※この記事は後編(ミドルマネージャーの育成編)です。ぜひ前編(ベンチャーマネジメントの定義編)からご覧ください。
SaaSスタートアップの成長過程において、組織の課題やマネジメントによる問題で、思うような成長曲線を描けず、起業家自身が悩みを抱えているケースが多くあります。
特にSaaS企業は少数精鋭で経営することが難しく、メンバーの数を確保していくことも重要ながら、業務を支援して組織で結果を出せるマネージャーについては、それ以上に重要だといえます。
投資家としてスタートアップ支援に努めるALL STAR SAAS FUNDでも、このような課題に対して組織インタビューや定量アンケート調査、タレント紹介などを通じて支援を続けてきました。そこでもやはり、「ミドルマネージャー」への期待や役割が人によって大きく異なり、うまく言語化されていないという課題を身近に感じてきました。
スタートアップにおけるミドルマネージャーの抜擢や育成、経験者の採用、そして彼らがスキルアップするためには、どのように取り組むべきなのでしょうか。今回は、ベンチャー企業のマネージャーに特化した育成トレーニングプログラムを提供するEVeMの代表取締役兼執行役員CEOである長村禎庸さんに、そのポイントを教わりました。記事は前後編でテーマを分けてお届けします。
前編は主に、そもそもの「マネジメント」の定義にはじまり、いかにマネジメントと向き合う必要があるかといった経営レイヤーからの必要性を捉え直しました。後編はより実践的に、いかにマネージャー候補を見出してアサインすべきかといったノウハウをまとめています。
聞き手は、自身もカスタマーサクセスの責任者として事業成長を牽引した経験を持ち、現在はグロース支援体制の構築などをサポートする、ALL STAR SAAS FUNDパートナーの神前達哉です。
(※この記事はPodcastをテキスト化し、編集・構成したものです。ぜひ併せて配信版もお聞きください!)
マネージャー候補には「チーム目的 × 自立」を備える人を
神前:経営者の悩みとして、メンバーからマネージャーへのプロモーション(昇進)が課題になっているケースが多いです。昇格した人、外から採用した人がワークしなかった、という事態をいかに避けるべきか。適正の見極めるポイントを聞かせてください。
長村:まず、頭の中で4象限を描いてみてください。横軸の右が、チームの達成を喜ぶ「チーム目的志向」、左側がこの仕事をするために会社にいるといった「自分目的志向」です。縦軸は、上が自分で自分を評価して自走できる「自立」、下は他者からの評価を求めて動く「他人評価依存」です。マネージャーに向いているのは、「チーム目的志向」と「自立」を兼ね備えた「パートナー」タイプの人です。チームの達成を喜び、また自分の強みや弱みを理解して行動できる人が適任です。
自立は非常に大事で、自分を客観的に判断できる人でないと、メンバーも正しく評価できません。マネージャー候補の方がいれば、その方の「チーム目的志向」と「自立」を見極めることを推奨します。
自立をどう見極めるか?例えば、自分の強みや弱みを話せるかどうかで、適正の一つを見ることができますね。また、何か問題が起きたときに、他人評価軸の人は他責にしがちですが、自立している人は自分自身で反省できます。チーム目的志向の人は、チームや会社全体に対して気にかける発言をよくします。
この軸や言動を踏まえて「チーム目的 × 自立」の人かどうかを判断し、その人をマネージャー候補にすることが大事です。
神前:正直、「自立」の見極めが難しいように感じます。自分の課題や強みをどう認識してるかという質問以外に、長村さんが注意して見ているところはありますか。あるいは、自立的でない人の特徴と言えば、どういうところになりますか?
長村:自立的でない人の特徴は、他責の範囲が大きく、自責の振り返りが少ないことです。全部他人の責任ってないと思うんです。今回「9:1」で他人とか、そういうのはあるかもしれないですけど、常に「1の自責」があったとして、それをちゃんと振り返れるかどうか。「1の自責」が振り返れていないように感じる人は、やはり他人評価志向なのかなと思います。
また、他人評価軸の人は自信がなく、リスクヘッジをする発言が多いです。自分の意見がありつつも、絶対にそれだけを採用してほしいという自信がないわけですね。
神前:なるほど、自己確信の観点ですね。
長村:甘えん坊タイプの人は成果が出やすく賞賛されやすい仕事を任せると自立に向かいます。勇気づけ、自信がつくような経験を積めればマネージャー候補になり得ます。仕事を経て、たっぷり自信をつけさせてからマネージャーにすることが大切です。
マネージャーのアサインにも「試用期間」を設けよう
神前:ありがとうございます。マネジメント適性の見極めについても聞かせてください。基本的には、じっくりと振る舞いを見ながらだと思うんですけれども、どういったプロセスでマネージャーに昇格させるべきかといったポイントはあるでしょうか?
長村:まず、マネージャーは役割でしかないのですが、簡単な仕事でもありません。コミュニケーションや戦略の整理、レポーティングなど、マネージャーとしてのスキルが求められます。まずはそれらのスキルを持っているのかを判断します。営業マネージャーを例にすると、トッププレイヤーである必要はなく、まずは営業業務ができて、ティーチングができるぐらいに営業という業務自体を俯瞰的に理解できているのか。そして、マネージャーとしての業務もこなせるのかを見ます。
マネージャーとしての業務は型があるので、その型に照らし合わせて、候補者ができそうな業務をイメージするのがファーストステップです。スキルがあると判断できれば、候補者になります。その上で、チームの目的を自分のことのように喜べる志向性があるかどうかを、また自立している人かどうかを3ヶ月ほど対話しながら見極めます。スキルと適性が揃っていれば、3ヶ月でマネージャーに昇格、というのが最短だと思います。
もう一つ大事なことがあります。本当に務まるのかどうか確信が持てない中でマネージャーにアサインするわけですが、万が一できなかった場合にも、その人が辞めてしまう事態は避けたいですね。経営者としてはアサインした以上はコミットしてほしいですが、マネージャーに任命する理由を伝えつつ、「試用期間」を設けることです。3ヶ月後にあるべき状態を達成できなければ、マネージャーのアサインを見直すという条件を最初につけておくことも重要です。
神前:試用期間を設けて、後出しで条件を変えないようにすることが大事ですね。
長村:そうです。最初に条件を伝えておけば、問題があった場合もゼロからやり直せます。何も言っていない状態でマネージャーを外すと、その人が悶々とする中で内省し、徐々に自信を失い、結果的に会社にいられないと感じて辞めてしまうかもしれません。本当なら再チャレンジできるチャンスがあるのですから、もったいないです。
日々進捗している実感が、マネージャーの自己効力感につながる
神前:メンバーからマネージャーになりたい方や、マネージャー職に就いている方に向けたお話も伺っていければと思います。ここまでを踏まえると、ミドルマネージャーになるのは、自分がどの属性に入っているかを認識することが重要でしょうか?
長村:そうですね。まず、自立していない人は、他人評価に依存していることが多いので、自分のことを客観的に見ることが大事です。そのためにも自分自身の振り返りを徹底することからはじめたいですね。
神前:具体的なブラッシュアップ方法や高め方は?
長村:今日の良かった点や悪かった点を振り返りましょう。他人評価へ依存していると、そういった習慣そのものを持っていないはずです。自分のことを客観的に評価することに慣れ、自分の強みや弱みを認識できます。自信は、自分が成長できるという認識や、自分の強みと弱みを客観的に理解することから起きます。自分の課題に関しても毎日良くなってるという感覚が出ますので、それも自信につながってくると思います。
モメンタムを高めるのも大切です。それは「会社中にポスターを貼ってテンションを上げていきましょう」とか、「とにかくSlackのスタンプでいろいろ反応しましょう」とかいったことではなく、日々進捗している実感が自己効力感(目標を達成するための能力を自らが持っていると認識すること)につながり、それをモメンタムというのです。
組織全体にモメンタムを生み出すには、チームの進捗を週報やミーティングで共有し、日々の成長や改善を伝え続けることが大切。それは個人でも同じことが言えます。
神前:個人のモメンタムを上げるためには?
長村:リフレクションを行ない、自分が毎日前に進んでいるということを言葉で実感することが大事です。確かに課題もありますが、「昨日よりも今日、確実によくなっている」という自分の成長を認識し続ければ、自信が持てるようになります。自分で振り返りを行ない、毎日の成長を感じることで、自信とモメンタムが高まるでしょう。
戦略、役割、目標、視座……あらゆる定義を言語化していく
神前:ミドルマネージャーがスタートアップで特に難しいと感じる部分は、戦略のマネジメントや経営者との認識のすり合わせですね。戦略の認識が経営者とミドルマネージャーで合っていないことが問題だと思います。どのようにすれば解決できますか?
長村:まず、「戦略とは何か」の認識をお互いに揃えることが大切です。スタートラインとして、役割の認識からすり合わせます。
神前さんがマーケティング部の部長だとして、「会社におけるマーケティング部の役割」をまずは整理してもらいます。神前さんは「A事業のグロースを担当することだと思います」と答えたとしましょう。すると、社長からは「A事業のグロースがメインだけれども、将来はBとCもグロースさせたい、そのマーケティングのアドバイスもしてほしい」と、役割自体の認識が合ってないケースがあるわけです。
まずはここからです。そして役割が揃ったら、次に目標設定ができます。目標設定をしたら、その目標に対してどのように達成していくのかという方針を立て、実行ドライバーとしてのKPIを2つほど設定し、それらのKPIごとに約3つの重要なアクションを立てます。こういったツリーを作れば、組織を動かすための戦略フォーマットとして使えます。あとは、経営者とミドルマネージャーで認識を揃えていけばいい。
また、視座という言葉の定義も言語化しておくことが重要です。経営者とマネージャーで視座の項目について共通認識を持っておけば、「視座が高い/低い」といった不毛な会話をせずに済みます。役割の認識、戦略フォーマット、視座の言語化といったことをクリアにして頭に入れておき、齟齬を起きにくくさせることが、ミドルマネージャーがスタートアップで抱える課題を解決する鍵だと思います。
神前:確かに、経営者側が言語化できていない部分が要因となっていることもあるでしょう。経営レイヤーの話は抽象的で、2年や3年後を見据えたものが多いですが、メンバーレイヤーは具体的な話が中心です。お客様が目標数字を達成する方法など、フレームワークをつなげることが大事だと思いますが、それができていないのが戦略面の問題でしょう。
長村:そうですね。そのようなフレームワークについて「うちの経営者は全然興味がなくて揃えてくれないんです」と嘆くミドルマネージャーの方も見聞きするのですが、その場合は自分たちから働きかけるべきだと私は思います。
目標が与えられない状況でも、ミドルマネージャーから働きかけて目標を設定し、戦略を認識できるようにすべきです。スタートアップでは、社長自らが資金調達やプロダクトマネジメントを行なうこともあり、会社の目標を設計して下ろす行為が間に合っていない会社もよくあります。社長を責めるのは簡単ですけれども、責めたとて何も生まれない。大事なのはミドルアップなんですよね。
ミドルマネージャーは上からの指示を待つのではなく、自ら取りに行く姿勢が大切です。スタートアップと大企業のマネージャーの違いの一つは、ミドルアップの考え方を持てるかどうかだと思います。また、プランはいつでも変更可能だと考えるかどうかも重要です。
1週間ぐらいで戦略を考えて、その精度は30%くらいでも、やりながら100%にしていくのがスタートアップらしいやり方。プロダクト開発だけでなく、チーム戦略もアジャイルに進めるべきだと思います。長期間かけて戦略を練ると、その間に状況が変わってしまい、意味がなくなることもあります。だから、柔軟性をもたせて、初期のプランニングはライトに取り組むという考え方が大事です。
フェーズで求められることが変わる、だからこそ指摘する
神前:実際にメンバー間のコミュニケーションに悩んでいる方も多いと感じており、組織や人のマネジメントについても伺いたいと思います。パフォーマンスが出ていないメンバーや急成長についていけていないメンバーに対して、どのように声をかけたり、どのように対応するのが適切でしょうか?
長村:一例として、急成長を遂げているスタートアップで、カスタマーサクセスのマネージャーがいたとしましょう。創業期は非常に良かったとして、サービスがARR1億円までは一人で立ち回れていたかもしれません。
しかし、ARRが5億円や10億円に急成長するタイミングで大きなカスタマーサクセスの組織を率い、全員で進める仕組みを作る必要が出てくると、その人の能力が要件に合わなくなる場合があります。かといって、育成コストを割いて手取り足取り教えることもできない。
そうなる前に、どのような対応ができるかを考えるべきだと思います。次のフェーズに来るマネージャーに求められる要件を伝え、不足点を指摘することが大切です。そして、事前に育成目標や能力目標を設定し、その状態になることが期待できる期限を設けて、育成対象者に提示します。そうすると、対象者が自ら目標に向かって努力することが可能になります。
創業期に活躍していたカスタマーサクセスのマネージャーであれば、ARR1億円までのフェーズでは従来の方法で事足りていたかもしれないが、ARRが3億円以上になるとマネージャーに求められる要件が変わるという話を絶対に伝えるべきです。大規模な組織を適切にマネジメントする力や、個人の技能ではなく組織としての再現性の高いオペレーションを構築する能力が求められるようになります。その要件に足りていないことを伝え、「半年後にはその要件を満たせなければ、別のマネージャーと交代する可能性がある」と予告します。
育成もセールスなど明確な目標を追う業務と同じように考えましょう。達成すべき適切な目標があり、その目標に向かって取り組むだけの話です。
神前:ミドルマネージャーとしての成長が早い人の特徴や、あるいは成長を阻害するポイントは、どういったところにあるのでしょうか?
長村:マネージャー業務は特に訓練しなくて、アウトプットがコミュニケーションや会議体の設計、資料作成といったプレイヤーとしてこれまでやってきた業務と似た業務も多いですから、案外できているように見えるものです。
ただ、それはマネジメント力のおかげではなく、提供しているプロダクトやサービスの品質が高かったせいかもしれない。そうすると、ますます形式知化されたマネジメントをラーニングしようという欲望がなくなるので、ずっと感覚に頼ってしまう。それでは先ほど話したように、フェーズや状況が変わって対応できず、組織崩壊のきっかけになりかねません。
ミドルマネージャーとして成長するためには、まず自分自身が成長意欲を持ち続けることが大切です。また、感覚だけでなく、形式知化されたマネジメントのスキルを学ぶこと。様々な状況に対応できる力を身につけられます。
起業家とマネージャーの両輪が揃ってこそ、サービスは成功に近づく
神前:よくある話として、メンバー間のコミュニケーションでは大前提となる信頼関係が作れていないケースも、よく見聞きします。
長村:すごくよくある失敗例を挙げますね。私と神前さんが初対面だったとします。私は神前さんの信頼をゲットしたい。そんな時に「私は前職で上場も経験していて、元をただせばリクルート出身なんです。大学も結構なところを出ていて……」みたいな話を朗々と語ってしまう。
これって、私がマウントを取っているだけですよね。むしろ、自信のなさが露呈していたり、「話を聞いてくれない」という印象を与えたりしてしまう。信頼されるためには逆のアプローチをしなければいけません。「私のことはさておき、神前さんの話を聞かせてほしい」と、出身地やこれまでの仕事、成果を出すための工夫などを徹底的に聞く。まずは初見から信頼されやすい関係構築につながるはずです。
その上で、次のステップはお互いにルールを作って守ればよいでしょう。「朝10時に出勤報告をしましょうね」「ミーティングを終えたら簡単な議事録を送りましょう」など、小さなルールから徹底的に守る。そうすると、「この人は言ったことをちゃんと守る人なんだ」という信頼感が生まれて、評価者としての安心感も育まれます。
神前:まずは、徹底的に相手の話を聞くこと。次に、一緒に作ったルールを徹底的に守ること。この2つを揃えることが、信頼関係を築く上で重要なポイントだと理解しました。今日は長村さんのお話からも、起業家とマネージャーの両輪が揃ってこそ、成功するサービスが出来上がるのだということを、改めて感じました。
長村:そうですね。会社は起業家だけで成功するわけではありません。また、すばらしいサービスを生めば成功するものでもない。起業家とサービスが揃い、その先で事業や組織を作っていくのがマネージャーの仕事です。私は、起業家とマネージャーは会社を成功へ導く意味では、全く同じ価値を持っていると考えています。マネージャーは非常に難しい仕事ですが、両輪の一つを担っているという気概や自信を、ぜひ持っていただきたいと思っています。