サブスクリプション・サービスの管理業務を支える業界リーダー、Zuora。
新興企業から大企業まで、世界中のあらゆる業界で、21世紀の初めに花開いたサブスクリプション・ビジネス。その収益化を支えるSaaSとして、世界13カ国の事業拠点から、150カ国以上へビジネスを展開するグローバル企業へ成長しました。現在は1200名を超える従業員を有し、“サブスクリプション・エコノミー”を支援しています。
ARR1億ドルを突破した後も、持続的に成長し続けていくために、必要なこととは何なのでしょうか? 成長過程における戦略の極意について、ALL STAR SAAS FUNDの前田ヒロがZuora創業者CEOのTien Tzuo(ティエン・ツォ)にインタビュー。
※2021年6月9日に配信されたウェビナーより、内容を翻訳した後、抜粋・再構成して記事化しました。
ARRは山登りだ。スイッチバックで進む「7つのフェーズ」
──以前にお話したのは2年前の東京でしたね。ZuoraはARR1億ドルから3億ドルへ成長している最中でした。このフェーズを振り返ると、3億までは滞りなく成長できましたか?
あれは収益ゼロからARR10億ドルまで、成長を続けるスタートアップ企業向けのモデルを作成した頃でした。スタートアップは大企業より成長が速いですから、ARRゼロから1億、1億から3億といったように、それぞれの転換点がかなりの速度でやって来ます。
それを登山に例えたのですよね。
──ARR0ドル〜100万ドルを「アイデアの証明」、1億ドル〜3億ドルは「業界の証明」といったように、7つの証明をしながら登る「The Climb」モデルを紹介してくれました
(※モデルについては以前に前田ヒロがブログでまとめています)。
富士山に登る時だって、僕らは直線的に登ったりしません。行ったり来たりを繰り返して、スイッチバックで進む。Zuoraも同じです。ARR3000万ドルから1億ドルまでのマイルストーンはかなり順調でした……でも、1億から3億への成長は、やや困難でしたね。
実際、いくつかの問題がありました。まずは、上場企業であったこと。私たちは十分に準備ができているものと思っていましたが、やるべきことがわかった段階で、上場会社としてそれを達成するのは、より困難だとわかったのです。株価を見ていただくと、まさに「1歩進むために2歩下がる」必要があったと、おわかりいただけると思います。
新しいマネジメントチームの導入も必須でした。私が戦略を考えるだけでは不十分で、もっと幅広い人員に戦略を共有しなくてはならなかったのです。経営の詳細を把握し、組織的に戦略を実行する必要がありましたから。「私ではなく、チームから戦略を打ち出す」という方針への転換は容易ではなかったのですが、ようやく軌道に乗ったと感じています。
データを信頼できる運営システムが必要になる
──マネジメントで新たに加わった人たちにはどんな特徴がありましたか。
スケールさせたい時に重要なのは「一貫性」です。私たちが現場から遠ざかるにつれ、マネージャーは実際の仕事に携わる社員を力づけられる存在でなければなりません。そのためには戦略などに対して、より明確な理解が必要になります。
「明確性」は重要です。明確性とメッセージこそ、新たな社員が求めているものだから。
──「マネジメントの変化が必要だ」と考えさせられる出来事があったのですか?
1億ドルから2億ドルへ成長するには、セールスなど「売る」ことがうまくいけば大きな力をつけられることがわかりました。しかし、3億から10億への成長となると話は変わります。システムへの依存度が非常に高くなり、スケールアップする必要が出てきました。私はそれまでのシステムでも対応できると思っていたのですが、間違いでした。
私たちは「月曜日の朝」「月初」「四半期の初日」といったタイミングで、セールスレポートや一連の数字を見ながら、どこか言葉遊びのようですが、「構築したシステムが機能していること」を理解できるようなシステムを構築することが重要でした。
一つ、例をあげて説明しましょう。
以前までは、現場へ出る社員に多くのコーチングを施していました。彼らは実際の取引に関わるからです。同じように、第一線で活躍するプロフェッショナルサービス担当ならクライアントと、エンジニアリングのマネージャーならプログラミングに関わります。
現場の状況が把握できていれば、現実的に「何が起こっているのか」はわかるのですが、企業が次のレベルへ移行すると、そうはいかなくなります。「取引に直接関わっているセールス担当者」を管理するためのセールスマネージャーを、私たちは管理する立場になります。
すべての取引に直接関わることができなくなった場合、取引が成功しているかどうか、いったい何で知ればよいのでしょう。この成否に使える“リトマス紙”は何なのでしょう。つまり、層が一つ増えたのだと考えてみてください。階層が増えるたびに、自分のところまで上がってくる情報が正しいかどうかを知るためのシステムを構築する必要が出てきます。
今の私たちはデータを信頼できるような運営システムを持っています。ビジネス全体をまわすための運営の仕組みともいえますね。現場で仕事をする営業からインサイドセールス、マーケ、CSM、サポートに至るまで、KPIと判断基準を把握しやすく、それに向けたデータの取り方も進化しています。
そして、毎週、毎月、毎四半期と定期的に利用しているオペレーション・ケイデンスがあります。大規模な事業を展開している人たちならば、「Zuoraは必要なものを手に入れたな」と直感的にわかるでしょう。
最近では、四半期の予測を立てるようにしています。目前の四半期だけではなく、それに続く時期のものも合わせて、1年を通じての予測です。ですから、必要なのも「1年後に何が起こるのか」を見極められるようなシステムであり、そのための機能を持ち合わせていなくてはなりません。機能の構築、増収、管理コスト……どれについても、それが言えます。
──今後2〜3年の間に直面するであろう課題、克服しなければならない課題は?
この記事を目にする多くの人が、SaaS企業の創設者や経営陣だと思います。そうした立場の方々にとって、「常に生じる変化」はやり甲斐であり、困難な点ですね。
だからこそ、ARRの成長を登山に例えたのです。各フェーズで会社が変わらなければいけないし、経営者自身も変わっていかなければなりません。つまり、白紙の状態に戻って考えることに慣れなければいけないのです。それまでの経験や学習はすべて役立てながらも、その状態から仕事の内容を書き直した経験はありますか?
そういうことを、常にやらなければいけないんですよ。チームが整い、安定し、計画が整った今、私も実際に進めているところです。
「私の頭の中では明確なこと」の落とし穴
──1億ドルから3億ドルへの転換期において、最も時間を使ったことは?
「何がNDR(売上継続率)を促進しているのか」という大きな戦略的課題がありました。私は創業者として、また会社とともに成長してきた者として、「自らこの要因を理解しよう」と言ってきました。
掘り下げてデータを見ることに20〜40時間を費やし、「NDR(売上継続率)を動かしているものは何か」という美しいスライドを作りました。それを見た社員の誰もが同意してくれました。しかし、彼らはそこに至るまでの思考プロセスに参加していたわけではないので、究極的に私自身の課題になってしまったのです。
確かに私の考えであり、私の問題なのですが、実際に現場を含めて起きる出来事の中には、私が関わらないものも多くあります。そのため、私の頭の中では明確になっていても、私のチームや、さらにその下部のチームは同じように考える必要がなく、同等レベルの明確さも持っていませんでした。
優先順位をつけて、主要な問題を洗い出す必要がある。
主な戦略的方向は何なのか?解決すべき主要な課題は何なのか?
彼らは実際的に把握していないわけなので、私はソリューションを生み出すのではなく、課題を定義する立場になる必要がありました。でも、どの問題もすべて取り上げるわけにはいきません。優先順位をつけて、主要な問題を洗い出す必要があります。主な戦略的方向は何なのか?解決すべき主要な課題は何なのか?
大きく成長した企業でそれらを遂行するには、シンプルにまとめる必要があります。どう凝縮して伝えるかが問題なんです。
顧客の成長フェーズに合わせた寄り添い方をする
──私が読んだものの中で、あなたは「Journey to Usership - ユーザーシップの旅をしている」と書いていました。具体的にどのようなもので、その背後にある理論やアイデアとは何ですか?
「顧客が取り組んでいるサービスやビジネスを、成功に導いていくためのフレームワークの最新版」と言えるでしょう。
3億ドルまでの過程で気づいたのですが、私たちのサービスを利用している企業の多くは、新しい企業を獲得しようとしていた時期に焦点を当てたものだったんです。当時の私たちのビジネスの多くは、他のSaaS企業との共同作業でした。
それらの企業は、ARR1000万ドル、3000万ドル、5000万ドルという単位の企業です。そのような企業に当社のシステムを導入してもらい、より成功してもらおうとしました。ZuoraがZoomと仕事を始めたのは、3000万ドル規模の頃です。今では60億ドルになりましたが。私たちは、Zoomの旅のスケールアップを支援できたわけです。
そして、この過程において、Zuoraも強化されました。HubSpotでも同様です。私たちにはサブスクリプション・ビジネスに関わろうとする顧客が数多くいます。今後3年から5年で収益基盤を切り替えていきたい顧客もいます。
私たちは一歩下がった立場から、顧客がそれぞれの成長段階にいることを理解し、そのビジネスが成長するためには、どのように関わっていくべきかを知っていることが重要です。
この関わりには、大きく4つのフェーズがあります。「立ち上げ」「最適化」「スケールアップ(拡大)」「リード・維持」です。中でも重要なのは「最適化フェーズ」です。
かつて、IOTを使った家電のCEOと話をしたことがあるんですが、彼らはローンチの段階では製品を市場に出すことだけに集中していました。今ではサブスクリプション・ビジネスの製品を3つ市場へ投入し、学習段階にあります。今ではCAC(顧客獲得単価)、チャーン、LTV(顧客生涯価値)などを把握し、データに基づいて意思決定をしています。
このままでもスケールアップはできますが、最終的にはチャーンを目標の位置まで持っていくことができれば、ビジネスモデルがうまく稼働するようになるでしょう。先へ先へ進む前に、考えるべき問題を解決していくのが最適化フェーズです。
もう一つの重要なフェーズとして、ビジネスが順調に拡大し、ARR3億ドルからARR10億ドルへの「スケールアップ」を考える段階があります。Zoomの爆発的な成長のようなものです。もし、会社がかつてのZoomのようならばチャンスです。彼らもビデオ会議のソリューション会社では終わりたくないと、電話やコラボレーション市場への進出を図りました。
そういう時にこそ強力なリーダーシップを発揮して、エコシステムとなれるのです。サブスクリプション・エコノミーでは可能です。これこそが「旅」です。私たちは、それぞれのステップで心配しなければならないことを文書化し、フレームワークを用意しています。だからこそ、今ではより洗練されたカスタマーサクセスのフレームワークといえるのです。
──興味深いです。新たな顧客ができれば、その成長のすべての段階を導き、最終的には Zoomのような企業にするわけですね。
そこからは長期的な関係が築けます。Zuoraの仕事にとっての重要な部分です。
そして、それが徐々に浸透していく。このようにして、私たちは販売組織を設計し、カスタマーサクセスも生み出します。エンジニアの製品組織も、そのように考えています。
ですから、大きな目で見れば「科学的」と言えると思います。現在の位置付けがわかったなら、次のフェーズやステップに行くにはどうしたらいいのかを考えよう、ということです。
クロスセルやアップセルは「より多くの価値を」で考える
──クロスセルやアップセルの戦略についても、多くのSaaS企業が悩んでいます。第二、第三の製品となるような新プロダクトについて、どんな考え方をすべきでしょうか。新プロダクトを出す最適なタイミングとは、いつだと考えますか?
Zuoraでも多くの人材を投入しましたし、ARR1億ドルから3億ドルへの道のりの一部であるべきです。
もっとも、TAM(Total Addressable Market、最大市場規模)を獲得しようとしているビジネスもあって、それが10億ドルへの成長力になることもあります。でも、そんなことは滅多にありません。例外です。
単純に計算すれば、1億ドルの収益を得るために獲得した顧客数を10倍にすればいいだけです。ところが、その山はかなり険しいことに気づくでしょう。皮肉なことに、より高いNPS(Net Promoter Score)、より良いCSAT(Customer Satisfaction)、低いチャーンを得る良い方法は、より多くの顧客へ販売することである場合も多いのです。
クライアントがより多くを支払うということは、より多くの価値を提供する必要があることになります。では、既存顧客により多くの価値を生み出すにはどうしたらいいのか。アップセルやクロスセルでは、それを深めて考えなくはなりません。そうでなければ、いずれ顧客は「ずっと同じ製品を利用してきた」と思ってしまうでしょう。
言い換えると、「ずっと同じ価値しか得てきてない」と考えてしまうわけです。そんなタイミングで、あなたの半分の価格で同じ製品を提供できるライバルが出現すれば、顧客を取られてしまうかもしれない。「これまでの製品と比べて質は劣るかもしれないけれど、価格は半分ですし、他にも付加価値がありますよ」などと言ってね。
常により多くの価値を追加していれば、顧客は引き続き、好んで関係を結んでくれる。
しかし、あなたが常により多くの顧客課題を解決し、価値を追加していれば、顧客は引き続き、好んで関係を結んでくれます。大切なのは、毎年、課題を解決し、手にできるものが増えている感覚です。より高い価値を得ていると満足してもらわなければなりません。
そこで顧客のことを第一に考え、より多くの価値を生み出す。そうすることのできるビジネスモデルを持つことが重要です。そのためにもより多くの製品が必要になります。
──「既存製品により多くの機能を追加する」というのとは、違いますよね?
それだとパッケージングにすぎません。
HubSpotのブライアン・ハリガン(CEO兼共同創業者)と、彼らがIPOをする半年前に話したことを覚えています。彼は「僕は今、一つのプロダクトしか持っていない。マーケティング製品だけだよ」と言っていました。
当初、HubSpotは「マーケティング製品」として扱われていました。そして、HubSpotはこの頃、顧客に価値を提供し続けたいがために、使われていない機能を足してばかりいたのです。その結果、機能の積み重ねによって製品自体が非常に複雑になっていってしまいました。
この”複雑な機能の集合体”となってしまった製品をシンプルに洗練させるために、マーケティングハブ、セールスハブ、サービスハブ……など顧客の目的ごとに分かれた製品を提供しつつも、それらを組み合わせて繋げて使える「ハブ」という概念を生み出しました。
戦略とは「組織の能力に直結するもの」であるべき
──製品の発展段階には、どのように優先順位をつけるのですか。純粋に、獲得できる潜在的なTAMだけを考える? それとも会社のポジショニングに気を配る?
50人から400人規模の会社なら、それは正しい質問と言えるでしょうね。
創設者やCEOとしてのあなたは、少しその課題から離れましょう。リトリートへ行くようなものです。そして、山に登ったり、熱いお湯に浸かって、考えて、考えて、考えます……そうすると、答えが浮かんできます。自分という存在が大きくなると、うまくいきません。
いかに、組織に正しい戦略を考えさせるのか? 市場で起こっていることに対処するにはどうしたらいいのか? それを組織の筋力として、どう発展させるのか?
つまり、一貫したケイデンスが必要です。おそらくは年間ケイデンスが必要でしょうね。それ以外にも四半期ごと、あるいは毎月を基盤にして行動できるケイデンスも必要です。市場で何かが起こっていれば、来年まで待ってから対処するわけにはいきません。その月のうちに、そして同じ四半期内に、行動しなければ。
戦略に取り組む際には「どうやって答えを導き出すか」ではなく、「どうやって取り組むか」を考える。
戦略に取り組む際には「どうやって答えを導き出すか」ではなく、「どうやって取り組むか」を考えましょう。戦略とは「とりあえず後で考えて答えを見つける」というような方法ではダメなんです。戦略とは「組織の能力に直結するもの」でなければなりませんし、組織が実行できるものであるべきです。
組織を導くあなたが「どうも正しいと思えない」なら、もっと考える必要があるといえます。あなたは多くのお客様と話をしていますから、自分が組織の目であり耳となって、市場に何が起こっているかを直感的に感じ取ることもできます。そして、正しい答えを導き出すためには、実際に組織で戦略的計画を立てる必要があります。
──計画を実現するためには、組織内に特定の機能を構築することなのか、それとも全員に特定の価値観を受け入れてもらうことなのか……実行するにはどうしたらいいのですか?
私は多くのモデルを見てきましたし、戦略的計画を立てられるCEOも確かにいます。ただ、正しいやり方であろうとも、知識や情報というのは各人の頭の中にあって、誰か一人の頭に集中しているわけでもありません。
そうでしょう? セールス担当者、カスタマーサクセス担当者、エンジニアたちの頭の中に分散されているものです。だからこそ、社員全員が一堂に介し、お互いの言い分を知ることができるようなプロセスを設けなければならないんです。そのプロセスはシンプルであるべきです。セールス担当者がエンジニアリングを深く理解することはできませんし、エンジニアにセールスの話をしても混乱するだけです。
組織に分散した考えを、上位のレベルに持っていくためには、どのように合成したらいいのか。グループ内の会話から真実がわかってくるまで繰り返すにはどうしたらいいのかを考えなければなりません。
役員を迎える前にする、3つの自問自答
──SaaSの創設者や取締役からよく受ける質問として、「新しい役員にはどういった人材を選ぶべきか」「取締役チームをどのように構成すべきか」があります。Tienさんは、この課題をどう捉えていますか。
次の3つのことを考えるでしょう。
- その新しい役員の目的は何で、どうすればその目的を果たせるだろうか?
- なぜ、その人を選んだのか、具体的に説明できるだろうか?
- 特定のボードメンバーに求めるものは、いったい何だろうか?
そして、基本的な条件はいくつかありますが、私としてはモチベーションを求めています。その人材が取締役会の役員になることで求めているものと、私たちが役員に求めているものとの間に、モチベーションの一致がちゃんとあるのか。だからこそ、ビジョンやミッションは心を躍らせるようなものでなければなりません。Win-Winの関係であるべきなんです。
私たちは、相手が求めている学習経験や満足感を提供できるのだろうか。彼らが次の旅に出ようとするとき、私たちはそれを提供できる場所になれているのだろうか。そして、私たちも彼らと同じように「一致する経験」ができるのか。「一致する経験」というのは、私たちが向かおうとしている世界観に馴染みがあるのか、とかですね。
この新たなビジネスモデルで成功するためにも、世界有数の企業と、いかに支援やパートナー関係を結ぶかが重要です。その関係性は、何を意味するのか? Zuoraのビジネスのあらゆる部門に、どう影響するのか?
新しい役員候補はある程度の専門知識を持っているものです。マーケティング、戦略、プログラミング、市場、プロダクト……それらの領域のメンターや相談相手になってもらえますか?
もし、それが叶うなら、良いダイナミズムが生まれますからね。
ビジョンとは「可能なことの文脈」である
──Zuoraほどの規模になると、他の役員や立場のある人と足並みがそろっているかを確認するのも大変そうですね。よく使うプロセスや方法のようなものはありますか?
取締役員の一人だったPeter Fentonが2年ほど前に教えてくれた、リクルーティングと採用について書かれた『Who』というタイトルの本があります。ある章で、スコアカード作成の必要性が述べられていました。『Who』で勧めているのは、技量は二の次で、その人材に出してほしいと思う成果に焦点を置いたスコアカードなんです。
そこで私は、全員に「ビジョンは何か」というスコアカードを作りました。この役割に対する「私のビジョンとは何か」。そこには「どんな背景があるのか」。いったい「どんな大きなチャンスがあるのか」……私が正しいビジョンを描き、それにふさわしい人材がビジョンを見れば、「やる気が湧いてくる」と言ってくれるでしょう。
つまり、ビジョンとは「可能なことの文脈」といえます。これらが私たちが視覚化できるものです。
では、ミッションとは何か。ミッションとは行動の内容で、それを受け入れられれば、自分のミッションになりえます。これは『ミッション・インポッシブル』からの引用ですが。
仮に、私が期待している成果が3〜5つあるとします。それを達成したいけれど、どうやったら達成できるのかはわからない。そこで、これらの成果を達成するためのミッションに情熱を持って携わり、自分の持てるエネルギーを注ぎ込んでくれる人材を探すわけです。
そうすると、目標が明確になります。それから、どんな技量が必要なのかを細かく見ていくんです。成果を上げるには、その必要があります。
しかし、時には技量の見極めを誤ることもあります。あるいは、過去にそれを成し遂げた経験のある人材を探すこともあります。ただ、過去に達成の経験がある場合、まったく同じことをもう一度やりたいとは思わないかもしれないですよね?
そこで、今までのキャリアで積み上げてきたものを考慮し、その上での私の設定したミッションに取り組む準備はできている、と言ってくれる人材を探します。情熱に溢れて、ミッションに対して高揚感が持てる人材です。
──面白い見方です。こちらが期待しているものは何かがはっきりします。人材確保に絶対に良い方法だと思います。特に、会社に影響を与えるような人材を求めている時には。
それでも、採用するには多大な努力が必要です。それは絶対に避けられません。
あと、たまに冗談で言うのですが、スコアカードをちゃんと書いてさえおけば、欲しい人に配ることができるんですよ。そのスコアカードに最も縁のある人が、採用するのにふさわしいでしょう?
物理的な製品は、いずれSaaSへ変わっていく
──サブスクリプション・エコノミーについて、Tienさんの直近のご意見を伺いたいです。2年前と比べて楽観的ですか、悲観的ですか。それとも新たな観点をお持ちでしょうか。
もちろん以前より楽観視です。毎日、サブスクリプション・エコノミーがより大きくなってきているのを目にしていますから。
Appleが基本的にすべての広告をブロックし、プライバシーを優先しているのも、サブスクリプションを取り込んだ直接的な結果です。顧客は2〜3年に一度はMacbookやiPhoneを買い換えるでしょうが、その間にもAppleのサブスクリプションサービスに加入しています。
このように、サブスクリプション・エコノミーの世界は、まだ始まったばかりなのです。SaaS自体もIT支出総額の10〜20%に過ぎません。
日本では、製造業を中心とした物理的な世界が注目されていますね。でも、あらゆる物理的な製品がSaaS製品に変わりつつあります。Zoomが、顧客はZoomをどのように使っているのかを把握しているように、トヨタ自動車もユーザーがどのように車を運転しているかを見ることができます。富士通のヘルスケア部門なら、顧客が各種のメディカルデバイスを利用したスキャン数も見られます。
物理的な製品を提供しているあらゆる企業が、基本的にSaaS企業になりつつある。今後10年も、それが続くことでしょう。
──サブスクリプションによって、所有に対する考え方が大きく変わりましたね。現在起こっている流行はNFTです。サブスクリプションの伝道者であるTienさんは、NFTに対してどういった意見をお持ちですか。反NFT派? それとも、Tienさんの業界の競合?
いいえ、オーナーシップというものがありますから。NFTで起こっていることに目を向けると、アートシーンでの利用が増えています。グッズに対する所有の考えは変わりはしないと思います。機能的価値のあるものを所有することとは、ちょっと違いますし。
グッズとしての所有とは、つまりは投資として何かを所有するということです。ですから、投資はギャンブルへの小さな一歩といえます。これらの要素が暗号通貨の価格を動かしているのだと思います。需要と供給に押されている部分も大きいのですが、投機的な面もかなり強いでしょう。
一般で目にしているNFTとは、複製ができず、自分だけしか持てないものを所有するようなことです。人間は、こうした唯一的なものに対して「自慢する権利」を得たがるようですが、それはニッチなハイエンド市場ですよ。
うまくいくかは、私にはわかりません。Netflixに加入するのではなく、映画のNFT版を購入するとか? ……それは道理に合っていないように思います。
──SaaSやクラウド、NFTが融合したり共存したりするような場所ができると思いますか?
それらは直交的だと思います。ブロックチェーンは基本的に分散型のデータベースですから、所有者のいない分散型データベースに意味はあるのでしょうか?
ブロックチェーンが意味を持つケースとしては、公共財のようなものでしょう。政府や公共機関の関係ですね。シェアード・コミュニティや非営利団体などは、うまくいけば大きな成果を上げることができそうです。
しかし、SaaSのような非上場企業にとっては理に適わないと思いますね。SaaSベンダーなら、価値あるサービスを提供できるようにもインフラを所有することが重要だからです。かつて、CRMシステムのパブリック・バージョンを作成した人がいたと思いますが……どうも合理的ではなかったように思います。
──今日はとても楽しかったです。2年前と比べて、Tienさんがどのように変わったのかを知れたのも興味深いことでした。
以前との考え方の変化や優先すべきものの違い、そして世界観の変化などを知れるのは、確かに興味深いことですね。あと、白髪が増えました。少しですけれど。
──Tienさんご自身の変化や、経済が時間を経てどのように変わっていくのかを見るためにも、ぜひ定期的にお会いしたいです。
もちろんです。ぜひ、そうしたいですね。