コラボレーションホワイトボードプラットフォーム「Miro」は、「チームのブレストやプランニングが、いつでもどこでも出来る」と大人気のサービス。その用途は広く、ミーティング、ワークショップ、ブレインストーミング、アイデアセッション、アジャイルワークフローなど、さまざまなシーンで使えるのも人気の理由です。
コラボレーションツールとしての支持は厚く、すでに世界中に2300万人のユーザーを抱え、対前年比の成長率も実に300%を超えるといいます。
Miroが実践している戦略の特徴の一つに挙げられるのが、PLG(Product Led Growth)を採用していることです。Miro流のPLG戦略とはいかなるものか。“Head of Self Service Business & Growth”として采配を振るうYuliya Malysh(ユリヤ・マリーシュ)さんに、新世代SaaS企業が継続的に注力し、成長を加速させるため役立つ要素について聞きました。
「ALL STAR SAAS CONFERENCE TOKYO 2021」より、前田ヒロが聞き手を務めた注目のセッションを、抜粋・再構成して記事化しました。記事前半ではYuliyaさんからMiroにおける「Product Led Growth部門の取り組み」を教えていただき、後半ではその内容を踏まえて前田がOKRやKPIなどの深堀りをしています。
「優れたプロダクト体験」こそがユーザーを獲得し、維持できる
Yuliya:私は8年ほど前に入社して、主にデータやプロダクトに関連するプロジェクトに携わってきました。4年前にProduct Led Growth部門を作り始め、現在ではさまざまなドメインや領域にわたる10チームが構成されています。それぞれでディストリビューション、マネタイズ、ユーザーエンゲージメントを加速させるように取り組んでいます。
各チームでは、バイラリティ、ユーザー獲得コスト、ユーザーエンゲージメント、アクティベーション、マネタイズ、Miroで展開しているコミュニティプラットフォームビジネスといった領域を担当しています。
Product Led Growthに必要な「優れたプロダクト体験」こそがユーザーを獲得し、維持するための戦略的なアドバンテージになる
早速、結論めいたことを話しますが、私たちがProduct Led Growthを信じている理由は、Product Led Growthに必要な「優れたプロダクト体験」こそがユーザーを獲得し、維持するための戦略的なアドバンテージになる、と考えているからです。
私たちがProduct Led Growthを考える時、焦点を当てるべきはマネタイズやユーザー獲得ではなく、利用される量です。Miroはコラボレーションツールですから、他者と使ったり、共有したりして、プロダクトを使う人が増えれば増えるほど、バイラル性が高まります。ユーザー獲得の競争力も強化され、回収期間中のユーザーコストを低くできるのです。
より多くの人にプロダクトを使ってもらい、リテンション率も高くなれば、マネタイズのタッチポイントも増えます。Miroの課金モデルは、LTVとリテンション率を高めることを前提に構築されていますからね。
では、どのようにユーザーの利用を促しているかをお話ししましょう。下記をご覧ください。ここに載せたキーワードがMiroにとっての「柱」であり、私たちは「Product Led Growthを可能とするもの」と呼んでいます。1つずつ、解説していきますね。
1:Customer centricity
初めは「Customer centricity(顧客中心主義)」です。文字通り、ユーザーだけを考えることです。プロダクトは、顧客を念頭において構築するだけでなく、時には顧客と一緒に作り上げることもあります。ユーザーの行動、彼らのプロダクトの使い方から、私たちはいつも学んでいます。
MiroのProduct Led Growthチームで大切にしていることが2つあります。1つ目は「私たちのコアオーディエンスは誰なのか。どんな人がプロダクトをよく使っているのか」を設定すること。いわゆる「ペルソナの設定」に近いですね。
プロダクトマネージャー、UXデザイナー、アジャイルコーチ、コンサルタント……といった人たちがMiroのパワーユーザーとなっていますが、彼らは周囲の人々にもプロダクトの魅力を広めたり、使ってみるよう促したりしてくれます。
2つ目は「Miroがどんなユースケースで使われているのか。主なユースケースは何か」を知ること。この評価を軸に、何に注力すべきか、どの機能を構築すべきかといった優先順位が決まります。ユーザーにとって、それらのユースケースがベストであることを徹底します。
この2点から顧客中心主義を実現するために、私たちが注力し、トレーニングを重ねているのがインタビューです。とにかく、みんなが顧客と話すこと。職種は問いません。プロダクトマネージャー、デザイナー、アナリスト……自分が関わっていないプロジェクトだとしても、とにかく全員で顧客インタビューを実施しています。
ただ、職域によって会話内容は変わります。マネタイズを担当しているメンバーなら、Miroを購入したばかりの顧客と話すことが多く、「Miroが選ばれたトリガーは何か、どんなことを期待しているのか」を知ろうとします。サブスクリプションが解約される時も「何が起きたのか」を把握し、顧客と関係を築き、「顧客から見たプロダクト」を知ろうとします。
それから、Miroには「データから学べ」というカルチャーが根付いています。データを活用して定性的、定量的な視点から仮説をつくり、立証していきます。
たとえば、Miroでは顧客の声を伝えて広げるプロジェクトとして、月に一度は顧客の声を共有するミーティングを行っていて、カスタマーインサイトチームが調査結果を発表したり、ワークショップをしたりします。この機会で「今の市場で何が起きているのか」をメンバーも把握できていますね。カスタマーインサイトチームが社内メンバー向けにニュースレターも送ってくれています。
時には私たちがカスタマーインサイトチームのミーティングに参加することもあります。ラッキーにも自分自身もMiroのユーザーですから、プロダクトのことはよくわかっているつもりです。「Miroのユーザーになると、どんな体験ができるのか」を想像しやすいのです。
もちろん、誰もが私たちのようなヘビーユーザーでないことは、頭に置いておくべきです。ただ、私たちにとっては毎日使っているプロダクトなので、何かが機能していない時もすぐに気が付きますし、顧客へMiroの素晴らしいところをたくさん伝えることもできるんです。
会社全体のメトリクスの一つとして、NPSも使っています。フィードバックを受けるためのオープンチャネルがあり、それを読んで分析して、OKRの指標にしています。顧客満足度とNPSでは視点が異なるため、人によって好き嫌いはありますが、私たちはNPSを「何が機能できているのか/いないのか」を把握するフィードバックの一環と捉え、ロードマップや計画の優先順位を決める時に役立てています。
2:UX / simplicity & fast time to value.
次に重視しているのは、NPSのレーティング基準にもなっている「simplicity & fast time to value.(シンプルさと、すぐに実感できる価値)」です。
私たちが生きているのは「エンドユーザーの時代」。ツールはIT部門ではなく個々人が決める時代です。すでに多くの人に使われているサービスやプロダクトを見て、「自分も使ってみよう」と思うわけです。ですから、私たちはエンドユーザーが、シンプルかつ簡単に始められ、価値を得られるものにフォーカスしています。
さまざまなソリューションから選ばれるためには、マネタイズのしやすさよりも、ユーザーにとってのシンプルさ、わかりやすさ、そして価値を実感してもらうまでのスピードを最適化できるかにかかっています。
Miroはユーザー体験向上のために、どんなバックグラウンドを持つユーザーにとっても、直感的で快適なUXを実現したいと考えています。Miroは用途が広いですから、期待される役割、ユースケース、ユーザーのバックグラウンドが多様なんです。
キャンバスツールに慣れていて毎日使っている人がいれば、ある人にとっては全く新しいフォーマットだったりもします。ドキュメントやスプレッドシートには慣れ親しんでいるかもしれませんが、ズームイン/ズームアウトは誰もが知っているコンセプトではありません。
こうした違いをしっかり理解して、ボード上でのコンテンツ制作や操作など、誰が使ってもわかりやすくしなくてはなりません。
最近、プロダクトの開発サイクルも構築したところなんです。ユーザー体験の改善を実行すべく、異なるペルソナからのフィードバックを共有できるチャネルを設けて、みんながそこへ投稿しています。各チームのバックログも開発スプリントに組み込んで改善しています。
「100日間で100個のUX改善をする」というプログラムを実施することもありますね。全てのチームがこのプログラムに貢献できるように計画されていて、かなりの速さでユーザー体験に磨きをかけることができます。これらは私たちが絶えず実行していることですね。
3:Templates
次に「テンプレート」について。これは重要な戦略です。
全てのテンプレートは仕事の用途別に作られています。検索されやすいテンプレートを作ることで、TOFU(トップオブファネル)を生むきっかけになります。仕事をやり遂げるために必要な情報を探したい時、みんなはGoogleで検索しますよね。ですから、Miroにとってのテンプレート制作はユーザー獲得施策の一環でもあるのです。
その他にも、ユーザーがMiroを使い始める時にテンプレートがあれば、使い方がわかりやすくなる利点もあります。テンプレートを埋めていくことだけにフォーカスすれば良くなりますから。
重複しますが、Miroの場合は、ユーザーがMiroでやりたい作業やタスクの種類が本当に様々です。より親切なインストラクションなど、どうしたらUXに磨きをかけられるのかを考えています。ユーザーは、線を引いたり図形を書いたりしたいわけではなく、ただ自分の作業にフォーカスしたいのです。
4:Viral loops
Miroはコラボレーションのために使うのが特徴ですから、ユーザーが他者へ魅力を伝えてくれるという「バイラルループ」は、要素として常に存在しているとも言えます。積極的に取り組まなくても自然発生するのですが、私たちの強みであり、より強化したい点なので、プロダクトを普及させるためのユーザーサポートを実験的に行っています。
特にフォーカスしているのは、ユーザーがボードをもっと共有しやすくなる方法や、チームに人を招待しやすくする手順など、ボード共有の仕組みの改善です。ユーザーがどんな問題を抱えているか。どの問題を解消すれば利用量が増え、アダプションの数を引き上げられるのか。そういった点を考えています。
5:Users engagement
「ユーザーエンゲージメント」はMiroが複数のユースケースに対応できることを、ユーザー自身が理解しているかを確認するためにも重要です。Miroの利用頻度やアダプションの数を増やせますからね。
もし、ユーザーがアイデア出しやブレインストーミング、ワークショップ、ミーティングにもMiroを使えることがわかれば、使用頻度も増すでしょう。異なるユースケースで使われると、より様々な人を巻き込めるので、バイラルループも促せます。
私たちのエンゲージメント戦略では、Miroが様々なユースケースごとにカスタマイズでき、様々な用途にこれ一つで対応できることを教育し、認知させていくことが目的に置かれます。カスタマーサクセスがユーザーと交流するだけでなく、チュートリアルビデオで使い方を学べたり、プロダクトの仕組みを説明したりするコンテンツも提供しています。
ユーザー内に「チャンピオン」を増やしていくことも重要です。企業内でMiroの使い方を教えていく存在になりますからね。チャンピオンを手助けし、奨励しながら、コミュニティのようなものを築いています。時にはチャンピオンに学び、プロダクトを共同で製作します。
6:Freemium model
そして「フリーミアムモデル」が、Miroの場合はプロダクトの成長に大きく貢献しています。何よりもバリューが優先事項であり、「お金は後からついてくる」というマントラのようなものです。
エンゲージメントの高いユーザーに向けて最適化すること。そして、ユーザーにとってシンプルでわかりやすいものにすること。この2つのルールに従っています。マネタイズは、その次に来るものです。
様々な実験を行なったり、新しい機能を発表したりする時、私たちは「リテンション」と「アダプション」という2つのメトリクスで測定をしています。「ユーザーのリテンション率やアダプション率を下げる」と判断した場合は、過度なマネタイズはしたくありません。
セールスは、セルフサーブモデルを採用する
<yellow-highlight-half-bold>Product Led Growthは、プロダクトについてだけではありません。<yellow-highlight-half-bold>実践する際には組織のファンクションもそれぞれ異なってきます。
マーケティングは、アウトバウンドやコールドリード数を増やすだけなく、オーガニックトラフィックや口コミ、コミュニティ構築、教育用素材の作成、バイラル性を高める活動などたくさんのことにフォーカスします。
セールスについては、エンドユーザーやチームリードがセールスチームとやり取りせずにサービスを購入できる「セルフサーブモデル」を展開しています。実際に採用に至る前にプロダクトを使ってみてもらえますし、本来あるデマンドに対応するために多くの人を雇用する必要もないので、よりスケールさせやすく、売上も早く出すことができます。
Miroでは、インバウンドセールスを行なっていて、「プロダクト・クオリファイド・リード」を持っています。つまり、私たちのセールスチームが担当する企業のリードのほとんどが、Miroをすでに知っていて使用していますから、セールスドリブンなアプローチをしている企業とは少し形態が異なっているのです。
もちろん、カスタマーサクセスの取り組みには継続的に注力しています。プロダクトを購入してくれたエンタープライズの顧客には設定をサポートをします。彼らの仕事に貢献したり、目的を果たしたりするために、どのようにMiroを活用できるのかをきちんと理解してもらうようにもしています。
プライシングについては、フリーミアムプロダクトならばユーザー利用量のバリアを取り除くことができます。制約やペイウォールを作るのではなく、バリュードリブンな展開に注力できるのです。フリープロダクトを使うことに抵抗を感じる人もいますが、よりプロダクトを理解してもらってから他のプランへ移行してもらったほうが「無料で使うよりも有料プランを使う」というモチベーションとインセンティブに繋がります。
最後に、オペレーショナルエクセレンスについて。Miroは様々な使い方、ペルソナ、ユースケースがあって、急速に成長をしています。だからこそフォーカスすべき優先順位が非常に重要。常に仮説を立てて学習を続ける段階的なアプローチを取っています。トップダウンではなく、顧客とデータそれぞれから情報を得て、人々に愛されるプロダクトに最適化します。ただ売上を生むだけのプロダクトにはしません。
Product Led Growthを導入できる企業の条件
前田:惜しみなく教えてくださって、ありがとうございます。聞いていたら、質問したいことがたくさん出てきました!まず、Product Led Growthという考え方について。まだみんなが個々に解釈をしているように感じています。どういった誤解を受けることが多いですか?
Product Led Growthは、プロダクトに関することだけではない。
Yuliya:Product Led Growthをプロダクトに関することだけと考えているケースですね。そうではないのです。成功させるためには、組織全体が変わらなくてはなりません。そして、<yellow-highlight-half-bold>Product Led Growthは世界中の企業が成功できる「特効薬」でもありません。<yellow-highlight-half-bold>あくまでプロダクトがエンドユーザー向けで、簡単に導入できて理解ができるなら有効だと思います。
でも世の中には、バリューを理解するためにもっと注力する必要があったり、導入が難しかったりするプロダクトがたくさんあります。実際にリターンを得る前に、ワークフローに組み込む必要があるので、誰にでも使える手法ではないでしょう。
戦術というよりも、顧客への執着心が必要
あとは戦術というよりも、顧客への執着心が必要です。基盤となるのはユーザーやユースケースを理解して、人々に愛され、使ってもらえるプロダクトを作りたいという思いです。これが一番のモチベーションとなり、マネタイズや売上は二次的かつ間接的なものになります。もし、Product Led Growthを採用したい場合は、とにかく顧客と話をすることです。
組織構成は「クロスファンクション」に
前田:グロース責任者として、Yuliyaさんは全ての機能や要素と、どのように連携しているのですか。
Yuliya:とても楽しいですよ!
私たちはコラボレーションツールを提供しているわけですが、この「コラボレーション」というのはMiroのカルチャーバリューでもあります。Product Led Growthチームは、部門間のコラボレーションをする形ではなく、それぞれの分野で成功するために必要な全ての部門の代表者を集めたクロスファンクションな人員で成り立っています。
ですから、ほぼ全てのチームにプロダクトマネージャー、アナリスト、デザイナー、リードエンジニアがいます。チームとして成功できるようにメンバーを揃えているので、チームリーダーはどちらかと言うとステークホルダーのような立ち位置です。
ただ、彼らには実行の権限が与えられているので、Product Led Growthチームが行うのは交渉ではなく「要件と知識をシェアすること」です。「最適化するゴールに合わせて足並みを揃えよう」「チームのゴールを設定して、実行する権限を与えよう」といった感じです。
たくさんのミーティングやコラボレーション、コンテクストの交換が行われているので、そういった会話をファシリテートできるスキルを磨いて互いを理解し、違いを乗り越えて作業できる必要がありますね。
そして、何のためにマーケティングを最適化するのか、ゴールは何か、どう提案すべきなのか……コミュニケーションに及ぶところにまで目を向けることが大切です。
前田:組織構成はどうなっていますか?グロース責任者がいて、その下に他の部門が存在しているのか、それとも横並びなのか。
Yuliya:もちろん組織図はありますが、Product Led Growthを推進する時の組織構成とは別物ですね。私はプロダクトリーダーなので、プロダクトマネージャーとしてCPOにレポートをしています。一方で、私の仲間やチームには、グロース分析、グロースエンジニアリング、グロースマーケティング、グロースデザインの責任者たちがいて、彼らはそれぞれの部門のヘッドでもあります。
私たちはチームとしてのOKRを定義して、そのOKRの達成に向けて取り組んでいきます。ですので、部門のOKRではなく、クロスファンクションなチームのOKRを設定しているんです。
OKRはただ一つ、「グロースOKR」があればいい
前田:そのOKRは、みんなが同じOKRなのでしょうか?もしくは他のグロースリーダーたちと揃えたものなのでしょうか。
Yuliya:OKRは「グロースOKR」ひとつだけです。それぞれが独自のOKRを持っているわけではありません。クロスファンクション形式をとっているんです。
私たちはクロスファンクションチームのことを、アナリティクス(Analytics)、マーケティング(Marketing)、プロダクト(Product)、エンジニアリング(Engineering)、デザイン(Design)の頭文字をとって「AMPED(アンプド)」と呼んでいます。部門ごとのOKRではなく、AMPEDとしてのOKRを共有している、ということですね。
前田:そのOKRやKPIの項目と、フォーカスしている内容はどういったものですか。アダプションが中心となっているように思えるのですが、既存顧客のアップセルや利用量を増やす取り組みも必要ですよね。
Yuliya:はい、年次や四半期ごとにフォーカス対象は変わりますが、アップセルも利用量の増加も対象になります。年次または四半期ごとの会社の目標が何かで変わってきます。つまり、「その目標を達成するために何ができるか」という視点ですね。
たとえば、この四半期では「新規ユーザーのアクティベーション率を成長させること」が重要でした。これがメインのメトリクスの一つとなります。なので私は、週間アクティブユーザー数の増加を重視するKPIを置きました。そして私が設定したKPIをチームに割り当てます。
あるチームは新規ユーザーグロースにフォーカスしていて、他のチームは新規ユーザーのアクティベーションに、そしてもう一つのチームはペイドユーザーへの転換に……といったように包括的なゴールをチームへ分解して割り当てることで成長へと繋げています。
前田:興味深いですね。新しい成長戦術や、取り組みを考える時には、セールスチームや他の部門と協力してちゃんと筋が通っているか、整合性があるかどうかなどを確認したりもするのですか?
Yuliya:ええ、もちろん。四半期の計画を練る時、クロスファンクションチームの間でディスカッションをします。その他にも、マーケティングリーダー、レベニューセールスリーダー、エンジニアリーダーたちと週に1回、または隔週でミーティングをして、コンテクストやアイデアを交換しあっていますよ。
なので、四半期の計画を立てる時は、すでにコンテクストが共有されているので「やらなくてはいけないこと」「それぞれがやるべきこと」が、すでにわかっている状態にあります。ですので、それらにデータを組み合わせながら優先順位を決めていきます。たくさんのコミュニケーションとコラボレーション、そしてミーティングが行われています。
前田:想像するに、すごい量のコミュニケーションでしょうね……!
優先順位は「インパクトの大きさ」で決める
前田:データを組み合わせる優先順位付けについて、全ての部門がそれぞれ特定のメトリクスを何かしら最適化できると思いますし、顧客からの要望もあるはずです。グロース責任者として、どうやってこれらの優先順位を決めているのですか?
Yuliya:良い質問ですね。うーん、これにお答えするためには新しいプレゼンテーションを
作らなくてはいけないかも(笑)。
私は、インパクトの大きさを考えて優先順位をつけています。インパクトとは、会社のゴールのことです。会社は大抵の場合、ユーザー、顧客満足度、コラボレーションなどの利用量にフォーカスします。売上もKPIのうちの一つです。私は、セルフサーブによるセールス責任者でもあるので、ファイナンシャルプラニングもします。
インパクトで優先順位をつけるので、何がゴールなのかを理解して、すべきことを計画し、
全てのリクエストに対して応えていけるようにします。できるだけ多くの情報を集め、四半期中に驚く事実みたいなことがないようにして、優先順位が変わらないようにします。
前田:なるほど。顧客からの要望については、どう考えますか。
Yuliya:顧客満足を上げるためには、全ての要望を見て、その中から私たちが解消すべき最も大きなペインポイントを見つけて、その問題の解消をゴールにおきます。それからマーケットと競争環境を確認して、「何かが足りていないから競合に負ける」ということが起きないようにしています。
マーケットから求められる最低限の機能や小さな要求についても検討します。差別化要因にもならないような機能になりますけどね。もちろん、差別化をより強化して、勝つための努力はし続けなくてはなりません。セルフサーブ型のサブスクリプション数を増やすため、全てのバグや課題を解消するためには、チーム内でのQ&Aを怠らないことも大切です。
こんなふうに状況を見ながら、「インパクトの大きさ」で優先順位を付けています。私たちの場合は、それぞれのグロースチームが、それぞれのメトリクスを持っていますが、その中身が「最も重要で優先順位の高いこと」になります。時にはマトリックススコアにインパクトを与えてもデータがないこともあるでしょう。でも、いつも私は「それがたとえ悪い数字であったとしても、ないよりはあったほうが良い」と言っています。優先順位付けが難しくなってしまうからです。
でも、経験やノウハウ、これまでの実験、そしてイニシアチブに基づいた直感はあるはずです。「予測しないよりは、予測したほうが良いだろう。だからやってみよう」という感じですね。その後で、他のリーダーたちと自分たちの優先順位が方向性として一致しているかどうかを話し合います。
それから、もう一つ。私たちのイニシアチブのバランスが取れていることを重視しています。改善やバグ修正、そして大きなイニシアチブ。どちらかに偏らないようにしなくてはいけません。
ユーザー体験やメトリクスの向上といった自信が持てることに取り組む、「うまくいくとわかっていること」だけではなく、あまり自信がないことを手掛けるのも必要だと思っています。リスクも高いけれど、うまくいった時の見返りも大きいですからね。新しいチャンスを探して、それを最適化させるのです。
たくさんのメンタルモデルがありますが、ほとんどがインパクトフレームワークです。あとは、最適化と新しいイニシアチブの取り組みを、いかにバランスを取れるかです。
「この決断は元に戻せるのだろうか?」
前田:面白いですね!ということは、自信があることだけに基づいて最適化するのではなく、リスクをとって長期的な実験に賭けるのですね。
Yuliya:その通りです。うまくいくこともあれば、いかないこともある。優先順位を付けるというのはすごく大変な仕事ですよね。実際も多くの時間を費やすことになりますし。
すでにたくさんやってきているので、できることも増えてはきますが、正確に言うとこれは優先順位を付けているのではなく、正しいことをするためにフォーカスする時間です。最終的なゴールは「決定すること」。その決定を自信のあるものにするために、たくさんのデータやコンテクストも必要になります。これを「簡単だ」と言う人はいませんね。
ただ、オープンなマインドを持って、新しい領域に入ることは素晴らしいことです。メイン領域がどのように機能しているのかを初心に戻って学んでいくことによって、半年後にはより自分のものにできるでしょう。
前田:プライベートのことでさえ優先順位を付けるのは難しいですから、ビジネスの世界ではより複雑なはずですよね。
Yuliya:実際に最も難しい選択は、同等に良い2つのオプションから、いずれかを選ばなくてはならない時です。たくさんの時間をかけて考えることもありますが、私はそういう時、とにかく一つを選んでみるという方が良いと思います。要は、考えすぎないことですよね。決断に賭ける時間も、また「考えなければならないこと」の一つになるので……。
決断を早めるには、「この決断は元に戻せるのだろうか?」と考えてみること。その答えが「はい」なら、決断は早いほうが良いでしょう。「いいえ」なら、もっと自信を持ってから決断したいですよね。
時には深みにハマってしまって、考えることに時間を使いすぎて、最適な速さで決定できないことがあります。でも実際、まず決定してやってみることによる大きなマイナスって、あまり無いと思うのです。もし、うまくいかなければ、そこから学んで元に戻せば良い。これは覚えておきたい大切なことですね。
テンプレートギャラリーをテストローンチするまで
前田:確かにそうですね。Yuliyaさんがこれまでグロース責任者として「決定して、トライしたこと」の例をお話しいただけますか?
Yuliya:それについては気に入っている話があるんです。テンプレートにまつわることで、「私たちはエキスパートではない」という仮説がありました。仮説というよりは真実ですね。もう一つは「私たちのユーザーこそがエキスパートである」という仮説も立てました。
彼らはソートリーダーであり、素晴らしい会社の優秀なデザイナーであり、有能なプロダクトマネージャーであり、プロのファシリテーターであるという仮説です。私たちが自身で作るテンプレートは、リソースの問題もあってキャパシティに限りがあります。そして、私たちの会社にいるエキスパートたちが、全ての領域をカバーできるわけではありません。
ですから、「ユーザーに協力をしてもらって、ユーザーにコンテンツとテンプレートのギャラリーを作ってもらおう」という話になりました。それでローンチしたのが、“Miro Community Templates Gallery”としての「Miroverse」です。
テストローンチをした時は、以下の4点を確認していました。
このプロセスは非常にアナログなやり方ですが、まずは取り組みに参加してくれる50人のクリエイターを見つけました。そして1年かけて、700種類以上のテンプレートがユーザーによって作られました。ちなみに、私たちが8年かけて作ったテンプレートの数は100種類ちょっとなんですよ(笑)。
私たちはクリエイターとユーザーの両方に関心がありますし、ユーザーが作ったテンプレートを私たちも活用することで、Miro内部の仕事をどう進めればいいかを学ぶきっかけになりました。このデータポイントによって、クリエイターとユーザーどちらのエンゲージメントも高められ、ロイヤリティとコミュニティの両方を促進させられることも証明できました。
帰属意識、そしてプロフェッショナルとしての評価を通して、私たちがユーザーに還元できることがあるとも考えています。今はとにかく純粋な愛を持った人たちが、美しいボードやインスピレーションを共有してくれていて、私たちもそのボードを使ってアイデアセッションやワークショップ、アイスブレークなどを行なっています。
この検証には3ヶ月の時間を使いましたが、今では私たちの新しいドメインとなっていて、より大きな投資をしながら最適化に取り組んでいます。
「フリーからペイド」になるだけでは足りない
前田:セルフサーブによるセールス責任者でもあるとおっしゃっていましたが、ある意味では終わりのない戦いみたいなものだと思います。「バリューを提供すること」と「マネタイズをすること」のバランスをどう取っていますか?というのも、バリューを提供し続けるにしても、ある時点ではマネタイズは必要になりますよね。バランスを取るために、フレームワークのようなものはあるのでしょうか。
Yuliya:マネタイズとアダプションが私たちのメインのメトリクスであるとお話ししましたが、このメトリクスをもとに、私たちのアイデアをテストして、マネタイズするかどうかを決めています。
これまでの間で、導入した機能や制約によって利用量が激減したことはなかったと思います。大切なのは、ユーザーとUXを理解することです。つまり、私たちはMiroをアクティブに使ってもらう前の段階で、ユーザーがペイウォールにぶつかるようなことにはしたくないのです。アクティブユーザーになるまではマネタイズにフォーカスすることはありません。
新しいユーザーには、ボード上でコンテンツを作り、共有し、コラボレーションして、まず確実にバリューを体験してもらう。これがゴールです。そうしてMiroを使うことが習慣化されてきたところで、もっと積極的なユーザーに変わっていきます。アクティブに使ってもらうためにも、あまり良くない摩擦は生み出さないようにしています。
こうしたステップを明確にすることで、私たちのゴールのためではなく「ユーザーの仕事に役立てるUX」へとより最適化していきます。こうした中、ユーザーがアクティブに使う習慣がついてきたかを特定する必要が出てきます。社内でのコミュニケーションも多くしなくてはいけません。CEO、CPO、レベニューリーダーたちともうまくやりながら、互いに衝突しないように、取り組む仕事や最適化のためのメトリクスを定義する必要があります。
単に「フリーからペイド」へコンバージョンするだけではなく、アクティブに使ってもらう状態にさせるのです。もちろん「フリーからペイド」へのコンバージョンも見ていかなくてはいけないのですが、「フリーからアクティブ」の部分を最適化して、それから「アクティブからペイド」をモニターします。
前田:顧客にはいくつのステージがあるんですか? アクティべーションの中にもポスト・アクティベーションのようなステージがあるのではと思うのですが……。
Yuliya:ありますね。私たちはそれは「aha! moment」と呼んでいます。最初のaha! momentは、ユーザーがコラボレーション体験をした瞬間です。つまり、ユーザーがコンテンツを作って、誰かと一緒に仕事をする時ですね。
次のaha! momentなタイミングは、それが複数回行われた時。それが起きるまでの目標期間を定めていて、3〜8週間以内に起きるように最適化します。そして、何人がペイドユーザーに移ったのかを見ます。たくさんのメトリクスを見ているのですが、ペイドユーザーの中でのアクティビティメトリクスもあります。主にフリーユーザー用に追いかけている指標をOKRとしていますが、その他にもサポートやバランスの維持を目的とした指標もあります。
そして、もし減少したり、成長したりするシグナルを見つけたら、“ディープダイブ”をスタートするタイミングに入ります。ただ、ペイドユーザーになった後も、彼らのエンゲージメントレベルをモニターし続けて、チームのうち誰か一人だけが使い続けるといったことになっていないように確認します。
もし、50人いるチームのうちの1人がリードしてMiroを導入し、積極的に使ってくれていたとしても、その1人が他の会社へ移ってしまった場合には50人のユーザー全てを失う可能性があるからです。その他のメンバーに対しても、彼らのニーズにあったボードを作ったり、コラボレーションをしてもらえるようにサポートをしています。
グロース責任者に求められる資質とは?
前田:ありがとうございます。これは最後のトピックになるのですが、「グロース責任者」となるには、どんな素質や経験が必要でしょうか。
Yuliya:良い質問ですね。私の経験を振り返ってみると、まずはメンバーがまだ15人しかいなかった時にMiroへ入社したのはラッキーだった、ということですね。会社が成長するにつれて、他のメンバーから学びながら一緒に成長できました。
個人的には、グロースリーダーに必要な特徴としては、アートとサイエンスの組み合わせだと思っています。「成長のマインドセット」と「データ」を組み合わせるから、「仮説に基づくデータなんです」といえるみたいに。データがあれば、会話ははるかに楽になりますよね。好き嫌いとか、意見を争うとかではなく「これが事実である」と言えますから。
成長戦術であれ、どんな戦術であれ、時間の経過とともにすり減ってきてしまう傾向があります。たくさん使えば使うほど、クリエイティブが必要になります。新しい発見をしたり、新しい機会を探すセンスが必要です。そしてそれがうまくいくか、いかないのかを判断できるようにならなくてはいけません。
もう一つ重要なのは、成長とは勝つことだけではない、ということです。変わらないこと、メトリクスがうまく変動しないこと、失敗すること……うまくいかないことはたくさんあります。私たちが実施した実験でも、メトリクスが下がって回復させなくてはいけないケースがありました。
そんな時も試行錯誤をして、「それは問題ではなく、失敗から学ぶのだ」とリーダーシップチームにわかってもらわなくてはなりません。どうやって「勝つ」状況に変えるのか。誰も失敗について話したいとは思わないですからね。どう伝えるのがより良い方法なのかを学ぶべきだと思います。
実際に、失敗ではないんです。それは私たち、そしてユーザーにとって、それがうまく機能しなかったと学んだ、ということです。
そういうシチュエーションになった時、「自分はクビになるのではないか、罰を受けるのではないか」と不安になることもあると思います。そんな状況でも進む姿を見せるんです。「大丈夫なんだ」ということを、模範を示しながらリードしていかなくてはいけません。
私たちは、全員一緒に全く新しい状況下にいるのだから、方法がわからないなんて普通のことですからね。初めてやっていることで、誰もやったことがないのだから大丈夫、というスタンスです。
あと、私が入社した時点で、CEOとリーダーシップチーム全員がこのコンセプトに信念を持っていたのはラッキーでした。一般的には、ユーザーや企業に対してバリューをもたらしていることを証明するには、強力なファシリテーション、コミュニケーション、影響力のあるスキルが重要だと思います。そんなところでしょうか。
前田:ありがとうございます。ぜひ最後に、メッセージをいただけますか。
Yuliya:どんな旅路であるとしても、とにかくあなたの旅を楽しんでください。自分がパッションを感じられることをやって、楽しんで欲しいです。それを忘れないでください。
そして、どうやって解決すべきかわからないチャレンジに出会ったら、とにかく心を開いて、好奇心を持って、人と繋がってみてください。きっと解決できるはずです。
これらは私が数年間で学んだことです。私たちはみんな、全てを解決できる能力を持っているはずです。チャレンジングなことがあっても、6ヶ月後には解決しているはず。それを繰り返すことで、個人的にもプロフェッショナルとしても成長を続けられるんです。
もし質問があれば、LinkedInでメッセージを送ってくださいね!