SaaSの世界に身を置いている方であれば、Ripplingというスタートアップの名を耳に、目にしたことがある方もいらっしゃるでしょう。
近年、SaaS業界を席巻しているコンパウンドスタートアップという言葉。日本でもOff TopicやLayerXのCEOである福島良典さんなどが発信されたことで、徐々にスタートアップ業界においても注目されつつある概念ですがこの言葉を提唱したのが、Rippling CEOであるParker Conradさんです。
同社の経営哲学や成長の軌跡を現した、今後のSaaSのトレンドを示す重要な概念、それがコンパウンドスタートアップです。
コンパウンドスタートアップという概念が注目されはじめた背景にはいくつか理由があると推測されますが、SaaSの誕生から四半世紀が経ち、成長企業のPlaybookが型化されたことやSaaSの民主化により競争環境が激しくなったことが重要なポイントになります。
そんな新世代のSaaS企業を代表するコンパウンド・スタートアップの代表であるRipplingのCOOであるMatt MacInnisさんが、2023年11月9日開催「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2023」に登壇します。
そこで本記事では、創業初期から複数のプロダクトを同時に開発し、シングルソリューションだけでは満たせない、コンパウンドならではの顧客価値を提供し続ける同社の急成長の背景にあるものを考察、紹介します。
Ripplingが提唱したコンパウンド戦略とは
コンパウンド戦略とは、コンパウンドスタートアップとは何か。改めてRiiplingのブログやインタビュー記事などを元に、整理をしていきます。
コンパウンドスタートアップを一言で言うならば、「データベース/ミドルウェアを基盤に、1つのプロダクトでは無く、複数のプロダクトを同時に提供する企業」です。
当然のことですが、B2Bビジネスの基本的な成長戦略は既存顧客に対するバンドリング(2つ以上の商材をあわせたセット売り)にあります。クロスセルやアップセルを繰り返していくのは定石であり、コンパウンド戦略は一見すると何も新しい要素がないようにも見えます。事実、MicrosoftやSalesforceなどは、過去に何度も買収を行ないながら事業を拡大してきました。
一方でスタートアップの場合、前述の大企業のように積極的な買収はシリーズによっては難しい状態にあります。では、魅力的な成長カーブを描く上で複数プロダクトの同時提供、拡大をいつからはじめるべきか。
Lone Pine Capitalのレポートによると、2016年にシングルプロダクトを提供していた企業のうち、25%は未だマルチプロダクト化を実現できていない。また、35%はM&A(合併・買収)されているというデータがあります。
つまり、1つのシングルプロダクトで上場を果たした競争優位性を有する企業であったとしても、複数プロダクトを開発し収益を支えるような事業ポートフォリオを組んでいくことは、決して簡単なことではないということが言えるでしょう。
また、複数プロダクトを開発し事業推進することを「マルチプロダクト」と定義するならば、コンパウンドという概念はもう少し範囲が狭く、特徴的な要素を有しています。
ALL STAR SAAS FUNDが考えるコンパウンド・スタートアップの要点は次の通りです。
⚫︎データの出発点をコントロールする
⚫︎複数の製品展開を会社のDNAに組み込み、それに適した組織文化を醸成する
⚫︎開発生産性を高めるためにミドルウェアに投資する
⚫︎これらを支えるファイナンス戦略を展開する
2年でARR $130Mを達成した、Ripplingの創業背景
ここからは、Ripplingはどうしてこのような思想、コンパウンド戦略に行き着いたのか。同社の創業背景と共に紐解いていきましょう。
Rippling CEOのParker ConradはかつてZenefitsという会社の共同創業者でした。Zenefitsは中小企業向けに健康保険を販売し、給与計算や勤怠などのHR SaaSを提供する会社でした。ソフトウェア利用料は基本無料であり、オプションの有料課金やZenefits経由でブローカーとして保険契約をした際の手数料を収益としていました。
彼は同社を創業3年で45億ドルの企業価値まで成長させましたが、“成長スピードの鈍化”やコンプライアンスに抵触するという問題が発生し、ZenefitsのCEOを辞任した経緯があります。
その後、Parker Conradは、2016年にRipplingを創業し、2017年にはY combinatorに参加。2018年の5月にサービスをローンチし、2020年には$10M程度だったARRが2022年には$100Mを優に超えるという、凄まじい勢いで成長を実現しています。
それを支えるファイナンスも資金調達も成功し、Sequoia Capital、Kleiner Perkins、Founders FundなどグローバルのトップVCから総計$1,000M以上の調達に成功しています。
ここからは、ALL STAR SAAS FUNDが考えるRipplingの強さを3つの観点から紐解いていきたいと思います。
スゴさ、その① メタ的なコンセプトによる戦略的ポジショニング
Ripplingの急成長の背景には、ParkerのZenefitsを含む過去の経験からの教訓を踏まえた戦略性があります。それはメタ的でかつ歴史を踏まえた戦略的ポジショニングです。
下記がRipplingのサービス概要図ですが、HR SaaSや人事システムをはじめ、従業員ごとのデバイスや利用システム管理などのIT領域、そして支出管理や請求書対応などのファイナンスといったコーポレート領域を網羅し、2023年時点で20を超えるシステムを複合的に展開しています。
Ripplingが真に解決したかったのは、それぞれの給与計算や従業員サーベイなどの1つのHR業務のペインではありません。
彼らの戦略的ポジショニングはHR領域のみならず、従業員にまつわる全ての管理課題を解決するという1つ抽象度を上げたものなのです。それを可能にしたのはあらゆるアプリケーションをシームレスに開発できるミドルウェア=従業員のデータベース(たった1つの真なる情報源)に対して、先行投資を実行したことでした。
HRを中心とした「人にまつわる」管理業務システムは、断片的に設計され活用されている現状があります。その結果、シームレスな運用がされておらず、入社・退職、昇進、従業員のステータス変更の際は、手動でメンテナンスする必要があり、かなりの管理工数が発生するという、よりレイヤーの大きな課題がありました。
Ripplingはその解決策として、各企業のあらゆる部門で使用される、従業員に関する全てのデータを記録する単一システムを構築しその上に様々なアプリケーションを複合的に開発していくことに見出しました。
特に、初期はITデバイスやID管理、直近では経費精算や支出管理領域など様々な領域に横断をし、一緒に使えばより満足度が高まるという価値を提供することを可能にしました。
スゴさ、その② コンパウンド・スタートアップを支える文化と組織
前述の通り、基盤となるミドルウェア層の構築により、開発の生産性とアップセル/クロスセルが複利的に増加していくことで、明確な競合優位性がでているのがRipplingの強さです。
しかしこれは途方もないリソースがかかる上に難易度の高いテーマです。Ripplingがこれを実現できたのは、初期フェーズからのR&Dへの大胆な先行投資と強力な組織づくりにあります。
実際にRipplingはシード期に$10M以上の費用とリリースまでの2年という時間を、このR&Dに先行投資しています。エンジニア比率も他の人事系スタートアップの倍である30%以上を占めています。
さらにRipplingの組織を語る上で特徴的なこと、それは創業者人材を積極的に採用したことです。
アプリケーションの追加開発は1つのSaaS事業を作り上げるようなものであり、起業経験はPdMや事業責任者に求められるケイパビリティを備えている素晴らしいペルソナであると言えます。
Salesforceがお客さま情報のマネジメントのプラットフォームになったように、Ripplingは従業員に関する全ての情報のプラットフォームの構築を目指しています。まさにHR領域に留まらない既存のコーポレート領域のあらゆるSaaSの市場(膨大なTAM)を射程に収める、非常に野心的なポジショニングを確立するに至りました。
スゴさ、その③ グローバル従業員管理への展開
歴史的に、HR システムは非常にドメスティックな分野でした。アメリカであれば隔週で雇用ルールやレギュレーション、税制、社会保障制度が変わるといったこともあり、グローバルに通用するシステム開発は避けられ続けてきました。
しかしCOVID-19によるリモートワークへの移行により、世界規模での採用が加速。各企業がグローバルで採用を進める上で、各国の管理基準に対応したHRシステムのニーズが急激に高まっていったのです。
昨年、DeelやPapaya Globalは、これを機会として急激な成長を果たしてきましたがRipplingも彼らと同様に、EUやAPAC(日本を含む東アジア、南アジア、東南アジア、オセアニアの「アジア太平洋」の地域や各国)での積極的な営業活動を加速させています。
グローバル展開の意思決定の背景や、どのような組織体制でこれらを実行しているのかについての実践事例は、日本のSaaS企業にとっても参考になる情報だと思います。
そんなデカコーン、Ripplingが11/9(木)のALL STAR SAAS CONFERENCEに登壇!
結果として彼らは、創業6年目にして30近いプロダクトを持ち、何十社もの競合企業からマーケットシェアを奪ってきました。今では従業員数は2,300人を超え、売上高は数百億円、前年比成長率は100%を維持しています。
未上場SaaS企業の中で注目されている企業の一社であるRipplingから、日本のSaaS経営者は学べることが非常に多いでしょう。
コンパウンド・スタートアップにおけるセールス組織はどのように構築すべきなのか。1人のセールスが全てのプロダクトを売るべきか、それともプロダクトごとに組織を作るべきか。エキスパンションは誰が責任を負うのか。競合が多数存在する中でグローバル展開を成功させるポイントは何か?
などなど。ソフトウェアの新たな時代を引っ張るRipplingの戦略やオペレーションをぜひ会場で一緒に学びましょう。