SaaSスタートアップの成長過程において、組織の課題やマネジメントによる問題で、思うような成長曲線を描けず、起業家自身が悩みを抱えているケースが多くあります。
特にSaaS企業は少数精鋭で経営することが難しく、メンバーの数を確保していくことも重要ながら、業務を支援して組織で結果を出せるマネージャーについては、それ以上に重要だといえます。
VCとしてスタートアップ支援に努めるALL STAR SAAS FUNDでも、このような課題に対して組織インタビューや定量アンケート調査、タレント紹介などを通じて支援を続けてきました。そこでもやはり、「ミドルマネージャー」への期待や役割が人によって大きく異なり、うまく言語化されていないという課題が身近にあることを感じています。
スタートアップにおけるミドルマネージャーの抜擢や育成、経験者の採用、そして彼らがスキルアップするためには、どのように取り組むべきなのでしょうか。今回は、ベンチャー企業のマネージャーに特化した育成トレーニングプログラムを提供するEVeMの代表取締役兼執行役員CEOである長村禎庸さんに、そのポイントを教わりました。記事は前後編でテーマを分けてお届けします。
前編は主に、そもそもの「マネジメント」の定義にはじまり、いかにマネジメントと向き合う必要があるかといった経営レイヤーからの必要性を捉え直します。後編はより実践的に、いかにマネージャー候補を見出してアサインすべきかといったノウハウをまとめています。
聞き手は、自身もカスタマーサクセスの責任者として事業成長を牽引した経験を持ち、現在はグロース支援体制の構築などをサポートする、ALL STAR SAAS FUNDパートナーの神前達哉です。
(※この記事はPodcastをテキスト化し、編集・構成したものです。ぜひ併せて配信版もお聞きください!)
【プロフィール】
長村禎庸(株式会社EVeM 代表取締役 兼 執行役員CEO)
大阪大学を卒業後、新卒でリクルートに入社し営業を4年間経験した後、2009年にDeNAへ入社。半年後にゲーム『怪盗ロワイヤル』が成功を収めたことから会社が急拡大し、20代後半から子会社の役員や採用責任者などを担う。8年半務めたDeNAでのマネジメント力を活かして、前職のハウテレビジョンに入社し、COOとして会社をIPOに導く。その後、EVeMを創業し、ベンチャーマネージャーを養成する実践的トレーニングを提供している。
自身が悩んで作りあげた、「マネジメント版ライザップ」
神前:長村さんご自身の経験として、マネジメントにまつわる苦労や葛藤を初めて感じたのは、いつでしたか?
長村:マネジメントに最初に苦労したのは、ハウテレビジョンで自分がCOOになり、何人かのマネージャーを指導しなければならないときでした。入社時までは社員数も20人弱でしたから自分一人でマネジメントできましたが、上場前後は40〜50人となり、7〜8人のマネージャーを置かなければならなくなりました。マネージャー経験のある人もいれば、ない人もいましたが、一般的なマネジメントではなく、ベンチャーならではのマネジメントがあると考えていて、それを伝えたかった。
例えば、戦略の作り方や、評価への不満の対処だったりが、大企業とは趣が違うし、ベンチャーならではの対処方法があります。それをうまく伝えるためのコンテンツはないかと、いろんな本を読んでみました。NetflixやGoogleといった先行例、コーチングやティーチングといったスキル関連書を何冊も読んだのですが、どうにもベンチャーのマネジメント業務を解像度高く書いてあるものはない。
そこで、半月ほどかけて、自分でマネジメント研修を作ってみたんです。しかし、クオリティが低く、結果的に時間を無駄にしてしまった。もやもやを抱えたまま退職し、その後、改めて次に何をするかを考える中で、自分なりのベンチャーにおけるマネジメントを言語化してブログに書いてみることにしました。それが反響を呼び、教えてほしいという人が多く、「こういうことが求められているんだ」と気が付き、今の事業に繋がっています。
だから、EVeMのトレーニングの発端は具体的で実践的であることに注意しました。普通の研修会社は複数のハイパフォーマーの行動や思考を抽象化してコンテンツ化しているものが多いと思いますが、あくまで“私自身”が経験したことから作りあげています。
私が書いたブログが多くの人からレビューを受けるような感覚で、コンテンツができていくんです。これまでの受講生の皆さんがたくさんフィードバックしてくれるおかげで、私という具体的な一人から発展した具体度の高いコンテンツが磨かれていき、多くのベンチャー企業の現場ですぐ使えるものになっています。
実際のトレーニングも、講義はすべて動画を見てもらった上で予習をしてから、ディスカッションベースで行なうのも特徴です。その後、たくさんの宿題を出し、しっかりとサポートしながらマンツーマンでトレーニングします。だからこそ自分たちのサービスは研修ではなくトレーニングと呼びますし、言わば「マネジメント版ライザップ」みたいなものです。
マネジメントを定義するための4つのカテゴリー
神前:私たちの投資先企業も、御社の研修を受けさせていただくと、すばらしい反響があります。そこで今日は、前半で経営者とマネジメントの関わりについて、後半ではミドルマネージャーの育成について、テーマを分けて伺わせてください。
「経営者とマネジメント」を考えるうえで、大前提として、「マネジメント」という定義は、人によって捉え方がさまざまだと感じています。ピープルマネジメントに主眼を置く人もいれば、ビジネスで成果を出すことだと言う人もいる。長村さんとしては、マネジメントというワードをどういうふうに定義されているのでしょうか。
長村:私たちが捉えるマネジメントの定義は「戦略、組織、人、自分」という4つのカテゴリーから成り立っています。
1つ目は「戦略」です。会社やチームの目標をどのように達成するかという方法を考え、チームに伝えて実行することです。目標設定と達成方法のクオリティを高くして、それをチームにインストールし、みんなを動かすという行為こそを「戦略」と定義しています。
2つ目は「組織」です。立ち上げ時や急拡大時、立て直し期など、チームのステージに合わせた組織構造や、適切な人材配置、権限設計、会議体の運営などを含みます。
3つ目は「人」です。1対1のコミュニケーションや、人に関する考え方を大切にすることです。
4つ目は「自分」です。いわゆるセルフマネジメントを意味します。特にベンチャーの経営者やマネージャーにとって重要です。たとえば、熱狂を押しつけないこと。週末までSlackでどんどん発言してしまうと、メンションの受け取り相手は心安らかに過ごすこともできない。一人静かに熱狂しつつ、相手のプライベートを尊重することなどが含まれます。
神前:私も独学ながら学んでいると、マネジメントは1on1やフィードバックのスキルの磨き方、ビジネスマネジメントの作法といった話に終始しがちだなと思っていまして。長村さんが「自分」を挙げていることが、とてもユニークだと感じました。
長村:スタートアップでは特に大事だと思うんですが、例えば、私がある大企業で働いていたとして、上司が最悪だったとしても、その企業の看板が私の心を引き留めてくれるものです。辞めるのはもったいないとか、安定して得られるものがあるとか、ブランドが評価されているといった要素が働きました。
でも、スタートアップでは、そういった看板が引き留めることは期待できません。上司になる人から熱狂を押しつけられたり、上の言うことをただ伝えるだけの部長がいたり、成果に関係のない指摘ばかりする人がいたりすると、すぐに辞めたくなります。だからこそ、マネージャーにとってのセルフマネジメントは本当に重要だと思います。
神前:セルフマネジメントは経営者にとっても大事な観点ですが、具体的にはどういうふうに高めていけばいいのでしょうか?
長村:セルフマネジメントというと、一人で内省するイメージがありますけれども、私たちはそういう考えは好みません。いつも実践的な解決策を心がけています。先ほど話したように、熱狂を押しつけない、伝書鳩にならない、メンバーの才能を活かす、といった心得を40個のリストにまとめていて、毎月マネージャーで集まって採点し、注力する項目を決めて宣言するような流れにしています。
宣言してから1ヶ月後、できたことやできなかったことを共有して、次の注力項目を決める。これを繰り返すことで、心得が頭に焼きついて、行動するときに役立ちます。これを「心得チェック」と呼んでいます。
毎月、3つの心得を発表し、チェックし、フィードバックをもらい、発表することを続けると、自分の振る舞いやセルフマネジメントが向上していくのです。
自己流でマネジメントをしているから組織が崩壊する
神前:自分自身の経験ではないですが、スタートアップの経営者と話すと、スピードを上げて意思決定しなければならない切迫感が感じられます。ただ、課題や問題が人や組織に帰結されがちで、戦略の共有ができていないことが問題であって。「心得チェック」のようなリフレクションを通じて、抽象的に課題を捉えることの大切さを感じますね。
長村:神前さんの指摘は鋭いですね。チームのやる気がないという問題があるとき、すぐ人や組織の問題にひもづけがちですが、実は原因は戦略マネジメントに問題があることが多いです。戦略、組織、人、自分のすべてを考慮した総合格闘技として捉えないと、問題の原因と解決策が見えなくなります。
よく「1on1研修してください」とご依頼をいただきますが、すべてお断りしているんです。なぜなら課題が1on1だけで解決するとは思っていない。問題を正しく導き出せることが、経営者としても大切なスキルの一つだと思います。
神前:確かに、失敗は悪いことではないですが、痛みを伴わない失敗をすることが重要です。マネジメントは、型を身につけてから抽象と具体を行き来しながら考える、言わば「探求の旅」なのでしょう。
長村:そうですね。スキルを高めるには、一通りの型を学んでからの経験学習です。繰り返すことで、いつか自分流のマネジメントができればいいと考えています。
たとえば、アウトドアでするキャンプだと、役割分担や目標設定、ルールづけをして進めることって普通にできると思うんです。でも、こと組織になると「なぜ目標設定が必要か」や「20人規模なら部署分けも不要でしょう」といった意見が出て、マネジメントに取り組む時期が遅れがちです。20人のキャンプでも、指示がなければ混乱するだけです。だから、人数にかかわらず、人が集まったら、チームを統制して動かす仕組みが必要だという理解が大切です。
「30人の壁」という言葉がありますが、マネジメントに取り組むのが遅れるからそうなるだけだと思います。マネジメントが必要だという認識があるのに、サービス作りに意識が向きすぎることや、ベンチャー精神という言葉を盾にして軽視してしまい、後から手がつけられなくなってしまう。20人の仲間が10人去ったときに、初めて気づくこともあるので、もったいないです。
神前:なるほど。シード期はとにかくプロダクトを作ることに注力しがちですが、投資家視点から見ても、シード期を言い換えれば「チャレンジできる回数」を表していると思っています。基本的にキャッシュアウトをしていく以上、「あと何ヶ月生き残れるか」という計算のもとに目標を作って動いていくことが大切でしょう。当たり前のことのように思えますが重要だと感じます。
長村:また、よくある落とし穴は、採用だけで乗り切れば十分だという発想ですね。部長経験がある人や本部長だった人を連れてきてマネージャー陣を揃えたとしても、1年後にはその人たちが去ってしまうことが、多くのスタートアップで見受けられます。これは、マネジメントに対する共通の認識がないままに、みんなが我流でマネジメントをしているからです。
たとえば、神前さんが社長で、私が部長だとします。部長が「我がチームは毎週金曜日は全員で飲みに行く」と決めたとしましょう。社長からすると、それは会社のカルチャーに合わないと思うかもしれません。でも、部長の私にとってはそれが常識だと思って生きてきているのです。別のチームでは、1on1ミーティングを一切せず、個人の自立に任せるリーダーもいる。また別のチームリーダーは、マイクロマネジメントに徹底的にこだわる......。
それぞれのマネジメントスタイルが違うため、バラバラの状態で進めると創業者が作りたかったカルチャーの会社にならないんです。そうなると、創業者が我慢できずに辞めさせるか、マネージャーが自分で去るかになりますが、その前にメンバーが去ってしまうことが多いです。結果的に組織はボロボロになる。
だから、採用だけではダメなんです。すごい経歴の人を採用して、お任せするだけではカルチャーが乱れてしまいます。創業者がマネジメント経験がない場合、マネージャーに指示すらできません。そうなると、会社がおかしくなっていくわけです。
だから、すごい経歴の人やマネジメント経験のある人を採用することはいいことですが、「うちの会社ではこういうマネジメントをしていきたい」という共通の認識が大事です。1on1ミーティングの目的や戦略のフォーマット、人を大事にする方法など、その認識を揃えることです。
暗黙のルールはNG、できる限り“明文化”する
神前:まさに「あるある中のあるある」かなと思います。すばらしい経歴だから採用したけれども、ワークしない。お互いに何も悪くはないのだけれど、相性や事前のすり合わせ不足といった課題が考えられます。環境やステージによっても、シードで活躍できる人、ミドルやレイターで活躍できる人は全然違いますよね。
他にも、具体的にすり合わせていくべき課題があれば教えてください。
長村:例えば、私たちのようなトレーニングサービスを一緒に受けることで、共通言語が生まれることは十分にあります。もちろん、自社のサービス宣伝に聞こえるのは避けたいので、私たちのサービスでなくても構いません。
「わが社のマネジメントはこういう方法で行なう」という指針になる資料を作っている企業さんもいらっしゃると思います。そういった資料で、戦略の定義や人材の大切さ、評価プロセス、1on1のミーティングの目的などを、会社内で言語化することが重要です。大変な作業ですが、できるだけ暗黙のルールにせず、明文化することが望ましいです。
特に、20人くらいの規模で、おそらく3人ぐらいのマネージャーがいる段階から、このような取り組みをはじめると、とても効果的だと思います。
起業家は遠慮せず、自分の意見をはっきり言うべき
神前:言語化の重要性は、至るところで感じます。「なるはやで」という言葉を使うにしても、1時間以内を指すのか、今日中なのか。今日中も就業時間内なのか、翌朝まで見ているのか……会社や個人によってもあやふやですよね。
長村:だから、起業家は遠慮せずに自分の意見をはっきり言うべきだと思います。
私が前職の経験から、セールスの確度50%を「B読み」と言ったとしても、社長の神前さんが「ごめんなさい。うちではB読みは20%です。合わせてもらっていいですか?」と伝えればいい。すばらしい経歴の人を採用しても、遠慮する必要はありません。
言うべきことを言わないと、結果的におかしくなってしまいます。認識を揃えることが大事で、そこで認識が合わない場合は、はっきりとすり合わせを行なうのが社長の仕事だと思います。
神前:確かに軽視されるケースが多いですね。
長村:特に、社会人経験が長くない起業家が、すばらしい経歴のミドルマネージャーなどを採用すると、なぜかその人に遠慮したり、お伺いを立てるような仕事の仕方になってしまうことがよくあります。そのときこそ、起業家は自分に向き合うべきです。「自分にしかできないことは何か」と。そして、自分の価値を再認識すべきです。
「自分にしかできないこと」が創業者にはあるはずです。農業ビジネスなら、農業ドメインエキスパートであることや、Web 3.0の分野では発想力など、起業家にしかできないことを自分で認識すれば、自分の役割や価値を認識することができます。自分の価値を認識すれば、すばらしい経歴の人が入ってきたとしてもその人に遠慮することはなくなります。
また、CEOとしてその人を評価するのは自分だということもはっきり伝えることが大事です。自分の価値が分からなくなってしまい、すごい人に囲まれて萎縮してしまう起業家も多いので、やはり注意が必要です。
自分より優秀な人を雇うという怖さを、どう乗り切るか
神前:自分より優秀な人を採用することに怖さを覚える人も多いと思います。どのようなマインドセットが必要で、どのように変革していけばいいか、アドバイスはありますか。
長村:少なくとも会社をはじめてサービスも少しできたぐらいのときに、創業者が会社を辞めるのは考えにくいです。創業者の想いや経験、熱意で会社は成り立っているからです。どんなに優秀な人が入っても、創業者の価値は代替不可能。そして、フェーズによって変わる「代替不可能な自分の価値とは何か」を確認しておくことも欠かせません。
創業期には自分が1から10までやっていると思いますが、誰かが入ってくると、どんどん仕事を渡していくことになります。しかし、創業者にしかできない仕事は必ずある。採用はその一つです。会社を作った人の思いそのものがアトラクトの材料になったりしますからね。いくらCOOやCFOが魅力的でも、最後に候補者を口説くのは創業者であるはず。
自分の役割をはっきり認識すれば、優秀な人が来ても、その人に飲まれることはありません。自分の役割が奪われることは考えにくいです。能力比べではなく、役割が違う人が来たのだと捉えることで、自分の役割を脅かす対象にはならないはずです。
自分の価値を認識し、自分と新しく入った方の役割を明確にして、「タッグを組んで一緒に頑張ろう」と思えれば頭の整理もできて、優秀な人の採用を怖く感じることもなくなるでしょう。