アーリーステージのスタートアップが抱えやすい悩みのひとつに「給与決定」があります。資金調達を終え、採用を本格化したいものの、経験やスキル、前職の給与水準、生活状況など採用候補者によって事情が異なるなか、どのように給与を決めるべきなのか。
会社の経営や信用に直結する問題だけに、慎重になる経営者も多いでしょう。しかし、時間が資本のスタートアップとしては、その悩みを減らし、事業に集中したいところです。
そこで、スタートアップ向けに組織・人事コンサルティングを務める金田宏之さんを招き、ウェビナーを開催。給与決定に悩む企業に伴走してきた金田さんいわく、「経営者の経験や価値観に頼った給与決定は失敗しやすい。社内で決めた基準や制度を設ければ運用も楽になり、トラブルも起きづらい」とのこと。
ウェビナーでは、金田さんのクライアントを参考に、給与決定の方法や、制度の作り方を共有いただきました。
入社時の給与を考える上で考慮すべき 5つのポイント
金田宏之:最初に「何が入社時の給与に影響を与えるのか」を考えていきましょう。ポイントは大きく分けて5つ。重要度の高いものから説明します。
1つ目は「自社の支払い能力」です。キャッシュや売り上げの状況から、支払い可能な給与額を考える。当然のように聞こえますが、実際、考え切れていない企業が多いです。
2つ目は「入社候補者の市場価値」。需要に対して供給が間に合っていない……例えば、現代におけるエンジニアのような“希少性”の高い職種は、給与水準が高くなります。市場価値は変動しますから、その時々の水準に見合った給与を設定する必要があります。
3つ目は「社内バランス」です。「採用予定のAさんは、社員のBさんと同じ職種で同等のスキルや経験がある。なので、Bさんと同程度の給与にしよう」と考えることがあります。ただ、既存の給与水準に引っ張られすぎると、間違った給与の提案につながる危険性もあるので注意が必要です。
4つ目は「経営者・経営陣の経験と価値観と直感」。前職の経験から「勤続年数5年のマネージャー職で、これくらいの成果を上げれば年収はいくらになる」といった肌感がある経営者なら、それを基準にするのも一つの手です。しかし、この経験や価値観は人によってさまざまなので、ほかの経営陣と議論しながら基準をすり合わせておけると安心だと思います。
5つ目は「入社候補者の現職・前職の給与」です。現職(前職)での年収をもとに「うちでも同じ金額で」となる場合もあるでしょう。
個人的には、上から順に参考にするほうがいいと考えています。4つ目、5つ目は個人の経験やスキルによってバラつきがあり、社員が増えるほど格差が生まれやすくなるからです。
人事制度を構成する3つの柱、等級・評価・給与の関係性
次に「人事制度」について説明します。給与は人事制度を構成する要素の一つです。そのため、給与を決めるには、人事制度の全体像を把握する必要があります。
人事制度は「等級制度、給与制度、評価制度」から成り立っています。等級制度は社員の等級、つまり人材価値を決める基準です。評価制度は社員の成果やプロセスを評価する基準。給与制度は給与の水準と増減を決めるルールです。
等級制度では、等級の体系や要件を定義し、それに基づいて入社時の社員の等級を見極めたり、仕事の成果によって等級を上げ下げしたりします。等級が決まれば、等級ごとに定められた給与レンジのなかで給与を決定していきます。評価制度においては、等級によって目標や評価基準を設定をし、それに対しての成果で昇降給が決まります。
この仕組みを理解した上で、「入社時の給与の決め方」の流れを見ていきましょう。
入社時の給与を決める3つのプロセス
入社時の給与の決め方は、「Planning(仮説設定)・Rating(見極め)・Offer(提案)」の流れに沿って整理できます。一つずつ詳しく説明しますね。
1.Plannning(仮説設定):等級制度を定義する
最初のステップは「Planning(仮説設定)」です。
自社の基準で、等級体系と等級要件の仮説を設定します。下の図は、クライアントの事例を参考に作ったものです。等級の数は5〜6、あるいは10段階で設定する会社もありますが、個人的には8段階をおすすめします。
前者だと一つの等級内でも差が生まれやすく、後者のように細分化し過ぎると等級ごとの差が不明瞭になりやすく、結果、制度が形骸化する可能性が高まるからです。
等級を分けたら、等級要件を決めましょう。これは「人材イメージのキーワード」と考えてください。1等級、2等級、3等級……の人たちがどんな人材なのかを言語化する作業です。
例えば、1等級なら「未経験」や「新卒」などのキーワードが当てはまります。2等級はある程度の資料を渡して「指示」を出せば、最後まで「責任感」を持ってやり遂げる方。3等級は方針に基づいて「自律的」に行動できる方、4等級は「即戦力」として中途入社した方やリーダー候補者、5等級は周囲にも「影響力」のある「チームリーダー」……といったように決めていきましょう。
6等級からは「マネジメント」と「スペシャリスト」に分けて、要件を定義しています。前者はマネージャーとして複数のチームを携え、最終的には経営層に入る方。後者はマネジメントはやらずにテックリーダーの道を極めていく方です。両者を分けない会社もありますが、マネジメントだけでなく、エンジニアやデザイナーなどの技術を尊重して「スペシャリストとしてもキャリアを積んでいける」ことを社員に示すために分ける会社もあります。
マネジメントにおける6等級は課長クラス、7等級は部長クラス、8等級は経営クラス。スペシャリストにおける6等級は専門家、7等級は社内トップ、8等級は業界トップレベルです。
上の図にある等級要件は「分かりやすさ」重視で書いているので、皆さんが実際に運用するときにはもう少し言語化する必要があります。要件を定義する際は、主要メンバーと集まって議論していきましょう。コツは「考える軸を定める」ことです。
能力、技術、スタンス、成果、リーダーシップなど様々な軸があるなかで、「能力よりもスタンスを重視したい」「成果よりもバリューの体現を評価したい」などと話し合うと、大切にしたい価値観や社員に求めることが明確になり、要件を定義しやすくなります。
既存の社員を等級に当てはめながら、チューニングするのもいいでしょう。等級に当てはめる社員の数が少ない場合は、経営陣の共通の知り合いで代用する方法もあります。例えば、前職の同僚や上司などですね。実際に当てはめるなかで、「この人はこの等級だ」とお互いの認識を揃えやすくなると思いますよ。
2.Rating(見極め):入社候補者の等級を見極める
次は「入社候補者がどの等級に当てはまるのか」を考えましょう。最初から「この人は1〜8等級のどこに属するのだろう」と判断するのは難しいので、これから教える順番で見極めてみてください。議論が進みやすくなるはずです。
最初に、2等級以下か3等級以上かを見極めます。アーリーステージは成長スピードが重要なので、まずは自律的に考え、仕事ができる3等級以上を積極的に採用する必要があるからです。
仮に2等級以下であれば、あとの見極めは簡単です。未経験なら1等級、第二新卒や同業他社でインターン経験がある方ならば2等級に入るでしょう。3等級以上であれば、5等級以下か6等級以上かを考えます。6等級はマネジメントができる方と定義しているので、相手が過去にマネージャーとして成果を残してきたか否かが重要な判断材料になります。
スペシャリティを持つ人であれば、著書の数や登壇実績など専門性の高さだけで評価するのではなく、その専門性を活かしてどれだけ自分たちの会社に貢献してくれそうかをみるのも大切です。
例えば、相手がCFOの候補者であり、前職でスタートアップやベンチャーにいたのであれば、資金調達や財務の専門性を持ちながら、どういう形で事業に貢献していったのかを聞くのがいいと思います。あるいは、相手の知り合いや、リファレンスを与えた人に直接話を聞いて参考にさせてもらうのもありです。
6等級以上だと判断すれば、次に8等級に入るかを考えましょう。リファラルや紹介なら経営層に入る可能性もありますし、「実力はあるが、いきなり経営層は不安……」となれば6等級か7等級かを見極める。5等級以下の場合も、要件に基づいて4等級以下か5等級かを判断し、最後に3等級なのか4等級なのかを見ていきます。
3.Offer(提案):見極めた等級に基づいて給与を設定し、提案する
最後に、等級ごとに給与を決定し、入社候補者に提案します。僕が担当したクライアントの事例から、等級ごとの給与レンジをまとめてみました。
ポイントは、3〜6等級の給与レンジを100万円ずつ重複させることです。先ほども話した通り、アーリーステージでは3等級以上の人材を積極的に採用する必要があります。ここの給与レンジを重複することで、同じ4等級でも「3等級よりの4等級」か、あるいは「5等級よりの4等級」かで給与を柔軟に検討でき、提案を進めやすくなります。
ここから、どのように給与を決めるのか? 4等級を例に見ていきましょう。
4等級は500〜800万円のレンジがあります。最初に「相手の等級をどのように考えて決めたのか」を考えます。5等級と迷ったなら700〜800万円、3等級と迷ったなら500〜600万円、迷わずに4等級なら600〜700万円になります。まずは等級ごとの給与レンジを3分割し、どこに当てはまるかを考えるのがいいと思います。
次に「市場価値(希少性)」や「社内バランス」を考慮しましょう。「この人を採用できなかった場合、次に採用できるのはいつになるのか」、「同職種の既存メンバーに比べてスキルや経験はどうか」といった観点から調整します。
「現職・前職の給与」も要素ですが、引っ張られすぎるとバイアスがかかり、純粋に等級を判断できなくなる危険性もあるので、これは必ずしも考慮する必要はないと思います。
たまに「副業で採用する場合の給与は?」と聞かれますが、雇用形態に関わらず、同じような考え方で等級を見定め、給与水準を算出し、そこから時給換算するのがいいでしょう。
最終的な給与が決まったら、入社候補者に金額の提案をします。場合によっては、相手の希望とギャップが生じるかもしれません。その際の対応方法を3つ紹介します。
例えば、4等級・年収800万円の提案に対し、相手が年収900万円の希望を申し出た場合。
1つ目は特別対応せず、素直に「申し訳ないが、800万円でお願いしたい」と伝える。2つ目は、「1年限定で100万円の調整給を支給する」。基本給として800万、調整給として100万円を支払う方法です。入社年の年収は900万円になりますが、翌年以降は成果によって800万円に下がる可能性もあれば、そのまま900万円になる可能性もあります。
3つ目は「サインアップボーナスを支給する」。これは「入社時にサインしてくれたら、100万円のボーナスを支払う」という提案です。サインアップボーナスは1回きりなので、「翌年以降は昇給するなり、成果を残すなりで900万円を目指してくださいね」という話になります。
個人的には、特に対応しないのがおすすめです。というのも、個別に調整給やサインアップボーナスを対応してしまうと、それを知った他の社員からの不満が募り、トラブルを招きやすいからです。ただ、人によっては税金の関係などで「今年だけはどうしてもこの年収じゃないと……」という方もいますし、「50万円のギャップで採用のチャンスを逃した」といった話はのちのち後悔するケースが多いので、臨機応変な対応が大切になります。
給与改定のベストなタイミング、評価に基づく昇降給の幅は?
最後に、入社後の給与改定についてお話します。
スライドで示した通り、等級制度に基づいて入社時の給与を決定し、その後は評価制度に沿って3ヶ月、半年、1年などの期間で評価をして、社員の昇降給を決めます。改定のタイミングは半年に1回を推奨します。3ヶ月だとオペレーションが大変ですし、1年だと社員のモチベーションを保つのが難しく、転職のきっかけになりやすいからです。
参考までに、クライアントの事例から改定の上げ幅・下げ幅を算出してみました。
会社の業績、調達の状況によっても様々ですが、評価が最高レベルだと2〜20%、期待レベルなら1〜4%アップ、最低レベルなら0%〜15%下げるところもあります。ここは皆さんの会社のカルチャー、お金の価値観から設定していただくのがいいかなと思います。
以上が、給与決定・改定の考え方です。今日示したような等級体系や等級要件、給与レンジなどは社員に公開することをおすすめします。可能なら「各等級に当てはまる社員が誰なのか」を、全員でなくとも公開しましょう。「あれくらいの能力があり、成果を出せるなら何等級になれる」とイメージが湧きやすくなるはずです。
また、こういった制度内容をオープンにすることで、運用側の自制心も働きます。等級体系や等級要件などを公開するに当たって、社員に突っ込まれたときに、その理由をしっかりと説明できるような心構えになり、社員と真摯に向き合えるようになるはずです。
今日お話したことは僕自身が考え出したものではなく、クライアントと一緒に議論しながら編み出していったものになります。当然、企業によって「合う」「合わない」があると思いますので、これが「正解」とは思わず、カスタマイズしながら活用してほしいです。
本日は、ありがとうございました。