SaaSの世界では、プロフェッショナルサービスの提供が当たり前となりつつあります。もちろん、オンプレ型のERPパッケージの時代から提供されてきましたから、決して「新しい概念」とはいえません。
ただ、ここ数年でその役割や位置づけは大きく進化しており、単なるサポートから、SaaSの成長エンジンを担うまでに変貌を遂げています。
その一例となるのが、株式会社プレイドの取り組みです。同社は顧客体験の向上を支援する「KARTE」シリーズというSaaSを提供するだけでなく、プロフェッショナルサービスとして「PLAID ALPHA」や「STUDIO ZERO」も組み合わせ、連結ARRも100億円を突破するなど堅調に成長を続けています。
先日、私はプレイドが主催するカスタマーサクセス向けのイベントでファシリテーターを務める機会がありました。そこで語られた内容をベースに、今あらためてプレイドの事例をもとに「プロフェッショナルサービスの価値」について考えてみましょう。
そもそも、プロフェッショナルサービスとは?
実は「プロフェッショナルサービス」という言葉に、明確な定義は現状ありません。しかし、多くの現場で「これがプロフェッショナルサービスだよね」と通じ合える、おおよそのコンセンサスはあります。
では、プロフェッショナルサービスとカスタマーサクセスの違いは何なのか。私自身も、以前に同じ疑問を抱いて、13社のインタビューをもとに整理したことがあります。そのまとめが、以下の記事です。
- SaaSスタートアップ/ベンダー13社に聞いた!カスタマーサクセスにおける支援メニューとプライシング考察【前編】
- 国内外のSaaSスタートアップ/ベンダー13社に聞いた!カスタマーサクセスにおける支援メニューとプライシング考察【後編】
これらの記事では、プロフェッショナルサービスとカスタマーサクセスによる支援の違い、そしてそれぞれのプライシング戦略や役務の内容について整理しました。
提供する事業体によって内容は異なりますが、プロフェッショナルサービスもカスタマーサクセスも「お客さまを支援する」という意味では共通しています。ただし、プロフェッショナルサービスだけには、次の2つの大きな特徴があります。
- 活動が有期であること
- 成果物が事前に明確に規定され、工数ベースで価格設定されていること
違いを図解してみましょう。

プロフェッショナルサービスの役務についても提供するサービスに依存しますが、SaaSの文脈では大きく2種類が見られます。
① インプリメンテーション型のプロフェッショナルサービス
- 顧客の技術的環境(例:既存の基幹システム)と連携・統合できるよう、技術的サポートや実装支援を行うもの
② コンサルテーション型のプロフェッショナルサービス
- 顧客がプロダクトの価値を最大化できるよう、運用設計や業務改善のサポートを行うもの(例:タレントマネジメントSaaSの導入に際し、顧客の評価制度そのものを見直す支援)
より詳しく知りたい方は、先に紹介した記事も参考にしてみてください。
連結ARR100億円超に寄与した、プレイドのプロフェッショナルサービス
こういった「プロフェッショナルサービスの整理モデル」をたたき台として、実践者であるプレイドの実例を引き合わせて、より考察を深めていきましょう。
本編へ入る前に、プレイドの現状を簡単にまとめます。
同社は2011年10月に創業。ミッションは「データによって人の価値を最大化する」であり、ウェブサイト訪問者の行動データをリアルタイムに解析・収集し、一人ひとりに合わせたコミュニケーションを実現するCX(顧客体験)プラットフォーム「KARTE」シリーズを展開しています。
2015年より「KARTE」の提供を開始し、2020年12月には株式上場を果たしました。プロフェッショナルサービスの「PLAID ALPHA」が正式に立ち上がったのは2023年10月ながら、すでに急成長を遂げています。
2024年9月期の連結売上高は109億9,200万円(前年同期比+27.3%)、単体でも98億2,500万円(前年同期比+28.5%)となり、連結ARRも100億円を突破しました。こうした成長の背景には、エンタープライズ顧客へのプロフェッショナルサービスの提供が大きな役割を果たしていることが、同社の決算資料からもうかがえます。
プロフェッショナルサービスは、カスタマーサクセスの「ジレンマ」を解決する手段
プレイドでプロフェッショナルサービスを提供する組織で事業企画/管理のチームリーダーを務める金井良輔さんによれば、同社がこの領域に注力しはじめたのは、主に「2つの要因」と「1つの課題」が理由に挙げられると言います。
- 【要因①】環境要因の変化:
2020年ごろのSaaS業界は、プロダクトだけで課題を解決しようとする思想が強く、人的支援による労働集約的な側面は避ける傾向にありました。しかし、市場が成熟し競争が激化するなかで、「プロダクトだけでは顧客の満足度が上がらず、リニューアルに値する十分な成果をお客さまに与えられない」という現実に直面。事業的にもプロダクトのリカーリング収益だけでは経営者が望む成長には届かず、より深い顧客価値提供のためには「人的支援が必要」だという認識が芽生えた。 - 【要因②】事業としての受容性:
プロフェッショナルサービスは一見するとプロダクト中心のSaaS企業とは相反する概念に見えます。本来プロダクトで解決すべき課題を、プロダクト改善や追加開発せずに人力で解き続けてしまうと、短期的な利益にはなる一方で、根本的な改善に繋がらなかったり、継続的に不必要な工数が発生してしまったりといった「長期視点での非合理性を大きくしてしまう側面がある」と金井さんは表現します。
しかし、プレイドがマルチプロダクトを展開し、それぞれが補完し合いながら顧客に成果を与える事例が現れはじめたことで、「プロフェッショナルサービスとプロダクト開発が両立できるタイミングが訪れた」と分析。また、プロフェッショナルサービスには、新たなプロダクトが市場に受け入れられるための「初速」や「楔(くさび)」の役割を果たす側面もあると言います。 - 【課題①】人材獲得の困難さ:
プロフェッショナルサービスを本格的に展開するうえで、最も難しいのが人材確保です。プロダクトとコンサルティング双方の深い知識を持ち、かつSaaS企業でプロフェッショナルサービスに取り組む意義を感じられる人材を見つけるのは容易ではありません。
特に「要因2」のほうに着目すると、SaaSと逆行する労働集約型とも捉えられるサービス提供においては、現場のカスタマーサクセスから戸惑いが起きそうです。
プレイドでも実際にその戸惑いは多少生じたものの、スタート段階の状況から見るに、比較的「受け入れられやすかった」と言います。
従来、カスタマーサクセスはプロダクトの使い方に関するアドバイザリーとしての関わり方が基本で、顧客自身がプロダクトを触るのが前提でした。しかし、プレイドでは「自由なカルチャー」のもとで、時にカスタマーサクセスがハンズオンで顧客とプロダクトを触ることもあり、すでにプロフェッショナルサービスの一部を担うような動きがあったと言えます。
もっとも、対応は担当者の能力に依存するため、顧客満足度にムラが出てしまっていたのが現状でした。持続可能性の観点からも、このムラの解消は課題だったということでしょう。
プレイドにおいては、プロフェッショナルサービスの導入が、「人的支援が必要だが、既存の枠組みでは提供できないもどかしさ」と「顧客に対してどこまで支援すべきか」というジレンマを解決する手段でもあったのです。
サービスパッケージやプライシングをどう考えるべきか?
プレイドのプロフェッショナルサービスは、売上構造のなかで、プロダクトとは異なる独立した柱として位置づけられています。
提供価値は大きく「CX戦略策定」「デザイン・実装」「改善・グロース」にカテゴリ分けされ、それぞれ「コンサルティング」「開発/インテグレーション」「運用/オペレーション」に該当します。

プライシングについては、プロダクトの契約が年間または月額のリカーリングであるのに対し、プロフェッショナルサービスは顧客の相談内容に応じて都度見積もりを行う「有期的なショット(単発)の売上」です。また、プロフェッショナルサービスの売上は「稼働に対する対価」であり、プレイドでは成果報酬制を取っていません。
基本的には「業務に携わる人材の工数を提供する」というスタイルになり、上述の図にある3つの業務の要件と、見込み時間に応じて値付けされます。
プレイドのモニタリングチームの分析によれば、プロフェッショナルサービスを提供した顧客はクロスセル、アップセル、チャーン(解約)の状況が数値的に改善しているとのこと。要因としては、人的な接点が増えることで顧客との関係性が深まり、次の課題が発掘されやすくなるためです。
カスタマーサクセスとのコンフリクトをどう考えるか
プロフェッショナルサービスとカスタマーサクセスが共存する場合、コンフリクトを懸念する声も聞かれます。プレイドの金井さんは「特性が異なるため、本質的にはコンフリクトしない」と考えています。以下、その背景を3点まとめてみます。
- 関与顧客数:プロフェッショナルサービスは1~3社程度の「少数」顧客を深く担当する一方、カスタマーサクセスは10~20社程度の顧客を「中~多数」担当します。
- 関与の深さ:プロフェッショナルサービスはハンズオンで「実際に手を動かす」役割であり、 カスタマーサクセスはアドバイザリーが中心です。
- 連携:プロフェッショナルサービスは顧客が直面している課題に対して実際に行動する役割を担います。
特に「連携」に着目すると、仮にカスタマーサクセスが営業を苦手としている場合でも、プロフェッショナルサービスという「秘密兵器」があれば、トップラインに貢献しやすくなるはずです。
プロフェッショナルサービスとしての人材採用
プレイドでもプロフェッショナルサービスの人材採用の状況としては難しさも伴うそうですが、コンサルティング会社や広告代理店など、SaaS業界以外のバックグラウンドを持つ人材の採用も増えてきているといいます。重要なのは、プレイドが持つデータの価値や拡張性に面白みを感じられるか、顧客の深い課題を解決する推進力があるか、そしてカルチャーフィットにあります。
入社時点では業界専門性やドメイン知識の有無は、相対的に重要視はされていません。プレイドの共通基盤はあくまで「デジタル接点」にあり、その領域で顧客の事業を伸ばすという「デジタルの面」に専門性を集中させているため、幅広い業界に対応可能だからです。
では、カスタマーサクセスからプロフェッショナルサービスへのキャリア転換の道はどうでしょうか。金井さんは「必ずしもシーケンシャルな道ではない」としながらも、「循環構造を作れれば面白い」との考え。カスタマーサクセスで培った顧客課題への理解に加え、プロフェッショナルサービスでのハンズオンも可能な能力を身につけることで、顧客の多様な課題に対し多角的なアプローチができるようになるからです。
プロフェッショナルサービスのKPIと評価
プレイドでは、プロフェッショナルサービスのメンバーには「案件稼働率」をKPIとして設定しています。「案件稼働率」とは、自身のスキルと時間を使って顧客に価値をデリバリーしている時間の割合を示します。そのうえで、マネジメント層以上は「売上責任」を負っています。
また、プロフェッショナルサービスの売上は、セールスとCSの両方に「ダブルカウント」される仕組みを採用。売上目標で組織間のコンフリクトが起こるのを防ぎ、顧客の課題解決に集中させるための工夫といえます。
そこで、商談プロセスからプロフェッショナルサービスが「プリセールス」として関与し、案件の要件定義と稼働時間の見積もりを丁寧に行うのも特長です。
稼働時間については、プロフェッショナルサービスチームは、コンサルティングビジネスの収益性評価(粗利)のために、メンバー各自が月末に「何時間使ったか」をすべて入力することで工数管理を実施。カスタマーサクセスではあまり行われない運用のため、プロフェッショナルサービスならではの取り組みだといえるでしょう。
プロフェッショナルサービスをはじめる時に気をつけるべきこと
金井さんは自身の経験から、プロフェッショナルサービスの提供前に、踏まえておくべきことが3点あると教えてくれました。
- 目的化させないこと:「プロフェッショナルサービスの提供」が目的化しないよう、常に「なぜやるのか」、どのプロダクトとの「親和性やシナジー」を生み出すかを意識することが重要です。
- 稼働管理の難しさ:プロダクトと異なり、プロフェッショナルサービスは「人材の稼働=商品在庫」と見なせます。余らせすぎても、欠品になってもいけないというコントロールの難しさがあるのです。
- 社内連携の難しさ:たとえば、クライアント都合でプロジェクトが遅延した場合、プロダクトのリカーリング契約と異なり、プロフェッショナルサービスのリソースを解放して、ほかの案件に振り替えるといった調整が複雑です。社内連携やモニタリングの仕組みが非常に大切になります。
プレイドの「Dive & Scale」という考え方
プレイドのプロフェッショナルサービス「PLAID ALPHA」の意義について、金井さんは「Dive & Scale」という言葉を用いて説明されました。
一般的なホリゾンタルSaaSは、業務レベルの汎用的な課題を解決することで価値を提供し、その「幅」を広げることが成長につながります。しかし、プロダクトや機能の追加が成長のボトルネックになったり、新しい価値のマネタイズに時間がかかるというジレンマもあります。
ここにプロフェッショナルサービスが加わることで、プレイドは顧客の「深い課題」(事業レベルや経営レベル)にアプローチできるようになります。これが「Dive(深掘り)」に当たります。
さらに、プロフェッショナルサービスによる人的支援で顧客の深い課題を解決し、そこで得られた共通の解法や示唆を、プロダクトやソリューションに「Scale(展開)」することで、プロダクト自体の価値を汎用的に高めていくというサイクルが回るのです。

「Dive & Scale」という考え方には、以下のメリットがあるとされます。
- 顧客が成功するまでの期間短縮:プロダクトの範囲を超えて、先行的に深い顧客課題にアプローチできるため、本質的な成功のスピードが向上します。
- 売上源の多角化:プロフェッショナルサービスの売上により、新プロダクトの概念実証(PoC)や開発期間中の売上が立たない期間を補うことができます。
- 次のプロダクトへの戦略的探索:顧客の先進的な課題に最前線で向き合うことで、将来のプロダクトの価値と市場を発掘する活動が可能になります。
この戦略は、SaaSの基本的な成長戦略である「Land & Expand(スモールスタートで導入し、成果を元に他部門や全社に拡大する)」と組み合わせることで、未来を探索しつつ、現在のプロダクト価値を最大化するという両立を可能にするでしょう。
データ分析を強みとするプレイドだからこそ、プロフェッショナルサービスとプロダクトのハイブリッドモデルの実現は、納得感が高い戦略だと感じます。
プロフェッショナルサービスがワークするための前提条件
これまで、プロフェッショナルサービスの利点についてお伝えしてきましたが、ここで一つ、私から注意を促しておこうと思います。
それは、プロフェッショナルサービスは、すべての事業で有効となるわけではないということです。たとえば、プレイドの事例を見ても、プロフェッショナルサービスがうまく機能しているのには理由があります。具体的には、以下の2つの条件を満たしているからです。
1. アカウントあたりの収益が十分に大きい
プロフェッショナルサービスは、そもそも高単価のサービスです。つまり、予算規模が小さい顧客では、そもそもその価値を享受することができません。
プレイドの2024年9月期 第4四半期の決算資料によれば、「1アカウントあたりの月次収益(ARPC)」は約110万円となっています。これだけでも非常に高い水準なのですが、特に高単価の顧客群となると、月次収益が約280万円にも達するそうです。
つまり、プレイドのプロフェッショナルサービスのターゲットとなるのは、こうした高単価の顧客層なのです。
2. プロダクトの柔軟性と、多様なアウトカムへの対応力
プレイドが提供する「KARTE」は、ユーザーが到達するウェブサイトにおいて、顧客体験を自由にデザインできる、極めて高い柔軟性を持つプロダクトです。これによって、一人ひとりの顧客体験をパーソナライズできるのが強みとなっています。
一方で、カスタマイズ性が高いゆえに、顧客自身の力だけでプロダクトの価値を十分に引き出せないという課題も生まれました。この背景があって、プレイドは「プロフェッショナルサービス」という顧客支援機構を立ち上げました。
もし、これらの条件を満たしていないプロダクトやサービスでは、単純にプロフェッショナルサービスを提供しても、十分な成果が出ない可能性があります。その意味では、プレイドがプロフェッショナルサービスをメニューとして提供されているのは、極めて合理的であり、正しい判断と言えます。
というのも、以前に私は「プロフェッショナルサービスとは、提供しているプロダクトが最大のパフォーマンスを発揮するための前捌きを行う機構である」と説明していました。ただ、KARTEにおけるプロフェッショナルサービスでは「前捌き」に留まらず、さまざまなフェーズでプロフェッショナルサービスの支援が可能になっています。
一方で、利用用途が極めて限定されたプロダクト・サービスでプロフェッショナルサービスを提供する場合は、やはり「前捌き」にフォーカスした支援になるでしょう。皆さんも、自社でプロフェッショナルサービスの立ち上げを検討される際は、これらの条件が満たされているか、まずは検討してみてください。
プロフェッショナルサービスは「事業の成長エンジン」に
今回の記事を通じて、私が考案した「プロフェッショナルサービスの整理モデル」の正しさをプレイドの事例から検証してみる試みは、「概ね正しかった」と結論付けていいでしょう。
その一方で、単なる検証にとどまらず、プロフェッショナルサービスが単なるサポートの枠を超え、顧客のアウトカムを高い次元で生み出し、事業の成長エンジンとなる可能性も強く示唆される内容となりました。カスタマーサクセスのさらなる進化と事業成長の道筋を一つ見た気持ちです。
本記事が、皆さまの事業推進やカスタマーサクセス活動のヒントとなれば幸いです。
(※この記事は、2025年6月19日に行われた株式会社プレイド主催のイベント『カスタマーサクセスとプロフェッショナルサービスの設計思想』をもとに構成したものです。)

【謝辞】
今回の記事を制作するにあたって、イベントを開催してくださったプレイド様、私がメンターを務めるALL STAR SAAS FUNDをはじめ、関わってくださった皆さまに感謝申し上げます。
PLAID ALPHAウェブサイトはこちら:https://alpha.plaid.co.jp/