SaaSビジネスの組織をデザインしていくために、「The Model」の考え方を中心に据えるのが正攻法となってきました。ところが、部署ごとに分かれてKPIを追いかける状態において、各部門がお互いを理解しあえなければ、有機的な連携はありえません。
SaaS専門に支援をするALL STAR SAAS FUNDも、投資先の企業と日々ディスカッションするなかで、この「部門間連携」についての課題をよく耳にするようになりました。「ビジネスモデルに矛盾が少なく、美しいSaaS」を志向するうえでも、部門間連携においても、より良いあり方を考えるのは大切なことだと考えます。
そこで、SaaSのセールス、イネーブルメント、カスタマーサクセス、組織・経営のスペシャリストであるALL STAR SAAS FUND公式メンターのみなさんにご協力いただき、この「部門間連携」をテーマに語っていただくシリーズ連載の機会を設けました。
第1回は向井俊介さん×山田ひさのりさんによる「セールスとCS」の連携、第2回は戸栗頌平さん×山田ひさのりさんの「マーケとCS」、第3回は宮田善孝さん×山田ひさのりさんによる「プロダクトとCS」とディスカッションしてきました。
そして、第4回は「マーケとセールス」の連携について考えます。
マーケティングの立場からは、複数のBtoB企業や起業、BtoB専業マーケティング代理店を経て、HubSpot Inc.日本法人立ち上げに従事し、現在はLEAPTにてBtoB SaaS マーケティング支援事業を行なう戸栗頌平さんが登場。セールスは、約20年にわたってSMBからエンタープライズのB2Bセールスに従事し、さまざまな環境下でトップセールスとして活躍した向井俊介さんが参加。
お互いの考え方を明かすなかで見えてきた、マーケとセールスのより良い連携の理想像を、探っていきましょう。
顧客の理解不足は、マーケの怠慢?セールスの怠慢?
戸栗:まずは、お客さまへの課題をいかに認識しあっているか、ということをとっかかりにしてみましょう。「マーケがお客さまをあまり理解していないんじゃないか」みたいな声がセールスなどからも結構あるんじゃないかなとは思うのですが、一人のマーケターである私からしても、これは本当にマーケ側の怠慢だろうな、という気がします。
今回お話しする内容は、一般的なマーケティングのなかでも、特にプロモーションに寄った人たちのことを前提に進めます。マーケのお客さまへの理解は、営業同行なども必要だとは思いながらも、まずは営業の人たちと定期的に話をする機会をただ作るだけでも良いはずです。
The Modelをベースに話すと、マーケと最も近い距離にいる人はフィールドセールスよりもインサイドセールスになります。彼らと定期的に話をして、「お客さまがどういう課題を抱えているのか」「どういう状態であれば、フィールドセールスにパスできるか」といった会話から把握するのが第一だと感じます。
それをコンテンツ作りに回しつつ、「2週間に1回」や「1カ月に1回」といった定期的なフィードバックを出しあうことで、マーケのお客さまに対する解像度は上がっていくはずです。あとは商談同行やZoom録画の確認などから、お客さまの業務内容を理解できれば、理想的ではないでしょうか。
向井:The Modelはよく「分業型」だと言われることもありますが、僕はそれこそが、そもそもの大間違いだと思っていて。分業って、アダム・スミスの時代に作られた概念で、要は製造業がベースなんですよね。ベルトコンベアで流れてきた部品を、自分のパートだけ作業すれば完成品になるという考え方。それを現代のSaaSに当てはめることが間違いだと、The Modelを導入する人全てに一度見つめてほしいです。
『THE MODEL』著者の福田康隆さんもおっしゃっている概念ですけれど、業務を分けて進めるのは効率性を追求するものだけではなくて、コラボレーションによる共創こそにThe Modelの価値があるという大事な部分が、あまり伝わっていないのではないか、と。
そのうえで、戸栗さんが「マーケターの怠慢だ」とおっしゃったことは、僕からすれば「セールスの怠慢だ」と思っています。
戸栗:そうですか!(笑)。
向井:だって、マーケの方たちはお客さまから距離が遠いんです。距離が遠い人たちに「コンテンツを作ってね」と言うのは乱暴すぎるし、極論言えば、それでお客さまが好意的に反応するコンテンツを作れるはずがない。最もお客さまの声を聞いてるセールスから、どんどんマーケへ情報提供していこうよ、というのがセールス側の目線から見た僕の意見なんですね。
戸栗さんは優しいから、「マーケからセールスと会話していくのが良い」と言ってくださいましたけれど、僕からすれば、自分たちの大事な商談元になっているリードをとってきてくれる方たちに良い情報を提供していくことは、結局は自分たちのためにもなる。だから、忙しさを理由にそれをしないのは、やはり怠慢でしかないと思うんですよ。
……今日は二人とも、辛口なスタートですね(笑)。
戸栗:お互いがいきなり「怠慢」と指摘するという(笑)。でも、まずは向井さんがおっしゃった通りに、The Modelは分業ではないというのは正解だと思います。やはりコラボと助けあいが前提で成り立っているのですから、部門を超えて「一つの事業」を営むという意識を持つのが重要でしょう。
たとえば、マーケがリード数を稼ぎたいから質の悪いリードを集めてきて、セールスへ乱暴にパスしてしまう。セールスは歩合を取りたいがために、クローズしてはいけないような相手でもしてしまう。これらは自分の担当領域より後ろのメンバーに迷惑がかかりますし、共創になりませんよね。
向井:そうなんです。お客さまの課題や解像度の認識をあわせる前に、「自分たちの仕事は何のためにやっているのか」という目的の認識をあわせるほうが先決です。
SaaS企業を見渡しても、マーケチームやセールスチームといったようにマネジャーを筆頭に組織ごとに分かれているところが多い印象なんですよ。分かれることそのものは問題ではないのですが、分かれることによって方針や目的が共通認識化されていないリスクが生まれる。
それならば、マネジメントは共通にして、目的をすりあわせたうえで、それぞれの職務や役割を明確にしたほうがいいでしょう。マーケなら「受注という目的のために、リードをとるところに専念してほしい」といったように。しつこいくらいにマネジメントからメンバーに対するコミュニケーションを愚直に続けることで、意識の統一は図られるのかなと思います。
“スマーケティング”と、30分間のコーヒートーク
戸栗:お客さまへの理解についても、やはり会話が基本であり、鍵になりますよね。
向井:会話をし続けるしかないと思います。たとえば社内ポータルを設けて、セールス側に「提案資料や面談資料をアップしてね」と言っても続かない。共有することを目的にしてはいけないんです。
目的はあくまでコラボレーションしながら、ビジネスや価値を最大化していくことにあり、その手段としての情報共有であることを全員等しくわかっていないといけません。
それがなければ、どれほど施策を打とうとしても、中途半端に終わってしまう。まずは、その癖づけをする意味でも、徹底して会話し続けるのが具体的なアクションでしょう。今はオンラインでの仕事が増えてきているので、「ちょっといいですか」と声をかけづらいかもしれないのですが、それを言い訳にしないでほしいというのも本音です。
戸栗:そうですね。確かに私も前職のHubSpotでは、セールスとマーケが定期的に話す「スマーケティング」という時間を持っていました。オフィスごとにやることに違いはありながらも、たとえば日本オフィスならば、「マーケが今はこういう活動してるから、おそらくこのタイミングでリードが伸びる」といった予測を共有する。セールスは「こういうお客さまが増えてきているからフォローしてほしい」とフィードバックするといったかたちです。
あとは、オフィスが大きくなってくると、プロダクトの話も出てきます。「プロダクトがこうローンチされるから、このタイミングでマーケはこの活動しますから、リードのボリュームもこれくらい増えますよ」と伝える。
結局、セールスからすれば、マーケやプロダクトが何を考え、どう実行しているかはわかりにくいんですよね。そこを「こういったプランで、このタイミングで、こういうことをやるよ」と教えてあげると、セールスも「クオータ(必達予算)の目標を達成するために、いつ、何をすべきか」が大体わかってくる。
そういった会話を通じた助けあいは、どのサイズの規模感の組織でも重要です。向井さんがおっしゃっていたように、共有するだけでなく、お互いが理解して、共通認識を持つことが本当に大切ですね。
向井:あとは、結構ありがちなのが「ターゲットリスト」の間違いです。セールスはアプローチしたい企業リストをターゲットリストとして手元に持ちながら頑張って営業活動しているのですが、一方でマーケもリード創出するためにさまざまな施策を打っていく必要があります。そのために必要なのは同様にターゲットの定義です。どのような企業の、どういう人がターゲットなのか。これをもとにペルソナやカスタマージャーニーマップを作る。
このマーケティングが持っているターゲットと、セールスが持っているターゲットが違うケースがよくあるんですよ。そうなると意思疎通が図れるはずもなく、お互いの施策がどうも的外れに聞こえてくる。これも完全にコミュニケーションが足りてないがゆえに起きる問題です。
戸栗:多いですね。マーケがお客さまを理解していないケースは、本当にそういうミスから引き起こってしまうように思います。
たとえば、展示会や自社イベントで、名刺情報が入ってきたらセールスにアプローチリストみたいなものを作って渡す。「展示会後にすぐ連絡してください」と言って、蓋を開けてみると、1週間や2週間が経っても全くアプローチされていないことが起きる。その原因はセールスとマーケで「本当に取りたい見込み客」がズレていて、合意がないからでしょう。
向井:それらを防ぐのは本来は簡単で、展示会やイベント出展の検討タイミングで、セールスを何人か企画から巻き込んでしまえば事は済むはずですよね。マーケから妙な遠慮が走るのか(笑)、セールスがサボっているのか、理由は会社によってさまざまでしょうけれど。
そもそもマーケとセールスが一緒に取り組む、という文化が醸成されなくては相互理解もなく、組織全体の目的から考えても、実にもったいないままです。
戸栗:一緒に施策の「核」を作ることが最もインパクトを生みますし、時間をかけたいところですよね。あとは、共通認識ができると、ペルソナやカスタマージャーニーもできていきますけれど、半年後や1年後も同じことを続けていってほしい。時間の経過で、テクノロジーやマクロな環境が変われば、ペルソナも変化していくからです。
ただ、セールスは日々お客さまに触れている一方で、マーケは距離が遠いだけにアップデートされにくいんですよね。時間と共にそのズレは大きくなるので、繰り返し合意を続ける必要があるんです。
向井:そうですね。僕が実際にやっていたことで言うと、セールスマネージャーだった頃は、「入社したマーケティングマネージャーが最初に仲良くする相手」となるべく、自分から距離を縮めにいっていましたね。
セールス側が何を背負って仕事をしているのかを伝える義務もありますし、マーケ側がどんな義務を背負っていかに評価されるのかを知っておく必要があると思うからです。組織人であれば何かしらの評価軸のもとに生きていくわけですが、「どうすればパートナーとして一緒に動くマーケティングマネージャーが喜ぶのか」をわかっておきたい。
これは営業の基本的な素養でもあって、お客さまに向ける姿勢そのもの。それを同じように社内の人間にも応用するだけなんですよね。そう思えば、むしろセールスから社内のいろんな関係各社の方々に対して積極的に絡んで、会話を仕掛けにいくことは、ずっと営業を経験してきた自分からしても願うことではあります。
戸栗:マーケ側としては、内向的な人も多いですからとてもありがたいです。私もHubSpotでは、セールスの人と「ちょっとコーヒーでも買って30分くらい散歩しに行こうよ」と、ビルの周りを歩きながら、お客さまのことや数字目標、お互いの困りごと、チームの様子、個人的な課題まで、いろんなことを話していましたね。
結局はセールスが売り上げを立てないと、会社としては当然持たないわけで、会社がうまくいけばマーケの良さも増えていく。マーケはちょっとシャイかもしれないけれども、仲の良いセールスの方をつくって、「現実的に今どうなのか」を積極的に話すのが大事なのでしょう。
向井:そうそう、30分間コーヒートーク、本当にそれで十分なんですよ。
インサイドセールスの役割を、意義から見直す
向井:マーケとセールスのコミュニケーションで、The Modelについてもう少し話すと、両者の間に入ることが多いのはインサイドセールスですね。僕としては、インサイドセールスは会社によっては重要な役割だと考えています。
なぜ「会社によっては」なのかといえば、たとえば1ヶ月に数十件しかリードが入ってこないような状態でインサイドセールスを置くのは有用ではないでしょう。月間で数百から千件を超えるリードが取れ、「1対n」のリードナーチャリングを経て、MQL(Marketing Qualified Lead)に育ったところで「1対1」のコミュニケーションに切り替わり、そしてMQLが顧客になり得るのかを見極めるところが、インサイドセールスの存在する意味になる。
ただ、多くの企業でインサイドセールスの組織を見ていると、ジュニアポジションに位置づけられているんです。まずは若手を採用してインサイドセールスで「修行」を積み、結果が出て希望があればフィールドセールスに進むという構図ですね。代表的な企業としてはセールスフォースさんが挙げられます。いろんなSaaS企業さんがセールスフォースさんをベンチマークにして同様のやり方をとっているように見えるのですが、個人的に成熟度の違う企業のやり方の形だけを安易に取り入れるのは危険だと思っています。
そもそも、お客さまがプロダクトを知っており、関心が高ければ問い合わせをしているはずです。そうなっていないということは、買い手はプロダクトに今は興味がないという状態。だけれど、ウェビナーをご案内したら参加してくれるし、ホームページものぞきにきてくれるし、メールも開封してくれる。ナーチャリングからの働きかけによって、少なくともMQLは「プロダクトに興味はないけれど嫌いではない」という状態なんですよね。
その人たちに、プロダクトなりサービスなりに興味や関心を抱かせ、そこから先のアポイントを取ることで商談に進ませるという非常に大事なポイントを、インサイドセールスは担っているわけです。コミュニケーションスキルはもちろん、相手方の会社のホームページを見た上での業務理解、起きているであろう課題の想像、解決のための仮説立てなど、全てが備わっていないとそのポイントはクリアしていけないはず。
つまり、インサイドセールスをある種の修行の場としてだけ扱うのは、大事なコンバージョンポイントを無駄にしている可能性が高いと思っています。では、なぜセールスフォースがそれを実現できているのかといえば、セールスイネーブルメントやセールスオペレーションが確立されており、プロダクトや会社のブランドが非常に強いから成り立ってると、僕は捉えています。
まだそれらがないSaaS企業が同じことをやってうまくいくのか。そこは、改めて問い直してほしいと感じています。ひとつ具体的なことをいうと、フィールドセールスで結果を出している人をインサイドセールスに据える、というトランジションを適切に押さえれば、一方的なプロダクト機能訴求に寄った話をしたり、何のための質問なのか相手に不信感を与えてしまったり、ということもありません。結果的にリードを無駄にせずにフィールドセールスからしても良い商談機会が増えていくように循環するのではないでしょうか。
戸栗:私も向井さんと全く同じ見解です。会社によって違うという点でいえば、お客さまによっても異なるスタンスで臨むべきですから。特に、エンタープライズを顧客層に見込んでいる企業のインサイドセールスは、業界理解や業界のニュース、業界の人脈、業界構造など見るべき範囲が広く、お客さまの潜在的なニーズを知り、あるいはニーズを顕在化させるという難易度も高くなる。
「セールスフォースが組織にインサイドセールスを組み込んでいるから、SaaS企業であればみんなインサイドセールスを作っているのだ」という状況を私も感じています。でも、そもそもThe Modelの位置づけというよりも、セールスフォースでSMBを担当している部門がやり始めた考え方なんですよね。
つまり、ある程度のリード数が入ってくることが前提で、セールスイネーブルメントとしてお客さまにレクチャーを重ねれば、コンサルティングできるくらいのレベルまで持っていけるビジネス構造にあるということです。
ですから、インサイドセールスと言っても、エンタープライズ向けのSaaSでインサイドセールスを置くのであれば営業の熟練者を配置すべきですし、SMB向けのSaaSであれば、お客さまをコンサルティングできるくらいの力量を持っていると、事業の可能性が広がるわけですよね。その点では、インサイドセールスはSMB向けになるほど、エンタープライズ向けと比較すれば、「相対的に」ジュニアレベルになるかもしれないという話です。
エンタープライズが対象なら顧客数がかなり絞られますから、そもそもインサイドセールスが必要か否かを考えることもできるでしょう。自社のビジネスモデルからインサイドセールスの重要度は、ある程度は見極められるのではないかと思います。
向井:ただ、「SMB向けのインサイドセールスはコンサルティングができるくらいの力量を」という点、これは果たして現状で持ち得るものなのでしょうか?もしくは、それを身につけさせようと組織が思わないなかで、リードに対してアプローチして、アポイントを取る役割をインサイドセールスに課しているのが現状なのだろうと感じます。
SaaS事業者たちを広く見ていると、インサイドセールスには「リードに対してアポイントを取る」という職務領域を設定を課している企業が多い印象を持っています。では、「テレアポインターとインサイドセールスの明確な違いは何なのか」を問い直し、明確に答えられないとしたらもしかすると今あえてインサイドセールスのポジションを配置する必要がないのかもしれない、と論理的に判断できる。
今こそ新しく、そして正しく、インサイドセールスを定義し直すのは、SaaS企業とセールス組織にとって大事なポイントになってくれるといいな、と思いますね。
戸栗:うーん、そうですね。
向井:簡単な仕事ではないですからね。
獲得したリードを不要に燃やさないための「基礎知識」
戸栗:確かに向井さんがおっしゃるように、「見込み客に電話をかける前に、ウェブサイトを見た瞬間に業務内容が把握でき、課題感がわかる」というレベルには最低限、到達していてほしいな、とは思います。
これは私自身がもともとマーケのコンサルをしていて、HubSpot社にてマーケティング製品をインハウスのマーケターとして売ることになったとき、マーケティング製品を購入しようとするマーケターのお客さまたちの課題感を把握しやすかった経験に基づいています。一方で、インサイドセールスの人たちは全く異なる業界の出身者が多かったので、お客さまの課題感が見えづらそうにしていた印象があります。
そこでの手段としては、販売実績のある人たちが勉強会を開くのも一案でしょう。私個人としてはマーケ業界をよく知っていたので、インサイドセールスの人たちとお客さまのサイトを見て、「どこに課題があるのか」をフィードバックするようにしていました。
今、自社で構えているインサイドセールス組織のメンバーは、本当にお客さまの課題をあぶり出せるスキルを持っているのだろうか。それがなければ、教えられる体制になっているのだろうか。そういった見直しをすることで、獲得したリードを不要に燃やしてしまう機会損失は避けられるのではないかと思います。
向井:インサイドセールスに限った話ではありませんが、お客さまの基礎知識を持たずして対話を続け、価値を提供し、商売を成立させるなんてできないのではないか、と。
たとえば、小売業と聞いて、身近なコンビニエンスストアや家電量販店は想起しやすいと思いますが、構図でいえばメーカーという製造業、卸売業、小売業、生活者と品物がわたることもあれば、Amazonや楽天といったプラットフォームを通じるビジネスモデルもあれば、ユニクロみたいなSPA(製造小売業)やD2Cもあれば、と商売のかたちがさまざまある。そして、利益率もビジネスで起こり得る課題もぜんぜん違う。
「小売業」をメインターゲットとするときに、上記のような業界の基礎知識は必須です。
戸栗:それがないまま話すのは博打に近い状態ですし、売上予測も立てにくいでしょう。
向井:ホームページから表面上の情報を眺めて「御社の創業は古いんですね」みたいな話って、本質的ではないじゃないですか。そうではなく、目の前のお客さまが、何をやっていて、何に困りがちなのか。その会社のなかでどんな部門なのかを見たときに、部門名である程度の業務内容も推察できていくものですし、わからなければすぐウェブ検索してみたらいいんですよ。
繰り返しになりますが、インサイドセールスに限らず、こういった観点を知らない人がいるなら教えてあげられるコミュニケーションは、社内でも自発的に起こさなければなりません。自分がお客さまと接することでたくさんの情報をいただいたのであれば、インサイドセールスやマーケへ積極的に共有・展開していくべきでしょう。
言わば組織として、お客さまを誰もが同じように正しく理解し、そのビジネス構造や想定される問題や課題を理解していくという状態。こういったお客さまの情報は、特にお客さまから距離が遠い役割で仕事している人たちにとってもプラスになるので、結果的に組織が強くなり売上に繋がるという考え方を持っていただくと良いのではないかと思います。
……あぁ、よかった。いや、最近ずっと言いたかったんですよ、この話(笑)。
アンコントローラブルな領域をKPIにしてはいけない
戸栗:The Modelは分業ではなくコラボレーションを基礎とする以上、おそらくみなさん悩ましいのがKPIや評価の設計ではないかと思います。この点についても話していきましょう。私はマーケ側の人間なのでこの発言は言い訳っぽく聞こえてしまうかもしれませんが、「マーケチームのKPI設計がそもそも間違っている」というケースが多いとは感じていて。
セールスの方たちには申し訳ないのですけれども、創業年の若いSaaS企業を始め、マーケ職を専門としている社員がそれほどいない体制で、セールスフォースのような巨大SaaS企業と同様のKPI、MQL、MRRといった設計を課すことは難しいのではないかとも思います。
それは世界の一流企業で、セールスOpsがあり、マーケOpsがあり、イネーブルメントやエデュケーションもできているから持てる指標なんですよね。それをマーケ経験のない人が大多数を占める企業で達成できるのかといえば、やはり疑問です。何かしらの目標を設定する前段階として、いくつも階段が抜け落ちていないかと感じます。
まずは、1年間から2年間くらいはアウトバウンドを中心にセールスをすることになると思いますが、その状況からセールスマネージャーやマーケティングマネージャーが組織をしっかり作っていって、最終的にリードやMQLという順序になることに注意してほしい。
以前、ALL STAR SAAS FUNDさんの講義で、マーケティング組織のマチュリティモデルについて話をしたことがあります。マーケティングのチームは成熟度が分かれ、ある程度の段階を踏んだうえで、リード数やMQLといった指標を見られるようになる、という話です。いきなり階段を上るのではなく、まずは足元の1段目から作っていくことが、マーケ側として求められることではないでしょうか。
向井:そうですね。有効商談数をマーケのKPIにしたら、ツラいだろうって思いますよ。
戸栗:つらいです(笑)。
向井:僕の実体験ですけれど、平たく言うと、アンコントローラブルな領域をKPIとして持たされるとしんどいです。「なぜ、セールスのパフォーマンスが自分の成果につながるんだ?」と感じるでしょうから。僕もいろいろと試行錯誤してきましたが、コントローラブルな領域と評価を直結させたほうが、結果的にパフォーマンスが上がると考えます。
たとえば、マーケのなかでプロモーション担当者は「リード増加数」がわかりやすい指標として用いられますが、そのリードが商談やMQLになったのかは、マーケ担当者だけの活動によってなり得るものではないですよね。例えが乱暴で申し訳ないのですが、リードって稚魚みたいなもので、それを成魚にして食べられる状態に育てていく必要がある。この稚魚を育てていくための餌がコンテンツと捉えると、自分たちの伝えたいこと、機能のアップデート情報、新サービス告知は、稚魚にとって食べたい餌ではない。
「稚魚が食べたくなる餌とは何か」を知っているのがセールスであるとすれば、マーケと一緒になって餌を作ることで、結果的に商談やMQLに発展していくはず。それこそが戸栗さんのおっしゃった「共通認識」によって結果を出すために必要だと思います。
それに、KPI設計から入ってしまうことには弊害もあります。KPIは何となく達成できていても「受注率が上がらない」「成約の金額が増えない」という状態になるのは避けたいところですからね。
KPIを定めるだけでは人は動かない
戸栗:そうですね。私のところにも「マーケのKPIを再設計したい」というご依頼が来ることもあるのですが、そもそもKPIがあっているのかを確かめるだけでなく、そもそも自社がそれをKPIとして置けるレベルにないというケースも本当に多いものです。自社の能力値を正しく理解しないのは、いきなり「フルマラソンを走れ」と言っていることに等しいです。まずは、自分でコントロール可能な範囲で、走れる距離を正確に理解するのが先です。
ALL STAR SAAS FUNDさんの講義で、マーケティングマチュリティーモデルのステップについてお話ししたところが該当しますから、特にマーケチームのKPI設計に困っている人には参考になるんじゃないかと思います。
向井:どうして組織全体の目的設定やプロセスを構築する前にKPIが先行してしまうのかといえば、その設計者が、KPIを決めれば人はおそらく動き出すと思っているからでしょうね。いやいや、KPIでは動きませんって。
戸栗:そうですね(笑)。
向井:そんなふうにKPIを決めるから、マーケも質の悪いリードをたくさん取り始めたりしてしまうのではないかと。今日の議論の前半でも出ましたが、マーケティングやプロモーションの施策を検討する段階で、セールスとともに「何のためにこの活動をするのか」という目的設定がお互いに握れていれば、そういった事態にはならないはずです。
KPIを設計することで人が動くという思い込みは、裏返せば、それによって面倒な組織間コミュニケーションをしなくて済むようにしてるのでは?と思ってしまいます。要は、設計者、つまりマネジメントの手抜きではないかと思うんです。商売全体の設計、目的設定をしたうえでコントローラブルで直接的に貢献できる領域を各職務担当者のKPIとして設計すべきでしょう。
戸栗:まさに経営目標のレイヤーから絡んでくる観点ですよね。
向井:おっしゃるとおりです。商売全体の設計をしていくことがプロモーションの上位概念として存在するマーケティングですよね。これが「マーケティングは経営である」と言われる由縁だと思います。経営者は商売全体の流れを設計できなくてもいいけれど、理解はしなければなりません。
事業戦略や経営戦略はダイレクトに社員のKPIへ反映されやすいからこそ、自分たちの商売のかたちはどうなっているのか、お客さまはどういう人なのか、どれくらいの規模が望めるのかという情報は常にアップデートしていく。戸栗さんがおっしゃったように、ペルソナやカスタマージャーニーは時間とともに変わりますから、お客さまと会話しているセールスが情報を社内に流通させ、経営層も理解できる状態にしておくのは、経営サイドが作っておくべき情報インフラという土台でしょう。
戸栗:私はSaaS企業の経営者の方たちと話す機会は多くありませんが、マーケ担当者とよくコミュニケーションを取るなかで感じたのは、経営者がマーケットのリアルな感触や成長余地をそこまで理解していないと思われるシーンはよくあります。
本当に伸びている市場であったり、プレイヤーがいなくて伸びしろしかない市場だったりすれば、T2D3も達成できるかもしれない。でも、業界が変化するスピードが遅かったり、成長がそれほど見込めなかったりするのであれば、事業計画をブレイクダウンして状況に即したKPIにしなければなりません。
そこで、いきなり「MQLを3倍にしよう」と掲げても、マーケからすると「それほどリードがつくれるニーズがない!」と悲鳴が上がってしまう。向井さんのおっしゃる通りで、「マーケティングは経営である」という上位概念から入って、成長の目標数値を設定していけば、マーケもセールスも働きやすい環境が作れるのではないかと思います。
向井:僕はSaaS企業の経営者とお話しさせていただいて感じるのは、基本的にはファウンダーCEOの実体験がビジネスモデルやプロダクトに色濃く反映されていること。自分や身内が感じた「負の解消」がメッセージングにも、プロダクトのコンセプトにも表れていることを、昨今の業務系SaaSには強く感じるんですよ。
ただ、ここで起きがちなのが、ファウンダーCEOはお客さまや業界の課題をちゃんとわかってる一方で、それがわかるための「手触り感のある情報」が本人の中にしかないことと、それらが「過去の記憶」であることによる弊害です。
社員を増やして、組織を機能させていくときにこの「手ざわり感のある情報」を感情を込めて自分ごと化して語れるのはファウンダーCEOだけなので、別のメッセージングで共通理解を促していかなければいけない。これはお客さまに向けても同様です。こういったギャップが強いのも、営業マーケの現場においてうまくビジネスが進まないネックの一つになっているのではないかと感じます。
人の感情を動かすことにおいては、CEOの強い言霊は特に初期フェーズほど機能すると思うのですが、その再現性は担保できない。しかも時代とともに変わるお客さまのニーズに対する生きた情報は、経営側から吸収しに行く姿勢を持っておかないと、ズレが大きくなる。創業時の大志は持ちつつも、目の前のお客さまにも向きあうスタンスが必要ですね。
SMB向けサービスには、SLAの設定も効果的
戸栗:マーケからリードを供給していく際には、SLA(Service Level Agreement)を設定することも、私は勧めています。もともとマーケとセールスだけが使うものではないのですが、これらの部門間連携でも有効な方法です。お客さまへの共通理解を基に「マーケが見込み客を生み出し、セールスへこれだけ供給する」といった約束事を定めたものです。
今日の話で再三出ているように、セールスとマーケが対話したうえで、お互いの行動を言語化したものになります。SLAは部門間でコラボしていくときに、どうしてもできてしまう境目をつなぐ接着剤になってくれます。組織が大きくなればなるほど、口約束をベースにすると組織のずれは広がっていく一方ですし、それを防ぐためにも有効です。
SLAを達成するためには「スマーケティング」や「30分のコーヒートーク」というコミュニケーションが効いてきますから、部門間連携も促せます。ただ、SLAはKPI同様にマーケだけでは達成できないような設定にするとつらいですから、組織の成熟度に合わせて決めてもらえればとは思います。
向井:なるほど。やや乱暴な分け方ですが、SMB向けのサービスを提供している企業のほうが、SLAはより機能するイメージでしょうか?
戸栗:おそらくその理解で構いません。エンタープライズはシステマティックな獲得策よりも、マンパワーで攻めていくケースが出てくるでしょうから、SMBのように供給リードを数や時期でコントロールするのは、おそらく無理に近いですよね。エンタープライズだと部門ごとの境界があやふやになりがちなので、うまく機能しないこともありそうです。
向井:確かにSLAはみんなが定めたらいいと、お話を聞いて感じました。一方で、どうすればうまく決められるのでしょう?
戸栗:ケースバイケースで、SLAが作れない企業も全然あると思います。というのも、セールスの人員数も能力値もバラバラですから、供給してほしいリード数やMQL量は一概には見えてこないのですね。そうなると、一度定めたSLAが機能せずに形骸化しやすいです。それを防ぐためには「逆引き」の考えで、全体が再現性を持ってシステマティックに動けるタイミングになってきたら、セールス側から逆算して作っていくかたちになるかと思います。
つまり、まずは再現性をもたせられるほど一定のリード数などが獲得できる状況があり、そのうえでの取り決めとしてSLAを決められる、という流れかなと。ビジネスモデルによって、SLAの作りやすさも異なるように感じます。
向井:なるほど。ちなみに、ALL STAR SAAS FUNDの投資先企業がSLAを作りたいとなったら、戸栗さんにメンタリングしてもらいながら、御指南いただけるんですか?
戸栗:提供サービスがSMB向けであれば問題ないと思います。
向井:おお。これはALL STAR SAAS FUNDファミリーとしては、嬉しい話でしょうね。
部門間で連携して「言葉の定義」をクリアにする
戸栗:もっとも、売上目標が明確にあり、セールスが再現性を持って働けている条件がSLA前提にあるので、それに到達するのが大変ではあるのですが。
向井:まずはそこですね。要は「卵が先か、鶏が先か」に近いというか……。SLAを最初に決めれば結果的に全体のパフォーマンスが良い意味で平準化していく期待が持てるかもしれないですけれど、売上が立つ環境が先行しないと、SLAを作っても機能しないという考え方があるでしょうから。
戸栗:そうですね。いやぁ、難しいです(笑)。
向井:ただ、人が変わってもパフォーマンスを維持するための仕組みという観点では、SLAは大事な組織のアセットになりますね。もっとも、SLA以前に着手すべきことのある企業のほうが圧倒的に多い印象です。
たとえば、マーケに対してセールスが「質の良いリードを取って来てよ」と思ってしまう問題に関しては、その声が上がることそのものに改善の余地がある。マーケと一緒にセールスがアイデアを出していくという部門間の連携、そしてコラボレーションを文化として根付かせていく大切さを、あらためて感じました。
戸栗:リードの問題で言うと、マーケ側の考えている「質」と、セールス側の考えている「質」には、結構なズレが発生するものです。マーケからすれば、自社のことを知っている相手であれば質が高いと感じますが、セールスは究極ともいえる社長など意思決定者との接点を思い描いている。
そういったズレを防ぐためにも、お互いにコミュニケーションをとって、「質の高さ」についての明確な定義を持っておくことで、不毛な非難合戦を防げるはずです。結果として、たとえばCRMに入れるべきデータの種別と量まで取り決められれば、フェアに質の高さを判断できるようになるでしょう。そうでないと、この問題はずっと平行線をたどってしまいます。
向井:大事ですね。ビジネスの現場における言葉の定義とは、決して辞書的な意味ではなく、組織内での共通認識としての言語化ですから。それを定めにいくのが大切ですね。部門間連携で必要なことを改めて確認できました。今日は話せてよかったです。
戸栗:こちらこそ、ありがとうございました!