アメリカのビジネス環境は競争が激しく、採用においても多くのユニコーンやデカコーンとの間で優秀な人材の争奪戦が繰り広げられています。この競争環境で成功を収めるために、ハイパフォーマンスなマネジメントは必要不可欠。さらには言えば、多国籍でダイバースな環境であっても、全員を同じ方向へ導くリーダーシップも求められるのです。
そんな最前線の地で起業し、確かな結果を残した日本人がいます。Y Combinatorに日本人として初めて採択され、2012年にアメリカで福利厚生SaaSを提供するFond Technologies, Inc.を創業した福山太郎さんです。Salesforce、Facebook(現・Meta)、Visaといった顧客にサービスを提供し、Y CombinatorやAndreessen Horowitz、DCMからも投資を受けました。2023年にはFondをEdenredへ売却、その後はエンジェル投資家として日米のスタートアップに投資するほか、SmartHRの社外取締役を務めています。
今回は『アメリカで10年戦ってきた10の学び』と題して、アメリカで直面したチャレンジや乗り越えるために学んできた経験を語っていただきました。アメリカ市場での成功の鍵、多様なチームを率いるリーダーシップの秘訣とは?
学び1:アメリカでも日本でもPMFの難易度に大きな差はない
前田:最初の質問は、アメリカでの起業という選択について。どのように考えるべきでしょうか。そもそも、おすすめできますか?
福山:なぜ、アメリカで起業したのか振り返ってみたんですが、自分でも驚くほど、正直に言って「おすすめしない」ですね。身も蓋もない言い方ですが、人脈がない、言語の壁、文化の違いといった問題があり、成功確率はかなり低くなると思います。
ただ、僕は高校時代に1年間、アメリカへ留学した経験があって、その時に、向こうでアメリカの人たちにいじめられたんですよ。「いつか絶対に見返してやる!」という気持ちがあったし、アメリカならではのロマンも感じています。
仮に日本で起業すれば成功確率が9割で、アメリカなら1割しかないという事業があったとしても、きっとロマンを追い求めて僕は挑戦するでしょうね。でも、合理的に考えれば考えるほど、「やらない方がいい」というのが僕の学びです。
前田:それでもアメリカで挑戦したいと考える人には、どのようなアプローチがあり得るでしょうか。
福山:アメリカで最初から起業するのもパターンの一つですが、日本で成功して上場させ、時価総額を高めた後に、アメリカの会社を買収して拡大する、という方法もあります。リクルートがIndeedを買収したような例が近しいですね。
また、日本でPMF(プロダクト・マーケット・フィット)が見え、ARRが10億円を超えるような企業だと、そろそろ上場申請も視野に入ってくる。そのタイミングで、上場してしまうとその後にリスクを取りづらくなるので、まずは北米市場へ進出してプロダクトマーケティングを行ない、成長ストーリーを築くといったケースも増えています。この方法は成功者が少ないですが、ここから母数が増えていくであろう、注目に値する戦略だと思います。
前田:日本とアメリカのPMFにおける難易度について、どのように考えますか?
福山:難易度に大きな差はないと考えます。重要なのは、未解決の課題を見つけ、競合が解決できていない点に注目することです。ただし、アメリカ市場は規模が大きく、競争が激しいため、「なぜ競合がその市場に参入していないのか」を理解することが大切でしょう。それをクリアできない限り、アメリカでのビジネスは難しい。
前田:実際のところ、FondはPMFをどのように達成しましたか?
福山:Fondは2つのプロダクトを展開しました。最初が福利厚生サービス、次がリワードサービスですね。最初は社員に任せていたところもあって、PMFはやや弱かったと思います。その経験をもとに、2つ目のサービスではプロダクトやマーケットの重要性も理解していましたし、僕自身の英語力も向上していて、より解像度を上げて臨めました。
全てのミーティングに参加し、週に一度はエンタープライズ顧客に会っていました。そうなれば最低でも年間50社は商談することができる。ますます解像度も上がって、PMFに向けた戦略も練れるようになったんです。
前田:PMFを感じる指標やサインはありますか?
福山:そもそも疑問が生じる時点でフィットしていない、と言えます。成功している場合、どんどんリードが増えるからセールスが足りないし、どんどんクロージングするからカスタマーサクセスが足りなくなる。社員が増えるからマネージャーの需要も高まります。後手後手にならないように、PMFに引っ張られていく形で会社が成長していくんです。その状況になって「PMFを感じた」と言っていいのではないでしょうか。
PMFは、プロダクトとマーケットの両方から成り立っています。日本でフィットしているプロダクトがアメリカでも成功すると考えがちですが、マーケットが異なるため、基本的には新たなアプローチが欠かせない。起業家ならわかると思いますが、最初のPMFを達成するのが最も大変で、熱量もかかる。それと全く同じことを別のマーケットで行なわなくてはならない、と考えると、難易度の高さを感じられるはずです。
学び2:競争戦略が根幹となるのは変わらないが、環境と戦術は異なる
前田:競争戦略について、日本とアメリカの最大の違いは何でしょうか?
福山:競争環境の違いが大きいと思います。日本のSaaS企業なら優れたプロダクトがあれば、大きく資金調達をしてマスマーケティングなどで圧倒的なシェアを取れば、二番手以降がついていきづらくなって、市場を支配することができるでしょう。
しかし、アメリカでは競合が常に存在しますし、仮にトップシェアの企業が100億円調達したとしても、二番手も三番手も、異なるVCから大きな調達をして戦いが続く、といったことが珍しくありません。マスマーケティングで突き抜ければ圧倒的に勝てる、といった戦略にならないんですよね。
資本量やプロダクトマーケティングがある前提のもと、市場での強みと弱みを理解し、全てのマーケットを取ることは一旦諦めて、「攻めるべきセグメント」や「必ずシェアを取るセグメント」に焦点を当てて戦略を立てなくては、成長は難しいのです。
前田:実際にFondでは競争戦略をどのように展開しましたか?
福山:Fondも手掛けていたリワードサービスは、すでに売上が数百億円ある企業が5社ほどいたマーケットでしたから、競争が激しい市場だったといえます。僕らは、グローバル市場に強みを持つ競合に対抗して、特定のニーズを持つエンタープライズ顧客に合うようにプロダクトを磨きました。
例えば、本社はアメリカでエンタープライズ企業の規模感だけれど、国外に従業員が居づらいような、銀行や病院といった産業を狙いました。まずはそのセグメントを独占して、どんどん大きくしていったんです。全てのマーケットを狙うよりも、特定の市場に自分の強みを合わせて戦うことを、意図的に仕掛けていきましたね。
前田:どの程度、競合を意識しながら取り組んでいましたか?人材戦略や社員の特性にも関わってきますよね。
福山:確かに競合に応じて人材の選択も変わります。例えば、当初はセールスもSMBとエンタープライズでは異なります。SMBならオフィスから電話営業を主にして、ガンガンと架電する若い従業員が多かったのですが、エンタープライズ向けに移行すると、対面での営業が重要になり、スーツを着こなして誠実に取り組むような営業スタイルに変化しました。
また、アメリカは広いので、東海岸、西海岸、中部といったように地域ごとに営業拠点を設け、営業方法や人材のバックグラウンドも変わってきます。競争戦略は根幹にあって全てに影響を及ぼしますし、日本企業においても、注力できる会社は伸びていくでしょうね。
学び3:資金調達だけでなく、エンジェル投資家やアドバイザーを巻き込め
前田:次に、資金調達についてお聞きします。Fondではどのように資金調達を行なってきましたか?
福山:資金調達は大変な作業ですよね。僕らはY Combinatorをはじめとして、Andreessen HorowitzやDCMからも投資を受けました。
日本のスタートアップ起業家から「アメリカのVCから資金を調達する方法」についてよく質問されますが、基本的にVCの仕事は「良い会社に投資してリターンを出す」というのは万国共通です。プロダクトやマーケティングが強く、成長している企業なら調達できます。そこに、日本人であることや英語のレベルは、それほど重要ではないと思います。
違いがあるとすると、アメリカの特徴として、エンジェル投資家やアドバイザーが多いことが挙げられます。特定のステージで、経験豊富な人にエンジェル投資家やアドバイザーで関わってもらい、ノウハウや社会的信用力を得るのは、アメリカでは有効な施策の一つです。
Fondでは、初期段階にTapjoyの創業者が最初のエンジェル投資家になってくれたり、Y Combinatorのパートナーがそのように関わってくれて、最初のPMFにつながりました。
その次にSaaSとしてスケールする際には、SaastrのJason Lemkin、Zuora創業者のTien Tzuo、GainsightのNick MehtaといったSaaS分野の専門家がエンジェル投資家に加わって、SaaSについても多くのことを教わりました。
さらに次の段階で、HRエンタープライズ向けにシフトする際には、LinkedInやSAPのCHROを務めた方たちにアドバイザーとして参画してもらったんです。彼らの人脈や知識は非常に価値がある。それぞれのステージで特化した人材を、ストックオプションなどを有効に使いながら巻き込むことが、アメリカでの成功の鍵だと思います。
前田:大物投資家たちをどのように口説いたのですか?
福山:最初の連絡方法は半分が紹介、半分がコールドメールでした。Indeed創業者のRony Kahanは紹介でしたが、Jason LemkinやZappos創業者のTony Hsiehはコールドメール。
彼らも会社を大きくスケールさせた後で、キャッシュも知見もありますから、それらを次世代へ伝えることに関心があり、常に新しい可能性を探しています。良い会社を持っていて、成長していれば、彼らも関わりたいと思うはずです。だから、臆せずに自分から堂々と連絡して、関係を築くことが重要なのだと感じます。
前田:アメリカのVC向けにピッチする際、特に意識した方が良い点はありますか?
福山:VCは爆発的な成長と大きなリターンを求める文化があり、それは投資の原則でもあります。だからこそ、堅実な成長や礼儀正しいピッチよりも、大胆で自信に満ちたアプローチが重要です。
「僕はわざわざ日本から来て、このアメリカで大きなことを成し遂げるまでは日本に帰らない!片道切符で来た僕らに、よかったら投資させてあげてもいいよ」……とまでは実際に言わなくても(笑)、これくらいのテンションで臨んでもいいでしょう。
VCも多くのスタートアップを見ていますし、競争に打ち勝って抜きん出るような姿勢を示さないと、小さくまとまってしまい、投資につながらない可能性が高いです。
前田:投資家選びについてはどうですか?いろんなタイプの投資家がいると思いますが。
福山:まず、Fondに出資してくれた40名の株主全員にはとても感謝しています。彼らからは多大な支援をいただき、多大な価値を提供していただきましたから。
その上で、僕なりに経験をもとに株主を「3つのタイプ」に大きく分けると……
1:アドバイスをしてくれる人
2:アドバイスをしないけれど、邪魔もしない人
3:邪魔をしてくる人
というのがいます。
ファウンダーとしての一番の仕事は、とにかく「邪魔をしてくる人」を引かないことです。資金調達は不可逆な動きなので、一度でもこういった人から資金を受けると、問題が起きる可能性があります。「アドバイスをしてくれるか」という点は、エンジェル投資家やアドバイザーから受ければ良い。やはり、最も大事なのは問題のある投資家を避けることです。
前田:投資家を見極める方法はありますか?
福山:一つの方法は、Y Combinatorのような組織に入ることです。そこでは問題のある投資家の情報が共有されていますからね。もう一つは、投資家のリファレンスを取ることです。特に投資先で「うまくいっていない企業」からのリファレンスを取ることが重要です。うまくいっている企業では、投資家との関係は基本的に良好ですが、問題がある時に投資家がどのように行動するかを知りたいですからね。
前田:うまくいっている時はみんな良い顔をしますが、困難な時にほど本性が出る、と。
福山:そうですね。LinkedInなども活用して、リファレンスを取りましょう。
学び4:Y Combinatorには、入るべきメリットが多い
前田:福山さんがY Combinatorに採択された時からすると、規模感も社数も現在では変わってきていると思いますが、もしもう一度起業するとしたら、また入りますか?
福山:絶対に入りますね。確かに規模は変わり、参加する企業の数も増えていますが、パートナーの数も増えているため、1社あたりのサポートは変わっていないと思います。実際、パートナーの質が担保されている限り、希薄化することはないでしょう。
企業が多いということは、ネットワーク効果の面で見るとプラスに働きます。良い投資家、悪い投資家のレビューが集まりやすくなり、この情報が価値を持ちます。SMBのプロダクトをローンチするとしても、Y Combinatorの全ての卒業生にアプローチできるなら、3,000社近くのお客様候補がいるわけです。
今だと、Y Combinatorには7%の株式を与えるケースが多いですが、その意思決定で自分たちの時価総額が7%以上高まるなら、基本的にはペイするモデルじゃないですか。間違いなくそれは実現するので、僕もまた絶対に入ると思いますよ。
前田:「Y Combinatorに入って良かった」と思う具体的な経験はありますか?
福山:具体例を一つ挙げると、僕らが最初にアメリカへ行った時は、まだWeWorkもありませんでしたし、コワーキングスペースに行っても反応が悪かったんですよ。「日本から来ました」と拙い英語で言っても席が与えられなかったり……。
でも、次の週に「Y Combinatorに受かった」と言った瞬間、相手の態度が一変して、急に親切にされるようになりました(笑)。わかりやすい例ですが、日常のさまざまな場面でY Combinatorカンパニーとしての扱いを受ける。それだけで採用が決まることもあります。
特に日本から行く場合、社会的信用力がゼロからスタートするので、Y Combinatorのブランドには大きな価値があると思います。
学び5:採用は「具体的で明確なミッション」の設定も大切
前田:採用についても教えてください。アメリカでの採用は特に熱いトピックですよね。
福山:はい、採用は本当に大変なんですよ……アメリカは競争が激しいですし。GoogleやFacebookのような大企業と競争しなければなりません。彼らは新卒で年収数千万円、さらにボーナス、といったレベルですから、それらに対抗しないといけないわけです。
採用戦略としては、基本的に2つのアプローチがあります。一つは金銭的なリターンが大きいことをアピールすること。もう一つはミッションや文化の面で訴えることです。これらの点で圧倒的にアピールできないと、人材を引きつけるのは難しいです。
前田:やはり、スタートアップ精神でリスクを取りたい人に絞ったのでしょうか?
福山:スタートアップに興味を持っている人材プールは確かにあるんです。問題は、どうやってその中で目立ち、人材を引きつけるか。
一番はミッションですね。アメリカの人たちは、企業のミッションには非常に意識的です。決して否定するわけではありませんが、日本のスタートアップのミッションは「未来の当たり前を作る」といった、どの会社にも当てはまりそうな抽象的なものが多いですね。おそらくは市場がそれほど大きくなくて、将来的に他のサービスも展開することを見越して、可能性を削りたくないという背景があるのでしょう。確かにそれもメリットの一つです。
でも、アメリカではもっと具体的なミッションが求められます。Fondの場合は「従業員の不満足を改善したい」という明確な目的があります。そうすると、前職で満足できなかった経験を持つ人が、その問題を解決したいという理由で僕らの会社に魅力を感じてくれます。そのような明確なミッションは、経験豊富な人材にも響くと思います。
前田:シリコンバレーの高い年収水準にどのように対応していましたか?自社の範囲内で対応していたのでしょうか。
福山:会社がスケールしてくると、自社の給与データを渡す代わりに、全米の他企業の給与データが取得できるサービスがあるんです。たとえば、シリーズAの会社がロサンゼルスに何社あり、年間売上がどれほど伸びていて、社員数や「CTOポジションの給与額」といったことまでわかる。
それらを参考にして、自社のポジションに合わせて給与を決めていきました。平均値の50%で行くか、トップ25%で行くか、またはお金ではなく他の魅力で勝負するかという選択をしていました。情報をまず手に入れて、それに合わせたポジション取りが大事ですね。
前田:スタートアップ初期段階では、特に採用は不利な状況かと思います。最初の社員はどのように説得しましたか。
福山:最初の社員は投資家の紹介でした。2人目は競合企業が潰れたタイミングで、その企業のトップ営業のような人たちに連絡を取り、最適な人材を採用しました。その後は特別なチャネルは使っていないように記憶しています。
僕自身の「英語が得意でない」という弱みが、強みに変わるシーンもありました。「日本から来たから性格が良さそう」と感じていたり、「プロダクトのアイデアは良くて可能性もあるから、彼ができないことをやって、ストックオプションをたくさんもらおう」という野望を持っていたり。特に最初の10人までは、そういった社員が多かったように思います。
前田:アメリカでは自己PRがうまい文化がありますが、どのようにして人物の真価を見抜いていますか?
福山:基本的には見抜けない、というのが前提です。とあるVCは役員やCxOレベルの採用成功率は50%なのではないか?と言っていました。
それを踏まえて、振り返っても良かった方法だったと思うのは、エンジニア以外の全職種に対しては、最終面接後にプレゼンテーションをしてもらうこと。例えば、CFOにはデータを開示してから「シリーズCに向けてピッチデックを作成してみて」と依頼する。VP of Salesなら「現状のアベレージディールを2年間で倍にする営業施策をピッチして」とか。
プレゼンの仕方、資料の内容や正確性、事前準備や誤字脱字に表れる姿勢など、多くのことがわかります。僕らの会社に本当に興味があれば、時間を割いてしっかりとしたプレゼンを行なうはずですよね。もしかしたらそこでドロップする人が増えるかもしれないですが、結果的にはとても優れたアイデアだったなと思います。
学び6:社内コミュニケーションは毎朝、週1、隔週などを使い分ける
前田:社内コミュニケーションについて教えてください。透明性の確保が重要だと思いますが、どのように進めていましたか?
福山:具体的には、まず年に1回、会社の戦略ドキュメントを作成していました。これは10ページ程度で、会社の現状、数値、来年の戦略などを詳細に書き記すことで、新たに入ってくる社員もキャッチアップでき、従業員の目線を合わせられるようにしていました。
それに加えて、隔週金曜日に「オールハンズ・ミーティング」を行ない、全員の目線を合わせていました。役員とのコミュニケーションも重視しており、毎朝9時半にスタンダップミーティングを実施。その日の重要なタスクやブロックしている事項を共有し、役員間のコミュニケーションを活性化させていました。
さらに、週1回の定例ミーティングは2時間程度で、そこでは「15分以内に解決できるトピックのみ」を話し合うルールを設けていました。15分を超えるトピックは別のアドホックミーティングで扱い、トランザクショナルなアジェンダと、ストラテジックなアジェンダを分けていました。
あとは、四半期でオフサイトミーティングを実施し、会社の戦略や今後の方向性を決めていました。これらは、AirbnbやSouthwest Airlinesでもコンサルタントを務めていたPatrick Lencioniに、Fondもコンサルテーションをしてもらって、手法を取り入れました。
学び7:レイオフは「一度に、大きく」実施する覚悟を持つ
前田:レイオフについてお聞きしたいです。これは重い話ですが、とても大事な話だと思います。
福山:はい、創業から12年間、Fondを経営してきましたが、2017年に一度だけレイオフを行ないました。CEO人生でも最も辛い日でした。二度とやりたくないと思っていますし、きっと他のCEOに聞いても同じ感想を持っていると思います。
でも、成功している多くの企業も、基本的にはレイオフを経験しているものです。レイオフとは会社がうまくいっていない証ではなく、リスクを取って大きく成長しようとする過程で、時には環境の変化に応じて資金調達を大きくしたり、採用を多くしたりすることがあります。うまくいけば大企業になるかもしれませんが、失敗すれば方向修正が必要です。そうした場合、大なり小なり補正が必要になり、結果としてレイオフになることがあります。
日本では「解雇」とレイオフを同じように捉えがちですが、アメリカでは全く違うのです。解雇はその人のパフォーマンスが悪い、もしくは社内ポリシーに反する行動が原因になる。一方で、レイオフはその人のパフォーマンスではなく、会社の事情によりそのポジションがなくなることが原因です。つまり、解雇は社員に責任があるのに対し、レイオフは会社に責任があるというのが大きな違いです。
前田:レイオフを進める適切な方法について教えてください。これはアメリカの状況に基づく話ですが、重要だと思います。
福山:レイオフを進める際に、最初は「10%程度の削減」を考えがちですが、これは実は効果的ではないんです。最初に10%を減らして、次の月にさらに10%を減らすとなると、社員は次に来るかもしれないレイオフを恐れ、自ら離職する傾向があります。
そのため、一度に多めに削減することが大事です。一見は簡単そうですが、実施する側からすると、やっぱりギリギリの数までやりきりたい。当初の直感よりも2倍くらい多く削減する覚悟が必要です。
レイオフの対象者を決定したら、その情報が漏れるようなことなく、スピーディーに事を進めます。夕方16時ごろに一斉にメールを送り、「今から10分以内に呼び出された社員はレイオフの対象となります」と連絡して、レイオフ対象者に直接伝えたら、「今日が最終日です」と話して、荷物を整理するための段ボールを渡して退社してもらいます。
次の日の朝には残った社員を集めて、レイオフが発生した理由と今後の計画を説明します。この時、謝罪は避けるべきです。謝罪すると「会社に非がある」と見なされる可能性があり、訴訟のリスクが高まります。代わりに、状況を誠実に伝えることが大切です。適切に伝えられなければ、社員の反発を招くことになり、彼らが「私には問題がない。問題は会社側にある」と感じ、結果として社内の雰囲気が悪化するリスクがあります。
前田:なるほど。あとは、レイオフだけでなく、解雇のケースもありますか?一般社員やCxOレベルを採用できたとしても、実際に働きはじめてからのパフォーマンスが問題になることもあるはずです。どのくらいの猶予期間を与えていますか?
福山:平均して、うちでは約5ヶ月でした。だいたい、最初の2週間くらいで違和感を覚えはじめるんですよ。
面接時に「ちょっとこの人は問題があるかも」と感じた点が、実際に問題になることが多いです。面接中は様々な理由で相手を正当化して採用するものですが、面接時の懸念事項は99%が問題になると、僕は考えています。
入社1ヶ月や2ヶ月で問題が見えはじめ、4~5ヶ月目に限界が来ます。その人自体は良いかもしれませんが、周囲に悪影響を与える可能性があるため、早期に対応することが大切です。最悪なのは、良い部下がその人のせいで辞めてしまうことです。
実際、僕がある上層部を解雇した時には、むしろ他の従業員から拍手が起き、「リーダーシップを取ってくれてありがとう」と感謝されました。彼らとしても、マネージャーの悪口を直接言うのは難しいもの。そこで僕がリーダーシップを発揮できたことが評価されたんですね。
学び8:アメリカでビジネスするなら、政治や文化への理解は欠かせない
前田:アメリカで企業を経営すると、政治や文化との関わり方も課題の一つになるかと思います。センシティブなトピックではありますが、どのように対応してきましたか?
福山:確かに難しいトピックですね。実際に、ある社会的な活動やトピックが起きた際に「会社としての声明を出すかどうか」といった議論がありました。その活動に対する支持を表明した大企業もありました。
ただ、僕としては、個人としては支持しつつも、会社としては関係のない事項にまで関わるべきではない、という考えでした。ところが、ある時は社員からの署名運動が起きたり、社内でも意見が分れたりしましたが、結果的に声明を出すことにしました。このあたりは会社によって事情も異なりますし、答えがない感じですね。
前田:アメリカでは政治や文化に関する話題が日常的に出てくると思いますが、それも頭を悩ませることですね。
福山:会社のパフォーマンスにも影響が出てくるので、注意が必要です。アメリカで会社をやってみて、日本よりもさらに政治や文化への理解が求められると感じました。センシティブなトピックゆえに、気軽にいろんな人にも、社内でも相談できませんから。単純に言語の問題でもありません。
振り返ってみると、CoinbaseやShopifyのように「会社のミッションに関係のないことには時間を使わない、声明を出さない」という強い立場を取るのが良かったのかもしれません。彼らは当時は炎上しましたが、今では「強いリーダーシップ」と評価されています。もちろん、そのやり方が全ての会社に適用できるわけではありませんけれど。
学び9:英語は環境で学び、ドラマで「空気読み力」を上げる
前田:初めは英語がそれほど得意ではなかったそうですが、英語学習について教えてください。どのように勉強しましたか?
福山:大変ですよね。私はドラマの『フレンズ』『ゴシップガール』『プリズン・ブレイク』をひたすら見ていました(笑)。ただ、言語に関してはアメリカは多様性がありますし、英語がうまく話せなくても馬鹿にされることはなかったです。現地の人たちは理解しようとしてくれますし、英語が得意でない人でも企業を作って成功している例はたくさんあります。
英語の上達には、日本語を話せる人がいない会社を経営することが最短の方法だと思います。そのような環境に自分を早く置くというパラドックスですが、最も効果的かなと。
前田:ドラマを見ていると、「英語がよりわかった」と感じた瞬間がくるものですか。
福山:ドラマを見ることは役に立つんですよ。特に『フレンズ』はドラマに合わせて「笑い声」が起きる設定があるんですが、「どのタイミングでアメリカ人が笑うのか」を知ることで、英語がわかっていなくても、場の空気を読むことができます。
前田:なるほど、「いつ笑えばいいか」がわかると。
福山:そうです。相手が特定の表情をしている時に笑うことで、場の空気を壊さずに済みます。アメリカ人も、笑われていないと不安になることがあるので、我慢比べのようなものです。自分が先に笑うか、相手が何かを言うのを待つか。それも良いスキルでしたね。
学び10:心底から信頼できるのであれば、共同創業者の存在は有効になる
前田:時間がなくて惜しいところですが、最後に、共同創業者に関してお聞かせください。
福山:僕にはSunny Tsangという素晴らしい共同創業者がいました。共同創業者というのは、自分と同じ側のゲームを常にプレイする人で、大事な存在です。投資家とは異なり、共同創業者は完全に同じインセンティブを持っています。
スキルも大事ですが、何より心底から信頼できるか、裏切らないかというのが最も重要です。僕らは最後まで毎週必ず1回は会っていました。
アメリカのビジネスに精通している共同創業者がいることは、アメリカで事業を進める上では強みになります。自分と同じ悩みを持った人が、もう一人いて、共闘できるのですから。アメリカで仕事をしたことがある人、あるいは在住経験がある人と一緒に起業するのは有効な方法でしょうね。
ただ、共同創業者に半分くらいの株式を渡すことは、最大の希薄化になります。その意味でも、「この人なら」と思える相手かどうかを見極めなくてはなりません。
前田:つまり、共同創業者はリスク、責任、パフォーマンスを共に背負えるかどうかが大切なんですね。
福山:その通りです。
前田:今日は弾丸トークになりましたが、たくさんの学びをもらいました。ありがとうございました!
(この記事は「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2023」のセッションから一部を抜粋・再構成しています)