スタートアップの成長を加速させるためには、優れたプロダクトがあれば十分でしょうか?
確かにそれも必要ですが、多くの企業にとっては「人材こそが最も貴重なリソースである」という事実が明らかになってきています。先進的な企業がCPO(Chief People Officer)やCHRO(Chief Human Resource Officer)と呼ばれるポジションを置き始めているのも、社員や人材、企業文化が戦略的な優先事項である裏付けといえるでしょう。
企業レビューサイト「Glassdoor」から「2020年に働きたい会社」第1位として評価され、その取り組みにも注目が集まるのが、クラウド型CRMプラットフォームを展開する「HubSpot」です。
アメリカで創業後、現在は11か所のグローバル拠点に約4,000名の従業員を抱え、東京にもオフィスを構えました。彼らの特長は、その企業文化にもあります。今回は、HubSpotでCPOを務めるKatie Burkeさんに、前田ヒロがカルチャーや組織、コミュニケーションなどをテーマに、インタビューしました。
カルチャーや組織も、プロダクト的に捉えられる
前田:Katieさん、今日はご参加、ありがとうございます。
Katie:こちらこそ!参加できて光栄です。
前田:早速ですが、Katieさんが務めるCPOの定義から伺えますか。CPOが日本では新しいコンセプトで、耳にしたことのある人もまだ少ないと思うので。
Katie:SaaS企業のプロダクトマネージャーなら、顧客からインプットを得て、エンジニアと協力し、より良いものを構築しようとしますよね。私はCPOの仕事を「採用候補者の体験」と「私たちのカルチャー」を考える、社員のプロダクトマネージャーと捉えています。
採用候補者や社員、リーダーからの定期的なフィードバック、そして世界情勢にも目を向けながら、企業としての明確なロードマップを作るんです。
前田:興味深いです。「カルチャー」と「組織」をプロダクトのように捉えていると。
Katie:まさにそうですね。
前田:HubSpotにとって、カルチャーや組織の専門担当者を据えなくてはならないと決断させる出来事が過去にあったのでしょうか?
Katie:ええ。HubSpotの企業文化には、2つの重要な転換点があります。「カルチャーコードの導入」と「IPO」です。
2012年に共同創業者のDharmesh Shahは、カルチャーコードを設定しました。これは外部にも公開しており、今日に至るまで世界中で何百万回も閲覧されています。
制作当時は、ビジョンをドキュメント化したようなものでした。毎日それに従って仕事をして、生活を送るように心がけてはいましたけれど……そこで、2014年の株式上場準備のとき、私たちはIPO後も長く成功し続けている会社を研究すると、共通する要素にはリーダーシップ、勝ち続けること、チームワーク、フィードバックのカルチャーが挙がったのです。
今後、カルチャーの構築にさらに注力しなければ、会社がスケールアップするにつれて、私たちのカルチャーはなくなってしまうと感じました。こうしてIPOの2週間後、新しく編成されたHubSpotのカルチャーチームを、私が統括することになったのです。業務内容は、カルチャーのことだけを毎日考えて、実行する日々を想像してみてください(笑)。
前田:担当した時、会社はどの程度の規模でしたか。
Katie:2012年にカルチャーコードを表した頃は社員450名、IPOの時点では1200名ほどです。今では3800名に増えています。
前田:すごいですね!カルチャーチームの成立は、適時だったと思いますか?
Katie:カルチャーチームの構築は、素晴らしいタイミングでしたね。でも、カルチャーコードは、もっと早い段階で作っていたら良かったのではないでしょうか。
私がいつも言うのは、人って考え過ぎてしまうんです。誰にとっても完璧なドキュメントを作ろうとしよう、みたいに。私が気に入っている方法のひとつは、自分が重要だと思うことを書き出すことです。アーリーステージの創業者なら、「どんな会社を作り、どうやって意思決定をするのか」などを簡潔に書くのです。
プロダクトマーケットフィットの達成、会社の成長、確実なビジネスの目標……それらの勢いが増すとわかっている時、単純にアクセルを踏むだけではダメなのです。プロダクトとマーケティングに並行して、カルチャーの成長を考えなければなりません。
カルチャーコードは自らまとめ、コメントを求めよ
前田:カルチャーコードについて、もう少し深堀りしたいです。エグゼクティブチームや中間管理職から、サポートを受けたりしながら決めたのですか?
Katie:まずはDharmeshが一人で書き上げました。最近は、組織全体のコンセンサスを得ようとする人が多いと聞きます。ミドルクラスのマネージャーやフロントに立つ全ての社員から「素晴らしい」と言ってほしいのでしょうね。そうすると、「勤勉で善良、とても聡明で、他人を思いやれる人と仕事をしたい」といった、つまらない文書になりがちです。
確かにそれを望まない人はいませんし、誰もが願うことです。でも、それでは「会社がどのように意思決定するのか」という問いの答えにはなり得ません。仕事をする側からすれば、自分はこの会社にぴったり合った人間なのかどうか。この組織で成功し、成長できる人材なのだろうか、と迷ってしまう……。
ですから、私たちの作り方は正しかったと信じています。カルチャーコードを生んだDharmeshは、まず作り上げた文章を全社へ提示して、「コメントがあれば欲しい」と伝えました。伝えたからといって、彼がコメントを受け入れる保証はありません。それでも、全員にフィードバックを求めたのです。調整の後に会社へプレゼンテーションをして、最終版をリーダシップチームへ見せました。
これは、とても聡明なやり方だったと思います。コンセンサスを待つ必要はありません。
もうひとつ、彼が聡明だったのは「カルチャーコード」という名付けです。HubSpotには他のテック企業と同じように、エンジニアリングコードの基盤があります。名付けによって、会社のカルチャーについても、コードのように定期的にリファクタリングできました。
前田:なるほど。カルチャーコードに対して、否定的なコメントはなかったですか?
Katie:社員が否定的な感情を持たなかった理由のひとつは、カルチャーコードを発表した際に「永久的な最終版ではないこと」を明確にしたからでしょう。このドキュメントは、採用候補者、社員、管理職が「何を必要とし、何を求めているか」について目線を合わせ、何度も繰り返し努力していく姿勢を見せるべく、打ち出すものにすぎないのです。
会社の成長フェーズで「コード」は更新される
前田:カルチャーコードは常に更新されるわけですね。今までに何回くらい変えましたか。
Katie:私が最近見たのは「ver. 17.8.5」です。更新回数は、だいたい想像できそうですね。でも、ほとんどが些細な変更ですよ。
時には大きな更新もあります。たとえば、HubSpotのバリューはそれぞれの頭文字をとった「HEART」という省略形(※)で表していますが、初期のカルチャーコードでのEは「Effective(効果)」でした。実行し、成功したことのある人材を優先するという意味です。
※HubSpotの「HEART」とは、HUMBLE(謙虚)、EMPATHETIC(共感性)、ADAPTABLE(柔軟性)、REMARKABLE(卓越した長所)、TRANSPARENT(透明性)の5つの特性を指す。
しかし、会社がグローバルに拡大し、アイルランドのダブリン、ベルギーのヘント、そして東京にオフィスを開設するにつれて、それより重要なのは「共感」の優先だと気づいたんです。そこでEを「Effective(効果)」から「Empathetic(共感性)」に変えました。これは大きな更新でしたね。
前田:変更したことで、何か変わりましたか?
Katie:本当に良い影響をもたらしてくれました。カスタマーグロースを実現させるためにも、グローバル化する私たちが互いにつながり合うためにも。
もう一つ実行した更新では、COVID-19の終息後に、働き方がハイブリッドな形に変わってくることに備えて、リモートワークやフレックスに関する内容を追加しました。「自分が働きたい場所で、自分の好む方法で仕事をできる」と明確に強調することが、より重要になってきますからね。
前田:なるほど。会社の成長フェーズによって必要な条件は変わってきますし、それをサポートするためにカルチャーコードを適用するんですね。
Katie:その通りです。今、カタログを使ってマーケティングをしていたとして、5年後には内容が古くなっているでしょう?現在携わっている人は写真にいないかもしれないし、プロダクトの特徴も変わっているかも。
カルチャーとブランドも同じなんです。その時の環境やニーズに合致していて、人々にとって魅力的で関連性があり、情報が得られると感じてもらわなければなりません。
カルチャーコードは、レストランのメニューのように作る
前田:会社にカルチャーコードを構築しようとする時、加えるべき要素とは何でしょうか?
Katie:私なら、まずは書いてみたカルチャーコードを、まったく違う会社のものとして読んでみます。それから、その会社での日々の経験が、どんなものになると感じるのかを自問してみます。
レストランのメニューを見れば、だいたいそのお店のことって、わかりますよね。「料理は口に合うかな?見た目はどんなふうだろう?」みたいに、いろいろ考える。カルチャーコードにおいても、同じように見てみるようにお勧めします。
HubSpotでの良い例を挙げれば、「適切な判断をする」というコンセプトがあります。誰かが「これに関するルールは?」と聞いてきたなら、「適切な判断をしてください」と返されるでしょう。また、自律のカルチャーを強調していますから、大きなアイデアを持っていて、細部まで管理されたくない人ほど向いているはずです。逆に、何をするにもルールが必要な人、自律性を好まないような人は、HubSpotには適切な人材とはいえません。
あるいは、ダイバーシティとインクルージョンを優先することにも注力しています。お客様を中心にした、共感的な意思決定を大切にしているんです。もし、顧客からのフィードバックを好まないプロダクトマネージャーがいれば、私たちの会社には合わないでしょう。
自分の組織ではどんなタイプの人材が成功し、実力を伸ばすことができるのか。どのように意思決定がなされていて、困難な状況やチャレンジに直面したら、何を重要視するのか。組織に関する、こうした質問の答えを絶対に知っておくべきです。
ポジティブな行動を通じて、文化を浸透させていく
前田:カルチャーコードを定義した後は、どのように社員に守らせ、浸透させましたか?
Katie:人間は、負の部分に注目する傾向があります。「どうしたら全員がこれに従い、守るだろうか」と、そう考えてしまいがちですよね。でも、それよりはポジティブな行動を強調することが最善の方法だとわかったんです。
HubSpotでいえば、3つの取り組みがあります。まずは、会社のバリューを自ら体現できた社員に賞を贈る「HEART AWARD」。それから、世界中のHubSpotの社員が、四半期に一度、誰かに100ドルのボーナスを送れる「Peer Bonus」。
そして、HubSpotのバリューが、顧客やパートナーにとっていかなる意味を持つかを強調するべく、大きなイベントを開催する「HEART WEEK」。その週の間に、社員がどこまで会社のバリューとつながっていると感じられたかのアンケートを取ります。有名なアスリートやコーチ、政府や非営利団体のリーダー、尊敬する教授からのお話も伺います。
あとは、昇進の道筋やマネージャートレーニングに対して、大切に考えていることを反映させ、自分たちのバリューに沿ったものに整えるのも忘れてはなりません。
前田:興味深いですね。それは評価の一部として、「HEART評価」みたいなものがある?
Katie:はい、あります。創業当初に犯しがちな大きな間違いのひとつですが、自分に似た人を採用してしまうんですよね。私たちも最初はそうだったのですが……。でも、カルチャーを軸にスクリーニングすると、その文化にさらに何かをもたらしてくれる人、その文化に合った人を探すようになるんです。
だからこそ、ロールに関係なく、全ての人に対してカルチャーやHEARTに関するインタビューは必ず行いますし、専門のトレーニングを受けた面接担当者も置いています。マネージャートレーニングでも、HEARTの実践について話します。
前田:インタビュー、オンボーディング、トレーニング、昇進と、すべての過程でHEARTのプロセスを考慮するようにしているんですね。
Katie:その通りです。採用やオンボーディングの時だけHEARTの話をしても、ダメなんです。何をするにも反復して、それが正しいものであり、関連性があることを認識しなくてはなりません。賞の授与式、全社会議、大きな変更がある時など、あらゆる場で話します。節目ごとに、もう一度バリューを確認する必要があるんですね。
前田:そういえば、HubSpotには失敗を振り返る習慣もあると、どこかで読みました。
Katie:「Failure Forum」ですね。このフォーラムは、成長すると「謙虚さ」が尊敬すべき事柄になる……つまり、自分はより良く向上しようとしていると、わかるためにあります。
最終的に、謙虚さは「間違いを犯す意思」だと思っています。成長するためには弱い部分を認め、間違うことも必要で、共につながっていることが大切です。私たち自身も成長するにつれてわかったことですが、人間は「自分は何も知らないのに、他人はみんなわかっている」と考えがちなんです。
そこで私たちは、定期的に「Failure Forum」を開催して、「試してみたけれどうまくいかなかったこと」について話します。個人的な失敗でも、仕事上のことでも構いません。そういった話を、日常的にしたいと思っています。
前田:なぜ、日常的に?
Katie:創業者や私も含め、エグゼクティブチームの全員がHubSpotで何らかの失敗を経験しているからです。そして、今後も成長して、自らが目指す会社にしていく過程で、間違いも犯すでしょう。
たとえば、私たちは今、日本での成長に向けて努力しています。この国では新参者で、多くの人にHubSpotとインバウンドマーケティングについて知ってもらおうとしているところです。やってみても上手くいかないことが出てきます。だからといって、それが処罰の対象にはならず、日本市場での成長にとっては重要なことなので、賞賛されるべきなんです。
CPOの仕事を測るメトリックス
前田:それでは、Katieさんの職務であるCPOについて深堀りしたいと思います。まず、KPIはどのように設定し、いかなるメトリックスで測っているのでしょうか。
Katie:メトリックスには、各部門に適切な社員数を配置する「ヘッドカウントプランの達成」などがあります。急成長企業では、あらゆる計画を立てても、実際に人を採用できなければ無駄になってしまいます。急成長企業であっても、正しい採用ができること。頭数だけでなく、採用者の質も大切です。これが主要なメトリックスのひとつです。
それに、多様性のある採用者と、インクルーシブなカルチャーを実践しなくてはなりませんから、ダイバーシティメトリックスも参照します。定期的に社員アンケートをとり、会社との一体感やミッションとのつながりを聞くインクルージョンメトリックスも用います。
前田:従業員の定着率は見ますか?
Katie:定着率100%は目標ではありません。サステナブルではないですし、不可能ですからね。でも、社員がHubSpotで成長したいと思ってくれる割合を維持するべく、それを目標にしています。社員でいえば、ネット・プロモーター・スコアは見ます。定期的に「他者へHubSpotへの就職を勧めるか」を1から10までのスケールで聞いたスコアです。
もっとも、チームとしてのスコアやマーケットのリーダーとしてのスコアが低くても、罰するわけではありません。業績の厳しい月や四半期もありますし、成長途上や何か変化のあった時かもしれませんから。ただ、その共有事項には責任を持って、変化を促していきます。
私の考え方は「完璧さ」が目標なのではなく、社員が会社とより良くしたいことや、異なるやり方ができることを共有して、その進化を一緒に歩んでいくことだと思っています。
たとえば、子育て社員への投資。創業当社は「若者にとって最高の職場」として知られ、今でもミレニアル世代の社員が多いことは自慢です。ただ、会社が成長するにつれ、HubSpotは年齢や経歴に関係なく、誰でも仕事ができ、成功できる場にしたいと考えたのです。
そこで、子供を持つ社員への福利厚生を導入しはじめました。彼らに素晴らしい成功を納めてもらえるように、そしてHubSpotに所属していることを実感してもらえるように、たくさん投資しています。これも、私たちのカルチャーが変化し、成長してきた一例でしょう。
新規採用者はコホートで捉えてコミュニケーションする
前田:お話を聞く限り、面接や昇進、コミュニケーションと、あらゆるプロセスに関わっていますが、「これ以上は関わらないようにする」といった境界線は定めていますか?
Katie:私の仕事は、チームに明確性を与えて、それをチームのものにさせることです。CPOは社員に「何かをしろ」と言うべき立場ではありません。全員が楽しめるカルチャーを実践するにはどうすべきか、HEARTを表現しながら一体感も覚えられる各国の文化に合った方法は何だろうか……そういった境界線が理解できると、社員は自分なりに素晴らしい成果をあげようとしてくれます。それがリーダーとしての私の目標です。
例えば、東京オフィスの2人のリーダーは、彼らなりの良い伝統を導入しています。彼らがアイデアを出し、パンデミック下で開催した「社内オリンピック」はユーモアがありました。審判の笛で「誰が最も速くスーツを着て、自撮りできるか」を競ったりするんです。
前田:HubSpotは世界中にオフィスがありますが、一貫性やつながりを持つためにどのようなことをしていますか。
Katie:上手くいったのは、新規採用者をコホート(※同時期に近しい経験をしている人をグループ化すること)として捉え、地域別に形成することです。アジア・パシフィックの新規採用者が全て東京在住者とは限りません。シンガポールやオーストラリアからリモートワークをしている社員とマッチングされることもあるわけです。
コホートの取り組みは、「一緒に始めている」という感覚を持ってもらうのが目的です。共に仕事をしているという感覚は素晴らしいものですから。
それから、コミュニケーションも多く取っています。COVID-19のパンデミック中には、役員がどんな質問も社員から受け付けるセッションをしました。世界中のチームが参加しやすい時間帯に、どこからでも、私たちの顔を見ながら話を聞けるようにしたのです。
また、各国の社員は、それぞれが上手くいくと思う方法で、メンバー同士のつながりをつくってもらっています。あるオフィスでは“ARE YOU OKAY DAY”という精神面での健康をケアする取り組みを始めました。パンデミックの最中に、国を超えてお互いを確認し合うのは、本当に正しかったですね。
これは東京でも、シドニーでも、シンガポールでもニーズがありました。そこでは、私が受動的に「どうしたの?」と問うのではなく、「世の中って色々なことが起こっているけれど、元気にしている?幸せは感じられている?」と聞いていました。
前田:パンデミック前は、コホートでのオンボーディングは物理的に全員を集めていたんでしょうか?
Katie:そうですね。でも、それがリモートで実践されることには利点もあります。いくら旅行が好きな人でも、トレーニングやオンボーディングのために家族と離れることを好まない人は多いもの。たとえば、一人親ですね。何週間か子供の面倒を見てくれる保育施設を探すのは大変ですから……。それに、内気な人は対面以外での方法を好みます。
リモートでのオンボーディングは、「実際に顔を合わせれば、こういったこともできたのに」といった負の面よりも、一人親、内気な人、ご両親の介護をしている人など、社員が自宅にいながらも歓迎され、つながりを感じられるというポジティブな面に注目しています。
人は「無いもの」について多くを語りたがります。チームメンバーと食事に行けないとか、対面でオンボーディングのトレーニングができないとか。でも、こんな状態でも希望を見出して、より良くなれる点を見つける努力をしています。そのためには、リモートワーカーをより多く採用して、上手くつながりを持てるようになるのも良いでしょう。
社員には「長期的な幸福感」を与えたい
前田:カルチャーが実践されているのか、そして社員が幸福を感じているか。そのための努力をもう少し聞かせてください。そこに至る戦術やイニシアチブはありましたか。
Katie:「社員が幸福かどうか」を考えるとき、2通りのアプローチがあります。たとえば、私は甘いものに目がないので、今すぐに私を幸せにしたければ、クッキーをあげればいいでしょう。キャンディーでもいいですよ(笑)。
でも、もっと大切なアプローチは「長期的な幸福感」を生み出すこと。長期的な幸福感とは「一緒に仕事をする人たち」や「仕事のミッション」などです。私たちの長期的な目標は、過ぎ去る時間の中での幸福感を増やすのではなく、社員の幸福と成長が本当に重要だということを、明らかに、確かにすることのはずです。
そのために役立つ戦略的な方法で、私たちが採用したものを、3つ紹介しましょう。1つ目は「HubSpot Fellows」と呼ぶパートナーシップです。社員が常に学習し、成長できる環境であり続けるために、一流の機関から教授を招聘したり、HubSpotの役員が教えたりすることもあります。社員は他の出席者と共に学ぶだけでなく、MBAのミニコースを履修しているように感じているでしょう。
2つ目の「HubSpot Mixers」という仕組みでは、知らない人と毎月ランダムに組み合わせられるんです。同じ職場の人や同僚と会うように、と自動的に通知などが来ます。
3つ目は、プロダクトチームが毎月開催する「Science Fair」です。そこでは新しい機能を全社に発表します。ほとんどの組織ならメールで済ませることかもしれませんが、HubSpotでは全社員の前で彼らが発表し、フィードバックやインサイトを得て、参加者から拍手と応援をもらうんですよ。
こうした取り組みが、カルチャーやその背景を理解してもらう一助となります。一つひとつは小さなことでも、大きな違いにつながります。
前田:社員をつなげ、社員もつながっていると感じられるシステムは魅力的です。
Katie:そうですね。社員が互いを知り合う機会は、他社との大きな違いを生むと思います。HubSpotには「Mystery Dinner」という伝統もあります。このディナーに申し込むと、誰とどこへ行くのか、どの役員がディナーのホストなのかは、直前まで知らされません。パンデミック下では、バーチャルで体験を再現できるようにもしました。
もう少しカジュアルなところでは、コンサートをしたり、アートクラスを開催したりといったことがあります。音楽やアートなど、今までは個人的に楽しんでいたことを、リモートで一緒にやることで社員はつながれます。
CPOにとって必要な3つの考え方
前田:Katieさんは、元はマーケティング分野の方で、人事畑ではないけれどCPOを務めているという面白い経歴をお持ちですよね。CPOの仕事を上手く進めるための経験、成功させるための考え方について伺えますか。
Katie:CPOにとって最も必要なのは「成長への考え方」でしょうか。私は常に「自分が何を知らないのか」に目を光らせ、耳を傾け、学んで向上しようと努力しています。興味を持ち続け、様々な分野について学ぶ意志を持つことは、とても大切です。
次に「創造性」。顧客や消費者の注目を集めようとしても、人々は以前ほど集中できなくなっていると聞きます。スマートフォンに費やす時間も多くなりました。これは採用候補者や社員も同じです。今までにないほどの機会に恵まれ、意識が散漫としてしまうので、会社のことをもっと知ってもらえるように、クリエイティブに努力しなくてはいけません。
「自分が知らないことを認める意思」も必要です。HubSpotには、素晴らしいリクルートチームが現地にいます。言葉がより自由に使えるだけでなく、彼らは日本で成功するための素晴らしい経験を持っている。私には、自分がその仕事をできないと理解しています。自分のできないことはしっかりと認めて、優秀な人材をチームに採用しなければなりませんね。
前田:Katieさんと、HubSpotの他の役員との関係にも興味があります。役員との信頼関係、そしてニーズをきちんと理解できているかどうかは、どのように確認していますか。
Katie:もちろん、洞察、情報、社内外のコーチなど、必要性があれば常に手を貸しますが、今おっしゃった「信頼」は抜きん出て大事な要素です。
エグゼクティブチームにとっての私は、彼らの言葉や意見を聞く「耳」であり、時には胸のつかえを吐き出させるだけのこともありますが、それでも構いません。私の一番に重要な仕事は信頼を得ること、良いアドバイスを提供することです。何よりも、彼らが必要な時に「そこにいる」のが大切なのです。
そして、話を聞く上で大切なのは、信頼に加えて、相手を微妙に刺激することだと思っています。私はいつでも、話に耳を傾ける準備ができていると知っておいてもらいたいのです。
ただ、彼らは私が「Radical Candor(徹底した率直さ)」を好むのも知っています。厳しいフィードバックも提供できるほど、私が会社のことを想っているからです。それは信頼があって初めて可能なことですし、その内容が真実だから受け入れてもらえます。たとえ耳に痛いことでも、真実であれば共有する意思を持たなければなりません。
前田:自社の位置付けについて、さまざまに理解していなければならないこともあると思いますが、その他にも数字面、カスタマーチャーン、カルチャーコードなど、全てに目を向ける大変さがありますね。
Katie:そのバランスは非常に難しいですが、成長につれて全ての国やチームを覚えておくのは難しくなっていきますから、そういうプレッシャーは持たないようにすべきです。
でも、きちんと空気を読むためにも、会社のビジネスについての十分な知識は必要です。たとえば、チームの成績が四半期で最高に良かったのに、深刻な顔で暗い話を持ち込んだら、空気が読めていませんよね。必要な内容については「誰に聞いたらいいのか」を知っていること、常に最新の情報を得ていることが大切です。
情報を読み、学習し、うまくそれらを使いこなせるようでなければ、私の仕事は確実に進められません。
HubSpotのCPOは、一日をどうやって過ごすか
前田:CPOとしてのKatieさんは、毎日をどのように過ごしていますか?できること、やりたいことについて、どうやって優先順位づけをしていますか。
Katie:前提として、この仕事では自分のチームのことを後回しにしがちです。最初の頃に私が犯した間違いは、全ての社員のために全てをこなそうとして、自分のチームをないがしろにしてしまったことですね……。
良いマネージャーなら誰でもそうするように、私は一日のかなりの時間をチームとの対面、コーチング、ミーティング、インタビューに費やして、フィードバックを得ています。また、多くの時間をHubSpotの新たなリーダーとなれる人材のリクルートに使います。
COVID-19にはグローバルに対処していますから、そのための設備、IT、セキュリティ、人事など、多様な部署の担当者とも連絡を取り合います。戦術および戦略的な仕事の組み合わせについても、伝えることは多いです。
理想的には、ビジネス部門のリーダーの話を聞いたり、彼らと関わったりする時間も必要です。私からフィードバックしたり、現在何が起こっていることをヒアリングしたり。顧客やパートナーとも時間を持てるようにもしたいですね。我々はどうしても社内のことだけに集中しがちですから。
前田:そうですね。
Katie:HubSpotで実行していることは、全て顧客やパートナーの成長をサポートするものというのが事実ですから。明日は「カスタマーファーストスタッフミーティング」があります。私たちのミーティングはいつもそうですが、まずは顧客の声を聞くインタビューから始まるんです。何が上手くいっていて、何がそうでないのかを顧客から聞くのです。
顧客からは、HubSpotの従業員への褒め言葉をいただくことが多いです。ピープルチームの構築が成功しているのか、それを判断する最高の審判は顧客に他なりません。だから、彼らの声を聞きたいんです。顧客の話に耳を傾けることはカルチャーの一部であり、定期的に実行しています。
あとは、社内ミーティングでは私もインタビューしますし、役員チームは全員出席。その様子を全社員が聞いています。役員が何を言うのか、自分たちのフィードバックにどう対応するのか、チャレンジングな課題をいかに解決するか、社員はしっかり見ることができます。
たとえば、明日のミーティングではプロダクトやカスタマーエクスペリエンスに関するトピックについて話をするのですが、エグゼクティブチーム全員と、プロダクト組織の全てのゼネラルマネージャーが話を聞き、学習するんです。
前田:Katieさんが管轄するのは、どのような部署なんでしょうか。
Katie:社内コミュニケーションを統括する「Diversity Inclusion and Belonging 」チーム、「Employer Brand」チーム、グローバルでのリクルートメントチームも管理しています。
アナリティクスとリクルートオペレーションも含まれていて、定期的に彼らのVPと仕事をしていますね。
報酬と福利厚生を担当するHRのVP、ダブリンを拠点にしているDirector of Cultureもいます。他に、オンボーディング、イネーブルメント、学習と成長に関するパートナーシップなどを考える、ラーニングやデベロップメントの部門も私の管轄です。
前田:ずいぶん多くの部門と関わっているんですね。
Katie:ええ、でもこれが一番良いと思います。事実、HubSpotの成功の裏には彼らの存在があるのですから。フィードバックを聞き、不適切なことがあれば、それが表に出る前に彼らが処理してくれています。これらの機能を統括できて、とても嬉しく思っています。
スタートアップがCPOを据えるべく、今からできる3つの準備
前田:20名から50名規模の小さなスタートアップでは、CPOを据える準備も予算もないかと思います。そんな彼らが、将来のために今からできるアドバイスをいただけませんか。
Katie:では、3つのポイントをお伝えしましょう。
1つ目は、最も重要なことです。価値観について書き出してください。
私はよく、ボストンでベーカリーを営んでいる女性の話を引き合いに出します。ベーカリーチェーンを経営していて、料理本も出版した素晴らしい成功を収めた人です。彼女は毎年、自分のチームに手紙を書くんです。そこには「今年やること」や「顧客が期待していること」などが綴られています。
そうやって書く手紙は、別に正式なものでなくても構わないし、完璧にプロデュースされていなくても構いません。ただ、どんな会社にしたいのかを、早めにみんなに伝えるのです。
2つ目は、どんなチームにしたいのか、何にバリューを感じているのかを、早期に話し合ってください。たとえば、私が自分のチームの候補者を面接するとして、どんな人材が必要になるのかなど、他のメンバーからの意見やフィードバックを募ります。あらかじめ確認しておくことで、面接時のプロセスや必要な人材がわかりやすくなります。
3つ目は、ダイバーシティーを優先して人材を探してください。スタートアップの初期では自分に似た人を求めがちです。「同じ出身校だった」とかね(笑)。でも、私は非常に早い段階から、多様性を優先することをいつも推奨しています。
前田:多くの会社にとってダイバーシティは優先度が高くなっていますよね。それを確実に前に進めていく上で、HubSpotで効果的だったことを教えていただけますか?
Katie:基本的には、小さなことから始めるのが良いと思います。まずは、自分とは異なる考え方をしていて、違った行動をする人、自分とは経歴の違う人を採用しようと考える。そこから始めることは非常に価値があるし、それを認めることは役立つでしょう。
経験を分かち合うことも、私たちにとって大きな価値がありました。人種、アイデンティティ、性別などについて話すのは、あまりにも負担が大きいように感じますよね?
その代わりに「人間とはどういうものなのか」を話してみましょう。私が初めに聞く質問で気に入っているのは、「自分が確実にその一部であると感じた場所や組織、あるいはそう感じた時間について教えてください」です。相手を個人的なレベルで知れますし、そうした人間的なつながりは非常に役立つはずです。
3つ目に役立ったのは、本やブログ、映画などに反応すること。自分について話すのって、とても難しいですよね。なので、トピックや映画について語ることは、他の人の意見について話してから、自分の考えも話せていいんです。
前田:本やブログ、映画についての対話を持つのに、適切な形式や場所はどういったものでしょうか。
Katie:HubSpotでは3ヶ月ごとに、任意でブッククラブを開催しています。自分がどんな会に参加するのか、どんなトピックを話すのかは事前に知らされます。この第4四半期には「退役軍人のリーダーシップと経験」を課題にしました。過去には「黒人歴史月間」や「アビリティとアクセシビリティ」も扱いましたね。
みんなトピックは事前にわかっているので、本やブログを読んでから参加します。ディスカッションを率いるリーダーが進行してくれます。そして、ここで話したことやシェアしたことは、絶対にこの部屋の外には出さない点を強調しています。だから、個人的な経験や自分の考えについても、安心して話せるようにするスペースになるんですね。
前田:名残惜しいですが、そろそろお時間です。Katieさん、今日は本当にありがとうございました!このカンファレンスには1000名ほどの参加者がいて、ほとんどがスタートアップに属しています。彼らに伝えられる知恵を、ぜひ最後に。
Katie:まず、ご参加いただいたことを感謝しています。今日聞いてくださっている方々に伝えたいのは、顧客や潜在顧客、ビジネス、そしてプロダクトについて、みなさんは非常に多くの時間と努力を費やしますよね。それらを話し合う時に、「成長」と「カルチャー」についても意図的に考えることを優先してみてください。
意図的に行うことで、長期的な見返りを受けられます。最後にはその考えが、素晴らしい人材をあなたの会社に引き寄せるのですから。