本稿は、元PayPal COO、元Yammer 創業者兼CEOで、現Craft Ventures創業者David Sacks氏によるブログより許可を得て翻訳し、見出しを追加したものです。
2020年のアメリカ大統領選挙……この選挙シーズンの間、変化がどのように生み出され、政治運動がどう定着していくかを、多くの人々が考え直すことになった。
「草の根で広がる政治」と「スタートアップの熱心な活動」には類似点がある。最高の創業者は会社のミッションや世界に向けた変化を言葉巧みに語る。単なるビジネスを超えたものであることを語り、まるで信奉者を惹きつけるように将来のビジョンを明確にする。そうして彼らは生み出すのだ──「ムーブメント」を。
競合他社がスーパーボールの広告を無駄に買っている間に、なぜテスラは広告にまったく予算を使わず世界で最も価値ある企業になれたのだろうか。Salesforceの製品を手に入れようと、毎年17万人が巡礼のようにイベントに出かけるのはどうしてなのか。
ここには戦略がある。私はそれを創業者による「ムーブメント・マーケティング」と呼んでいる。
素晴らしい製品無くして成功はあり得ないが、マーケティングはそれ以外の努力を増幅する。セールスが陸軍ならば、素晴らしいマーケティングは空軍を持つようなものなのだ。
ムーブメント・マーケティングは単には買えず自ら獲得するものなので、「アーンド・マーケティング」とも言われる。ブランド、メッセージ、プレス、インフルエンサー、コンテンツなど、あなたの会社を定義する全てを指すと思ってもらっていい。そして、お金を払うキャンペーンと違い、ROIには一定の方式がない。
間違いなく重要ではあるのだが、測定の規準を定め難いため、創業者はしばしば悩まされることになる。多くの創業者は、大学入試の数学で天才的に満点を取れるのに、口頭試験で落第する生徒みたいだ。潜在顧客に向けたキャンペーンで定量的な成功を積み重ねることに満足していて、優れたマーケティング効果を狙うステップを踏もうとしていない。
そこで、ムーブメント・マーケティングを起こすための13のステップを、以下に挙げてみよう。
1. 大きな目標を定義する
政治運動は、自分たちの力を超えた大きな目標に向けて人々を結集させる。スタートアップのムーブメントも同じだ。
テスラはすべての製品紹介で、持続可能なエネルギーへと世界を変える必要性を訴える。Salesforceはクラウドへとビジネスの移行を提唱する。
では、スタートアップであるあなたの会社が狙う「大きな目的」とは?
ピーター・ティールは「最高のスタートアップとは、ある真実を狂信するカルトのようなものだ」と言っている。社内の士気を上げるにも、社外でのマーケティングを推し進めるにもミッションが大切だ。
説明すべきは3点から成る。あなたが起こそうとしている変化は何か。なぜ、それが重要なのか。それによって、人々がどう恩恵を受けるのか。
一方で、お金を払うマーケティングは人々の関心こそ買うが、アーンド・マーケティングでは人々の関心は無料で手に入る。そのためには、創業者は自らの利益を超えた大きな目的のために立ち上がらねばならない。
2. 誰よりも問題を明白にしよう
どんなキャンペーンでも変化の必要を訴える。だが、変化の必要を説明する時に起点となるのは、問題を明白にすることだ。
ユーザーが直面している痛みに問いかけよう。それを具体的に描くようなニュース、逸話、あるいはデータを捉え、その問題が解決したら世界がどれほど良くなるかを説明する。
マーケティングの第一人者であるクリストファー・ロックヘッドが指摘しているが、「誰よりも問題を明確に語れば、人々はあなたが解決法を握っていると思ってくれる」。
成功した政治運動はこれを行っている。単なる政策や計画よりもっと深いレベルで人々に訴えかける。まずは現状の批判から始め、変化を主張する。聴衆が直感的なレベルでその批判とつながった時、彼らが計画を受け入れる可能性はずっと高まる。
多くの創業者は、悪徳政治家に似ている。一種の「政治おたく」ですらある。自分たちの特徴についてしか語りたがらないところもそっくり。はっきり言って、誰もあなたの製品の特徴など気に留めてはいない。少なくとも現時点では。
人々はまず、あなたが解決しようとしている問題について理解し、次にあなたが提供する解決法を理解する必要がある。その後で初めてあなたの製品の特徴に興味を抱いてくれる。
3. 敵となる「現状」を定義し、攻撃する
あなたのスタートアップには敵がいるが、それは競合他社ではない。言わば、ある種の「現状」である。この敵に名前を与えることが必要だ。
マーク・ベニオフは「ソフトウェアは敵である」と世界を納得させた。彼は「ソフトウェアの終焉」をミッションに掲げ、“NO SOFTWARE”のロゴを生み出し、それに合わせた電話番号である“1-800-NO-SOFTWARE”を使った。
ベニオフはあらゆるソフトウェアの終焉を謳ったのだろうか、それともインストールが必要なものだけだろうか。答えは後者だと思うが……まぁ、それは誰かの興味を捉えた後で説明すればいい。
私が代表を務めたYammerの敵は、情報や異なる意見を押さえ込み、官僚主義を生み出す「厳格な組織図」だった。問題を明確化するより良い方法を常に模索したため、私たちの説明も合わせて進化した。プロダクト・マーケット・フィットの改善を目指して製品の説明を繰り返すように、メッセージも繰り返して「共鳴度」を高めようとしている。
変化の必要性を真実味を持って説明すればするほど、あなたの会社の製品の必要性もより明らかになる。必然的に、あなたのスタートアップは成功し、競争の的になる。
だが、そこであなたの会社を模倣する企業を敵対視してはならない。模倣企業の登場は、あなたの会社の観点に向かって、世界が動いている証拠と捉えることだ。
既存の自動車メーカーが新しい電気自動車を紹介する時、イーロン・マスクは快くそれを市場に迎え入れる。彼らにとって本当の敵は「化石燃料」だからだ。
4. カテゴリーを生み出せの定義
変化の必要性を明確にしたといえ、単に「自分こそがソリューションだ」と言ったところで信用されない。あなたの行動がソリューションであり、カテゴリーとはそれを説明する最も端的な近道なのである。
イーロン・マスクは「自動車業界を電気自動車へ移行できれば、たとえテスラが生き残らずともテスラは成功する」と言った。これこそ会社よりカテゴリーを優先した例だ!
もちろん、あなたがカテゴリーを生み出したり、定義や再定義をしたりすれば、人々はあなたをそのカテゴリーのリーダーとして注目するようになる。これは企業向けのソフトウェアでは特に重要だ。かつてよく言われた「IBMを買ってクビになった者はいない」の現代版が「カテゴリーリーダーを買って首になった者はいない」である。
初期のカテゴリーリーダーという認識は、顧客、投資家、人材の誰もがついて行こうとすることで、自己実現的な予言へ変わる。これについては、以前に「The One Who Defines the Category Wins the Category」で詳しく述べた。
まとめよう。最高の創業者は、カテゴリーとムーブメントを生むのである。
5. 適切なチームを構築する
目標とカテゴリーを決めたら、次は適切な人材と戦術でキャンペーンを勝ち取らなければならない。手始めに、適切なチームが必要だ。
前にも述べたように、「マーケティング」は大学入試に似て、数学と口頭の2部構成になっている。「数学」は、リードを生み出す実績ベースのマーケティングである。これは計測可能なので、テストを巧みに実施でき、継続的に利益を積み重ねるのを得意とする人材に向いている。
「口頭」は、プレス、インフルエンサー、ブランディング、そしてコンテンツ……つまり、あなたの会社を定義する要素で構成される。この場合、測定規準は捉えがたい。
私の経験から言えば、この両面で優れている人材の雇用はほぼ不可能である。夢のような人材を求めて時間を費やすより、各分野のエキスパートを雇い、チームを2つ構築する方が理にかなっている。
6. 「草の根」顧客の証言を用いる
マーク・ベニオフが著書『クラウド誕生(Behind the Cloud)』で説明しているように、マーケティングにとって最も強力な武器は、顧客の証言である。
人は誰しもあなたの主張に対して、まずは疑いを持つ。あなたからのメッセージは他人から、中でも製品の直接的な成功体験を証言できる顧客から伝えられた方が信用される。
顧客のロゴ、プレスリリース、ケーススタディ、そして紹介先などを確実に手に入れるようにしよう。キャンペーンにとって、草の根的なサポートほど納得できるものはない。
7. ニュースは小出しにせず電撃のようにリリースする
成功する政治キャンペーンは、ニュースで話題になることだけを目指してはいない。競争を再定義できるような力強い発表で、混乱の中へ浸透していこうとする。
スタートアップのムーブメントにとって、それに相当するのは「電撃的なリリース」である。製品の特徴を発信するだけでは効果がない。新しい特徴に注目するのは、すでにあなたの会社の製品を利用している熱狂的なファンだけである。
世間の注目を得るには、製品、顧客、マイルストーン、そしてパートナーシップについてのニュースを組み合わせる必要がある。あなたの会社が解決しているより大きな問題に再注目させ、詳細を提供し、最大の影響力を発揮できるように、「電撃」のタイミングを選ぼう。
8. イベントを開催して焦点を絞る
選挙集会は、政治キャンペーンの推進力になる。スタートアップにとってはローンチイベントが相当する。
企業内外の注目を集め、社員から潜在顧客に至るまで、あなたの会社のムーブメントと世界に起こそうとしている変化の重要性を再認識させる。創業者は、こうしたイベントには誰も参加しないだろうと思い込むことがあるが、それは間違いだ。
誰が参加し、そこから何を学べるかを知って、あなたは驚き、感動することだろう。こうしたイベントを「電撃」の注目点にしよう。私が以前に書いた『SaaSスタートアップは「ケイデンス」で運営せよ』でも説明したが、イベントがあれば社内の誰もが非常に意欲的になる。ウェブキャストで全社的に参加させ、目的とモチベーションを新たにし、次の目標に焦点を当ててもらおう。
9. コミュニティを育成する
コミュニティとは、顧客や支援者が互いに学び合う場だ。顧客同士を交流させ、自由に発言してもらうのを躊躇する創業者もいるが、リスクよりも得られるものの方が大きい。顧客がネガティブな意見を発するなら、Twitterよりもあなたが制御できる文脈のほうがまだいい。
どちらにしても、批判を聞く耳は持たなければならない。それが不公平な発言なら、あなたの支援者がすぐに弁護してくれるだろうし、自分で弁護するよりもずっといい。
理想は、あなたの会社の製品の上にコミュニティを構築することだ。Yammerでは、顧客の管理者が弊社とだけでなく互いにコラボできる場としての「Yammer Customer Network」が大きな力になった。
そうでなければ、スタートアップは、少なくともどれか一つのチャネルを決めて集中すべきである。たとえばえば、LinkedIn、Instagram、Facebook、あるいはカスタマイズしたネットワークでもいい。そこでコミュニティーのエネルギーを刺激し、人々に熱意や成功を分かち合ってもらい、またアドバイスを求めたりなどもできるようにしよう。
10. 高貴な戦いを選べ
素晴らしい政治活動は、たとえ対戦することになっても「高貴な戦い」に徹する。同様に、スタートアップも既存企業との際立ったコントラストを見せられるチャンスを探すべきである。
テスラが生んだ同社初のEVピックアップトラックの「サイバートラック」は、フォードのF-105ピックアップトラックに見事な挑戦を果たした(F-105はこの分野で販売台数トップの車種だ)
フォードはこの挑戦に尻込みしたことで腰抜けに見えてしまった。もし、あなたの会社が戦いを選ぶなら、以下のことを常に覚えておくようにしよう。
(1)パンチは下ではなく上に向けて打つ(自分より大きな相手に挑戦せよ)
(2)製品にフォーカスする
(3)前向きな態度を維持する
相手にすべきは「現状という敵」なのであって、誰か別の人物や会社ではない。個人攻撃や中傷は避けるべきだ。あなたの会社のソリューションの恩恵を訴求することだけに集中しよう。
11. 包括的な陣営となる努力をする
成功する政治運動は、できる限り両党と協力する道を探し、どちらかを不必要に疎外することはない。同様に、スタートアップは党派的な政治バトルからは距離を置いた方がいい。国家はすでに政治を巡って分断されているのだから、みんながチームとして一緒に仕事をすべき会社に、そんな二極化を持ち込むことはない。
それに、潜在的な顧客ベースの半分を疎外する意味もない。最も人気の高い政治家でも50〜55%の承認率しかないことを覚えておこう。これはかなり低い率だ。素晴らしい製品を提供しているテクノロジー会社が80〜90%以上の支持率を得られないはずはない。
12. プレスやインフルエンサーと適切な関係を持つ
インフルセンサー戦略は重要であり、それにはプレスと正しく協力することも含まれる。ニュースの書き出しや語り口を使うと、プレスが興味を持つような見出しの草稿を書ける場合も多い。
たとえば、あなたのサイバーセキュリティの会社で、大きな侵害を報じるニュースに出たとしたら、それを利用して「将来的にどこまで侵害を回避できるか」を話すこともできる。
そうは言っても、あなたの会社のストーリーをプレスに頼って話させてはいけない。自分自身で語るべきだ。あなたの会社にとって何が重要なのかを話そう。
シリコンバレーのレポーターが話したがることの多くは(財務計画や評価といった)インサイドベースボールであって、あなたの会社の活動には関係ない。顧客の成功や世界に起こしたいと思っている変化について語ろう。あなたの会社がインサイダーゲームではなく、活動を支援していることを印象付けよう。
13. 地に足をつけておく
ここまで話してきたが、「ムーブメント・マーケティング」もやり過ぎないことが重要だ。会話を地に足のついたものにし、ビジネスバリューにフォーカスする。結局、これはビジネスなのだから。
我々はWeWorkが主張するように「世界の意識を高めている」のではない。そんなたいそうな言葉を使ったりすると、嘲りや嘲笑の対象になる。道化者になってはいけない。自分の言ったことは裏付けできるようにしておき、傲慢になったり、身の丈に合わない言葉を使わないようにしよう。
最後に、狂気じみた予測はしないこと。収益予測はインサイダーゲームの一環だ。過去の実績を詳細に語るのは信頼度が高まるので構わないが、将来の計画はレベルアップすべきである。
「去年は1000万ドルの収益があった」と言うのはいいが、「来年は1億ドルを目指す」などと言ってはならない。自ら攻撃の対象になるようなものだ。背伸びした将来の目標を語る必要はない。本来の実績だけで十分に印象づけられる。
結論:クリエイティブなオペレーションで変化を起こせ
大統領選の年である今年は、政治運動の力(しばしば破壊的だが)を見ることができた。私がスタートアップを好む理由の一つは、それが政治とは異なる形の変化として、推進力を持つことだ。
スタートアップによるムーブメントは、政治運動に比べて2つの点で優れている。まず、政治は何をするにしても賛成派と反対派が必ず現れるが、成功するスタートアップではそれを真似する者が出てくる(テスラと電気自動車のように)。そのため、政治運動よりスタートアップ・ムーブメント方が変化を起こしやすい。
次に、政治はどうもゼロサム・ゲームになる傾向があるが、スタートアップは新しい製品を導入することで、ソリューションを増やしていく。テスラは政府の強要により人々を電気自動車に向かわせたのではなく、人々が自らの意思で選ぶより良い車を提供した。スタートアップ・ムーブメントは高圧的ではなく、クリエイティブなオペレーションである。
ほとんどのスタートアップ創業者は、世界に変化をもたらすことに情熱を燃やしている。実際、そもそもその情熱があったからこそ創業者になったのだと言える。彼らの放つメッセージは正当でリアルだ。しばしば出現する時を表面下で待っていて、ムーブメントに火を点ける。
創業者の権威、正当性、リーダーシップがムーブメント・マーケティングと組み合わせられた時、結果的に大きな変化が──起きる。