スタートアップにおける広報の重要性は高まる一方、人材不足やノウハウの欠如といった課題も顕著になっています。そこでALL STAR SAAS FUNDとkipplesの共催で『SaaS PR集中講座』を全4回に渡って開催しました。
講師は、Sansanでマーケティング&広報機能の立ち上げに従事され、現在は創業したkipples代表として広報、マーケティング、新規事業の支援や、コミュニティ作り、官民連携促進を中心に活動する日比谷尚武さんが担当。
SaaS企業の広報が必須で持っておきたい知識を、「概論編」「広報組織の立ち上げ編」「広報実務編」「リクエスト編」に分けて展開しました。
「概論編」では、そもそも広報とは何か、経営戦略上の広報の位置づけといった観点に始まり、SaaSスタートアップの広報戦略の実例に至るまでを見てきました。また前回は「広報組織の立ち上げ編」より、立ち上げフェーズから戦略の確定についてまとめました。
広報で事業をブーストする基本戦略──スタートアップ3社を事例に日比谷尚武が解説
前半記事「SaaS広報がプレスリリースを書く前に知っておくべき、広報戦略の立案、事前調査、メディア研究について」
今回は、5月25日に行われた「広報組織の立ち上げ編」の内容より、戦略の確定に続くパートを記事化。コンテンツ制作と広報組織のマネジメントを、日比谷さんから学びます。
コンテンツ制作には2段階ある
ここまで「何のために広報をするのか」から出発して、外部環境を調べ、「誰に、何を伝えるか」といった広報ターゲットを設定し、狙うメディアや媒体を選定する「戦略確定」について追ってきました。次のプロセスは、具体的に伝えるための武器、すなわち「コンテンツ制作」に関する考え方です。
このプロセスはどんどん進化しています。数年前はオウンドメディアやWantedlyといったプラットフォームを重視する流れがありましたが、今度はTikTokやInstagramといったSNSを併用したほうがよいとも言われます。昨今ならYouTubeでの動画コンテンツ、さらには盛り上がりつつあるPodcastなどの音声コンテンツも範囲です。
手法のトレンドは変わっていきますから、個別の打ち手については専門業者などとその都度上手な取り組み方を追っていくしかないと思っています。そこで、この『SaaS PR集中講座』では、汎用的に使えるフレームワークだけをお伝えしましょう。
コンテンツ制作には大きく2段階があり、それは「持ちネタの棚卸し」と「実際の作り込み」だと捉えています。
「持ちネタの棚卸し」については、前回も「メディアに渡せるカードを用意する」という話をしましたが、まさにこのカードに変えるためのネタを探すことです。特にBtoB企業の広報さんからは「うちにはネタがない」とお悩みを聞くことも多いのですが、実はそんなことはなくて、社内にいっぱい眠っているものです。
たとえば、ある製品に注目して機能を切り取る、導入事例を探る、製品開発や展開時の調査データ、販促キャンペーンの実施予定、他企業との提携など、さまざまです。企業の観点で切り取るだけでなく、社員や働き方といった事業活動そのものを扱える場合もあります。
ただ、これらがターゲットに届くか、あるいは届けるためのメディアにうまく興味を持ってもらえるかは別の話です。だからこそ、興味を引くためのアレンジが大事になってくる。とはいえ、まずは「持ちネタの棚卸し」から始めて、洗い出してみるのをおすすめします。
棚卸しのときは「うちの働き方なんてどうせ普通だ」とか、「大企業の導入事例も少ないから興味をもってもらえない」と思い込んだりしないこと。思わぬ切り口でメディアや届けたい相手が魅力的に思ってもらえる内容に化けることもあります。そして、メディアや広報ターゲットにA/Bテスト的に見せていくと、意外と興味を引くカードが見つかることも多いです。
「持ちネタの棚卸し」が済んだら、「実際の作り込み」を行います。ツールや打ち手といった「武器」も様々です。
たとえば、自社のことをメディアに説明するための資料として「ファクトブック」があると良いでしょう。営業用や投資家向けの資料をベースにしてよいのですが、それらに加えて「メディアの人が何を知りたいか?」の観点で情報を通過したり、アレンジしたりする必要があります。
そのほか、自らを専門家として印象づけるための調査レポート、メディアや専門家を交えた勉強会、自社を含む業界カオスマップの制作、専門領域の総合研究所や業界団体の立ち上げ、事業領域をテーマにしたカンファレンス開催なども武器になりますね。
「自社が発信の中心に座る」という目標のために、テクニカルに武器を積み上げる動きが最近は増えてきています。
メディアアプローチの勘所
「持ちネタの棚卸し」と「実際の作り込み」が出来たら、やっとメディアに対してのアプローチへとプロセスを移します。
メディアに対して「取材してください」といきなり言って叶うことは、基本的にはありえません。まずは自己紹介をして、自分たちを信頼してもらったうえで、やっと記事を書いてもらうための連絡をするのが基本的な流れとなります。
自己紹介は大切です。事業やサービスの内容、経営者の来歴、社会課題に対してのアタックといった説明を踏まえて、興味を持ってもらった上で、メディアの方にしかるべきタイミングでネタを提供し、書いていただく打診をするのです。
ここをはき違えて、「来週に新サービスを発表するから書いてください」みたいに連絡してしまうと、記者にも「この広報は相場がわかっていないのだろうな」と感じさせてしまう。その先のやり取りまでうまくいかなくなったり、そもそも情報を拾い上げてくれる機会をロスしてしまったりという事態になるかもしれません。
広報マネジメントの3要素
フェーズによって広報の仕事が変わること、各部門の目標や課題に応じて広報がサポートできる部分を見定めること、それらを実現するために関連部門と広報が密に情報交換できるようにすること、経営陣からも広報の現場担当者へ情報をしっかり共有してあげること……といったポイントを、ここまでお伝えしてきました。
次は広報マネジメントの観点から、いかに施策を実現させていくかを見ていきましょう。広報のマネジメントで最低限考えるべきことは、次の3点です。
1:計画
2:評価の方法
3:推進するための体制
では、順を追って説明します。まずは「1:計画」です。「広報スケジュール」とも呼ぶこともありますが、左から右への時系列で進行します。
計画立案に考慮すべき3つの「要素」があります。世の中、事業、広報ターゲットです。
「世の中」では、世の中で起こる出来事の中で、自社や業界に関連しそうなトピックや法改正、業界内でのイベント、競合企業の動きといったことを交えてプロットしています。
「事業」には自社の動きを書き入れます。事業計画、人員計画、他部門の動き、複数の製品を有する場合はローンチの状況といったことを、タイムラインで並べてみます。そのうえで、外部環境を見据え、広報としての打ち手をプロットしていきます。
そして、「広報ターゲット」においては、顧客向け、投資家向け、販売パートナー向けなどと対象を細かく分けることができます。その対象ごとに、いかにコミュニケーションを取るのかを書きます。ここはアレンジの余地が多少あり、(ターゲットごとではなく)製品ごとに変えてもいいでしょう。
このようにプロットしてみると、「世の中の出来事に合わせて発信しようと思っても、準備のための助走期間が長めに必要である」とか、「大事な発表が重なるので、発信の方法や重み付けを変えなければ」とかいったことに気づけます。動きを見える化して定期的にアップデートし、経営陣、各部門、広報担当でシェアしておくのが望ましいかなと思います。
広報活動の評価は業務プロセスに着目する
続いて「2:評価の方法」を挙げましたが、広報の評価は非常に難しく、常に課題であり、答えはまだないと思っています。メディアへの露出件数や、媒体の規模などから算出した広告費換算を挙げる人もいます。ただ、マッチするものは、なかなか無いのが僕の所感です。
そこで、いつも立ち返りたい考え方が、下記の図です。
広報の業務プロセスをざっくり分解すると、企画、実装、露出、結果という4段階に大きく分けられると考えています。そして、それぞれのプロセスが適切に実施されていたかを検証する「プロセス評価」は、広報の評価方法として取り入れて良いでしょう。
上図は以前にALL STAR SAAS BLOGの記事で掲出したものの再掲です。各部門の課題や目標を支える観点で言えば、OKR的な評価の仕方も一案でしょう。
たとえば、マーケが「セミナーを盛り上げたい」と考え、それを広報活動によって支える場合。集客への貢献や事後の拡散を実施アクションとし、告知コンテンツやセミナーの事後レポートのページビューや露出効果などを定量で測れるようにしつつ、各部門の責任者から定性的に評価をもらうのです。
フェーズによってやるべきことが変わっていくのであれば、評価の仕方も都度変えていく必要があるという考えです。逆に言えば、広報の働きを一発で評価できる方法はないのだ、ということはお伝えしておきたいと思います。
定量&定性でネクストアクションへ落とし込む
他にもメディアとのリレーションを作るという基礎活動においても、単なる露出件数やリスト数の増加だけでなく、プロセスを評価するのもよいでしょう。営業プロセスの評価にも似ていますね。SaaSスタートアップであれば、馴染みのある進捗確認や評価手法かもしれません。
メディアに対する連絡先を仕入れたか。一度でも面会をしたか。情報提供や取材の打診を行ったか。実際に取材がされたか。取材が露出まで至ったか。そのようにプロセスを切り分けて、どの進度まで到達できたのか、全体としていかに進んでいるのかを見る方法です。
露出についても、定量と定性で次のアクションを定めやすい仕組みは作れます。
この図は僕が使っている方法ですが、露出内容が本来狙っている適切なターゲットに届けられる媒体かどうか、意図的に稼いだ露出か、内容は正しく解釈されているか、自分たちは記事内で主役になっているか、取り上げられ方はポジティブ/ネガティブ寄りか、といったことに点数をつけて、おしなべて見てみる。
すると自社の露出の傾向が見えますから、それを基にPDCAを回していきやすくなります。
これらは、広報活動の実態に合わせ、何とか活動の進捗度合いやプロセスの成否を見える化しようとしているのです。
最終的には、広報活動が経営にどれだけ寄与したかで評価されるべきです。しかし、メディアに露出したかどうかだけで判断しようとすると件数も限られるし、そのプロセスを正しく評価できない。現場で活動する方にとっても、プロセス指標など様々な手法を用いて、正しく広報活動が行われていることを証明できるようにしたほうがいいでしょう。また、マネジメントからしても、こういった見える化によって、正しく指摘できるようにしたほうがいいだろう、という思いでいます。
体制づくりは「現在のミッションは何か」をベースに
最後に「3:推進するための体制」です。
「広報はどの部門に配属すればいいか」といったことをよく聞かれます。初期の段階は社長直轄ということも多いかもしれません。他にも、管理部門の下につけたり、事業部門につけたりする場合もあるでしょう。
判断材料は「現在のミッションは何か」です。
たとえば、「販売促進をテコ入れしたい」ということであれば、一時的にマーケティング部門や営業部門に兼務させてもいいでしょう。「採用の強化に役立てたい」ならば人事部門に据えて情報を取りやすくすることも可能です。どの部門のミッションを支援するのか、誰が貢献度を適切に評価できるのか、どのメンバーと情報交換をすべきか、などから判断すべし、ということです。
「どのような人材を広報担当にアサインすべきか」も、よく聞かれることの一つです。ここで重視すべき点は3つの観点です。
第一に「社内への精通」。会社や事業へのロイヤリティが高く、サービスや経営陣、情報を持つキーパーソンの把握といった、社内に関することを知っている、あるいは知ろうとしてくれている人をアサインするのがいいでしょう。
実は、この第一の部分を外部コンサルやスポットで入ってきた人でまかなおうと思っても、なかなか代えが利かないものです。むしろ、第二の「社外への精通」と、第三の「広報スキル」は、勉強すれば何とか身につけられる部分でもあります。
ですから、「誰をアサインすべきか」という質問であれば、第一の「社内への精通」を最も重視すべきであり、適任者を見つけたいところです。また、社員から好かれる、口が堅いといった特性も大切ではあります。
知見不足、リソース不足のとき、専任広報を雇う段階にないときには、外部パートナーと組むのも良い選択肢だと思います。外部パートナーを迎え入れる際には、扱う領域の専門性によってパートナー選びが変わることを踏まえておきましょう。
パートナーも大手代理店系、外資系、独立系、5〜10人ほどの専門家が集まる中小ブティック系、個人事業主、副業人材といった区分けができます。大手代理店のほうが人材の層が厚く、カバーできる専門分野も広く、リーチできるメディアの網羅性も高い。しかしながら、コストは最も高くなる傾向にあります。
たとえば、BtoCもBtoBも手掛けており、情報発信に関する危機管理も担ってほしいと考えているのであれば、個人事業主にお願いするのは、キャパシティ的にも専門知識的にも不足する可能性がある。それならば、広くお願いできる大手代理店に依頼すべき内容かもしれませんね。
あるいは、スタートアップで資金に乏しいようであれば、まずは副業で携わってくれる方や、フリーランス広報の方に頼むと、費用対効果が高いかもしれないといった考え方です。最近は広報業界でも独立される方が増えてきました。自社にはどのパートナーが適するかについては、いろんな組み合わせが考えられますし、僕もこのアレンジを相談されるケースが多くなっています。
広報会議は設定しよう
「推進するための体制」で、もうひとつ。広報会議の運用についても触れておきます。
戦略や仕組みを作ったうえで大事になってくるのは、それらを運用でちゃんと回すことに他なりません。当たり前のように感じる方もいると思いますが、こういった会議体をきちんと設定し、スケジュールや評価方法に基づいて活動し、定期的に戦略を修正し、共有し直す場を設けていく必要があります。
特にスタートアップは変化が激しいですから、「会議なんて開くまでもない」と広報会議そのものを行わずに戦略や打ち手をどんどんアップデートすることもよくあります。
ただ、「広報会議でなければ確認しにくいアジェンダ」も出てきます。たとえば、以下の5点は代表例です。
1:広報活動計画の確認
2:発信計画の状況共有
3:メディアコンタクト状況の確認
4:露出評価
5:その他、個別でのトピック
これらは定期的に棚卸しをする広報会議の場を設けることを勧めたいですね。
『SaaS PR集中講座』「広報組織の立ち上げ編」をテーマに、広報部門の立ち上げ、広報戦略の立て方、広報部門のマネジメントといったことをお届けしました。これらをとっかかりに、より一つひとつを実践と学びの両面から深めていただければと思います。
次回は「広報実務編」がテーマです。それでは、また次の講座でお会いしましょう。
kipples(キップルズ)代表 日比谷 尚武(@naotake_hibiya)
「人と情報をつなぎ、社会を変える主役を増やす」をテーマに、セクターを横断するコネクタとして活動。広報、マーケティング、新規事業、コミュニティ、トライセクター関連を中心に活動。一般社団法人at Will Work理事、一般社団法人Public Meets Innovation理事、Project30(渋谷をつなげる30人)エバンジェリスト、公益社団法人 日本パブリックリレーションズ協会 広報副委員長、ロックバーshhGarage主催、他。https://kipples.jp/
SPECIAL THANKS TO:
株式会社カミナシ 広報PR 宮地 正惠さん(@MasaeMiyachi)