数多くのSaaSスタートアップを支援するALL STAR SAAS FUNDでは、起業家から様々な相談を日々受けています。中でも多いのが、「成長フェーズに合わせて、メンバーをどれくらい配置すべきか?」という問いです。
SaaSビジネスの定石は、先行投資による成長の最速化を目指すこと。そのファクターであるメンバーへの投資について、どの程度の費用をかけるべきかは悩みどころのようです。
この記事では、SaaS事業における「人員投資の基準」を、日米SaaS企業の従業員一人当たり売上高やALL STAR SAAS FUNDの投資先データを基に、提示を試みるものです。
日米SaaS企業、従業員一人当たりの売上高は?
上記の表は、日本及び米国の代表的なSaaS企業(主にBtoB)を展開する企業を対象に、リサーチャーが任意に抽出したデータを集計し、「従業員一人当たり売上高」でランキングしたものです。
背景がオレンジ色の企業は米国上場企業、青色は日本の上場企業を表しています。一目瞭然ではありますが、上位はグローバルに展開する米国企業が名を連ねています。
この母集団を対象とした国ごとの平均では、米国上場企業の従業員一人当たり売上高の平均は3,497万円に対し、日本上場企業は1,930万円と、約1.8倍の差となりました。
成長フェーズの違い、グローバル展開の有無、市場規模の違いから生じている結果とも考えられますが、国内SaaS企業がいかに効率性を高めていけるのかは、今後も課題が見える結果といえるでしょう。
エンタープライズ向けの最高峰「Salesforce」が一つの到達点か
BtoB SaaSの雄ともいわれるSalesforceについては、日本法人の2019年度のベース売上高と公開情報から推定した従業員数で、一人当たり売上高を試算しました。結果は4,915万円。格段に高い営業効率性を見せています。
要因は、エンジニア人員が少ないこと、日本法人が主に営業・マーケティング拠点であることが考えられます。また、国内企業においてはAI insideだけが、一人当たり売上高4,000万円を超えていました。
このことから、一人当たり売上高が4,000万円を超える、という水準が国内エンタープライズ向けSaaSの現状における最高水準と考えられます。
国内スタートアップのトラックレコード
SaaSスタートアップでは、一人当たり売上高の適正な水準は事業フェーズによって異なります。
事業立ち上げ期や急成長期において、売上は限定的になる一方、その後の成長を見越してチームを組成するためには、一定数のメンバーを前もって揃えなくてはなりませんから、従業員一人当たり売上高は小さくなります。そこから徐々に売上を伸ばし、IPOへ向けて営業効率性が上がっていくのが一般的でしょう。
ここでは、ALL STAR SAAS FUND支援先のトラックレコードと、国内SaaSスタートアップとしてIPOを果たした5社のトラックレコードを用いて、ARR・売上高のフェーズごとの集計値を示しました。
上図ではALL STAR SAAS FUND支援先を対象に、ARRの規模別に「従業員一人当たりARR」を集計しました。
ARR1億円から10億円に至るまでは、スタートアップのダイナミズムを体現するかのように、従業員数も毎年倍速以上のペースで増えていました。
ARR1億円時には一人当たりのARR平均は425万円となり、先行投資の様子が数値面からも見えてきます。規模が大きくなる中でも先行して人員への投資が行われ、ARR10億円時で一人当たりARRは863万円という水準が平均像となりました。
まさにこの数年で先行するSaaSスタートアップが残したリアルな記録といえるでしょう。このようなデータがオープンにされることは少ないのですが、自社の進捗と比較をすることで一層の市場発展につながると考え、公開することにしました。
次に、国内でIPOを行ったSaaS企業の平均像をまとめました。
早期にベンチャーキャピタルから投資を受けた企業5社(freee、Sansan、マネーフォワード、ヤプリ、プレイド)を対象に、各売上高時点における従業員一人当たりの売上高を集計しました。ARRでないのは、過去データの取得が一部困難であったためです。
売上高10億円時の従業員一人当たり売上高をARRベースで換算すると774万円。ALL STAR SAAS FUND投資先は863万円でした。大きな開きはありませんが、概ねこのレンジが一つの目安になってくるといえそうです。
売上高10億円を過ぎてからも、規模が拡大するにつれ営業効率が上がり、売上高100億円規模では従業員一人当たり売上高は1,696万円となりました。
IPO前後では赤字を計上する企業も多いですが、原価や給与、その他の販管費、広告宣伝費などを考えると、この規模で損益がプラスマイナスゼロとなることがイメージできます。
上図では、5社の従業員一人当たり売上高推移を示しています。
各社でフェーズが異なるため同列に比較はできませんが、freeeがIPOに至るまでの時期では、一人当たり売上高が継続的に1,000万円を切った水準で推移していることを鑑みると、人員の先行投資に振り切った様子も伺えます。
まだサンプル数が少ないものの、将来の営業効率性を考える際にも、比較数値として用いることのできる結果だと思います。投資判断にも活用できるでしょう。
新潮流の「PLG型」SaaS企業、営業効率性は?
最後に、近年注目を集めるPLG型(Product Led Growth)のSaaS企業についても見ていきましょう。
上図ではZoom、Twilio、Slackなどセールスによる営業戦略を主体とせず、プロダクトの伝播により規模拡大を目指すPLG型企業において、一人当たり売上高を時系列ごとのデータを集計しました。
特筆すべきは、新型コロナウイルス感染症の影響によるリモートワーク需要を取り込んだZoomです。
強力な需要に後押しされたことは疑いようはありませんが、人的リソースがボトルネックとなりづらいPLGならではともいえる成長で、一気に営業効率性が高まっています。
従来型のSaaS企業はThe Model型に代表される組織構成を図ることで高い成長を見せる一方、労働集約的な要素も伴ってしまいます。
PLG型の企業であるTwilioやSlack、Atlassianなどの新興企業であっても、エンタープライズ向けの最高水準であるSalesforceと同等の一人当たり売上高を見せており、効率的なアプローチであることが伺えます。
日本においてSaaS業界が成熟化を迎える中においても、新たなアプローチで飛躍的な成長を遂げる企業の誕生に期待がかかります。
以上が日米SaaS企業のデータを基に分かった、従業員当たりの売上の水準でした。人員計画を作る時には、ぜひ参考にしてください。
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