SaaSスタートアップを支える「T2D3」という圧倒的な成長。その高成長を実現するためには、SaaSの世界を駆け抜けるための「戦略」が存在します。そこで、ALL STAR SAAS FUNDでは、全4回からなる短期集中型の連続講座を通じて、その戦略について多角的に考えていく機会をつくりました。
昨年度に引き続き開催する「ALL STAR SAAS BOOT CAMP」では、主にシードからアーリーフェーズの企業や、起業準備中のSaaS起業家へ、T2D3をハックするためのメソッドを見つけ出していきます。
課題を乗り越えてきたSaaS企業の現役経営陣とSaaSスタートアップの各成長フェーズを支援してきたALL STAR SAAS FUNDのメンバーが、実体験をもとに各テーマについて解説。第3回のテーマは「ファイナンス」です。
2022年からの金利上昇などを契機に、SaaSスタートアップを取り巻く資金調達環境は激変しています。それに伴い、SaaSスタートアップが成長資金を確保するハードルも一段と高くなってきました。「SaaSスタートアップはいかに成長資金の確保を成功させるか?」という問いに答えるべく、CFOと事業ドメインの責任者の両方を担い、「攻めのCFO」を体現するテックタッチ株式会社の中出昌哉CFOにインタビュー。
中出さんは、東京大学経済学部とマサチューセッツ工科大学MBAを卒業後、 野村證券株式会社にて投資銀行業務に従事、素材エネルギーセクターのM&A案件を数多く手掛けました。その後、カーライル・グループにて投資業へ従事し、テックタッチ株式会社にジョインした経歴を持ちます。
「あらゆるWebシステムに操作ガイドを簡単に追加できるサービス」である「テックタッチ」を手掛ける同社では、CFOロールに加えて、新規事業開発や事業戦略立案、プロダクト開発なども担われてきました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのシニアパートナーである湊雅之です。
(※この記事は、約1.5時間からなるセッションをテキスト化・再構成したものです)
第1回『2年間の「潜伏期間」で達成したPMF──T2D3を超えるスピードで駆け抜ける、ナレッジワークの徹底』
第2回『ARR10億円を超えたFORCASに学ぶ、T2期を最速で駆け抜けるGTM戦略の道筋』
CFOの役割と、6つの担当領域
湊:まずはCFOという役割の概要と、現状置かれている変化について、私から簡単にお話しします。
「CFOはスタートアップの成長軌道のインフラを構築し、あらゆる経済状況を乗り切るミッション・クリティカルな役割である」
これは、アメリカのBessemer Venture Partners(BVP)というSaaSに特化した著名なVCが書いた記事からの引用です。彼らはCFOの採用と財務チームの組成について、優れた洞察に富んだ記事を発表しているんです。
特に2023年8月現在、金融市場が厳しい中で、CFOがいかに成長軌道を維持しながら、ファイナンス面から経営を安定させていくかが問われる時代といえるでしょう。
SaaSのスタートアップでCFOが担当する領域は広く、大きく分けて6つの要素があります。
第一に、戦略の優先順位を決めること。第二に、財務会計の体制を整えること。第三に、FP&A(Financial Planning & Analysis、ファイナンシャルプランニング&アナリシス)といわれる、SaaSのKPIを設計、分析、レポーティングをすること。
第四には、資金調達と資金の分配。第五に、IPOの準備と実行です。そして第六に、これらをスムーズに進めるための事業部門との連携も欠かせません。
先ほど挙げたBVPの記事によれば、CFO採用の最適なタイミングは「ビジネスが複雑化している時」とされています。アメリカでは、ARRが10億円〜25億円ほど、シリーズC以降での採用が一般的です。
日本のスタートアップでCFOを採用するのは、私が知る15社の情報をもとにしてみると、シリーズA〜Bの間や、ARRでいうと1億円〜5億円ほど、おおよそ3億円前後というケースが多いです。これは、エクイティ・ファイナンスの専門性が高まり、CEOが手掛けられる範囲を超えた部分を埋めたいという要望に従って、採用されているからでしょう。
また、資金調達の方法も多様化しています。デットとエクイティの選択肢があり、海外からの資金調達も増えている。これだけ多様な局面がある中で、CFOが持つべき知識やスキルの幅も広がっています。
このあたりの認識、中出さんは違和感あるでしょうか?
中出:いえ、ないですね。アメリカのCFOのすごいところは、大きなハンドリングをすることが多いことに加えて、「経営企画部」の役割を担うところです。「超本格的なCEOの右腕」がなるべくしてなっている、という印象です。
その人たちは、やはり0→1より1→100のほうに強みを持っていますから、アメリカではシリーズC以降のジョインが、タイミングとして一般的なのは納得できるところです。
最初の30日間は「パフォーマンスできることで信頼を築く」
湊:では、 アーリーステージのSaaSスタートアップで、CFOがどういう仕事をしているのか。中出さんがテックタッチに参画してからの歩みをもとに紐解いていきましょう。CFOとして、事業を拡大するという観点で、どのように役割が変わっていきましたか?
中出:僕がテックタッチに入社した当初、特に注力したのはCFOの業務よりも事業拡大でした。プライベート・エクイティ・ファンドにいた時も、成長している企業に投資するのが基本ですからね。事業が伸びているところはリターンも大きい。
だから、CFOとしてはまずはKPIを整備したり、戦略を立案したりと、大局的な方向性を見据えました。それが入社後の1〜2ヶ月以内に実行したことです。当時、社員25人ほどだったので、自ら手を挙げて動くしかありませんでした。
湊:最初の30日間で、特に重視した点は何でしょうか?
中出:最初の30日間は、チームや株主から「この人はしっかりと仕事ができる」と認識してもらうこと。最もパフォーマンスしやすいところから、自分の能力値を証明することにフォーカスしていました。それがKPIの整備や戦略の整理、さらに大上段の戦略・戦術のイメージを形作るといったことだったんです。
湊:CFOは多くのステークホルダーと関わる立場ですから、早い段階で信頼を築くことが重要ですね。
中出:まさにその通りです。
湊:その後は、どのようなアクションを取りましたか?
中出:2021年9月にはSaaS企業のCSを念頭に置いた、新しいビジネスを立ち上げました。SaaS企業にテックタッチを導入してもらって、オンボーディングを楽にする、という事業の方向性を提案して、実際に進めることになったんです。とはいえ、営業もCSもいないので、全て自分でやるしかなかったのですが。
2021年12月には、かなり順調に契約が取れていたため、事業部として人を採用しはじめ、資金調達も両軸で進めていました。約半年かけて調達の目処が立ったところで、CS向けサービスは採用できた事業部長に任せ、僕は公共団体にフォーカスする新サービスの立ち上げをしていました。
そして、ちょうどその頃、事業が複雑化してきたこともあって「FP&Aが必要だ」と気づいたんです。FP&Aをしっかりと行ない、さらに会社全体を改善する方向に舵を切りました。今は、FP&Aも一段落して、プロダクトマネジメントにほとんどの時間を割いています。
会社にとって足りないピースを埋める係、みたいな感じですね。
湊:事業立ち上げにも携わるのは、アーリーステージだからこそ、というのも理由ですか?
中出:それも一つですが、経営陣の得意領域や人材のバランス、それから興味やタイミングとのマッチが大きいかな、と思います。事業の立ち上げには加わらないCFOもいますからね。
事業の解像度を高めることが、CFOの仕事をより確かにする
湊:中出さんはCFOでありながら、事業づくりにも深く関与していますよね。その背景にはどういった意味があるのでしょうか?
中出:事業への解像度を高めるためです。資金調達の際など、僕はピッチも一人で全て担当します。なぜなら、事業の解像度が高い人がピッチをすることが重要だと考えるからです。その際、営業よりも僕のほうがプロダクトのデモが上手いくらいでなければ、そのプロダクトの良さをしっかりと伝えられないでしょう。チャーンの理由を尋ねられて「CSに確認します」では格好がつかない。比較的、全てを自分が理解していれば、投資家も信頼を寄せてくれます。
湊:確かに、CFOがただ財務だけを理解しているというわけではなく、背景にあるビジネスの全体像を把握していることは、投資家からの信頼を勝ち取るポイントかもしれません。実際に、上場株の機関投資家と話すと、CEOとCFOをセットで見ているようですから。CFOが、特にアーリーステージで事業に関わっていく意味は大きいです。
中出:僕がいつも意識しているのは「経営陣の通信簿は『利益創出』で決まるべき」という言葉。これはカーライルで働いていた時、ジョンソン・エンド・ジョンソンの社長も務めたプロ経営者が、取締役会で発言した言葉の一つで、すごく心に残っているんです。
僕も経営陣として、利益創出を通信簿とするならば、売上だけでなく長期的な利益を意識することが大事だと感じています。
湊:経営陣としてのビジョンと、それを具現化する計画について、どういった塩梅で考えるべきですか?
中出:これは難しい問題で、ビジョンと計画は常にファインチューンが必要です。社長が大きなビジョンを持っているのは当然ですが、それを具現化するための計画はCFOが作成するべきだと考えています。
実際には、既存事業の成長計画は比較的簡単に合意できるのですが、全く新しいアイデアやビジョンに対しては、予算とリソースをどう配分するかが問題になります。これにはFP&Aも関わり、僕自身は既存ビジネスの拡大に関する計画は得意ですが、全く新しいアイデアに関する計画は経験がありません。
そういった新しい挑戦は、バジェットを確保して、適切な人材に任せるようにしています。こういった考え方については入社前から綿密に話をしましたし、たくさん議論をして、社長とお互いのことを知っていったのが大きかった。通り一遍でもないですし、理論的すぎないコミュニケーションがかえって良かったのだと思っています。
FP&Aを用いて、本当に「事業に使える事業計画」を作るべき
湊:長期的な利益を意識する上では、どういったことに主眼を置くべきでしょうか。
中出:そこで効いてくるのが、FP&Aだと考えています。
正直なところ、世の中には適当に作られてしまった事業計画がよくありますが、本来、計画は羅針盤になるべきです。目標にストレッチも効き、投資家から見ても期待が持てて、現実的なHowも明示されているような、「事業に使える」計画でなければなりません。
そのためには、売上高やコストをブレイクダウンし、さらにそれらをセグメントや単価、契約数にまで分解します。また、数値だけでなく、その数値が何を意味するのか、どのレバーが重要なのかを理解することも欠かせません。
例えば、チャーンレートは「悪くなったらチェックする」といった遅効指標なので、常に見るようなものではありません。しかし、契約数はブレイクダウンして見ることが大切です。あらゆるチャネルからのリード数とコンバージョンレートを検証した上で、いったいどこがレバーとなり、何をしなければいけないのかを理解する。そこで戦略が必要になる。
そのためには、やはり全てを数字で可視化することからはじまると思っています。僕たちがよくやっているのは、マーケティングの推移を見たり、ベンチマークしている他社に尋ねてみたりしながら、自社の改善ポイントをあぶり出して、タスクフォースを組むことです。
FP&Aと聞いて連想するKPIは、「MRR成長率」が最たる例だと思います。他にも、NRRやチャーンレートといった、「誰が見ても良い/悪い指標」は見るのですが、遅効指標なので、業界平均と比べて悪ければブレイクダウンするくらいでいいでしょう。
フォーカスすべきは先行指標です。そして、ツリー化と数字の可視化から目標を設定します。事業が複雑であればあるほど、MECE構造は複雑になりますし、それらを一つひとつ、潰していくのは気が遠くなるような作業です。でも、事業部に実現可能性や実効性を確認しながら、真摯に取り組んでいますね。
湊:FP&Aはどのタイミングからはじめるべきでしょうか?
中出:FP&Aに関しては、過去のデータと比較できるように、必要な情報を早めに集めておくべきだと考えています。
最近になってSalesforceの精緻な運用が本格化したので、過去のデータがまばらなのが現状です。そのため、どの情報が必要かを早めに把握し、それを集める作業は早急に行なうべきです。それらを本格的に分析するのは、シリーズAの後半からシリーズBに入ったくらいから、はじめるべきだと個人的には思います。
湊:確かに、シリーズAが一つのトリガーとも言えます。1年間ぐらいのデータがないとFP&Aは難しいでしょうから。アメリカでは、CFOがシステムまわりも管理することが多いですが、日本ではまだそれが一般的ではないようです。FP&Aを本格的にはじめる基盤を整えていくのも大切だと捉えて、シリーズA直後から動き出せるといいですね。
CFOの腕の見せ所は、どこに表れるか?
湊:数字をしっかりと分析し、それに基づいて戦略を立てる重要性を、あらためて考えさせられるお話です。ここで一旦のまとめではありますが、中出さんが考える「アーリーステージのSaaS企業における理想のCFO像」は何でしょうか?
中出:僕が考える理想像は、ファイナンスがしっかりとできる経営陣であること。経営陣に求められるものは利益創出ですから、トップラインを伸ばす必要があるなら事業を自ら作れたり、FP&Aで事業を一緒にドライブできたりと、事業の方向性や戦略を練り、それを実行できなくてはなりません。
また、やはりC「F」Oである以上は、経営陣の中でも資金調達戦略ができることは必須だと思います。ただ、それは単なる短期的な調達ではなく、長期的なビジョンに基づいた調達であるべきでしょう。
「シリーズAでどうすればいいか?」といった観点ではなく、「これくらいの山を登りたいから、シリーズBでいかなるファイナンスをするか」といった戦略を立てる。もし、目指す山が現状でそこまで高くないなら、大型の資金調達でないほうが良いケースもあり得ます。
企業全体を見つめ、長期的なファイナンスストーリーを共に描けるパートナーがCFOです。
はっきり言えば、資金調達前にバリュエーションを高めて大型調達を図るようなことは、やろうと思えばできるのです。でも、それを「やらない」と決断することも含めて、CFOが判断やアドバイスできるところにこそ、腕の見せ所があるのではないでしょうか。
湊:VCである立場からしても、長期的な観点のストーリーを描けることは、大事なポイントだと感じます。ここはスタートアップでも取り組みに濃淡が出るところ。みなさん実績については語れるのですが、特にアーリーステージでは不確実性が高くなりがちですから、その先にあるストーリーに魂を込めて話せることは、より重要性を増しますね。
中出:僕自身も、入社した瞬間くらいから、明確ではないにしてもシリーズB以降のストーリーは考えはじめていました。おそらく論点になるであろうことは事前に潰せるように、常にマネジメントとディスカッションする際にも議題に挙げていました。僕もそれを意識しながら事業をドライブしていましたね。
ピッチデックは、渾身のラブレターだ
湊:次に注目すべきはピッチデックの作成です。中出さんが考えるポイントは何でしょうか?
中出:ピッチデックの作成においては、主に2つの要点があります。まず、投資家が何を重視しているのか事前に理解しておくこと。次に、自社の紹介を簡潔に、インパクトを持って伝えること。特に最初の10分で投資家に興味を持ってもらえるかで決まると考えています。
要は、10枚以下、時には一枚に絞った渾身のスライドで、ラブレターを書くこと。これに尽きると思います。
湊:投資家が何を評価するかについて、情報収集はどのように行なっていたんですか?
中出:主にはVCと会うなど、足で稼いで収集しましたね。調達なども抜きにして、純粋な質問を投げることも多かったです。
たとえば、「どれくらいのリターンがあると踏んだら投資したいと思うんですか?」と聞いてみる。仮に「5倍は必要かな」と答えられたら、「自分たちが仕込んでいる事業計画では投資が難しいと判断されるかもしれない」と後々になって参考になりますよね。投資家と目線の高さを合わせて、ストーリーラインを理解し、チューニングを合わせる感覚ですね。
湊:確かに、一人のVCとしても、そのあたりは遠慮なく聞いてくださっても構わないな、とは感じます。他にも、ピッチデックでインパクトを出すポイントがあれば、ぜひテックタッチさんの例を交えながら教えてください
中出:ピッチデックを10枚に絞るとなると、最初に出てくるページは絶対に「なぜ、この会社にあなたは投資すべきか」だと考えます。そこで自社の明確な強みを伝える。それから、テックタッチが関わるドメインの広さと、経営陣の強さをアピールしました。
「MRR成長率が高いです」「チャーンレートは低いんです」といった実績値は、もちろん大切ではあるのですが、正直なところポイントにはならないのではないか、と。それよりも、頭に入ってきやすい部分だけにフォーカスをグッと当てる。10枚以下のスライドで勝負しようとすると、これぐらいしか言えないと思うので。
大切なのは、見せるスライドの全てに、ストーリーラインが通底していること。投資家に覚えてもらいやすく、インパクトを与えられると考えています。
シリーズBの調達。実際に何をしたのか、どう動いたのか
湊:実際に、シリーズBの調達での経験について教えていただけますか。特に、投資家をどのように選んだのか興味があります。
中出:シリーズBでの投資家選びには独自のアプローチがありました。一つ目は、CVCを多く取り入れたかった点です。僕たちの製品はエンタープライズ向けなので、導入事例も含めて、それらのご支援という意味でもCVCからの調達が有用だと考えました。
二つ目は、当時の市場状況が「SaaSクラッシュ」の直後であり、非常に厳しい状況だったため、既存投資家であるDNX Venturesさんには少額でリードしてもらう形を取りました。全員のモメンタムが良くない時でしたが、事業には自信があったのと、仮にクラッシュした後も次の調達でダウンラウンドには絶対にさせなくはなかった。比較的、コンフィデントはこちら側にあったものの、それを一から理解することはハードな話ですから。
湊:バリュエーションはどのように決めたのですか?
中出:バリュエーションについては、多角的に考えました。一つは他社とのマルチプル比較、もう一つはMRR成長率やチャーンレートなどのKPIに基づいた評価です。そして、最も多くの株を持っているのが創業者なわけで、そのあたりもしっかりと議論しました。結局、指値で「このあたりが良い」というレンジを設定して検討を進めました。
湊:調達の際に、バリュエーションを先に明示するケースとそうでないケースがありますが、中出さんはどうされていますか?
中出:僕はバリュエーションを先に明示する派です。シードでも出すでしょうね。投資家も忙しいですから、価格を先に出して「これが我々の評価です、どうですか?」と尋ねるほうが、後から「高いからダメです」と言われるよりも良いと考えています。
自分の時間の使い方としても、調達はミニマムの時間で済ませて、事業にどんどんフォーカスすべき時だと思うんです。まずは「伸るか反るか」で一回出してみて、仮に全員からフラれたら再度検討し直すくらいのほうが、かえって効率的ではないかとは思っています。
VC調達に成功するポイント、銀行からの借入で踏まえるポイント
湊:ここまでを踏まえて、VC調達に成功するためのポイントは何だと思いますか?
中出:まずは事業の進捗と、信頼関係の構築がポイントでしょう。投資家側の立場になって見て、考えてみるんです。まずは事業が良くて、それを運営している目の前にいるCFOが良い人である、というインパクトは大きいですよね。投資家のことを理解し、人間関係を考慮すると、事業が優れているだけでは足りないことがわかってくる。この点は、営業活動にも似ていると感じています。
湊:おっしゃるとおりだと思うんですよね。VCは人間関係の個別性がかなり高いです。金融機関のような基準よりも流動的で、同じVC内でも差が出やすいところもありますからね。もし、資金調達でVCとの交渉がうまくいかない時、どう対処すべきですか?
中出:まず、短期的な視点での交渉に囚われないように心掛けています。例えば、シリーズAでのバリュエーションが思ったより低かった場合でも、長期的に見てそのVCから多くのサポートを受けられるなら、短期的な損失は許容できると考えます。
それでも交渉が難航する場合は、他の投資家とも交渉を進めて、BATNA(最良代替案)を高める。必要ならば交渉のテクニックも用いて進めます。最も大切なのは、長期的な視点を持つことでしょう。
湊:あとは、スタートアップにとって借入は必要だと考えますか?
中出:絶対に必要です。理由は希薄化しないから。スタートアップはほとんどが赤字ビジネスですが、デットファイナンスでランウェイが伸ばせるなら、希薄化せずにバリュエーションも上がります。
大企業と違い、スタートアップは「死ぬ時は死ぬ」と割り切って、なるべくランウェイを伸ばして、なるべく良いバリュエーションで調達していくことが正攻法だと考えています。
湊:VCと銀行は、求めるポイントが違いますか?
中出:明確に違いますね。VCは将来の大きなリターンを求めますが、銀行は次のエクイティ・ファイナンスのがい然性を重視します。裏にいるVCの強さはありつつも、銀行には事業計画や次回資金調達の確実性がアピールポイントになるでしょう。
湊:やっぱり借入とVC調達で提出する資料は違うのでしょうか?
中出:基本的には同じ資料を提出していますね。銀行には「黒字ケース」など、特定のケースに対応した資料も別途作成します。銀行もVCもそれぞれの立場でしっかりとした知見を持っていらっしゃる方ばかりなので、透明性を持って全ての情報を共有することが最も効果的だと考えています。
銀行員も投資家向けの資料があることくらいは理解してますから、包み隠さないことが大事かなと。「市況環境が悪くなれば、ブレーキを踏んででも黒字を出します。ただ、僕らはスタートアップなので、VCに出している強気の計画で勝負しにいきます」という言い方をするくらいのほうが、相手も納得しやすいものです。
湊:ありがとうございます。スタートアップにおけるCFOの理想的な動きを知ることができました。