にいきましょう。
芹澤:4月は事業戦略とロードマップが固まってきつつある中で、「どういった組織で実現していくのか」を考えなければいけませんでした。アルフレッド・チャンドラーの有名な言葉にある「組織は戦略に従う」ですね。巡り巡って組織構造やカルチャーについて考えていた時間の多かった時期でもありました。
「自分は果たしてSmartHRという会社のCEOとして、どういう組織を作っていきたいのか」に対して、あまり強いパッションが実はなかったのではないか、と反省する瞬間もありました。その上で、自分が立てた戦略を、自分が良いと思う組織で実施していかないといけない。そういう中で、「良い組織とは何か」をずっと考えていましたね。
事業戦略やロードマップは、ある程度のセオリーが存在すると思いますが、「良い組織」や「良い会社」は、やはりそれぞれなんですよね。会社の数だけカルチャーってありますし、それを好ましいと感じる人たちが集まっているだけに、CEOである自分が考えるべきことだと痛感したんです。
前田:事業戦略、組織、カルチャーといったことは、芹澤さんが一人で考えていることが多いのでしょうか。誰か一緒に考えてくれるパートナーはいますか?
芹澤:メインパートナーは「社長室」にいる社員がいて、その方と悶々と考えてはいるのですが……二人だけでは考えられないことのほうが多いので、いろんな人を巻き込んではいます。
前田:とはいえ、手数は結構限られてもいるじゃないですか。時間の使い方を含めて、自分のリソースの活用で、意識したことは何かありますか。
芹澤:そこまで意識は及んでいなかったかもしれません。「とにかくやるしかない」という感じでした(笑)。
前田:少し角度を変えて聞いてみると、実際に各月でテーマを設けてられてきましたよね。社長業としては、それらのテーマに対して、自分の時間の何%くらいを割いてきました?
芹澤:記憶が曖昧なところもありますが、確かに100%では全くなく、その時々のテーマに割くリソースが20〜30%くらいの感覚です。それ以外でVPの人たちとの連携だったり、1on1の時間だったり、事業も一つ管掌していたので。
今のフェーズに関しては、事業を見ながらも、いろんな人と話すことが、社長業を進めていく大切な材料になっていると思います。リソース配分としてはバランスがいいのかな、という気はしています。
5月:「SaaS冬の時代」に資本主義社会を学び直す
前田:ありがとうございます。では、5月にいきますか。
芹澤:5月は「SaaS冬の時代」みたいに言われはじめた頃ですよね。アメリカでインフレが話題になり、不況についてもささやかれ……SmartHRとしても「いかに会社として対応していくか」といった議論が増えていたのをよく覚えています。
前田:そういうときはCFOやコーポレートチームと一緒に考えるのですか?
芹澤:そうですね。基本的にファイナンスに関わる実務の部分は、コーポレート側のCFOを中心とした方々に担ってもらっていて、僕があれこれ指示を出すことは実際にはありません。ただ、僕はずっとエンジニアとしてのキャリアを歩んできたのもあって、世界情勢やファイナンスに関連する話題は得意とは言えません。「そもそもなぜ不況が起きるのか」「インフレになると何が問題か」といった基本的なインプットを重視していました。
前田:それらをインプットした結果、今後が不安定になると感じられる環境において、芹澤さんの中でスタンスは定まりましたか?
芹澤:ここでも何冊か本を読んだんですよ。「そもそも物価とは何か」を僕自身が説明できていなかったので、それを知るための読書もして。読んで感じたのは、現在の資本主義社会において、物価をちゃんとコントロールできる人はいないということ。
そして、いろんな要素が絡み合って、予測できない動きをするからこそ、誰かの言説を信じすぎなくてもいいのだろうと。結局は「出た所勝負」だからこそ、会社としては何があってもいいように常に備え続けるスタンスが大事なのではないか、と個人的には思いました。
不況は自社や業界に起因するのではなく、等しく起こり得るものであるから、うまく乗り越えたら「チャンスに変えやすいピンチ」でもあるような気もしていたので。ポジティブに捉えられていましたね。
前田:いいですね!僕もSnowflakeのCEOと対談したとき、彼の話で印象的だったのは「マクロで起きていることと、実際に自分の会社で起きていることは、イコールではないことが多い」というものです。自分の会社に起きていることを客観的に見て、マクロの情報を良い意味で無視して、お客様やマーケットの状態から適正な判断をしていくべきだ、と。現状を理解して対策を打っていくのが、やはり大事ですね。
芹澤:そうですね、僕もそう感じます。
6月:全社キックオフに向けて方向性を固めていく
前田:では、そこからの6月はどうでしょう。1年の折り返しです。
芹澤:1月から5月まで、社長室を中心とした特定の人と考えを揉んできましたが、ここからは全社を巻き込んでいくフェーズだと思いました。取締役で合宿したり、VP陣を含めて半日合宿したりといった機会を経て、一旦の意見をまとめ、合意を取りました。半期ごとに全社キックオフがあるので、7月のキックオフで発表する準備をはじめたあたりです。
前田:このときの芹澤さんの心理的な状態は、どうでしたか?
芹澤:6月が最も「ドキドキ感」があったというか……自分たちが考えてきたものを他の人たちと揉むのは初めてのことでしたから、読めない結果に対して緊張感はありました。ナーバスになるといったネガティブな意味ではないのですが。
前田:あらためて、上半期を振り返ってまとめると、どんな6ヶ月間でしたか。
芹澤:毎月違うテーマに取り組んできて、次から次へと新しいことにチャレンジできたのは、僕としても楽しかったです。自分自身もテーマに追いつけるように、強制的にいろんなインプットをしたのもよかったです。
反省点があるとすると、下半期の話にもつながってきますが、社内のことに集中しすぎていて、グループ会社や取締役会への意識が薄かったかな、とは思いますね。
7月:会議体のあり方を大きく見直す
前田:では、ここから下半期です。7月にいきますか。
芹澤:7月は全社キックオフにはじまり、ロードマップが落ち着いたところで、社長室でも「新たに何をやっていくべきか」を考えはじめた時期です。戦略はできましたから、それを実施していく組織を作っていくためにも、下半期のテーマに「社内体制の整備」を掲げて動き出した月です。
前田:従業員が一定の規模を超えたようなことも、そのテーマに決めた経緯でしたか?
芹澤:そうですね。人数規模もすごいスピードで増えてきていました。たとえば、会議体ひとつをとっても、小さな組織だった頃から抜本的なアップデートがされないまま今に至っていて。SmartHRは「オープンさ」を重視していますから、会議の場もオープンで誰でも参加できるようなところで、重要な意思決定がその会議でされるケースもありました。
ただ、冷静に見ると、今は会議もZoomが中心なので、100人から200人といったオーディエンスがいることもある。そうなると、聴衆を意識したり、気遣いが出たりしますから、侃々諤々の議論って、なかなかできるものではありません。そこで、まずは会議体を整理して、ガラッと変えていくことにしました。
前田:特に大きく変えたことは?
芹澤:全社的な意思決定に関わる会議は、一部クローズドに進めるケースもあるようにしました。議論が薄まらないようにするためで、ただし過程に関してはオープンにしていく。同様に「人数を絞った会議」をいくつか作っていきました。これに関しては、社員にも説明し、理解を得ました。
前田:人数を絞るうえでのポイントは?ものごとを決めるときに巻き込む人の選び方は、なかなか難しいのではと感じます。
芹澤:おっしゃるとおりですね。「何を決めるときに、誰がいるべきなのか」は悩ましいポイントです。メインは事業の方向性ですが、それであればCxOやVPは参加し、加えて新設した事業責任者にも出てもらうようにしました。役割と権限を整備することもセットで進めていましたね。
僕自身もまだいろんな会議には出ていて、カレンダーは確かに埋まっています。それは僕が最前線に立ってものごとを決めているというよりも、一つひとつの会議がしっかりワークしていることを見る気持ちが大きいですね。
「誰が発言しているのか」「どういったアジェンダが事前に整理されているのか」「どういう意思決定のフローになっているのか」といった内容面と、あとは参加している人数を注視しています。CEOとしては、人事やカルチャーに関わる会議には積極的に入りたいと考えています。
前田:ちゃんと有益な時間になっているか、ディシジョンメイキングにつながっているかも含めて見ているのですね。
芹澤:やはり会議は思っている以上に難しい、というのが、この数ヶ月で深く思うことでもありました。特に定例ミーティングは何となくはじまって、何となく人がどんどん増えてく、みたいなのあるじゃないですか(笑)。ただ、そこに異を唱えて、「この会議を変えませんか?」と言い出せる人ばかりでもない。
だからこそ、重要会議体と呼ばれるような経営的な意思決定に関わるものは、前向きに見直しているところです。
8月:「コーポレートガバナンスとは何か」を再確認
前田:近い将来の話も出ましたが、時系列に戻って、8月を振り返ってみましょうか。
芹澤:グループ会社や取締役会に関する話題が増えてきた時期です。たとえば、グループ会社のガバナンス、報酬委員会や指名委員会の運営など、コーポレートに関する取り組みが多かったですね。この頃は「コーポレートガバナンスとは何か」を考え続けていて。先ほどの物価と同じく、自分はうまく説明ができないし、話せる解もなかったので、松田千恵子さんの『コーポレートガバナンスの教科書』など、いろんな本を読みました。
これはかなり救われた一冊でした。この本の良いところは、株式会社の歴史から遡るところです。株主と会社の関係性がどのように生まれ、ガバナンスという概念がいかに大切かを語ってくれるのが、僕としてはとても腹落ちしたんです。だから、SmartHRにも取締役や社外取締役がいて、種々の委員会が構成されていくんだと納得できた。これでようやく取締役会にも自分の芯を持って向き合えるような感覚がつかめました。
あとは、時期は7月ではなかったかもしれませんが、入山章栄さんの『世界標準の経営理論』という本も、自分が今まで経験的に得てきた知識が網羅されている感覚で、びっくりしました。最初からこれを読んでおけば、遠回りしなくてよかったこともあったはずです。
……といったことを、株主の一人でもあるヒロさんの前で話すのは、恥ずかしいというか、緊張しますね(笑)。
前田:いやいや(笑)、みんな学びながらやっているものですよ。もちろん、僕も含めて、わからなかったら本を読みますし。
芹澤:本当にいろんなことがあるから難しいですよね、会社の経営って。
9月:イノベーションのジレンマを前向きに捉える
前田:では、9月はどういったことをしましたか?
芹澤:9月はグループ会社も増えていた中で、「会社としてどのようにイノベーションを作り続けるか」というテーマを考えていました。イノベーションのジレンマとよくいわれますが、それに関する本やブログを読むと、肌感としても「わかる」と思えたんですよね。「絶対に一旦は陥るものだ」と。
つまり、陥ることが悪いわけではなく、会社の進化に対して絶対に訪れる成長痛みたいなものなのだと思います。SmartHRがいかに対応して、脱していけるのかを考えました。
前田:実際にどうでしょう。イノベーションのジレンマは、抜け出せそうですか。
芹澤:現在進行形で考え続けているテーマではあります。すぐに解は出ませんね。SmartHRは社員数700人を超えた規模になり、事業が複雑化する中で、組織として再現性を持ってイノベーションを生み出していくことの難しさを感じています。
僕が入社したのは社員数3人くらいの小さなときで、あの頃はイノベーションなんてぽんぽんと日常的に出てくるような感覚があったんです。何もそれを阻害するものはなく、みんなからアイデアが次から次へと湧き出てきて、実現するためのハードルもなかった。その頃と比べれば、どうしても阻害要因は出てきていますし、それはやはり組織から生み出されているのだと思います。仕組みとして変えていかないといけない、と今も悩んでいます。
前田:こういう組織の状態を作れば抜け出せるのではないか、といった目算はありますか?
芹澤:何となく見えてきているのは、イノベーター気質の人に対して「アイデアを出して実践していいんだよ」といったオーソライズが重要であること。加えて、イノベーションを起こしていくような改革派と、継続的かつ連続的に組織が成長するようにする改善派はコンフリクトしがちですが、お互いが違う軸を持ちながらもリスペクトし合える文化を醸成するということでしょうか。
どちらかだけでは会社は成り立ちません。両者がきちんと尊重し合って、お互いの役割を果たしていく風土を作っていくこと。それが現段階で至っている考えですが……引き続き、考えたいと思っています。組織として一皮むけるためにも。
10月〜12月:「SmartHRはARR1,000億円になれるのか」を議論する
前田:いよいよ年末に差し掛かってきました、10月はどうでしょう?
芹澤:10月、すごく忙しかったんですよね。それは自分がまとまった休みを取ったとか、出張があったとか、そういう理由もあったとは思いつつ……忙しく過ごす中で、リーダー陣で半日合宿を行う計画があり、そこに対するアジェンダ整理は一つのメインタスクでした。
下半期に入ってから事業責任者ロールを新設して、何名かアサインしたんですけれど、その人を含めた初めての合宿の場だったんです。事業においても、連続的な成長と非連続的な成長をどう作っていくのかを話し合う初めての機会でしたから、事前にアジェンダを整理するのは力を入れたくて。
前田:なるほど。合宿で得られた成果などはありましたか。これから11月、12月と、一年間の締めくくりに向かっていくわけですが、どういったステップを思い描いていますか。(※このインタビューをしているのは2022年11月時点)
芹澤:今は合宿を踏まえて、どんどん成長していこう、という方針で合意は取れています。SaaSビジネスがどこまで成長できるのか、「SmartHRはARR800億円や1,000億円といった規模の売上高をいかにして作るのか」という議論を最近はよくするんです。
現実性よりも「目標を持つこと」にとてもワクワクするな、と思っていて。今はもっとその蓋然性が欲しいというか、「山の登り方」をブレイクダウンしてマイルストーンとして置けないか、と。大事なのは、やっぱりストーリーなんですよね。自分たちが成し遂げたいビジョンと、そこに至るまでのストーリーを、1周巡って考えはじめているところです。
前田:12月はどういったテーマに取り組むことになりそうですか?
芹澤:12月は、1月に半期の全社キックオフがありますから、その準備になるでしょうね。全社に向けたメッセージって、重要だと思うんですよ。しばらくの間の士気が決まるところがありますし、社員を鼓舞できるかどうかも左右されるはずですから。なおかつ、僕が今までやってきたこと、今後やっていきたいことをオフィシャルに伝えていく場でもあります。
前田:実際に1年にわたってCEOを経験して、芹澤さんの中で「良いCEOの定義」は何かしら見えてきましたか?
芹澤:たった1年弱ですから何かはっきりとしたことは言えませんが、僕自身も日々すごく悩みながら向き合っています。「自分がCEOとして発揮できるバリューとは何か」という悩みは大きかったのですが……先日、オムロンの山田義仁CEOとお話しさせていただく機会があって、山田さんがおっしゃった「CEOの3つの役割」に感銘を受けたんですね。
1つ目が意思決定すること。特に経営におけるネガティブな意思決定をする、「何かしらをクローズさせる」といった英断を下す役割ですね。2つ目が、意思決定の責任を取ること。3つ目が社員を励ますこと。会社のリーダーとして社員を励ますのは役割として大切ですし、それは全社キックオフを経験しても強く感じたので、とても納得感がありました。
結局、事業のあれこれを考えるようなことはありながら、大切なのは、意思決定して、責任を取って、社員を励ますこと。この3つの役割は共感度が高かったですね。
前田:「社員の励まし方」は、芹澤さんはどのようにしようと考えていますか?
芹澤:会社によって方法はそれぞれだと思いますが、僕はビジョンを示してワクワクさせたいですね。働いているとツラいこともあるものですが、日々の業務がつながる先にはビジョンがあって、一つひとつの仕事は決して無駄なことではない。それを伝えて、やりがいを感じてもらえるのがいいかなと思っていて。
これは自分自身が、従業員だったときの経験もベースになっています。ビジョンへのつながりを会社のトップが示してくれると、救われる瞬間もあるものですから。自分もそれを示していきたいな、と思っていますね。
SmartHRはこれからも成長していこうと思っていますし、「こんな経営者がやってる会社なんだ」と少しでも興味を持っていただけたら、採用の募集要項も見ていただけるとうれしいです。
2023年の自分は「もっとスコープを広げたい」
前田:もう少し先の話をすると、2023年の芹澤さんは、どうなっていたいですか?今年はできなかったけれど、来年はもっとうまくやりたいことなど、ありますか。
芹澤:常に全体最適な視点を持ちたいですね。CTOからCEOになって、スコープが広がれば広がるほど、すべてに対してフラットな視点でものごとを判断して、それぞれを全部ミックスして、全体最適な解を導くことへの難易度が上がるんですよね。ただ、もっともっと、スコープを広げていきたいです。
今はSmartHRでいっぱいいっぱいかもしれないですけど、グループ会社全体の最適解についても、さらに高い解像度で見なくてはなりません。果ては、日本のSaaS業界なのか、さらに広く見た産業分野なのか……そういったスコープを広げた踏まえ方ができてくると、経営者として発揮できるバリューが少しずつ大きくなっていくのではないかな、と思います。
前田:今の芹澤さんの原動力は、何ですか。
芹澤:好奇心ですかね。知らないことが次々に起こるのは単純に楽しいです。昔にストレングスファインダーを実施したら、トップが「学習欲」だったんですよ。それくらい、新しいものへの学習には、シンプルにモチベーションがありますね。
この1年間は読書に助けられることも多かったです。自分の頭の中が「経営者としての思考」になっているので、経営やビジネス以外の本にも意外なヒントがあったりして。最近は藤井一至さんの『土 地球最後のナゾ』を読んで、「土とは何か」からはじまって地政学的なリスクにまで理解が深まったのは、とても知的好奇心が満たされました。
こういうのを読むと「自分の知らない世界」はあちこちにあり、何かを知ったような気持ちでいることの危うさに気づけます。慣れ親しんでいるはずの土のことだって、何も知らなかったわけですから(笑)。いわんや組織で起きる課題も「知っているふうだけど、知らないのではないか」というマインドになるんですよね。もっと知りたいという気持ちを持ち続けることが、やはり大切ではないかとは思います。
前田:この1年くらい学習したことで、生きているものはありますか?
芹澤:一つ挙げるとしたらエグゼクティブコーチングですね。去年末くらいから受講していて救われたシーンも多いです。ストレス耐性が強いほうとはいえ、自分のメンタルを揺さぶってきて、しかも他者へ相談しにくい事柄は、しばしば起きるものです。そういうこともコーチにはフラットに話せるので、メンタルの安定につながりますし、大切な時間です。
コーチの存在は、フラットで全体最適な視点を持つための調整機能にもなってくれていて、自分の行動にも意識的に取り入れています。自分でも話しながら「考えが偏っていたかもしれない」といったように気づかされることもあれば、助言をもらえることもありますから。
前田:僕もコーチングはとても良いな、と思っていて。どうしても一人だと、思考にも自分でリミットをかけてしまうんですよね。コーチがいると、もっと深く考えること、いろんな状況をシミュレーションしてみることなど、その枷が外しやすくなると言いますか。甘い考えに逃げにくくなる良さもありますし。
芹澤:わかります。コーチのしていることは、突き詰めていくと、ソクラテスみたいに「なぜ」を繰り返してくることですよね。「5Why分析(なぜなぜ分析)」みたいな思考のフレームワークも有名ですが、それを他人から強制されることで、自分の考えが整理されていく。
前田:何回か「なぜ」を聞かれて回答できないときは、自分がそこまで考えに至れていなかったのだと気づけますから。
芹澤:急に解像度がぼやっとする領域に突入するときがあって、「ここか!」みたいな感じになる……その感覚、面白いですよね。
あらためてですが、SmartHRはもちろん、グループ会社全体の最適解を探し続け、日本のSaaS業界にまで波及できるような動きができること……そうやってスコープを広げて、経営者として発揮できるバリューを大きくし続けていきたいですね。
(記事中で芹澤さんが紹介されていた書籍一覧)