SaaS企業がPMFを達成した後、組織を拡大していく時期に入ります。それまではCEOなどの経営層が陣頭指揮を取り、現場に入り込んでプロダクトやビジネスを成長させてきたという企業が多いでしょう。しかし、組織の規模的に限界を迎えます。ミドルマネージャーなどを据えて、より組織化し、権限移譲も行なわなくてはなりません。しかし、このフェーズで多くのスタートアップが壁にぶつかっているのも事実です。「適切な権限移譲」「ミドルマネージャーの育成」「経営層と現場の距離感」など、さまざまな課題にぶつかってしまいます。
これらの課題を解決する手段の一つとして、もしかすると「コーチング」が効くかもしれません。実際に効果を感じ、組織拡大期を乗り越えてきたのが、hacomonoのCEOである蓮田健一さんです。フィットネスクラブ、インドアゴルフ、24時間ジム、スイミングスクールなどの店舗運営に必要な機能を網羅した会員管理(CRM)予約・決済システムを提供する同社がPMF後、蓮田さん自身がマネジメントスタイルの変革を実感した際に、コーチングと出逢ったといいます。
外部から見れば、hacomonoはPMF後にエンタープライズの顧客にも受け入れられ、まさにSaaSのお手本のように成長してきたように見受けられます。どういった課題があり、それになぜコーチングが効いたのでしょうか。
(※この記事はPodcastをテキスト化し、編集・構成したものです。Podcast版も併せてどうぞ!)
最初は懐疑的だったが、たった40分で効力を知る
──蓮田さんがコーチングに興味を持たれたきっかけ、その当時の組織状況はいかがでしたか?
蓮田:時期としては2021年の11月ごろ、組織は当時50人規模ですね。現在は200人近くなっているので、おおよそ4分の1の時期にコーチングをはじめました。会社の状態としては、プロダクトを作って業界に当ててみているところで、自らプロダクト開発の指示をし、営業の前線でも動いていたころです。
プロダクト側は開発力に圧倒的な強みを持つCTOの工藤(真)が見てくれていて、二人三脚でお客さまのことを知り、フィードバックをプロダクトにすぐ反映するといった動きを続けながら、徐々にPMFを進めていきました。hacomonoの顧客となるフィットネスクラブは、一口に言っても形態やニーズが異なるものなので。
たとえば、24時間営業でスタッフも少ないジムがある一方で、プールやスタジオも備えた総合的なフィットネスクラブだとスタッフの数は多くなる。パーソナルジムならトレーナーとお客さまが1対1で向き合うなど、それぞれの異なる課題やニーズと向き合いながら、自分も現場に入り込んで組織を拡大していったのです。
プロダクトは良い感じに育ち、お客さまも増えてきた、業界の大手企業とも契約できた……と、オペレーションとしてはトラクションも出ていますし、VCからの評価も良かったのですが、その裏で経営レベルの課題が起きていました。CEOである私が現場を見過ぎていたり、役割分担が弱かったり。社員は徐々に増えてきたけれども、未来に対する経営戦略や戦術もまだまだ未熟でした。
私もそれらの課題は頭ではわかっており、VCや他の起業家からもそういったフィードバックをもらっていたのですが、実際に行動できておらず。ただ、シリーズBで20億円規模の資金調達が決まった段階で、組織規模も変えなければいけないとなれば、私のマネジメントスタイルも見直しが欠かせませんでした。建物でたとえれば、今までは2階建てや3階建てから見てきたスタイルを、10階建て、20階建てに変えていかないといけない。
しかし、具体的にどのように時間の使い方を変えればよいのかを悩んでいた時、試しにと思ってコーチングをはじめることにしたんです。
──ちなみに、経営者としてコーチングに取り組むまで、蓮田さんは「コーチングを受ける人」にどういった印象を受けていましたか?
蓮田:やっぱり、どこか「ちょっと怪しい」みたいな……そういった偏見を持ってはいたんです。でも、私は大学までずっとサッカーを続けていたので、アスリートとして一流になる方がメンタルトレーナーをつけていたり、自分自身でプレーに対するノートをつけていたりと、振り返りの習慣を持つことをコーチが上手くサポートしている、という話は見聞きしていました。
メンタルコーチの存在はポジティブに感じているところもありつつ、ビジネス系のコーチングはそれほど知らないのが当時の印象でしたね。そんな折に、たまたまコーチング事業も手掛ける顧客のフィットネス系ベンチャー企業ところがあったり、エンドユーザーの会員さんに継続的なモチベーションを持ってもらうためにコーチングの要素を取り入れているジムがあったりと、自分と関わりのある事柄として見えてきたのです。
そこでまずはコーチングの会社を探して、カウンセリングを受けてみたのが......40分ほどのカウンセリングで受けた「お試しコーチング」が終わった時にびっくりしたんです。コーチからの問いに返すたびに、自分の思考が整理されているということに。
コーチングのワンセッションはテーマを決めて臨むことが多いのですが、お試しということもありテーマに対して自分でも整理ができていなかったり、何に悩んでいるかよくわかってない状況でした。それなのに、たった40分で悩みの輪郭が浮かび上がり、ネクストアクションも明確になったんです。「お試し」で凄い効果が出たわけなので、すぐ申し込むことにしました。
──いきなり成果が出るとは驚きですね。
蓮田:ついていただいたコーチが、たまたま事業会社で人事経験があり、人事に強い人だったんですよね。しかも組織拡大フェーズも経験していらっしゃたのが、結果的には良かったのだと思います。ただ、あまりいないタイプの方だと思うので、運が良かったなと。
気づけば1年前に立てた“高い”目標を、9割近く実現できていた
──具体的にどういった頻度や内容で設定されたのですか?
蓮田:最初は私が個人で3ヶ月間、月2回の頻度で契約をしました。それとは別で、Slackをベースに自分自身がテーマにした目標に対しての進捗を、日報や日記といった形でコーチに報告しました。取り組み方としてはパーソナルトレーニングに近いのかもしれませんね。コーチとは2週間に一度話す中で、自分が感じていることを話していました。
──蓮田さんご自身は経営者として長く携わり、シリアルアントレプレナーとお呼びして差し支えないご活躍です。その経験があってもなお、コーチングのための時間を取ったり、コーチと定期的に話す意義を感じたりした、ということでしょうか。
蓮田:自分がコーチングを受けて一番良かったと思うのが、目標を立てる際の細分化と整理なんです。目標は「今の自分」をベースに立てることが多いのですが、コーチから「第1章、第2章、第3章」といった章立てに分けて問われる機会があったんです。
第1章は「今までの自分」の振り返りとして、現状の実力や経営状態を話します。第2章は「自分の成長」をテーマに、第3章は「未来の自分」として自分自身や会社の5年後、10年後、30年後とかの夢やロマンを妄想して話す。こういったことをする時間は、普段はなかなか取れないものです。しかも自分だけで考えたり整理したりすることも難しい。
今まで考えられていなかった未来のことを、リアルにイメージしながら妄想も含めて話して、「次は蓮田さんがどういった状況に持っていきたいか。1年後や2年後の姿を話してください」といったセッションがありました。そこで目標設定や夢を大きく持つ考えをもとに、自分がすべきことをサポートしてもらったんです。
実際に半年後や1年後に、当時話したことの進捗を振り返ってみると、目標を立てたときには「実現できるかな?」と思うような難易度が高いことでも、半年後に7割ほど、1年後には9割くらい達成していました。あのコーチングがなかったら、1年後に自分自身も会社もそこまで行けていなかったはずです。コーチの問いで自分自身がここまで高まったことに驚きましたね。
コーチとはビジネスにおける利害関係がない、だからメリットが大きい
───蓮田さんが受けて来られたコーチングの中で、他にも良い経験ができたり、ハッとさせられたような問いはありましたか?
蓮田:ある時、自分が「権限移譲」や「経営陣との役割分担」に悩んでいました。その時、コーチから「蓮田さん一人で悩んでるいるようだけれども、それは本来、一人で悩むべきことなのですか?」といった問いが出てきたのです。「確かに、経営陣に腹を割って相談できていなかったな」という、当たり前にも思えることに気付けてないことが明らかになり、次の経営チームとのミーティングで悩みを相談することにしました。
他にも「CEOとしての在り方」を考えたときは、「会社をどうするか、事業をどう伸ばすか」というHowよりも、前段として「自分がどういう人間であるべきなのか、いかなるマインドセットを持つべきなのか」というTo beに至れていなかったと感じることができました。そういった棚卸しや言語化を意識的に行なう時間を持てたのは大きいですね。
権限移譲できていない、過去の私のようなCEOだと、どうしても自分が出席するミーティングの時間が日中に多かったり、プライベートも両立させたいところで「考える時間」を取るのも難しかったりします。「考える時間」と言いつつインプットだけで終わってしまったり。人と話す時間をなかなか取るのが難しい中で、コーチングは本当に貴重な時間であり、経験なんです。
──コーチではなく社内の経営メンバー同士で話し合うこともできそうには思えますが、外部のコーチがやはり有用な面もありますか。
蓮田:そうですね。利害関係がない人と話すことに意義があると思いますね。コーチングでは正直に話す、悩みを隠さないといった自己開示が大事になってきますが、利害関係がある人間だと言えないことがどうしても出てくる。自分自身だけでなく、チームや社員のことも含めた課題感を打ち明けざるを得ないこともありますから。まずは正直に自分が感じていることを打ち明けるという観点からしても、利害関係のないコーチは向いているでしょう。
コーチングを受ける前後の自分を比較すると、自分の経営スタイルを圧倒的にアップデートできたんじゃないかと自信を持って言えますね。受ける前は、頭ではよくないと思いながらも「自分がどうしたいか」で経営を考える癖を持っていたんですよね。
コーチングを受けてから最も変わったことは「仲間の捉え方」でした。優秀な仲間たちがhacomonoという舞台で勝負したいと言うならば、勝負できる会社をどうやって作るのか、自分のやるべきことはベクトルをそちらへ向けることだと。
マインドセットがそう変わったからこそ、優秀で専門性の高い仲間を集めることに自分が深くコミットしに行ったり、オペレーションを磨くことでビジョンを磨いたり、会社のストーリーを磨いてまだ見ぬワクワクする未来を一生懸命に考えて可視化したり、そんなことに時間を使うようになりました。
おそらく自分自身の1on1スキルも上がってきたはずです。仲間や可能性を信じる中で、傾聴しながら自分が良い問いを投げかけられるようになったと思っていますから、みんなにとっても良かったんじゃないかなと。
1on1のスタイル、仲間への意識......少しずつ変わっていったミドルマネージャーたち
──メンバーへの良い影響もあるとのことでしたが、蓮田さんは1on1を含めて、どういったフィードバックや問いをするように意識していますか?
蓮田:相手が考えること、話してくれたことに対して、正解を求めるよりも深堀りするための問いをどんどん投げていくことですね。「なぜを5回繰り返せ」みたいなノウハウもありますが、もっと単純にやりたいことをサポートしてあげたり、答えを本人が見出すために思考が整理できたりといった、気付きを与えるようなヒントを出す。シンプルに言えば「なぜ」を問うというのが基本であり、とにかく聞くことに徹するのだと思います。
ただ、コーチングのスタイルが有効な人とそうでない人がおり、それは都度、見極めるようにしていて。傾聴よりもティーチング型のスタイルで、あえてヒントを早めにあげる方が本人からすると仕事の成果が出やすいこともあります。コーチングのスキルだけに頼らず、相手やチームの状態に合わせて切り替えるように気を付けています。
コーチングは、受ける側の今までの経験値やスキル、心構え、そして状態に合わせることが大事な気がしますね。
──社内にもコーチングを広げていったそうですが、具体的にはどのように進めていきましたか?たとえば、最初は誰を対象に、どういったセッションをしたのでしょう。
蓮田:自分自身がコーチングの良さを実感したとはいえ、単に社内に取り入れようとすると押しつけがましくなりがちなので、「自社に合うフェーズの見極め」からはじめました。
その一環で、マネージャー層以上向けのグループコーチングとして、コーチ側にセッションを企画してもらいました。マネージャー以上で複数のグループを作りながら、まずは「コーチングとは何か」という理解からはじめ、試しにコーチングを受けたり施したりするところからです。経営層とマネージャー同士でシミュレーションをしてみて、それをプロのコーチに見てもらってフィードバックをいただく、ということを3か月ほど数回に分けてやってみました。
参加者にアンケートをとってみると「マインドセットが変わった」、「自分自身が部下やメンバーの仲間たちに1on1する時にも効きそう」というフィードバックがもらえたんです。実際に「自分が喋る時間より、聞く時間が増えて、メンバーとの関係が深められた」「仲間の可能性を信じられるようになった」という実感も表れてきて、より仲間同士で建設的な関係が結べているようです。これで今のhacomonoにもコーチングが有効だと見極められましたね。
そこで次に、マネージャーより下のリーダー層にも希望者は全員コーチングを受けられるようにしました。すでに対象者のうちの半分以上は実施済みです。コーチの方は基本的に守秘義務があるので、一人ひとりのコーチングに関する内容は我々経営陣も一切関与していません。ただ、経営陣、マネージャー陣、リーダー陣の状態から見えた示唆やヒントを月に1回レポートしてもらうようにはしています。
──成長中のhacomonoにとって有効な打ち手になったと。
蓮田:この1年を見れば、毎月10人から20人がジョインしていますから、元々いたマネージャーやリーダー、メンバーも成長の引力や組織拡大における歪みで苦しんだ人も多いでしょう。新しく入社したメンバーも、仲間との関係づくりや既存業務のキャッチアップなど、スタートアップ特有のスピードに付いていくという課題を抱えていたでしょう。
僕自身、コーチングが有効なのは「課題がある人」だと思っていて。自分自身が有効だった体験を元に「試しに一度、コーチングを受けてみたら?」と話すことは多いです。みんなそれぞれに課題を持っている状態ですからね。
──メンバーの中で、大きく変化した方の事例はありますか?
蓮田:今のスタートアップは優秀な人がたくさん入社してきています、専門性や経験値が高い方もいますよね。やはり変わるのはマインドセットが大きく、コーチング後にチーム内外のメンバーと自分から1on1を仕掛けるようになった人がいます。自分一人ではなくチームで解決しよう、チームをアップデートしようといった動き方に変わっていく。
その人の専門性の高さを持ち寄る「1+1=2」という世界観から、掛け算でチームにバリューを発揮させようといったマインドになったのを感じますね。
経営者である以前に、まず人として、どうあるべきか
──日々の忙しい中での学びや気付きを振り返る時間がなかなか取れないなかで、コーチングを通じて整理する時間の大切さを感じました。
蓮田:それで言うと、hacomonoでは日報のカルチャーもあります。スタートアップで大事なのは「組織のカルチャーを作る」だと思っていますが、我々の組織は「振り返り」がその一つです。それをフィードバックしたり、共有したりする文化もあるのですが、ミッション・ビジョン・バリューの浸透にも、そういった土壌作りが効いてきます。
経営層含めて上位層が誰より実践することが大切なので、自分自身も日報を毎日必ず書くようにしています。今日は何を感じたのか、何が上手くいってるのか、何が上手くいかなかったのか……といったことを含めた自己開示をしていくんですね。
特にSaaSビジネスでは、THE MODEL型で分業が進みやすく、それぞれの領域の人たちが、それぞれの領域のプロフェッショナルではあると思いながらも、その立場から感じたことが日々共有されていると、他の職種の方たちもヒントや気づきを得られるはずです。
hacomonoはバーティカルSaaSですから、特に「徹底した現場理解、徹底した業界解像度」も組織カルチャーとして植え付けなくてはなりません。営業チームが触れたお客様の一次情報が、日報を通じて自然とデリバリーできるのも利点です。プロダクト側の目線からしても、ビジネスチームがまとめたフィードバックよりも、よりお客様に近い「種」となる一次情報を手軽に共有してもらった方が生きるケースもあります。
種が届かない中でまとめるだけでは、Whyのない仮説ばかりである可能性も否めませんから。一次情報をチームに対してデリバリーする意味でも日報は大事ですね。
──ありがとうございます。最後に、蓮田さんからhacomonoが目指す先、他のSaaS企業の方へのメッセージがあれば、ぜひお願いします。
蓮田:スタートアップは「何のためにやるのか」という目的が重要です。スタートアップの経営者であれば、それぞれが人生の原体験を持ち、学んできたスキル、失敗した経験などから新しいビジネスの種を考えて、未来に何を残せるのかを考えているでしょう。
ただ、経営者としてだけではなく、それ以前に「人としての在り方」や「どういった哲学人生を持つか」に立ち返ることが、実は大事なんだと思うんです。そういうことを考える時間をコーチングで取ると決めて、「自分自身が何のためにに生きるのか」を定めてから、経営にもそれが活かされることがとても増えました。
スタートアップは事業を成長させ、人を育て、社会を変えるという三位一体ともいえる3つの原則があって初めて成り立ってきます。自分はその中でも「美しく生きる」を人生の哲学に据えています。見た目の美しさではなく「考え方の美しさ」ですね。正しいかわからないような意思決定をする際にも、考え方として美しいか、人の原理原則に合ってるかといったことに立ち返るのです。
とはいえ、経営は勝たなければいけないわけですが、勝ち方にこだわりたい。hacomonoは、美しくなりたい。正しい考え方をして、正しい哲学を持って、正しく人を育てて、良いチームを作って、そして良い社会を作る。そういうことに気付けたのもコーチングの成果ですし、スタートアップを経営する上で、自分らしい生き方や自分らしいチームづくりに向き合うことの大切さを実感したところでもあります。