近年、CRO(Chief Revenue Officer)を置くSaaS企業が増えてきました。事業収益の全責任を負うCROは、北米などのSaaS企業ではすでに当たり前の存在。今後ますます注目のポジションになっていくでしょう。
そこで、どのような役職なのか、必要なスキルやマインドセットなど、日本ではまだ数少ないCROの仕事について学ぶべく、AI inside 株式会社の執行役員CROである梅田祥太朗さんにお話をうかがいました。
AI insideは、AIとOCR技術であらゆる書類の手描き文字・活字を高精度でデジタルデータ化できる「DX Suite」などのAIサービスを提供しています。契約件数は掲載時点で約13,000件となり、多数の企業・自治体への導入実績を誇っています。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDの楠田司です。
会社のビジョンとお客様の要望の真ん中を探る仕事
──まずは来歴から聞かせていただけますか。
梅田:新卒でみずほ銀行に入行し、その後にワークスアプリケーションズでエンタープライズセールスやセールスマネジメントを経験しました。AI insideに入社したのは2017年11月です。現在は、執行役員CROと事業開発本部長として、営業、カスタマーサクセス、事業開発の三つを管理する、ビジネスサイドの責任者を担当しています。
──入社時点ではCROの役職はなかったそうですが、就任までの経緯を教えてください。
梅田:法人営業担当として入社したと同時に、ちょうどプロダクトのリリースがありました。これからまさに売っていくタイミングでジョインしたので、しばらくはひたすら営業の仕事をこなしていましたね。
セールスで実績を作ったことで、18年9月に法人営業部長に就任。10人ほどのチームをまとめながら、営業管理を担当しました。19年4月に執行役員に就任し、以降は現在の領域を担当しています。
CRO就任は20年8月ですが、仕事の内容は執行役員時代と変わらないので、現在の業務は2年ほど続けていることになりますね。
──梅田さんの中で、CROの定義はありますか?
これまでのお客様、新しいお客様、会社の方針という三者の折衷案を探るのがCROの役目
梅田:会社の成長やビジョンと、お客様の要望の真ん中を探るのがCROだと捉えています。CROのRは「Revenue(収益)」ですし、会社として売り上げは追い続けていくべき。そのためには新しい企画を打っていく必要がありますが、それだけだと既存のお客様が取り残されてしまいます。
こうした事態を避けるために、これまでのお客様、新しいお客様、会社の方針という三者の折衷案を探るのがCROの役目です。
成功事例に乗った7億より、新たなやり方の5億
──信頼できるお客様や、聞けば正直に答えてくれるパートナーが社外にいるのは心強いですね。その会社とはどう関係を築いていったのでしょう?
梅田:2パターンあって、一つはアーリーステージの頃からちゃんと営業したお客様。自分たちで考えたプランで押し通すのではなく、要望を聞いて社内の調整を繰り返す中で結びつきが強くなりました。
もう一つはアーリーステージではないけれど、CSがお客様の期待以上のサポートをしたことで信頼してくれたお客様ですね。CSを担当したメンバーの「お客様に満足してもらうことが第一で、リソースを考えるのはその次」という姿勢を評価していただけたようです。これはすべてのお客様にできることではないので、なかなか難しいんですけどね。
──どちらも型にはまらずその場の判断で顧客に向き合っていますね。その積み重ねがロイヤルカスタマーとの関係につながっているのだと感じました。
梅田:そうですね。ただ、やりすぎると都合の良いお願いを聞くだけの存在になってしまうので、要望を聞く時は「お互いが儲かる」というビジネスの原則を満たしているかどうかで判断しています。
これは取締役会長の中沖の言葉で、僕自身すごく勉強になった考え方。メンバーにも積極的に伝えるようにしています。
──原則となる合理的な判断基準があった上で、自分で考えて行動する遊びの余地もあると。その合理性と遊びのバランスは、どのように取りますか。
絶対のルールを作らないことでしょうか。大半はそのルールに従うのですが、1割くらいは「うちにもこういうメリットがあるからOKにしよう」というように、例外を許容しています。
梅田:絶対のルールを作らないことでしょうか。大半はそのルールに従うのですが、1割くらいは「うちにもこういうメリットがあるからOKにしよう」というように、例外を許容しています。絶対がないからこそ、メンバーもお客様や会社にとって何がベストなのかを考えられるようになります。
前職のワークスアプリケーションズでは、過去の成功事例に基づいて7億売った人と、これまでにないやり方で5億売った人がいた時、後者を高く評価していました。ここで学んだ「新しいことを評価する姿勢」は今でも大事にしています。
常にブレイクスルーを求めていますし、今の状況はあくまで現時点での正解でしかないので、メンバーにも「どんどん変えていってほしい」と伝えていますね。会社のルールもどんどん変わっていくので、管理はかなり大変ですが(笑)。
必要なのは「営業力」と「嗅覚」
──CROにはどんなスキルが必要だと思いますか?
梅田:絶対に必要なのが「営業力」です。交渉力、調整力とも言い換えられるものですね。
THE MODEL的な数字の管理は、極論を言うと勉強すれば誰でもできるようになりますが、大変な交渉やクレームに対応できる人は多くありません。お客様にしっかり向き合い、圧倒的に信頼される能力は重要ですね。
感覚的ですが「嗅覚」も必要。具体的には、まずアライアンスの見極めが大切です。
営業は基本的に、金額が大きかったり売れる見込みがあったりするものから注力していきますよね。でも、金額が大きくなくて売れる見込みが低くても、「これは売るべき」という場合があるんです。
例えば、自動車業界を攻めるなら、条件がどうあれトヨタ自動車には絶対に営業するべき、といったように。この例のもっと細かな判断が、CROには日々求められます。
僕はHubSpotを日々見ているのですが、そうすると「この業界の案件が最近増えているから、何かニーズがありそうだ。それなら、業界ごと一気に攻めてみよう」といった判断ができるようになってきます。こんな風に、予兆を感じ取る嗅覚が必要ですね。
それから、僕たちの会社のことを思って厳しいことを言ってくれる、良いお客様を判断するのも一種の嗅覚。これも、ものすごく大切です。
──なるほど。他にも「あると望ましい」レベルのものでいえば?
梅田:必須ではありませんが、簿記レベルの会計知識はあるといいでしょう。詳しい人にサポートに入ってもらうこともできますが、いちいちお願いしていたらお互い疲弊してしまいますし、上場審査などの頼れない場面で間違った解釈を答えてしまうと取り返しがつきませんから。
「会社目線」で、理想から考える
──スキルに続いて、CROに必要なマインドセットについても教えてください。
梅田:会社の計画に策定から関わるので、「会社目線」を持っておくことはマストですね。それだけでなく、会社のリソースを把握しておくことも大切です。
社長が「GAFAみたいになりたい」と思っていても、従業員が20名しかいなかったら、いきなりは無理じゃないですか。社長の方針や会社のリソース、ステークホルダー、自分自身がどうしたいかといったあらゆる要素を踏まえた上でどこに向かうべきかを決めなければならないので、会社目線のマインドセットは絶対に必要です。
──今、挙がったようなスキルやマインドを磨くには、どんな経験をするといいでしょうか?
梅田:本業をきっちりこなした上で、自分に関係ないことにもどんどん首を突っ込んでほしいです。僕自身、AI insideでは色んなことに首を突っ込んでいます。
とある会社で、古巣メンバーが現在のビジネスとは関係ない昔の案件のフォローに時間をとられていたことがありました。AI insideではそのメンバーは先輩で、指摘するのも失礼かもしれないし気が引けましたが、会社の成長を第一に考えればその時間は損失だから、やっぱり見過ごせない。その時は案件ごと僕が巻き取り、そのお客様には申し訳ないのですが「今後はフォローできない」とお伝えしました。
ワークスアプリケーションズ時代、「理想から考える」という思考を学びました。この件も、AI insideの理想から逆算したら見直す必要があるのは明らかです。指摘した時に「昔からそういうルールだから」「あなたには関係ない」と言われて引き下がりたくなることもあるかもしれませんが、採用された時点で会社の一員ですし、昔のルールよりこれからの理想のほうが大切。
こうして「会社目線」で正しいと思ったことを遠慮せず実行する中で、スキルやマインドが身についていくと思います。
答えがない中で最適解を探す楽しさ
──CROをSaaS企業で務めるからこその魅力や面白さはありますか?
梅田:「カスタマーサクセスの難しさ」と「自分の判断が会社の将来を大きく左右すること」の2点だと思います。
スタートアップのカスタマーサクセスは、チャーンレートを下げるのか、全体の利用率を上げるのか、1社ずつ細かくオンボーディングをするのかなど、その時によって正解が異なるんですよ。確固たる答えがない中で最適解を手探りで見つけていくのは、難しいけど楽しいと感じます。
二点目はそのままの意味ですね。自分が作った企画や締結した契約で、会社の成長角度がまったく変わっていく。当初の計画の倍になることだってあるわけです。自分の行動で世界に大きな変化を与えるのは、ビジネスマンにとって一つの到達地点。20代や30代でそんな経験できる可能性があるのはめちゃくちゃすごいことではないでしょうか。
──なるほど。ちなみに、CROとしての役回りはフェーズによって変化しましたか?
梅田:フェーズには、市場に認知されていない黎明期、受注が増えて要望が複雑化してきたキャズム期、認知度が高まってシェアが取れてきた普及期がありますが、それぞれ役回りは変わりましたね。
黎明期は営業としてとにかく売ることが最優先でした。実績を作らないと他のお客様からも選ばれないし、会社のメンバーもついてこないですから。とにかく、たくさん売ることにフォーカスしていましたね。
キャズム期では受注が増え、「契約を取りたいけど、要望が重すぎて対応しきれない」「既存のお客様だけど、もしかしたら解約になっちゃうかもしれない」といったケースが出てくるでしょう。このため、営業から少し離れ、いわゆるCRO的な役割を担うことになります。
黎明期が「全部取るし、全部やる」だとしたら、優先順位をつけたり、そこから外れたお客様への説明や調整が主な業務になりますね。重要なのは会社目線でプライオリティの判断と、社内外の調整。失敗すると受注ができなくてチャーンも増えるという悪い方向にいってしまうので、責任重大です。
続いて普及期に求められるのは、リスク判断と長期的かつ会社目線での戦略立案。AI insideは今まさにこのフェーズですが、何をやっても大きなメリットとデメリットが目につくようになるんですよ。長期目線でリスクを判断して、「これは取れるリスクなのか」と考えながら戦略を立てる力が必要になっていますね。
CROは社内で育てるのが理想的
──梅田さんはSaaSのことをどのように学んでいったんですか?
梅田:SaaSの一般的な用語って、ネット上で解説している人がたくさんいるじゃないですか。それらを読んで、自社の状況に当てはめて考えながら学んでいきましたね。
読書が本当に苦手なので、あまり本は読んでいません。代わりに、読書家の友人からエッセンスを聞くようにしています。友達が『チャレンジャー・セールス・モデル』という営業の本を読んだ時は、一緒に旅行をしたときに、温泉に浸かっている間ずっと解説してもらいました(笑)。
読書や勉強といったインプットも大切ですが、一番大事なのはアウトプット。だから実務のPDCAをまわしながら、自分の商談の良かった点や悪かった点を振り返る方が大事だと思っています。これは理解している人はたくさんいるけど、実践している人は少ないんですよ。
──梅田さんが言うと説得力がありますね。最後に、CROの採用を考えている経営者と、CROを目指している方にそれぞれメッセージをお願いします。
梅田:経営者の方に対しては、僕の持論ですが、CROは社内で育てるのがいいんじゃないかと考えてます。人が育っていく会社って魅力的ですよね。優秀な人が転職で入ってくるのも魅力的ですが、強い人材を輩出できる会社のほうが存在感がありますし、僕もそういう会社が好きです。
社内から登用すれば過去の経緯も理解しているし、お客様とのリレーションもあって、他の人のモチベーションにもつながります。営業力と嗅覚を持った人を見つけてきて、自社で育てるのが理想ではないでしょうか。
CROを目指す方に伝えたいのは二つ。一つは、とにかく実績を出すこと。もう一つが、条件を変えても自分の力で売ることができるか考えてみること。
CROを目指す方に伝えたいのは二つ。一つは、とにかく実績を出すことです。僕がCROになれたのも、前職の成果があり、そこで得た自信がAI insideでの実績につながったからだと考えています。まずは営業で売りまくって、自信をつけてほしいです。
もう一つが、条件を変えても自分の力で売ることができるか考えてみること。マニュアルがしっかりある会社にいる人なら、そのマニュアルがなくなったらどうすれば売れるか考えてみる。製品が強い会社にいる人は、製品が弱くなっても売れる方法を探してみてください。いいトレーニングになりますよ。
過去の僕自身がそうだったのですが、大企業からベンチャーに転職する人って、自分は実力があると思い込んでいるんですよ。僕はその時にベンチャーで働いている友人と話して、自分が決められたルールの中で行動していたことや、自分の実力がまだまだだということに気づきました。
違う環境を見たり意識したりすると、強みや弱点がわかります。そうして自分の現在地点を受け入れると、これからどうすればいいかが見えてくるはずです。
AI inside 株式会社 執行役員CRO 梅田 祥太朗
中央大学商学部卒業。新卒で株式会社みずほ銀行に入行後、法人RMとして従事。その後、株式会社ワークスアプリケーションズへ入社し、当時最短で最年少のセールスチームマネージャーに昇進、マネジメント及びエンタープライズ向けセールスを経験。2017年11月 当社入社後は、セールスの企画、実行を担当。2019年4月、当社執行役員に就任し、セールス・アライアンス・カスタマーサクセスを統括。
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